第四十六話 許さない
一日中広場を走り回っていると、気づいたら夜になっていた。僕はもう魔力がほとんどなくなっていたので、一旦市庁舎に戻って休憩をしようと人の転がる広場を慎重に歩いていた。
「・・・・あ、イリーナだ」
途中で魔力が先に無くなって市庁舎に戻ったイリーナが、窓越しに建物内で走り回っているのが見えた。どうやら今は通常治療を手伝っているらしく、まだヘレナさんに素性がバレてないようで安心した。
そうして僕は、貧血にも似たようなフラフラとした感覚を覚えながらも市庁舎の中に入った。するとやはりと言うべきか、ひどい匂いと負傷者のうめき声や兵士の人達の怒号が響いていた。
僕はこんな中一人だけ休むのも気後れしたので、何か手伝えないかと一階を歩き回って、20人ほどが寝かされている大部屋の中に入った。するとそこは治療済みの人が入れられる部屋だったらしく、そこまで酷い匂いは無く、そこの部屋の奥に僕が最初治療した男の人と娘がいた。
「・・・・・大丈夫?」
僕は男の人が寝ているベット脇でうつぶせていた女の子の肩を叩いた。だが泣きつかれてしまったのか、スースーと寝息を立てて寝てしまっているようだった。
僕はそれを見て風邪をひかないよう毛布を取りに行ってあげようと思ったが、ふと気になって父親の方の様子を見ることにした。
「・・・・・・ん?」
その父親はすでに呼吸がかなり浅かった。それに心なしか顔色もかなり悪いように見えたし、大丈夫なのかと不安がよぎった。
「でも今の僕には何も出来ないしな・・・」
そう僕はなんでも悪い方向に考えるのは良くないと思い、再び毛布を貰いに行こうと一旦階段付近の物が集積されている所に向かった。するとそこにはヘレナさんが陣頭指揮を取っているらしく、良く通る声で指示をあちこちに出していた。
「あ、ちょっといいですか?毛布とかあります?」
僕は色んな声が混じる中、恐る恐る声を張り上げていたヘレナさんに声を掛けた。
「今はちょっと・・・・無いかもです。何かありましたか?」
忙しい中突然話しかけたのにも関わらず、ヘレナさんは申し訳ないと頭を下げていた。僕はそれを見て頭を下げる必要なんてないと、ヘレナさんに頭を上げて貰って事のあらましを伝えると。
「あーあの子まだいたんですか」
「・・・?まだとは?」
僕がそう首を傾げていると、ヘレナさんは周りに邪魔にならないよう少し脇に逸れて話してくれた。
「ここに父親と連れてこられた時も、危ないから本営の方に行けって言ったんですけどね。やっぱり親とは離れたくないんでしょうね」
ヘレナさんはそう頭を掻いて困ったような顔をしていた。そしてその後僕を見て二階へ続く階段を指差した。
「まぁ毛布は後でなんとかします。貴方は今日は寝ていてください」
僕にはそう言ったが、ヘレナさん自身はまだ働く気らしくまた持ち場に戻ろう背を向けて歩き出してしまった。
「ありがとうございます。ヘレナさんも頑張ってください」
僕がそう言うとヘレナさんは右手だけを上げて返事をしてくれた。そして僕はそのまま二階へ行って、交代制なのか一部の寝ている兵士の人と一緒に雑魚寝をしたのだった。
ーーーーー
私の名前はヘレナ・フェレンツ。所謂領地すらないような下級貴族の娘だったけど、偶々魔力が多かったからか、すぐに出世して軍隊の中で出世を出来て今は35人の部下を指揮する立場にいる。そのお陰で実家へも仕送り出来るようになったしで順風満帆だった。
でもそれだけ運の良い事があったらもちろん振り戻しもある。
まずは魔導士官学校に入学して2年が経った頃。西の同盟国だったはずの国との戦争が始まった事だ。最初は戦争中でも通常通りの教育課程だったけど、戦況が悪くなるにつれ段々と卒業時期が早くなって、3年の頃には私たちは戦線に既に立っていた。そして同期もどんどん死んでいった中私は士官学校出身な事もあって、すぐに今のように小隊を任されるようになった。
そしてその小隊としての初任務がある街の防衛任務だった。と言っても戦線からは少し離れた後方の街だから、おおよそ敵襲もないと思っていたのだが。
「あ、これ商人ギルドの販売許可証とか色々ね」
背の高い明らかに商人と言った感じの見た目をした金髪男が、何台もの馬車を引き連れてこの街を訪れていた。私はそんな男から受け取った書類に一通り目を通して、不備が無い事を確認すると問題なしとその隊列を通した。
「・・・・怪しくないっすか?」
門を通る隊列を眺めていると、一人の小隊員がそんな事を腕を組んで警戒するように言った。
