第四十七話 夜を超えて
人が周りで動く音で眠りから覚めた。
でもまだ起きたくない僕は二度寝をしてしばらくしていると、ふと周りで音がしなくなったのに気づいた。
僕は仕方なくあくびをしながら起き上がると、どうやら周りの人達はすでに起きていたようで、僕以外で寝ていた人はこの部屋にもういなかった。
「んーーーっしょっと」
僕hは丸まって寝たせいか、縮こまっていた背中を思い切っり伸ばして、今日も頑張るぞとやる気を込めて立ち上がると突然腹が鳴った。
「そういや、昨日夜に何も食ってないな・・・」
忙しすぎたのとただ眠すぎたせいで、まったく自分の空腹感に気付いてなかった。だが今はお腹が空いて本当に体の中が空っぽって感じで、今すぐに何か腹に入れたい。
そう思った僕は早く、準備を手早く済ませて一階に降りると、既にヘレナさん達を含め一部人はもう働き出しているようだった。
「あ、ヘレナさんおはようございます。食事の配給とかどこでやってるか分かります?」
僕は一階まで降りると昨日と同じように、一階の階段下でヘレナさんが指示出しとか毛布やらの物資を配給していた。
「ん?あ、おはようございます。朝食は本営の方で配ってましたよ」
ヘレナさんはそう言って、開きっぱなしになっている玄関の外を指差していた。空はまだ紫色だからか。本営の配給所にはそこまで人は並んでいないようだった。
僕はそれを見てふと思い出して、どうせだから昨日の女の子の父親の容態を見るついでに、朝食に連れて行ってあげようと、病室に入ろうとしたらヘレナさんが駆け寄ってきて肩を掴まれた。
「そっちじゃないですよ?」
「一応昨日の女の子とか一人だろうし連れて行こうかなって」
僕がそう言うとヘレナさんの顔が一瞬引きつったのが見えた。何かまずい事を言ったのかと僕は焦っていると、ヘレナさんは頬を指で掻きながら話し出した。
「まぁ、あれですよ。別の所に移動してもらったから、今はここにはいないかもですよ?」
異様に目が泳いでいたというか、僕と目が合わなかった。でもそれだけで何かを察してしまった僕は、一度ヘレナさんに頭を下げた。
「お気遣いありがとうございます。じゃあご飯食べてきますね」
僕はこれ以上聞き出そうとするのは、ヘレナさんの厚意を無下にしてしまうと思い、ここは黙って飯を食べに行く事にした。僕がそうやって頭を下げると、すごい気まずそうな顔をされたが、あまりお礼を言われるのは嫌なのだろうか?
少しヘレナさんの様子が気になったが、背を背けて歩き出した時、やはり何かあるのかヘレナさんが何か言いかけていた。
「・・・?どうしました?」
僕が一度振り返って聞いてみるが。
「い、いや。なんでもないです。早く行かないと配給並びますよ?」
聞き直しても特にそれ以上僕に言ってこないって事は僕の想い違いだろう。そう僕は納得して、まだ少し肌寒くてまだ空の暗いの街へ歩き出した。
私は盗賊の男の段々と小さくなっていく背中を見送っていた。
さっきはあの親は死んだと言えば良いのに、なぜかはっきりあの男に言えずに嘘をついてしまった。それにどうせあの青髪の女に私の事がバレたんだから、問い詰めてやろうと思ったのにその時も言葉が上手く出なかった。
「分隊長?どうしました?」
「・・・いや、なんでもない」
どうも自分の感情が整理できずイライラする。今までずっと恨んできた憎い相手なはずなのに、どれだけ悪く見ようとしても、あの男からは悪人の素振りが見えない。そのせいで私があいつを恨んでいる事自体が、間違っているのではと今の私に迷いが生じてしまっている。あいつが化けの皮を被っているならその方がこうやって迷ってイライラしなくて済むのに。
そんな私があの子供に手を出さないようにか、あの青髪女が玄関の外から遠目に見ているのに気づいた。
それを見てイライラが怒りに変わった。なんで盗賊のお前らが、まるで自分たちが正しいとでも言いたげな行動をしているんだ。お前らが加害者で、私が被害者なはずなのに、まるで私が危ない人間みたいに扱って何様なんだ。
「あ、あの~?分隊長?体調悪いなら変わりましょうか?」
その言葉にやっと私は、青髪女以外の目の前の人間が見えた。どうやら毛布の取り換えに来た部隊員が、そこには何人か既に並んでいるらしかった。
「あ、大丈夫だ。・・・・・いや、一回飯食ってくる。ここは頼んだ」
