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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
第一章
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第二話 はじまり

七月十七日 全体的に表現の追加と誤字修正をしました。


 夢を見ていた。

 目の前にはやけに大きいドアが立ちふさがっていた。僕はそんなドアを開けようと小さな両手で押すが、いくら力を入れてもビクともしなかった。

 そんな時誰かの手が僕の頭の上を通りドアノブを掴んだ。その大きな手は難攻不落に見えたドアを易々と開け、僕の目の前には外の世界が広がった。


 そしてそこは小さい頃から見慣れた地元の景色が広がっていた。田舎で田んぼか森しかない景色、でもそれがひどく懐かしく感じた。

 

 でもその景色へ飛び込みたく感じながらも何故かその扉を跨ぐのが怖かった。何かが変わるような、いや変わってしまうような感覚が、僕の足を引っかけていたのだ。

 

 そんな時。僕の右手を誰かが掴んだ。

 その手の主を探ろうと視線を上げるけど、その手の主がやけに身長が高くて顔は良く見えなかった。でもそれがなぜか母さんだと、僕の中では確信に近い物があった。だからその大きな手を握り返して僕はその大きな手に釣れて枯れるようにして扉の外へと足を踏み出した。


 そこから足踏みしたのが嘘みたいに足が軽かった。気付くと家の敷地から出て、すぐそこを流れる川沿いの一本道を母さんと一緒に歩いた。ちょうど春なのか桜の花びらが待っていて、なんだか入学式に行くみたいだった。

 そしてその道中僕は色々母さんに話しかけてみたけど、どうにも反応はなかった。でも僕はその事に特に違和感も覚えず、仕方ないかと周りを見渡すと母さんだけじゃなく、他の建物とか色々全て大きい事に気づいた。 


 そんな時この状況の異常さに少しだけ不安と恐怖を覚えた。でも僕のそれを察してなのか、母さんの右手が強く握ってきた。僕はそれだけであっさりと安心感を覚え母さんの方を見上げた。でもただ優しく僕に笑いかけるだけで何も話してくれない。 


 そうやって歩いている内に桜道を抜けて、今は取り壊されたはずの昔通った保育園が目の前にあった。

 僕は懐かしいなとそれに近づくと、やはりこの保育園も異様に大きく入り口の門を見上げる形になった。そんな保育園へ僕は足を踏み入れようとするけど、その時右手の感触が無くなったのに気付き足を止めた。


 どうしたのかと不安になりながら振り返っても、母さんは屈んで僕の頭を撫でるだけでは動こうとしない。

 

 僕はそんな頭を撫でる感覚に何か嫌な予感がした。

 一人でこの門をくぐってはいけない。またこの門からあの家に帰れる気がしない。だから連れて行かなきゃと思い母さんの手を引っ張ろうと手を伸ばそうとした時、母さんは僕の両肩を掴んだ。


「・・・・・・」


 何かを言ったと思う。でも母さんからは声が聞こえず口が動くだけで、聞きたいその声は僕の鼓膜には届かなかった。


 母さんは僕の体を保育園へと向け、そっと背中を押した。

 

 押されるがまま僕はふらつきながら門をくぐり保育園の敷地に入った。

 

 そしてすぐに門の入り口を振り返ろうとした瞬間、僕はどうやら夢から覚めたらしかった。

 

ーーーーー


 僕は夢から現実に戻り目を開けるはずだった。でも瞼は開いているのに周りがぼやけて色味も薄く、あまりに良く分からない状況だった。それこそ今が夢なんじゃないかと思えるほどだった。


 でもそんな時に僕が現実にいるんだと教えるように、誰かが僕の背中をさすっている感覚がした。そうしていく内に段々と五感が働き出して、多少は周りの事が把握できるようになってきた。

 

