第三十八話 水泡に帰す
俺はイリーナが叫ぶと同時にエルシアの手を引いて走り出した。
だがそう走り出して、もう一人あるはずの足音が聞こえず振り返るとフェリクスはそこにはいなかった。
「ッチ、何やってんだよあいつは!!」
俺はそう叫ぶが走る足を止めずに、再び前を向いて走り続けてた。それからイリーナの言う通り、最初の三叉路を左にその次を右に行くと、通路の奥から小さな火の光が見えた。
「おい!エルシア!!見えたぞ!!」
俺がそうエルシアの方を振り返ると、どこか浮かない顔をしていた。どうしたのかと気にはなったが、俺は目の前の光を優先して気に掛ける事は無く手を引いて走った。
「お、君たちがブラッツの言ってた子だね」
段々と蝋燭の光に近づいて行くと、そこにはブラッツの奴が言っていた運転手らしき男が立っていた。
「あ、あぁ。ルーカスの奴らは大丈夫か?」
どこにも見えないルーカスの事を心配になって俺がそう聞くと、男は後ろを向いて馬車の方を指差した。
「ちゃんといるよ。てかイリーナはどうしたんだい?」
「そ、そうだ!今ロルフの奴と戦ってる!!だから今からでも助けに・・・」
俺はそう言いかけて何か違和感を抱いた。ルーカス達がいるはずなのに静かすぎる。俺らが来たのに、一切物音も声も上げないなんてあるのだろうか。
そう急に黙ってしまった俺を目の前の男は、一歩また一歩と距離を詰めてきた。
「ん?どうしたんだい?」
「い、いや。なんでもない。ところでルーカス達の姿が見えないんだけど本当に大丈夫なのか?」
すると俺の悪い予感は当たっていたらしく、男は不気味なぐらい歪んだ笑顔を見せた。俺はそんな顔にたじろぎ後ずさりしてしまった。
「大人しくしてれば、手は出さないぜ?」
俺は目の前の男が味方じゃないと判断して、エルシアを後ろにして腰に掛けた剣に手をかけた。
「はぁ・・・めんどくせーなぁ」
俺のそんな姿勢を見ると、目の前の男もやれやれと言った感じで剣を抜いた。俺もそれを見てエルシアを守るために剣を抜いていつでも戦える姿勢を取った。
すると馬車から音を立てないように、ルーカスが出てきているのが見えた。それに俺に向けて静かにするようにとジェスチャーを取っていたから何かするつもりらしい。
「なんでブラッツを裏切ったんだ?」
俺は出来るだけルーカスの足音が男に聞こえないよう、声を張って話しかけてみた。するとやはり戦うのは嫌らしく、話に乗ってくれるようだった。
「裏切るも何も、あいつが信用ねぇからな。ここじゃ誰もあいつの言う事なんて聞かないと思うぜ?」
ブラッツが信用できないってのは俺としても同意できる。あいつのこれまでの行いのしっぺ返しが、俺らに降りかかってきたわけか。
そんな会話の中、ルーカスが剣を抜いてだんだんと近づいてきているのが見えたので、俺はまた出来るだけバレないよう俺は会話を引き延ばしに行った。
「・・・じゃあなんでお前は受けたんだ?」
「んまぁ頭にそうしろって言われたからなぁ。特にそこの銀髪の子は逃がすなって」
フェリクスじゃなくてエルシアなのか。てっきりあいつはフェリクスに固執しているもんだと思っていたのだが。
そう思っていると突然目の前の男が後ろを振り返った。
「君ぃ大人しくしないとダメだよ?」
「・・・・ッ」
ルーカスは声にならないような悲鳴を上げて、腰を抜かしてしまっていた。
そんな動けなくなったルーカスに男は、剣を振り上げようとしていたのを見て俺は咄嗟に動いた。
「ルーカス!!下がれ!!!」
男は俺の声を聞くと、そのまま俺の方に向きなおり振り上げた剣を俺に向かって振り下ろしてきた。
「まず君からの方が良さそうだね!!」
何とか反射で剣を前に出して受ける事が出来たが、大人と子供の力の差とでも言うべきかじりじりと押されてしまっていた。このままだと危ないと思い、エルシアに援護を頼もうとするが。
「クッソがああ!!エルシア頼む!!!!」
俺の声がそうひびくだけで、なぜかエルシアから返事が無かった。俺は焦りつつも少しだけ振り返るとエルシアがうつむいたまま動いてなかった。
「おい!何やって、、、」
俺がそう言いかけた瞬間腹に強い衝撃が走った。
「よそ見なんてダメだよ」
