第五十四話 想い出の跡
エースイの街に僕らが到着して二日目の朝。
特にこの街でやる事もないので、僕らは手早く身支度を済ませると、昼頃には宿を出て城門を目指して街を歩いていた。
「なんか食べていきます?」
ちょうど道脇には露店は色々あり、その中に飯系の屋台もちらほら見え、良い匂いがそこら中から漂ってきていた。
そんな匂いを嗅いでイリーナも腹が減ったのか、少し先にある屋台をまじまじと見ていた。
「あーじゃあそうするか。なんか食いたいのあるか?」
イリーナが僕に選択権があるかの様に聞いて来たけど、明らかに視線があの屋台に行きたいと言っていた。
僕もその屋台をよくよく見て見ると、どうやら肉巻きっぽい物を売っている屋台らしい。イリーナってよくあーいうの食べてるけど好きなのだろうか。
「じゃああれにしましょうか」
僕は腹に入れば何でも良かったし、イリーナが食べたいならそれで良いかとその屋台を指差した。
するとやっぱり食べたかったらしく、そうだよな!っと食い気味に言って屋台の方へ走って行ってしまった。
僕も少し周りの視線に恥ずかしい思いをしながら、イリーナの背中を追って店の前に着くと財布を出した。
「いくらです?」
先走って屋台の人に注文するイリーナを置いて、僕がそう店員さんに確認すると。
「二本で銅貨6枚っす」
「ん、あーはい。ちょっと待ってください」
思ったより高くて躊躇したけど、まぁ久々に金使うんだから良いか。そう自分を納得させて財布から銅貨を取り出して代金を支払った。
そして店員の人から受け取った肉巻きは、出来立てなのか見るからに熱そうで湯気が立ち昇っていた。
僕はその二人分の肉巻きの内一本をイリーナに手渡した。
「お、ありがとな!」
注文自体はイリーナが勝手にやってたけど、何味とかあるんだろうか。そう思いながらとりあえず頬張ると、どうやら肉の内側には何種類かの野菜が入っているようだった。
「・・・・だから高かったのか」
イリーナの事だから多分値段は見てないんだろうけど、流石にお金に対する意識が薄すぎないか。この人が一人で生きていけるか心配になる。
「ん?口に合わないならあたしが食おうか?」
僕がそうやって一口食べた内に、どうやらイリーナは全て平らげてしまっていたようだった。それなりにボリュームあると思うんだが、そんなに焦って食べなくても良いだろうに。それにすぐに僕のも食べたいのか、僕の分まで見てくるし食い意地張りすぎだな。
「ゆっくり食べるんで、あげませんよ」
イリーナから肉巻きを守るように遠ざけた。それなりに高かったんだから、自分でも楽しみたい。それにずっと食べている所を物欲しそうに見られても嫌だし、僕は財布から銅貨三枚をイリーナに手渡した。
「・・・・はあ。これでもう一本買ってきたらどうです?」
するとそれを受け取ったイリーナは笑顔になって、来た道をダッシュで戻りまた店員さんに注文をしていた。
「元気な人だなぁ・・・」
僕は少し進んだ所にあったベンチに座って、一人肉巻きを食べながらイリーナの帰りを待っていた。どうやら見た所今から調理するらしく時間がかかりそうだ。
「・・・・・っあ」
僕がなんとなくイリーナの方を見ていると、ふとそんな声が耳に入った。こんな雑音だらけな環境だけど、その声がどこかで聞いたことあるような声だったから、少し気になって視線を向けると。
「・・・・・・あ、教会の人」
思い出すのに時間がかかったけど、僕の魔力を測定した教会のおじさんがそこに立っていた。しかも気まずそうに目をそらしているし。まぁ多分盗賊に情報流したのこいつだろうから気まずいんだろうな。
「い、いやぁ無事で良かったですよ~。えーーっとフェ・・・んーっと」
「フェリクスですよ。8年振りぐらいですかね」
教会の人はあーそうだったね!って変に高いテンションで乗り切ったつもりなのか、手を振ってすぐにその場を離れようとしていた。
「あ、盗賊に情報売らないでくださいね」
