第二十五話 選択肢
カタカタと馬車の車輪が回る音が聞こえる。そんな音だけの中、視界は何も見えない中僕らは、馬車に揺られだして30分ほど経とうとしていた。
するとそんな時イリーナの声が聞こえてきた。
「おい、目隠し外していいぞ」
イリーナのその声で、僕らはきつく縛られた目隠しを外した。
そして目を開いて数秒の間の眩しさの後、だんだんと慣れてきた目には木々が生い茂る森が見えた。僕らは4年ぶりに外に出れたのだ。
そうして僕は明るくなった視界を右隣に座る金髪の男の子に向けた。
「ラース大丈夫そう?」
「・・・おう。ちょっと酔っただけ」
そう口を押えて体調を悪そうにしているラースは、この四年で大分身長が伸びた。もう160はありそうだから、多分将来的にはかなりスタイル良くなりそうだと思う。
そんな事を考えながら、ラースの背中をさすっていると奥からエルシアの声が聞こえた。
「兄さん、吐くなら外にしてよ」
そう冷たく言うエルシアも身長が兄と同じぐらい伸びていた。やっぱり遺伝なのだろうか、お互い成長が早い。僕も成長期は成長期なんだけど、エルシアに身長負けてるしなんか恥ずかしい。ここにはいないけどルーカスと身長がほとんど一緒だから良いけどさ・・・。
そんな事を思っていると、段々ラースの顔が青くなっていった。
「あ、ちょっとまずいかも・・・」
ラースの頬が膨らんでいき、その銃口が僕に向けられようとしていた。
「え、ちょっと待って!こっちに顔向けんなって!」
慌てて僕は向かいのイリーナの席に避難した。そうするとすぐにさっきまで僕がいた所に、今日の朝食がぶちまけられた。
「あーあ。やっちまったな」
イリーナはそう言うだけで、ニヤニヤ笑って何もしようとしなかった。
僕は拭くための布を探しながらそんなイリーナに抗議した。
「笑ってないで、一回馬車止めるなり何とかしてくださいよ!」
僕がそう言うとイリーナは後ろの馬車の隊列を指差して言った。
「後ろにも馬車いるんだから無理だな。臭いから早く拭けよ~」
そんなイリーナの放任っぷりに辟易しながら、僕はエルシアと一緒にラースの後始末をした。やっと外に出れたと思ったら、なんでいきなり、こんな事させられなければいけないのかと不満だった。
そう不満に思いつつ処理をしている間も馬車は止まることなく、西の空が赤くなるまで車輪の音が続いていた。
そうしてしばらくすると馬車は川沿いの開けた所に泊まった。どうやらここで野宿をするらしい。
僕は馬車が止まったタイミングで、まだ顔が青いラースに手を貸して馬車を下りた。
「おれちょっとまた吐いてくる・・・」
「ついて行こうか?」
「いや、大丈夫。すまんな」
そうラースは川に向かって歩いていった。今回行きだけでも1週間ぐらいかかるらしいけど、ラースの体持つのだろうか。
そんな不安を知ってか知らずか、僕の右肩を叩く人物が現れた。
「よ!フェリクス君!ラース君大丈夫そう?」
その声に振り返ると、相変わらず首が痛くなるような身長の金髪ノッポ男が立っていた。僕はそんな男を睨んで言った。
「なんですかブラッツさん」
「そんな冷たくしないでよ~。エルム村からの仲じゃん」
この目の前の男はこうやって、人のトラウマに土足で踏み込むような事を軽々と言ってくる。
それに以前聞いた話だとこいつがエルム村に目を付けなければ、僕らは襲われなかったらしいじゃないか。僕らの今の現状を作った張本人の癖に、軽々しい態度で話しかけてくるから本当にこいつが嫌いだ。
僕が黙って返事をせずにいると、ブラッツが遠くに視線をやった。その先には野営の設営を指揮している赤髪男がいた。
「ま、いいや。ロルフにはそういう態度すんなよ?あいつホントに殺りかねないからなぁ」
そうブラッツの視線の先には、赤髪男ことロルフが居た。あいつの顔を久々に見たが、相変わらず野蛮って言葉が似合いそうな奴だった。
