第四十話 平穏な日常
あの盗賊達から逃げて2年が経ち、僕が15歳になった頃。
ある賑やかな市場が開かれた街で僕らは歩いていた。この2年で僕は成長期なのか、隣を歩くイリーナと視線が同じぐらいになるほど身長が伸びていた。
するとそんな隣を歩くイリーナと目が合って、手に持った木の棒に刺さった肉巻きのような物を差し出ししてきた。
「食うか?」
まだ食いかけのようだったけど、僕が欲しがったのかと思ったらしい。まぁでも小腹が空いてたから、僕は一口だげいただくことにした。
一口食べるとどうやら、肉に包まれた中にイモ類っぽいコリコリしたような物が入っていた。
「中に何入ってるんです?」
「ん?しらね」
そんな意外と癖になるような味と食感を楽しみながら、僕らはなんとなく歩き続けていた。
「一年前だとこんなの考えられませんよね」
僕がそうぽつりと呟くと、イリーナは後ろで縛った青髪を揺らして、何を言っているんだと言った感じで僕を見てきた。だから僕は苦い顔をして、一年前の事を思い出しながら言葉を続けた。
「あの時は大変だったなぁって」
「そうか?」
そうイリーナは何でもないように言っているが、実際確かにこの人は楽しそうだったかもしれない。けど僕からしたらストレスばっかで毎日胃が開きそうな日々だった。
ーーーーーー
僕とイリーナは盗賊の元から逃げるように走り続けていた。そして最寄りの町は張られているかもと、野宿をしながらもあの盗賊達から出来るだけ離れるようにして、ある街に到着した。
「で、どうやってはいるかだな」
その街の入り口を遠目に眺めながら、腰に手をやったイリーナがそう言っていた。これまでも一文無しの状態でほとんどサバイバルしてきたから、薄々察していたけどやはり今の僕らでは街に入れないらしい。
「・・・・考えはあるんです?」
僕はイリーナなら強行突破とか言いかねないなと思いつつ、そう恐る恐るイリーナに聞くとニッと白い歯を見せて笑って答えてきた。
「夜中に忍び込むぞ」
それを聞いて僕は、また大変なことになりそうだと肩を落としてため息をついたのだった。
そして場面は変わって深夜。ちょうど新月で真っ暗な中僕らは街の城壁に張り付いていた。どうやらイリーナに作戦があるらしくここまで黙ってついてきたのだが、20分程ここで待機し続けていて流石に心配になってきていた。
「そ、そろそろ、、、、」
僕がそう言いかけると、イリーナがシッと指を立てて城壁の上を指差していた。その先を僕も遅れて見ると、城壁の角度的に直接見えなかったけど、松明の明りや槍の先っぽが動いているのが見えた。
「あの見張りはあと5分はここに戻ってこない。あいつが塔に入ったら行くぞ」
どうやっていくのかと思っていると、どうやら城壁の積まれた石と石の間に手を掛けて登るつもりらしい。
そうして槍が見えなくなった辺りで、イリーナは登りだした。そうやって大分登りずらそうに見えたけどスイスイと行くものだから、案外簡単なのかと思っていたが中々僕は上手く登ることは出来なかった。
そうして既にイリーナが城壁の上にたどり着いた時には、まだ僕は半分しか登れていなかった。
「おい!早くしろ!!」
声を抑えつつも、急ぐようにイリーナが急かしてきた。それもそのはずで視界の端に、さっきの巡視をしていた兵士の松明の光がゆらゆらと近づいてくるのが見えてきていた。
「・・・・・・ッチ。ちゃんとつかまれよ」
イリーナは身を乗り出して、登りかけの僕の手を握ってきていた。そしてすぐ僕引っ張り上げようと掴む手に力が込められた。
そして僕は引っ張られ城壁の上に転がりながらもたどり着くことができた。
「・・・・おぉ」
僕はそうして立ち上がると、すぐそこまで兵士が来ているのを忘れて目の前の景色に感動していた。城壁の上から見えた城壁の中の街は、夜なのに灯で橙色に照らされていてとても幻想的だった。
だがその時僕の右耳に男の声が入ってきた。
「おい!お前ら何やってる!!」
もう数歩もすれば僕に触れるんやないかという距離まで、兵士が迫ってきていた。それに対して僕は見つかった以上殺すしかないのかと思い腰の剣に手をやると、その手をイリーナに止められた。
「フェリクス!!行くぞ!!!」
僕は何が何だか分からないままイリーナに手を引かれ、橙色で満たされた街の中に飛び込んでいった。
