第五十八話 友達
この国の首都であるラインフルトに着いた次の日の昼。僕は入校する一か月後までの間、特にやることも無く暇で適当に街中をぶらついていた。
そうして歩いていると、この街の冒険者ギルドの前を通り過ぎた時。ふと最近忘れ気味だったアルマさんの事を思い出した。
「・・・・手紙出すか」
そういえばなんだかんだで一年以上連絡してないから、心配させちゃってるだろうし預かったお金も返さないと。それにヘレナさんとかは助かったのかも知りたいしな。
そう思い立ってすぐに、僕はギルド内に入って受付で少し値が張ったが紙とペンを買った。ギルドに郵便サービスがあって良かった。
そして紙とペンを持ち部屋を見渡すと、丁度その時空いていた端の席に腰を下ろした。
「季節の挨拶とか要らないよな・・・」
机に手紙を置いて文面を考えるけど、こういうの初めてで勝手が分からない。この世界のフォーマルな手紙の書き方とかがあるなら、そうしないと失礼に当たるだろうし。でもブレンダさんは、特にそういう事言ってなかったし常識の範囲内で失礼の無いように書けばいいのか。
そうやって色々頭を悩ませた結果。とりあえず最初に連絡が遅れた謝罪を入れてから、お使い用に預かっていた銀貨一枚を同封する旨を書いた。こういう謝罪は先に言っておかないとダメだしな。
で、その後はまぁ適当に僕の近況報告を入れ、また会いに行くのでその時はお願いしますと締めくくった。
「ま、こんなもんだろ」
かれこれ一時間ぐらい悩んだ気がするけど、これ以上時間かけてもしょうがないと、裏面にアルマさんのギルドの住所を書いて受付に向かった。
「これお願いしても良いですか?」
ギルドに所属していると、こういう郵便サービスを受けれるのは知っていたが初めて使う事になった。まぁ外に手紙を出すような、知り合いがいなかったから当たり前ではあるんだけども。
そんな事を考えていると、僕の差し出した手紙の裏面を見た受付嬢の人が少しだけ困ったような顔をしていた。
「えー、ここだと届くのにかなり時間がかかるかもしれませんけど大丈夫です?」
「どうしてです?」
そう僕が聞くと、受付の人は最近のこの辺りの情勢を地図と一緒に説明してくれた。
どうやら最近までは停戦しててこの辺の国々は落ち着いてたのだが、ここ2ヶ月ほどまた南の国の軍隊が国境付近に集まって不審な動きをしているらしい。
そのせいで商人や旅人も南方に寄り付かず、手紙を出そうにも届ける人もいないし、そもそも僕の場合届け先が他国で余計に難しいらしい。
「無理を言っているのは分かってるんですけど、出来たらでいいのでダメですか?」
無理は承知だけど、アルマさんにとっても銀貨一枚ってそれなりの額だろうし、いつまでも僕が持っている訳にはいかない。それにそれこそ戦争になったら、またアルマさんと会えるのなんていつになるか分からないし。
すると受付の人は、保証は出来ないと前置きした上で僕の出した手紙を受理してくれた。
「じゃあ郵送出来次第しますけど、基本届かないと思っておいてくださいね」
「ありがとうございます。助かります」
僕は無理をさせてしまって申し訳ない、という気持ちと一緒に頭を下げて謝意を示した。そしてその手紙の手数料を支払ってから、そさくさと僕は建物の外に出た。
「また戦争かぁ」
一市民目線だとあんまり情勢が分からないけど、この辺ってずっと戦争してる気がする。さっきみたいな不便もあるし、いい加減平和になってほしいとは思う。でもそのお陰で仕事が増えて恩恵を受けているから、なんとも言えない所もあるんだけどな。
僕はそんな考えても仕方ない事を頭の中に浮かべて、また街中をブラブラと歩き出した。
残金も減ってきたしついでに依頼を受けても良かったけど、どうせ一か月後には宿舎暮らしで金使わないし、そう思うとやる気が出なかった。
するといつのまにか僕は中央通りから逸れて脇道に入ってしまったようで、辺りが少しだけ薄暗い雰囲気になってきた。
