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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
第一章
17/149

第十六話 親である事


 俺は今妻であるニーナの出産に立ち会っていた。


「もう少しです!頑張ってください!」


「肩が出てきます!あとちょっとです!」


 ブレンダの張り詰めた声が部屋に響き渡る。

 そんな中俺は何も出来ずただ、ニーナの手を握って声をかける事しか出来なかった。


「頑張れニーナ!もう少しだから!」

 

 こんな声掛けしか出来ない自分に情けなさを覚えつつも、絶え間なく声を掛けた。

 すると永遠とも思えるその時間は、存外あっさりと終わりを告げた。


「・・・産まれましたよ」

「お、おぉ!そうか!男か?女か?」


 とうとう産まれた!と思ったが産声が聞こえない。そう疑問に思って赤ん坊の顔を見に行こうとするが、ブレンダに止められてしまった。


「とりあえず体拭いたりするので少し待っててください」


 そうブレンダが言うなら仕方ないと、ニーナのそばに藻だった。その間ニーナも不安なようでずっと気にしていたが、俺が声を掛けて何とか気を紛らわせてあげていた。

 

「男なら剣術教えたいし、女の子なら魔法の才能とかもあるかもな!?」


 そんな事を俺はニーナに言っていた気がする。何やら雰囲気の怪しいブレンダから気をそらすために、自分に言い聞かせる様話し続けていたのだと思う。


 そうして体感だが数分が経っても、赤ん坊の顔を見れなかった。


「・・・・・・・まずいですね」


 そんな事をブレンダがボソッと言っていた。

 俺はそんな言葉を聞いた以上ただ待っている事なんて出来なくて、ついブレンダに聞いてしまった。

 

「まずいってなんだ??大丈夫なんだよな???」


 その言葉にブレンダが返事をする前に、隣で疲れ果てていたニーナが先に反応し目を見開いた。


「・・・え?どうしたの??ブレンダ??あなた???どういうこと???私の赤ちゃんの泣き声さっきから聞こえないんだけど?なんで泣いてないの?私の赤ちゃん大丈夫なんだよね???」


 俺の言葉を聞いてかなりニーナが取り乱してしまって、俺の手を今まで握ったことないような力で握ってきた。

 そんなニーナの姿を見て唖然として、何も出来なかった俺の代わりに動いてくれたのはブレンダだった。


「旦那様、奥様を落ち着かせてください。それに偶にこういう事はありますから、焦らないでください」

 

 そ、そうだ俺が落ち着かないと、しっかりしないと。

 そう思い何とかニーナを安心させようと言葉を吐き出すが、俺は要らない事をしてばかりだった。


「だ、大丈夫だから、無理に体動かさないで姿勢楽にしてて。ブレンダが何とかするから」


「なんとかってなに??今私の赤ちゃんどうなってるの???」


 さっきから余分なことを言ってしまう俺に嫌気がさしていた。

 でもそんな時間も幸運な事に長くは続かず、やっと俺たちが今一番ん望んでいた言葉が聞こえてきた。


「奥様安心してください。無事産まれましたよ」


 そうブレンダがこちらに赤ん坊を抱えてやってきた。やっと出来たこの子まで死んでしまう様な事にならなくて本当に良かった。そう俺は胸を撫で下ろし力が抜ける感覚が襲った。


「よかったぁ、無事に生まれてくれて」


 ニーナが心底安堵した表情をしていた。そして今自分が出来ることをしようと近くにあった水瓶を持ち出した。


「大丈夫かニーナ?水いるか?」


 そんな言葉にニーナは今は子供を抱いていたいとでも言いたげに。

 