このまま心に引っ掛かったままいるのは気分が悪い。どうせ朝だしまだ忙しくないだろうからと、部下に一旦ここを預けて、私はあの男が行ったはずの本営の配給所へと向かった。
「・・・・あーなんかイライラする」
正直部隊員相手にすら、女だからなめられないように少し強気に演技するのも疲れる。それなのに仇なはずのあの盗賊二人相手に、下手に出て丁寧に話さないといけないのも余計に不満が溜まる。
「ただでさえ最近寝てないのに・・・・」
私は冷たい朝の空気に刺されるような感覚を覚えながら歩いていると、配給が滞っているのか本営付近に長蛇の列が出来ているのが見えた。さっきまではそこまで並んでいなかったはずだけど、やっぱり私には運が無いらしかった。
「・・・・はぁ、今日も飯抜きか」
昨日の夜も結局時間が無くて飯が食えなかったし、そもそもこの街に来るまでもまともな物食べていないから、空腹の感覚すら忘れそうになっている。
「・・・・うわ、ニキビ出来たし」
私は頬を撫でながら、気分だけ落としてまた市庁舎に戻ろうとすると、後ろから女の子の声が聞こえた。
「わ、私のお父さん知りませんか?」
私はその声に振り返ると、昨日本営の職員に任せたはずの父親が死んだ女の子がそこに立っていた。どうやら勝手に抜け出したらしく、靴すらも履いてないようだった。
とりあえず私は腰を屈めて女の子と視線を合わせると。
「今は治療中だから会えないかも。だからあっちで待ってよ?」
私は出来るだけ安心できるように女の子に、疲れた顔を無理やり笑わせて本営の方を指差した。まだご飯も食べてないだろうしこの子はせめて生きて欲しいから、これぐらいの無理は大丈夫だ。
でもその女の子は指差した方へ動くことなく、ボロボロになった服の裾を掴んで俯いてしまっていた。
「い、いや・・・・・ひとりはいや・・・・・」
今にも泣きだしそうな声でポツポツと呟いていた。私はこれは一人で放置するのはダメかとため息をつき、その女の子の頭を撫でた。
「じゃあお姉ちゃんと一緒にご飯行こうか?」
私がそう聞くと、一階だけコクっと首を縦に振った。だから私はこの子の手を引いて歩き出して列に並ぶが、やはりかなりの人数ですぐには飯を食べることは出来なさそうだった。
「すぐご飯食べれるからね」
私は不慣れなりにも、女の子が安心できるように色々話しかけていた。
だが私たちの後に並んだ不機嫌そうな中年男が来てから、雲行きが怪しくなり出した。
「ッチ、いつまで待たせんだよ」
たかだか5分しか待ってないのに、こうやってブツブツと文句を言っていた。女の子が怖がるから止めようかとも思ったが、ここで喧嘩をしたら余計に怖がらせるかと自重して、しっかりと女の子の手を握り直した。
そうして更に5分経った頃。まだ列の中ほどでもう少ししないと朝食は食べれなさそうかと、待っていると突然私の肩を叩かれた。
「おい、あんた軍人だろ。なんでここに並んでんだよ」
私はめんどくさい事になったと思い振り返ると、やはりさっきから文句を言っていた中年男だった。
「すみません。昨日から働きっぱなしで何も食べてなくて・・・・・・」
こんなのでも他国の住人だ。ここで手を出したらそれこそ戦争に発展しかねない。だから私はまた笑顔を張り付けて、女の子を守るように後ろに回した。
それを見てか男は更に不機嫌そうになっていた。
「ッチ、どうせお前ら軍人は国から飯貰えるんだから我慢しろよ」
段々と男の舌打ちの回数も増え、語気も強く威圧的になっていた。
「いやぁ、そもそも私共はレーゲンス帝国の軍属でこの国の軍人じゃないんですよ。だから別でご飯を貰っているとかそういうのは・・・・」
とにかく収まってくれと腰を低く誤解を解こうとしていたが、私のそんな態度すら気に入らないのか男は声を荒げだしてしまった。
「知らねぇよんなもん。どっちにしろ余所者の軍人なら我慢しろよ。図々しいとか思わないのかよ」
周りもそんな男の声に気付いたのか視線を向けてきていた。そのせいで女の子が余計に怯えて、私の服に縋るように震える手で掴んできていた。
だけど私はこの状況じゃあどうにもできないと、その女の子の手を服から離した。
「ちょっとお姉ちゃん用事出来たから、この先は一人で並べる?」
一応遠目で見守るつもりだけど、ここに私が居座り続けるのはこの先問題が起こりかねない。だから女の子が怖がらないように優しく言ったが。
「・・・・・・いや」