「雰囲気あるなぁ」
中央通りの栄えた感じも良いけど、こういう裏道の実際に人が住んでる生活感があるのも良い。ちょくちょく隠れ家的な店っぽいのもあって、少しだけワクワクしてきた。
僕はせっかくだしどっか店に入ってみるかと探していると、ちょうど一件の建物が目に入った。
「薬草屋か」
看板にはそう書いてあった。外からも窓越しに薬草なのか植物が垂れているのも見えて、今まで立ち寄ったことの無いタイプの店だ。てかそもそも大抵の傷は魔法で治せるから使う必要も無いから、ここで買うものは無さそうか。
そうは思いつつも、僕は何か雰囲気が気になってその店の扉を開いた。すると店内に入ると同時に、ハーブやらアロマの様な匂いの混ざり合った空気が鼻腔を通り抜けた。
「・・・おぉ」
それに天井から良く分からない草やら花が吊り下げられて、棚には瓶詰された粉のような物が売っていた。くすんだ窓から部屋に差し込む色のついた光といい、店内の雰囲気が魔女の隠れ家みたいでかなり良かった。本当に別世界というか、見た事の無い世界を覗いている様で、僕は当たりを引いたと嬉しくなって棚の商品を物色しだした。
だが、こんな幻想的な店の雰囲気を壊すような会話が、僕の耳に入ってきた。
「今度残りは払いますから。あと銅貨15枚はまけて売ってくれませんかね?」
こんな店で値切り交渉なんてするのかと、呆れつつ僕はその声の主の姿を見ようと歩き出した。どうやら会話の感じ的に、女の子が値切り交渉をして店員らしき若い男の人が拒否しているって所だった。
そうして僕が棚の陰から顔を出すと、奥の店頭に座っているらしい若い男の店員らしき人と目が合った。
「ん?あ、いらっしゃいませ!」
その声に反応したのか、机に肘を突いて値切り交渉していた女の子が振り返って僕を見てきた。
そうして目が合った女の子は、綺麗な黒目黒髪で鼻筋も通っていて本当に綺麗って言葉が合うような子だった。身長は多分160ぐらいで髪型はボブカットだけど、黒髪なせいかヘレナさんとなんとなく似ているような気がする。まぁでも三白眼って言うのだろうか目元はクールな感じで、顔の雰囲気はあんまりヘレナさんと似てなかった。
「・・・なに見てんの」
そんな三白眼が細くなり鋭く睨まれてしまった。昔ライサだか誰かにも、初対面で人を見つめる癖があるって言われてたの思い出した。良くない癖だから気を付けないと。
「あ、すみません。どうぞ続けてください」
僕は触らぬ神に祟り無しと、視線を逸らして近くにあった棚を再び物色しだした。だが、何か僕の態度が気に障ったのか、黒髪の子がカツカツと足音を立てて僕の元へ足早に寄ってきた。
「どうせみっともないとか思ってるんでしょ」
「・・・・いや、思ってませんが」
被害妄想も甚だしいのだが。てかみっともないって思われるのが分かってるなら、やらなければいいのに・・・。
そう思っていると、聞いても無いのに身の上話を始めてしまった。
「これは母さんの為で、うち貧乏で金が無いから交渉してるの」
「それは大変っすねー」
僕は必要以上に関わるのは避け、近くの棚を見上げるようにして女の子の言葉を適当に流していた。正直この流れだと、次何言いだすか予想できるし・・・・。
「でさ、お金貸してくんない?銅貨20枚でいいから」
ほら来た。
母親の下りは同情するけど、見ず知らずの人に金貸してもどうせ帰ってこないしなぁ。それに他人に金借りるって時に、そう言う頼み方をするのはダメだろ。そんなんじゃ貰える同情も貰えないだろうに。
「いやぁ、ちょっと自分も懐が厳しくてぇ」
「・・・・はぁ、そう」
黒髪の女の子はわざとらしく肩を下ろして、また店員さんの座る店頭へと向かって行ってしまった。正直今の態度大分腹が立ったけど、大人の対応で怒りを抑えた。こんな所で怒ってもどうしようもないしな。うん、冷静にだ。