そんなロルフが、僕に気づいたらしくニヤニヤした顔で近づいてきた。
「よォー久しぶりだなクソガキ」
「・・・・はい、お久しぶりです」
こいつ相手に悪態の一つでもつきたかったが、流石に殴られたくないので何とか我慢した。ブラッツもブラッツだけど、こいつが盗賊連中だと一番嫌いかもしれない。
それにラースは特にロルフと会わせたらまずそうだなって思った矢先、タイミング悪くラースが戻ってきてしまった。
それを見てロルフが嫌な笑みをしてラースに近寄って行った。
「お前あのうるさかったガキか!お前の親死に際の話聞くか!?あれホントに無様で面白かったぜ!」
僕はその言葉に文字通り絶句した。唐突にこんな事を言える神経が意味不明だし、どんな人生を送ったら人の死にざまを笑い話に出来るのだろうか。
そう僕もかなり不快感を覚えたが、それよりもラースだ。こんな事言われたらいくら成長したとは言え、ラースも流石に我慢出来ないのではないか。
そう心配したが、どうやら僕の心配は杞憂に終わったらしい。
「・・・・いえ、大丈夫です」
強く握っている拳と顔の表情から、怒りがありありとにじみ出ているが、言葉上ではそう我慢して答えていた。
そんな思ったような反応しないラースにロルフは少し動揺したようで、それ以上煽るような言葉を続けることはなかった。
そんな微妙な空気の中ブラッツが、他の盗賊たちの方を指差して言った。
「ま、まあ。あっ!ロルフ!あいつら呼んでるぞ!」
「ン?アァ。ッチめんどくせェな」
そうして、ブラッツがロルフを連れて一緒にどこかへ行ってしまった。僕らもこれ以上他の盗賊のいる所にいたくなかったので、馬車の中に戻ることにした。
戻った馬車の中は誰も居なくて僕とラースだけだった。するとラースが、突然馬車の床部分を握りしめていた拳で叩いた。
「あいつは絶対殺す!!」
我慢していた怒りの分力がこもっていたのか、ラースの叩きつけられた拳から血が流れていた。
まぁあんな事言われればそうなるよな。あの場でこの拳が出なかっただけ偉い方だと思う。でもそうやって自分を傷つけちゃいけないと、ラースの手を取った。
「ラース。治癒魔法かけるから大人しくしてね」
僕はそう言ってブレンダさんから教わった治癒魔法をかけた。近くで傷を見たら分かったが、相当強く叩きつけたらしい。
でも怒りは分かるけど自分の体をこんな傷つけたらだめだ。そう思い僕はラースの眼を見て言った。
「あんな奴の為にラースが傷ついたらダメだよ。相手するだけ無駄だよ」
「・・・おう、そうだな。ちょっと冷静にならないとだな」
こういう所を見ると、この4年でラースも成長しているのが分かる。普通12歳って言ったら小学6年生だしな。そう考えるとラースも大分大人になった、いや大人にならざる負えなかったのか。
と、そうこうしている内にエルシアとイリーナも馬車に戻ってきた。
「お前ら飯だぞーって、何やってんだ」
そう馬車の中を覗くイリーナに聞かれ、さっきのロルフの件は言わない方が良いかと思い、適当に言い訳を考えた。
「えーっと、ラースが角にぶつけちゃって」
「そうか、飯だから早く来いよ」
大して興味なかったのか、それだけ言い残してイリーナ達はまた外に出てしまった。
僕とラースも治癒魔法をかけ終わると、それを追いかけて馬車の外に出た。
それが四年ぶりに外に出て一日目の話だった。
ーーーーーーー
馬車に揺られる事一週間が経った。どうやらもうそろそろ到着らしく、イリーナから改めて今回の旅の説明をされた。
「分かりやすく言うと、お前らの村を襲っただろ?あれと同じことをする」
イリーナがそう言うとラースはやはり嫌そうな顔をしていた。
僕も嫌な気持ちにはなったが、少し気になった事があったので聞いてみることにした。
「ということは、僕らと同じように魔法の使える子を攫うんですか?」
