第十九話 月明りの差し込む部屋で
僕らは視界を塞がれ、真っ暗な闇の中馬車にカタカタと揺られていた。
エルム村を離れてどれぐらい時間が経っただろうか。体感だともう一週間は経っているような気がする。
そんな真っ暗な旅路の中、頭がおかしくなりそうなのを耐えていると、急に馬車が止まった感覚がした。その時の僕はいつもみたいに、まずい飯を食わされるのかと思っていると違ったようで、青髪女の声が聞こえてきた。
「・・・ッチ湿ってやがる。おい他松明あるか?」
何も見えない暗闇の中、周りでドタバタと人が動き回る音がした。それからしばらくして、カチカチと音がしたと思うと、目隠し越しにも火らしきものが燃えているのが分かった。
「じゃ、進むぞ」
その声とともに、またカタカタと馬車が動き出した。
そうして三十分ぐらい経った頃だろうか、再び馬車が止まり青髪女の声が聞こえた。
「目隠し取るから大人しくしてろよ」
そう言われ、僕らは目隠しを外されてやっと外の光を見る事が出来る、そう思った。だが、目の前は松明で橙色に照らされていている石壁しか見えなかった。
「よし順番に降りろ」
何が何だかわからず、僕らは言われるがまま馬車から降ろされ、久々に大地を踏んだ。
周りを見渡すと、僕らが立っていた場所は整備された採掘坑とでも表現すればいいのか、そこそこの広さの通路になっていた。
そしてその通路を僕らは歩かされて、しばらくすると小さめの円形の広場のような場所に着いた。その広場の中心には、十メートルほどの吹き抜けの穴から青白い月明りが差し込んでいて綺麗だったが、それを喜べるほど僕らの心境は穏やかじゃなかった。そしてその光に反射してうっすら見えた広場の石壁には、いくつかの通路と扉が三つ見えた。
「おい!ボーっとしてないでこっち来い!」
そんな少し幻想的な光景だなと見とれていると、青髪女が何個もある通路の一つの前で僕らを呼んでいた。
僕は言われた通り歩き出した時、後ろを振り返ると僕らエルム村の子供四人しかいなかった。どうやらここにいる盗賊はあの青髪女だけらしかった。
「フェリクス、行くよ」
「あ、うん」
僕より先に歩き出していたルーカスに呼ばれて、一旦思考を中断した。その時歩きながら、チラッとラースの様子を見たが、移動中も泣き続けていたのか目が赤くはれていた。
僕らはそうして、青髪女の手に持つ蝋燭を頼りに通路をコツコツと進んでいると、一つの扉の前に案内された。
「先に言っておくが、逃亡、反乱をしようと時点で、連帯責任で全員罰があるからな」
部屋に入る前そんな事を青髪女から言われた。こういう事を脅しとして言われるだけでも、僕らはかなり逃げずらくなってしまう。
「じゃあ入れ」
その声に従い無機質な石の壁に突然ある木の扉を開けた。
すると開いた扉のその先には、蝋燭と月明りで照らされたそれなりの広さの部屋があり、その中でポツンと一人の女の子供が立っていた。
「どうぞ入って」
そんな女の子の言葉に言われるがまま、僕ら四人は木製の椅子に座らされた。それを確認すると部屋にいた女の子も僕らの正面に座った。近くだと月明りに照らされて、良く外見が見えたが、茶髪で癖ッ毛の可愛らしいおそらく同い年ぐらいの見た目の女の子だった。
「じゃあ、あたしから説明するぞ」
青髪女も一緒に部屋に入ってきたようで、僕らの正面に立ち、目の前の女の子の肩に手を置き喋り出した。
「分かってはいると思うが、お前らの両親も村人も皆死んだ」
その言葉にルーカスは唇を噛み、ラースは反発しようと言葉を出そうとするが、青髪女に睨まれて声を上げることが出来なかった。僕もお前が殺したくせにとは思ったが、何とか表情には出さないようにした。
「で、お前らはここで十二歳まで人を殺せるよう訓練する。出来なかったらその辺の貴族に売るからな」
つまり、子供の内に攫って従順な傭兵を作るって訳らしい。それでダメそうなら売れば良いと、まさに盗賊、蛮族の所業だ。でもそういう事なら、多分僕らが狙われたのも魔力があるから傭兵にしやすいとか、そんな理由でエルム村を襲ったんだと分かる。
だが理由があったとしても到底許せるものではない。そう湧き出そうになる怒りを何とか抑えながら青髪女の言葉を待つ。
