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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
第四章
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第五十五話 独白


 私はどうしようもない人間だ。


 私の家族が皆目の前で殺されてからは、誰も頼らないし他人と深く関わろうとしてこなかった。それで結局生きてこれたし、私自身もそれで良かったと思っている。そんな過程でフェリクスとライサに出会えたんだし。

 でも私は会話をした人間の数より殺した人間の方が多い様な女だ。こんな奴を恨みこそしても、信用するなんて有り得ないし私もそんなものだと割り切っていた。

 

 でもフェリクスは違った。

 最初の頃は私が家族を殺したのを知っていながら、子供のクセしてヘラヘラと私に何でもないように話しかけていた。そんな姿が私にはただただ気持ち悪く見えていた。それも当たり前で、今まで同じように私が親を殺したガキを大勢世話してきたが、全員揃って死ぬ瞬間まで私の事を恨み続けていたんだ。私としてもそっちの方が変に情が湧かなくて良かったのだが、フェリクスがそんな素振りを見せないから対応に困っていた。


 そんな中4年ほど経った頃だろうか、初めてフェリクスが人を殺した時。あいつはいつにもなく苦しそうだった。普段は大人ぶって本心を見せず一歩引いていたフェリクスが、吐きそうになりながら口を押え、苦しそうに胸を抑えていた姿を見て私は、あぁこいつもやっぱり人並な子供なんだなと少し安心した。

 でもそれは少し違った。

 あいつがラースやエルシアに責められた時、流石に可哀そうに思って慰めてやろうと思った時がある。

 その時の会話であいつはこう言った。


「・・・・イリーナさん僕の家族殺してるんですよ?」


 私はそれを言われてとうとう来たかと心臓の脈拍が跳ねた。今までそう言う素振りを見せてこなかったこいつも、やっぱり私の事を恨んでいたのかと、加害者のクセに少しだけ残念に思ってしまった。そんな動揺が悟られないように、確か私はその時無理やり笑って誤魔化した気がする。

 私の動揺をを知ってか知らずかその後のフェリクスは、まるで自分は私の事を恨んでいないような口ぶりで話を続けていた。私もそんなフェリクスに違和感を覚えつつもその時は、それっぽい事を言って上手くフェリクスを慰めれたとは思う。

 

 でも結局フェリクスの事は分からなかった。私を恨んでいないし、人を殺してもあっさりと立ち直ったように見えていた。それに対してただただ得体のしれない物に対する不気味さを覚えた。

 でもそれと同時に昔の私とフェリクスが重なって見えていた。自分の感情を押し込んで、生き残るために仇でも媚びを売る。そう思うとフェリクスの本心が分かった気になって一方的に近しい存在に感じていたと思う。その時会話の中でチラッと親を殺した事を聞いたらフェリクスが許してくれたのも大きいかもしれない。そういうのもあってか、私はフェリクスの事を気に掛けるようになって、この時の私は良好な関係を築けていると思っていた。

 

 そして外に出てからは、フェリクスの本心の事なんて忘れてただ私は外の世界を楽しんでいた。今まで街に来ても人殺しか人攫いしかしてこなかったのに、やっと太陽の下で普通に買い物したり食べ歩きが出来るようになったんだ。人並の生活がやっと出来るとはしゃぎ過ぎていた所もあるかもしれないけど、それでも諦めていたはずの普通の生活が出来るのが嬉しかった。一応その間は色々フェリクスに迷惑をかけたのは申し訳ないとは思っているが。

 まぁただ迷惑をかけたとはいえ、どっちにしろアルマの奴は気に食わないし、それでフェリクスと仲が良かったのも余計に不愉快だったのだが。


 でもそんなこんなの二年間の冒険者の生活が私には楽しかった。一番私が私であれていた二年間だと思う。だがその弊害か、私はいつからかフェリクスから恨み言を言われるのが怖くて、フェリクスが家族を殺した私をどう思っているか、向き合って聞くことが出来ずにずるずると後回しにしていた。

 ただただ私は上っ面で偉そうな事を言って、冗談でごまかしてフェリクスとの関係を曖昧にしていたのだ。

 だが、あの街でフェリクスの意志を無視して逃げる判断をした時。私はやっとフェリクスと向き合って話を聞く覚悟が出来た。


 そしてまだ肌寒い季節の中。背中に伝わる熱を感じながら、私は声を絞り出した。


「・・・・・すまんな」


 すると緊張しすぎていたのか、いつのまにか手の力が抜けて背負っていたフェリクスを地面に落としてしまった。

 私はしまったと振り向くと、フェリクスはぶつくさ文句を言いながらも、私の話を聞こうとしてくれた。最初はそんなフェリクスとの会話の内でも、どうせ私に気を遣っているとか、まだ15で冒険者証を持っていないから冒険者証を持つ私を手放せないんだろうなとか思って、私は話していた。