「大丈夫よ、落ち着いてきたし」


 そう言ってブレンダから赤ん坊を受け取って優しく抱きかかえていた。それは長年俺達が見たかった景色だった。


「産まれてきてくれたのもうれしいけど、男の子でよかったぁ」


 ニーナが生まれた赤ん坊を、取り乱していたさっきと打って変わって満面の笑みでそんなことを言っていた。

 俺は少し強がるように、いい所を見せるために言った。


「俺は女の子でもよかったけどな」


 本心では男の子が欲しくて良かったと思っている。だが別にそこに強いこだわりがあるわけではないから、どちらだったとしても大事にするつもりだったのには変わりはない。


「それはそうだけどね。やっぱ私の役割を果たせたっていうか・・・・」


 結婚して三年長い間俺らには子供が出来なかった。それがニーナにとってはかなりの負担だったのだろう。

 でもそれも終わりだ。これからは新しい家族が増えたんだから。


「・・・・そうかありがとうな。これから一緒に頑張ろうな」

「ええそうねクラウス、これから頑張りましょう」


 そう二人で見つめ合っていると、赤ん坊が放置されたことが嫌だったのか泣き出してしまった。


「え、え、これどうやってあやすんだ??ブレンダーっ!??」


 俺の人生で一生色褪せない、そう言える時間だった。


ーーーーー


 フェリクスが産まれてからは色々大変だった。

 最初の頃は、お乳も嫌がるし産まれた時以来全く泣かないし、ニ歳を超えても一切喋らないしで、ニーナと俺は不安を抱えて生活していた。ブレンダは大丈夫って言うが、村人がコソコソと俺らの赤ん坊の噂をしていて、嫌でもそういう可能性を考えていた時期もあった。

 

 でも、初めてフェリクスが言葉を発した時は、大げさかもしれないけど人生で一一番うれしかったかもしれない。

 どうやら最初はブレンダの名前を呼んだらしいが、俺が家に帰った時のニーナの喜び具合は今でも覚えている。

 

 それは俺が仕事を終え家のドアを開けた瞬間だった。


「あ!!お帰り!!!ねぇちょっと見て!!!」


 玄関で俺を待っていたのか、フェリクスを抱いたニーナとブレンダが立っていた。


「どうしたんだ?」

「フェリクスが喋ったのよ!!ねっ!!!ほら喋ってみて!!!」


 久々にここまで明るいニーナを見た気がした。正直ニーナが喜びすぎて俺が喜ぶタイミングを失ってしまったぐらいだったが。

 

「・・・ぱぱ」

「おっ・・・・・」


 だが実際に喋っているところを見ると俺は文字通り言葉を失った。自分でもここまでうれしいものなのかと思った。


ーーーーーー

 

 それから、何年か経つといつの間にかフェリクスは敬語で話すようになっていた。まぁブレンダの真似をしているんだろうと思っていたが、言葉遣いだけじゃなくて、言動まで子供らしくない時が多々あった。

 

「ねぇ、ちょっといい?」


 そんなある日、突然ニーナがもう寝るという時なのに話しかけてきた。


「ん?どうした?」

「フェリクスが何か悩みあるんじゃないかって、思ってて・・・・」

「あーそういうことか」


 まぁ確かに謎に敬語だし、我儘も全然言わなくて子供ぽくないとは思う。まぁでもそれも性格の内なんだろうと俺は思っていたのだが、どうやらニーナは違うらしい。


「まぁ、そこまで気にしなくていいんじゃないか?」

「・・・でも、何か言いずらい悩みとかあるんじゃないかって」

「でも、六歳の悩みだろ?そんな気にしなくてもいいんじゃないか?それに本人が言いたくないなら無理に聞き出す方が悪いだろ」


 そうだ所詮は六歳の悩みだ。どうせ友達がいないとか、遊び相手が欲しいとかその程度の物だろう。


「・・・そうかもしれないけど、心配じゃない」

「まぁそれはそうだけどな。フェリクスが自分から言い出してくれるのを待ってみようぜ」

「・・・・・分かったわ。おやすみ」


 ニーナは心配性だなぁ。別に礼儀正しいし頭いい分には心配しなくても良いだろうに。それに悩みだってどうせすぐ忘れるだろ。

 そう思っていたが、俺も時間が経つにつれ、少しづつ何かフェリクスに感じるようになってきた。


 それはそう初めて走りに行った日の帰りだ。ディルク達と別れた後の事。


「ちょっと元気ないじゃないか、疲れたか?」

「っえ・・・?」


 なんとなく元気無さそうだなと思ってそう声を掛けた。そして最初からちょっと厳しくしすぎたかなと思い、少しは親らしいことしてみるかと左手を差し出して俺は言った。


「俺らも手つないで帰るか?」


 だがそんな俺の言葉に対して、フェリクスはなかなか返事をせず考え込んでしまった。俺はそこまで深く考えて物を言うタチではないが、流石にこのフェリクスの反応は少しおかしいと感じた。


