第四十二話 同じ空の下
ギルド内でイリーナとアルマさんが喧嘩してから一週間が経った。
そろそろ依頼を受けて金を稼がないといけなくなってきた僕は、イリーナを宿に置いて再びギルドの扉を開いた。そして建物内に入ると、いつも通り受付にいたアルマさんに軽くお辞儀をしたが、前の喧嘩のせいか気まずそうな顔をされてしまった。
僕はそんな反応にちょっと心が痛みながらも、僕はお目当ての掲示板を覗いて依頼書を吟味していた。
「ん~あんまり変わって無いなぁ」
一週間前と同じで、長期間拘束されるし命の危険が高い依頼ばかりだった。でも宿代や食費もあるし、選り好みするわけにはいかないから、どれかは選ばないといないしどうしようか。
そう掲示板を睨んで考え込んでいると、突然耳元で声がして僕は変な声を上げてしまっていた。
「・・?何をお探しですか?」
僕は急に跳ね上がった心臓を抑えながら振り返ると、さっき会釈した時と違い笑顔のアルマさんがそこに立っていた。
「い、いやなにか依頼が無いかなと・・・」
僕がそう言うとなるほどと頷いて色々依頼を手に取って紹介してくれた。どうやらただ単に仕事をしに来ただけらしかった。
でもそうやってアルマさんから紹介されるのも、どれも微妙な条件ばかりだった。そんな僕の反応を見てかアルマさんは困ったように。
「ん~他だとあんまりないかもですね。大体良いのは、張り出したらすぐ無くなっちゃいますし」
「ですよねぇ」
そう掲示板を眺めていると、ふと端っこにあった依頼書が目に入った。
僕はそれを取って、詳細を見るとどうやらある街の守衛任務についてだった。期間は半年で寝床食事付、それで金貨3枚か。
これなら割と条件良いしそこまで危険そうじゃないから、これにするかと思っているとアルマさんが僕が手に取った依頼書を覗いて来た。
「あ~これ危ないですよ?」
「そうなんです?別に街の守衛ぐらいなら大丈夫じゃないです?」
僕がそう聞き返すと、アルマさんはどこからか簡易的な地図を取り出してある一点を指差した。
「これ見ると分かるんですけど、北のレーゲンス帝国との境なんですよね。知ってると思いますけど、今そこが南の国と戦争してて、それで丁度この街の付近で戦いが起こったばっかなんですよ」
だから割と条件が良かったのか。まあ危ないは危なそうだけど、どっちにしてもこの国は中立で戦争してないし関係無さそうだから安全だと思うけど、どうしようか。
僕が悩んでいると、一応ですけどと前置きをしてアルマさんが話し出した。
「でもここ国境の街なので、ギルド側で往路の費用は負担になりますよ」
それは割と魅力的だな。この地図的にも一週間以上はかかりそうだし、そうなら旅費もバカにならないし。まぁなら他も似たり寄ったりな以来だしこれで良いかと、そう僕は依頼書をアルマさんに手渡した。
「じゃあこれ受けます。アルマさんお願いします」
「はい、分かりました。少々お待ちくださいね」
アルマさんはそのまま依頼書を受け取ると受付に引っ込んでしまったので、僕は受付のカウンターに腕を掛けて待つことにした。
「やっぱイリーナ連れてこなくて良かったな」
イリーナがいないだけでも、こうも簡単に依頼を受けれるのかと感心していた。大体いつも喧嘩して1時間拘束されるけど今日は10分かそこらで受注出来てしまった。本当にアルマさんに迷惑かけてたんだろうな。
そうこうしている内にもアルマさんは手続きを終えたらしく、早足で受付に戻ってきて依頼の受注書を出してきた。
「じゃあここにイリーナさんの代筆サインだけお願いします」
アルマさんがイリーナさんと敬称を付けて言った事に違和感を覚えつつも、僕はイリーナの冒険者証を取り出し見せてサインを済ませた。