「んまぁそうだな。人数は少ないが魔力量が多い奴がいるって話だな」
どこからそういう情報が洩れているんだろうか。やっぱり教会とかあのあたりなのだろうか。
そう思っていると、イリーナが言葉を続けた。
「ま、今回お前らは見学だから気にすんな」
そうは言うがそれは今回だけで、いつか僕らもロルフ達のように人を殺さないといけないのだろう。
そう思うと腰に掛けてあるショートソードが重く感じた。父さんが誕生日にくれた大事な形見。これで無実の人を殺さなければいけない日が来るのだろうか。
すると、イリーナの説明が終わった所でずっと黙っていたラースが口を開いた。
「なあイリーナ」
「ん?なんだ?」
ラースの様子を見ても怒っているような感じはしないし、どうしたのだろうか。
「連れてこられる子達ってさ。俺らが世話するのダメか?」
「あぁそれな。あの広場に使ってない部屋あるだろ?あそこに今回の奴ら入れるつもりだぞ」
確かに一部屋開いてるから違和感はあったが、とうとう埋まってしまうらしい。ってことは、またライサの心労が増えそうだな・・・。
そんな会話の中馬車が止まり、外をを見ると村らしきものが見えた。エルム村よりちょっと大きいぐらいの規模感だった。
そうやって馬車が止まるとの同時に、イリーナが馬車を下りた。
「じゃあ、あたしが呼ぶまで馬車にいろよ」
それだけ言い残して、御者台にいた盗賊と一緒に村へ走って行ってしまった。
そうして僕ら三人だけ馬車に取り残されると、ラースが不満そうに口を開いた。
「ルーカスの奴がここにいれば逃げれたのになぁ」
いても逃げるか分からないけど、やっぱそう思うのは分かる。でもそういう逃亡対策でルーカスが留守番なんだろうけど。
「僕らが逃げたらルーカスが危ないしね」
「ほんっとに汚いよなあいつら」
僕らがそんな愚痴を言い合う中エルシアはずっと黙ってい下を向いていた。何か気分が悪いのか僕が聞いてみるが。
「大丈夫。ただ今回の子達可哀そうだなって」
そう言うエルシアは本当に悲しそうな顔をしていた。やっぱり昔の僕たちと境遇が被るからか、思う所は大きいのだろう。
「まぁでも僕らはせめて、その子達が生きていける様助けないとね」
「そうだね。私達がちゃんとしなきゃだよね」
生きていればいつか上向くこともあるかもしれない。だから今絶望しないよう僕らがフォローして、将来外に出れた時生活できるようにさせてあげたい。決してロルフみたいな人殺しみたいに染められる様な事にしてはいけない。
そう思うのは僕とエルシアだけじゃなくて、ラースも方向性は危なっかしいが一緒だったらしく。
「俺も頑張るぞ!ロルフの奴が暴力したら俺が吹っ飛ばしてやる!」
そう今僕らに出来ることを出来るだけやっていこうと、互いに確認してイリーナが返ってくるのを待っていた。
それから一時間だろうか。村から火の手が上がるのを見ながら待っていると、イリーナではなくロルフの奴が馬車にやってきた。
「おい、お前らついて来い」
相変わらず嫌なニヤニヤした顔でロルフが、僕らにそう話しかけてきた。
僕は嫌な予感がして、後ろのラースとエルシアに大丈夫か確認しようと振り返った。するとその時ロルフが僕の右手を強い力で握ってきた。
「良いから来い。俺そんな待つの得意じゃねェんだよ」
僕はそうロルフの低くこもった声に、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。だから僕はラースとエルシアに目配せをして、素直にロルフに従って僕らは村に向かって歩き出した。
その村へ向かう道中、僕はロルフに上腕を掴まれながら歩いていた。
「いやァ楽しみだなァ」
そうロルフがずっとニヤニヤして僕を見てくる上に、強い力で腕を掴むから道中かなり不快だった。
そうして村の中に入ると、所々燃えている建物があったり、肉がや焦げたような嫌な臭いがして異様な雰囲気を纏っていた。