そう小さい声で言って、首を横に振るだけでそこから動こうとしてくれなかった。
私はそれを見てどうしようかと頭を悩ませていると。
「おい止まってんじゃねぇーよ!!」
私達がもたもたしていたせいか、更に後ろから列に並んでいた人の怒号が聞こえてきた。
そのせいで、それを聞いて女の子の肩は大きく跳ねて泣き出してしまった。
「・・・・・いや・・・・いやだもん。ひとりは・・・・・」
私は子供を相手にした事がほとんどなかった。家では末っ子で、大きくなってからはずっと勉強か戦場にいたから、こんな子供相手の経験を積めるはずがない。
そう私が女の子になんて声を掛ければいいか分からず、あたふたしていると後ろの中年男が歩き出した。
「進まねぇんなら、先行かせてもらうわ」
それだけ言って後ろにいた男が私たちを抜かして列を詰めだした。
そしてそれに続くかのように後ろにいた人たちも、前に詰めて行って気づいたら私たちが並ぶスペースなんて残されて無かった。
まるで皆私たちの事が見えないように、誰も顔を向けてくれずただ当たり前のように列の空いたスペースを埋めるように進んでいた。
それを見て私はただ唖然としてしまっていた。昨日も今日もこいつらの為に寝る間も惜しんで、この街を走り回っている部隊員が不憫でならなかった。
「なんでこいつらなんかの為に・・・」
私は女の子の頭を撫でる手を無意識の内に離し、腰の剣に手を伸ばそうとしていた。するとその時暖かい湯気が目の前に広がった。
「これちょっと貰いすぎちゃったから食べてくれない?」
顔を上げるとそこにはあの盗賊の男が、配給のスープとパンを女の子に差し出していた。それに貰いすぎたって言っても、そこまで量が多くないというかむしろ少ないように見えるのだが・・・。
「ほら、暖かい内にさ」
男はスープを木のスプーンで掬い上げると、女の子の口元まで運んであげていた。最初は遠慮気味だった女の子も、目の前に食べ物が来て我慢できなかったのかパクっとスプーンを加えた。
「どう?美味しい?」
女の子は何回も咀嚼しながら、何度も頷いていた。それを見てか男も笑顔になって、女の子が咀嚼し終わるごとに自分のスープを分けてあげて、終いには皿の底が見えてしまっていた。
「まだお腹空いてる?パンはいる?」
男がそうパンをちぎって渡そうとするが、女の子はもう満足だと両手でパンを男に押し返していた。そして少し申し訳なさそうに目を逸らしながらも、女の子は少し元気になった声で。
「・・・あ、ありがとうがざいます!」
女の子は少しだけ噛んでいたけど、盗賊の男は気にすることなく微笑んでいた。
「どういたしまして」
男は笑って女の子の頭を撫でてあげていた。そんな光景を何も出来ずにただ私は眺めていると、男は立ち上がって女の子に帰されたちぎったパンを口に入れた。
そして残りのパンを二つに分けて、片割れを私に手渡してきた。
「朝まだですよね?僕小食で食べきれないのでこれ食べてください」
16だか17の男が、そこまで大きくないはずのパンすら食べれないはずがない。確実に今こいつは、昔部下を殺された私に気を使っているのが分かった。
「それにクマもすごいですよ?指揮官が倒れたらそれこそ大変なんですから、休まないと」
自分のパンを食べながら、私の手に無理やりパンを握らせてきた。
私にとってそれは屈辱でしかなかった。最早私の事を煽っているのかとも思えてしまう。なんで私の人生を狂わせたこいつに、上からの同情を押し付けられないといけないんだ。
そう一度は収まった怒りが、また沸々と私の中に再燃してきた。
「・・・・なんなんですか」
「え?なんて言いました?」
私は何も言わずにパンを男に押し付けて走り出した。
「え、ちょっと!!どうしたんですか!!!!」
男の叫ぶ声が聞こえるが、私は振り返らずに走った。
今自分があそこにいたら、何かのはずみであの男に危害を加えてしまうかもしれない。私の我儘で部隊員に迷惑はかけれないから、あそこには居てはいけない。
「・・・分かってる」
あいつが善意で助けてくれたのは分かっている。多分私の部下が死んだ日も、あいつは何かの事情で巻き込まれたのかもしれない。そう言う可能性だってある事ぐらい、あの男を見れば分かる。
「・・・・・・でもッ!!!」
