第二十六話 主人公失格
六月十一日 誤字修正
僕は腰から抜いた剣を、目の前の男の首に向けた。
その男は座らされているからか、下を向いているから顔が見えなかった。多分顔が見えたら剣を向けることすら出来なかったかもしれない。
でも僕にはそれが限界で、それ以上剣を握る力を強くする事が出来なかった。
「早くやれよ~」
後ろでロルフがそう僕をせかしてくる。早くやらなければと思うが、やっぱり手が震えてまともに力が入らない。
そうやって僕がなかなか動けないでいると、剣を向けている男が喋り出した。
「・・・・いいよ。恨んだりしないから」
チラりとその男の首が動き眼が見えた。いや見えてしまった。僕にはその眼がひどく脳裏に残って、余計に剣を握る力が弱まってしまった。
「・・・・すみません」
僕は罪悪感からなのか、今から殺さないといけない相手にそう言ってしまった。でもその当人の男の人は少し笑っていた。
「ちょうどうちの子も君と同じぐらいの年齢なんだ。仲よくしてやってくれ」
その男が視線を向けた先には、この男の人と同じブロンドの髪の二人の抱き合っている女の子がいた。
「うちの自慢の娘たちだよ。君は優しそうだし頼んでも良いかな?」
この言葉から、明らかにこの人は生きることを諦めているのが分かった。
なんで大事な娘を、こんな良く分からないガキに任せようと思えるんだ。もっとあがいて子供のために生きようとしてくれよ。その幕引きを僕にさせないでくれよ。
そう目の前の男に僕は理不尽な怒りを覚えてししまった。
だがそんな僕を置いて、その男はまだ言葉を続けようとした。
「・・・だったらさ、例えばあの、、、、」
そう言い切る前に、僕の横を誰かが横切った。
「いつまで喋ってんだ?早くしろって言ったよなァ?」
するとそこには僕の顔を覗き込むようにして、ロルフがそこには立っていた。しかも目の前の男の頭を踏みつけながら。
そんなロルフ相手に、僕は過呼吸になりそうなのを抑えて何とか声を絞り出した。
「・・・・分かりました。やるので離れてください」
「次はねェからな」
以外にもロルフは、そう言ってあっさりと引き下がってくれた。
でもだからと言って、僕に安心していられるような時間はもうない。今この人を殺さないとロルフが何をするか分からない。そう僕は無理やり剣を強く握った。
「・・・こんなお願いしちゃってごめんね」
そんな目の前の男の言葉と共に僕は剣を振り上げた。
「・・・頼んだよ」
「・・・・・・はい」
僕はぐちゃぐちゃになりそうな感情を全部押し込めて、剣を振り下ろした。
だが、所詮は子供の力。僕の剣は中途半端に刺食い込むだけで、半分も首を落とすことが出来なかった。
そのせいで目の前の男は、血を吐いて苦しそうに呻き声をあげていた。それに周りではこの人の娘達のであろう泣きわめく声も聞こえてくる。
でもそんな中一際大きく聞こえたのは、品の無い男の声だった。
「まだ落とせてねェーぞ~。早く楽にしてやれよ~」
目の前の男から血がが僕に飛び散っていた。
そんな光景に僕は遠くなりそうな意識を引き留めて、半ば錯乱しながらまた剣を振り下ろした。
「あ、っあ、あああああああああ!!!早く死ねェええええええ!!!!」
目の前の男が苦しむ姿を、それ見て泣く子供を、それをもう見たくない、その一心で何度も何度も何度も剣を振り下ろした。
そうやって僕はどれぐらい剣を振り下ろしただろうか。気付くと目の前には首はなく、ただ僕は地面に剣を何度も叩きつけていた。
そして全身に付いたべっとりと染みついた返り血の感覚だけが残った。それで、僕はやりきったと力が抜けそうになった時、誰かに肩を叩かれた。
振り返るとそこにはイリーナが立っていた。
「おい、大丈夫か?」
イリーナはそう心配そうに屈んで、僕の顔に付いた血を拭いてくれていた。だがその後ろからはロルフがまた嫌な笑みをしながら近づいてくるのが見えた。
「おいイリーナ。まだ終わってねェから邪魔すんな」
そんな言葉に僕がまた絶望を覚えていると、目の前のイリーナが立ち上がった。
「もういいだろ。元々ここまでやる予定じゃなかっただろ」
「あん?どうせいつかするんだから良いだろ。なんか文句あんのか?」
「だとしてもこれはやりすぎだろ!」
イリーナとロルフが目の前で喧嘩を始めてしまった。
