第四十一話 きっとどこかで
ギルドの扉を開けた僕らは、とりあえず掲示板の方へ向かった。
そうして目の前にある掲示板は、モンスター討伐とかそういうのは無いが、普段は家事手伝いから傭兵紛いのような物まで幅広く募集しているはずなのだが。
「ん〜あんまりいいのないな」
「ですねぇ」
パッと見た所、半年の長期護衛、軍隊の補給部隊の随伴、盗賊被害対策の衛兵募集とかしか見当たらない。
どれも期間が長いし、命の危険が高すぎるんだよな。報酬は良いけど今そんなまとまった額必要じゃないし、今回はパスかな。
「最近治安悪いっぽいからなぁ」
なんか最近戦争が始まったらしく、色々モノの値段も上がって少しずつ財布にダメージが蓄積されてきている。この街がある国は戦争してないけど、南北に挟んで大国同士が戦争しているからか、かなり影響を受けてしまっているようだった。そのせいで浮浪者も増えてきたし、敗残兵の野賊化とかでそういうへの対処の依頼が増えてきてしまっている。本当にいい迷惑だ。
そう僕らが掲示板の前でボーっと眺めていると、受付の少し暗い茶髪を伸ばしたアルマさんが僕らの元へ歩いてきた。
「こちらの依頼とかどうです?」
すると僕らの前に着くなりアルマさんは、いつも通りの営業スマイルでイリーナになにやら依頼書を渡していた。
なんだろうと思い僕は覗こうとしたが、先にそれを見たイリーナは何か不満だったのかその紙をすぐにアルマさんに押し付け返してしまっていた。
「あ?これお前の転職先か?」
「いえ?貴方にとって天職だと思ったのですけど?」
二人がそう会話していて、少し気になったのでそのアルマさんの持っていた紙を見ると、どうやら依頼書ではなくある職の募集要項らしかった。
「って、売春宿じゃないすか・・・」
二人して公共の場でどんな会話してんだか。どうしてこうも品性と言うかデリカシーが無いのかこの人達は。
って、そんな事は今はどうでも良くて、とりあえず今は目の前の二人をどうにかしないと。
「あの、アルマさん?」
僕はイリーナと睨み合っていたアルマさんの肩を叩いた。するとさっきまでの不機嫌そうな顔から一転、いつもの愛想のいい笑顔で僕を見てきた。
「フェリクスさんどうしました?」
そんなアルマさんの変わり様に、ボソッとイリーナが気持ちわりぃと呟くと、また顔の表情が固まって僕からイリーナの方に視線をやってしまった。
「どうしたんです?・・・あぁ!!すみませんさっきの店の場所ですよね!たしか第三区の四番通りの辺りですよ?」
そうわざとらしく演技口調でアルマさんは懇切丁寧に、さっきの紙の店をイリーナに教えてあげていた。
だがそれにイリーナが大人な対応を出来るはずも無く、すごい目つきで睨み返してこぶしを握り締めていた。
僕はそれを見てまたかと呆れながらも、覚悟を決めて今にも手が出そうになっているイリーナをどうにか体を張って抑え込みに行った。
「落ち着いてくださいって!殴ったら出禁くらいますよ!」
だが止まらないようで、イリーナは拳を振り上げようとしていたので僕はその腕を掴んで無理やり大人しくさせようとした。
「離せって!!こいつ一発殴らないと分かんねぇだろ!!!」
僕も最近筋肉が付いてきた自信はあるけど、こうなったイリーナを相手するのは骨が折れる。しかもそんな光景を見てアルマさんはずっと高笑いしてるから、余計にイリーナがキレて抑えられなくなる。
「ちょ、ちょっとアルマさん!あんまり刺激しないでくださいって!!!」
毎回毎回こんな事やっていたら、本当にいつか殴り合いが始まってしまいそう。まぁだからギルド行くときはイリーナ一人に行かせず、必ず僕が同伴しているんだけども・・・・。
そんな僕の苦労も理解する気が無いのか、アルマさんは今度は営業スマイルを浮かべてどの面下げてか僕らを注意してきた。
「周りの方々に迷惑かけないでくださいねぇ~」
そんなアルマさん含め周りの冒険者の人も笑って見ているだけで、誰も助けに来てくれない。これをプロレスだとでも思ってるのだろうか。
