第二十九話 試練
暗闇の中めんどくさそうに喋る声が聞こえてきた。
「おい、なんでここで寝てんだよ」
そしてその声が聞こえたと思ったら、その声の主は僕の背中を蹴り出した。
こんな雑な起こし方をするのは、ラースかなと寝ぼけながら思って起き上がると、そこにはイリーナがいた。
「・・・・なんでここにいるんです?」
「はァ?それはこっちのセリフだわ。お前が寝てる場所見てみろ」
そう言われふと正面を見ると崖だった。
それで一瞬で眠気が覚めて、思いっきり飛び下がった。
「ったく、あのまんま寝るバカがいるかよ」
「・・・すみません」
まぁでも寝返りとかして落ちなくてよかった。これからは気を付けないとな。
「真面目に部屋は変えなくて大丈夫か?」
そうイリーナが心配そうに聞いてきた。僕がラース達のいる寝室に戻るのが、嫌でここで寝たと思ってるのだろう。変に心配させちゃって申し訳ないな。
「大丈夫です。本当にここで寝落ちしただけなので」
「・・まぁならいいが。じゃあ朝食行くぞ」
僕はそんなイリーナに続いて部屋を出て歩きだした。
歩きながら今からラース達と話すの気まずいなとか、ルーカスにどう説明しようかとか考えていると、イリーナが喋り出した。
「さっきライサが騒いで大変だったから、ほんとに気を付けろよ」
「ライサがどうかしたんです?」
まさか昨日釘を差したのにラースと喧嘩でもしてしまっただろうか。
「お前がいないから、もしかしたらってな」
あぁそういう事か。昨日あんなことがあって、朝僕がいなかったらそりゃそういう心配もするか。後でライサには謝っとかないといけないな。それにイリーナさんもわざわざ探しに来てくれたからお礼言っておかないと。
「イリーナさんも探しに来てくれてありがとうございます」
「別にお前の為じゃねぇ。ライサの為だ」
「へぇ~」
イリーナは表情を見られないようにするためか、顔を逸らしていた。やっぱり素直にお礼を言われたのがちょっと恥ずかしいのだろう。
「なんだよ」
「やっぱ優しいですね」
「ッチ、うっせ」
そう言ってイリーナは僕の球に拳骨を食らわせた。少し調子に乗っていじりすぎてしまった。
そんなこんなで広場が見えてきそうになってきたが、一応僕は確認したいことが合ったので聞いてみることにした。
「次僕らが外に出るのはいつになりそうです?」
「ん?あぁどうだろうな。半年から1年ぐらいかもな」
顎に手をやってイリーナは思い出すようにそう言った。そこまでの頻度行われるわけではないらしい。
「割と長いんですね」
「んまぁ、他にもお前らみたいなガキいるからな。それ次第でもっと長くなるかもな」
そうか。僕ら以外にも同じような境遇の子たちが居るのか。考えれば当たり前だけど、会った事がないからかそう言う可能性を考慮してなかった。
「あと次はラース達は連れてかない」
「なんでです?」
「まだ安定しないだろうしな。もう少し様子を見る」
確かにラースのあの感じだと、意地でも殺すのに反対して暴れるだろうしな。僕としてもそうなってラース達が、ロルフとかに殺されたり売られたりするのは嫌だから都合が良いと言えばいい。
「その代わりにお前が頑張らないといけないが。大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。てかラース達がいない方が殺しやすいですし」
僕がそう言うとイリーナは心配そうにこちらを見ていた。イリーナの目には僕が無理して虚勢を張っている様に映っているのだろう。でもそうじゃない。僕だって今回の事で終わりなんて思ってないし、次殺せって言われたら殺す覚悟だってある。そこで逃げたらそれこそ、僕があの子の家族を殺した意味が無くなってしまうから。
「・・・着いたぞ。殴り合いはすんなよ」
