第一話オワリ
真っ白でベットの上で僕は目覚めた。
もうそろそろ慣れてきた消毒液の匂いを感じ体を起こし窓を見た。するとカーテンの開けられた窓はもう三月だというのに雪で真っ白に染まっていた。
「まだまだ寒いですね~」
その窓のカーテンを開けたのであろう看護師さんは、冷え性なのか白くなった手をこすっていた。
「今日も雪の予報なんでしたっけ?」
何年かに一度の大寒波だとか。昨日そんな会話を同室の誰かがしていたと思う。
「そうなんですよ~。帰り運転怖いからどうしようかなって思ってて~」
その反応を見て改めて外の景色を見ると、地面も雪でほとんど見えなくなっていて、窓の中だけでも外が凍えるような寒さなのは伝わってくる。だけど僕にはその寒さは分からず、暖房の乾いた暖かさだけしか感じられなかった。
「じゃ、検温しましょうか~」
それから看護師さんが同室の人を起こす声を聞きつつ、検温を待ちながら外の景色をぼーっと眺める。
最近は慣れた朝の始まりで、もうこんな生活が始まって数か月が経ってしまっていた。
最初は何でもない風邪だと思っていた。
でもやけに長引くから、病院に行くとあれよあれよと検査入院だとか言われて大事になりかなり焦った。後からお医者さんには、なんでもっと早く来なかったのかと言われ、大分症状が進んでて危なかったらしかった。若いから大丈夫なんて思っていたし、どこか自分は病気と無縁だと思っていたからショックだったのを覚えている。
でもそれから症状と治療で大変だったけど、最近は安定してきたおかげで面会も可能になったし、スマホも使えるようになって少しずつ生活が戻ってきていた。未だ完治の見込みは無いけど、ずっと一人でいるよりかは幾分かはましになった。
そうありがたみを感じながらスマホをいじって時間をつぶしていると、ふと顔を上げた時にはもう昼になっていた。やはりスマホがあるのと無いのでは一日の時間の進みが違った。
すると病室のドアが開く音がして仕切りのカーテンが揺れた。
「紡~おはよ~、体調大丈夫そう~?」
そう明るい声と共にカーテンから出てきたのは母さんで、厚手のコートに手袋をして防寒を完璧にしているようだった。
「おはよう。大丈夫だよ」
「よかった~。それにしても珍しく雪降ってるね~。朝ここ来るとき運転怖かったよ~」
母さんは少しだけ懐かしい柔軟剤の香を広げながら、コートを窓際の椅子に掛けてそのまま座った。その時ふと母さんの手に目をやると、手袋を外した手の指は霜焼けで赤くなっていた。
「この辺じゃ雪も降るの珍しいからね。こういう日は無理に来なくても大丈夫だよ」
ただでさえ仕事で忙しいだろうに、こんな雪の日にわざわざ来てもらうのは申し訳ない気持ちが大きい。
「ん~まぁ大丈夫大丈夫。出来るだけ紡に会いたいしね」
手をひらひらさせて心配させないためか、本心なのか明るくそういってくれた。でもそう言ってくれると恥ずかしいのもあるけど、気後れしてしまう部分もある。
「無理はしないでね・・・」
こうやっていつも気遣ってくれてるけど、これでも家族で20年は一緒にいるんだ。流石に疲れてるのは分かるし、明らか余裕が無さそうで無理してるのも分かる。
それもこれも僕のために頑張ってくれてるせいなのが分かるから余計に辛い。
そんな中話題を変えるかのように母さんが、真っ白な景色の窓を眺めつつ、懐かしむような素ぶりで話しかけてきた。
「そーいえばさ。小さいころ紡は雪好きだったよね。よく父さん連れまわして雪遊びしてたよね~」
それを聞いてここ最近思い出してなかった、そんな昔の記憶が雪と一緒に降りてきた。もう大学で一人暮らししてからは暫く見ていない実家の景色。田舎だったけど小さい僕にとっては、色々な冒険があって楽しい記憶の残る場所だ。
「たしかその父さんを引き回して、滑って頭ぶつけさせちゃって大分怒られたんだっけ」
母さんは僕のそれを聞いて思い出したようで、声を抑えつつも思い出し笑いをしていた。
「そんなこともあったねぇ。もう15年ぐらい前の話なのが驚きだね」
改めてそう時間で言われると相当昔のことのように感じる。最近は時間の流れが速く感じる気がする。
その会話の中母さんが父さんの話をしたからか、ふと思い出したかのように口を開いた。
「あ、そうそう、父さんは金曜日の午後に来れるってさ」
「ん?あっそうなんだ。いつも来るの土日なのに珍しいね」
普段平日は仕事で忙しくて、あんまり来ることないから珍しい。
「たまたま近くで仕事あるから、ついでに寄るんだって」
「あーそういうことね」
父さんは、僕が覚えている時から夜遅くに帰ってくるのがざらだった。最近も忙しいだろうにわざわざ時間開けてまで来てくれる事に嬉しいような、申し訳ないような感情になる。
「・・・・」「・・・・」
暖房の低い機械音と、隣の人の寝返る微かな音だけがカーテン越しに聞こえてくる。正直ほぼ毎日話しているとこうやってすぐに話すこともなくなって、何もない静かな時間が増えてきた。
そんな時間が数分経った時唐突に母さんが口を開いた。
「・・・ちょっと急だけどさ、紡が今までで一番楽しかったことって何?」
窓の外を見る母さんの顔色からはあんまり分からないけど、何か事情でもあるのだろうか。そう急な質問に少し疑問に持ちつつも質問に答えを考えてみる。
「楽しかったこと?」
「うん、楽しかったこと」
考えてみたとしても、急すぎて明確にこれってのがあんまり出てこない。
答えとして適切そうなのは修学旅行とか、家族旅行とかそのあたりとかだろうか?
