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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
第一章
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第十五話 過去も今も未来も


 誰かの足音がする。


 ジャリ、ジャリ、と一歩ずつ踏みしめるような足音だった。


 その音と一緒に僕は揺られているような感覚を味わっていた。


 そんな微睡んだ意識からだんだんと覚めて視界が色と光を取り戻した。


「・・・・・・・?」


 目が開くと見えた景色は森だった。それに僕は誰かの背中にいる様だった。

 そう僕の意識がまだ混濁し記憶すら曖昧な中、その背中から優しい声が聞こえた。


「起きましたか。痛い所とかないですか?」


 痛い所・・・・?あぁそうか思い出した。

 確か僕は森で変な奴らに会って刺されたんだった。それでブレンダさんが助けに来てくれたんだ。


「とりあえず治癒魔法をかけたので大丈夫だと思いますが、血が足りないと思うので暫くは安静にしてください」


 治癒魔法って事は間に合ったのか。流石ブレンダさんだ、あんな傷を治せるなんて。


「本当に申し訳ないです。私が居たのにこんな事になってしまって」


 その言葉の意味が僕には分からなかった。

 なぜブレンダさんは謝っているんだ?助けてくれて感謝はすれど、ケガをしたのはあいつらのせいなのにと。


「どんな処罰でも受けますが、この帰路の内だけは使用人としてフェリクス様を背負わせてください」


 ブレンダさんは何を言っているんだと思った。なんでそんな話になるのか、結局僕を助けてくれたのはブレンダさんじゃないかと。

 

 そしてやっと僕の口が開いた。


「・・・あ、ありがとうございます。助かりました」


 上手く言葉が出てこない中、なんとか発せる事の出来た声はお礼だった。ただひたすら自分を下げるブレンダさんが許せなくて、ブレンダさんの行動を肯定したくて出た言葉だったと思う。


「・・・・いえ。私は間に合ってませんから。傷すら付けさせてはいけなかったのです」

「じゃあブレンダさんは僕の所に来るまで何をしていたんです?」


 そんな自身を下げ続けるブレンダさんに少しカチンときて、そこまで言うなら落ち度を言ってみろと、ブレンダさんから事情を聞こうとする。どう答えても僕はブレンダさんにお礼を言うつもりだけど。


 するとブレンダさんが少し考える素振りを見せた後に言った。


「・・・・フェリクス様は煙見えましたか?」

「え、えぇ見ました」


 煙に気づいてから、ぐに赤髪男と遭遇してしまっていたからか、すっかり忘れていた。そう言えばあの煙はどうなったんだ。


「私も気付いて火元を確認しに行ったのですが、出所はあの盗賊らの野営地だったんです」


 とりあえず山火事とかではなくて良かったが、わざわざあいつらはこんな所で野営をしていたらしい。


「そうして確認しに行った時、茶髪の男が居ました」

「青い髪の方の女はいなかったんです?」

「えぇ、私がついた時には」


 茶髪男が野営地にいて青髪女がいないってことは、ちょうど茶髪男が赤髪男から離れて呼びに戻った後ってことか。


「そこで戦闘になったのですが、流石にこの剣では森での戦闘には不向きで手こずりまして・・・」


 僕は腰に掛けたブレンダさんの剣を見た。確かに森の中で振り回すのには大きすぎる様には感じた。


「今の話にブレンダさんに落ち度はないように感じますけど?遅れたのは仕方ないんじゃないです?」

「それでもです。私は私の役目を果たせなかったわけです。それに先にフェリクス様達の所に行けばよかった話ですから」


 僕が無理を言ってついて来させたのに、大分責任を感じてしまっているらしい。確かに保護監督責任みたいな事を言い出したらあるかもしれないが、それでも僕にはブレンダさんを責めることができない。

 

 それにこれが原因でブレンダさんが責められるのは嫌だ、ただそう思った。


「じゃあその責任を全うするためにも、これからの使用人としての仕事頑張ってくださいね。やめるのは僕が許しません」


 多分ブレンダさんは社会的な責任を果たしたいのだろうし、処罰を受けるのが普通な事なのかもしれない。でもそれでも僕は自分の我儘を通したかった。


「・・・・随分私の事を信頼してくださってるのですね」

「ブレンダさんから僕が受けた恩が多すぎますから。ブレンダさんに恩を返すまでは解雇させませんよ」


 少し強引だったけど、僕にはこれぐらいしか言えなかった。

 今のこの世界での僕があるのはこの人のお陰と言っても過言ではない。だからここで居なくなったら、僕が恩返し出来なくて困る。


 するとブレンダさんが縦に揺れ僕を背負い直した。


「じゃあ私の少ない寿命が、尽きる前に恩を返してもらわないとですね」


 そんな僕の想いが伝わったのか、前を向いていたブレンダさんはなんとなく笑っていた気がした。


 