そんな喧嘩がヒートップしていくにつれ、ロルフの顔が段々と不機嫌な顔になっていってしまった。そうしてとうとうロルフが剣を抜く仕草を見せた。
「お前棟梁のオキニだからってあんま調子乗んなよ」
それに対してイリーナも腰のナイフに手をかけて、僕を守るように間に立った。
「ちょっと下がってろ」
戦闘態勢になったイリーナがそう言うが、僕はイリーナの手を払いのけて前に出た。
僕はここまでやった以上、中途半端に辞めずやり切ったほうが良い。それにここでイリーナが殺されでもしたら、僕らとライサがどうなるか分からない。だから今僕が頑張れば被害は少なく済む。そう考えての行動だった。
僕のそんな姿に機嫌を戻したのか、ロルフが嫌な笑みを浮かべてイリーナに言った。
「ガキはやる気満々だぜ?」
「・・・・ッチ、おいフェリクス」
イリーナが僕の肩に手を置いた。
「無理すんなよ」
それだけ言ってイリーナは、広場の端の方にいるラース達の方に行ってしまった。
そうしてまた広場の中心には、僕とロルフと捕まった大人たちだけになった。ラース達の姿が視界の端に見えだが、人を殺した僕の事をどんな表情で見ているのかが、怖くて視線を向けることが出来なかった。
そしてすぐにロルフが指差したのは、さっき僕が殺した男の人の娘だった。それがなんだと思っていると、想定される中で一番最悪の命令が聞こえてきた。
「じゃ!次お前に殺してもらうのはあいつだ!」
そしてロルフの指示通りすぐに他の盗賊が、二人いる内の姉の方であろう女の子を連れてきた。
「さっき父親は殺したんだから、こいつも行けるよな?」
そう言いロルフは、受け取った女の子の頭を掴んだ。その子の顔はひどく怯えていたし、僕と目が合うと余計に泣き出してしまっていた。
すると僕らの方に駆け寄ってくる小さな人影が見えた。
「お姉ちゃん!!」
そう泣きながらも必死に走ってきていた。だがすぐにその女の子も盗賊に抑えられてしまい、それ以上僕らに近づく事が出来ていなかった。
でもそれでも、姉の事を守ろうと叫び続けている姿に、僕も少し勇気を貰ってなんとか気合を入れなおした。だからこの子を殺さなくても良い様必死に思考を張り巡らせた。
「あの、子供が目的なら殺す必要はないんじゃないですか?」
僕が回らない頭で考えてそう言うと、ロルフはひとしきり笑った後。
「あのなァ。こいつ魔力ねェんだ。だからどうせ変態貴族に売られるか、殺すかの二択なわけ」
「な、なら!殺す必要はないじゃないですか!!とりあえず生かしましょうよ!!!」
そうだ生きれる道があるなら生かさないと。この子の父親にも頼まれてるんだ、せめてもの贖罪として僕がこの子が生きれるよう頑張らないと。
「い~や無理だね。おめェがそこまで嫌がった時点で、俺が殺したくなったからな」
つまり僕に嫌がらせしたいしたいってだけなのか。そんな理由で関係ない女の子を一人殺しても心は痛まないのか。なんで僕にそんな執着するんだよこいつは・・・・。
「・・・なんで、そんな僕にこだわるんですか」
「そりゃあ、おめェがあんな俺を煽ったからに決まってんだろ」
確かに昔煽るような事を言った気はするが、ここまで恨むほどのじゃなかったはずだ。それにだからと言ってこの子や親を殺して良い理由になるはずがない。
「・・嫌ですよ。殺しませんからね」
僕がそう勇気をもって言うが、それもすぐ打ち砕かれた。
「じゃあお前は俺が犯してから、じっくり殺すが良いって言うのか?」
詰んだ。それだけは分かった。こいつは僕に逃げ道を作る気はさらさらないらしい。僕が人を殺すことはこいつの中では確定しているんだ。
なんでこの子の親に頼まれたばっかりなのに、僕がこの手で殺さないといけないのか。それも父さんから、人を守るためにもらったこのショートソードで。
しかもあの妹はどうなる。目の前で親と姉を殺されたら、普通に生きていけるのか?それを僕が責任とれるのか?いやいや僕が殺してしまったのにそんな事・・・・。
「俺待つの嫌いって何回言えば分かるか?」
まただ。僕には考える時間が残されていない。そう僕は半ば投げやりになって剣を構えようとしたら、ラースの声が聞こえた。
「おい!!フェリクス!!!やめろ!!!!」
その声の方を向くと、ラースが剣を抜いてこっちに走ってきていた。そんな姿に僕も一瞬剣を構えるのをやめかけたが、すぐにラースは盗賊達に抑えられてしまっていた。
「ッチ、あのガキ相変わらずうるせェな」