 そしてまず僕を安心させたのは人の声が聞こえてきた事だった。状況は訳が分からないけど僕は一人じゃないってだけでも気持ちの持ちようが変わる。

 だけどそこに不安があるとすれば、聞こえてくる声が聞いた事ないような言葉を喋っていた事だった。 

 その言葉が更に不安を煽るのが、全く知らない言語なはずなのに、なぜか喋っている内容が頭の中に響いてその意味が分かってしまう事だった。


「良かった呼吸は確認出来た・・・・」

 

 おそらく聞こえてくる言葉からなんとなく病院っぽい物を感じで、今僕がいるのはいつもの病室だろうか。そんな事を考えながら体を起こそうとしたけど何故か上手くいかない。それになんか体も動かしずらい気がするしで、自分の体に何が起きたんだろうか。


 そんな状況に少し頭の中が混乱し出した頃にずっと続いていた背中をさする手が止まった。何か起きるのかと警戒、混乱していると今度は僕の体を謎の浮遊感が襲った。

 

 揺られながらもなんとか落ち着こうとしている中、案外その揺れはすぐに収まった。そして近くから女の人の声が聞こえてきた。

 母さんか看護師さんかと思い一瞬安心しそうになったが、その聞いたことの無い声と頭の中に入ってくる言葉がさらに僕を混乱させた。


「よかったぁ、無事に産まれてくれて」


 さっきからそうだが、耳に入ってくる言葉は確実に知らない言葉なのになぜか意味だけが頭の中で響いてくる。言い知れない違和感から、ただただ気持ち悪い感覚に陥った。

 

 そんな身に覚えのない気持ちの悪い出来事が重なりすぎて、もう何が何だか分からないくなっている時、また違う声が聞こえてきた。


「大丈夫かニーナ?水いるか?」


 今度聞こえる音は男の声っぽい感じがした。そしてその声に反応するように先ほどの女の声が話し出した。


「大丈夫よ、落ち着いてきたし」


 その声のあとまた僕の体を浮遊感が襲った。それと同時にさっきの女の声よりもすぐそば、それも頭の上から別の声が聞こえてきた。


「奥様男の子ですよ。気を付けて抱いてくださいね」

「ありがとう、ブレンダ」


 会話的にも体を包む暖かさからも僕は今他の誰かに抱かれているのが分かった。耳からは誰かの心音が、触覚からは人肌の温かさが、ただなんとなく安心するような感覚が全身を包んだ。


「産まれてきてくれたのもうれしいけど、男の子でよかったぁ」


 さっきよりも近くから声が聞こえる。おそらく今僕を抱いている人が話しているのだろう。


「俺は女の子でもよかったけどな」

「それはそうだけどね。やっぱ私の役割を果たせたっていうか・・・・」


「・・・・そうかありがとうな。これから一緒に頑張ろうな」

「ええそうねクラウス、これから頑張りましょう」


 少し周りの状況も掴めてきて冷静になろうと努める。だが頭の中に入ってくる男と女の会話を聞いていると、なんとなく嫌な推論が頭の中をよぎってしまった。

 

 もしかして僕は死んだのか、そして生まれ変わったのかと。


 正直夢だと思いたいけどあまりに入ってくる情報が生々しすぎる。それに僕の記憶が正しければ、少し前まで病室で倒れて治療を受けていたはず。考えたくも無いがあの状況から今の状況にどうやっても繋がらない。

 もちろん今自分がパニックになって今の状況をつかめていないだけかもしれない。でもなぜか確信に近いもので、僕が望んでいるような結末ではないんだろうなと肌で感じる。

 

 でもそんなわけないとなんとかそれを否定する否定したい言葉が頭の中に飛び交う。


 だけどそうやって取り繕ってもなぜか、なぜか、涙が出てきた。

 夢のせいかもしれない。

 この異様な状況のせいかもしれない。

 ただもう父さんと母さん友達に会えない気がしていた。


 するとそんな泣いてる僕をあやすような声が頭上から聞こえてきた。それがまるで現実を認めるように言い聞かせられてるような気がして余計に僕の心を苦しめた。

 

