第五十六話 抜錨
エルム村を出て一ヶ月と少しが経った。僕らは目的地の港町であるレンベックの街に到着して、街並みを二人で歩いていた。
北方に位置するこの街は、まだ夏が終わったばかりだというのに上着が必要なほど肌寒かった。だがその寒さに負けない程の熱狂具合で魚市場が開かれおり、かなり活発な街だという事が窺えた。
「ッチ、ギルドどこだよ・・・」
僕とイリーナはかれこれ30分ぐらい中央の通りを探し回っていた。大体の街だと中央にあるから普段はすぐ見つかるんだけど、この街だと中々見つからなかった。
「先に飯食います?」
丁度お昼時な事もあってか、そこら中から飯屋の匂いが漂ってきていて正直お腹が空いていた。それはイリーナも同じようで。
「・・・まぁそうすっか。なんか食いたいのあるか?」
「そうですねぇ・・・・」
僕は考えながら辺りを見渡した。やっぱり港町なら新鮮な魚があるだろうし、そういう海鮮系を食べてみたいんだけど何かあるだろうか。
そんな事を考えていると、ふと生前の事を思い出していた。
「・・・・・・海鮮か」
確かもう名前も思い出せなくなってしまったけど、お見舞いに来てくれた友達が海鮮食べに行くとか言ってたっけか。貝とかそういうのだった気がするけど、モヤがかかったみたいに思い出せない。
「お、じゃあ、あれどうだ?」
僕がそうやって遠い昔の事を思い出していると、イリーナが何か見つけたようで道の先の店を指差していた。僕も特に決まらなかったので、イリーナの要望通りその店にすることにした。
「良さそうですね。あそこにしましょうか」
そうやって僕らがその店に入ると、まぁ普通の内装って感じだった。木で出来た建物に、木製の椅子と机が所狭しと並んでいて昼から酒を飲んでいるおっさん達。どっちかと言うと酒場の雰囲気が近いかもしれない。
「らっしゃせ~お好きな所にどうぞー」
昼時だからかもう中心部分の席は埋まっていたので、僕らは少し奥まった端に腰を下ろした。
ここからだとカウンターの上に掲げられてるメニューが見えずらいけど、なんとか見てイリーナと何を食べるか話し合っていた。
「私はフライでいいかな」
「あーいいですね」
フライか。油物の食べ物って確かにあんまり食べた事無いから良いかも。でもやっぱり僕としては刺身とか海鮮丼的なのも食べたいけど、やっぱり当たり前にそんな物は無かった。まぁ文化的に明らか日本じゃないしな・・・・。
「んで、どうする?」
「じゃあ僕も同じので」
僕がそう言うと、イリーナはウェイターっぽいホールの店員さんを呼んで注文してくれていた。
まぁ刺身とかも現代じゃないんだから保存状態とか危なそうだし、そう考えるとフライになってた方が安全か。
そう刺身を食べれない悔しさを正当化していると、注文を終えたらしいイリーナが僕を見ていた。
「・・・・どうしました?」
僕がそうイリーナの顔を見返すと、なぜか頬杖を突いて珍しく柔らかく笑っていた。
「いやぁ大きくなったなぁって」
「って、誰目線ですか」
親戚のお爺さんが言うようなセリフじゃないか。それに身長伸びたのなんて2,3年前からなんだから何を今更。
「次会う時はまたでかくなってんのかね」
「・・・いやぁまぁもう無理じゃないです?最近あんまり伸びなくなった気がしますし」
既に前世よりは身長高くなってるし、僕としてはもう不満は無い。それにこれ以上伸びるとまた装備新調しないといけなくなるし、金が勿体ない。
てかさっきから本当に親戚のおじさんみたいな事言ってるけど、どうしたんだ。
「まぁとにかく頑張れよ」
でもいつにもなくイリーナがしんみりとしていた。言っても2年やそこらしか期間が開かないだろうに、そんなに心配なのか。
もしくは・・。
「もしかして寂しいとか?」
こんなしんみりした感じはイリーナらしくないと思い、そうからかうように言ってみたのだが。やっぱり今日のイリーナは様子がおかしいようだった。
「・・・・そうなのかもな」
そう言うとイリーナは僕の煽りに反応せず、神妙そうな顔をして腕を組んでしまっていた。そんなイリーナの反応が意外過ぎて困っていると、その雰囲気を流すように目の前に食事が運ばれてきた。
「はーい、二人分ですね~」
さっきイリーナの注文を受けていた店員の人が、フライやサラダ、パンとかがまとめて乗ったプレートを運んできてくれていた。
「お、じゃあ食うか!」
イリーナはそれを見て雰囲気をがらりと変えて、ぱっぱと食べ始めてしまった。
そのせいで僕はさっきのイリーナが、結局何だったのか聞けずじまいに終わってしまった。でもまぁまた聞けばいいかと、僕も目の前の料理にありついたのだった。