そうやって僕が答えに困ってるのを察してか、母さんの方からその質問に答えを言ってくれた。
「私は家族旅行かな。沖縄の」
「あーあったね沖縄」
確か沖縄に行ったのは小学校入るか入らないかぐらいの時だった気がする。正直あまりその辺の記憶が昔すぎて覚えてないのが悲しいが。でも子供ながらに楽しかったっていう記憶は良く残っている。
「あの時の紡さ、テレビの見過ぎで飛行機墜落しないかずっと心配してたよね」
懐かしむような、嬉しそうな感じで楽しそうに思い出を話し出していた。
そんな母さんを見ていると薄れかかっていたその旅行の色々思いだす。確かに夜八時ぐらいのドキュメンタリー番組で飛行機事故の見てたせいで、異様に飛行機乗るの怯えてた気がする。それになぜか撮れた心霊写真で騒いでたとか・・。
そうやってぽつぽつと思いだしていると、いつの間にか窓から視線を戻していた母さんと目が合った。
「また家族みんなで旅行行こうね」
そう言う母さんはとてもやさしい顔をしていた。久々に母さんがこういう顔するのを見た気がする。いや僕が見ようとしていなかったのかもしれない。
「だね。また行きたいね」
こうやって明るい話題を選んでくれることに感謝しかない。こういう母さんの何気ない気遣いに応えれるためにも頑張ろうと、そう思った。
「それで、紡は思い出ないの?」
「えー特に思いつかないなぁ・・・」
「一つぐらい絶対あるでしょー」
「なんかあったかなぁ・・・」
それからは、面会時間が終わるまでしばらく思い出話が続いた。
今まではそういう楽しい話を避けてきたけど、こういう会話も楽しいと思えた時間だった。
そしてその時間も終わりに近づいてきた頃。
「じゃあ、そろそろ時間だし帰るね」
「うん。今日もありがとね」
厚手のコートを手に取り母さんがニコッと笑い手を振りながら病室から出ていく。
そして、しんとなった部屋には、再び暖房と隣の人の衣擦れの音だけが強調され僕の鼓膜に届いてくる。
「・・・・・はぁ」
寂しさを紛らわす為か手持ち無沙汰になった為か、適当に時間潰そうと思いスマホの画面をのぞいてみると、一件の通知が来ていた。
「ん?あぁ高校の頃の・・・」
画面に表示されたメッセージは、高校の時の男友達からの物で、見舞いに行っていいのかというものだった。
確かこの子には入院してからはしばらく、親族以外面接禁止だからと断っていた。でも病状が良くなったことを伝えてあったからか、それでお見舞いに来てくれようとしているのだろう。
「とりあえず、大人数じゃ無ければいつでも大丈夫だよっと」
自分からお見舞い来てとは言いずらかったけど、わざわざ来てくれようとしてくれてるだけで嬉しい。
そんなことを考えてトーク画面を眺めていると送ったメッセージに既読が付き、すぐに返信が来た。
「来るのは明後日の13時ごろか」
なんか珍しく今週は来客が多い。親以外で誰かが見舞い来るの初めてだし、一応看護師さんに確認しとこう。でもちょっと楽しみだな、そう思っていると左のカーテンの向こうから声が聞こえた。
「お友達が来るのかい?」
その声を聞いて僕は返信のメッセージを打ち込む手を止めた。
「えっ?あ、いや、声聞こえてました・・・?」
個室感が強いせいか、ついつい心の声がそのまま出てしまっていたらしい。
何か失礼をしてしまっただろうか、そう焦りからどう弁明しようかあたふたしていると、すぐに返事が来た。
「いや盗み聞きするつもりはなかったんだけどね。つい聞こえちゃったから!」
初めて話したけどカーテン越しの声の感じ的に、意外に気の良さそうな人だった。最近入院してきた人で、その時チラッと見た顔は厳しそうなお爺さんだったから少し怖かったけど良い人そうでよかった。
そう思いつつも、どちらにせよ迷惑をかけた事には変わらないので、謝罪をしようと意を決してカーテンを開け、おじいさんの方を向いて恐る恐る伺う。そうするとあちら側もカーテンを開けていたようで目が合った。
「あ、あのうるさくしてすみません。あと面会も迷惑なら━━」
どうにか謝罪の言葉をひねり出そうとした。
が、僕が言い切る前にお爺さんは遮るように口を開いた。
「いいの!いいの!俺も歯ぎしりうるさいってよく家内に言われてたから!お互い様よ!」
そう満面の笑みで、ニッとマウスピースを見せてきた。
何がお互い様なのかは分からなかったけど、とりあえず許してもらったようで良かった。僕はそう胸をなでおろしながらも頭を下げた。
「あ、ありがとうございます」
「あ!あと面会も全然大丈夫だから!俺の孫ももうすぐ来るからな!」
この人ほんとに病人かってぐらい元気がいいなと少し気押された。それはともあれせっかく話すきっかけが出来たのだからと、少し会話をしようと質問を投げかけてみる。
