第四十九話 日の当たる場所で
僕達は市庁舎に入ると女の子の手を引いて、先に入っていったヘレナさんとイリーナを探していた。
「そういえば君の名前は?」
そういえば名前を聞いてなかったと、僕の右手を掴んでいる女の子にそう聞いた。だが、ご飯を食べて眠くなったのかウトウトしてしまっている様で、足元がおぼついていないようだった。
「・・・・眠い?」
僕は歩く足を止めて、今にも目が閉じそうな女の子と視線が合うように屈みこんだ。するとやはり眠いのかゆっくりと首を縦に振って欠伸をしていた。
「じゃあどっかで寝ようか」
僕は仕方ないと女の子を背負ってヘレナさん達を探しつつ、二階への階段を上がった。
そうして二階に上がったものの、皆慌ただしく動き出していて邪魔にならないよう廊下の端っこを進んでいた。そうやって一部屋一部屋イリーナ達がいないか確認していると、廊下の突き当りの部屋からイリーナの叫び声が聞こえてきた。
「・・・・良く通る声だなぁ」
僕は背中に背負う女の子がずり落ちないように抱え直して、その声がした部屋へ足を運んだ。そうして部屋に入ると、丁度ヘレナさんが部屋の端っこでイリーナの口内に治癒魔法をかけている所だった。
「もう暴れないでくださいね。次やったらもう一発殴りますよ」
そう言うヘレナさんの左手には、イリーナの物らしき歯型が見えた。恥ずかしいとはいえイリーナも意地になりすぎではと思いながら、夜番だったのか雑魚寝しているヘレナさんの隊員を避けながら、僕は部屋の奥へと進んだ。
「大丈夫そうです?」
またイリーナが暴ないように僕は目を逸らしながら、屈んで治癒魔法をかけているヘレナさんに後ろから話しかけた。
「え、ええ。大分手を焼きましたけど丁度今傷は塞がりました」
その言葉に大丈夫かとイリーナの方を見ると、口周りが血やら唾液やらが付着していてかなりグロテスクと言うか、人食い鬼みたいになっていた。
「イリーナ。これ使ってください」
僕はポケットからハンカチを取り出した。その時何か落ちた音がしたが、後で拾えばいいかと僕はそのままイリーナに差し出した。
「・・・・ありがと」
僕からハンカチを受け取るとそっぽを向いて口元を拭いていた。それにやけにイリーナにしては随分素直な返答だった。朝から色々ありすぎて疲れたのだろうか。
そんな事を思っているとヘレナさんが、僕のポケットから落ちた物を拾ってくれたらしく手渡してくれた。
「お金はちゃんと気を付けないとダメですよ?」
「あ、すみません」
どうやらギルドからの手当てが入った袋が落ちていたらしい。ちゃんと紐で結び付けていたはずだけど、どうやら千切れてしまってたらしい。
そう一応袋の中が大丈夫か確認していると、アルマさんから頼まれ事をしていたのを思い出した。
「どうしました?もしかして中身が足りないとか?」
ヘレナさんが心配そうに僕の顔を見上げていた。僕はそんなヘレナさんに無理だろうなと思いつつ、恐る恐る聞いてみた。
「今ってこの街商店とか開いてますかね?」
僕がそう聞くとヘレナさんは口元に手を当てて、うーんと悩みだした。
「・・・・・流石にやってないと思いますね」
「ですよねぇ」
わざわざ給料の三分の一の銀貨一枚を僕に託したぐらいだし、買ってこれないとなるとアルマさん怒るだろうなぁ・・・・。
「何かご入用なら私が用意しましょうか?先ほどのお詫びも兼ねたいですし」
僕が困っているのを察してかヘレナさんがそう申し出てくれた。でも僕が頼まれた事を押し付けるわけにはいかないと僕は断ることにした。
「後で本営の方で聞いてきますよ。それにお詫びとかはやめてください、もう終わった話なんですから」
僕的にはヘレナさんが悪いわけじゃないのに、変に罪悪感を持ってほしく無い。そんな僕の気遣いを無視してか、イリーナがニヤニヤしながらヘレナさんを見ていた。
「じゃあ、フェリクスが要らないならあたしにお詫びしてくれよ」
そうイリーナが胡坐をかいてふざけたように言うと、ヘレナさんは仕方ないかとため息をついてイリーナの方を見た。
「じゃあ何がお望みなんです?」