確かに明らかに商人っぽくない粗暴そうな奴も見えるが、書類上では立派な商人だ。それに護衛とかそう言う可能性だってある。
そう思って隊列を止めることなく眺めていると、最後の馬車に剣を持った小さな男の子が二人乗っているのが見えた。
「・・・・・世も末だな」
子供が剣を握るような時代になったのかと、心の中で私は落胆していた。だがその馬車が門をくぐり切った時私はふと何か違和感を感じた。
「ちょっとさっきの書類持ってきてくれないか」
私は部下を走らせて、金髪の商人から受け取った提出書類を持ってこさせた。そしてそれを見ると私の違和感の正体が分かった。
「おい、ブラムとハンスの隊にあの隊列を追わせろ」
「・・・なぜです?書類に不備でもありました?」
書類を持ってきてくれた部隊員は、何が何だか分からないようで首を傾げていた。だから私は書類のある一点を指差して説明した。
「この書類は商品販売目的での入門許可証だ。で、馬車に商品なんてあったか?」
私がそう言うと部下も確かにと頷いて、それ以上質問をすることなく私の指示を伝えに屯所の方へ走って行ってくれた。思い違いならそれでいいが、最近は盗賊の街への襲撃被害も増加しているし警戒しすぎる分にはいいだろう。
「・・・・・ん?まだ一台残ってるのか」
そう考え事をしている尾、さっきの子供が乗っていた馬車が一台だけ門をくぐって少し過ぎた所に泊まっていた。
それをなんとなく見ていると、どうやら伝え終わったらしく指示に行った部隊員が少し息を切らしながらも戻って来てくれた。
「ブラムさんとハンスさんに伝えてきました」
「ん、ありがとう」
どうやら脇道を通って近道するらしく、部下たちが走って建物の間を通っていくのが見えた。そしてその後は伝令に走ってくれた部隊員と、残った馬車を怪しみながら会話しているとなにやら戦闘音が聞こえてきた。
「・・・・・これって」
部下も気づいたらしく、街の中心の方を気に掛けていた。私は馬車の方を見て嫌な予感が当たったと、書類を手に持ち部下に指示を出した。
「城壁の守備隊に警戒するように伝えるのと、屯所からあと1部隊を呼んでくれ」
私はそう言い残して、剣に手を掛けて馬車の元へ歩いた。初めて人の命を預かる戦場に立ったからか、体は硬くなったし、口の中が渇く感覚がした。
「おい、馬車から降りろ」
そして私が人生で一番後悔したであろう、初陣が始まったのだった。
ーーーーーー
あの街での戦闘で、私の部下の部隊長二人死亡、兵卒33人中14人死亡16名が負傷した。その損害の多さもそうだか、一般人にも被害が出てしまったらしく私への責任追及が始まっていた。
「で、君は城という有利な場所で。しかも相手は君らと同数の素人の盗賊30人で。そんな条件で部下の半数を死なせ、一部の子供を誘拐されたと」
仮設用の天幕の中で私の上官が、簡易的な報告書を見て肘をつきため息をついていた。
「・・・・はい。そうです」
私がそう答えると上官は更に深いため息をついて、失望したように私を睨んでいた。隣に座っている補佐官の男たちも、薄ら笑いを浮かべていたり失望の目で私を見ていた。
「中には子供もいたらしいね。しかもその子供すら倒せなく、門は壊され城内にいたはずの盗賊にすら逃げられる」
そして上官は頭を分かりやすく抱えたかと思うと、背もたれに体重をかけて右に持っていたパイプを口に運んでゆっくりと煙を吐いた。
「もう褒める所すらないじゃないか。君が盗賊と内通していたと言われた方が腑に落ちるよ」
「・・・・申し訳ございません」
私はただ俯いていた。自分の采配で部下を死なせ、役割も果たせず私には何が出来るんだと。少し周りより出世が早かったからって油断してたんだろ、なんて言われても今の自分じゃ言い訳できない。
そう唇を噛んでいると、ドンと机に何かが叩かれる音がした。
「・・・はぁ。1ヶ月の後方任務の後、南方での警戒任務に就きなさい。給与は暫く出ないと思うように」
どうやらさっきの音は私の処遇を決める書類に、ハンコを押しただけだったらしい。でももっと重い処分だと思っていたけど、給与が出ないのは仕送りに影響するとはいえ、そこまでは重く無くて少しホッとした自分がいた。
そんな私の心情を見透かしたのか、上官は手に持ったパイプで机の上をカンカンと叩いた。
「勘違いしてるようだけど、30年前なら君牢屋行でもおかしくなかったからね?今は人が足りないから渋々君にチャンスを上げただけだから」
「・・・ご厚意感謝します」