ーーーーー
そうして飯屋での食事を終えた僕らが、外に出るとあっさりギルドが見つかった。というかさっきの飯屋の裏にあったらしく、どうりで飯屋に武装した人が多いと思った。だがそのギルドの建物は割と傷んでいる様で、見た目の雰囲気が悪かった。
「・・・・おじゃましまーす」
僕は恐る恐るそのギルドの建物に入ると、アルマさんの所とは違い外見通りぼろくて薄気味悪い屋内だった。それに心なしか中にいる人も目つきが怖いし。
そんな事を思いながらも僕はイリーナを連れて受付まで向かった。すると珍しく受付は男の人で、気怠そうにして担当しているようだった。
「ご用件は?」
僕らが受付に近づくと、雰囲気だけじゃなく声質といい暗くてどんよりしたような受け答えだった。
「あ、僕の冒険者証の発行をしたくて。こっちが保証人です」
そう僕はイリーナの冒険者証を差し出して、受付の人に見えるようにイリーナを指差した。
すると受付の男の人はさらに気怠そうな雰囲気を出して、ボサボサの頭を掻いた。
「いやぁこれ大分遠い街の冒険者証じゃないっすか。身元確認するのめんどくさいんですよねぇ」
「・・・・どれぐらい時間かかります?」
なんだか頼りないと言うか、信用できないような人だなぁと思っていると、それは当たっていたらしく僕の目の前に男は手のひらを差し出して来た。
「これで、すぐに発行してあげますけどどうします?」
その広げた手と一緒に男はもう片方の手で5本指を突き立てていた。どうやら賄賂で何とかしてくれるらしい。
僕は額も額だし一旦イリーナと相談するかと振り向こうとすると、それより先にイリーナが動いていた。
「ほらよ。これでいいか?」
イリーナが男の手のひらに銀貨5枚をあっさりと置いてしまっていた。それに驚いたのは僕だけじゃないらしく、受付の男も流石に狼狽えていた。
「え、あ、おぉ・・・。ま、まぁ決断が速いのは良い事だな」
そう言うと銀貨を握りしめ、さっきの気怠そうな雰囲気はどこへやらテキパキと動き出した。
そうして数分ほど僕の検査やら個人情報を書いたりして待っていると、男が冒険者証を作成し終わったようで戻ってきた。
「これで完成だ」
受付の上に滑るように差し出された僕の冒険者証を、大事に掴んで財布の中に入れた。まぁ何はともあれちゃんと発行してもらえて良かった。
「はい、ありがとうございます」
まぁでも多分正式な手続きは踏んでいないんだろうけど、銀貨五枚も渡したんだからその辺はしっかり誤魔化してくれていると思いたい。
「じゃ、じゃあまたお待ちしてま~す」
そうやって僕らを早く帰そうとする男に、僕はまだ聞くことがあったと歩き出す前に男に向かって質問をした。
「今ってレーゲンス帝国の士官学校の募集ってやってますかね?」
僕がそう聞くと、受付の男はまた面倒くさそうな顔をして受付の下をゴソゴソと漁り出した。そうして十数秒待っていると、一枚の紙を受付の上に差し出して来た。
「一応半期ごとにやってるっぽいすね。でも今の時期からだと船使わないと、冬になって間に合いませんが」
まあ船代は工面するとして、募集がやっているようなら良かった。これでやってないってなったらこの1ヶ月が無駄足になる所だったし。
「ありがとうございます。ちなみに船場はどこに?」
もうここで全部聞き切ってしまおうとするが、やっぱり面倒くさいらしく小さく舌打ちをされてしまった。でも流石に仕事だからか地図を取り出して教えてくれた。
「ここを出てから真っすぐって突き当りを右行けば、あとはなんとなくわかりますよ」
ここから北に歩けばありそうか。地図の感じ湾みたいになってるっぽいし、すぐ見つかりそうでよかった。
それから面倒くさそうにする受付の人に、船の乗り方、代金、かかる時間とあらかた聞いておいて僕は最後に聞き終わってからお辞儀をした。
「色々ありがとうございます。これで失礼しますね」
するとやっと終わったかと受付の人は椅子の背もたれにもたれかかって、僕らの目を見ずに「またお待ちしてます~」とだけ言って見送ってくれた。あんな態度でも仕事にありつけるなら、僕も金に困っても何とかなれそうだなと、そんな姿を見て思った。
「じゃ、行きましょうか」
「・・・そうだな」
イリーナがどこか心配そうな不安そうな表情をしていたが、何でもない様で一緒に僕らは歩き出した。
それからは何も特に起きずに、イリーナと話しながら歩いていると建物の間から船のマストらしき物が見えてきた。
「何気に初めて帆船見ましたよ」
「私もだ」
僕らはそのまま進んでその船に近づくと、思ったより大きくて二人して見上げていた。