「ありがとうございます。ちなみにお孫さんっておいくつなんですか?」
僕の質問を聞くなり、お爺さんは嬉しそうに鞄をゴソゴソと漁り出した。
どうしたんだろうとそれを見て思っていると、言葉と共に何かをこちらに向けてきた。
「お!じゃあ写真見るか!?今4歳なんだけどな、これ!」
そう言い鞄から出したガラケーの待ち受けには、保育園ぐらいの小さい子が映っていた。
この人が僕より歳だいぶ上そうだから、孫って言うと勝手に中学生か高校生のイメージしてたけど、だいぶ小さい子がそこに映っていて驚いた。
「へぇかわいいですね!」
とりあえず写真をみて最初に思った感想を言った。この人にとっては孫だからかわいい以上の存在だろうけど。
「だろぉ?で、こっちが入園式時のでさ、、、、」
それからいくつあるのか分からない画像フォルダを開きだして、この日はおじいさんのお孫さん写真発表会になって1日が終わった。
そんな久々にこういう1日も良いなと思えた日だった。
ーーーーー
今日はいつもより早く起きた。なぜなら今日は友達が見舞いに来てくれる日だからだ。子供っぽいと思われるかもしれないが、やっぱり友達と久々に会えるとなると楽しみになる。
「おはよ~ございます~」
そしていつものように看護師さんが病室に来て、開けた窓のカーテンの先の景色はまだ暗かった。僕は看護師さんも来た事だし、ゆっくりと腰を摩りながら体を起こす。
「なんか今日は暖かくなるらしいですね~」
看護師さんが窓のカーテンを開けるついでに当たり障りのない会話を投げかけてきた。
「へぇ~そうなんですか。一昨日まで雪降ってたのに」
病室からじゃ外の気温の機微は中々分からないけど、暖かいなら冷え性の母さんは嬉しいだろうな。
「季節の変わり目ですからね~。体調崩さないように、なにかあったらすぐ言ってくださいね~」
「は~い」
その返事を聞くといつものように検温器を取り出して、こちらに渡してきた。
「じゃ、今日も検温から始めますね~」
今日の朝も、いつもと変わらない始まりだ。
いつもみたいに、他の人が起こされるのを聞きながら、検温器を脇に挟む。
でもいつもと違うのは、今日の朝はいつもより僕の気分が良かったことだった。
それから昼食を食べ終わり暖かい陽を浴びてうとうとしてた時、病室の戸がガラガラと開く音で目が覚める。
「お邪魔しまーす」
半年以上ぶりぐらいに聞こえる懐かしい声がする。その声の主は事前に場所を教えているから、迷いなく足音を鳴らしてこっちに向かってくる。
「久しぶり~」
恐る恐ると言って感じで、カーテンの間から懐かしいその顔をのぞかせてきた。僕は乾いた口をなんとか動かそうとするが。
「hっ、久しぶり〜」
緊張してしまって少し嚙んでしまった。僕はそんな恥ずかしさを誤魔化すように矢継ぎ早に言った。
「あっ、あとカーテンは閉めといて」
「りょーかいー」
そのまま友人は音を立てないようにカーテンを閉め、窓際の椅子に座った。そうして目が合うと、やっぱり半年ぶりだからか顔を見るとだいぶ懐かしい感じがした。
「今日の面会時間って1時間だっけ?思ったより短いよね」
ずっと気になっていたのだろうか、座るなりそんなことを聞いてきた。
「ね~短いよね。15分のとことかもあるらしいよ」
「へぇ〜短か過ぎない?なんで?」
僕も同じような感想だったけど、必要な事だしとあきらめた記憶がある。
「短いよね~。色々理由あるっぽいけど、なんか感染予防とかそんな感じらしいよ」
面会ってもっと気軽にできるものかと思ってたけど、色々手続きやら規則があるらしい。必要な事だから仕方ないとは言え、面会時間はもう少し伸ばして欲しい。
すると友人はそれを聞いてなるほどと納得した表情を見せると、色々用意してくれているのかすぐに話題を変えてきた。
「へぇ~なんか色々大変だね。それはそうと体調は大丈夫そうなの?最近は落ち着いてきたって言ってたけど」
そういえば病気の事あんまり詳しく話してなかった事を思い出した。入院した時と面会が出来ないって連絡した時ぐらいしか、その辺触れてなかったと思う。それにあっちから僕に病気の事聞きづらかったのもあったと思う。
「んー入院してすぐは悪かったけど、最近は安定してるから大丈夫」
変に心配させたくないので、濁しながら病状のことは伏せて説明した。
まぁでも実際薬で痛みもある程度抑えられるられてるし、以前に比べれば体調的に楽だし嘘はついてない。
「大丈夫そうなら良かったけど。じゃあ退院とか出来そうなの?」
そう少し心配そうに聞いてきた。まぁそりゃ気になるよなと思う。
「まだ分かんないんだよね。このまま良くなれば年内には出来るらしいけど」
そんなこと実際は言われてないけど、変に心配させたくないから嘘をついた。実際は症状が悪化しないように維持することしか出来なくて、良くなることもあるぐらいの程度らしい。