「・・・・うんまぁよし、じゃあ夕飯遅れるし帰るか」


 だが俺はこう言って、深く考えることから逃げた。何か触れてはいけないものを見ようとしている気がしていたから。

 それからもう一回なんとかフェリクスの悩みに触れようとした事があったが、結局また逃げてしまい自分の臆病さに嫌気がさした。


 だがこれは俺がちゃんとフェリクスと向き合わなければいけない事だった。

 情けない事にこの役回りをブレンダにさせてしまった事を親として情けないと今でも思っている。


「じゃあ、聞かせてくれますか?」

「・・・・・はい」


 俺とニーナは扉を挟んでブレンダとフェリクスの話を聞いていた。そして今まさにフェリクスの悩みが打ち明けられていた。

 

 だがそれを聞いて行くうちに俺とニーナの顔はだんだんと歪んでいった。

 こんな話を聞けば誰でもこうなると思う。だって転生やら前世とか意味が分からないの事をつらつらと話し出しているんだ。それが本当ならじゃあ俺らは誰を育てていたんだって事になる。


 だがそんな俺よりも深刻だったのがニーナだった。


「・・・え・・・・いや・・・・・・だってうそでしょ・・だって私が産んだんだよね?・・そうだよね?」


 明らかに動揺していた。俺はこれ以上ここにニーナを居させれないと思い、一旦寝室にニーナを連れていくことにした。


 でも一旦距離を置いてもベットの上でもニーナは上の空だった。


「意味が分からない・・・・・だってあの子は私が産んだのよね????ねぇ!!!!」

「そ、そうだ。あの子はニーナが産んだ子だ。今は一回寝て落ち着け」

「そう、そうよね・・・・・でもなんで・・・」


 案外人が取り乱しているのを見ると、自分は落ち着けるものだった。

 そうして何とかニーナを落ち着かせて寝かせると、俺はブレンダに話を聞きに行った。


「今大丈夫か?」


 物置で机と椅子を片付けているブレンダに入り口から話しかけた。


「えぇ大丈夫ですよ。・・・とりあえず場所を変えましょうか」


 そう言って俺らは外に出て歩きながら話すことにした。


「ブレンダはフェリクスの話どう思う?」

「私は信じますよ。もし旦那様方が信じられないというならば、私があの子が成人するまで世話をする覚悟があります」


 ブレンダがそんな事を言うなんて驚きだった。もっと個人主義的な人かと思っていたが、フェリクスにそこまで肩入れする理由でもあったのだろうか。


「それで旦那様はどうなんですか?」

「・・・・俺か」


 俺は正直分からない。フェリクスの言っている事は意味も分からないし、理解も拒みたくなるような内容だ。でももし仮に言っていることが本当だとしたら、今まで少し変だなと放置してきたフェリクスの行動の理由が分かってしまう。


 でもやっぱりニーナの取り乱した姿を思いだすと、受け入れれないのが普通なのではとも思ってしまう。


「・・・・俺は分からん」

「そうですか・・・・」


 だがここで俺がフェリクスを見捨てたらどうなるんだろう。多分ブレンダは本当にフェリクスを連れてどこかに行くだろう。それはきっとニーナにとってもそれは良くない解決法だ。

 そしてそれはフェリクス、あいつ自身にとっても良くない解決法だと思う。


「俺はとりあえず誕生日までの一か月間フェリクスを息子としてちゃんと見てみる。それで判断してもいいか?」


 俺は頭が良くない。だからこうやって時間をかけることでしか、重要な判断が出来ないとそう思った。    それに今まで息子として育ててきた子供を、いきなり捨てれるほど俺は強い人間ではないしな。


「・・・・分かりました。あの子にとって良い結果が出ることを望んでます」


 そう言ってブレンダは踵を返して家に戻っていってしまった。

 そして俺はなんとなく一人になりたくてエルムの木まで歩いて行った。

 

