第十七話 さみしさを押し込めて
今日は僕の八歳の誕生日だ。
森に行った日から一週間も経ったけど、あれからは母さんとも打ち解けれてきたしで、楽しい日々を送れていた。
それに今年は僕の誕生日に収穫祭も被って、僕だけじゃなくて村全体が楽しそうな雰囲気になっていた。
そして今僕も昼の鍛錬を終えて、少し様子を見に行こうと村の広場に向かっていた。
そうして一人で村への道を歩き、だんだん広場に近づいていくと、ぼちぼち祭りの飾りが始まってるのが見えた。そんないつもと違う村をワクワクしながら見て回っていると、いつもの広場の井戸近くにルーカスを見つけた。
「おっ、ルーカスー!」
「ん?あっフェリクスー!もうケガは大丈夫ー!?」
僕が手を振るとルーカスは全力で手を振りかえして返事をしてくれた。
そんなルーカスに近づくと、いつもはこの時間大体一緒にいるラースとエルシアが見当たらなかった。
「ラース達はどうしたの?」
「え、さっきまでここにいたけど・・・」
そう二人人でキョロキョロして探していると、ディルクさんの家の前で怒られているラースの姿が見えた。
「・・・・ルーカス、どうする?」
「い、一応ディルクさんにも挨拶しときたいし、行こう」
僕もそれに賛同して、ディルクさんの家の前に向かった。そうやって向かっていると、ディルクさんの後ろにエルシアがいるが見えた。
「あ、あのー今大丈夫そうですか?」
「ん?あ、これはこれはお久しぶりです。お体はもう大丈夫ですか?」
遠くで見ると叱られているように見えたけど、このディルクさんの雰囲気だと、そんな事は無かったらしい。
「えぇ、もう全然大丈夫です」
「そうですか、それは良かった。それでどうなさったので?」
その質問には僕が答える前にルーカスが答えてくれた。
「あ、いやただ挨拶と、ラースを呼びに来ただけです」
「あぁ~そうですか、ちょっと待ってくださいね。もう少しで話が終わりますので」
家族の話を盗み聞きするのも良くないと思い、僕らは少し離れた所で待っていることにした。
そうしてボーッとラースとディルクさんの話している所を眺めていたら、ルーカスが僕の方を叩いた。
「ね、ねぇ、フェリクス」
「ん?どした?」
「あ、あれ、どう思う?」
そうルーカスが指さした先には、五台の馬車が土煙を上げてこの村に向かっているのが見えた。確かブラッツさんが祭りの日に来るって、父さんが言っていたしそれの馬車だろうか。
「明らかに馬車多くない?」
たしかにルーカスが言うように、たかだが数十人の村には過剰過ぎるぐらいの馬車の量には思える。
「こ、こんな田舎にあんな量来るかな?」
「確かにねぇ・・・」
僕も同じように疑問には思う。だがまぁエースイの街への中継に、ブラッツさんが仲間を連れてきたとかそんな所なんじゃないかとは思うのだが。
そう僕が言っても、それでもルーカスが心配していたので、僕らは一応ディルクさんに聞いてみることにした。
「ディルクさん、お話の途中すみません。今日あんな量の商人が来る予定とかあります?」
そう僕が指をさすと、その馬車の集団はさっきよりも近づいてきているように見えた。
「ん?俺は知らないですけど、大方ブラッツの奴が連れてきたんじゃないですかね」
「・・・まぁそうですよね」
まぁそれしか可能性は無いよな。でもなぜか僕も少し心配になってきた。確かにあの馬車の数は異常なように感じてきてしまう。
「あ、入ってきた」
そうこうしている内に馬車の隊列が村に入ってきた。近づいてきたから分かったが、先頭の馬車の御者台にブラッツさんがいたからひとまず安心出来た。やっぱりただ単にお祭りだからたくさん連れてきただけだよな。
だがそんな僕とは違いまだルーカスは心配そうだった。
「あ、あの馬車の中の人見える?」
「え、どれ?」
「あの後ろから二番目のやつ」
ルーカスが指をさす方を見るが、後ろから2番目となると・・・。
ん~陰で見えずらいけど、誰かが座っているような・・・・・。