「分かってますよ」
そうして、キィーっと扉が音を立てて開いた。
中にいるラース達と目が合うが、おはようなどの挨拶は聞こえなかった。それにブロンド髪の子含め新しい子が3人いるのが見えた。村で見た時は10人以上は居た気かがするが、そう言う事なのだろうな。
「お、おはよう」「おはよー!フェリクス!」
ルーカスとライサだけはそうやって変わらず挨拶をしてくれた。
「おはよう」
僕はとりあえずいつもと座る席を変え、端っこに座った。関係ないルーカスやライサを巻き込むわけにはいかないと思ったからだ。
だがそんな僕の気遣いを知らずに、僕の隣はライサによってすぐ埋められてしまった。
「昨日どこで寝てたの?」
「うん?あー、あのまま訓練室で寝ちゃった」
「フェリクスもおっちょこちょいだね~。風邪ひくよ~」
そんな会話をライサとしていると視線に気づいた。
バレないようライサを見る振りをして、視線の正体を探るとやはりあのブロンド髪の女の子だった。どうやら僕がこうやって普通に会話しているだけでも、許せないらしく怒りの表情を浮かべていた。相当怒ってるけど、僕から話しかける訳にはいかないし、我慢だな・・・・。
「ねぇ!フェリクス!」
「あ、う、うんどうした?」
「えーっと、その、うーんっと」
急にライサが大声を出して僕に呼び掛けたと思ったら、何を言うのか決まってなかったのか考えだしてしまった。
「あっ!今日のスープおいしいよね!」
「そ、そうだね?」
本当にライサはどうしたんだ。様子がおかしいけどもしかしてラース達と何かあったのでは、と心配してしまう。
だがそんな僕にお構いなしに、ライサは色々パターンを変えて会話をしてくれた。僕にとってもそれはありがたくて、朝食中変に沈黙の気まずい空気が流れることはなかった。
そうしてライサと会話をしながら朝食を済ませて、僕らは訓練室に移動した。
そこでは僕らの時と同じように、ライサが新しい子達の魔力量を測っていた。そんな光景を見ながら、僕とルーカスはと言うと、離れた所でイリーナが見ている中模擬戦をしていた。
ここ半年で始まった模擬戦だったが、今までは僕の全勝だった。僕は元々父さんに教えてもらってたり、イリーナにも個別で特訓されたから、当たり前と言えばそうだった。
それでもルーカスは腐らずに練習して、こうやって立ち向かってきていた。
「うりゃぁああああ!」
ルーカスが今までの搦め手から一転、初撃で勝負を決めに来るつもりなのか、正面から大振りに木刀を振ってきた。
僕はそれをまともに受ける必要はないと判断して、ルーカスの勢いを使ってそのまま横に受け流した。そして体勢の崩れたルーカスの背中に、木刀で優しくポンとして模擬戦が終わった。
「おいルーカス」
そうイリーナがルーカスを呼び出した。いつもの反省会が始まるようだ。
「色々考えてるのは偉いと思う。でも初撃だけで決めに行くのはダメだ。一対一の正面で戦う時余程の実力差がないとそんな事は起きえないしな。だからお前が気にしないといけないのは、初撃を受けられた、交わされた時、その次をどうするかだぞ。お前なら考えれるだろ?」
「は、はい!分かりました!」
意外にイリーナは戦闘に関しては理論家だ。もっと一人で突っ込むタイプかと思ってたが、戦術とか連携とかそっちを重視するような考え方らしい。
「あとフェリクス!」
「あっはい!」
次は僕の反省会らしい。
「お前は最後まで力を抜くな。この模擬戦はお前らが痛みに慣れるためでもあるんだぞ。そういう甘さで死ぬことだってあるんだからな」
「・・・・はい、すみません」
これは前からよく言われてることだ。ルーカス相手に思いっきり叩くってのが、どこか心のブレーキがかかって力が入れられない。イリーナの言う通り、それがルーカスにとっては必要なことだと分かっていてもだ。それに口が裂けても言えないが、殺した時の事がフラッシュバックしてしまうのが大きい。