「なら良かった。卒業旅行とかはみんなで行きたいしね」
みんなと聞いて、高校の友達は大学が違う奴とかもいて疎遠になってるから、久々に会ってみたい気持ちが出てくる。
入院で一人には慣れたと思ってたけど、案外そんなこともなかったらしい。
そんなことを考えていると突然隣のおじさんのいびきが聞こえてきた。
それを聞いて友達が少し嫌そうな顔をした。
「・・・夜とかこういうほかの人の音で寝れなかったりするの?」
色々思いだしてみるけど、元々寝つきが良いほうなせいかあんまり記憶にない。確かに偶に聞こえる気はするけど・・・・。
「ん~あんまりかな?特に気になったことないかも」
それを聞くと友人は顎に手をつきながら、自分なら嫌と改めて分かりやすく苦そうな顔をした。
「俺は知らん人と一緒の部屋で寝れないかもなぁ」
「まぁ人によるよね」
実際仕切りのカーテンとかなかったら僕も嫌だし程度の差だろうな。
そうまだ響くいびきの中何か思いだしたように、スマホの画面を見せてきた。
「今度みんなで見舞い来ようって話になってるんだけどさ。まだ大人数だと迷惑だよね?」
トーク画面を見ると、高校の頃の懐かしい名前とアイコンがいくつも見えた。でも何人かはアイコンだけ変わっていて、少しだけ自分が取り残されいているように感じてしまう。
「俺が行くって話したらこうなったんだけどさ、流石に全員はって思って」
申し訳なさそうな顔をしているが、トーク画面を見るに色々気をまわしてくれていたらしい。
だから僕は申し訳ないと謝りつつも、実際大人数だと周りに迷惑だから、せめて3,4人ぐらいにしてほしいと伝えた。
それからなんとなく会話が流れていき話は逸れて同級生とかの話をしていると、友達の彼女の話になった。
「そういえば彼女とは最近どーなん?」
その僕の質問を聞いて少し考える素振りを見せたが、特に何でもないような感じで返事をしてきた。
「うん?まぁ普通よ。今月末広島の方旅行行くぐらい」
「お、いいねー。海鮮系旨い所いいよね」
割と内陸側の地域に住んでたから、そういう海鮮系がおいしい所行ってみたいなと思う事は多い。
そうやっていいなぁと僕がうらやんでると、対照的に友人は何か気になることがある様子だった。
「ね。でも牡蠣とか当たりそうで怖いんよね」
「あー確かに。泊りで当たったら大分きついね」
「そうそれが怖いんよね。せっかく行ったなら食べてみたいんだけどね」
まぁ幸せな悩みだなとは思いつつも、やっぱりうらやましいなと思う自分がいた。今度母さんに言って見たい旅行先に追加しておこうかな。
そんな僕の考えなど知らないまま、友人はあっ!となにか思いだしたような表情をして旅行雑誌みたいなのを取り出した。
「ってそうだ、広島土産なにがいい?」
友人の膝の上に広げられた雑誌には広島の地図と一緒に観光名所や特産物が紹介されていた。
「広島土産ってなんかある?お好み焼きとか?」
そう自分で言った瞬間食べ物系の差し入れはだめなのを思いだした。
少し悲しい気分になりつつも、友人がページをめくるごとにその気持ちも薄れ、あれはだめだこれは良さそうとかで話は弾んだ。
こういうのを見ていると、厳島神社とか尾道街道とかいつか実際に行ってみたいという気持ちが強くなる。でも今の僕では無理で写真を見てあーだこーだ言うだけしか出来ない。だけど友達と一緒だとそれが寂しさじゃなく楽しさになるのは不思議な感覚だった。
それからかれこれ15分ぐらい色々話したと思う。でも正直食べ物以外のお土産が思いつかず中々決まらないでいた。
それは僕だけじゃなかったようで、友人の表情を見てもペンを顎にあて悩む素振りを見せるけど、何も思いつかなそうな様子だった。
「じゃあ現地行った時のノリとセンスで決めるってのは?」
多分今これだけ考えても出てこないなら、この先も出てこないだろうと思いそういった。それに面会時間の事もあるから。
でもやっぱりめんどくさい事言ったかなと一瞬思ってると、友人はうんと頷くとまぁそうするかとあっさり了承してくれた。
「まぁ買うとしたら場所は取らないほうがいいよね?それ以外だと・・・・」
また色々考える素振りを見せながらそう言ってくれた。相変わらずこういう所で気が使えるのすごいなと思う。
それからも旅行雑誌を見ながら、少し雑談した後、思い出話とかどうでもいいような事とかの話で、時間いっぱいまで話した。
こういう風に友達と話すのが久々で、時間を忘れるぐらいに楽しかった。
まだまだ話したりなかったけど、ふと気づいて時計を見ると一時間が経とうとしていた。
「あ、もう一時間か」
僕が時計を見たのに気付いたのか友達がそんなことを言った。
「案外一時間って早いね」
決まりだから仕方ないとはいえ、もう少し話していたかった。
