第五十七話 待ち人
レンベックの街を出港してから半年と少しほどが経った。
僕は途中で船を降りてから馬車に乗り継いで、やっと目的地であるこの国の首都であるラインフルトという街に到着した。
その街は首都と呼ばれるにふさわしく、絵にかいたような城を中心に何層もの城壁で囲まれてた巨大都市であった。
そんな街に少しだけ気圧されながらも、僕は城門の列に並んでいた。
「はい次ー」
そして並ぶこと1時間。やっと僕の番が来たらしく、衛兵の人に呼ばれて僕は冒険者証を差し出した。
「ここへの目的は?」
とりあえず僕の冒険者証は大丈夫だったらしく、一瞥するとそのまま僕に返してくれて、次は衛兵の人の質問が始まった。
「士官学校への入校です」
「はぉ、こんなご時世に志願兵とはね。今までは兵役とか無かったの?」
衛兵の人は少しだけ顔が怖いけど、思ったより物腰が柔らかいし話しやすかった。やっぱ見た目で人を判断しちゃだめだな。
「最近16になったばかりなんですよ。徴兵より自分で志願した方が良いかなと」
まぁそもそも僕の存在ごとエルム村と消えてるだろうから、兵役も何にも無いんだろうけど。まぁでもどっちにしても、16にならないと兵役は無いって話だし、こんな言い訳でも大丈夫なはず。
「なるほどねぇ。じゃ、一応荷物だけ確認しても良い?」
それも大丈夫だったらしくそのまま荷物検査を終わらせると、あっさり街中に入る事が出来た。
「おぉ・・・・」
今まで来た街もすごいとは思ってたけど、それらを超えるぐらいの圧巻さだった。この人区画で数万人が住んでいるのではないのかと思うほどの建物の量。きちんと区画整理されているのであろう道とその道幅。そしてその道がいくつかの城壁を挟んで中心の城に向けて伸びていいるようだった。
防御面で弱そうだとは思うけど、見た目の美しさとインパクトは100点だった。まぁ防衛どうのはパッと見戦争の雰囲気なんてかけらも感じないし、これでも大丈夫って事なんだろう。
「・・・・へぇーすっご」
そうやって僕は人混みの中、転ばないように歩いていると道路の中心に人が立っているのが見えた。
それはどうやら馬車の交通整理をしている人らしかった。街は勝手なイメージのザ中世って感じだけど、こういう所は近世っぽいし国の制度とかはかなり先進的ってことなんだろうか。
と、よそ見をしていたせいか段差に足を引っかけ転んでしまった。
「痛ってててて」
石畳の道に膝をぶつけただけだけど、それよりもこんな中コケてしまった自分が恥ずかしかった。
そう思って周りを恐る恐る見るが、誰も僕に興味ないように素通りしていってしまっていた。僕にはそれが余計に恥ずかしくなり、急いで膝を払って立ち上がった。
「・・・・修学旅行で東京きた時もこんなんだっけか」
ちょっと状況が違うけど、高層ビルを見上げてて前を歩く人にぶつかって怒られたのを思い出した。なんか知らない街に来るとどうしても建物とか見ちゃうから、僕は注意散漫になる所があるのかもしれない。
そんなこんなで僕は中央通りを歩き続けていると、今回はあっさりギルドを見つけれたのでそのまま建物に入った。
するとやっぱり首都と言うべきか、アルマさんの所より広いし綺麗で受付の人数も倍近かった。少しだけここにいる冒険者のガラが悪そうなのは気になるけど・・・。
「あ、あのーすみません」
僕はとりあえず空いていた受付嬢の人のカウンターへと進んで恐る恐る声を掛けた。
「はい、どうかしましたか?」
「士官学校に入学したくて上京したんですけど、場所って分かります?」
僕がそう言うと「分かりました、少々お待ちください」とそれだけ言って地図を受付にとり出して場所を懇切丁寧に教えてくれた。どうやら場所自体は訓練場との兼ね合いで、比較的街の外側にあるらしい。
それから色々士官学校についてだとか、ついでに宿とか飯屋とかこの街の事まで教えてくれた。
「あ、一応士官学校の受付は日が暮れるまでですので、それだけ気を付けてくださいね」
「色々ありがとうございます。助かりました」
レンベックの受付は態度悪かったけど、ここはかなり丁寧で助かった。賄賂とか要求されても良いように、一応金は用意した合ったけど取り越し苦労だったようだ。
そして僕は昼過ぎ事もあって、日が暮れない内に一直線に受付の人が教えてくれた士官学校の場所に急いだ。
まぁそう急いだものの初めて来た街な事もあって、スムーズに進むことが出来ずにちょくちょく迷いながら歩いていると、もう空がオレンジ色に染まってしまっていた。
「あ、あった」
周囲をキョロキョロしながら見回していると、やっと受付の人が言っていた、特徴と合致する建物が見えてきた。言われたイメージ通り質素な木製の校舎っぽい見た目で分かりやすい。
「まだ受付やってます?」
僕はさっきから怪訝そうに見てきていた門番らしき兵士の人に、低姿勢になりながら聞いてみると。
「あぁそう言う事ですか。ここをまっすぐ行って建物に入った後、右に曲がった所にあるよ」
「ありがとうございます!」
僕はちゃんと頭を下げて門番の人にお礼を言うと、営業時間に遅れないように走って建物の中に向かって行った。