「んじゃあ、あたしはあっち見てくるから、次の模擬戦の作戦考えながら素振りやっとけ」
イリーナはそれだけ言って、ラース達の方に行ってしまった。今ライサが新しい子達にかかりっきりだから、イリーナがラース達に教えざる負えないらしい。
そうラースを見ているとふと目があった。だがすぐに逸らされてしまった。やはりラースも僕の事を良くも悪くも気にしているのだろうな。
「ふぇ、フェリクス?」
「ん?あぁごめん。素振りしようか」
でもルーカスは以前と同じように接してくれている。もしかしたら知らないだけかもしれないけど。
そう思っているとルーカスが、少しラースの方を確認してから言った。
「ぼ、僕はフェリクスの味方だよ。それに多分フェリクスがあんな事したのって僕のせいだよね?」
僕はそんなルーカスの言葉に驚きを隠せなかった。ルーカスは自分が人質になっている事が分かっているのかと。しかもその上で腐らずに、訓練して僕の味方までしようとしていてくれてるのか。
「その表情は当たりだね。まぁずっと僕がなんでここにいるのか薄々分かってたんだけどね」
「・・・・え、いや、その、別にルーカスが悪いんじゃなくて僕が決めた事だから・・・」
「そうだとしても、僕はフェリクスの味方だよ。僕も多分同じ立場だったらそうするよ」
いつの間にか素振りする手が止まり、ルーカスの目が僕をじっと見ていた。ルーカスも色々思う所があるはずなのに、僕の事をこうやって気遣ってくれるのが嬉しかった。でも、一応僕もやるべきことがある。
「ルーカスの気持ちはありがたいよ。でもそういう事ラースとか新しい子達に言わないでね」
「なんで?ラースとカーラって子はともかく他の子は分かってくれるんじゃない?」
そんな急に出てきたカーラという名前に疑問を感じていると、それを察してかルーカスが指を差した。そこには僕が姉と父親を殺してしまったブロンド髪の女の子がいた。あの子がカーラと言うらしい。
僕はそんなカーラから視線を戻してルーカスに、僕の本意を伝える。
「でも、これは僕の問題でもあるから。実際あの子の前で殺したのは事実だから、あの子に言い訳したくないの」
それに説得できたとしても、カーラの家族を失った恨みや哀しみを誰に向ければいいのかって話になる。僕が居れば恨みとか諸々の感情を向ければいいが、それがないなら空っぽになってしまうかもしれない。
「・・・・まぁフェリクスがそこまで言うなら分かったよ。でも困ったら僕にも言ってね?」
「うん、ありがとう」
ライサといい、ルーカスといい味方してくれる子がいてくれて助かった。それだけでも心の錘が少しは軽くなった気がする。
と、そんな会話をしていると、イリーナの声が聞こえた。
「サボってんじゃねぇーぞ!」
僕とルーカスはそれを聞いて、二人で見合って笑った後並んで素振りを再開した。
ーーーーーー
カーラ達が僕らの所に来てから一年弱が経とうとしていた。
その間小規模だが、ラース達といざこざはあったけど、幸いなことに大ごとにはならずにいた。でも基本ラースとエルシアとは気まずくて、なかなか気が休まる時がない。
それにカーラは特にだけど、最近は僕に直接アクションを取ってくるようになってきた。
それは、ある日僕に対する恐怖心が無くなってきたのか、突然カーラが食堂で僕を呼び止めた。
「なんでお姉ちゃんとパパ殺したの!!」
今まで溜めてきた怒りを放出するかのように、そう怒声を発していた。殆ど初めて話したそんなライサに対して僕は、いつかくると思っていたと用意していた返事をした。
「理由はないよ。僕が殺さないといけなかったってだけ」