そんなヘレナさんの反応が予想外だったのか、イリーナは少し狼狽えていた。やっぱりただ単に意地悪を言いたかっただけらしい。そんなイリーナを呆れて見ていると、右手に体重が一気にかかってきて僕は体勢を崩しかけた。
「おぉっと。大丈夫?」
もう耐えれなくなったのか、僕にもたれかかる様にして女の子が寝息を立てて寝始めてしまっていた。
僕はヘレナさんと目を合わせると、近くにあった毛布を用意してもらった。そしてそのまま女の子を起こさないようゆっくり運んで、そこに寝かせてあげた。
「すみません、しばらくこの子見ててもらっても大丈夫ですか?」
僕は女の子を寝かせ立ち上がると、窓の外にまだ怪我を負った人が大勢いるのが見えた。僕はそれを見て、この女の子を任せようとヘレナさんにそうお願いしたのだが、ヘレナさんの視線は僕の手元に行っていた。
「多分フェリクス君が見ててあげた方が良いんじゃないんです?」
そんなヘレナさんの視線の先には、女の子の左手が僕の右手を掴んだまま離してくれてなかった。
「・・・・そうかもしれないですね」
流石にこの手を振り払うのは抵抗あるし、起きた時に知らない人がそばにいてもこの子泣き出しそうだしここにいるしかないか。
僕はそう仕方なしと女の子の傍に腰を下ろすと、入れ替わるようにイリーナが立ち上がって僕の方を見た。
「じゃああたしが行くから、フェリクスも一緒に休んでろ。どうせ魔力もそんな回復してないだろ?」
「ありがとうございます。イリーナも無理はしないようにしてくださいね」
僕のそんな言葉を聞き終える前に、イリーナは返事の代わりに右手をヒラヒラさせて、背を向けて歩き出してしまっていた。こういう時は優しいんだよなイリーナって。
「お詫びって何にするつもりだったんですかね」
ヘレナさんが部屋を出ていくイリーナの背中を見て、そうポツりと呟いた。
「あんな言い方でしたけど、多分イリーナなりに気を使ったんじゃないですかね」
僕の知ってるイリーナなら、変に気にするなとかそう言う事を言ってくれる気がする。不器用だからか、素直にそうは言えずに茶化しちゃうんだろうけど。普通にヘレナさんへの嫌がらせの線も全然ありそうなのがあれだが。
「・・・色々気難しい人ですね」
「まぁそれがイリーナですから」
ヘレナさんも僕からしたら割と気難しい人な気がするけど。そんな言葉を押し込んでいると、ヘレナさんも仕事に戻るらしく部屋の出口の方を見た。
「じゃあ私も戻りますね。あ、夕飯の配給は持ってきますからここにいてください」
僕はそんなヘレナさんの気遣いにお礼を言いつつ、部屋から出るまで背中を見送っていた。
そして部屋の中は人の寝息と寝返りの音だけになった。それに加えて朝日も差し込んできてなんだか暖かくなってきていて心地の良い空間になりつつあった。
だから僕も睡魔に抗う事はせずウトウトし始めると、女の子の手を握り直して僕も眠りの中に落ちた。
ーーーーー
あたしは早歩きになりながら、市庁舎の廊下を歩いていた。
「ッチ、口の中気持ちわりぃ」
ヘレナの治療は助かったけど、どうも口内に違和感があってムズムズする。それに朝から色々あって疲れたせいもあって、余計にイライラする。
「無理しないでって、お前が一番無理してるだろうが」
さっきの去り際のフェリクスの言葉に行き場のない怒りを覚えていると、今朝の事を思い出した。
あたしは朝からヘレナが変な気を起こさないように見ていた。んでフェリクスが、ガキを連れたヘレナに近寄ったと思うと自分の飯をわざわざ分け与えたり、突然殴ってきたヘレナにヘラヘラして許してやったりと相変わらずだった。
「誰にでもいい顔しやがって・・・」
もう少し自分勝手に動けばいいのに、いっつも周りの顔色を窺っているから見てて腹が立つ。自分を追い込むのが趣味なんじゃないかと思ってしまう。だからこそさっきは今日の内は休むように釘を指したんだが。
そう不満を心の内に垂れながら外に出ると、相変わらず広場に漂う生臭い風が顔に当たった。そんな空気の中歩いていると、昨日の北門の衛兵が本営付近にいるのが見えた。
「・・・そういやあいつら飯分けてくれるって、言ってたっけか」
あたしはフェリクスがほとんど何も食べていないだろうから、何か飯を貰おうとその衛兵達の所へ走った。