でもそんな僕の我慢を無視して、女の子は机に肘を突いて僕の方を指差して店員に言っていた。
「あの人のツケで良いってさ」
店員の人の気まずそうな視線が僕を向いた。なんでそんなすぐばれる嘘をなんでつくのか。
「・・・・言ってませんよそんな事」
「ですよねぇ・・・」
店員の人も困ったように頭を掻いていた。この感じはこの子常連客なのだろうか。この人も大分苦労しているんだろうな。
「ッチ、ケチくさ」
僕を横目で見ながら、聞こえてないとでも思っているのか小声でそんな事を言っていた。正直かなりイラっと来たけど、その前に店員さんが間に入ってくれた。
「で、お客さん。買えないなら出て行ってください」
「いやだから、買うって言ってんじゃん。ただ値札が間違ってるだけで」
「もう値引きは出来ませんって言ってるじゃないですか・・・」
アルマさんから見たイリーナもあんな感じだったんかな。世の中にはこんな面倒くさい人もいるんだな。
そう僕は言い争う二人から、目を逸らして店の出口を目指そうとしたのだが。視界端に店員の人が助けを求めるように、僕を見ているのに気づいてしまった。
ここで去るのは簡単だけど、あの子このままだと閉店時間過ぎても居座りそうだし、助けてあげても良いけど・・・。
「また返しに来るからさ。今回だけだって」
こいつを助けることになるのは嫌だなぁ。絶対金貸しても返さないだろうし、別に求めてないけど感謝もしてこないよな。親の為ってのは偉いし理解出来るけど、こんなやり方じゃ助けてもらえないでしょ。生き方が下手な子だなぁ。
でも僕は諦めて踵を返して店頭へと向かった。
「じゃあ立て替えるんで、次からは値引き交渉せず正規の値段で買ってくださいよ」
僕はこの子の境遇と店員さんのストレスの為、そう言って財布から銅貨をとり出した。それを見て店員の人が助かったと胸をなでおろしているのが見えて、少しだけやって良かったと思えたのだが。
「いいね!助かったわ!じゃ、そう言う事で!!」
僕が金を払うなり、そのまま言い返す暇もなく店外へ走り去ってしまった。急に元気になるしなんなんだあいつは。
そして静かになった店内で僕と店員さんだけが、銅貨を持って立ちすくんでいた。
「・・・・金返ってきますかね」
「貴方の銅貨はあいつのツケにしときますよ」
そう店員の人が僕に銅貨を返してくれた。どうやら本当にあの子は常連らしく、話を聞くと月一ぐらいで同じ薬草を買う為に値引き交渉を仕掛けてくるらしい。一応店員さんの話によると貴族ではあるらしいんだけど、あの感じを見たらそれすら嘘くさく感じてしまう。
「大変っすねぇ」
「そうっすねぇ」
10分も経っていないような会話だったけど、やけに疲れた。あそこまで滅茶苦茶な子は初めて・・・・いや、あの盗賊の白髪のジジイがいたか。ベクトルの違う滅茶苦茶差だけど。
そう考えていると、ふと店頭に置いてあるアロマの遮光瓶が目に入った。
「これって何の効果があったりするんですか?」
「安眠とかリラックスとかそっち方面のっすね」
安眠か。割と寝つきが悪いタイプだし、せっかくこういう店に来たから買ってみるか。そう思い値段を聞くと、銅貨2枚と思ったより安く即決で僕は購入した。
「じゃ、頑張ってください」
僕は瓶を購入してからしばらく店員さんと世間話をしていた。この人の名前はカールさんと言うらしく、祖父と一緒にこの店を切り盛りしているらしい。で、自分も薬草とかが好きだから将来この店を継ぐのが夢だと。
そんな話をしている内に日はが傾き出した。すると閉店の時間が早いらしく夕方には店を閉めてしまうらしく、僕は今日は帰ることにした。
久々にイリーナ以外と話したけど普通に楽しかった。そもそも同い年と話すのも珍しいから、かなり新鮮だった。
「お気を付けて~」
「またアロマ買いに来ますね~」
僕が店を出るまで、そう店員の人が手を振って見送ってくれていた。営業だったかもしれないけど、新しい友達が出来たみたいで楽しかった。
