第十八話 決して涙は見せない
雨が降りそうな空の中、私は森から背を向けるように立っていた。
「ブレンダさんのお陰で今の僕があります!一生ブレンダさんの想いをこのナイフと一緒に持っていきます!」
そんな泣き出しそうな声が後ろから聞こえてきた。
その声に振り返りたい感情を抑え、足音も聞こえなくなって静かになった時、ふと右手に持つナイフが目に入った。
「一生、ですか・・・」
まさか私がこんな事を言われる立場になるとは思わなかった。
でも今ならあの時の妹の気持ちが少しだけ分かる気がした。
「・・・・さてやりますか」
私の感傷に浸る時間なんて無いとでも言いたいのか、青髪の女盗賊を中心に計十五人の襲撃者がこちらに向かって走ってきていた。
それに対して、私もカバンからかき集めた油と松明を取り出して精一杯の抵抗の為の準備を始めた。
そうして準備を終え盗賊が目の前に来た時、私はナイフを腰に差し、長年愛用している両手剣を取り出した。
「また会ったな。もうご主人様は死んじまったぞ?」
青髪女がそう言って、返り血なのか赤くなった服をヒラヒラと見せてきた。
「・・・いえ、まだ私の主人は生きてますので」
フェリクス様が生きている限り、まだ私はあの家の使用人だ。それがあの子との約束だから。
「・・・・?忠義ものだねぇ。ま、いいか。お前らはガキの方を追え」
その指示に従って、私の左右をそれぞれ四人ずつ通り抜けようとした時。私は持っていた松明を取り出し火をつけた。
「金目の物かと思ってたんだが、そんな物持ってきてたのか」
まだ青髪女は私の意図に気づいていないらしい。
「えぇ、あなた達へのプレゼントです」
その言葉と共に振り返り、油をあちこちに撒いた茂みに松明を投げ入れた。
「急に何かと思ったら、んなちっぽけな火で何が・・・」
もちろんこれだけでは大した火にならないのは分かっている。
だから、今の私のあるだけの魔力を使って、炎で盗賊の行く手を遮るように木々を延焼させていった。
するとその火を見上げるようにして青髪女が感嘆の声をあげた。
「・・・へぇ、こんな片田舎にお前みたいなすごい奴もいるもんなんだな」
そして私は昔のように傭兵としての鎧ではなく、今は使用人としての給仕服を身に纏い長年連れ添った両手剣を構える。
「お前ら囲むように広がれ。ロルフお前は動くな」
「・・・ッチ、オキニだからって偉そうに」
意外にも人数で力押しではなく、延焼している所を避けてじわじわ半包囲を進めてきた。その青髪女の戦術の堅実さに私は少し驚いてた。
正直この戦力差なら力押しをすると考えて、その隙に乱れた戦列を突破してリーダーであろう青髪女を潰しに行こうとしてたから、私にとってこの展開は少々嫌な展開になってしまった。
「よし、お前らかかr、、、、」
だがそうは言ってられないと、一番に近く突出していた左の一人に両手剣を振り上げ初撃をぶつける。
「っえ!????」
油断して仕掛けられると思っていなかったのか、簡単に一人目を叩き切る事が出来た。やはり所詮は盗賊、戦闘経験は薄いらしい。
だが同時に大振りな攻撃をした私の背中には、大きな隙があった。
「後ろががら空きだぜぇ!」
剣を振り下ろした反動で体勢を崩していたが、わざわざ声を出して仕掛けてくれたお陰で反応することが出来た。そしてそのまま振り向きざまに、敵が振り下ろすより先に敵の体を真っ二つに切り裂く。
よしこれで二人目だ。
「お前ら怯むな!囲んで叩け!」
その青髪女の号令と共に、一斉に左右からそれぞれ三人ずつ突っ込んでくる。
それに対して私は、両手剣を構えようとしたが動かなかった。
「・・・ッチ」
振り返ると、私の両手剣は勢い余って木に深く刺さっていた。時間を掛ければ抜けないことはないが、それをしていては間に合わない。
「あいつ剣が刺さって動けねぇぞ!」
左手から来る三人のグループが他より先行して迫ってきており、両手剣を諦め対応せざる負えなくなった。
「俺が手柄頂きィ!!!」
中央の一人が突出して仕掛けてくるが、咄嗟に腰のナイフを取り出す。そしてその盗賊の剣を掻い潜り懐に忍び込む。
「クッソッなんでこんなババアに・・・・」