ーーーーー


 それから一週間が経った。ニーナはまだまともにフェリクスとは話せていないようだった。俺はと言うと何とかいままで通り父親で在れていると思う。


 そしてそんな俺とフェリクスは一緒に村への道を歩いていた。


「・・・・へぇ、すごいですね」


 フェリクスが珍しく興味を示していたので、これはフェリクスについて知れるチャンスと思い、魔法を披露したが明らかにガッカリされてしまった所だ。


「・・・・なんかがっかりしてないか?これでも軍の中じゃ優秀な方だったんだぞ?」

「いや、なんか火を飛ばすとか雷とか、そういうのをイメージしていたから・・・・」


 その言葉に少しムッとしてしまった。フェリクスの元の世界ではどうだったか知らないが、舐められるのはなんか違うと感じたからだ。

 それから何とか俺の魔法の凄さを説明しようとしたが、いまいちフェリクスは納得していなかった。

 なので近くの未開墾の土地の岩に向けて魔法を打つことにした。


「・・・・うぉらッッ!!!」


 人生で一番早く投石魔法を使えたかもしれない。そのお陰で岩も粉々になって、フェリクスも興奮しているようだった。


「・・・す、すごいですね。あれが戦場飛び回ってると思うと怖いですね!」

「ふふん、そうだろ。やっとわかったか!すごいだろ!」


 相手が普通の息子ではないと分かっていても尊敬の目を向けられるとやはり少し嬉しかった。それからも俺は調子に乗って色々魔法について講釈を垂れたが、結局ボロが出始めたから逃げた。


 それから村の集会をして宴を始めるぞっとなった時。ふとフェリクスが同年代の子と遊べるのか不安になって様子を見に行くことにした。


「おーい、フェリクス大丈夫か~?」


 遠目だが、何やらフェリクスはケガをしたらしくエルシアちゃんに治療してもらっているようだった。案外ガキっぽい所もあるんだなと思い、扉を閉め今日は酒をやめてそのまま帰ることにした。


「ずいぶん仲良くできたみたいだな」

 

 腹芸は苦手だが家庭の為と、いつもの表情を心がけてフェリクスの心情を探ってみる。


「えぇはい。みんないい子で仲良くできそうです」

「なんかエルシアちゃんの世話になってたけど?」

「・・・それは」


 少し突っついてみたら恥ずかしがっていて可愛かった。見た目が子供なせいか分からないが、やはりフェリクスを他人とはどうしても俺には思えなかった。


ーーーーー


 それから時間が経ってフェリクスの誕生日前夜。

 俺とニーナは二人で話し合っていた。


「で、どうだニーナ。どうするか決まったか?」


 俺の問いかけにもニーナの返答は要領を得なかった。


「分からない・・・・・。いくら考えて、あの子と話しても何が正しいのか何も分からないの」

「あの子が他人であると考えれば考えるほど、あの子の存在自体が怖くなって・・・」


 この一か月ニーナは毎晩のように迷っていた。それも永遠に同じところを回り続けて答えが出ないような問答を自分で繰り返していた。


「・・・・じゃあ一回受け入れるのはどうだ?」

「っえ・・・?」


 ニーナは意味が分からないといった表情をしていた。


「やっぱり時間が短すぎると思うんだ。一回保留でもいいからあいつの事を受け入れてやって、それから考えるのはどうだ?」


 これが根本的な解決になるとは思っていない。でも急いでこの問題を解決しようとしても、この家族が空中分解するだけだと、そう思ったからだ。だから時間がかかってもちゃんと向き合って一緒に生活して結果を出そう、そう足りない頭で考えた。


「・・・・・・・・」


 するとニーナは黙ってしまった。今ニーナには本当に何もかもが分からないんだろう。

 ならば夫である俺が動かなくてどうするんだと奮起した。


「俺も一か月考えたが、やっぱりフェリクスは悪いやつじゃ無い。だから次の誕生日までの一年間、ニーナの中での決定を先遅らせにしないか?今俺はそんなに苦しんでいるお前を見たくないんだ」


「・・・・・・」


 俺の言葉ゆっくりと噛み砕き自分の中で考え込んでいた。

 そして渋々と言った感じだろうか、それとも仕方ないと言う感じだろうかニーナは迷いを言葉に乗せながら言った。


「・・・・・・・・うん、あなたがそこまで言うならそうする」


 多分これが良い解決方につながるとは言えないのかもしれない。でも俺は家族三人で笑い合えるようになりたい。だから少ない可能性かも知れないけど、ちゃんと向き合いたい。


 そうして誕生日当日を迎えた。

 朝からのニーナはいつも通りだったが、夕方が近づくにつれて落ち着かない様子になっていった。

 

 そして一日は早く進んで行き、フェリクスが打ち明けニーナが口を開いた。


「もう何も隠してないよね?」


 さっきまでは言葉の上では、事前に準備した受け入れる言葉を喋っていたニーナが、少し問い詰めるような口調になってしまっていた。ここまでなんで自分が悩んで気を使わなければいけないんだ、という怒りから出た言葉なのが俺にも伝わってきた。


