第四十三話 馬車に揺られて
依頼を受注して3週間が経ち、とうとうこの街を出発する日を迎えていた。ここ2年は基本この街を中心に生活していたから、半年というそれなりの期間を久々に他の街へ行く事になる。
そして今はギルド管轄の手配された馬車に乗るために、イリーナと受付をしている所だった。
「アルマさん、おはようございます」
僕は受注書の写しをバックから出して、受付のアルマさんに手渡した。
「はい、確かに。じゃあこちらが行きと帰りの宿泊費の銀貨12枚です」
カウンターの上に出された硬貨の入った袋を僕は鞄にしまい、あと一つやる事があると黙って後ろ立っていたイリーナに声を掛けた。
「ほら、謝ってください」
ここ3週間一度もギルドに来させてないけど、流石に今日は出発日だしイリーナを連れてきた。だからそのついでに一応和解してもらおうと、宿を出る前に説得してとりあえずは納得してくれたけど、やっぱりイリーナは嫌そうな顔を浮かべていた。
「・・・・・はぁ、ッチ。なぁアルマ。ちょっといいか?」
イリーナが僕を脇にどけたかと思うと、受付に肘を置いて前のめりにアルマさんの顔を凝視していた。
僕はそれを見て嫌な予感がしたけど、二人の関係だしすぐに割り込むべきじゃないと判断して、とりあえずイリーナが何を言うか待つことにした。
「なんですか?」
少し笑顔が引きつりながらも、アルマさんがそう営業スマイルを浮かべて返事をしていた。そんなやり取りを見ていたのか、周りの職員もピりついてかなり静かな空間になっていた。
「ん~まぁ、あれだ」
イリーナが気まずそうに頭を掻いてアルマさんから視線を逸らした。そしてイリーナは少し恥ずかしそうに頭を下げて言葉を続けた。
「最初の頃の事はすまんかった。ちょっとあたしも世間知らずだったって言うか、前一緒だった奴らとのノリと違ったというか・・・・」
随分歯切れの悪い言い方だったけど、イリーナなりに謝っているようだった。
そして謝られたアルマさんの方はどうかなと見ると、肩を揺らして口元を抑えて笑っていた。そんな姿を見たイリーナは顔を赤くして声を荒げようとしたけど、すぐにアルマさんが手で制して話し出した。
「い、いや、すみません。貴方から素直に謝るなんて思ってなくて。つい・・・」
そう口では言いながらも少し笑いが漏れてしまっていた。僕はイリーナがいつキレだすか戦々恐々としていたけど、アルマさんも別に和解しないつもりでは無いらしい。
そうアルマさんは表情を戻して柔和そうな顔になった。
「・・・っと失礼しました。まぁ多少は貴方のそういう所は慣れましたよ。私も貴方だと話してて気を使わなくて楽でしたし。あ、でも暴力はやめてくださいね?」
案外和解出来そうだと思ってイリーナの方を見ると少し不満そうに唇を尖らせていた。
「でも最後の方とか、どっちかって言うとお前から煽ってきてたただろ」
「あら?そうでしたっけ?」
わざとらしくアルマさんが上品そうに手で口を隠して笑っていた。なんかこういう反応を見ると案外怒ってなかったのではと思ってしまう。それに言われて見れば確かに、最近はアルマさんからイリーナにちょっかいを掛ける事多かったような気がするし。
まぁ何はともあれ和解できそうで良かったと思っていると、どうやらイリーナは違ったらしかった。
「ッチ、そうかよ。謝って損した気がするわ」
「いやいやイリーナさんのそういう意外と素直な所好きですよ」
アルマさんがそうイリーナの頭を撫でようとしたけど、すぐにイリーナにその手を掴まれ阻止されていた。なんか姉と妹みたいで仲がいいなと思ってしまった。
「案外二人って仲いいんですね」
つい僕は思ったことをそのまま口に出していた。するとそんな僕のの言葉を聞くとイリーナがすごい目つきで僕を睨んできた。
「あ゛?」「でしょ~?」
二人とも面白いぐらい対照的な反応を見せていた。
思えば最初の喧嘩の時こそアルマさんは声を荒げていたけど、いつの間にかそういうのも無くなっていた。そう考えると僕が何もしなくても、この二人はいつか和解出来たんじゃないのかとも思ってしまう。
するといつまでもイリーナの厳しい睨みが向けられているのに気づいた僕は、何か話を逸らそうとアルマさんに話しかけた。