そう少しよそ見をしていると、暴れ続けているイリーナの肘が僕の鼻を直撃してきた。
「って、いったいなぁ!!」
僕は痛みのせいか一瞬で頭にカチンときてしまった。
そしてもうどうにでもなれと、イリーナの腕を掴んでそのまま床に伏せさせて関節技を決めた。すると勢いの割に割と上手く行ったらしくイリーナがかなり痛そうにしていた。
「痛い痛い痛い!!!わ、分かった!分かったから!!なぁ!!!フェリクスって!!!!」
そうギブアップの意思表示なのか、僕に掴まれてない方の手で地面を何度も叩いていた。そんな姿を見てまた笑っているアルマさんにも少しイラつきながらも、イリーナに僕はちゃんと注意するように言った。
「もう暴れません?」
そう聞くとイリナは必死に首をコクコクして、暴れないから放してくれと言うので、僕はとりあえずイリーナを放してあげた。
そして僕はそのまま、そんな様子を見て笑っていたアルマさんにも、言いたい事があると至近距離まで詰め寄った。
「あんまりしつこいと、アルマさんの上司に文句言いに行きますからね!!」
普段は僕に対しては普通に接してくれるとは言え、いっつもイリーナとこんな事をされたら身が持たない。そう割と真面目にイライラして言ったら、こちらも僕のそんな言葉が効いたらしく珍しくアルマさんの目が泳いでいた。
「え、えっと、す、すみません。気を付けるのでそういうのはちょっと・・・。給料日前なんですよ・・・・?」
なら最初っから問題行動を起こさなければいいのに。ってそれはこっちのイリーナもそうだから何も言えないか。
「じゃあやめてくださいね?」
そう僕が念を押すように言うと、アルマさんもイリーナみたいにコクコクと頷いていた。
まぁこれでこの二人はしばらく大人しくしてくれそうで良かった。今までちゃんと注意出来なかったけど、今日ははっきり言えてすっきりしたし。
そう僕は振り返ると、今度はそんなアルマさんを見てイリーナが笑っていた。なんかこの二人色々似てるな。
そんなイリーナを見て僕は、今日の食費の入った袋を取り出して言った。
「イリーナ。夕飯抜きますよ」
そう僕が言うとすぐに大人しくなってくれた。あんだけ言っても聞かないのに飯の事だと素直なのなんか腹立つな。
まぁでも見方を変えれば、お金関係は僕が管理することになったお陰だしいいか。こうやってイリーナの制御に使えるし。
「お騒がせしました」
僕は一応アルマさんと他の冒険者の人に頭を下げてから、僕はイリーナの背中を押して逃げるようにギルドから出た。
そうやって外に出ると、やはりイリーナは不満たらたらなようで、歩きながら石を蹴飛ばして文句をぶつぶつ言っていた。
「そもそもあいつが煽ってくるから・・・・」
「それも最初にイリーナが、煽りまくったせいでしょ」
そう、今回だけの事を見ると割とアルマさんが悪いんだが、最初はそうじゃなかった。
最初はずっとイリーナの方からダルがらみをしていて、それをアルマさんが受付嬢として我慢し続けてくれていた。でもある日それが爆発して言い合いになって、こんな関係になってしまった。
「イリーナのせいで、ギルドに行くの気まずいしさぁ」
僕がアルマさんに今日まで注意出来なかったのも、イリーナが始めた喧嘩みたいな物だから強く言いずらかったんだ。それにその時のイメージのせいか、受付に行ってもアルマさん以外まともに取り合ってくれないし。
「そう考えるとアルマさん優しいな」
そうポツりと思ったことが口に出してしまうと、イリーナの機嫌を悪くさせてしまったらしく眉が吊り上がっていた。
「あんな奴のどこが優しいんだか。あたしの方が優しいだろ」
「あーはいはい。そうですね」
でも今日の僕にはこれ以上イリーナの相手をする気力は無く、適当にそう返事をして流した。
そうしてふと疲れたなと、空を見上げると青白い月が見えてライサ達の事を思い出した。
「どっかで元気してるのかなぁ」
まぁルーカスとエルシアはしっかりしてるし、きっとどこかで上手くやってるだろうな。またどこかで会えたらいいのだけど。