俺はどうやら蹴飛ばされたらしく、エルシアの足元まで転がって姿勢を崩してしまった。そしてそんな俺を見逃すはずも無く、男は剣を俺に向けて追撃を仕掛けてきた。
「・・・どこだ!?」
俺はどうやら飛ばされた衝撃で剣を手放してしまったらしかった。そんなどこにもない剣を探そうとして手が空を掴んで、気付くと俺の目の前に剣の切先が迫ろうとしていた時。
「・・・・もう少し頑張ってみよう」
そんなエルシアの呟きと共に、俺の耳の傍で空を切るような音がした。そしてその音がしたと思うと、目の前まで迫っていた剣の切先が止まり、そのまま剣が地面に音を立てて落ちてしまった。
「なんで俺がこんな目に・・・」
顔を上げると、右手首を左手で抑える盗賊の男の姿が見えた。そしてその右手首からは溢れるように血が流れ始め、跳ねたその血液が俺の服にこびりついた。
それを見て動けないでいた俺を見て、男は左手で再び落ちていた剣を握ろうとしていた。
「このガキだけでもやってやらぁ!!」
だがそうやって剣を握り姿勢を起こしたその男の心臓を、今度は誰かの叫び声と共に剣が貫いていた。
「・・・・んだよ、これ・・・・・」
バタりと俺にもたれかかるようにして、目の前の男が倒れかかってきた。生暖かい血の感覚と、そして見えたその先には肩を揺らして呼吸をしているルーカスの姿があった。
「だ、大丈夫?」
ルーカスは俺にもたれかかっている男をどかして、手を差し出してきた。
「お、おう・・・。助かった。ありがとうな」
俺はその手を取って立ち上がると、自分にべっとりとついた血の感触が酷く気持ち悪く感じた。
それに目の前に転がる人の死体。見慣れたはずなのに、人の死というものに過剰反応してしまいそうになる自分を必死に抑えた。
だが、体はダメなようで吐き気がしてきた。
「と、とりあえず馬車に乗ろうか」
人を殺したって言うのにルーカスは冷静だった。それがあの時のフェリクスと被ってひどく嫌悪感を覚えてしまった。
それげきっかけだろうか。俺はその場で吐いてしまった。
人を殺すことってダメな事じゃないのか?悪人を殺してもいいのか?なんで俺は目の前で人が死んだのに、こんなにも安堵してしまっているのか?そんな自分も周りもこの状況も何もかも、気持ち悪く感じてしまっていた。
するとそんな俺の背中をエルシアが撫でてくれていた。そうされるだけで俺は少しだけ気分が良くなって気がした。
「大丈夫だよ兄さん。ほら馬車に乗るよ」
俺はエルシアに介抱されながら馬車に乗り込むと、そこには縄で縛られたカーラ達が居た。
そこで俺は少し落ち着いた後。ルーカスに聞いた話によると、ルーカス達はブラッツが居なくなってすぐに縛られてしまったらしい。それで時間を掛けてルーカスは縄をほどいた時に、俺達が来てこうなったと。
「じゃ、じゃあ僕が馬車運転してみるよ」
そう話を終えるとルーカスに運転経験があるとは思えないが、馬車の先頭に行って鞭を持って今にも動かそうとしていた。
だがその瞬間どこからか何かが崩れるような大きな音がした。
「何の音だ!?」
俺は慌てて見渡すが、周りでは特に異変は無いように見えた。それに音もそこまで近い感じはしなかったから、フェリクス達でも無さそうだしどういうことだろうか。
そう色々考えを巡らせていると、エルシアがぽつりと呟いた。
「とにかく急ごうよ。今のも何か盗賊がしている音かもしれないし」
俺とルーカスはその言葉にはっとして、顔を見合わせてとにかく動き出した。俺は皆を守るために馬車の後ろに行きルーカスは再び馬車を動かすため鞭を持ち直した。
そうして準備を整えて馬車が動き出した瞬間、ガタン!と車体は大きな音を立てて傾いた。
「っと、危ない」
少し驚いたが俺は地面に手をついただけで、危うく転びかけていたカーラを支えてあげていた。
「大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう」
カーラの安全を確かめた後、何事かとルーカスの方を見るが、本人も何が起きたか分からないらしく混乱しているようだった。するとエルシアが馬車をいつの間にか降りたらしく、外から声が聞こえてきた。
「軸が折れてる」
軸とは何か分からないけど、何かあの盗賊がこの馬車に仕掛けをしたのは分かった。