この世界に来て魔法にも驚いたけど、やっぱこういう人間の技術の結晶みたいな物を見ると感動するところがある。
「たしか乗場に人がいるから、そこで金払えばいいんですよね」
そう視線を地面に戻して船の周りを見ると、船体に簡易的な橋を掛けてある所に人が並んでいるのが見えた。おそらくあそこが乗場なのだろうな。
と、そんな事を考えていると、隣からかすれ気味の声が聞こえてきた。
「じゃあここでさよならだな」
その声が気になって顔を覗くと、これまたイリーナらしく無い表情をしていた。
「・・・・なんで泣いてんすか」
さっきからちょくちょく様子がおかしいと思ってたけど、ここまでとは。驚きすぎて普通に突っ込んでしまった。
するとハッとしたようにイリーナは裾で涙をふくと、赤くなった目で僕を見た。
「わかんねぇや。海水が目に入ったのかもな」
そう言うイリーナの瞳は拭いても拭いてもまだ潤んで、今にも零れ落ちそうだった。
「そんな悲しまなくてもまた会えますよ。今生の別れじゃあるまいし」
イリーナと涙の別れはらしくないなと思って、僕はどうにか慰めようとした。だがイリーナは「そうかもな」と呟くだけで、未だ瞳が水面の様に揺れていた。
そんなイリーナになんて声を掛けようか迷っていると、乗場付近にいた船員らしき人が声を張り上げていた。
「あと5分で出発でーす!!」
どうやらもう時間は僕らに残されていないらしかった。
イリーナがこんな調子だから、僕までつられてなんか泣きそうになってきたし。こんなさよならの仕方は嫌なのに、この雰囲気を変える言葉を僕には無かった。
「ほら、行ってこい。また迎えに行ってやるから」
その声と同時に、僕の背中が押されて少しだけバランスを崩してしまった。僕は転ばないように体勢を戻して、振り返ってイリーナを見た。
するとイリーナはさっきまでの表情から一転、いつもみたいに笑ってそこに立っていた。いや、ちょっとだけ涙が零れてしまっていた。
でもどうやらイリーナ自身が、笑ってさよならにする言葉をもっていたらしかった。
「私の事忘れんなよ!」
イリーナのそんな叫び声と一緒に船員の締め切りの声が聞こえてきた。
僕は精一杯笑ってイリーナに手を振ると、そのまま振り返らずに船へと走っていった。
ーーーーー
そんないつの間にかでかくなったガキを見送って、私は一人立ち尽くしていた。
「・・・こんなつもりじゃなかったんだけどな」
もっと明るく私らしく送ってやるつもりだったのに、ついしんみりさせてしまった。やっぱり私はあいつに思い入れがありすぎるのかもしれないな。
「うし、じゃあやるか」
でも踏ん切りはついた。あの頭のジジイも殺して、私は生きてまたフェリクスに会いに行く。新しい目標が決まった。
そう思っていると、雑踏の中ここで聞こえるはずの無い声が私の耳に届いた。
「感動だねぇ」
他にもたくさんの話声や怒声が聞こえる中、そんな声だけが私の世界にはっきりと聞こえてきていた。
「本当に面白い子だねぇ」
私は嫌な汗をかきながらナイフに手を掛けて、恐る恐るその声の聞こえる方へと振り返った。
するとやっぱりと言うべきなのか。私は会いたい様で会いたくない奴と目が合ってしまっていた。そう私が固まってしまっていると、男は私に笑いかけて手を振って近づいて来た。
「久しぶりだね。元気してた?」
こいつがここにいるなら、あの船の中にはもしかして既に盗賊が乗り込んでいるのでは。そう焦って振り返って船を見ると、それを否定するようにジジイが喋った。
「あぁ大丈夫だよ。まだ手を出す気は無いからね」
「・・・・・じゃあ何が目的なんだよ」
私はナイフを抜いてゆっくりとジジイと向き直った。でもジジイは相変わらず剣すら抜こうとせず、ただ後ろで手を組んでいるだけだった。
「ん~まぁ何してるかなーって。あとは君がちょっとばかし邪魔だからかな」
そう言った瞬間ジジイの目が鈍く光って細くなった。
どうやらこいつはここで私を始末する気らしい。そう感じ取り私はナイフを構えていつでも殺せるように足に力を込めた。
「焦りすぎだって~もう少し話聞きなよぉ」
私相手に剣はいらないとでも言うのか、ただ目の前の男は拳を構えるだけだった。そして周囲も異変を感じ取ったのかざわざわとしだして、もう私は後戻りは出来ないらしい。
こいつとの実力差は歴然。こいつの事だから二の矢三の矢を用意しているだろうから、逃げるのは出来ないだろう。
でも少しの可能性を掛けて私は戦う。元々そのつもりだったのだから。
「すまん、約束守れそうにねぇわ」
私は聞こえるはずの無いフェリクスに向かって、ただそう小さく呟いた。
そして船の出発する鐘の音と共に私は駆けた。