「あ、アルマさん!馬車の乗車場所ってどこでしたっけ?」
するとさっきまでの様子から打って変わって、アルマさんはすぐに仕事モードに戻った。そしてすぐに引き出しから地図をとり出して受付に広げた。
僕はそれを見るために未だにご機嫌斜めのイリーナを押し返して、前かがみになって受付の上の地図を覗いた。
「この第七区の北門脇の屯所に一言ギルドからと伝えてください。馬車と運転手が近くで待機してますので、昼頃にここに来ていただければ大丈夫です」
アルマさんが丁寧に、屯所の場所を指差してここからの経路まで説明してくれた。行ったことない地区だし事前に知ることが出来て良かった。そして僕はその礼を示すために軽く頭を下げた。
「ありがとうございます、助かりました」
「いえいえ。代わりにお土産期待してますね?」
やけに親切だったけど、どうやら有料サービスだったらしい。そう思っていると、突然アルマさんに僕の手を掴まれた。
「おまっ、何やって、、、」
イリーナがそう声を上げかけていた。だがそんな事お構いなしに、アルマさんは僕の右手を両手で掴んできた。
そんな状況に僕も少し混乱していると、僕の手のひらに何か冷たい物が当たる感覚がした。そしてアルマさんは僕を見てニコっと笑っていた。
「あの街って藍色の染料で有名なんですよ。だからこれでお使いお願いしても良いですか?」
「・・・・あっそう言う事ですか。分かりました」
大分心臓ドキドキしたけど、やっぱりそんな展開は無かったらしい。そんな少しがっかりするような感覚を覚えつつ僕は離れて、手に握られた銀貨一枚を財布に入れると、からかうようにアルマさんが言った。
「フェリクス君、顔赤いですよ?」
今度はイリーナだけじゃやなくて僕もからかって遊ぶつもりらしい。でも僕はそうはいかないぞ、そう思い言い返した。
「アルマさんも手汗すごかったですよ?緊張したんですか?」
普通に嘘だったけど、割とそれが効いたのかアルマさんの視線が一瞬自分の手のひらに向いて確認していた。
「嘘ですよ。今アルマさんも顔赤くなりましたね」
上手くからかい返せたらしく、僕がそう言うとアルマさんは本当に少し顔が赤くなっていた。
でもちょっと冷静になるとデリカシーとか無かったかなと思っていると、やはりアルマさんも少し嫌だったようで少し赤くなった顔で少し睨むように僕を見てきた。
「君ってたまに鼻につくよね」
「そ、そうですかね?」
やばい、ちょっと効いた。確かにそう言われるとなんかさっきの僕きもい気がする。あ、ダメだ。心臓が締められる感覚がする。また寝れない日の夜に思い出して悶絶する奴だこれ。
僕は一瞬で恥ずかしさから頭が回らなくなり、イリーナに助け船を求めるように見ると、どうやらまた一層と不愉快そうだった。
「どうしたクソガキ」
最早名前ですら呼んでくれなくなった。もうここには僕の味方は誰もいないらしい。そう思うとここにいるのが辛くなって、僕は少し早いけどもう行く事にした。
「じゃ、じゃあ藍色の染料買ってきますね。それじゃあもう行くので」
僕がそう早口気味に言うと、アルマさんはいつの間にかいつもの営業スマイルに戻っていた。
「は~い。お気をつけて~」
僕は後ろを振り返らないよう、ここから一刻でも早く去ろうと、早足になりながらギルドの建物を出た。
ーーーーー
そして外に出た後少し早い昼食を済ませて僕らは、アルマさんが教えてくれた通りに第七区の北門とやらに向かっていた。
昼飯を食わせたらイリーナも機嫌が戻るかと思ったけど、そんなことは無かったらしく、ポケットに手を突っ込んでムスッとしていた。
「いつまで不機嫌なんですか?」
「別に不機嫌じゃねーよ」
あぁやっぱ不機嫌だ。そう分かるぐらいトゲのある言い方だった。
「まぁな良いんですけど・・・」
まぁ本人がそう言うなら追求しなくていいか。アルマさんも許してくれたみたいだし、何とかなるだろう。
と、そうこうしている内にも北門に着いたらしかった。
「で、屯所はっと」
そう周辺を見渡すと門の脇に木の扉があるのが見えた。おそらくあれがアルマさんが言っていた屯所とやらだろう。
そう僕はその扉に近づいてノックをした。
「あの冒険者ギルドから来た者ですけど、今いらっしゃいますか?」