僕はこれ以上引き留めても見ているだけで不愉快だから、逃げ去ろうとする教会の人の背中にそう言った。すると肩を跳ねて少しだけ僕を振り向くと、軽く会釈だけして走って行ってしまった。
「あんな人だっけ・・・」
もっと敬虔で落ち着きのある信徒ってイメージだったけど、結局はあんな感じの狡いというか小物って感じの人だったのか。まぁもう今更怒りも湧いてこないけどもちょっと残念だな。
「誰と話してたんだ?」
目を離した隙に肉巻きが出来上がっていたらしく、ベンチに座る僕をイリーナが不思議そうに僕を見ていた。
「道を聞かれただけです。てかなんで二本も買ってるんですか」
僕は一本用の金しか持たせてないはずなのに、なぜかイリーナの手には二本の肉巻きがあった。
どれだけ腹が減ってるんだと思っていると、イリーナがそのうちの一本を差し出してきた。
「これはあたしのおごりだ」
「・・・・どうも」
まぁ嬉しくないわけじゃないけど、どういう風の吹き回しだろうか。それに僕がほとんど金は管理してるはずなのに、どこからこの人金出したんだ。
まぁでもせっかくの厚意だし、ありがたくいただくけども。
そうして僕は肉巻き二本体制でイリーナと食べ歩きをしながら、再び城門へ向けて歩き出した。そして難なく衛兵の検査を突破して、エルム村への田舎道を僕らは歩き出した。
ーーーーー
そうして歩く事3日が経った。
畑や牧草地が広がり、辺りが段々と見た事あるような雰囲気になってきた。そして僕らの正面には少しだけ盛り上がった森と、そのそばには小さな川が流れていた。
「もうそろそろですかね」
多分僕らが、イリーナ達から逃げようとして入った森がここだと思う。もうすぐそこにエルム村はあると思うと、少しだけ心が締め付けられるような感覚になる。
「・・・あぁ、そうだな」
隣を歩くイリーナは少し硬い表情をしていた。まぁ心情は察するけど、イリーナまでそんなに責任を感じてほしくは無い。
そうして記憶の中のエルム村の断片が、目の前に広がる景色と共に湧き上がってきている中、懐かしい大きなエルムの木が見えてきた。
「やっぱ大きいなぁ」
今では身長も伸びて大きくなったから、エルムの木も小さく見えるのかなとか思っていた。でもそんな僕の考えを否定するように、ただ見上げるだけじゃ空に広がる枝全体を見る事が出来ない程、木は大きく逞しくそこに鎮座していた。
この木はあの時から変わっていないんだ。
そんな木に僕らは近づいて、木の幹に触れた。木漏れ日と優しい風が、僕らを通り抜けてなんだか安らぐような心地いい感覚を覚えた。
あれだけの事があってもこの木は、あの時のまま残っていてくれた。僕の想い出をこの木も覚えていてくれたのだ。
するとそんな僕らに近づく足音がした。
「おにーさんたちだれ?」
その声に少しだけ驚き振り返ると、小さな男の子とその父親らしき大人がそこには立っていた。旅人って感じじゃないし、もしかしてエルム村に引っ越して来た人達だろうか。
「あーまぁ僕ら冒険者で偶々ここに寄ったんですよ」
僕は屈んで男の子と視線を合わせて笑いかけてあげた。すると父親らしき人が不思議そうに僕を見ていた。
「珍しいですね。あんまりうちの村って旅人来ないのですが」
それも知っている。だって僕がいた時からほとんど外の人は来なかったし、よく来ていた奴なんてブラッツだしな。
そう思っていると、ふとこの人の言った村って単語に僕は少しだけ気になった事があった。
「・・・ちなみに村の名前って何ですか?」
僕は少しだけ恐怖心や不安を覚えながらそう聞いた。すると男の人は当たり前の様に何でもない様に、息子を撫でながら答えてくれた。
「あーブニク村って言いますね。由来は村長に聞かないと分かんないんですけど・・・・」
その答えを聞いてどこか悲しいような、寂しいような感覚を覚えた。
僕らの住んでいたエルム村は消えて、今では新しい人達が住んでいるのが分かってしまったからだ。もしかしたらこのエルムの木みたいに、僕の記憶のままエルム村が残ってくれていたらっていう小さな願望が散っていってしまった。