「そしてその間の監視役がこのライサだ」
そう言って青髪女がライサと呼ばれた子の頭にポンと手を置いた。姉妹なのか分からないが、ライサと呼ばれた子も嫌そうな顔しておらず、むしろかなり仲が良さげな雰囲気だった。
それを見て僕は、拉致誘拐犯にも子供を可愛がる感情はあるんだなと、少し恨み言を言いそうになってしまった。
だが、そんな事を言えるはずも無く話は続いた。
「で、あたしはイリーナだ。基本ガキの教育担当だから生活は一緒になる」
そう自分をイリーナと言った青髪女は、ポニーテールとでも言うのか後ろで髪を結んでいたようだった。それに今更だが、身長が百七十はありそうで思ったより高いし、軽装だからか見える腹は腹筋割れていて、到底子供じゃ勝てそうに無い体格だった。
「ここからが大事だが、ライサは心が読める。だから余分なことをするんじゃないぞ」
「・・・・・はぁ」
何言ってんだとは思ったが、正面の二人の雰囲気を見ても至って真面目に語っているようだし、魔法があるしそういうのも普通なのだろうか。
そう思っていると、ライサがラースに向かって話し出した。
「君ずっとイリーナの事殺したがってるよね」
そう言ったライサは、ラースにまさに心を読んだとでも言いたげな表情で話しかけていた。正直この内容なら、推測でも行けそうだとは思えてしまうのだが・・・・。
「嘘じゃないよ。君も見かけによらず大分怒ってるね」
一瞬僕の心が読まれたかと思ったが、ルーカスの方を見ていることからも、僕に対して言っているわけでは無さそうだった。
そして改めてそれぞれ二人の反応を見ても、今ライサが言った事は外れでは無さそうではあった。
そんな次のライサの視線はエルシアに向かった。でもここは少し様子が違う様で、驚いたように目を丸くすると興味深そうに笑った。
「・・・・ふーん、分かった。まぁ心読めるの信じてくれるなら何でもいいや」
そんな意味の分からないリアクションをしていた。まぁエルシア自体何考えてるか分からないような子だし、心を読んだ所でそんなものなのだろうか。
「で、最後の君は・・・・・・・」
ライサが僕に向いて何か喋ろうとするが、それに続く言葉が出てこなかったようだった。
そのまま僕とライサが目を合わしたまま固まり、微妙な空気が十秒ほど経った時、イリーナが手をパンッと叩きこの時間は終わりだと告げた。
「ま、こういう事だ。じゃあお前らの部屋行くぞ」
そうして強制中断され僕らは部屋を出て、蝋燭の光を頼りにまた石の上を歩き出した。心を読めるってのはまだ半信半疑だけど、一連の会話の可能性としては有り得そうには感じた。
そんな中僕は歩きながらルーカスに近づき、一応確認したい事があったのでイリーナに聞こえないよう耳打ちをした。
「ね、さっき本当に心読まれてたの?」
「う、うん。嘘じゃないかって思った瞬間言い当てられて、びっくりしたよ」
どうやらタイミングまで一致していたらしい。まだ言い当てた内容的には、超能力じゃなくても出来そうだがどうなんだろうか。
まぁでもどちらにせよ心読めるって言われるだけでも、ここからの逃亡計画を立てるってなるとやりずらいな。
「お前なんであの時何でもないような顔してたんだよ」
そんな会話をしていたら、不機嫌そうにラースが割って入ってきた。そんな声量で話すとイリーナに止められるだろと思ったが、興味が無いようで無視して前を歩き続けていた。
「おい!聞いてんのか!」
返事をせずイリーナの様子を伺っているのに腹を立てたのか、少し怒り気味のラースの声が石で囲まれている通路全体に響いた。
「変に刺激して問題起こしたくないからだよ。それに恨んでないわけないじゃん」
あの時とはおそらく、親は死んだとイリーナが言った時だろう。もちろん僕も思う所があるが、反発しても状況が悪くなるだけだから、我慢していたのにそう言われると少し嫌な気持ちになる。それにブレンダさんに生きている者の為に生きろって言われたのだから、遺言を破る訳にはいかない。
「だからラースも余分な事言わないでよ」
そして僕はこれ以上騒ぐなと、釘を刺すようにラースを睨んだ。ラースには酷だが我慢してもらうしかない。いつ機嫌が悪くなって体罰とかされるか分からないんだ、余分なリスクは抱えたくない。