 そうしてしばらく歩いているとブレンダさんの足音が変わった。

 周りを見ると森を抜けたらしいが日も暮れていて辺りは暗くなっていた。そしてエルムの木のあたりに沢山の松明の灯がポツポツとあるのが見えた。


「旦那様方でしょうね」


 流石にまだ距離があって見えないが、十数人の人影が見えた。あそこにラース達もいるといいのだが。


「そういえば森でラース達は見ました?」

「フェリクスを探しているときに会いましたよ。帰り道は教えたので大丈夫だと思うのですが・・・」


 助かっててほしい。これで僕だけ助かったとかになったら目も当てられない。


 そうやってブレンダさんに揺られ段々とエルムの木に近づいていくと、松明の灯からこちらに近づいてきているのに気づいた。

 そしてその灯が目の前に来た時、灯に照らされてその松明の持ち主が父さんだと分かった。


「フェリクスか!良かったぁ!!!」


 そう言って父さんは、ブレンダさんから僕を受る取るなりギュッと両腕を回し抱きついてきた。


「ちょ、ちょっと力強いって・・・」


 ケガとか関係ないと思うが、抱く力が強すぎて背中が痛かった。それだけ父さんに心配をかけてしまったということではあるのだから、この痛みを拒否する事が出来ないのだが。

 

 そんな父さんの僕を抱く手は、僕の言葉を聞いて力を弱めたがしばらく僕を離すことはなかった。

 

 そしてふと父さんが思い出したように。


「あ、あぁそうだ。ラース君達は無事だぞ。よくやったな偉いぞ」


 父さんの手が荒々しく僕の頭を撫でる。

 そしてその言葉を聞いてラース達の無事が確定して安心したのか、僕はそのまま緊張の糸が切れたように父さんの腕の中で寝てしまった。


ーーーーー


 次の日ベットで目覚めると、誰かに左手を握られていた感覚があった。

 起き上がりその左手の先を見ると、ベットのすぐそばの椅子の上で項垂れるように母さんが寝ていた。どうやら一晩中僕の事を見ていてくれたらしいかった。


 そんな母さんの手を離して、起こそうと肩を揺すった。


「・・・あ、おはよう」

 

 そう顔を上げた母さんの眼にはひどいクマが出来ていた。


「おはよう。・・・・約束守れなくてごめんなさい」


 僕は陽が沈む前に帰るという約束を破ってしまった。それをまず謝るべく頭を下げるが、母さんはそれを咎めることはなく、僕の頭に優しく触れた。


「いいのよ。無事だったなら」


 そう母さんは僕の頭を包むようにハグをしてきた。僕が転生者だと打ち明けてから、初めてハグをされた気がする。

 少し恥ずかしかったが、しばらくそれを僕も受け入れていた。


「私ね。貴方に打ち明けられても自分でどうすればいいか分からなかったの。最初話を聞いたときは貴方と話すことすら避けてた」


 そうポツポツと母さんが話し出した。その声は震えているし今僕に話す事すら迷っているようにも感じた。


「でも昨日ね、貴方が帰ってこない事にどうしようもなく心配な私が居たの。一時期は母さんと呼ばれることにすら気持ち悪いとも思ってたはずなのにね」


 あの時なんとなく母さんと話していて違和感があったのはそういう事だったのか。でもそれが当たり前の反応ではあるのか。


「それで昨日一晩貴方の寝顔を見てると、あぁやっぱこの子は、私がお腹を痛めて産んだ私の子だと思ったの。今までの貴方がいい子だったのもあるかもしれないけどね」


 母さんが少し声を震わせながら更に言葉を続ける。でも僕はそんな母さんになんて声を掛ければいいか分からず、ただその言葉を聞き続けた。


「まだ思う所が無いって言ったら嘘になるけどね。でも貴方は私の子供なのは絶対だから安心して」


 そう僕を抱く手の力が強くなった。昨日の父さんよりは力は弱かったけど、それでも同じぐらい強く感じた。その時僕の口から自然に言葉が漏れた。


「・・・ありがとう。母さん」

「えぇ、フェリクス」


 多分今日が初めてちゃんと家族になれたんだなと思った。失いかけた物もあったけど、得れた物もあったって事なのだろう。

 