僕はそうあえて無関心そうに言った。変に同情とかされても困るし、分かってくれって言ってもラースとエルシアは納得してくれなかったしな。
するとやはり僕の返答が気に入らなかったようで、カーラが更にまくし立ててきた。
「じゃあ仕方なく殺したって事!?ねぇ!!」
「うん、そうだよ」
だんだんとカーラの怒声に涙が混じるようになってきた。そんな姿を見ると心が痛むが、我慢しないといけない。僕は、この子の仇にならないといけない責任があるから。
そんな会話の中、エルシアが僕とカーラの間に割って入ってきた。
「ちょっと言い方ってのがあるんじゃないの!?それにさっきから言い訳ばっかしてさ、まず謝罪でしょ!?」
相当僕の態度が気に入らなかったようで、エルシアは今にも掴みかかってきそうな勢いだった。でも僕が謝っても、カーラの家族は戻ってこないし、恨みは晴れるわけがない。謝罪をする事で楽になるのは、罪悪感を清算出来る僕だけで、ライサはそうじゃないから謝罪はしない。
「黙ってないでさぁ!!」
エルシアのビンタが飛んできそうになった時、今まで黙っていたライサが叫んだ。
「エルシアちゃん!!!あの事言うよ!!!」
そんな意味の分からない言葉にエルシアは心当たりがあるのか固まった。そしてライサの追撃は続いた。
「早くフェリクスを離して。五秒以内に」
ライサがそう秒数を数えだした。
そしてそれが1になった時、エルシアは僕から手を離した。そのままエルシアは乱暴にドアを開けて部屋を出て行ってしまった。
残された僕らは沈黙した。未だに怒りが収まってないカーラ、妹の後を追いかけようと立ち上がるラース、僕に駆け寄ろうとするライサとルーカス、怯えたような目で見るカーラの村の子供二人。それぞれ別の反応を示していたが、僕は一つの事に引っ掛かていた。
あの事とはなにか。あの状態のエルシアが引くってことは相当な秘密なはず。しかもライサがそれを僕に一切言ってないのも疑問だ。
まぁまた今度聞けばいい事か。今は目の前の事に対処しないと。
「で、カーラさんはもう聞きたい事ない?」
「・・・・・・ない」
「そう、じゃあ僕も部屋出るから」
僕はそれだけ言い残して、訓練室へ向かった。後でライサとルーカスが合流してくれたから3人で。
そんな事があった一週間後。
僕は一年前と同じように馬車に揺られていた。一年前と違う所を挙げるとしたら、馬車の荷台に僕とイリーナしかいない事だろう。
「最近一段と空気悪いな」
イリーナが突然そんな事をつぶやいた。
僕はそんな言葉に自嘲気味に言った。
「思った以上に嫌われてますからね。ライサによると悪魔みたいな扱いらしいですよ僕」
「別に仇とか拘らなくてもいいんじゃないか?お前がきついだけじゃないか?」
「今更ですよ。もう関係修復は出来ないですよ」
カーラたちとは修復する関係すらないが。それに僕がカーラたちにとってこのまま仇になり続ければ、仕返しするために訓練するモチベーションになるし、あの場から無謀に逃亡する発想を消せる。だからこのままの方が良いと僕は思う。
「まぁ次の村の奴らは、別の所に預けるから安心しろ」
いったい何人の子供を、この盗賊は攫っているのだろうか。
「どれぐらい子供の人数いるんです?」
「分からん。把握しきれるような数じゃないのは確かだが」
カーラが本当に恨むなら、この盗賊の組織か棟梁になるのだろうか。そんな希望的観測が出てきたがすぐに頭の中で否定した。そんなぼんやりとした物より、僕っていう分かりやすい、直接手を下した仇がいるから無理だと。
そんな事を話している内に村が見えてきた。いや村と言うか町と言った方が良いぐらいの規模感だった。いったいいくらの子供を攫う気なんだか。
そう僕は腰にかけたショートソードに触れ、また人を殺す覚悟をした。