誰がどうやっても、僕にこの状況を抜け出すチャンスは与えてくれなかった。ただこの現実を受け入れろと世界にそう言われているような気すらしてきた。
「ほら、じゃあ早く殺せよ」
ロルフから、掴まれていた女の子を投げるように渡された。だがその子は腰が抜けたのか、身長は僕より少し大きいはずなのに、僕が抱えるような状況になってしまった。
そこで一瞬頭の中が真っ白になって固まっていると、ロルフがラースを見ながらせかすように言った。
「は~ら。今度はあのガキが死ぬぞ~」
僕にとってそれは、脅しではなく確実にこいつならやりかねないという確信があった。それにもうこれ以上悩むのは嫌になってきた。だからどうにでもなれと剣を抱える女の子の首に当てた。
「フェリクス!!!!!殺すな!!!!」
その声に顔を上げると今度はエルシアが叫んでいた。だが近くの盗賊がそれを抑えに向かうのが見えていた。
「次から次に鬱陶しいな。ほんとに一人ぐらい殺しちまうか」
だが、エルシアは盗賊たちに抑えられながらも叫び続けていた。
「殺したら絶対許さないから!!!!!一生恨むから!!!!!!!」
そんな事を盗賊たちに口を押えられるまで叫んでいた。
ラースとエルシアは僕が今抱いている子を守ろうとしていたのに、僕はあきらめて殺そうとしている。
そう思うとひどく自分が情けなく感じてきた。
なんだかんだ異世界に転生して、魔法の才能があってチヤホヤされてどこか主人公気取りになっていたけど、今の僕は全く主人公じゃない。ラース達の方がよっぽど正義の主人公だ。
あの二人があんなに頑張っているんだから、僕が諦めてやけになってどうする。僕よりもよっぽど小さい子達があんな勇気を振り絞ってるんだから、僕が応えないでどうするんだ。
そう僕はそう消えかけた勇気を取り戻して、剣を再び仕舞おうとした。
だがその時ロルフがまた一歩近づいてきた。
「なァにやってんだ?俺は全員殺してもいいんだぞ?」
ロルフの真っ赤な眼が、僕の眼前にあった。僕はその眼にさっきまでの勇気が一瞬で吸われてしまったように、剣を仕舞う手が止まった。
でもそのせいか、剣を突きつけられた女の子が金切り声を上げて泣き出してしまった。
「いや!!いやあ!!いやだ!!!!ママ!!!!パパ!!!!!!」
僕の腕の中で暴れ出して、僕にまとわりついた血がこの子にべっとりとついてしまっていた。そんな女の子をロルフはしたうちとともに、躊躇いもなく僕もろとも蹴り飛ばしてきた。
「やっぱガキって嫌いだわ。早くそいつ殺せ」
僕は立ち上がって、女の子の様子を確認するが過呼吸になって危なそうに見えた。でもそんな女の子を気遣う余裕は僕には無く、ロルフの眼に怯えて再び剣を握ろうとした。
だが、血で滑るのか力が入らないだけなのか、上手く剣を握ることが出来なかった。
そうしている内にもロルフがゆっくりとカウントダウンが始めてしまった。
「さ~ん」
ロルフは僕から背を向けて、ラースが押さえつけられている方に歩いて行くのが見えた。
「に~い」
そしてラースの傍まで行くと、次は剣を振り上げた
「い~ち」
その時僕は叫んだ。
「やりますから!やるから!ラース達には手出すな!!」
僕はその時やっと剣を握ることができた。ガタガタと震える手を無理やり押さえつけるように、力いっぱい剣の柄を握った。
「じゃあ早くしてくんねェか。もうこの流れ飽きてきたんだわ」
首に剣を当てられた目の前の女の子が、ひどく怯えた顔で僕を見ていた。この子の目には僕がどう見えているのだろうか。
いやもうそれも関係ないか。今から僕はこの子を殺さなければいけないんだから。
結局僕は主人公でも何でもないんだよ。ただの一般人で、正義を貫けるほどの強さも意思もない平凡な人間なんだ。
そうして僕は剣を再び女の子の首を落とそうと力を込めた。
周りでは色んな人の叫び声が聞こえた気がしたが、段々とそれが遠くなって何も声が聞こえなくなった。
今僕の耳には、ただ僕の荒くなった呼吸と、震える剣のカタカタとした音だけが響いていた。
そして僕は剣を振り上げた。
声にもならないような叫び声を上げて、首を目掛けて振り下ろした。
父親と同じように何度も何度も振り下ろした。
そうして目の前の女の子の泣き声が消え、代わりに妹の泣き声が聞こえてきた時、僕は意識を失った。
結局僕は主人公にはなれなかった。