「・・・・ッチ、そうかよ」
やはりラースは不満そうだった。ラースにとっては、親の事だし受け入れるのには時間がかかるだろうし仕方ない。でもラースは子供だけど僕は大人だ、僕が感情を抜いて冷静で居なければいけない。
そうこうしている内に僕らはまた広場に戻っていた。
「喧嘩終わったか?ここがお前らの部屋なんだが」
そうして円形の広場にある一つの扉の前に案内された。この部屋で四人纏めて寝泊りしろって事なのだろう。それからイリーナの案内に従い部屋に入ると、無機質な長方形の部屋に四つ分の雑魚寝するためであろう毛布が置いてあるだけだった。
「じゃあまた明日から訓練はじまるからしっかり寝ろよ」
それだけイリーナは言い残して、バタンと音を立てて扉を閉じられてしまった。
そうして扉を閉められた部屋は蝋燭すらなく、小さな窓から入る月明りだけが頼りだった。
「じ、じゃあそれぞれどこで寝る?」
暗闇の中おどおどとしたルーカスの声が聞こえた。
その提案から僕らは話し合って、一番左からルーカス、僕、ラース、エルシアの順で寝ることにした。
だが僕は寝る前に一応ラースに言いたいことがあったから、隣で寝ようとするラースに言うことにした。
「ラースさ。一応もう一回言うけどイリーナとかの盗賊連中に睨んだり、喧嘩腰になったりしないでよね」
もちろんラースの気持ちもわかる。でも僕らは今盗賊たちに生かされている状況な以上、あいつらの機嫌を損ねるわけにはいかない。
そんな僕の言葉に反応してラースが起き上がって、月明りで照らされた顔でこっちを見てきた。
「お前はブレンダさんとかクラウスさんを殺した相手が目の前にいるのに、なんでそんな普通なんだよ」
さっきも似たような事を聞いてきたが、今日の今日まで泣き続けていたラースだからこそ出る感想なのだろう。でも僕はここで泣いてうじうじしていたら、それこそブレンダさんや父さんにひっぱたかれると思うから、今何とか踏ん張って頑張っているんだ。
そう気合を入れなおしてラースの説得を試みるが・・・。
「だからそれはさっきも言ったじゃん。それにちゃんと僕の中では踏ん切りは付けてるから良いの。だからラースももっと冷静にさ、、、」
僕がそう言い切る前に、ラースが少し怒り気味で言葉をかぶせてきた。
「お前はちゃんとお別れしたからそう言えるんだろ!俺は父さんとちゃんと話せなかったんだぞ!!」
その言葉に僕は言い返す言葉が出てこなかった。その言葉に僕が無理やりラースを引っ張って逃げたから、ラースは父親とちゃんとお別れ出来なかった事を思い出した。
「お前はいいよな!ちゃんとお別れもお礼も応援もしてもらってさ!俺なんか逃げろって怖い顔した父さんが最後なんだぞ!!!」
ラースが起き上がって近くまで寄ってきて胸倉を掴んできた。父親似の青色の瞳が僕を逃がすまいと、しっかりと僕の眼を捕まえていた。
「お前、俺の父さんが止まった時、俺の手を無理やり引っ張って逃げたよな」
「・・・・・うん」
恐る恐る続きのラースの言葉を待つ。
「でもお前もいざ親と別れってなった時、俺にはダメって言ったのに、お前は立ち止まってたよな!」
それ以上ラースの言葉が続くことが無かったが言いたいことは分かってしまった。
人には偉そうなこと言ってるくせに、お前はそれ出来てないじゃないかと。
そう言われると確かにそうだったかもしれない。それがラースにとって許せない事だったのだ。
そう僕も黙ってしまってると、ルーカスが助け船を出してくれた。
「そ、それはそうかもしれないけどさ。それとこれは別じゃない?みんなの為にもここは我慢しないとさ」
「お前もお前だよルーカス!なんでお前もこいつの味方なんだよ!俺はこいつが立ち止まる度に、なんでこいつばっかりって思ってたのになんで!!!」
ラースの声がどんどんヒートアップしていっている。そんな怒りや哀しみを含んでいる叫びに、ルーカスも黙ってしまい気まずい沈黙が生まれた。
そんな中ラースの言葉を僕は頭の中で反芻していた。
確かにそう言われると僕は自己中な人間なのかもしれない。ラースの言う通り人に言ったことを自分では守れない、そんな奴だ。まさにダブルスタンダードってやつだ。