私はこの場にこれ以上居たくないと、頭を下げて天幕から逃げるように出た。外に出ても私の部隊員は誰も待っていてはくれず、上官に責められても大丈夫だったのになぜかそれで心が耐えれなくなって涙が溢れた。
私はやれる事をやったはず。あれ以上何か出来るならお前がやってみろ。そんな不満より今私の味方してくれる仲間がいないという事実だけで、心の中が悲しみでいっぱいになった。私はそんな涙を人に慰めて欲しいくせに、見られたくないからと自室まで走った。
産まれて初めて人を恨んで、自分を恨んだ日だった。
ーーーーー
それから一年程が経った頃。私は南方で再び士官として、私の失態を知らない部隊員を束ねる立場になった。その一年でなんとか私は立ち直って今ではちゃんと仕事を出来ていると思う。
そんな中、国内が混乱していたはずの南の国が突然攻めてきた。今でもそうだが、その国に関する状況が全く上から入ってこず、相手の国のトップも国名すらも分からない中私達は戦い続けた。
そして本国から援軍が来るまで私たちは、撤退を繰り返しながらも敵の進軍を少しでも遅延させていた。南方の本隊が決戦で負けて戦線崩壊した割には、以前の失態を帳消しに出来るほど活躍はしたと思っていたのだが、やはり私に運は無いらしかった。
あと少し粘れば援軍が来ると言う時に、敵軍は戦線付近にあった中立国を無理やり通り抜けて、私たちの後方にあった街を占領してしまったのだ。
「これからどうしますか?」
私たちは一旦戦線を維持するのを不可能と見て、一旦中立国との国境付近にたどり着いていた。この時は敵が後方に突然現れた事しか知らなかったから、ここで敵軍と鉢合わせになったらまずかったが不幸中の幸いってやつだろう。
「撤退は出来ないから、中立国経由でなんとか本国の指示を仰ぐ」
私はそう決めて国境を越えてすぐにある街を目標に歩き出した。
そうして1週間ほど歩いただろうか、脱落者を出すことなく街に着くことができたが、そこでも関門があった。
「一泊でも良いから止めてくれませんか!?」
私は門の衛兵に何とかと賄賂も渡そうとしたり、なりふり構わず頼み込んでみるが。
「いやぁ、そう言われましても。ねぇ?」
私達を刺激しないようにか直接的には言ってこないが、流石に他国の軍人を入れるのを明らかに嫌がっているようだった。でも私はこんな下っ端じゃ話にならないと、上官らしき人間を探すがパッと見ても見当たらなかった。
「責任者はいないですか?その人と話させてください」
私がそう聞くと、目の前の衛兵は頭を掻きながら困ったように振り返った。
「あの、腕章付けた人が一応ここで一番偉いですけど・・・」
そう衛兵が見た所には、確かに腕章を付けた人と男女二人が立っていた。
「隣の二人は?」
「・・・・さぁ?」
本当に知らないようで、衛兵は首を傾げていた。だが、あの腕章持ちの衛兵がここの責任者ならもう少し交渉に応じてくれる、そう少しの期待を込めて止めようとする目の前の衛兵を押しのけて進んでいった。
そして近づいて早速交渉しようと思った矢先、隣に立っていた男の子が目に入った。
「君どこかで会ったことある?」
ふとどこかで会った事があるような顔だったから、そう言葉に出ていた。そしてその男の子は少し前に出るとやはり知らないと言うので、気のせいかと思う事にして早速交渉を始めたのだった。
そして少しだけ話は盛ったが衛兵の厚意なのか入れることになって、隣にいた男女と行動を共にすることになったのが・・・・。
「フェリクス・デューリングです。南の方で冒険者をやってます」
流石に二年前の事を忘れる私じゃない。女の顔で薄々感づいていたが、名前を聞いてはっきりした。こいつらはあの時の盗賊だ。
なんでここにいるんだとか疑問は絶えないし、今すぐ復讐してやりたいと拳を握る力が強くなった。
だがここで問題を起こしたら追い出されると自重して、笑顔を張り付けて表面上は友好的に接した。
その後も既にある混雑した医療現場じゃなく、こいつらを監視できるよう違う建物での治療を提案した。それをこいつらは一切疑うことなくその提案を断らなかった。まるでこいつらは私の事を忘れているかのように、警戒もしてないし友好的に接してくる。
「・・・・・・・ッチ」
何度殴ろうかと思った事か。私があんなに苦労して苦悩して、一時には死ぬことすら考えていたのにこいつらは覚えてないだと?そう思うだけで全てをかなぐり捨てて殴りたい。
だが殴りたいが今は私にはついてきてくれる部下がいる。こいつらには失望されたくない、そう言い聞かせて何度も溢れそうになる感情を何度も何度も抑え込んだ。