ーーーーー
「だってその時僕左手の指折れましたからね」
僕はそう不満そうにしてイリーナに左手をヒラヒラしながら見せた。治癒魔法があったからいい物の、なかったらちゃんとキレイに治ったかも分からない。
そんな僕の左手の指を掴んだイリーナは、まったく反省していないようなふてぶてしい顔をしていた。
「そもそもあれはフェリクスが遅かったのが悪いだろ」
それはそうかもしれないけど、元々の作戦に無理があったのではと反論をしようとした時。そんな僕の不満が伝わったのか、イリーナの掴む手の力が強くなり、僕の指は曲がってはいけない方に曲げさせられていた。
「ちょ、ちょ、ちょっと痛い痛い痛い。痛いですって!!」
僕はなんとか体をひねってイリーナの手から離れたが指がちょっと青くなってしまっていた。本当にここまでやる必要ないだろうに。そう思ってイリーナを見ても、まったく悪びれる様子もなく肉巻きの残りの木の棒を口にくわえていた。
「んなん言ったら、この街で食っていけたのはあたしのお陰だろ?」
「・・・・そりゃ感謝してますけど、そもそも僕は年齢で無理だったじゃないですか」
だが、そんなものイリーナにとっては関係ないようで。
「じゃあフェリクスだけで生きてけなかったって事だな」
どうも釈然としなかったけど僕は一回溜飲を下げることにした。まぁ実際僕だけでこの街に来ていたら、まず生きていなかっただろうし。
そうまた一年前の事を思い出していた。
ーーーーーー
僕とイリーナは路地裏を走り回って衛兵を撒くと、その日の夜は指の治癒を終えると適当にその辺で寝ていた。正直かなり汚かったが、これまで身一つで野営してきた事もあってかあまり気にしなかった。
そして次の日。僕らはとりあえず金を稼ごうという話になり冒険者ギルドに向かっていた。
「イリーナさんは冒険者ギルド入ってないんです?」
僕がそう聞くとイリーナは入っていない手をヒラヒラと振っていた。だが昔聞いたブレンダさんの話だとギルドに入るのにも金が要るはずだから、まず今の僕らには無理なのでは?そう思っていたが僕はとりあえずイリーナに付いて行くことにした。
そしてそのまま歩いて行くと、4階建てぐらいのそれなりに立派な建物が見えてきた。どうやらあれが冒険者ギルドって言うものらしい。
ブレンダさんの話だとあんまり良いイメージを持てなかったけど、その建物の扉を開けるとそれなりに綺麗な空間が広がっていた。
「っと、あそこが窓口か」
特にイリーナは思う所が無いようで、ずかずかと建物の中を歩いて行った。僕はそれに置いてかれ無いよう付いて行くが、ふと視界の端に見える他の冒険者らしき人達の視線が痛かった。
「あぁそういえば、しばらく水浴びしてないな・・・」
一週間ぐらいはしてない気がする。それに服だって買う余裕なかったし、かなり身なりが汚い二人が入ってきたって見えるのか。そりゃ変な目で見られても仕方ないか。
そうこうしている内にもイリーナは受付に着いたらしく、既にそこの受付嬢の人と話し出しているようだった。
「あ?金とんのかよ」
「えぇ。貴方の場合身元を証明する人もいませんし、銀貨1枚となりますね」
どうやら僕の心配通り金が必要らしく揉めているらしかった。
それにチラッと聞こえたけど銀貨一枚ってまぁまぁの値段だな。それだけあれば二週間は暮らせるぐらいの額だぞ。
だがイリーナはそれにも怯むことも無く、カウンターに肘をついて更にまくし立てていた。
「じゃああたしが身分証明?ってやつするからこのガキは安くしろよ」
そんなイリーナ相手に受付嬢もプロらしく笑顔を崩すことなく受け答えをしていた。
「16歳以下の方はそもそもお断りしてますので。それに身分不詳の方が身分不詳の方を証明した所で・・・・」
そう受付嬢の人が言いかけた時、イリーナがイライラしていたのか少しだけ語気を荒げていた。
「別にいいだろそれぐらい。ケチくせぇな」
最近まともに飯食ってないからイラついているのかな、それぐらいに僕は思っていたが受付嬢の人の眉が動いているのを見えた。
そして受付嬢の人は出口を指差して言った。
「お金が無いなら役所の方へ行ってください。最近は救貧法ってのが出来たらしいですよ?」
つまり出て行けって事らしい。まぁ明らか今のイリーナって迷惑クレーマーだったし仕方ない。