そして店を出ると既に日が城壁に阻まれているせいか、辺りがかなり暗くなってしまっていた。
「いい店見つけたな」
そうこの街での楽しみが出来たと、今晩のアロマを楽しみにしながら僕は宿への帰路についた。
ーーーーーー
俺の名前はラース。
もうこの薄暗い場所での生活は8年以上が過ぎようとしていた。
この頃は夜中色々考えてしまって、寝れないから広場に出て眠くなるまで月を見上げる生活を繰り返している。
そうして最近の事を一人で色々頭の中で考えていた。少し雰囲気の変わったエルシアの事、病気に罹ったルーカスの事、最近ふさぎ込み気味のカーラの事。悩み事なんて俺の両手じゃ支えれないほど溢れていた。
でも俺の中で深く刺さっている悩みは他にあった。
それは俺が人を何人も殺してしまった事だ。
でも俺が悪くない無理やりやらされたんだと、言い訳をしようとすればいくらでもできる。だが、それらは全て昔俺がフェリクスに言った言葉が今の俺に返ってきて、過去の自分に今の自分を否定されているのだ。
今やっと同じ状況になって分かった。俺が理想論だけを言って、あいつに責任を押し付けてしまっていた事。そして何もしていない俺が後ろから非難する無責任さ。自分がフェリクスの立場になってやっと理解出来た事だ。
今更だけどちゃんと謝りたいとは思っているけど、そんな機会は来るのだろうか。
「あいつ今何やってんだろうな」
あのジジイは俺らを囮にして逃げたとか言ってるけど、まぁ冷静に考えたらそんな事しないよな。ただ単に俺らが鈍くさくて捕まっただけだろうし。
それにエルム村の森で、俺らを守るために残ったフェリクスがそんな事をするとは思いたく無い。
そう考え事をしていると、広場の扉が開いた。
「お、エルシアか。どうした?」
最近はずっと切らずに髪を伸ばして、もう腰辺りまで銀色の髪が伸びてしまっていた。綺麗な髪色で光に反射するとより映えるけど、戦闘だと邪魔にしかならないから切れって言ってるのに中々言う事を聞かない。
「兄さんこそなにしてんの」
「俺は寝れないだけ」
するとエルシアが俺の隣に座ってきた。どうやら今日は何か話すことがあるらしかった。
「どうせフェリクスの事でしょ」
「・・・・・・そうだよ」
エルシアは元々変な奴だが、フェリクスの話題になると余計に良く分からなくなる。なんで俺より頭の良いこいつが、いつまでもフェリクスの事を恨んでいるのかも分からないし。いくら嫌いでもあいつの事情は多少理解はしていると思うんだけどなぁ。
「また会えるよ。てか来ないと進めれないし」
・・・・?まぁ迎えに来るって信じてるって事か。随分回りくどいというか分かりずらい言い方するな。
それに最近は嫌いって言っている割に、こうやってフェリクスと会うのを待っているような事を言うようのはなんなんだ。
「ま、考えすぎない事だね。兄さん頭良くないんだし」
「・・・・うるせ」
それだけ言いたかったのか、エルシアはニコニコ笑ってまた寝室に戻ってしまった。
「まぁ俺も寝るか」
これ以上一人で考えていても、堂々巡りしてどうせ結論なんて出やしない。俺が散々非難した人殺しを自分の手でした事は変わらなんだ。それを受け入れて俺も、フェリクスみたいに外に出れるよう頑張ろう。そして謝ってまたあいつと友達になろう。
そう俺は気合を入れるように頬を自分で叩いた。こうでもしないと心が折れそうになる。最近は新しい子達の世話あライサに頼りっぱなしだし、俺もウジウジしてないでどうにかしないと。
俺はそんな抱負を抱えて、月を見上げるようにして立ち上がった。
その時通路の奥から二人分の足音が聞こえてきた。
そしてその足音のする方を注視していると、段々と二人の顔が月明りに照らされてかなり懐かしい顔が通路の中から浮かび上がってきた。
「・・・なんで戻ってきたんだ」