だからと言って、そう簡単に許せるほど私の二年は軽い二年じゃない。あの日からどれだけ軍隊内で後ろ指を指されて、一人でもがき苦しんで苦労したと思っているんだ。あの日のせいで、どれだけ親が周りから爪弾きにされて、苦しい思いをして私を見送っていたと思うんだ。
「恨むことすら許してくれないのかよ・・・・・」
私は走るのをやめ、ただ立ち止まってしまった。
きっとあの日の事をいつまでも気にせず、前を向いて歩き出せばいいのは分かってる。でもそれが出来るほど、私の心は強くない。
誰かを恨んで、やり返して、周りを見返して。そうして自分の過去が正しかったと言いたい。
復讐なんか意味が無いと言われようが、私にとってはそれをする事で、初めて私の人生は前を向けるんだから意味はあるんだ。
「恨むならあたしを恨んだら良いんじゃないか?」
突然話しかけられて顔を上げると、昨日と同じように、市庁舎の入り口にもたれかかる様にして青髪の女が立っていた。
「そーいや先に言っとけば良かったな。あいつあたしと違って盗賊っぽくないだろ?」
私は突然意味の分からない質問に混乱して何を言ったら良いか分からず、ただその質問に頷いていた。
「あいつも家族殺されて人攫いにあって、無理やり戦わされてたんだよ。あ、ちなみにその人攫いしたのはあたしな」
意味が分からなかった。なんで人攫いした奴と、被害者が今も一緒に行動しているのかも分からないし、今更だけどそもそも盗賊なのに今はなんでここにいるのも意味が分からない。
今の私には、この女の言葉の内容はおおよそ理解が全くできなかった。だがそんな私を置いてきぼりにして青髪の女は話し続けた。
「で、まぁあたしは元幹部?みたいなのだから、恨むならあたしが適任って訳よ」
わざとなのか明るいように冗談っぽく笑ってそう言っていた。
私には何から何までこいつらが理解できない。自分から恨まれ役を買って出るのも意味わからないし、なんでそもそも敵なはずの私にここまで気を使っているのかも分からない。
「ん~まぁ、すぐには無理か」
女は後頭部を掻いて困ったように、出入り口から離れて私の元へ歩み寄ってきた。
「お前も大概考えすぎな奴だよなぁ。嫌いな奴なんか一発殴って謝らせたら、案外気分も晴れると思うぞ?」
そう女が指を差した方を見ると、さっきの男が女の子の手を引いて小走りで向かってきていた。
「ほら来た。一発殴ったれ」
青髪の女がそう意味の分からない論理を振りかざして、私の手を無理やり握ってほらほらと催促してきた。
「・・・え、いや、流石にそれは」
やっと声が出た。というかこんな状況だと声を出さざる負えなかった。でもそんな私を無視して、目の前の青髪の女は無遠慮に話を進めていた。
「おい!フェリクス!歯ぁ食いしばれよ!!!」
「え?は?何また変なの事言ってるんです!?って、え!ちょ、ちょっと何ですか!!!!」
男の反論を聞くことをせずに少しの間取っ組み合いをした後、青髪女が男を背中側から掴んで私の前に差し出してきた。それを見て一緒に来ていた女の子も、こんな現状から置いてきぼりになって怯えて怖がってるしで、状況が混沌としすぎていた。
「ほら男だろ!!少しぐらい甲斐性見せろや!!!」
「知らんわそんな事!!!!ほんっとうに!まじで!意味わかんないから離せって!!!!」
でもそんな光景がただアホらしくて、私はなぜか吹き出して腹を抱えて笑ってしまっていた。意味も分からないし、どういう理屈でこうなったのかも分からない。
でもただただ今まで色々私が考えていたのが、馬鹿らしくなってしまって気付いたら笑い声が出てしまっていたのだ。
「おい!笑ってないで早くやれ!!」
「いい加減離せって!!!何がしたいんだよイリーナあああ!!!!!」
多分この人たちは許せる気がする。理屈も理由もないけど、ただこの馬鹿らしい取っ組み合いを見てるとそう思ってしまった。
だから私はフェリクス君に近づいて拳を振り上げた。
「え?ちょっと!?ヘレナさん!??落ち着きましょ?っね?」
フェリクス君を掴むイリーナがニヤニヤと後ろで笑っていた。後でイリーナも一発殴ってやると私は思いながら笑って、フェリクス君を改めて見た。
「すみません。歯を食いしばってください」
それを聞いて無理だと察して諦めたのか、フェリクスは目を瞑って歯を食いしばってくれた。だから私は、拳を固めて全力でフェリクスの頬に一発叩き込んだ。
そうして鈍く思い音が、朝日の差して来た広場に笑い声や悲鳴と共に響いていた。