そう空を見上げていると、どこからかスパイシーな良い匂いが漂ってきた。
「じゃあ早いですけど、飯行きますか」
僕は今日ぐらいご褒美に少し良い物を食べようと、財布のひもを緩めたのだった。
ーーーーー
私達が逃げるのに失敗して1年と半年が経った。今日は珍しくあのおじさんがいないようで訓練が無くなって、私たちは食堂でだらだらと過ごしていた。
「あのジジイ、いつフェリクスの奴捕まえに行くんだろうな」
ラース君がエルシアちゃんとそんな会話をしていた。
それはそうで、なぜかあの人はまたフェリクス君を連れ戻すって言いながら、まったくそうする気配を見せてない。
そんな会話を冷めた目で見ていると、突然ラース君がこっちを見て私に話しかけてきた。
「なぁライサ。お前分かんねぇの?」
それに対して私は少し不機嫌になりつつ答えた。
「私の事信じてないんじゃないの?」
フェリクスがラース君達を囮にして逃げてないって言っても全く信じなかった癖に、こういう時だけ私の能力を借りようとするのが気に食わない。しかもラース君の心の声の感じ的にも、何にも悪気無くなんとなく聞いてきたのが分かるのが余計にイライラする。
そんな感情が顔にも出ていたのか、ラース君は焦ったように訂正してきた。
「で、でも普通に考えてあの状況でフェリクス達だけで逃げれるはずなくないか?」
ラース君はそうだよなと、エルシアちゃんの方に同意を求めるように視線を向けていた。エルシアちゃんは、興味無さそうに爪をいじりながら答えていた。
「そうなんじゃない?私その話興味ないかも」
随分とエルシアちゃんは荒んでいるというか、諦めているようだった。まぁエルシアちゃんの事情からして、こっちが素の反応なのかもしれないけど。
「じゃ、じゃあさ。ライサちゃんはあの人の心読んだりして分かったりしないの?」
そんな微妙な空気の中ルーカス君がおどおどしながらも聞いてきた。心の中では疑う気持ちはあるけど、まだフェリクスの事を信じたいと思っているっぽい。
「分かんない。いつかそうするつもりなのは確かだけど・・・・・」
流石に警戒しているのか、私の前だとそういう計画とか作戦の事考えないようにしているっぽいし。でも明らかフェリクスに執着しているような感じはするから、いつか連れ戻そうとするのだろうけど・・・・。
「てかなんであの人の言う事そのまんま信じてるの?フェリクスが私達を囮にするわけないじゃん」
そうだ。そもそもなんで私の言葉は信じないのに、あっさりとあの人の言葉は信じてるんだ。フェリクスは私たちの為に残って戦ってくれてたはずなのに・・・。
「だ、だって残ったフェリクス達が逃げれて、先に逃げた俺らだけ捕まるのおかしくないか?」
そうラース君が割り込んで言ってくるけど、あの時逃げる事になったのってラース君が原因じゃん。それなのになんでフェリクスが悪いみたいな言い方が出来るのかが分からない。それにそれだけじゃフェリクスが裏切った根拠になるはずないし。
「それはそうだけどさ。だからってフェリクスが私達を囮にしたとは限らないよね?」
そう私がラース君にきつめの口調で言うと、エルシアちゃんが顔を上げて私の顔を見た。
「でも実際あいつらだけ逃げたじゃん。それにまだ私たちを助けに来ないって事はそう言う事じゃないの?」
ずっと私が頭の中で考えないようにしていたことを言われてしまった。フェリクスなら助けに来てくれるはずだけど、一年たっても来ないと不安になる気持ちもある。
「・・・・・で、でもまだ準備とかしてて、いつか助けに来てくれるはずで・・・・」
「ふーん、あっそう。私はそうは思えないけど」
またエルシアちゃんが視線を自分の爪に戻して黙ってしまった。私もエルシアちゃんの言葉に言い返す事が出来なかったのが悔しくて、ただ下を向いてしまっていた。
「・・・・・きっと助けに来てくれるよね?」
私は、フェリクスがきっとどこかで私達を助けようとしてくれてるはずと、自分に言い聞かせて不安で崩れそうな心を補強していたのだった。
更新遅れました。申し訳ありません。