いや仕方ないじゃない。ここで追い出されたら僕らが金稼げなくて生活できないんだ。そう僕は何とかしないと、と思い肘をついていたイリーナをどけてカウンターに手をついた。
「じゃあ、これからの報酬から後払いっていうのは出来ません?」
僕がそう言うと受付嬢はため息をついて、長々とダメな理由を説教気味に言ってきた。
「お金じゃないんですよ。冒険者ギルドに入れる以上、貴方たちの身分を私共が保証しないといけないんです。だからよく分からないような浮浪者を入れるわけにはいかないんです。それにそう言うのを弾くためのこの金額ですしね」
仮に僕らを入れて敵国のスパイだったり、素行の悪い問題児だった時に、冒険者ギルドに責任問題が発生するって言う感じらしい。
まぁそりゃそうだって納得しかけたけど、僕はまだ諦めなかった。
「じゃ、じゃあ、とりあえずまだギルド入れなくていいですから、依頼だけ受けるのはダメです?それで素行の問題を判断する感じとかどうです?」
外部委託的な感じならその問題も解決できるだろうと思って言ったが、やはりそれも受付嬢が呆れたようにため息をついてしまっていた。
「その依頼主からしたらいい迷惑じゃないですか?考えれば分かりませんかね?」
大分イラつかせてしまっている様で、受付嬢の言葉がトゲトゲしくなってきていた。
それに対して僕がそれ以上代案を出せずに黙ってしまうと、やはり帰れという視線を感じて諦めようとした時。イリーナが再び口を開いた。
「じゃあよ。こいつ魔力量すげぇから、それで入れてくんね?」
「・・・・・はぁ」
今までの感じから嘘と思われているのか、受付嬢は明らかにめんどくさそうな顔をしていた。
「一回でいいからさ!計ってくんねぇか!?」
イリーナがそれからしつこく迫っていると、これ以上僕らを相手するよりさっさと帰らせた方がいいと判断したのか、一回だけ図るからこれ以降はこの建物に入る事をしない条件でやってくれることになった。最後の方なんて表情を取り繕う事もせず嫌そうな顔してたし、周りの人の痛い視線で本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
そうしてすぐに受付嬢の人は動き出し、魔力を計るらしく二階の一室に僕らは案内してくれた。前みたいに教会の人がやるもんかと思っていたけど、そこにいたのはただの普通のお爺さんだった。
そして僕は、相変わらず嫌そうな顔をしていた受付嬢の人に言われるがまま椅子に座らされた。その時も鼻をつまむような仕草をされて、心がミシミシと痛むような感覚がした。
「じゃ、始めるね」
そんな僕を置いて、お爺さんは早速僕の頭に手を掲げて何やら呟きだした。良くは聞こえなかったけど呪文とか詠唱的なものだったのだろう。
数分の間これが続いたけど、少しだけ思ったことがある。
この展開ってラノベでよくあるやつじゃないか?魔力多くてこいつすげぇってパターンとかあったりする?実際僕の魔力多いらしいしありそうかも。
・・・・・・いや、いざ自分がってなるとそれはそれでちょっと恥ずかしいな。別に僕がというよりこの体がすごいだけだし。
そんな事を考えていると、僕の予想は当たったらしくお爺さんが大げさに驚いた後大声で僕の事を褒めだした。
「おぉ!君すごい魔力量だね!!もしかしてこの街の冒険者ギルドで一番多いかもしれないよ!!」
なぜかお爺さんが僕よりもはしゃいで、僕の頭を撫でて喜んでいた。臭いはずなのにこんな事してくれるからちょっとだけこの人が好きになっていると、そんなやり取りを見ていた受付嬢の人がカツカツと早足になってお爺さんに詰め寄っていた。
「本当に言ってます!?この人たちですよ!?多分ミスですよ!!!もう一回やりましょう!!!!」
そうやって信じられないと言った感じでまくし立てる受付嬢に対して、イリーナがニヤニヤと無理やり肩を組んで絡みつくようにしていた。
「あたしらには一回しかやらせないんじゃないのかぁ?それともギルド入れてくれる気になったかぁ?」
なんか今日のイリーナはやけにうざかった。もしかしてこれが本来のイリーナで、盗賊にいた時は猫被っていたって事なのだろうか。
そんなイリーナに僕が冷たい視線を送っていると、受付嬢は歯ぎしりをしてそれでもあともう一回やらないなら、絶対ギルドに入れないと言いだしてしまった。まぁ僕らもそれを断る理由が無いからと、とりあえず再び席に座った。