 それから少しぎこちなさを残しつつも母さんと話していると、部屋のドアがノックされた。


「ディルク様達がいらっしゃってるのですが、今よろしいですが?」


 ブレンダさんの声だった。

 そしてその声を聞くと母さんは椅子からゆっくり立ちあがってドアに向かった。


「じゃあ私も一回寝てくるね」


 そう言い残してドアを開け部屋を出て行ってしまった。

 そしてそれと入れ替わるようにブレンダさん、ディルクさんとラースら兄妹、フリッツさんとルーカスの計六人が入ってきた。

 

「病み上がりの所すみません!それと今回は息子達が申し訳ありませんでした!」

 

 そうディルクさんとフリッツさんが部屋に入ってくるなり、今にも土下座をしそうな勢いで頭を下げてきた。それに続いて他の三人も頭を下げさせられていたけど、こうも一気に来られると少し困るな。

 

 そんな光景に僕は少し押されつつも頭を下げ返した。


「あ、あの頭を上げてください。僕の責任も大きいですし・・・・・」


 ラース達の責任なんて思ってないし、どっちかと言うとラース達三人にケガが無さそうで良かったとしか思ってない。それに僕もちゃんと止めなかったから連帯責任ってやつだ。一方的に謝られるのは違う。

 

「い、いやそういう訳には・・・」「ほ、ほら、ラースとエルシアももっと頭下げろって」

 

 フリッツさんは僕の言葉に納得して無さそうだった。それに加えてディルクさんが、ラースとエルシアの頭を床に押し付けて謝罪させようとしてたので流石に止めに入った。


「あ、あの本当に大丈夫ですから!僕もラースに命救われましたし!本当にこれ以上の謝罪は要りません!」


 あの時僕の剣を握ってラースが守ってくれなかったら、僕は何も出来ずに死んでたかもしれない。それにそんなラースを見て僕もあの時頑張れたから。


「・・・・そう、ですか。で、でもどうにか私たちの謝罪は受け取ってもらえないですか?」


 そう言ってディルクさんが低くした頭から視線をこちらに向けてきた。ラースと同じきれいな碧眼だった。

 そんな目を見て僕は昨日のブレンダさんと一緒で、これがこの人たちなりの筋の通し方なんだろうと思った。

 そう思った僕はこの人たちの思いを汲んで謝罪を受け入れた。そして僕はルーカスの方に視線をやった。


「ルーカスもあの時、呼びかけてくれてありがとね」


 ルーカスにも恩がある。あの時僕に振り返るように言ってくれなかったら確実に死んでいた。


「う、うん、でも僕はあれぐらいしかできなかったから」

「でも、あの時のルーカスのおかげで今僕がここにいるから」


 そうだ自分だけが頑張ったとか思っちゃいけない。皆小さい体で出来ることを精一杯やってくれたから、全員が村に帰ってこれたのだから。


「お二人ともこういうことなんです。誰が悪いとかないんです。なので改めて言いますがこれ以上謝罪は要りません」


 これでこの話は終わりと締めたかったが、大人たちはそうはいかないらしかった。


「そう言われましても・・・」

「それでも何かしらけじめは、付けていただきたいです」


 領主の子供と農民の関係だからか、中々引いてくれなかった。

 ここまで来たら何かしら罰があったほうが良いのだろうと思って、色々考えた結果。

 

「なら僕の誕生日に何かプレゼント欲しいです!」


 すぐに清算できて簡単そうな物を選んだつもりだ。それにこんな子供が大きなものを要求した所でな話ではあるし。


「・・・うーん、まぁそれでいいとおっしゃるなら」

「なら!とっておきのプレゼント用意しますよ!楽しみにしててください!」


 ディルクさんは良くも悪くも、息子と似て切り替えがよかった。対照的にフリッツさんはまだ納得しきっていないようだったが、これ以上粘るのは失礼だと感じたのか引いてくれた。