そんな中ラースがあるものを見て動揺していた。
「・・・・まじかよ」
そんなラースの視線の先には、人だった物が横たわっていた。それも複数人分のが。剣で刺されたような傷があることからも、戦って殺された大人たちなのだろう。
すると突然ロルフがラースを見て大声を上げて笑っていだした。
「そうだ!そうだ!オメェらの親もこんなんだったぜ?もっとぐちゃぐちゃだったんだけどなァ!?」
ラースがそんなロルフの言葉を聞くと、流石に我慢できないのか腰の剣に手を掛けていた。
「・・・ッ、お前は本当に、、、、」
僕はここで殺し合いは流石にまずいそう思った時、エルシアがラースの剣を抜く手を止めた。
「兄さん落ち着いて」
「・・・・あぁ、すまん」
エルシアもラースと同じ感情だろうに、冷静に兄を制止して剣を抜く手を止めてくれた。だがそう言うエルシアもやっぱり怒っているのか嫌そうな顔はしていた。そんな中でも、こうやって現状を見れてくれてるのには感謝しかない。
だがそんな僕と対照的にロルフの奴は、つまらなさそうにしていた。
「しょーもねェやつだなァ」
多分こいつは意図的に僕らを煽っているのだろう。目的は分からないが、性根が腐っているのだけは分かる。
そうして僕らは、恐らく村の中心であったであろう場所に着いた。
そこにはやっぱりと言うべきなのか、捕まって泣きわめいている子供と、縄で縛られた大人たちが居た。他にも盗賊が10数人いたがイリーナの姿見えない。そんな状況に違和感を覚えていると、また僕の腕が引っ張られた。
「おい、お前だけ俺と来い」
僕はその言葉と共に、広場の中心に連れていかれた。そして僕の目の前には、大人たちが捕まり並んで正座させらていた。
そんな異様な光景にこれから何をされるのかと、恐怖心を覚えているとロルフが僕を見てきた。
そんなロルフのニヤニヤした顔から今考えられる上で最悪の命令が聞こえてきた。
「お前こいつ殺せよ」
今日一番の笑顔を見せて、ロルフは僕にそう命令してきた。
でもそう命令されても、流石にそんな事僕には出来ないし、出来たとしてもしたくない。そう断ろうとするが、それを遮ってロルフが言葉を続けた。
「お前が殺んねェと、留守番してるあのガキどうなっちまうんだろうな?」
「・・・・脅しですか」
「いやァ?お前の自由だぞ?ただ代わりに死体が増えるかもってだけだぞ?」
つまり僕がやらないとルーカスを殺す、そう言いたいのか。本当に悪趣味な奴だと思う。どうしたらここまで人格が破綻出来るだろうか。
そんな僕の感情を放置して、ロルフがニヤニヤしながら催促してくる。
「で、どうするんだァ?待つの得意じゃねェって言ったよなァ?」
僕はそれに答える事が出来ずどうするか決めれないでいた。
理屈で考えれば、多分ここに座らされている人たちは僕が殺さなくても殺される。だから僕が殺しても誰が殺したかが変わるだけだ。だからルーカスを守るためにも僕がやらなければならない。
でもそれは理屈上での話だ。僕だって人を殺したくない。それに恐らくここの大人の中には、子供を持っている人だっているだろう。そんな人たちを息子、娘の前で殺すなんてしたくない。でもそうしなきゃルーカスが殺されてしまう・・・・。
そう思考が右往左往していると、自分の体が心拍数が上がって過呼吸になっていくのが分かった。それに追い打ちをかけるようにロルフの声が聞こえてきた。
「さ~ん」
その声の意図が分からず僕が困惑していても、ロルフの言葉は止まらなかった。
「に~い」
二言目でその言葉の意図が分かった。僕に残された選択する時間だ。僕に考える時間を与えるつもりはないらしい。
「い~ち」
その言葉が聞こえた瞬間、僕は思考をする事を止め、咄嗟に腰のショートソードを抜いた。
僕はその時人を殺す決断をしたのだ。