 それからどれぐらい泣いたか分からない。そして気付くと僕はいつの間にか、再び夢の世界へと戻って行ってしまった。


ーーーーーー

 

 そして次目が覚めるとおそらくベットの上で起きた。

 僕はやっぱりさっきのは夢でいつもみたいに看護師さんがカーテンを開けにきたのかと。そう喜びを感じながら意識をはっきりさせたが、それもどうやらぬか喜びらしかった。


 周りを目で精いっぱい見渡すと、少しだけ明るい空間の中に二つの人影が僕に覆いかぶさった。

 

「フェリクス~起きたの~?」

「お、やっと起きたな、やっぱかわいいなぁ」

 

 さっき聞こえてきた知らない若い女と男の声がする。


「とりあえずお乳飲ませたりするのか?」


 男の声が何か言っている。聴覚だけではほとんど状況がつかめず困惑していると、昨日聞こえたもう一人の女の声が聞こえた。

 今改めて聞くとどうやらおばあちゃんっぽい感じの声だった。


「まぁそうですね。奥様の体調次第ですが」

「俺も手伝おうか?」

「私と奥様で何とかなるので大丈夫です」

「そうか・・・・」


 出来るだけ会話内容を考えないようにしても、耳に入ってくる以上嫌でも頭の中に響く。こういった会話を聞いていると、これが現実だと迫られているようで嫌になる。

 それもどんどんと昨日の嫌な推論が当たってる気がしてならなくなっていくようで。

 

「ま、まぁとりあえずあなたは仕事行ってください」

「おう・・・行ってくる」


 一人分の足音が遠ざかって、キィっとドアを開く音がした。

 その後色々あったが、やけにすぐ眠くなってしまい気づいたら寝てしまっていた。


ーーーーーー


 再び目が覚めると部屋にはもう誰もいなかった。

 ぼんやり見える部屋はまだ明るいような気がするから、おそらくまだ昼ぐらいなのだろう。


 色々ありすぎて混乱していたがやっと落ち着ける時間が出来た。

 でも落ち着いたせいなのか、思考から外そうとしていたあの推論が頭によぎる。

 もはや推論というより現実だと心のどこかでは分かってはいるが、どうしても認めたくない自分がいる。

 

 それにもし仮にそうだとしても、僕はこれからどうするべきなのかという疑問が出てくる。

 本当に僕は一度死んでまた人生をやり直したのか。所謂転生という奴をしたのだとすれば。今日聞こえた若い女と男の夫婦の人達からしたら、僕は本当の子供ではない。

 それはあの人達の普通の子育てと家族を奪ってしまう事他ならない。それにもし僕の正体を打ち明けたとしても、赤ん坊の中身が全く知らない男だったと知ったなら気持ち悪い事この上ないだろう。僕も同じ立場だったなら、子供を愛せるか全く自身が無い。

 でも逆に打ち明けずに自分の事を隠してあの夫婦の子供を演じようとしたとしても、赤ん坊や幼少期の子の演技なんてできるわけない。それにそれは不誠実で騙す事に他ならない。


 この家ではただ僕という魂の存在が邪魔になっているのだ。他人に転生するって事は、それは産まれてくるはずだった命の席を奪った可能性だってあるんだ。本来この体に入るはずだった本当の魂を、僕が蹴りだしてしまったのかもしれない。


 ならば神様は何故僕を転生させて何を求めてるんだろうか。

 

 そもそも転生するにしても記憶なんて残さないでほしかった。前世の家族や友人を忘れて新しい人生を歩もう!なんてそうそうなるわけがない。それともあれか?ただ転生させれば喜ぶとでも思ってるのか。そうだとすると心底舐められている様で腹が立つ。

 

 そうやって行き場のない怒りをいるかも分からない神にぶつけていると、コツコツと足音が近づいてきた。 

 

「・・・あら、起きていたのですか」


 ドアが開くと同時に女の人の声が聞こえてきた。おそらくブレンダとか言われてた老婆だったはず。

 