少しいやかなり名残惜しいが、また他の面子つれてお見舞いに来てくれるとの事だから、新しい楽しみが出来た事だし良しとした。そう納得させた。
「じゃあ、お土産楽しみにしててね」
そう言いながら荷物をまとめ椅子を立った。
「うん、楽しみにしてる。今日ありがとね」
そして友達が上着を着て、カーテンを開けてこちらを振り向いた。
「じゃ、またね」
「またね」
そうしてドアがガラガラと音を鳴らしてしばらくすると、カーテンの揺れがおさまった。
部屋が静かになった。楽しかったからこそ、この静寂が余計に寂しく感じる。
でもそんな僕のナイーブな考えを遮るように、隣のカーテンから声が聞こえてきた。
「仲いいんだね」
「っえ、あ、そうです。高校からの友達で」
少し動揺しつつも、話を聞くとどうやら途中から起きていたらしく、邪魔しないように黙っていてくれたらしい。
一応その後起こしてしまった事の謝罪して、友達の話をしていたら、またいつのまにかお孫さんの写真発表会になってしまった。
今日は寂しくない、いやむしろ楽しい一日だった。
ーーーーー
友達が来てから次の日の朝を迎えた。
「おはよ~ございます~」
またいつもの朝が始まった。
ここ数日は食後に隣のお爺さんと朝から色々話すのが、新しい習慣になりつつある。年の差が開いた人と話すことがなかったから、色々と新鮮な話を聞けて面白い。
今日もそんな感じで時間が過ぎて窓の外が暗くなり出した頃。
ガラガラと戸が開く音がして、仕切りのカーテンが揺れた。
「紡~夜遅くにごめんなー」
そう顔を出した父さんは少し疲れ気味なのか、あまり顔から元気を感じない。
「うん、大丈夫だよー」
父さんが鞄を置き窓際の椅子に座る。
その座った瞬間にふわっと少しだけコーヒーの匂いがした。でも昔と違ってもうタバコの匂いはしていなかった。
「もう仕事は大丈夫なの?」
そんな当たり障りのない事を聞いてみる。
「まぁ、今日は機械の発注関係でこっちに来ただけだからな」
少しだけ悩んだ素振りを見せてから、そう答えてくれた。
昔からあんまり仕事について話してくれなかったから、答えてくれるなんてちょっと意外だった。でも父さんの仕事についてはあんまり知らないけど、夜遅くまで残業して頑張ってくれていたのは知ってる。
だからいつか、なにかしらの形で僕から恩返ししたいと昔から思っていた。
「それで体の方は大丈夫そうか?」
そう父さんも当たり障りのない事を聞いてきた。
「うん、最近は楽になってきたよ」
僕も当たり障りのない返答をする。
「そうか、よかった」
互いに微妙に視線が合わない。
「・・・・」「・・・・」
そして会話が途切れる。
そういえば、あんまり二人だけで話すことがなかった気がする。
決して仲が悪いとかじゃなかったけど、今までお見舞いに来た時も母さんと一緒だったから余計に無言の空間は気まずい。
「・・・たしか面会時間8時までだっけか」
そう言いながら父さんは視線をそらすように、左手首につけている腕時計を見た。
「うん、そうだね。あと20分ぐらいだね」
僕はスマホの画面に19:38と表示されているのを確認して、そう答えた。
「そうか」
「うん」
「・・・・」「・・・・」
また会話が途切れ、微妙な空気が流れる。視線を窓の外に逸らして何を言うか考えるが。
「明日も仕事?」
そうやって考えた結果、こんなありきたりな質問しか出なかった。
それに対して、父さんは髭が少し伸びた顎を撫でながら答えた。
「まぁそうだな。最近ちょっと忙しいからな」
最近は土日も来ないこと多かったけど、やはり仕事が忙しかったかららしい。
「僕が言うのも違うかもだけど、忙しい時はあんまり無理してお見舞い来なくてもいいんだよ」
今話してても疲れてるの伝わってくるし、こうやって僕のために無理して、体調とか崩してほしくないという思いが強い。もちろんお見舞いに来てくれるのはありがたいが。
それに対して少し間を置いて父さんは、少し寂しそうで心配そうな表情で聞き返してきた。
「・・・いや?そんなことはないぞ。もしかして俺が来るの嫌だったか?」
僕の発言がマイナスな方向に捉えられてしまってたらしく、慌てて訂正しようと少し早口になった。
「い、いやそういう意味じゃなくてさ。あんまり僕のために無理させて体調崩されるのは嫌だなって」
それを聞いて父さんは、表情が少し優しくなったかと思うと急に僕の頭を撫でてきた。
その時コーヒーの匂がさっきよりも強く感じた。
「心配させてごめんな。でも俺が会いたくて来てるだけだから」
久々に撫でられる頭の感覚に戸惑いつつも、初めて父さんがこういう事を言ってくれた事に嬉しい自分がいた。
でもやっぱこの年で頭撫でられるのは恥ずかしいので、撫でる父さんの左手を外して言葉を返す。