なんとか三人目を無傷で首を掻き切り殺すことができた。
だがそれで安堵している暇など無く、後続の二人が襲い掛かってきた。
「お前左から仕掛けろ!」
「おう!」
二人同時に盗賊が襲い掛かってきた。何か武器が無いかと探すと、今しがた殺した盗賊の剣が、足元に落ちていた。そしてその剣を拾い視線を上げると、もう既に前方の二人は剣を振りかざす所だった。
咄嗟にそれを避けるのは無理と判断し、そのまま二人分の攻撃を拾った剣で受け止めた。
「ッチ、こおのババア、力強すぎだろ・・・」
ギリギリと刃は音を立て震える。でもそれでも私の剣は少しずつ正面の二人の首へと距離を縮めていた。
そうして一旦はなんとかなったが、背後からは追ってくる三人分の足音が大きくなってきた。
これ以上時間をかけれないと判断し、強引に仕掛ける。
「・・・・・う゛らぁあああ!!!!」
力で二人をまとめて押し切り、体勢が崩れた所をそれぞれ首を掻っ切って四人目と五人目を殺した。
だが時間をかけ過ぎたようで、足音は真後ろまで迫っていた。
「もらったァァアアア!!!」
自分自身も体勢が崩れていたこともあってその攻撃を避けきれず、左肩に深く盗賊の剣が斬り込んできた。せっかくの使用人服を汚してしまった。
だがそれでも私は怯まず、後ろから来た三人を相手にせず交わして、青髪女を目掛けて走り抜けた。
「そっち逃げたぞ!左腕は潰した!」
それに反応して正面の六人が青髪女を守るために出張って来た。
もうすでにこの傷じゃ殲滅は無理、でも青髪女狙おうにも正面の壁が厚くどうしようもできない状況だった。
だが、こちらの捨て身の突撃を想定していなかったのか。多少戦列は乱れていた。
「・・今しかない!」
そんな僅かな隙に賭け、木で他と多少孤立気味の一番左にいた盗賊目掛けて突撃した。
「こっち来たぞ!!援護たのむ!!!」
やはり狙い通り森ということもあり、連携は取りずらいようで、一瞬だが一対一の状況に持ち込む事が出来た。
だが相手もバカじゃ無い。すぐに他の仲間がカバーに来るから、正面のこいつをすぐに片付け、あの青髪女を殺さねばいけない。
「おら!かかってこいや!・・・っておいおい!!まじかよ!!!!」
ならばと速度を重視して、慌てて剣を構える盗賊に向かって、もう使えない左半身を盾にして突撃した。
「気でも狂ったのかよ!」
そう錯乱気味に盗賊は剣を振り下ろし、既に血だらけの私の左肩に深々と切り刻まれた。
だが、それでも私の勢いはとまらず、目の前の男を押しのけ、開けた先にいる青髪女に勢いそのまま突進していく。
強引だがこれでなんとか道が開けた。他の盗賊らは私の後でもたついていて、青髪女と一対一になれた。怪我は深いがこれぐらい我慢出来なくてどうする。
今ならいける!そう思い剣を右手でしっかり握る。
「・・・・覚悟ッ!!!」
残る力を込めて右手で剣を振り上げる。
「おぉ、こっわ」
まだ青髪女は剣も抜いておらず、避ける動作も見えなかった。これならいけると深く踏み込んだ時何かが腹を貫通した。
「━━━ッ」
それ以上体をいくら動かそうとしても目の前の青髪女に届かなかった。口からは生暖かい血が流れ、体から力が抜け、振り上げた剣はあっけなく手から離れ地面に突き刺さった。
「魔法を使えるのはお前だけじゃないってこった」
青髪女の視線の先を追うように見ると、そこには魔法で作られたのであろう石柱が腹を貫いていた。
「ま、五人もやられるとは思わなかったけどな」
そう言いながら目の前の青髪女は、盗賊達に子供を追うように指示を出していた。
そんな青髪女に妹のナイフを取り出して目の前の女に届かせようとするが。
「・・・もうやめとけ」
私は受け取ってから一度も肌身離さず持っていたナイフが、あっさりと青髪女に取られてしまった。そしてそのままそのナイフをしまった青髪女は私の隣を通り過ぎてしまった。
「・・・・どうか、ご無事で」
縋るように、願うように、血が這い上がってくる口から出た言葉だった。だがその言葉の願いが通じたのか、足音が炎の中から一人分戻ってきた。
「・・・ガキに伝えることはあるか?」
