第二十三話 心惹かれていく
私、ライサの幼少期はずっと孤独だった。
親の顔なんて知らず気づいたらそこに生きていてた。一番古い記憶はぼろい孤児院の中で、その後はいろんな人の元を転々として六歳の頃イリーナ姐に拾われた。
最初の頃こそ他の盗賊のおじさん達が怖くて毎晩泣いていたけど、いつもイリーナ姐がそばにいて守ってくれいてた。
私が親から貰えなかった愛情をイリーナ姐がくれた。だから私は一生イリーナ姐と生きるんだと決めた。
そうして十歳歳の頃初めて同い年の子と話す機会が出来た。イリーナ姐曰く、逃げないよう見守ってて欲しいとのことだった。私は大好きなイリーナ姐に頼られたと、それはそれは張り切った。それにイリーナ以外の人と仲良くなれると、ワクワクして前日はよく寝れなかった。
それなのにみんなは。
「お前らなんて大っ嫌いだ!!!
これが私が最初に会った子に言われた言葉だ。ワクワクしながら扉が開くのを待っていた私がまるでバカみたいだった。
その時の私はただ黙ってその子の暴言を聞くことしか出来なかった。イリーナ姐が止めたって、耳を塞いだって、心の声から悪口が聞こえてくるから、どこにも私に逃げ場はなかった。
それからは私にとって地獄の日々だった。
例えば私が精一杯魔法を教えようとしても。
「こ、ここをこうやって力を込めて・・・」
「・・・・・はーい」(声ちっさいなぁ。はっきり喋れよ気持ち悪い)
例えば普通にお話ししようとしても
「ね、ねぇ!外の世界ってどんなの!?」
「勝手に私の心読めばいいじゃん。話しても意味ないんだし」(話しかけてくんなよ人殺し。誰のせいでママとパパが死んだと思ってんの)
例えば普通にお友達になろうって言っても。
「わ、私ね。私もここに連れられてきて。だから友達もいないから、その、、、、」
「友達になってほしいって事?」(何言ってんだこいつ)
「・・・そ、そう!」
「嫌だね」(なんで友達になれると思ったんだか。バカなのかな)
今思ったら相手も子供だし、そこまでの暴言じゃなかったかもしれない。でも当時の私にとっては、初めて受ける悪意で、だんだんと私の精神を追い詰めていった。だって何をしても悪口を言われたら誰だって人と話すのが嫌になると思う。それをイリーナ姐に相談しようにもこの頃忙しいのか会えなかったし、ほとんど私は独りぼっちだった。
そして私は壊れた。いや壊れないとやっていけなかったと思う。
ある日の昼の訓練の時いつものように私は、魔法を教えていた。
「で、こう魔力を流す感じで・・・」
(触んなよ気持ち悪いな)
多分こんな事をあの子が思っていた気がする。そんな心の声が聞こえた瞬間私の心の何かがプツンと切れた。
なんで私がこんなにも優しくして仲良くしようとしているのに、この子たちは私を傷つけるのか。なんで私がこんなにも我慢しなきゃならないのか。なんで今の私はこんなに苦しまないといけないのか。
そう思うと自然に隣にいる男の子の背中に手が伸びていた。
今少し押せばこの子は、この真っ暗な渓谷の下に落ちてしまう。でも私を苦しめたんだから、少しぐらい痛い目見ないと分からないよね。
そんな風にこの時の私は思っていたけど、人を殺そうという感覚はなかったと思う。ただ少しは私の気持ちを分かってほしいそれだけだった。
「・・・ん?どうしたんだよ?」(なんだよこいつ急に黙って」
私は振り返ろうとする男の子を、左手に力を込めて落とそうとした。
でも殺せなかった。イリーナ姐がその男の子の手を掴んでいたからだ。
「おまえ何やってんだよ!!」
イリーナ姐が後にも先にも怒ったのはこの時だけだった。
「い、いや違うの・・・。ちょっと分かってほしかったから・・・」
私は罪の意識というよりか、イリーナ姐に怒られたことに恐怖していたと思う。それになんで怒られているのかもその時は分かってなかったと思う。なんでイリーナ姐も私の見方をしてくれないのか、その感情でいっぱいになって私は泣いていた。