そうやって建物の中に入ると学校っぽいとは言え下駄箱は無く、そのまま土足で言われた通り右に曲がると、若い男の人が座った受付が見えてきた。
「あ、あのー?入校申請しにきたんですけど・・・」
僕は身分証として冒険者証を男の人に差し出した。すると男の人は愛想よく笑って僕に座るよう案内すると、冒険者証を確認すると早速説明を開始してくれた。
「一応冒険者証の確認が出来たらですが、入校自体は銀貨10枚払っていただければ出来ますので。それでカリキュラム次第ですが、1年か2年をかけてこの敷地内で訓練をして頂きます。もちろん宿舎もこちらで用意します」
なんか面接っぽい事されるのかと思っていたんだけど、既に入る前提で話を進められてしまっていた。それだけ人手不足なのか知らないけど、来るものは拒まずって感じなのだろうか。
いやまぁ最近まで戦争してたから人手が足りないだけか。ちょっと入校料が高いのは気になるけど。
「で、ここからが大事なんですけど。ここに入校したからには卒業後3年の兵役義務が生じます。それは大丈夫ですか?」
「あ、はい!それは大丈夫です!」
4年か5年か。まぁそれだけ軍隊にいれば鍛えられて将来職に困りそうにないな。そう思ったが、一つだけ気になった事があったので受付の人に聞いてみることにした。
「ここの敷地から出て街に出る事とかは可能ですかね?」
軍隊って言うと脱柵のイメージとかあるし、勝手に訓練中は出れないと思っていた。だがそんな事は無かったらしく、受付の人が後ろの棚からある紙を出してきた。
「この届け出があれば大丈夫ですよ。実際家族に会いに週末は街に戻る人もいますし」
「なるほど・・・。ありがとうございます」
そこまで縛られる感じじゃなくて良かった。5年もしたらイリーナの帰郷は終わってるだろうし、会えないってなると、不機嫌になりそうだし良かった。
そう思っていると、受付の人は僕に向き直って書類をまとめ出した。
「じゃ、身元確認が終わったら入校手続きを進めますので、・・・・・そうですねぇ1か月後にまた来てください。貴方は多分半期目のグループに途中参加になると思いますので」
「あ、はい。分かりました」
流れるように色々な情報が流れ込んでまだ整理しきれてないけど、まぁ何とかなりそうで良かった。
「じゃあまた来月来させていただきます」
僕は手を振って見送ってくれる受付の人にお辞儀をして敷地内から街へと出た。
そして今日の晩飯とか、泊まる宿をどうしようかなんて考えながら、西日が沈みかけた街を歩いていた。
ーーーーー
私はラウラちゃんと一緒に訓練室で月を見ていた。
でも私みたいに崖際に座るのは怖いのか、私の背中にしがみついているだけだった。
「月綺麗だよ~。こっちおいで見て見なよ」
この場所で隣にフェリクスがいつも座って話していたのが、遠い昔のように感じる。あの時はフェリクスが慰めてくれてたのに、今では私が人を慰めるためにここで話す事になるなんて思わなかった。
「大丈夫だって。みんな怖くないからさ」
そう言ってもラウラちゃんの心の声は、怖い寂しいそんな事しか言ってなくて、私の声が届いていないようだった。まぁここの子と馴染めていないようだし。ラース君も顔が怖いから怯えちゃってるんだよね。それにルーカス君はずっと体調崩しているから雰囲気もどこか重いし・・・・。
でもきっと。
「フェリクスが迎えに来てくれるよ」
勝手に心の声を読んで申し訳ないけど、この女の子があの街でフェリクスと一緒に居たのは分かってる。まぁだからこそこうやって情報を引き出すために、ラウラちゃんに構っているのもあるんだけどね。
「フェ、リクス?」
私の言葉に反応するようにラウラちゃんの肩が跳ねた。
そりゃ私の口からその名前が出てきたらそりゃ困惑もするか。私が勝手に心の声読んだだけで、自分の口で言っていないんだから、この子にとって私が知らないはずの名前だもんね。
「そうだよフェリクス。私の大事な人」
でもこうやって少しづつ話していくしかない。心の声だけだと小さい子特有の滅茶苦茶さで、読み切れない事もあるし。
「むかえにきてくれる・・・?」
それは私が一番知りたい事なんだけどなぁ・・・・。
まぁでも今でもフェリクスは変わらずに、ラウラちゃんみたいな子を守るために頑張っているってしれてそれだけで良かった。ちゃんと私の知っているフェリクスのままなんだって。
そ
れだけで、フェリクスの迎えを待つことができる。
「きっと来るよ。だっていつも私の味方でいてくれるって言ってたんだから」
私は振り返ってラウラちゃんの頭を撫でてあげた。
私はフェリクスにしてもらって嬉しかったこと。大きくなってからは恥ずかしがってあんまりしてくれなくなったけど。
でもこの部屋でこうやって私の頭を撫でてくれた事が、大事な想い出になってるし私が頑張れる理由だ。いつかまた頑張ったねって撫でて貰えるように。
「よし、じゃあもう寝ようか」
私はラウラちゃんを一緒に寝ている私の部屋まで、連れて行こうと手を引いてあげた。
そして部屋を出る瞬間。半分に割れた月を見た。
「フェリクス、待ってるからね」
私のそんな届くはずの無い言葉が、行く当てもなくどこかへと散っていってしまっていた。