でも今はそんな事はどうでもいい。とにかく俺たちはここから逃げないといけない、そう俺は再び頭を動かし出した。
「じゃ、じゃあもう一つの馬車はどうだ?」
まだフェリクス達が乗る用の馬車があるはず。そっちが使えればまだ何とかなる。
そんな希望を抱いていたが。数秒後エルシアから帰ってきた言葉は俺達を絶望に叩き落とした。
「こっちも軸にひびが入ってる・・・」
俺は咄嗟にルーカスの方を見たが、やはりどうしようも出来ないらしい。とりあえず俺は馬車から降りて、エルシアにどうするべきか聞いてみるが。
「やっぱここから逃げるのは無理なのかなぁ」
一度はやる気になってくれたはずのエルシアが、あきらめたかのように上を見上げてしまっていた。
だがそれでも諦める訳にはいかないだろうと、妹に対して怒りが湧いてくる。ここで捕まったらどんな事されるか分からないし、殺されるかもしれない。
そう思うとさっきのエルシアの行動と言い腹が立ってきた。
「お前なんでそんな簡単に諦めんだよ!!!」
俺はエルシアに掴みかかった。そもそもさっきだってエルシアがすぐに援護してくれてれば、もっと楽に勝てたはずだ。そうやって自分の実力不足を棚に上げて、俺は妹に詰め寄ってしまっていた。
だがエルシアにとってはそんな俺の叫びは聞こえてないようで、俺らじゃないどこかを見てしまっていたようだった。
「何回やってもここでダメなんだもん。そりゃ諦めたくなるよ」
「はぁ!?お前何言って、、、」
その時、通路の奥から誰かがこちらに走ってくる足音が聞こえてきた。俺は咄嗟に危険を感じて、エルシアを無理やり倒れた馬車の中に入れ剣を構えた。
ーーーーー
時は遡って、イリーナとロルフの戦闘が始まった頃の決闘部屋にて。
俺はそれなりの広さの空間の中で天井から日光が差し込む、まさにステージとでも言えばいい場所に立っていた。
「ん~まだなの?」
そこには頭が、剣を腰に差して今か今かと人を待っていた。俺はそんな頭に対して少しでも時間を延ばすために、薄っぺらい笑顔を張り付けて答えた。
「いやぁまだじゃないですか?ロルフの奴雑ですからねぇ~!」
周りを見渡しても大量の盗賊がいた。全員子供がいたぶられて殺されるのを楽しみに見に来たらしい。本当に趣味の悪い連中で吐き気がする。
「まぁめんどくさいし、いっか」
俺が視線を逸らしていた時に、そう急に頭が言ったかとと思うと、気付いた時には目の前に剣が突きつけられていた。
「計画だと今頃フェリクス君はあの赤い子と戦ってるのかな?」
俺は突然の事に頭が混乱して何も言う事が出来なかったが、それを気にすることなく勝手に頭は話し続けた。
「まぁいいか。どうせ逃げれないんだし。君は何か言い残す事ある?」
最後の最後にやっと俺に対して向けられた言葉は、まさに死刑宣告そのものだった。
頭と俺の実力差は歴然、戦ったところで万に一つもない。だからと俺は非力なりに出来る事をしなければと、必死に笑顔を張り付けて答えた。
「そんな焦りすぎですよぉ~。まだ約束の時間じゃないですよ~」
だが、俺のそんな浅はかな思考なんてお見通しなのか、頭はひどく呆れたような顔をしていた。
「少しだけ期待したんだけどねぇ。やっぱ君つまんないや」
その言葉を聞き終える前に、気づくと俺の右腕は肩から下が無くなっていた。いや無くなったのではな無い、俺の腕は目の前の男の手に握られていた。
「お、でも良い腕してるねぇ。これで魔力があればいいんだけどねぇ」
俺は心底恐怖した。明らかに目の前の男は心も体も人間ではない。そんな恐怖から体全身から力が抜けそうになるが、俺はイリーナを思い出し何とか踏ん張った。
「今から面白い事するんで待っててくれません?」
すると初めて頭が俺の目を見た。
「いいねぇ!良いよ見せてみてよ!どうせ君はここで最後なんだしパーッと見せてみてよ」
最後までこの人にとって俺は、暇つぶし以上の道具にはなれないらしい。
でもそんな俺でも、イリーナの人生の為に死ねるならそれでもいい。そう俺は決闘部屋の扉に向かって走った。
「何するかと少し期待したのに・・・」
俺は他の盗賊の奴らを交わして必死に扉へ向かった。だが、そんなに上手く行くはずも無く俺の行く手は盗賊達に塞がれてしまっていた。
「君は最後までつまらない男だねぇ」