「じゃあやるよ」
そうしてまた僕の魔力測定は行われたが、結果は同じだった。
そうして僕は恐る恐る受付嬢の方を見ると、すごい悔しそうな顔をしてイリーナの方を睨んでいた。ちょっとぐらい驚いて褒めてくれるのかなって期待してたけど、全くそんな雰囲気は無かった。
「・・・・・ッチ」
あ、今この人舌打ちした。
イリーナが煽ったせいでかなり心証悪くなっているらしい。もしかして気に入らないから追い出すとかされないか?そんな心配していると。
「・・・・はぁ、まあいいですよ。貴方を逃したら私の給料減りますし」
流石に仕事だからか本当に渋々と言った感じだったが、とりあず僕は年齢が達したら強制で加盟することを条件に、イリーナがギルドに加盟することを許してもらえた。
ーーーーーー
「ってやっぱ僕のおかげじゃないです?」
やっぱりそうだ。イリーナってクレーマーやってただけだし、実際決め手になったの僕の魔力量のお陰だしな。
「でも、あたしが魔力量計ってくれって言ったおかげじゃないか?」
どうしても譲る気はないようで、腕を組んで自信満々そうにイリーナが言っていた。この人ってここ2年で明るくなったというか、感情の起伏が増えた気が感じがする。
まぁそれは置いといて僕はもう張り合うのがめんどくさくなって、それ以上イリーナに言い返すのをやめてしまった。
すると今度は神妙そうな顔をして、イリーナが手を後ろで組んで突然感謝を述べてきた。
「ま、でも色々ありがとな。実際色々助かってるぞ」
「情緒どうなってるんです?気持ち悪いですよ」
気付くと思った事がそのまま口に出てしまっていた。まぁ実際本心だけど、直球で褒められて恥ずかしかったのもある。
でもやっぱり言い過ぎたかなと思い謝ろうと顔を向けると、突然イリーナに頭を叩かれてしまった。
「二度と言わねぇ」
そう叩いた後少し恥ずかしそうに顔を逸らしてボソッと言っていた。珍しくそんな顔見せるから一瞬可愛いと思ってしまったけど、さっきの暴力と言い行動が全然可愛くないのを思い出した。もう少し大人しくなってくれればいいのに・・・・。
そんな事を思いながら歩いていると、ちょうど話に出ていたギルドが見えてきた。そう言えば昨日依頼終わったし、また何か依頼がないか見に行っても良いかもな。
そう思ったのはイリーナも同じだったらしく、ずっと持っていた肉巻きの木の棒を捨てて頭に手を組んで言った。
「じゃ、今日もアルマに会いに行きますかー」
今アルマと言われた子がその受付嬢の人だ。いつも会う度に言い合いしているような気がするが、なんだかんだ仲がいいらしい。
そうして僕らは一年前と違い、身ぎれいになった服を着てギルドの扉を開いた。
ーーーーーー
私達が逃げるのに失敗して1年が経った。その間あの白髪のおじさんが付きっ切りで、私達の事を監視して訓練するから休まる時間が無い。
でもそれを超えて一番嫌な事がある。そうラース達の方を見た。
「フェリクス君は君達を囮にして逃げたからねぇ」
事あるごとにそんな事を皆に吹き込んでいた。
もちろん私は心が読めるから嘘だと分かる。でもそれを説明しようとしても実際フェリクスとイリーナ姐だけ逃げれちゃってるから、皆信じてくれない。特にエルシアちゃんなんてすごい怒ってて最近は私ともまともに話してくれない。まぁエルシアちゃんは事情も事情だから仕方ないのかもしれないけど、あまりにフェリクスが不憫すぎる。
「ん?そこの癖ッ毛の子。どうしたの?」
そう考え込んでいると、突然おじさんが私の方を見てきたから心臓が跳ね上がった。
「え!?いや、何でもないです!」
こうやって私は心を読めるせいなのか警戒されていている気がする。
本当にこんな環境にい続けると頭がおかしくなりそうになる。それにルーカス君以外は、フェリクスの事信じてないから誰一人私の味方がいないし、そのルーカス君でさえ心の中では疑っているのを私は知ってる。
でもだからこそ私はフェリクスを信じないと。フェリクスならいつかきっと迎えに来てくれるはずだから。
そう私は唇を噛みながらも前を向いて剣を振るっていた。
最後のセリフの一部を修正しました。(4/9)「フェリクス君は君達を置いて逃げたからねぇ」→「フェリクス君は君達を囮にして逃げたからねぇ」