「じゃあこれで受理しますね。出発日の一週間前までには宿と馬車の手配をするので、またこちらにお越しください」
「あ、はい。ありがとうございます」
なんかいつもイリーナと喧嘩してるからそんなイメージなかったけど、この人ちゃんと仕事できる人なんだなと思った。
そう思うとなんかイリーナが絡んだせいで、この人の経歴に傷が付いたりしたら申し訳ないな。僕がそう黙っていると、アルマさんが不思議に思ったようで受注書を他の人に渡してから、また受付の席に座り直した。
「まだ何かご不明な点でも?」
そう親切に聞いてくるものだから、余計に罪悪感が増して僕は頭を下げた。
「い、いや。何か本当にいつもすみません。色々迷惑かけちゃって。先週も偉そうな事言ったりしちゃいましたし・・・・・」
するとアルマさんも、そんな僕から一瞬視線を逸らしたかと思うと、申し訳なさそうに頬を掻いて頭を下げ返してきた。
「ま、まぁ私も余分な事言いすぎてましたし、こちらこそ申し訳ありません」
そんな風に互いに謝罪し合っていると、僕の後ろから足音がしてきた。そして僕が顔を上げる前に肩をポンと叩かれた。
僕はそのまま頭を上げて振り返ると、そこには支店長とでも言うべきなのだろうか、この街の冒険者ギルドのトップの男の人が立っていた。
「ごめんね。うちの受付が失礼しちゃって」
「・・・・え?」
前アルマさんに勢いで上司にクレーム入れる的な事口走ったけど、そんな事してないのになんでこの人知ってるんだ。
そんな僕の疑問に答えるように、支店長は優しく笑って口を開いた。
「あれだけやってたら流石に私の耳にも入ってきますよ。あ、でもそっちのイリーナさんにも大人しくするように言ってくださいね?次同じことあったら本当に資格剥奪しますからね」
そう言う支店長の目は表情と違い笑ってなかった。やっぱり迷惑はしてたんだろうな。最近はイリーナも他の人に対しては落ち着いてきたけど、未だにアルマさんにはずっと喧嘩腰だし。
「す、すみません。ちゃんと言っておきます・・・・」
僕が再び頭を下げると支店長は僕の肩を叩いて、小さい声で頑張ってねと言い残してさっさと二階に上がっていってしまった。
そして視線を受付に戻すとアルマさんとまた視線が合った。するとアルマさんは掛けていた眼鏡を取って受付の上に置いた。
「はぁーーーーー。疲れた」
そんな気の抜けるような声と共に、アルマさんは糸が切れたように表情を崩して、受付に突っ伏してしまった。
そしてその体勢のままぶつぶつ不満そうに呟いていた。
「そもそも私悪くないでしょ。なんで今月の給料取られなきゃいけないの・・・・」
まさに切実と言った感じだった。どうやらアルマさん側も罰則を食らってしまっていたらしい。
「あ、あの本当にすみません。あれだったら今回の報酬から給料分払わせてくれませんか?」
僕が罪悪感からそう言うと、アルマさんは右腕を上げて手をヒラヒラとしていた。
「いいよ。君は悪くないんだし。てかそんな事されたら今度こそクビにされちゃう」
「た、たしかに・・・」
まぁこれから迷惑かけないように、イリーナをギルドに連れてくるのはやめようかな。多分馬が合わないとかそういうレベルじゃないだろうし。
すると伏していたアルマさんが突然顔を上げて僕を見てきた。
「ねぇ、フェリクス君。ここで働かない?」
「え?」
ずいぶん唐突にそんなスカウトをしてきた物だから、僕も驚いて少したじろいでしまった。
「割と給料良いよ?あんな奴とつるんでないで私と働かない?」
さっきのしおらしい態度はどこへやら、イリーナへの負の感情が見え隠れし始めていた。
だがまぁその提案はありがたいけど、イリーナも別に悪い奴じゃない上に恩もあるしあんまり意地悪はしたくない。