後ろからコツコツと頭の足音が近づいてきた。挟まれた俺はこれ以上ここから動くことは出来ないらしい。だが、そんな絶望的な状況だった俺にも多少は運が残されているようだった。
俺はゆっくりと振り返って頭の方を見た。近くにある松明のチリチリとした音がやけに頭の中に響いていた。
「で、君の面白い事って逃げるだけ?」
明らかに失望したと言った感じで、興味が無いように頭は語りかけてきた。
「最後にでっかい花火は見せますよ」
「・・・・?花火ってなんだい?」
俺が何もせず商人や学者をやっていたと思われたら困る。これでも昔からこんなクソみたいな場所から逃げるために、あらゆる分野の情報を集めてきたんだ。
「頭でも知らない事あるんですね」
俺はあえて煽るような事を言った。すると頭は少し興味が湧いたのかニヤリと笑うと、また一歩近づいてきた。
「そりゃこの世界は知らない事でいっぱいだからねぇ。ぜひ教えて欲しいものだよ」
「教えて欲しいなら、人に頼む態度ってものがあるのでは?」
今の俺は腕が切られたことなんて忘れてしまうほどに、興奮していた。
あともう一歩、あと少しだけ近づけばもしからしたら俺にもあると。
「偉い口を叩くねぇ。何か秘策でもあるのかい?」
「さぁ?気になるならもっと近くに来てくださいよ」
普通の奴ならこんな事言ったら、近づいて来ないがこいつは普通じゃない。こいつは損得じゃなくて、自分の興味で動く奴だからこれでいい。
「じゃあお言葉に甘えて」
そんな俺の目論見通り、スッと俺の目の前まで頭が迫ってきた。後は俺の根性と残された運勝負になった。
「じゃあご堪能下さい!!」
俺は傍に会った松明を手に取り、頭の顔目掛けてぶつけようとした。だが、すぐにそれは頭が一歩引いた事で避けられてしまった。
「ほんとに君は・・・」
頭は再び失望の色を顔に浮かべたが、俺の目的はそんなんじゃない。
この松明の火こそが目的なんだ。そう俺は忍ばせてあった球体状の物をとり出した。
「・・・・・それは何だい?」
俺が高い金払って遠方の学者から聞いて自作をしていた物だ。肝心の材料の火薬が無かったが、頭が手に入れてくれたおかげで完成した代物だ。
俺はそんな偶然に感謝しながら、球体から出た紐に松明の火をつけて抱えると、そのまま頭へ向けて突進した。
「おお!いいねぇ!!そうこなくっちゃ!!!」
やはり頭は避けようとはせず、俺を迎え入れるように両手を広げていた。いつもはこういう奇人さに辟易していたが、今だけは感謝できる。どうせ俺が自分殺せるわけないそう思ってるのかもしれないが、そんな油断ともいえる行動が頭の命取りになるんだからと。
「イリーナぁああああああ!!!!!」
俺は気づいたら、突進しながら最後にそんな事を叫んでいたと思う。
最後の叫びにしてはダサいかとは思うけど、最後に誰かの為に死ねるなんてかっこいいじゃないか。しかもそれが好きな女の為なんて猶更だろう。
嘘や欺瞞ばかり、誰からも信用されもしなない俺の人生。それでも守りたかった存在の為に死ぬ。
これで最後の最後にやっと俺のこれまでの人生が報われるんだ。
そう思うとこれまでの俺の人生の意味が認められた気がした。
そんな短い走馬灯を抱えて俺は頭の腹に飛び込んだ。絶対に離すまいと目の前の男を掴むと、すぐに腹に伝わる熱い感覚、瞼に届く強い光、耳に響く爆音、それぞれが俺の脳内に届いた。
その一瞬の感覚がどこか心地よく感じて、俺は笑っていた。
「俺の勝ちだ」
次の瞬間俺の人生はそこで終わった。
ーーーーーー
爆発音が遠くに木霊し続けて煙が立ち込める中、一人の立ち上がる人影があった。
「ふぅ、危なかったぁ」
人間だった物を踏みつけ、白髪の老人がそこには立っていた。
そしてその老人は、服が少し汚れたと埃を払って地面にある物を見て呟いた。
「少しだけ面白かったよ」
そして人だった物への興味をすぐに無くした男は、その物体を蹴とばして周りを見渡して適当に指を差した。
「君と、えーそこの君。一緒に子供達追うからついてきて」
その男の体には傷一つなく、服が少し汚れただけだった。そして何事もなかったかのように背伸びをして、そのまま部屋の外に歩き出してしまった。
まるで一人の男の存在なんて最初からそこに無かったかのように。