「え・・・・・」
中の人間と目が合った。一週間前見た赤髪男がこちらを見ていた。いや睨んできていた。
「━━ッ!」
一瞬でこの状況のやばさを実感した。そしてすぐに僕はとにかく皆を逃がさなければと思い、近くにいたルーカスに呼び掛けた。
「逃げるよ!」
「う、うん!」
ルーカスと僕は、顔を知っていたお陰で直ぐに動けた。だがディルクさん達は話に意識がいっていたのか、馬車に乗っている人間に気づいてなかったようだった。
「え、急にどうしたんですか!?」
「前森にいた盗賊です!ラース達も逃げるよ!!」
そんな僕の言葉に、ディルクさんも状況を掴み始めたのかバタバタし始めて、それは他の村民にも伝播していった。
そして僕ら子供四人とディルクさんはとりあえず逃げるためにも、僕の家に向かって走り出した。
「おめぇら!ガキは逃がすなよ!」
後ろからそんな声が聞こえた。
また別の聞いた事のある声だと思い、走りながらその声の主の方を見るとやはり以前の青髪女だった。
それに十五人ほどの人間が馬車から降りて僕らを追いかけてきているのが見えて、更に状況が悪化しているのを実感した。
そしてそれは隣を走るルーカスも同じように思っていたのか、かなり焦っているような感じがした。
「あ、あれって、ブラッツさんもそういう事なの!?」
「分からない!けど、状況的にはそうでしょ!」
「・・・・そ、そう、だよね」
ルーカスは盗賊がどうのよりも、信用していたブラッツがそんな人だったのかとショックを受けていたようだった。
色々ブラッツが村に来ていた理由が思い浮かんだが、今はそんな事を考えても仕方ないと思考を切り替えようとしていたその時。
「父さん!!!」
突然僕らの後ろを走っていたラースが叫んだ。
「ラース!いいから逃げろ!」
僕が振り返ると、ディルクさんは農機具を持って立ち止まっていた。その背中から分かるが、時間を稼いでくれると言う事なのだろう。
「ラース!逃げるよ!」
「いや・・・でも、父さんが・・・」
今ここで立ち止まっている時間がもったいない。だからラースがいくら泣き喚こうと僕はディルクさんのためにも、手を引っ張って連れてかないといけない。
「クソガキィィィィイイ!!久々だなァァァァァ!!!!
僕らがこうして止まっている内にもあいつらが近づいてきたようだった。赤髪男が僕だけをロックオンしたように走ってきていた。
「ルーカス!俺らが時間稼ぐ!逃げきれよ!」
でもそんな盗賊たちを止めるように、フリッツさん始め村の皆が間に入ってくれていった。皆それぞれクワとかの農機具で戦おうとしてくれていた。突然の出来事で全く頭が追い付いていないのに、皆すでに覚悟を決めて僕らを守ろうとしてくれていたのだ。
「え・・・・は、はい!父さん頑張ってください!!」
ルーカスは自分の父親がこれからどうなるか予想がついてるはずなのに、それでも受け入れれていた事に僕は少し驚いた。
「ラース行くよ!」
「えッ!ちょ、ちょっと!待って・・って!」
そんな光景を見て、僕も村の皆の想いを無駄にするわけにはいかないそう思い、ラースの手を無理やり引っ張り走り出した。
そしてチラッと見た僕の隣を走るルーカスが少し泣いていた。
「ルーカス、大丈夫?」
「僕は・・・大丈夫。分かってるから・・・」
ルーカスは涙を拭いてそれでも振り返ろうとはしてなかった。
「エルシアは大丈夫?」
エルシアは今ルーカスが手を引いてあげてるけど大丈夫だろうか。ラースと一緒で親とあんな別れ方してしまったら・・・。
「私は大丈夫。気にしないで」
エルシアは思ったより大丈夫そうだった。いや我慢しているだけなのだろうか。
「もうすぐ着くから!皆あとちょっと頑張って!」
そうして走り続けていると、僕の家が見えてきた。
改めて後ろを振り返ってもまだあいつらは見えない。多分まだ村のみんなが粘ってくれているんだ。そう前方へと視線を戻すと、父さんの不思議そうにした顔が見えた。