するとドアの向こう側から足音が聞こえたので僕は一歩下がった。
「イリーナだな。冒険者証を見せろ」
無愛想な男の兵士の人がドアの先から出てきて手を差し出してきた。僕は少し嫌な気分になりつつもイリーナに本人確認をさせると、すぐに案内してくれるらしくスタスタと歩き出してしまった。
「もう手配はできてるので、すぐに出発します」
アルマさんの言う通り馬車は遠くにないらしく、兵士の人が案内して1分ほどで馬車に到着することが出来た。
そんな馬車に近づくと、荷台から御者台に乗り出すようにして、運転手らしき歳の取った男の人が出てきた。
「あぁ君らが今回の人だね。すぐ行くけど大丈夫?」
随分皺くちゃな人だけど、物腰も柔らかそうだし優しそうな雰囲気を纏っていた。僕らはそんなお爺さんの運転する馬車に乗り込むと、時間厳守なのか早速鞭を叩いて馬車が動き出した。
そんな馬車が街を出て、ただの田園風景の中を走り出すと色々思い出してきた。
今まで色々あった。エルム村で父さんや母さん、ブレンダさんの事。盗賊の所でのライサやイリーナ、それにラースとの事。苦しかったことも多いけど、そのおかげで今頑張れていれる気がする。
そんな感傷に浸っている僕を馬車は、カラカラと音を立てながら運んでいった。
ーーーーー
私たちはあの街での戦いの後、北の街に転戦する為に馬車に揺られていた。
今日は昨日のこともあってかずっとラース君は暗い顔してるし、エルシアちゃんは相変わらずどこか上の空でボーっとしていた。
そしてこの馬車を運転するのは、あの頭のおじさんだった。そして昼を超えたあたりだろうか、そのおじさんが振り返り、俯いていたラース君を見た。
「あ、ラース君。この後も戦う事になるから頑張ってね」
その言葉を聞くとラース君の肩が大きく跳ねた。そして落ち着いていたのに、自分の両手を眺めて過呼吸になり出していた。そんなラース君から聞こえてくる心の声も支離滅裂で、かなり混乱してしまっているのが分かる。
「フェリクス君はこんなの何ともなかったんだけどねぇ」
君には出来ないの?と明らかにそう言いたげな表情をしてラース君を見続けていた。今のラース君にはそんな表情を見えてないのが幸いだけど、フェリクスの名前が出たのに大きく反応して更に呼吸が荒くなっていた。
「やっぱ君じゃ無理かなぁ?」
心の声と全く同じことをそのまま口に出して言っていた。
意図とか無くただラース君を追い詰める事をこの人は思った事をそのまま言ったって事だ。た
(ん~やっぱ期待外れかな?)
そんなおじさんの心の声が聞こえてきた。そして心の声と同時に興味を失ったのか視線を正面に戻して、それ以上ラース君に話しかけようとしなかった。
そんな態度に怒りを覚えるけど、今の私にこの人に逆らったところで何もできないと、ただ膝の上に置いた拳をギュッと握ることしか出来なかった。
すると、段々とラース君の呼吸が落ち着いて来たかと思うと、ラース君はまだ青い顔を上げて頭のおじさんの方を睨んだ。
「俺は絶対にお前には負けないからな」
強がりで言っているのは心を読まなくても分かった。でもそれでも自分に言い聞かせるように、ラース君はその言葉を心の中で復唱していた。
でもそんな強がりが興味を引いたのか、またおじさんは振り返ってきた。
「おぉ、じゃあ今私の事殺してみる?」
「・・・・いつか絶対殺す」
そうラース君が言うと期待していた反応だったのか、満足そうに笑っていた。時間じゃなくて立ち向かってくる意思があるのが嬉しいらしい。
「いい目になってきたねぇ」
それだけ言って前を向いてしまった。
そんな背中をラース君はずっと睨み続けていた。
エルシアちゃんは兄の事なのに、興味が無さそうにどこかを見ていた。
「・・・・私が頑張らないと」
バラバラな方向を見ている私達を上手くまとめれるのは、心の読める私しかいない。それにフェリクスが助けに来てくれた時、皆が一緒にいないときっと悲しむ。だから一番年長者で、能力がある私が頑張らないとダメなんだ。
そう思うごとにお腹が痛くなった。でもその痛みも何も出来ていない私に罰だと思うと少し楽に感じれてしまった。
そんな私達を乗せて、ただカラカラと馬車の進む音が、私たちの間で流れていた。