今はもうエルム村は僕の記憶の中にしかないんだ。そう思うと無性に悲しくなった。
「あーお茶でも飲んでいきます?大層な物は出せませんが」
僕が黙ってしまったのが良くなかったのか、男の人は汗をかきながらここから伸びる道の先を指さしていた。どうやら気を使わせてしまったらしい。
「私の家ここから近いんですよ。ほら、見えませんか?」
そう男の人が指差す先に確かに家が見えた。
僕にはその家に見覚えがあった。
だって今僕の目線の先には、この世界に来てから8年間ずっと住んでた家があった。小さい頃はここからじゃ見えなかったはずなのに、こんな所で自分の成長を実感できてしまう事になるとは。
「・・・・見えますね。よく」
喪失感なのか、懐かしさなのか、自分にはよく理解の出来ない感情が溢れて涙が零れそうになるのを必死に堪えていた。本当に父さんや母さん、ブレンダさんが生きた証が無くなってしまったような気がしたからだ。
するとそんな僕に、イリーナの右手がポンっと僕の背中を叩いた。
「あーまぁ迷惑かけらんねぇから茶は大丈夫だ。気遣いありがとな」
声が出せなくなっていた僕に変わって、イリーナが前に出て男の人と話してくれていた。なんでこういう時は頼りになるんだよ・・・。
そんなイリーナの気遣いが嬉しいようなこそばゆいように感じていると、その時木の枝がこすれ合う音共に突風が突き抜けてきた。
「っと、今日は風が強い日ですねぇ」
僕は突風で目を閉じ、少し時間が経った後目を見開くと視界端に何か見慣れない物が見えた。僕は恐る恐るその方を見ると、森の入り口辺りに小さな石碑のような物が経っているのが見えた。
「・・・あれは何ですか?」
それが異様に気になった僕は指を差して男の人に聞いてみた。
「あぁなんか私が来る前なんですけど、この辺で戦闘があったのか何人も死体が放置されてたらしいんですよ。それをこの村を作った村長が、埋葬して供養してあげたらしいっすね」
僕はその言葉を聞いてイリーナを見た。すると同じことを思ったらしくイリーナも僕を見ていた。僕はもしかしたらと、男の人に視線を戻して涙が零れないように声を絞り出した。
「あ、あの他にもあーいうのってあります?」
「ん?あー私の家に行く途中の川沿いにもありますね」
僕はそれを聞いて少しだけ嬉しくなった。父さんや母さん、それにブレンダさんの生きた証が、まだこの世界に僕らの記憶意外にも残っていたのかと。
「っとじゃあもう帰らないと嫁に文句言われるんで失礼しますね。あ、お茶は本当に大丈夫ですか?」
そう息子の手を引いて家に帰ろうとする男の人に、僕は声を絞り出して大丈夫ですと伝えた。そしてそれを聞いて僕らに手を振ってから、親子二人が仲よく手を繋いで家族の待っているのであろう家へと帰る背中を見ていた。
僕が小さい頃もこのエルムの木は、今の僕と同じように二つの背中を見送っていたのだろうか。そんな事を考えてしまっていた。
「フェリクス。行くぞ」
そんな僕にイリーナはいつにもなく優しい声色で、森の入り口にある石碑まで手を引いて行ってくれた。
そして石碑の目の前に着くと、それには「名も無き戦士に安らぎあれ」と、それだけ書かれていた。近くには花が添えられてて、誰かが管理をしていてくれているらしい。
「じゃあ、これ返さないとな」
そうイリーナがブレンダさんのナイフを取り出した。確かにブレンダさんが最後まで大事に持っていた物だし、妹さんの事を考えたら返した方が良いと思う。
・・・・・でも
「ここにナイフを置き去りにするのは、なんか寂しいですよね」
このナイフの大事さや込められた想いを知っているのは、今は僕しかいない。だからこそブレンダさんに帰してあげた方が良いのは分かる。でも誰もブレンダさんの事を知らないような所に、この妹さんからの想いがこもったナイフを置き去りにするのは、何か虚しさを感じてしまう。
「でも大切な物だったんだろ?」
「え、ええ。それはそうですけど・・・・」