でもしばらくすると治療で忙しくなって、その事を考える暇すらなくなっていたある時。
「あの二人は!?」
一旦治療を終えて休憩に入ろうとした時、ふと思い出して近くにいた部隊員にそう聞いた。
「あぁ。外で色々やってますよ」
私はそれを聞いて、あいつらを野放しにしてはいけないとすぐに走り出した。所詮は盗賊。火事場泥棒だってやりかねないし、どさくさに紛れて人を殺すかもしれない。
そう考えて走り回っていると、黒髪の男の方を見つけた。私は少し近づいて屈んで何をやっているのかと思って遠目に見ていると、どうやら小さな子供の治療をしているようだった。
「あの子凄いですよねぇ。見込みが無いってうちの隊でも見捨てた人達を優先して、治療して回ってるんですよ」
外で患者を搬送していたのか、服が汗と血で汚れていた部隊員が私にそう話しかけてきた。だが、私にはなんで盗賊がそんな人助けをするんだと、言っている事が出来ずただ固まっていた。
「フェリクス君でしたっけ?いやぁこんな世の中でも、あんな良い子がいるんですねぇ」
隣でそうあの男を褒める部隊員に腹が立った。騙されるな。あいつは盗賊で私たちの部下を殺した・・・・。いやでもあの時はあいつは殺しては無かったか・・・?。いや違う、そうじゃない。そもそもあいつの仲間が殺したんだから同罪なんだ。
「小隊長殿?」
「・・・・いや、なんでもない」
このままここにいると自分が何をするか分からなかった。だから私は考えるのをやめて市庁舎へ走って戻ったのだった。
ーーーーー
そして時は今に戻る。あのフェリクスと名乗った男を寝かせて、私は一人で病人を看ていた。交代制を取ったとはいえ、治癒魔法を使えるやつには限りがある。だから出来るだけ私が働いてたのだが。
「この人もだめか・・・」
やはり襲撃から日が経っても放置されていたからか、治癒魔法では間に合わず死んでしまう人が大勢いた。それはあの男が気に掛けていた親子もそうだった。
「・・っしょっと」
私は冷たくなった父親から、寝てしまっていた娘を起こさないよう持ち上げた。朝起きたら父親が死んでたなんて、この小さい体が背負うには大きすぎる。
そう私は静かになった市庁舎を歩いて外に出ようとすると、私の嫌いな煙の臭いがした。
「お、騎士様じゃねぇか」
市庁舎の出口にもたれかかるようにして、あのイリーナとかいう青髪の盗賊女がパイプを持って立っていた。
「イリーナさん?でしたっけ?なにしてるんですか。早く休んだ方が良いですよ?」
今日は満月なせいか良く目の前の女の顔が良く見えた。やっぱり確かに私と正面で戦ったあの時の女だ。
でもそんな事に気付いていると思われないように、笑顔を張り付けていると突然女が笑い出した。
「いやいや、演技しなくていいぞ。流石に忘れる訳ねぇだろ」
腹を抱えて目の前の女は笑っていた。煽っているのかと怒りが湧いたが、そうして揺れる青髪が月明りに反射して幻想的に見えてしまった。
だがそんな事は関係ない。気付いているならこいつだけもと私は剣を抜こうと腰に手をやった。
「あの時あたしを殺せなかったのに、ここですぐ殺せるのか?」
「・・・・・ッチ」
確かに騒ぎを起こせば私達もここにいれないだろう。でもこいつにそれを指摘されるのが異様に腹が立った。お前らのせいなのになんで私がこんな我慢しないといけないんだと。
「あんさ。これあたし個人のお願いなんだけどフェリクスには、お前が気付いてる事言わんでやってくれるか?」
「・・・・なんでそんな事私がしないといけないんですか」
そもそもこの女が気付いてるなら、あの男も気付いているだろうになんで黙る必要がある。いや、所詮盗賊の言う事だ。真に受けて考える方がバカらしい。
そう思っていたのだが。
「あいつ今日四人治療したけど内二人死んだんだよ」
「・・・・さっき三人になりましたよ」
あの親子も男が治療して運ばせたと部下から聞いていた。そして私の言葉を聞いて女はそうか、と一言呟いてから。
「今あいつに負担を掛けたくないんだ。復讐とかしたいのか知らんが、終わってからにしてくれないか?」
女が気まずそうに眼を逸らして首に手を当てていた。あの時の粗暴なイメージからは似ても似つかないような態度だった。だが、それで心を許すほど私の部下の命は軽くない。
「私が貴方達に気を遣う理由はありません。明日当たりにでも問い詰めますよ」
私はそう突き放すように言って、女の目の前を通り過ぎていった。その時何か言い返すか殴ってくるかとも思って、女の子を守るように抱えたが何もしてくることは無かった。
ただ分かったと一言呟くだけで。