「・・・・・はい。ちゃんと全部言いました、それで貴方達と向き合いたいからです」


 思った以上にフェリクスがちゃんと言葉で誠実に返してきたので、ニーナも毒気を抜かれてしまったようだったけど、うんうんと頷くとその左手を握った。


「・・・うん。いいよ。これから改めてよろしくねフェリクス」


 それだけ言ってニーナは後の会話でほとんど喋っていなかった。でもフェリクスはやっとたどたどしいが、敬語をやめて話すようになって距離が縮んだ気がした。

 そしてあとはフェリクスとニーナをどうにか仲良くさせるだけだと、覚悟を決めた俺だった。


ーーーーーーー


 しばらくは俺ら家族の関係に動きはあまりなかった。ニーナはまだフェリクスに苦手意識があって会話を避けている節があるし、逆にフェリクスはブレンダさんと仲が良くなっていった。


 そんな中エースイの街に行くことになった。

 この旅の間もフェリクスを見ていたが、最近は前よりも子供っぽいというか本心で話しているような感じがする時が増えた。それもただ俺の願望がそう思わせているだけなのかもしれないが。


 そして俺はと言うともう正直に言うが、フェリクスの事を息子だと思っている。理由とかは分からんが、色々悩んでも自分ではそうとしか思えなかったから、そう思うようにしている。


「どうしました?」


 御者台に座る俺の後ろからブレンダがふと話しかけてきた。


「・・・ん?ちょっと考え事をな。てか、フェリクス達は?」

「疲れて寝てしまいましたよ。なので私が運転代ろうかと。」


 そう言われ後ろを向くとみんな仲良く寝てしまっていた。俺も朝から座りっぱなしで疲れたから、ブレンダに運転を変わってもらうことにいた。


「じゃあ操縦頼んだ」

「はい、承知しました」


 本心は寝ころびたかったが、フェリクス達を起こしても悪いので、御者台で運転するブレンダの隣に座っていることにした。


「・・・・」「・・・・」


 最近はブレンダと二人きりになることはあまり無くなった気がした。二人になったとしてもフェリクスの話しかしないしで、個人的に何を話せばいいか分からないでいた。

 

「先ほどは何をお考えになってたんです?」

「・・・・フェリクスとか俺の事とか色々だな」


 俺は少しあいまいにして答えた。やっぱり人に向かってフェリクスを息子だと言えるほどの気持ちは無かったのかもしれない。


「奥様はまだ時間がかかりそうですかね・・・」

「そうだな。前よりは普通に話せているとは思うが、本心は本人にしか分からないしな」


 気持ちを強要出来るようなものでもないしな。


「それで奥様がもし仮に拒絶されたなら旦那様はどうするのですか?」


 後ろにフェリクスがいるから名前は出さなかったが、フェリクスを息子として認めないならどうするって事だろう。

 