 突然の来訪者に僕は静かに様子を伺っていると、その足音がまた少し遠ざかった。

 そして少しするとガタッという音とともに風が顔に当たる。おそらく窓でも開けたのだろう。


「・・・・・・・ふぅ」


 それからしばらくはブレンダは喋らずにただ黙っていた。僕もこれ以上考え事したらパンクしそうだったから、ただ風を感じてジッと天井らしき物を眺めた。

 

 そして十分ぐらいだろうか、再びガタッという音がすると風が止まった。

 それからコツコツと足音が近づいてきて、僕のぼんやりとした視界でも分かるぐらいに大きな人影が見えた。なんとなくこちらを覗いているような影は、声からのイメージよりガタイが大きい気がした。


「・・・・こんな私が子育てですか」


 ぼそっとそんなことを言っていた。でもそれ以上何か喋ることは無く、ただそれだけを残して部屋から出て行ってしまった。

 今の人は昨日の感じからしてお手伝いさんとか、ベビーシッターとかの人だろうか。

 

 ・・・・それにしてもこの意味だけか頭の中で分かる感覚が気持ち悪い。それに意味が分かってもこの国の言葉話せないと、この先どうにもならないけどどうしよう。そもそもこんな僕をこの体の家族が受け入れてくれるはずも無いし。僕はどうやって生きていけばいいのだろうか。


 一人で考える時間が出来るほど、嫌なほど悪い考えがあふれ出てくる。

 

 ・・・・・いいや寝よう。

 

 もう考えるの疲れた。僕は無理やりシャットダウンさせるかのように目を瞑ったのだった。

 

ーーーーーー

 

 生まれ変わってから季節が一周した。ここ一ヶ月ぐらいで起床している時間が増えてきてそれに伴って得られる情報も増えてきた。

 どうやら僕の名前はフェリクスというらしく、恐らくそれなりに裕福そうな家庭に生まれたんだと思う。身体的には半年経ったぐらいから視界が割と鮮明に見えるようになってきたお陰で、僕のいる二階に位置する部屋から僕はそう判断していた。

 

 そしてその視線はというと今僕を抱えている男に向けられていた。

 

「お、やっと起きたか~、おなかすいてないか~」


 目の前の男はクラウスというらしくこの赤ん坊の父親だ。黒髪と茶髪の間ぐらいな感じの髪色で東欧系っぽい感じの顔立ちだ。人の良さそうな笑い方をする人だ。

 

「ちょっとちゃんと首ささえてよ。危ないでしょ!」


 僕の背中側からは女の人の声がする。今の声の人がニーナって呼ばれていてこっちが母親だ。

 なんかイメージ通りの欧州の人って感じで、ブロンドの綺麗な髪をしている。多分ここが日本では無いんだろうなってのは分かる。

 

「ん?こ、こうか?」


 そんな僕を置いて色々もぞもぞと抱き方を変えているっぽいが、案外このクラウスという人は不器用な人なのかもしれない。

 

「もっと体を密着させてください。腕に座らせるような感じです」

 

 それを見かねたのか、お手伝いさん?のブレンダって言う人が助言する声が聞こえた。この人も声の通りおばあちゃんだったけど、やっぱりガタイが少し大きくてびっくりした。

 そしてそのブレンダって人とニーナさんが会話する声が視線の先から聞こえてきた。


「それにしてもフェリクスは泣かないわね。大丈夫なの?」


 そう僕の顔を覗きながらニーナさんがブレンダさんに話しかける。


「まぁあまり泣かない子もいますし、心配するほどの事では」


 確かに夜泣きとかはしてないし、そもそも昼も泣かないというか泣けない。赤ちゃんは泣くのが仕事とはいうけど、僕は別に赤ちゃんでもないただの成人男性だしな。そう考えると本当にこの両親には申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