でも、それでも開き直りって言われても。今僕らがやるべきことは変わってないはずだ。
「それは本当にごめん。でも、それでもこれから皆が生き残るためにも、ラースには協力してほしい」
僕は頭を冷たい石の床に擦り付けて、ラースに土下座をした。ラースの家族が死んでしまった今、僕にはこれぐらいの誠意の見せ方しか出来ない。僕は間違っていた、でもどうにかこの三人を生き残らせないと、村の人たちに合わせる顔がないんだ。
「・・・・・・はぁ。まぁいいよもう。俺寝るわ」
それだけ言ってラースは呆れたように毛布を被って反対側を向いて寝てしまった。
初めてこんなラースを見た気がする。連れていかれている一週間ラースなりに色々思う所があって考えていた叫びなのが分かる。
今回の事は僕の周りへの配慮と、視野の狭さが招いた結果だ。またラースの信頼を取り戻せるよう頑張ろう。そう思い僕も眠りについた。
ーーーーーー
部屋から人が居なくなって静かになった。
先ほどの事は、私にとって初めての事で動揺してしまって、イリーナ姐に迷惑をかけてしまった。
思い出しても、やっぱりあの黒髪の子の心の声が一切分からなかった。あの子はいったい何者なのかと疑問が尽きない。
でもその出会いは、私にとって疑問や恐怖よりもむしろ嬉しさが勝っていた。
今までは心が読めるからと気持ち悪がられて、イリーナ姐以外私とまともに話してくれる人なんていなかった。でもあの子なら初めて同年代の”普通”の友達になれるかもと、久々に年相応の期待を抱くことが出来た気がした。
私が欲しくても手に入れられなかった時間、友達、愛情それがあの子のお陰で手に入るかもと。
そう今まで感じた事のないような期待感で、明日またあの子と会えるのを楽しみにしていると、また部屋の扉が開いて蝋燭の光が部屋に入ってきた。
「あいつらどうだったよ」
先ほどまで金髪の少年が座っていた椅子の背もたれに手をかけ、イリーナ姐部屋に帰ってくるなり話しかけてきた。
そんなイリーナ姐の質問に、私は頭の中を切り替えて色々思いだしながら答えた。
「やっぱり皆恨んでるみたいだったね。でもあの黒髪の子、あの子は分からなかった」
やっぱり気になるのはあの黒髪の子。
そう私が言うと、イリーナ姐が不思議そうな顔をした。
「心が読めなかったって事か?」
「いや違うの。声は聞こえたけど、なんて言ってるか分からなかったの」
あの子からは聞いたこともないような言葉が聞こえた。なにかしらの意味はありそうな言葉だったけど、私には何一つ分からなかった。
「でもお前帝国の主要な言語大体覚えてるよな?それにあのガキほとんど外に出た事ないはずだし・・」
そう、イリーナ姐が言うように私は、ここに来た六歳の頃から十二歳の今まで、ほとんどの主要な国の言葉を覚えさせられた。今回連れてきた黒髪の子も私が知っている言語の地域らしいのだから、一切分からないなんてことは無いはず。
「まぁあいつらにばれないようにな。その黒髪のガキが一番危ないしな」
危ないとはどういう事なのだろう。友達になるなら危ない子ってなるとちょっと嫌かもしれない。そう思って少し話を聞くことにした。
「どういうことなの?」
「ガキっぽくなさすぎるからかな。あと親が死んだって言っても悲しい顔一つしてなかったから、人の心があるかも怪しいな」
イリーナ姐はそう冗談っぽく言ってるけど、そういう所が、あの子の心の声が良く分からないのと関係があるのかもしれない。まぁでもそれぐらいなら友達になる分には問題なさそうかな。だって私にとってはそんな事情関係無いのだし。
それに私の役目はあの子たちが、逃げないようにすること。前は失敗しちゃったけど今回こそはしっかりしないと。
「ま、明日から頑張れよライサ」
「はい、イリーナ姐」
イリーナ姐が頭を撫でてくれる。私に姉や母が居たら、いつもこういう事をしてくれてたのだろうかと考えてしまう。でも今の私にはイリーナ姐がいればそれでいい。
そうしてイリーナ姐が部屋を出た後、明日を楽しみに眠れなくなりながらも、一枚の毛布を被り冷たい床の上で私は眠りについた。