 そうして俺はまた後ろで眠るフェリクスの顔を見た。

 ・・・・・俺もいい加減腹をくくるか。


「俺もフェリクスの味方をするよ、やっぱあいつは頭と行儀が良くて偶にアホな俺の息子だよ」


 そう俺が言うとなぜかブレンダが自分の事の様に嬉しそうにしていた。


「そうですか。それだけでも聞けて良かったです」


 するとちょうどいいタイミングでフェリクスが起きてきたのでこの会話は終わった。


「ん~、何話してるんです?」

「ただの世間話だよフェリクス」「そうです、他愛のない話です」


ーーーーー


 今日はフェリクスのは誕生日の一週間前だ。

 この日の昼に珍しく森に行くと言ったフェリクスを、ニーナがなんだかんだ心配して色々持たせていた。そんな光景を見て俺も少し嬉しくなって泣きそうになったのは内緒だが。


 そうしてフェリクスが家を出て、それを追うようにブレンダが出た後の話。


「ね、ねぇあなた」

「ん?どうした」


 ちょうど俺も農作業の為に準備していた時にニーナが話しかけてきた。


「やっぱフェリクスが心配だから、見に行ってくれない?」

「う~~ん。今からかぁ」


 ニーナの気持ちを汲んでやりたいのは山々だが、流石に農繁期と言うこともあって、俺が抜けるわけにはいかないしな。


「分かってる。今更こんな心配をする私がおかしいのは。でもやっぱり何もしていないと不安というか・・」


 ブレンダがいると言っても不安なものは不安なのだろう。

 でもこれはニーナが変わろうとしているのかもしれない。そう思い俺もその変化に応えようとした。


「じゃあ農作業が終わった後・・・えー大体、日が暮れる前ぐらいにはエルムの木のあたりに迎え行こうか?」

「そ、そう!?ありがとう!無理言ってごめんね」


 ニーナは自分でもなんでこんな事を言っているのか、まだ分かっていないんだろうな。

 でもこの調子ならいつか本当に家族になれる日が来るかもしれない、そう思って力強く家の扉を開けた。


 そうして予想以上に農作業が早く終わった俺は、日没まで一時間以上はありそうな時にはすでに、街道沿いのエルムの木の下にいた。

 まだ帰ってこないだろうが、やることも無いので風を感じてフェリクス達を待ちつつ時間を潰すことにした。


「おや?こんなところでなにを?」

「ん?あぁブラッツか」


 そうやって俺が木の陰で寝ころんでいると、上から覗き込むように長身の男が、帽子を取ってお辞儀するように立っていた。

 

「いやぁ~もうすぐ収穫祭ですね。私も色々仕入れてきたのでたくさん買ってくださいね?」

「まぁ良いのがあったらな」


 祭りのためにわざわざ来てくれるらしい。ブラッツぐらいしか商売に来ないしエルム村にとってはかなりありがたい存在だ。


「それで話は戻るのですけど、ここで何をしてらっしゃるんです?」

「村の子が森に行くから、その子守だな」

「・・・ここで?」


 かなり困惑しているようだった。まぁ確かに子供だけで森に行かすなんて他所から見たら狂気の沙汰じゃないしな。


「あぁ、どうやら子供だけで冒険をしてみたいんだとさ」

「・・・・へぇ。危なくないですか?」

「一応俺が一昨日見回りしたし、こっそり付き添いもいるから大丈夫だぞ」


 確かブラッツと仲のいい村の子供もいたんだっけか。それが心配なんだろうな。


「まぁ何もないといいですね。私はこれで失礼しますね」

「おう、じゃあまた祭りの日に」

「はい、祭りの日に」


 そうしてブラッツの馬車は森側の道へ進んでいった。あっちの方向ってことはエースイの街に行くんだろうな。

 というかそもそも、あいつもなんでこんな田舎で商売してんだか。まぁこの辺は中央とか南と違って平和だから商売しやすいっちゃしやすいけども。

 

 それから日が暮れるまで何もせず待っていたが、一向に森からフェリクス達が出てくる様子が無かった。


「・・・・流石に遅くないか」


 ブレンダが付いているから大丈夫だと思いたいが、もしものことを考えて不安が募っていく。そして時間も遅くなり心配したらしいニーナもこの場にやって来ていた。


 そんな時間を我慢できずに森へ突入しようとした時、森の茂みが動いた気がした。その茂みに更に近づくとそこからはフェリクスを除いた三人が出てきた。


「あ、クラウスさん!フェリクスが、フェリクスがぁ!!!」


 土まみれの体で泣きじゃくりながらルーカス君が抱き着いてきた。そしてラース君も血気迫った表情で。


「今フェリクスが戦ってるんだ!何とかしてくれ!」


 フェリクスだけがいない。その状況にさらに嫌な予感が加速していった。

 だがそのお陰で一旦冷静になることもできた。

 ここで俺が森に行っても見つかる可能性は低い。なら人を集めるべきだと思い、三人をエルムの木から離れないように言いつけニーナに任せて村へ走った。

 今までフェリクスと走ってきた道を今までで一番速く走った。小川を超えて俺の家を通り過ぎて、すぐに村についた。


 そこではディルクたちも同様の心配してたらしく、すでに松明とかの準備をしていたのですぐ一緒に捜索に出発した。それから関係の無い他の村民を巻き込んで、エルムの木まですぐに戻って森に入ろうと進んだ時。


 森から誰かが出てくるのが見えた。暗くてちゃんとは見えなかったが、それでもフェリクスであってくれと足早に向かった。

 

 そして俺の右手の松明でその人物が照らされると、そこには俺の息子がいた

 