「だからお前にどう思われようが、死んでもお前をあの街には行かせない」


 いくら言っても分かってくれないフェリクスに私はナイフを取り出してそう口走った。本当は嫌われたくないって思ってるくせに、覚悟は出来たはずだと強がっていたんだと思う。


「・・・・なんでそんな悲しそうな顔してるんですか」


 でも隠したかった私の強がりは全部フェリクスに伝わってしまっていたようだった。でもそれでも私は、自分でも何を言っているか意味が分からなくなりながらも、自己弁護なのか我儘なのかお願いなのか、とにかく震える手を悟られないように思いつく言葉を羅列した。

 

 でもフェリクスはそんな私を見て一息吐いた。


「イリーナを殺したくないから、僕は戦う気はないですよ」


 そんなフェリクスの言葉の真意が分からずとにかく私が否定しようとしても、あくまで私を諭すようにして言った。


「どうせイリーナも僕を殺せないでしょ?」


 段々とフェリクスの顔が近づいてきていた。八年前はあれだけ小さかったのに、今では私を見下ろすように目の前に立っていた。

 それからは自分が何を言いたいのか分からなくなりながらも、とにかく分かってくれと思いながら話していると、フェリクスが笑ったかと思うと私の肩に手を置いた。


「いやいや良い奴なんて思った事無いですよ。いっつも迷惑かけられてましたし」


 やっぱりと少しの安堵と共に思った。でもやっと目的の一つだったフェリクスの本心が聞けたはずなのに、一瞬の安堵の後に私の心は晴れるどころか暗く沈んでしまった。

 

 でもその感情は頬の痛みと共に振り払われてしまった。


「だから!別にイリーナが自分をどう思っていても関係ないんですよ!僕がイリーナと一緒にいたいってだけなんですから!!」


 そんな言葉が嬉しいような、恥ずかしいような、こんな私には勿体ないように感じた。だから絞り出すように否定しようとしても、フェリクスがそれを許してくれなかった。


「だからそんな事知らねぇって!僕がお前と一緒にいたい!!そう思ったんだよ!!!!」


 私はその言葉を聞いてそれ以上言い返す事が出来なかった。いや、目の前のフェリクスの瞳がそれを許してくれなかった。

 

 そんな時間がどれだけ経っただろうか。冷えるような森の冷気を感じ、満月が照らすフェリクスの顔を見ていた私にはとても長く感じていた。

 そんな沈黙の中、フェリクスが困ったような顔をしたかと思うと、一歩私から離れようとしていた。

 それがフェリクスが私を見捨ててどこかに行ってしまう。そう思って咄嗟につっかえて出てこなかった、言いたくても言えなかった言葉が湧き出てしまった。


「・・・・んじゃあどこにも行くなよ」


 あれだけ自分で偉そうな事を言っておいて、こんな縋るような事を言うなんて可笑しいし矛盾しているのは今になれば分かる。でもこの時は、ただフェリクスがどこかに行くのが怖くて出てしまった言葉なんだと思う。


「・・・・・いいですよ。まぁイリーナ次第ですけどね」


 そんな私の望んでいた欲しかった言葉が、優しい口調と共に頭の上から聞こえてきた。私はそれになんとか答えようとしたけど、今度は感情がぐちゃぐちゃになってしまって言葉が喉元でつっかえて出てこなかった。

 そのせいか熱くなった顔を冷ますようにして、私は両頬を叩いて顔を上げてフェリクスを見た。そして恥ずかしさを隠すように”いつもの自分”を思い出して、フェリクスの頬を思いっきりビンタした。


「これでお相子だ」


 意味が分からないといった顔をするフェリクスを置いて、私は赤くなった両頬を見られないように前を向いて歩き出した。


ーーーーー


 それから今はエルム村を出て、北へ行ってみようと話になって二人で街道を進んでいた。

 あの夜からもフェリクスと色々話したけど、やっぱりこいつは良い奴だと思えた。こんなめんどくさい私に愛想をつかさずに笑って一緒にいてくれるんだから。


 ・・・・でもこれ以上はフェリクスと旅は続けられない。一緒にいてくれるってあの時言ってくれたけど、そうは言ってられない状況になってしまったからだ。

 その状況とはあの盗賊の頭のジジイの事だ。今回のエルム村に行く話も、あいつから離れる為っていう目的もあった。それにフェリクスはあの街では直接再会してないからまだ気づいてないけど、ラース達が逃げるのに失敗している。周りに神経質なライサの事だって心配だ。

 でもまだフェリクスはライサやラース達はどこかで幸せに生きていると思って、そしてエルム村に帰って墓参りもやって、やっと前を向けそうなんだ。今更フェリクスに後ろを向いてほしくない。