それからは私は監視役を外されて部屋に籠った。もう人と一緒の空間にいるだけでも疲れてしまった。だって人と一緒にいるだけで、私だけ一方的に心の声が聞こえて傷つくなんて理不尽だから。
そうして一年ぐらいはイリーナ姐以外との交流を拒んでいた気がする。その間イリーナ姐はどんなに忙しくても毎晩一緒に寝てくれて、そのおかげで私は心が保てたんだと思う。
そうしてしばらくするとイリーナ姐が新しく来る子供の監視役をしないかと言ってきた。私は断ろうとしたけど、イリーナ姐によるとこれ以上私が働かないと追い出されてしまうらしかった。イリーナ姐の心を読んでも本当の事で、逆に私が監視役しないよう色々やっていてくれたのが分かった。
だから私はイリーナ姐のお願いを聞いた。イリーナ姐はいつも大変そうで、ガサツに見えて色々悩んでいるのは知っている。だからこれ以上大好きなイリーナ姐に迷惑を掛けたくなかったから。
それから十二歳の誕生日の時。とうとう新しい子達が来る日を迎えて、私は月明りの差し込む部屋で待っていた。
まだ少し足が震えているけど何とか頑張れる、そう踏ん張っていた。今回は関わり方に気を付ければ、嫌われないはず。だって色々頭の中で話しかけ方とか色々考えてきたんだもん。きっと大丈夫。
そうして部屋の扉が開いた。
「どうぞ入って」
私は扉の前で立ち尽くす四人に、頭の中で考えてきたように精一杯仮面を被って部屋に招いた。そうしてぞろぞろ入ってくる子達は、みんな年下の子達だった。
それからはイリーナ姐の説明が始まったけど、ずっと金髪の子が死ねとか殺すとか思っていて怖かった。前の子達よりも思っている事が物騒で、私は上手くやっていけるか不安でいっぱいだった。
でもなんとか冷静に取り乱さないように、心を読める事をアピールしていって私を傷つけるような事を思わないでって願っていた。
そして最後の黒髪の男の子の番の時。
「で、最後の君は・・・・・・・」
この時は初めての状況すぎて、頭が真っ白になってしまった。他の子の心の声に集中しているときは気にならなかったけど、ちゃんとこの子の心の声を聞くと全く何を言っているか分からなかった。
「ま、こういう事だ。じゃあお前らの部屋行くぞ」
そうイリーナ姐がフォローしてくれなかったら、私はずっと黙ったまま固まっていたと思う。
でもその後部屋に一人になった時、あの子の心は読めないってことに気づいて随分喜んだ。やっと普通の友達が出来るんだと。
だから私は次の日からフェリクスに積極的に話に行った。相変わらずラース君がうっとおしいかったけど、そんなのどうでも良くなるぐらい、フェリクスという存在と会えた事が嬉しかった。
「隣大丈夫です?」
「・・・えぇ大丈夫ですよ」(?????????)
やっぱり何を思っているのか分からない。でもこの人とは普通に話し出来る、そう実感を持てるだけで嬉しかった。そう興奮していると、フェリクスの視線が微妙に私からずれているのに気づいた。
「どうしたんですか?」
そう私が聞くと、フェリクスは申し訳なさそうに。
「いや、髪の毛跳ねてるなって」
それを聞いて私は急に恥ずかしくなった。前の子に臭いって言われて、水浴びとかするようにしていたけど、身だしなみを気に掛けるのを忘れていた。せっかく話せたのに、はしたない子だと思われたくなくて、私は早口になって必死に言い訳した。
「ここって櫛もないし、水浴びも毎日出来ないしで仕方ないんですよ!」
ここで私が心読めないんじゃないかって、フェリクスに疑われちゃったけど、口止めされてるから何とか言い訳した。
でもそんな言い訳の会話でも、私にとっては新鮮な体験だっただった。何を思っているか分からないから、何を言ってくるのか分からないワクワク感。初めてちゃんと人の目を見て会話できているような感じがした。
そして私にとって良い事は続いた。
なんとなく、あの子を突き落とそうとした日の事を思い出して、訓練室で座っていると遠くから心の声が聞こえてきた。
その声はだんだん近づいてきて、それがフェリクスのだと気づいたら、いつこの部屋の扉が開くかドキドキしていた。