「ん?どうした?そんな汗だくで」
僕らが家の前に着くとちょうど庭で父さんが鍛錬をしている所だった。
「あ、あの村が!前の盗賊に襲撃されてて!」
「・・・ッ、分かった。とりあえずみんな庭に入れ」
父さんはそう言ってすぐ家に戻って行った。場慣れしているのか冷静に対応してくれて、僕としても幾分か安心出来た。
だがやはり子供にとってはこの状況は冷静ではいられなかったようだった。
「なぁ!なあ!父さん早く助けに行かないと!」
ラースが村の方を指差して、今にも走り出しそうな勢いで叫んでいた。どうにか僕がそんなラースを抑えようとするが。
「落ち着いてラース!きっと僕の父さんがすぐ助けに行くから!」
「で、でも早く行かないと!!」
やはりラースは父親が心配でならないようだった。まだ八歳の子には受け入れられるような現実ではないんだろう。だが、妹のエルシアも何とか落ち着いて兄のラースをなだめようとしてくれていた。
「兄さん落ち着いて。どうせ私達が何しても変わらないよ」
「な!なんでお前はそんな落ち着いてるんだよ!父さんも母さんも危ないんだぞ!!」
そうラースが泣きながらエルシアにとって掛かろうした時、家の扉が開いた。
その扉からはそれぞれ武装した父さん、母さん、ブレンダさんが出てきた。
「よし、お前ら逃げるぞ」
父さんは出てくるなり村とは逆方向の道へと進もうとした。
「え?父さんは!?俺の父さんは???」
ラースがそんな僕の父さんに反発していた。それはラースだけではなく比較的冷静であれていたはずの、僕やルーカスも父さんの言動には少し動揺してしまうほどの物だった。
「・・・村の方見てみろ」
そう父さんが村の方を指差すと、その先に見える空は夕方でもないのに赤く染まっていた。そしてその景色とともに風に乗ってなにかが燃える匂いがした。
「フェリクス様。こちらの剣を」
ブレンダさんが僕のショートソードを持ってきてくれた。この短期間でまたこの剣を腰に下げる事になるとは思っていなかった。
そのショートソードを僕に手渡した時ブレンダさんはこう言った。
「覚悟は決めておいてください」
まだ僕には人を殺す覚悟なんてないけど、その言葉だけでそうは言ってられない状況な事ぐらいは良く分かった。
そうして泣き喚くラースを引き摺るように連れて皆で逃げて続けて、いつものランニングコースを通り、小川に差し掛かった時。
「じゃあブレンダ頼むぞ」
「はい承知しました。お二人ともご達者で」
それだけで会話を済ませ、父さんと母さんは小川を僕らと一緒に渡ることなく立ち止まっていた。その行動の意味を僕にはわざわざ聞かなくても分かってしまった。
「そんな顔すんなって。すぐ追いつくから気にするな」
「いやでも・・・」
もう既に父さんたちの背後には追手が遠目でも見える距離までには来ていた。その追手も軽く見積もっても十人以上はいるのに二人で抑えきれるはずがない。
だが、ラースにあぁ言ったんだから僕も受け入れなければ・・・・・。
そう何とか心に押し込めようとしているけど、それでも心はそれを許容するには時間が足りなかった。
「・・・・まぁフェリクスには受け入れづらいかもしれんが、俺達はお前の親だからな。やれることをやりたいんだ」
だとしても追手とは距離が近づいたとはいえ、まだ一緒に逃げれば何とかなるはずじゃ、と思ってしまう。
でもそんな僕の考えなんて知らないと言うように、二人が口を開いた。
「またいつか会いましょうね、フェリクス」
「この先何があっても振り返るなよ、またなフェリクス」
それだけ言って二人は僕らに背を向けてしまった。
そんな二人の背中を見て、さみしさや後悔が湧き上がってきた。でもそれでも二人の覚悟を無駄にしてはいけないと、なんとかグッと押し込んで僕も二人に背を向けた。
「フェリクス様」
「はい。行きましょう」
そして僕らが走り出した時。父さんと母さんの目は見えなかったが声はしっかり聞こえた。