 だから私はフェリクスと別の道を行かないといけない。私がフェリクスの人生を壊したんだから、この先の人生はせめて幸せにしないといけない大人としての責任がある。本人にこんな事言ったら止めてくれるだろうけど、これは私がしないといけない事だ。フェリクスにはどこか適当な職を持たせて、私があの頭のジジイをぶっ潰す。その戦いにフェリクスを巻き込むとラース達に剣を向けさせてしまう。だから私一人でやらないといけなんだ。もっと器用なやり方があるのかもしれないが、私は戦う事しか解決法を持っていない。


 だから私は初めて人の為に嘘をつくことにしたのだ。


「なぁ、フェリクス今良いか?」


 そう声を掛けると隣を歩くフェリクスは、少し高い視線を下げて私を見た。


「ん?どうしました?」


 エルム村から離れて1週間。フェリクスはあれから泣くことは無く、逆に表情が明るい事が増えた気がする。今まではふと何かを思い出したかのように、暗い顔をする事があったけどそんな姿が見られなくなっていた。


「んーなんかさ。やりたい事ってあるか?」


 すぐさま核心の話題を出すのを避け、遠回りするように私の視線は空に向いていた。


「えー、いやぁ。どうなんでしょうかね。正直今のイリーナとの生活で良いって言うか、特に無いかもですね」

「まぁ強いて言えばで良いから。なんかないか?」


 私がそう言うと、しばらくフェリクスが考え込んだ後。なんとか思いついたらしく、一つだけぽつりと呟いた。


「人を守る事とか?せっかく魔力あるんですし、それこそ衛兵とか」


 私もフェリクスならそんな感じの事を言うかなとは思っていた。贅沢を言えばは戦闘からも身を引いてほしかったけど、本人がそう言うなら私が否定するのは違う。


「じゃあ、レーゲンス帝国の士官学校に行ってみないか?今は休戦中っぽいが、お前の魔力量なら入学も簡単だろ」


 現実的な線だとこれが思いつく限りだと一番良かった。戦争のリスクが大いにあるとはいえ、国に所属していれば頭のジジイも容易には手を出さないだろうし、学校で本人が強くなってくれればそれだけでフェリクスにとっては良い事だしな。それに私を追いかけるって事も無いだろうから。


「うーーん、軍隊ですかぁ」


 だが、フェリクスは渋ったように腕を組んで唸っていた。私はそんな回答を濁すフェリクスにどうしたのかと催促すると私を見て口を開いた。


「イリーナはどうするんです?」

「・・・・・・うん、まぁ私も故郷に帰ろうかなってな」


 もう故郷の街の名前も景色も何も覚えていないんだけどな。そんな事を思っていると顔が暗くなっていたのか、気を使わせてしまったらしくフェリクスは私の顔を覗き込んで優しく笑っていた。


「じゃあ僕も一緒に行きますよ。士官学校はその後でもいいですし」


 無頓着に無配慮に私の顔に近づいて来たフェリクスの顔を私は左手で押し返して、ゆっくりと言葉を選んだ。


「いや、これは私だけで行きたいんだ。それが終わったら迎え行くから待ってろ」


 あのジジイを殺すとなると、何年待たせる事になるか分からないが、まぁフェリクスなら何とかなるだろう。そんな信頼感があった。


「いやまぁ嫌がっているのに、無理について行くつもりはありませんけど・・・・」


 まだ納得していないようだった。逆にあっさり納得されたらそれはそれで癪だったから、少しは私と一緒に居たいって事だし嬉しいのだけども。


「じゃあ決定だな。港町のレンベックに行ってそこでレーゲンス帝国の士官募集探そうか」


 私は意思が弱まらない内にぱっぱと、この先の事を決めていった。フェリクスに粘られるといっつも意志が揺らいで、押し切られてしまうし仕方ない。


「まぁイリーナがそこまで言うならそうしますか」


 渋々って感じだけど、フェリクスも納得してくれたようで良かった。まぁフェリクスはラース達の事も知らないし、頭のジジイの事なんて思い出しもしないだろうから、私がこうする理由を知る由が無いから当たり前なんだけどな。


「てか、イリーナって自分の事私って言ってましたっけ?」

「ん?そうだっけか?」


 確かに私って言ってるな。小さい頃はそうだったけど、いつからかあたし呼びになってたんだっけか。あんまり意識していなかったから分かんねぇな。


「いやまぁ気にはならないですけど、何か心境の変化があったのかなーって」

「・・・・まぁそうなのかもな」


 それで私達の会話は自然と霧散して、二人で静かな田舎道を歩き続けた。

 

 それが私とフェリクスが一緒にいた、最後の夏の一日だった。



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