「ありがと。変なこと聞いちゃってごめん」
お互いの目が合う。僕と似たタレ目だ。
「こっちこそ気を使ってくれてありがとな」
少ししてお互い恥ずかしくなって目をそらした時、僕の手から離れた左腕を見て父さんが慌てて立ち上がった。
「あ!もうこんな時間か、もう今日は帰るな。また来る」
いそいそと荷物を手に取り、部屋を出る準備をしている。
小さい頃からよく朝僕が起きた時に見たような光景だった。
「今日はありがと、またね」
少し懐かしい気持ちになりながら、笑顔で手を振る。そして父さんも慣れない感じで右手を上げて返してくれた。
「おう、またな」
父さんはそのままカーテンを閉め、音を立てないように扉を開け出ていく。
また部屋が静寂に包まれる。
でもこの一週間でこの時間を寂しく感じることは無くなった気がする。
「もう寝るか」
そう明日を楽しみにいつもより早く寝た。
ーーーーー
窓の外では荷物を大量に持った小学生の集団が見える。
そう少しフラフラする頭を押さえながら見る窓の景色は大差ないが、部屋の中が以前よりも変わってしまっていた。周りを見渡しても部屋には自分一人で、代わりによく分からない機器が増えただけ。そして入り口には入院当初の時と同じように面会謝絶の札がかかっている。まさに入院した時に逆戻りって感じだった。
こうなったのは5月のはじめごろに、お医者さんから合併症とか重症化とかそんな理由で、一人部屋に移る必要があると言われたからだ。割と何とかなるんじゃないかと希望を持ち始めていた時期だっただけに大分ショックを受けたし、今でもこの生活にストレスを感じている。それにそれからは面会も親以外には会えず、体のあちこちが痛んで寝れない夜もあるし、昼は検査ばかりの毎日を送っている。
姿勢を起こし窓の外をぼんやり眺めていると、扉が開く音がした。
「紡さん~、昼ご飯ですよ~」
部屋が変わる前から同じ看護師さんが入ってくる。ここ最近はこの人と一番話してると言っても過言じゃないぐらいだ。
「あ、はい。ありがとうございます」
目の前に病院食が運ばれる。以前検査で引っかかってからは余計にこの病院食も塩気が減ってきた。だけど脇に置かれた薬の量だけは増えた。
「体調で異変とかはないですか?」
「大丈夫です」
痛み止めももらってるし日中は夜間に比べれば楽だと思う。
「午後にまた検査あるので、また病室来ますね」
そう言い残して看護師さんは病室から出ていった。
「。。。はぁ」
三月のあのまま良くなってれば、今頃退院の目処とか立ってたんだろうか。もう気づいたら大学三年夏。今頃みんな就活やらゼミで忙しいんだろうに僕は何してるんだろう。
「・・・・・」
そんなことを思っていると、ふつふつと不満が湧き上がってくる。
なんで僕がこんな目に合わないといけないんだ。
僕のせいで最近は以前にもまして金銭的にも両親に迷惑をかけてるしまるで疫病神じゃないか。
なんで僕ばっかりこんなことに・・・・・。
そうやってどうしようもない自分の現状を恨んで、3月の頃が嘘のように気分も体調も沈んでいった。
ーーーーー
「おはよ~ございます」
いつもの時間、部屋に看護師さんが入ってくる。
僕は寝不足の目をこすりながら体を起こす。最近頭と腰が痛くて夜中に起きることが増えたせいだ。
そしていつものように検温をした後には最近は朝にやる事が増えた。
「今日は注射するのでちょっと待っててくださいね」
そう言って看護師さんが色々準備しだした。それに合わせて僕も腕をまくり準備する。
「じゃあ始めますね」
「はい、お願いします」
左腕にアルコールのヒリヒリ感と注射針のチクッとした感覚が来る。
最近は注射や服用する薬が増えてきて、自分が病人であるという実感だけがどんどん強くなっている。
「じゃあ終わりましたので、ちょっと待っててくださいね」
その後左腕がかゆくなっても掻かないようにと僕に言い残し、看護師さんが病室を後にした。
相も変わらず面会謝絶の札はかかったままの病室。来客なんてものも病院関係の人か家族ぐらいしかない。どんどん気が滅入っていくし何をしても楽しくない。
まだ痛みが残る頭を押さえながら、習慣になりつつあったどうしようもないマイナス思考をしていると、いつの間にか寝てしまっていた。
そしていくら寝ただろうか。
まだぼんやりとした意識の中、外の廊下から聞こえる子供の声が聞こえてきた。しばしばした目を開くと、窓越しに空高く上がる雲が見えた。ゆっくりと頭を回して時計を見ると十一時を指していた。
「あぁもうお盆か」
ふと時計の横のカレンダーが視界に入りそんなことを思いだした。
じゃあさっきの子供の声は、夏休みにお見舞い来たとかそんなだろうな。もしかしてあのおじいさんの孫だろうか。と、そんなことを考えながら、また体を起こしボーっと外を眺めていると病室のドアが開いた。