そしてその声が扉の向こうに来た時、私はにやけそうな顔を抑えて振り返った。
「ん?あっ!フェリクス!」」
嬉しすぎて声が上ずってしまった。やっぱり緊張していたからかもしれない。
「こんな時間にどうしたんです?」
「それは君もじゃない?」
どうしよう。一対一だと、どうやって会話すればいいのか分からない。
「まぁ僕はお邪魔でしょうし、部屋に戻りますね」
まずい私がつまらないせいで、フェリクスが帰ってしまう。せっかく友達になれるのにここで逃がすわけにはいかない。そう思うと私は咄嗟に引き留めようとした。
「えぇーせっかくだし話し相手になってよー」
いつもイリーナ姐に駄々をこねる時ぐらいしか、こんな私は出せなかった。もしかしたら出会ったばっかりなのにもう私は、フェリクスを信用してしまっているのかもしれない。
「心が読めるんなら話す必要あります?」
フェリクスがそんな意地悪を言ってきた。ちょっと私もそれは言われたくない事だったから、流石のフェリクスでもムッとなった。
でもフェリクスがまたドアノブに手を掛けた瞬間、私はイリーナ姐に止められている事なんて忘れてつい口が動いてしまった。
「私ねー。君の心が読めないの。あっ今私が君に言ったことイリーナには内緒ね?」
でも言っている途中でイリーナ姐の言葉を思い出して、一応の口止めをした。私えらいと思う。
それを聞いたフェリクスは動きを止めたまま、考え込んでしまっていた。
だから私は一歩ずつ近づいて、フェリクスの顔をより近くで見ようとした。でもそれでも振り返ってくれないから、もう一歩踏み出して喋りかける。
「正確に言うとねー、声は聞こえるけど何言ってるか分からないかな?だから今君が色々考えている声は聞こえてるよ」
そう言うとやっとフェリクスは振り返ってくれた。だから私は練習してきた精一杯の笑顔でフェリクスを迎えた。そしてもう離さないと、私がどれだけ友達になりたいか熱弁した。
でもフェリクスは考え事するばっかりで、何も答えてくれない。目の前に女の子がいるのに失礼だとは思わないのかな。
「ほらほら~そんな考え事してないでさ~口に出してお話ししようよ~」
私はもう一歩フェリクスに近づく。とてもきれいな黒い瞳が私の瞳を埋め尽くした。もうこの子しか私の友達になれる人はいないそう思った。
「いいじゃん普通の友達になろうよ~」
そう私が言うと、やっぱり男の子だからなのか恥ずかしがてしまって距離を取られてしまった。でも恥ずかしいって事は、私の事嫌いじゃないってことだよね?
「ま、まぁ一回離れよっか?話すからさ・・・」(???????????)
でもこの期に及んでまだ考え事をしているのは良くないと思う。こんなにも私が話しかけているのに良くないよこれは。
「だ~か~ら~意味は分からないけど頭の中の声は聞こえてるんだよ?目の前に人がいるのに失礼とは思わないの?」
そう言うと分かってくれたのか話す気になってくれたようだったから、さっきまで私が座っていたところに招待した。
そこでフェリクスがした話は聞いたことないような国の話だった。男の子が話すにはロマンチックすぎるとも思ったけど、私の為にそういう話を選んで話してくれてると思うと嬉しかった。
それに途中途中話を思い出すために考える横顔も良かった。私の為だけに考えてくれてるっていう実感だけでただ嬉しかった。
そうして話している時は私の為に、フェリクスが口を動かしてくれてて楽しかった。
でも終わるとすぐにフェリクスは考え込んでしまった。
「ってねぇ!だから心の中で話さないでよ!私が分かんないじゃん!」
せっかく楽しくおしゃべり出来てたのに、ほんとに良くないと思う。そんな心の中に秘密を抱え込んで話すなんて失礼だよ。
「・・・ごめんね。でも流石に一切心の中で話さないのは無理だよ」
そうだ。そうだった。そうだよね。私も少しはフェリクスの理解してあげないと。そうじゃないと友達じゃないもんね。
「・・・・じゃあまた明日もこの時間に来て。それなら許す!」
友達ならこれぐらい普通だよね?