今はもうブレンダさんは居ない。本人に聞けば、大丈夫ですよとか言ってくれそうな気はするが、それは勝手に僕がそう思い込んでいるだけかもしれない。
でもそれでもやっぱりこのナイフはイリーナに持っていて欲しい。
僕がそうやって悩んでいると、今度は山へと続く道の先から突風が吹いて来た。
「・・・・いいんですか?」
僕は帰ってくるはずの無い返事を森に向けて言った。するとその返事なのか頭を撫でるような優しい風が僕らを包んだ。
これも思い込みと言われたらそうだと思う。でも今の僕にはそれがブレンダさんからの返事のように感じた。
「僕のワガママですけど、そのナイフは持っていてくれないですか?」
僕は改めてイリーナの方を見た。するとイリーナは困ったように後頭部を掻きながら。
「ん~まぁお前がそう言うなら良いけどよ。本当に返さなくていいのか?」
そんなイリーナに僕は首を縦に一回振った。僕はこのナイフをイリーナに持っていて欲しい。誰かを守るためにこのナイフを、今度は受け継いでイリーナに使い続けて欲しい。そんな想いだった。
「んじゃあせめて綺麗にしていってやるか」
そうイリーナは布を取り出して石碑を拭きだした。それが何だか可笑しく感じたけど、僕も一緒になって、いつかまた来た時もどこからでも分かるように綺麗にそれを磨いた。
でもその時水魔法で水を出して拭いたせいか、目を擦ると裾が濡れてしまっていた。
そうしてブレンダさんの石碑を拭き終わると僕らは、他の石碑にも参りに行こうとエルム村への道を歩き出した。
すると数分歩くと、良く父さんと目印にしていた小川とその傍にある木が見えてきた。そしてその木の根元にはさっきと同じように石碑もあった。
「ここはフェリクスの両親か」
「・・・そうみたいですね」
二人分の石碑が木の傍で寄り添うように立っていた。そしてその石碑には「安らかに眠れ」と、ただそれだけが書いてあった。ブレンダさんのといい随分仰々しい書き方だなと思いつつ、それが少し嬉しく感じながらも、僕はまたイリーナと石碑を拭きだした。
「・・・ただいま。二人とも」
そうして石碑を拭いていると色々思い出す事があった
確か逃げるときここで、父さん達が僕らを逃がすために足止めしてくれてたんだよな。最期はどんな事を想って二人は、この木の傍で死んでいったのだろうか。そんな今の僕では分からない事が知りたいと思いながら石碑を綺麗に拭いていた。
そして綺麗に拭き終わると、僕は腰に差していた剣を抜いた。
「これまだ使ってますからね。父さんに言われた言いつけは破っちゃいましたけど・・・」
人を傷つけるな。そう言われたのに僕は人を殺した。仕方ないと父さんは言ってくれるかもしれないけど、それでも僕は父さんから貰った大事な贈り物で関係ない無実の人を殺してしまったんだ。
僕はそんな反省と一緒に剣をまた鞘に納めた。
そして僕は父さんと母さんに静かにありがとうと、そう呟いた。返事は来ないけど、すぐそこにいてくれている気がしていた。
そして僕は精一杯笑った。せっかく墓参りに来て、暗い顔ばかりしていたらそれこそ父さんに殴られそうだし。
そして僕は立ち上がって涙が零れながらも、二人に心配させないように本心からの笑顔を見せた。
「じゃあ行ってきます!」
そう二つの石碑から僕は背を向けて歩き出した。それを何も言わずにイリーナが静かについてきてくれた。
そうして8年間もかかった、僕の帰り道は今日終わったのだった。
これで三章は終わりです!!
まずここまで読んでくれた方々にお礼を言わせていただきます!本当にありがとうございます!!!それにブックマークや評価を付けて読んでくれてる方々もありがとうございます!!!
そして4章以降ですが、今週の金曜日(4月25日)からまた毎日投稿を再開する予定です!これからも面白いと思ってもらえるように書いて行くので、ぜひ4章以降も読んでくれると嬉しいです!
最後に重ね重ねここまで読んでくださってありがとうございます!!皆様が読んでくれている事がとても励みになっています!!これからも応援して下さると嬉しいです!!!