「フェリクス元気でね!またいつか話聞かせてね!」「俺らの事は気にせず楽しく生きろよ!」
僕はそんな言葉に振り返りたい感情を押し込んで、足を止めずに二人の息子としての本心を込めて返事をした。
「はい!父さん!母さん!愛してるから!!!!」
この二人の想いを無駄にしちゃいけない。僕は潤んだ瞳から涙が零れないように前を向いて走った。
ーーーーーー
それから走り続けていると日が暮れてきた。
いつもと同じ時間、同じ道をいつもと違う状況で違う人と走り続けていると、エルムの木のあたりまでついた。途中聞こえてくる、鉄のぶつかる音に振り返りたくなる気持ちを抑えるのがどれだけ僕の心を痛めたか。。
「皆さん森に入る時、足元見えずらいの出来を付けてください」
そう言ってブレンダさんが僕たちを先に森に入るよう歩かせた。
「森の入口で私が残ります。フェリクス様達は、丘を越えたらバレないよう隠れていてください」
その言葉とともに、ジャリっとお金の入った袋を僕に渡してきた。その袋の重さは、僕には重すぎるぐらいの責任があるように感じた。
そしてそうこうしている内にもブレンダさんの肩越しに追手が迫っているのが見えた。人数はほとんど変わらず十数人はいる様だった。
「・・・・大丈夫ですよ。これでも死線は何度もくぐってますので」
心配そうな顔をした僕を安心させたいのか、ブレンダさんは笑ってはいるけど、あの数は無理なのは僕にもわかる。
でもそんな事ブレンダさんは百も承知なのか僕の頭を優しくなでると言った。
「もし私が死んでも、気に病まないでくださいね」
「・・・え?」
そう言って僕の返事を待つことなく背を向けてしまった。
「私は見送ることが多い人生でした。だから残される者の辛さは分かります」
ブレンダさんは肩越しにこちらを振り返って僕の目を見た。
「だからこそ、私から言っておきたい事があります」
「・・・はい」
僕はなんとか擦れそうな声を絞り足してその言葉の続きを待った。
「死んだ者はいくら嘆いても生き返りません。今生きている者の為に生きなさい。そしてその生きている者の中に貴方自身がいることを忘れないようにしてください」
ブレンダさんはその言葉を言い終えると、鞘に収まったナイフを投げてきた。
僕はなんとかそのナイフをキャッチして、それを見てみると柄の感じからしてかなり昔の物のように感じた。
そんなナイフを見てふとブレンダさんの話を思いだした。
もしかしてこれって・・・。
「こ、これってブレンダさんの妹さんの・・・」
「違いますよ。それは私のです。こっちが妹のですよ」
そう言ってブレンダさんが、今僕の手にあるナイフと同じ見た目のナイフをとり出した。
「そのナイフは大切に手入れしてきたので、まだまだ使えると思います。だからこの先預かっててくれませんか」
その言葉を聞くと、このナイフがさっきの袋よりもずっしりと重く感じた。そうして僕がそのナイフを返事のように大切に離すまいと抱えると、ブレンダさんが笑った気がした。
「では、お願いしますよ」
そんなブレンダさんに僕も最後に言い残すことの無いよう、言葉を紡いだ。
「ブレンダさんのお陰で今の僕があります!一生ブレンダさんの想いをこのナイフと一緒に持っていきます!」
それだけ言って僕は皆と一緒に走り出した。理解も納得も感情も何もかも追いついていないけど、それでも振り返らず走った。
振り返ると我慢し続けてきた涙が零れるのは分かっていたから。
父さん、母さん、ブレンダさんから、僕は沢山の物や想いを受け取ってきた。
その分今日のサヨナラは僕のこれからの人生に深く刻まれ続ける。思い出して泣きそうになる日が終わる事が無いのかもしれない。
でもそれでも涙を見せないよう前を向いて行かなければいけない。
そんな寂しさも受け取った想いも、忘れないように心の奥底に大事にしまった。
そして僕はナイフを抱えて森を駆けた。