そう私は返答を待っているのにまたフェリクスは考え出しちゃった。なんで私を見てくれないんだろう。
「だから!また!」
私が私を見るように大声で呼びかけると、目を真ん丸にしたフェリクスが私を見た。
「分かった、分かったから。明日も来るから!」
やっぱり私の事を考えてくれていたらしい。
でも今日はここでフェリクスとお別れになってしまった。でもまた明日約束できたし満足だった!
それにイリーナ姐以外で初めて素で話せて楽しかった。また明日が楽しみになった。
ーーーーー
今日は散々な日だった。
いつもみたいにラース君に魔法教えるけど、ずっと悪口心の中で言ってるから注意しても聞いてくれないし。それで私がフェリクス達の方に行ったら、なぜか私ばっかり怒られた。
それにラース君の方から謝った癖に、結局また同じように悪口考えてるからやめてって、言ったらまた喧嘩するし最悪。
だから今日もフェリクスに愚痴を聞いてもらおうと、私はいつもの所に座って待っていた。
「おじゃまします」
振り返るとフェリクスが部屋に入ってきていた。だから私は出来るだけの笑顔でそれを迎えた。
「お!まってたよー!」
そうして隣に座ったフェリクスは、また考え事をしちゃってたから、今日は私の話を聞いてもらおうと話しかけた。
「今日なんて味方してくれなかったのー?あれ絶対ラース君が悪いじゃん」
愚痴るにしても、こうやって出来るだけ本気で怒ってる感じを出さないようにしないと。私が嫌な奴みたいにフェリクスに思われるの嫌だし。
でもフェリクスから返ってきた言葉は私の求めていた物じゃなかった。
「うーん、それはごめんね。でも少しはラースの気持ちも考えてあげれない?」
なんでって思った。悪口言ったのはラース君で、私に悪い所ないのになんであっちの肩を持つの?それに気持ちって全部聞こえてるから、考えなくても全部分かってるってのになんでそうなるの?それになんでフェリクスが私の味方してくれないの?私の友達なのになんで?
そう思うと、感情があふれ出して抑えきれなくなった。
「気持ちって何!?私心の声聞こえるんだよ??全部気持ち聞こえるからラース君が嫌って話してるの!!分かる!??」
それからは私自身何を言っていたかあまり覚えてない。ただただ目の前のフェリクスが、あの時のイリーナ姐みたいに味方してくれない事が悔しくて、悲しくて、それだけで叫んでいたと思う。
「味方するよ!するからさ!ラースの事もちょっとでいいから分かってくれる?」
私がなんて言ったか覚えてないけど、フェリクスがこう言ってくれたのは覚えてる。私の肩を掴んで真剣な目で。この辺りで私もやっと落ち着いてきて、普通に話せるようになったと思う。
そこからは、フェリクスは私の事聞いてくれたから、私もちゃんとフェリクスの話すことを聞いていた。そうして良い子にしていたご褒美なのか、フェリクスが頭を撫でてくれた。自分から撫でた癖に少し恥ずかしそうにしてたのが可愛かった。
「じゃあラースにも言ってくるから、今日はもう帰るね?」
すごい優しい笑顔でフェリクスがそう言ってた。私はそんなフェリクスにもう迷惑を掛けたくないとも思ったけど、やっぱり私の頭から離れるフェリクスの手が名残惜しかった。
「じゃあまた明日ね」
「・・・またあした」
でも手を振って部屋から出ていこうとする、少し疲れたような表情なフェリクスを、私はそのまま見送ることにした。
でもやっぱりもう少しだけいて欲しい、傍で頭を撫でて欲しい、そう思って喉元まで言葉が出かけたけどなんとか抑え込んだ。
そうして私はまた部屋に一人ぼっちになった。
一人になってさっきの事をお冷静に考えると自分の事が恥ずかしくなってきた。なんであんなに私ばっかり話しちゃったんだろう。絶対フェリクスに迷惑かけちゃったよ。嫌われたらどうしよう。
そんな事で私の頭は痛くなって、足をパタパタさせていた。
でもまたフェリクスと仲良く話したい。聞きたいこともいっぱいある。だからちゃんとラース君達とも仲良くなって、フェリクスと友達を続けたい。
そう自分の中で落としどころを作って、私も寝ることにした。
そうして次の朝私は、イリーナ姐から借りた鏡で寝ぐせを確認して部屋の扉を開いた。