そうして近づくと何か腕章持ちの衛兵が本営の人間と話しているようだった。
「えぇ、そうです。見回りしてた兵士によると今日の夜にでも、、、、」
そしてあたしに気付いたのか、腕章持ちの衛兵は話を切り上げてあたしの方へ歩み寄ってきた。
「おはようございます。何か御用ですか?」
今の会話には突っ込むなと言いたげな高圧的な雰囲気を感じた。だがあたしとしても変に軍と絡むと、良い事が無いと思い知ったばっかりなので、気にせず元々の要件を済ませることにした。
「あー配給を貰いそびれてな。少しだけ飯分けてくれないか?」
軽く頭を下げて頼み込むが、後ろで待機していた他の衛兵があからさまに嫌そうな顔をして、どこからか乞食とかそんな声が聞こえてきた。
あたしは今言った奴の顔は覚えようと顔を上げようとすると、その前に腕章持ちの衛兵があたしに軽く頭を下げ返して来た。
「すまんが、今はちょっと持ち合わせないんだよな。夕方ぐらいに北門に来てくれたら、数人分なら分けれるんだが」
「あ、あぁ。それで頼む。邪魔したようで悪かったな」
思っていたよりも誠実な対応をされ少し戸惑ってしまった。だが一応は食料は確保できたとあたしは、安心して仕事に戻るかと再び広場へ歩き出した。
「いえいえ、困った時はお互いさまってやつですよ」
あたしは歩き出した足を止めて、その言葉に振りえって一度軽く頭を下げた。昔のあたしならこんな事しなかったと思うけど、散々フェリクスの奴に礼儀はしっかりしろって言われてたせいかもしれない。
それからは日が傾くまでの間、患者の運搬や軽い傷の治療などあたしは広場と市庁舎の中を走り回っていた。そしてその傾いた日を見てあたしは、飯を貰いに北門に向かった。
だがその北門では、何やら慌ただしく衛兵が動き回っているのが見えた。とりあえずあたしは、その辺を走っていた衛兵の一人を捕まえて話しかけようとするが、どいつもこいつも忙しいから他に行けと誰も相手にしてくれなかった。
そうしてどうしたものかと頭を掻いて屯所の方へと歩いていると、丁度そこの扉からあの腕章持ちの衛兵が出てきて目が合った。
「あ、ちょっと待っててくれ」
あたしの顔を見てすぐに要件を察したのか、屯所内へ戻っていってしまった。
そしてそこで数分間慌ただしく走り回る衛兵を見つつ、城壁にもたれかかって待っていると再び屯所の扉が開かれた。
「一応二人分の食料です。あと交換条件と言ってはあれなんだがな・・・」
あたしに食料を手渡した腕章持ちの衛兵は、気まずそうに門の外を見ながら話し出した。
どうやら話の内容をまとめると、どうやらこの街を前回襲った集団がまたここに来ているらしい。そしてそれを迎撃するには戦力が足りないから、あたし達にも手伝って欲しいと。
「まぁあたしらは元々その依頼でこの街来てるしな。相方の体調次第だがいいぜ」
そうあたしが言うと、腕章持ちの衛兵はありがたいとあたしの肩を叩いた。そうやって何回か感謝を伝えられていると、他の衛兵に呼ばれてすぐにどこかへ行ってしまった。
「忙しい奴だな・・・」
それはともあれあたしは、最悪ここから逃げる事も視野に考えながら走り出した。
「あいつまた無理すだろうからな」
フェリクスなら仕事だからとか、あのガキを守るためとかで戦いたがるだろうしな。ヘレナの軍隊がいるとは言え、一度はこの街を落とした軍隊なんだ。そう簡単にあたしらが追い返せるわけがない。
だから最悪、フェリクスを引きずってでもこの街から逃がさないといけない。あいつが死んだらライサの奴どんでもなく怒るだろうしな。
そう色々考えていると頭が痛くなって来た。
「ッチ、めんどくせぇ」
あたしは熱くなった頭を掻きながら、赤くなった街を一人走り続けていた。
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馬車から降りた私たちは剣を構えていた。
もう日も沈んで互いの顔は見えないけれど、息遣いやみんなの緊張する心の声がする。
そんな真っ暗な中場違いに浮かれたような声がした。
「じゃあ始めようか」
私たちはその声に合わせて、音を立てないように城門へ向けて歩き出した。