「紡ー?今大丈夫そう?」
母さんがドアから顔を出し、その後ろから父さんも部屋に入ってきた。
「うん、薬飲んだし大丈夫だよ」
前よりも疲れ気味な父さんに心がチクッとする感覚を抑えつつ、無理やり明るくそう返答した。
「前紡が言ってた本買ってきたよ」
そう言って母さんが数冊の本をカバンから出した。前僕が母さんに話した好きな作家さんの本だ。
「いつもありがとう」
ふとした会話に出てきた物でも、こうやって色々買ってきてくれるのはありがたい。でもあまりにも自分の為にここまで気を使わせてしまっている事に気後れしまう自分がいる。
「じゃあここ置いとくね」
母さんが本を置くと、窓の中の雲を遮るように二人とも座った。
少し汗ばんでることからも、外は相当暑いのだろう。
「色々僕のためにありがとね」
なんか色々申し訳なさからついそんな言葉が出てしまった。
「・・・うん?全然大丈夫だよ。ね?あなた」
「ん?あぁ、まぁ紡の親なんだから当たり前だよ。気にすんな」
二人とも少し唐突だったから、戸惑い気味ながらそう答えてくれた。
でも内心二人ならこう言ってくれる、そう思ってた打算的な自分もいて自分に少し嫌気がさした。
「・・・・本当にありがと二人とも」
「私たちの事は気にしないで、今は早く元気になってくれればいいからね」
母さんはそう言いながら、優しい笑顔で頭を撫でてくれる。最近よくこうやって撫でてくる気がする。
でも僕はこうやって二人に甘え続けていいのだろうか。そもそもこうなったのは僕の自己判断の甘さで病気を悪化させてしまった事にある。それなのにこんなにも二人は苦労して僕に尽くしてくれている。
そんな事を考えると、ただ二人への罪悪感から逃げるようについ言葉が出てしまった。
「で、でも、そう言ってくれるのはありがたいけどさ。僕のために二人に無理してほしくないっていうか、そこまでしたって僕の症状がよくなるわけじゃないというかさ・・・・・」
突然こんなことを言ってしまったから、当たり前に二人とも黙ってしまった。
そんな少しの沈黙の中で、急にこんなめんどくさい話されても困るかと思い、僕が訂正しようとするとそれより先に父さんが口を開いた。
「うーんとな。前々から思ってたけどなんか紡は勘違いしてるんじゃないか?」
父さんが真っすぐ僕の目を見て言葉を選びつつ語りだす。
「もちろん症状がよくなってほしいのはそうなんだけどな。ただ俺らが紡のために何かしてあげたいだけなんだ」
一呼吸を置いて、また言葉を紡ぐ。
「つまりこれは俺らがやりたくやってること。だから紡が気にすることなんて何にもないんだ」
それに同調するように母さんも賛同の声を上げる。
「父さんの言うとおり気を遣わなくても良いんだよ。だから全力で私たちに迷惑かけて」
それを聞いてなんて答えるのが正解なのか僕には分からなかった。
ここまで愛されて僕は幸せだと思う。でも、だからといって額面通り受け取って、それで迷惑をかけたままでいいのかと、問いかけてくる自分もいる。でも実際本当に迷惑と言われたら僕はどうすればいいのか?
などと頭の中で自問自答を繰り返し返答に困っていると、父さんが先ほどまでの真面目そうな顔から打って変わって、明るい顔で諭すように話しかけてきた。
「あのな。紡は昔から難しく考えすぎなんだよ。母さんを見習えって、いっつも適当で大雑把だろ?」
そう言いながら場を和ませたいのか急に母さんを指さしていじりだした。
「うんうん・・・・・って!え!?私?とゆうかそれ言ったらあなたが几帳面過ぎるんでしょ!」
「いやいや一昨日だって、なんかのパスワード忘れたがどーだの言ってたじゃん」
「それはあれじゃん!パスワード書いた紙が見つからなかったからで結局見つかったからいいじゃん!」
「そういうことじゃなくでだなぁ・・・・」
緊張したさっきの空気感はどこへやら僕をそっちのけで言い合いを始めた二人。
久々にこういう光景を見た気がする。昔からよく見てたどーでもいい言い合いだ。それを見てると今まで色々考えてたことが吹き飛んで、懐かしさからか少し顔が綻ぶ。
「お、やっと笑ったな」
「っえ?」
ふいに自分に言葉が向けられ少しびっくりする。てか母さんもちょっとびっくりしてた。
「辛気臭い話より、こうやって笑ってた方がいいだろ?」
父さんは僕に向きなおして今度は優しい目で僕の目を見てくる。
「・・・うん」
そのあとの言葉が出てこない。やっぱうまく頭の中がまとまらない。何が正解で何を言うべきかが分からない。
そんな黙ってしまった僕を見てか父さんは更に明るそうに。
「まぁあれだ!じゃあ治ったらなんか親孝行してくれよ。例えば旅行連れてってくれるとかさ!」
そう母さんに同意を求めるように父さんが視線を向ける。それに母さんもあわあわしながらも同調するように。