その行動がどういう腹積もりで行われているのか私には分からなかった。でも青髪女は面倒くさそうに、それでも私から聞きたいのか。
「早く答えろ。くたばっちまうぞ」
そんな中他の盗賊が青髪女を呼ぶ声がするが。
「気にすんな!先行ってろ!」
何か私から情報を引き出そうとでもしているのだろうか。それとも仲間を殺された恨みでも晴らすのだろうか。
「んで、ないのか?」
だが目の前の女にはそんな素振りはなく、ただそう聞いてくるだけだった
「・・・・あの子達はどうなるのですか」
意味のない心配なのは分かっているが、つい言葉が出てしまった。
「んまぁ、殺しはしねぇよ安心しな」
おおよそ人身売買とかその辺りだろうか。でもあの子ならそんな逆境もなんとか出来る気がした。それぐらい頑張れる子だし、そこでへこたれるような子じゃない。
そうだあの子なら何とか出来る。私はそう信じていたい。
「私はあの子に言うべきことは言いましたから」
「・・・あぁそうかい。じゃあな」
青髪女は残念そうに頭を掻いて私から去ろうとした。
でも私の口はまだ動いていた。これが意味のない事だとしても、何かがあの子の為に役立てればいいなと託した。
「.・・・でもあなたに一つだけ」
「あん?」
「あの子達の事お願いしてもいいですか?」
誘拐犯に子供の安全を願うなんて、バカな事をしているのは分かってる。
「・・・んでそんなこと私に頼むんだよ」
「なんとなくです」
ただこの目の前の女が、少しの会話でただの加害者に思えなかったからかもしれない。それも希望的観測なのかもしれないけど、それでもだ。
「はぁ?なんだよそれ」
分からない。理屈も理由も無いけど、これが私の最後の使用人としての仕事だと思った。
そして薄れていく意識の中最後に。
「たのみます」
プツリと私の人生はここで幕を閉じた。
長いようで短い、後悔も懺悔もある人生。
でも最後は誰かを想って、誰かの為に死ねたなら。
自分みたいな人間には上等な死に方だと思った。
「・・・ッチ、んだよそれ」
青髪女はナイフを腰に差して森深くに入って行った。
ーーーーー
「はぁ、はぁ・・・はぁ。三人とも大丈夫?」
ブレンダさんと別れてから、五分ぐらい経った。
後ろを振り返り確認すると、まだ追手は来ていないが、まだ距離を稼がないといけないのに三人とも疲れ気味だった。
「ね、ねぇ!あの煙って」
そうルーカスが指さす方にはたくさんの煙が上がっていた。それがブレンダさんがやったのはすぐに分かった。
「先へ行こう」
僕は今足を止めてはダメだ、そうその火に言われている気がして前を向いた。
それから足が傷だらけになりつつも僕らは走り続けた。途中雨も降り始め、体力が奪われるのを実感しながらも、それでも足を動かし続けた。
「ちょっとここで休憩しようか」
どれぐらい逃げただろうか。あれから二十分以上は走ったと思うけど、流石に他の皆が限界そうだった。
「はぁ・・はぁ・・・大丈夫かエルシア?」
「・・・うん、兄さん」
みんな雨で余計に体力を奪われていて、これ以上は走れなさそうだった。でも丘を越えるまでは進もうと休憩をすぐに終わらせ、走りを止め歩くのを再開する事にした。
「とりあえず、歩きながらでも進もうか」
もう日が沈み始めて足元も皆の顔も見えずらくなってきた。
でも後ろを振り返ると周りは真っ暗な空の中、未だに雨に負けず僕らを応援するように空は赤くなっていた。
「こ、これからどうするの?」
周りへの警戒を怠らないようにしていると、隣を歩くルーカスが息も絶え絶えになりながら、話しかけてきた。
「とりあえず、エースイの街を目指そうと思ってる」
「・・・そうだよね。それしかないよね」
子供の足だとかなり時間かかるけど、そこしか他の街を知らないし仕方ない。状況は絶望的でもなんとか僕らは生き残らなければいけない、その思いでただ歩き続けた。
「・・・腹減ったな」
ラースもいつもの元気がどこかに行って、目も虚ろ気味だった。
そんな姿を見て、これから食料、水、寝床の確保とやるべき事の多さを実感し始めていた頃。一番聞きたくない声が背後から聞こえてきた。
「お!やァっとみつけた」
その声の主に察しがつきつつも振り返った先には、ざっと赤髪男を先頭に十人ほどの盗賊がそこにいた。