 そしてそれからもなんか色々二人で育児について話してるようだった。やっぱりブレンダって人はお手伝いというよりベビーシッター的な役回りなんだろう。

 そうやってなんとなく二人の会話を聞いていると、話に混じれてなかったのかクラウスさんが僕に向かって変顔をしてきた。


 ・・・・・僕はどう反応したらいいのだろうか。おそらくいないいないばあ的なノリだと思うんだけど。どう反応するのが正解だろうか、そう悩むうちにクラウスさんの変顔が段々と歪んでいった。


「・・・・あれっ無反応」


 こういう時って笑うのが普通なのだろうか。そう子育ての経験とかないから何も分からず反応に困っていた。そんな赤ん坊としての正常な反応が出来ない自分が、ひどく悪いことをしてる気にもすらなってきた。

 せっかくのこの人たちの子育ての思い出を壊してしまっているようで心が苦しくなる。


「何してるのあなた」


 この状況どうしようかと反応に困っていると、背中からあきれたようなニーナさんの声が聞こえてきた。


「いやちょっと喜ぶかなって・・・」

「・・・はぁ。とりあえずおしめ変えるからフェリクスこっちに預けて」


 そう深くため息を吐いたニーナさんにベビーベット?みたいなものに寝ころばされておしめを変えられていた。正直いつになってもこの恥ずかしさから慣れない。


 そして何も考えないよう心を無になっている内におしめが変え終わり、三人とも部屋を出て行ってしまった。

 そんな静かになった部屋の中特にやることもないし、いつもみたいに考え事すると心が苦しくなるから、僕はただボーっとしていた。そうやっている内にだんだんウトウトし出していると、また部屋のドアが開いた。


 どうやらまた使用人のブレンダさんがまた戻ってきたようだった。

 そんなブレンダさんへと視線をやると、コツコツと窓際に向かい窓を開け椅子に座って外を眺めていた。いつもこうやって昼過ぎには、特に何かするわけでもなくただそこにいる。今日はそれが少し早くなっただけなのだろう。 


 ただそんなブレンダさんを眺めていると、あちらも僕の視線に気付いたのかふと目が合った。するとそのまま椅子を立ちベビーベットの近くまで来て、僕を抱き上げてぼそっとつぶやいた。


「ほんとにこの子は泣きませんねぇ」


 だいぶ困り顔をさせてしまっていた。やはり子守をする側からしたら不安なのだろうか。

 でもいつまでたっても泣き方とか分からないしで、多分生まれたとき以来泣いてないかもしれない。それに自分が赤ちゃんの真似事をするのが、この人達を騙す事のように感じてしまうのもある。


「あの時はもっと大変だったんですが・・・・・・」


 お手伝いとして来てるっぽいから子育ての経験はあるのは当たり前だけど、なんとなくブレンダさんの口ぶりが寂しそうな感じがした。

 でもその後はブレンダさんは何も喋らず、そのまま僕を抱いてから数分が経つと、僕をベビーベットに戻して部屋から出ていった。


 そうして変わり映えのしない時間を過ごして僕の一日が終わった。


ーーーーーー


 こっちの世界に来てから季節が2週と少し回った。

 相変わらず部屋から出してもらえず、僕の世界は変わらずこの部屋と窓から見える空だけだ。

 でも進捗もあり僕自身は最近言葉を覚えてきた。話の内容が分かるお陰で単語だけなら、覚えやすくてだいぶ喋れるようになったと思う。

 

 でもまだ積まれた問題がある。そう思い窓際に目をやるとニーナさんとブレンダさんが話し込んでいた。

 

「ねぇブレンダ。もう2歳をすぎたけど、まだ喋れないのって遅くない?大丈夫なの?」


 するとブレンダさんは顎に手をやり僕を見ながら少し考えた後話し出した。


「・・・遅い事には遅いですけど。心配しなくてもその内喋りますよ」

「・・・・・そう、ならいいけど」


 ニーナさんの顔からも心配そうな表情が見える。こうやって心配させたくはないが、僕自身いつ話し出せばいいか分からないでいた。夜中にひっそり喋る練習をしてるが、恥ずかしさと何を喋ればいいか分からなくて、なかなか踏み出せないでいる。