「あ~私はオーストラリアとか行ってみたいな~なんて」
「・・・・英語喋れたっけ?」
つい湧いてきた疑問を声に出てしまった。
「まぁスマホあればなんとかなるって!」
母さんがスマホを握りしめてそんなことを言っている。
でも確かにそういえば昔から海外行きたいとは言ってたっけか。就職していつか海外旅行連れてくのもいいかも知れないな。
「で、紡はどこ行きたいんだ?」
そんな旅行の話から広がって、色々親孝行のリクエストを聞いた。小さいことから時間のかかりそうなものまで色々。
また気を使わせてしまったなとも思いつつも、二人と未来の話をすると少し気が晴れてきた気がする。
こんな僕をここまで想って、支えようとしてくれる二人の子供に生まれて幸運だったと思えた。
だから僕はこの二人からの想いに応えたいそう思い言葉を紡いだ。
「治ったらたくさん親孝行するから待っててね」
今までの罪悪感の分だけ早く治って、親孝行してやる。絶対に。
その後も時間いっぱいまで話した。なんでもない事、どうでもいい事、そんなことで笑い合って楽しい時間だった。
今日はいつにもなく笑顔になれていたと思う。
こんな日がいつまでも続けばいいのにと思えるほどに。
ーーーーー
ベットから体を起こす。今日はずっと呼吸しづらい感じがする。
ふいに視線を窓に向けると、窓は赤くなって学生らしき人影が下校してるのが見える。
「紡さ~ん。夕飯ですよ~」
いつもの看護師さんが夕飯を持ってきてくれた。その食事と一緒に食後に飲むであろう薬が置いてある。
ここ最近はこうやって薬が増えてきついこともあるけど、なんとか頑張れていれると思う。
出来る範囲で運動も始めて体調も心なしか良くなってきた気がして、心の持ちようでも変わるものは変わるんだなと実感している。
「あ~もう夏休みも終わっちゃったんですかね~」
看護師さんがカーテンを閉めるときにそんなことを話しかけてきた。
「っすね~。まだ暑いのに可哀そうですよね」
「最近暑いですからねぇ。でもこうやって窓からこういう景色見ると、あぁ今日も終わってやり切ったなって感じれてなんか良くないですか?」
「あ~なんかいいですね。そういう見方」
普段何かと悪い方向で物事を見てしまう僕にはない前向きな考え方で、素直にいいな思った。でも看護師さんは茶目っ気のある感じで笑うと。
「まぁ私今日夜勤なんですけどね」
そういえばそうだった。なにも疑わずに感心してしまっていた。
「お勤めご苦労様です」
それからそんな感じで看護師さんとなんでもない話をして病院食を食べ終わった頃。
ふっと思いだしたように看護師さんが口を開いた。
「そういえば今週はもうご家族の方々は来られないんですか?」
「あ~明日に来てくれるらしいですよ」
すると看護師さんは感心したように。
「いいご両親ですね~。いつもよくお見舞いに来られてますもんね」
「感謝しかないですね」
そう言いながら僕が看護師さんに食事のプレートを手渡そうとした時、ガシャンと音を立ててそのプレートが床に落ちた。
固まった僕の視界ではそれを看護師さんが屈んで皿を拾おうとしてるのが見えた。
「ってあぁ!すみません、すぐ片付けますね」
その声に返事をしようとしたが声が出せなかった。その瞬間に僕は全身から力が抜けて屈むように倒れて、呼吸が急にしづらくなった。
「・・・?紡さん!?紡さん!!!大丈夫ですか!?」
僕の異変に気づいたのか、看護師さんは僕の体を起こして呼吸器を付けたり色々してくれていたようだった。だけどそれを僕はどこか他人事のように眺めていた。
だがそんな僕の視界すらも閉じていって、周りの様子がうかがえなくなってきた。そんな中看護師さんが呼びかけてくれてる気がしたけど、この時には何を言われてるか分からなかった。
そうしてだんだんと五感が消え外界をほとんど感じれなくなった時、ただ直感だったけど死ぬんだなと感じてしまった。
その瞬間にいろんな想いが溢れてきた。
きっと父さんや母さんにはつらい思いをさせてしまうなと。
友達と約束した卒業旅行も行けてないのになと。
結局僕は何もできないまま死んでいくんだなと。
せめて最期ぐらいは父さん母さんに見送られたかったと。
家族旅行連れて行ってあげれなかったなと。
感覚の次にだんだん薄れていく意識の中、色々やりたかった事やり切れなかった事、後悔してる事が次々あふれ出してくる。
でもそんな後悔ばかりの人生で、最後にちゃんと向き合って父さんと母さんと話せてよかったそう思えた。
もしかしたら最後に神様がくれた機会だったのかもしれないそう思った。
父さんと母さんに対して後悔をもって死ぬことが無くてよかった。
ただただ薄れゆく意識の中、後悔ではなく、幸せな想い出の走馬灯を見続けた。