「はい、楽しみにしてます」


 ふとエルシアに目が行った。部屋に入ってからずっと俯いているがどうしたのだろうか。


「エルシアは大丈夫?ケガとか」

「・・・・・・・なんで」

「・・・・え?なんて?」


 ぼそっと言っていて上手く聞こえなくてそう聞き返すと、エルシアは何も言わなくなってしまった。


「す、すみません。帰ってからこんな調子で・・・・」


 そうディルクさんが申し訳なさそうにしていた。大分あの時の事が心に来ているのだろうか、トラウマとかになっていないと良いのだけど。


「あ、じゃあまぁここで私たちは帰らせて頂きます。また改めて誕生日にお伺いさせていただきますので」


 空気が少し微妙になったのを感じたのか、フリッツさんがそう場をまとめてくれた。僕としてもこれ以上この空間にいるのは気まずいから助かった。


「じゃあまたな」「またねフェリクス」「・・・・・」


 そう部屋を出ていくラース達に手を振って見送った。

 そして部屋に残ったのは僕とブレンダさんだけだった。


「痛い所とかはありませんか?」

「大丈夫ですよ。ほら傷口すらないですよ!魔法ってすごいですよね!」


 そう服を捲って背中をブレンダさんに見せる。昨日刺されたのが嘘かのように、そこには傷跡が無かった。

 でもすぐにブレンダさんにはしたないと服をちゃんと着させられてしまった。


「流れた血は戻りませんので、しばらくは安静にしてくださいね」


 僕の傷を見たブレンダさんは申し訳なさそうな表情をしていた。やはり僕が怪我をしたことを気に病んでいるのだろうか。

 もう僕にこの事で気を使ってほしくなかったので傷から話を逸らした。


「今回ブレンダさんが魔法を教えてくれたお陰で助かりました!また色々魔法教えてくださいね!」

「・・・・・・本当に。分かりましたよ。じゃあ今度は火が出せるように練習しましょうか」


 ブレンダさんは、仕方なさそうにでも少し嬉しそうに笑って僕の頭を撫でた。

 そう撫でられながら、僕は人に頭を撫でられることが多いなと思っていると、真剣そうな表情をしたブレンダさんと目が合った。


「でもこれだけは言っておきますね。あの場面でフェリクス様は逃げずに戦いましたよね?」

「は、はい。そうです」


 あの時とは、ラース達を逃がした時の事を言っているのだろう。


「今回上手くいきましたけど、次はそうとも限りません。自己犠牲の精神は素晴らしいと思いますが、自分自身が生き残る事もちゃんと考えてください」


 ブレンダさんが真顔でそう言った。これまで戦ってきたブレンダさんだからなのか、何か実体験があるような雰囲気を感じだ。


「自分が死んで皆助かるなら良い。そんな選択肢が常に正しいなんてことは無いんです。結局その人が死ぬことで悲しむ人がいる事を頭の片隅にでも置いてください。自分の命を捨てる選択肢を簡単に取ってはいけません」


 確かにあの時の僕はラース達を逃がす事しか考えてなかったような気がする。決して自分が死んでもいいから、助けようなんて高尚なことを思ってはいなかったけど、他から見たらそういう行動をとっていたのかもしれない。


「まぁでも今回はその自己犠牲が全員を救ったから、大手柄なんですけどね」


 そうまた僕の頭を撫でてきた。ブレンダさんって褒める時とかよく頭を撫でてくれる気がする。


「まぁつまりこれからは自分の命を大事にしてくださいってことです。じゃあこれで私も仕事があるので戻りますね」


 そう簡単に締めくくって、ブレンダさんがそそくさと部屋を出て行ってしまった。色々ドタバタしている中時間を作っていてくれたのだろう。



 そうして部屋には僕一人になってしまった。

 急に静かになった部屋では、いつものように窓が開いていて風の音だけがしていた。


 

 この部屋に一人だと色々思い出す。


 初めてこの世界に転生してきた日の事。

 色々状況が変わりすぎて訳も分からなかった。

 そんな中状況が分かっていくにつれ、自分が死んでしまったとじわじわと認めさせられるような感覚。

 そしてそんな意味の分からない現実に行き場のない怒りをぶつけた事。

 

 そんな自分を受け入る事が出来ないながらも、なんとか子供としてのフェリクスを演じていた日々の事。

 走っていても、食事をしていても、他人の家族を見ても、常に自分という異質な存在が僕の心に棘を刺してチクリと痛む感覚。

 

 でもそんな中ブレンダさんが僕をこの現実と向き合わせてくれた。

 振り返っても、あの時ブレンダさんに打ち明けたのが正解なのか今でも分からない。

 でもこれからのフェリクスの、僕の人生でそれを正解にしていかなければいけない。今はそう思う。

 

 今の僕は紡としての過去もフェリクスとしての今も、大事に抱え込んでこれからの未来も見れると思う。

 

 だから後悔の無いようこの人生をなんでもない僕なりに、もがいて生きていこうそう思った。


 そうして僕はベットから立ち上がってドアノブに手をかけた。

 




 

 


 

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