「フェリクスか!良かったぁ!!!」

 

 顔を見た瞬間に安心してしまって座り込みそうだった。それでも何とか踏ん張って、ブレンダからフェリクスを受け取って精一杯抱きしめた。


「ちょ、ちょっと力強いって・・・」

 

 そんな事を言われたが、俺はしばらくフェリクスを抱きかかえ続けた。

 

 それからしばらくして、ラース君達の無事を伝えると安心したのかフェリクスは寝てしまった。その後はフェリクスのケガもブレンダが治療済みらしいので、一旦ここは帰宅することにした。


 その帰り道にて。


「ね、ねぇ家まで私がフェリクスを抱っこしてもいい?」


 フェリクスが森から帰ってきてからニーナがずっとそわそわしていると思っていたが、そういう事だったのか。まぁ俺に断る理由もないし、ニーナも何か確かめたいような事があるようだったから優しく起こさないように、フェリクスを渡した。


「・・・・・・・・」


 ニーナは無言で眠るフェリクスを抱えながら歩き続けていた。

 そのニーナが今何を思っているのか俺には分からなかった。


「やっぱフェリクスの目元はあなたに似てるわね」

「・・・っえ?」


 急にそんな脈略の無い事をニーナが言いだした。


「いや、やっぱり私たちの子だなって思っただけ」

「え、それって・・・」


 ニーナが俺の眼を見た。俺が惚れた綺麗な瞳だ。


「私もなんとなく分かった気がする。時間かかったけどこの子と向き合えそう」


 そう言うニーナは暗闇の中でも分かるぐらい晴れた笑顔をしていた。


ーーーーーー


 それからの一週間は色々やった。三人で、いやブレンダも一緒に四人で。

 

 例えば農場にて。


「腰入れろよ~、そんなんじゃ土耕せないぞ~」

「わ、分かってますって!!」


 燦燦と降り注ぐ太陽の元、休耕地の土を耕していた。そしてもう太陽も南を超えた辺りでニーナとブレンダの姿があった。


「お昼にするよーっ!」


「分かったー!」「はーいっ!」


 互いに離れた位置から大声で会話をする。それがどこかおかしくも楽しい時間だった。でも忘れがたい大事な眩しい思い出だ。


 そして他の日には小川にて。


「釣れなくないですか?」

「釣りは我慢だぞ」


 日光をキラキラと反射する水面に二本の糸が垂れていた。近くではニーナとブレンダが木陰で俺らを見ていたが、中々魚が釣れる事が無かった。

 

 そんな時フェリクスの釣り竿の先が揺れた。


「おっ、これって」

「かもな!」


 フェリクスは俺を見て目を輝かせるとその釣竿を一気に振り上げた。するとその針の先には小さな魚がピチピチと尾ひれを揺らしていた。


「流石だなぁ~」


 俺はフェリクスの頭を撫でた。なんだか普通の家族をフェリクスと出来ている様で嬉しかった。

 

 そしてこの日の夜は台所でニーナとフェリクスが並んで魚を料理している光景を見る事が出来た。その光景がただただ俺にとっては嬉しくて、邪魔しちゃいけないのは分かっててもつい入り口からジッと見てしまっていた。


「見てるなら皿出してください~」


 でもニーナにそう嫌味を言われてしまって、俺は仕方ないなぁと三人で台所に並んだのだった。


 そうして一週間を俺らはぎこちないながらも家族として過ごした。そして一週間の最後つまりフェリクスの誕生日の事。


 そんな今日の夕方、今俺とニーナは小川の木のそばに立っていた。


「フェリクスは大丈夫かしらね」

「大丈夫だろ。俺らの息子だからな」


 いつの間にか背丈の伸びた気がする走り去るフェリクスの背を見送りながら二人話していた。


「最後に少しだけでもフェリクスの親であれて良かった」

「俺もだよ」


「もっと早く母親であれれば良かった」


「もっと早くフェリクスの孤独に手を差し伸べてあげればよかった」


「・・・・そうだな」


 ニーナは零れる涙を拭こうともせず言葉をつづけた。


「でも、ここで私たちは終わるけど、あの子は終わらない。終わらせない」

「・・・あぁ」


「私たちの想いの続きを、あの子の人生を、形作ってくれるはずだから」


 そうして俺たちは小さくなっていく俺達の息子の背中から視線を外し剣を抜いたのだった。

 

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