「ごめんなさい。流石にイリーナを一人にする方がアルマさんの仕事増えそうですし、今回は遠慮します」
僕のそんな言葉が良かったのか、アルマさんは少し元気を取り戻したように笑ってくれたようだった。
「それはそうかもしれないね。うん、じゃあまた興味が合ったら言って。いつでも待ってるから」
「分かりました。じゃあ今日は失礼しますね」
僕はカウンターに突っ伏したアルマさんを置いて、そのまま離れてギルドの建物を出た。すると今更ながらふと思ったことがある。
「・・・・そういえば、最後アルマさんタメ口だったな」
まぁ別にそう言うの気にしないけど、イリーナ相手にも一応敬語なのになんでさっきは違ったんだろうか。
と、そんな事を考えながら空を見上げていると鼻に冷たい感覚が走った。
「うわ雨か。夕飯どうしよう」
雨降ると飯屋閉まるし、空いてる所あっても雨の中行くのめんどくさいんだよなぁ。
そんな事を考えながら、僕は急いで宿屋への道のりを走っていった。
ーーーーー
私達が逃げるのに失敗して二年ほどが経った。
「おい!そっち逃げたぞ!!!」
私、ラース、エルシアの三人は、どこかも分からない街で戦っていた。いや戦わされていた。
「こっちは抑えたぞ!!!」
たくさんの人が互いに殺し合って、それに関係ない人たちが大勢巻き込まれていた。
私はそんな人達の大量の恨みや憎しみの心の声が、流れるように頭に入ってきていた。あまりにそれが酷くて沢山聞こえるからなのか、頭痛がひどすぎで立つ事が出来なかった。
「おい!ライサ!!立てって!!」
そんな私をラース君とエルシアちゃんがずっと守ろうと私の周囲ににいてくれていた。
でもそんな事は当然許されるはずも無く、あの頭って呼ばれているおじさんが血まみれになった服で、ニコニコしながら歩み寄ってきた。
「働かないとだめだよ~?今回は雇われてるんだからさ」
そう今度は誘拐とかそういうのが目的じゃなくて、ただ傭兵として私達は戦争に巻き込まれてしまっていた。
「ほ~ら。早く立って」
おじさんは更に近づいてきて、私の左腕を無理やり引っ張って立たせようとしてきた。
でもそんな時ラース君が割り込むように入ってきて、おじさんの腕を掴んだ。
「俺が代わりにやるから、こいつは休ませてやってくれ」
その言葉を聞いておじさんは笑ったまま私の腕を離したかと思うと、今度はラース君と向き合っていた。
「いいねぇ、かっこいいよ君。じゃあちょっと待っててね」
何かなんだが分からないまま、おじさんはどこかへ行ってしまった。色んな人の心の声が聞こえるせいで、あのおじさんが何考えてるか上手く聞こえなくて不安がただ高まっていた。
「だ、大丈夫か?」
私がおじさんの歩き去る背中を茫然と見ていると、ラース君がそう手を差し出してきた。でも私は一人で立てると、丁寧にその手を断ってゆっくりと立ち上がった。
「・・・・よし」
まだ頭が痛いけど、近くの家の壁にもたれかかってなんとか立てた。まだ私は怪我はしてないし、エルシアちゃんもラース君も傷はまだない。一人でも死んじゃったらフェリクスが迎えに来てくれた時悲しむだろうから、こんな所で座ってないで私が頑張らないと。
でもそうしている内にコツコツと足音が近づいてきた。その音にラース君が警戒して剣を構えるけど、どうやらただ頭のおじさんが戻ってきただけだった。
「じゃあラース君。この人にとどめさしてよ」
そう左手で掴んでいた、血まみれになった男の人を雑に地面に放り投げた。それを見て私もラース君も吐き気を催してしまっていた。
だがその時、まだ息があるらしく男の人はラース君の事を見上げて何か言おうとしていた。
「・・・た・・す・・・・け・・・・」