そして僕らの進行方向からも一人分の足音がして、その方を見ると青髪女が気怠そうに暗闇から出てきた。
「ったく髪の毛ちょっと燃えちまったじゃねぇか」
周囲を見てももう既に僕らに逃げ場は無いのは明らかだった。それにもう足はボロボロ、走る体力すら無い。まさに絶望という言葉が似あってしまう状況だった。
「さて、もう逃げ場はねぇぞ。殺さねぇから大人しく付いてきな」
青髪女がそう言いながら近づいてきた。
「父さんの仇取ってやる!!」
ここまでなんとか大人しくしていてくれたラースが、ここで爆発してしまい青髪女に向かって飛びつこうとした。
「・・・・はいはい。ごめんな」
文字通り赤子の手をひねる様に青髪女がラースを抑え込んでしまった。
もう僕にはどうも出来ない状況まで進んでしまっていたのを、それを見て実感させられてしまった。
「んで、どうする?大人しくすれば、痛い思いはしなくて済むぞ」
そうこうしている内にラースは抱えられてしまった。
そんな時ルーカスが耳打ちをしてきた。
「・・・・ね、ねぇ、大人しく従おう?」
「・・そうだね」
多分この状況だとルーカスの選択が一番正しい。
悔しいしこいつらが憎いけど、僕らが生き残らないと父さん達に顔合わせできない。ここは僕が冷静になって少しでも状況を良くしないといけないんだ。
「じゃ、じゃあ、大人しく従うので、ラースを含めて危害を加えないでください」
「あいよ。おいお前ら連れてけ」
それから周りの盗賊たちに腕を掴まれ僕らの逃げた道を辿るように森を歩いた。
そして森の入り口に近づくにつれ、火事の跡が見えてきたが、火はほとんどと雨で自然鎮火されてしまっていた。それがまるでもう希望なんて無いと言わんばかりの焼け野原だった。
「・・・・あれは」
燃え残った木々の間から、行きには無かった石柱のような物が見えた。
「おい、何見てんだ」
「い、いえ。なんでも」
だがその石柱を見ることすら許されないようで、青髪女に止められてしまった。
それからもぬかるんだ地面を歩き続けて、エルムの木の元まで来た。そしてそこには一人の男と五台の馬車が待機していた。
「あっ、やっと来ましたね~。もう雨で濡れちゃいましたよ~」
いつも村に来ていた時のような笑みで、そこに商人だったブラッツが立っていた。ただただその笑みに無性に腹が立って仕方なかった。
そしてそれはルーカスが一番大きく抱いた感情で、珍しくルーカスが声を荒げた。
「よくも・・・よくも・・・・」
今まで僕よりも冷静だったルーカスが、そんなブラッツを見て感情を露わにした。
僕はこれ以上状況を悪化させないようにルーカスに耳打ちをした。
「落ち着いて。暴れたらだめだよ」
「だ、大丈夫だから。我慢できるから」
そう言うルーカスの左手は血が垂れるほど強く握られていた。
「うし、じゃあガキども乗せろ」
その言葉とともにラース達が、乱暴に物のように荷車に投げ入れられた。
僕もそうやって投げ入れられる瞬間、暗くて見えないはずなのに、遠くに僕の家が見えた気がした。
八年間しか過ごしていないけど、その間皆から色んな想いを受け取った家だ。
僕がこの世界でフェリクスとして生きるきっかけをくれたブレンダさん。
僕を拒絶せずありのまま受け入れてくれた父さん。
僕に戸惑いや気持ち悪さを感じていたはずなのに、それでも母親として接してくれた母さん。
もうあの村に帰れない。
もうあの生活は戻らない。
もうあの人達には会えない。
そんなさよならばかりだけど、想い出たちに僕は涙を見せないよう強がりでみっともなく星の綺麗な空を見上げたのだった。
ここで一章は終わりです。
なんとかこれまで毎日投稿し続ける事が出来たのは、偏にここまで読んでくださった皆様のお陰です。本当にありがとうございます。
私自身この作品が初投稿作品で多々お見苦しい点があったと思います。ですがそんな中ブックマークや評価ポイントを付けてくれた方々には感謝しかありませんし、とても嬉しかったです。
そして2章以降は今週の金曜日(3月14日)から、また出来るだけ毎日投稿できるよう頑張るので、よろしくお願い致します。