 それに自分の声じゃない声が自分の声帯から出ているのが、異様に気持ち悪くて喋りたくないのも本音だった。


「そう心配しすぎないでください。きっとフェリクス様は立派に育たれますよ」


 ブレンダさんが慰めるようにニーナさんの肩に手をやりながら励ましている。その心配の原因が僕にあるからかその光景を直視する事ができなかった。

 

 それからも二人が色々話してる中僕は考えていた。

 流石にもう心配はかけれないから、いい加減何かしら言葉を発そうと。今まで分からない怖いで逃げてきたけど、流石にこの人たち心配を掛けたくない。今僕が何をすればいいか決まっていないけど、やれる事はやるべきなのかもしれない。

 

 そうして決意を固めたは良いものの、二人の会話のタイミングを計っては喋れずを繰り返しながら、ただ時間が過ぎていった。

 

「そういえば最近ディルク様のとこに来た子の事知ってますか?」

「あぁ確か孤児の子だったかしら?」

「えぇフェリクス様と同い年ですし良い友人になるといいですよね」


 少しそれてた会話がフェリクスに話題が戻ってきて、二人の視線が僕に集まった今がタイミングだと思い声を発する。


「・・・ぁっ・・ぶれんだ」


 とっさに他人の親をママと呼ぶのは気が引けて、ブレンダさんの名前が先に出てしまった。それすら自分に気色悪さを感じてしまい、胸がキュっとなっていた。

 でもそれはそれでなんとか声が出てホッとしていると、ニーナさんが嬉しそうにパァっと笑顔になると勢いそのまま抱きかかえてきた。


「ねぇ!!今喋ったよね!?ブレンダって!ねぇ!?」

「え、えぇそうですね。おめでとうございます」


 かなり嬉しそうで見るからにテンションが上がってるのが分かる。対照的にブレンダさんはちょっと困惑気味だ。主人より先に自分の名前を呼ばれるのは気まずいとかそんなところだろうか。


「ねぇ、ママって呼んでみて!マ・マって!」


 抱っこされてるせいで、かなりの至近距離でそんなこと言われ少し動揺してしまう。体としては血が繋がっていても、僕の自認では知らない他人の人だから当たり前の感覚だと思うが。


「ねっ!ママって!フェリクス!」


 顔にニーナさんのブロンドのきれいな髪がかかってくる。それをこそばゆく感じながらも、ここまで来てやらないのは中途半端だと思い口を開く。


 「・・・まぁま」


 そういった瞬間僕を抱く腕の力が強くなった。


 「そうそう!もう一回言って!ママって!」


 だいぶ恥ずかしかったけど、喜んでもらえたみたいでよかった。ここまで人が喜んでくれるとなんだかこっちもうれしくなる。

 そいてこの後も似たような問答が続いて、クラウスさんが帰ってきてからも同じようなことをさせられて、体力的にも精神的にも正直かなり疲れた。


 そんなことがあった日の夜、昼とは打って変わり部屋がシンと静かになった。車の音も飛行機の音も何も聞こえない。今夜空を見上げれたらさぞ綺麗に星が見えるのだろうな。


 そんな静寂の中ふとこんなことを考えてしまった。

 

 今日の僕の行動は正しかったのかと。


 このフェリクスという赤ん坊の中身は別人で偽物だ。そいつが演じた結果両親は喜ばせれはしたが、それは騙していることにならないのかと。

 実際この家族のためには、あーするのが正解なのは分かっているが、それでも小骨が引っかかったように気になってしまう。

 僕はどこまで言っても偽物で、あの二人にとってはただの別人。見た目だけ盗んで演じている状況に違いはない。

 そうやって考えていると僕の居場所がこの世界に無いように感じてしまう。

 

 ただ解決しようのない罪悪感で覆いつくされてしまっていた。

 

 僕はいつまでも病室の中にいるらしかった。

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