擦れ擦れだけど言おうとする事は、心の声が聞こえなても分かった。それはラース君も同じらしく明らかに動揺して、目が泳いでいた。
「ほら代わりにやるんでしょ?」
でも猶予は与えないとおじさんが催促するように、地面に横たわる人に足裏を押し付けてグラグラと揺らしていた。でも、それを見ても中々ラース君は動くことが出来ていなかった。
「同じ状況だったフェリクス君には怒ったらしいよね君」
そんな言葉にラース君の肩が大きく跳ねて、どっと汗が噴き出していた。
「まぁ君の信念を貫いて殺さないのも良いけど、その代わり君と同い年のあの子は殺すね」
ルーカス君の事だ。多分意図的にフェリクスと同じような選択をラースに迫って、この人は楽しんでいるんだ。そう思っていると、ラース君が口を開いた。
「・・・やれば、他は巻き込まないのか?」
「うん。そうだね」
あの人殺しをひどく嫌っていたラース君が剣を強く握った。
私はそれでまずいと思って、エルシアちゃんの方を見るけど、いつも通り興味無さそうに空を見上げてよそ見をしていた。
「やり直せるからって・・・」
私はエルシアちゃんのそんな態度に少し頭に来ていると、ラース君の叫び声が聞こえた。
その声で私は驚いてその方を向くと、その時には既にラース君が叫びながら何回も剣を振り下ろしていた。
そしてそれは地面にラース君の剣が当たり折れるまで続いていた。でもそんな中ふと頭のおじさんの声が聞こえた。
(これでフェリクス君みたいに面白くなるかな?)
もう何の理由もなく、ただの興味だけでこんな事をラース君に押し付けていたらしかった。心が読めても、この人が理解が出来なくて怖い。
そう動揺しているとおじさんの視線が私を向いた。
「ん?どうしたのかな?」
私は心臓がキュっとなり声が出ず、ただ首を横に振ることしか出来なかった。そんな私を見てニコっと笑うと、おじさんはそのまま歩き出してどこかへ行ってしまった。
そして気づくともう既にここは戦場じゃなくなったらしく、そこには一人の死体と、三人の子供だけが残された。
「・・・・・人の事言えねぇじゃねぇか」
ラース君が殺した死体に縋りつくようにぽつりと呟いていた。私は正直やっとフェリクスの気持ちが分かったかと、少しスッとしたけど、それでもラース君の悔しそうな表情を見るとそんな事を思えなかった。
「結局口だけで何も出来ないんかよ・・・・」
私はかける言葉が出てこずそんなラース君を眺めていた。
「・・・・・ダッサいな俺」
それからのラース君は、ただただ目の前の死体に縋りついて許しを請うように謝り続けていた。
そしてエルシアちゃんはそんなラース君を冷めた目で見て、私はどうしたらいいのか分からず押し黙ってしまっていた。
こんな時フェリクスならどうしたんだろう。
フェリクスならラースにも寄り添って慰めてくれるのかな。
そうだフェリクスは、あれだけラース君とかエルシアちゃんに嫌われてても、いつも気に掛けて心配してたしきっと多分そうするよね。
ならばと私はやっと足を動かして、ラース君の元へ歩み寄った。
「・・・・大丈夫だよ。分かってるから」
ただ背中を撫でてあげていた。それが私が思いつく精一杯の慰め方だった。
でもラース君が泣いている所を見ると、フェリクスみたいに上手く慰める事は私には出来なかったみたいで、私も不安が溢れてきて涙が溢れてしまった。
「・・・・・・フェリクス、早く迎えに来てよ」
そうどこかにいるフェリクスを求めるように空を見上げた。
フェリクスも同じ空を見上げていて、私の事を心配してくれてるのかな。
「そうだよ。きっとそうだ。そうじゃないと私・・・・・」
私はそう言い聞かせて、無理やり涙を胸の中に押し込めて、ラース君の背中を撫で続けていた。




