第百四十八話 全ての想いを君に
肌に付くような湿り気とどこか遠くから聞こえてくる戦場の剣戟と木々の揺れる音。そして深夜にしては辺りを明るく照らす満ちた月。
その月明りに僕の持つ剣は反射し少しだけ震えていた。
今目の前にいるこの男さえ殺せればいい、こいつさえ倒せば今まで死んだ人達が無駄になる事は絶対に無くなる。だからこそ僕は今一歩を踏み出さないといけない、いけないのだが。
「━━ッ」
長時間傷口を放置しすぎたせいか血は足りずその上魔力なんてほぼ空になっている。それに後ろには重傷を負ったエルシアがいるから時間もかけてられない。
「どうしたんだい?そっちから来ないと私から行くよ?」
そしてこの場で最大限の懸念である目の前の老人。見た目こそ右肩左足からは自身の血を流しボロボロだが、その顔からは痛みなんてかけらも見せず余裕そうな薄気味悪い笑みすら見せていた。
だが僕はそんなこいつ相手でも実力は痛いほど知っている。沢山の人が命を懸けて死んでいって、僕も殆どを尽くしても結果この程度しか傷を付けれなかった。
でもそれでも僕は戦わないといけない。そう本能的な恐怖に逆らい一歩を踏み出そうとすると、後ろから僕の肩をエルシアの手が掴んだ。
「逃げて。どうせ私は次があるから付き合う必要ないから」
僕は少しだけ振り返りエルシアに視線をやる。その月明りに照らされた白い顔は、寂しそうに悲しくも見えた。
何度も人生をやり直している彼女にとって、それが最善の行動なのだろう。でもこんな顔をさせ死なせるわけにいかないから、今僕はこの場に立っているんだ。
「エルシアに次があるから僕は戦うんだよ」
「でもあんたはここで死んだら・・・・」
抵抗しようとするエルシアの小さな指を肩から払いのける。
色んな未来を知っている彼女からしたら、この世界は僕がいる事で死んだ人も不幸になった人も大勢いるんだろう。実際今日だけでも沢山の人を僕の存在がある事で死なせてしまったのだし。
でもそんな世界で異常で異質な僕がやれる事があるとするのなら。
「君がこの先一人で戦えるよう送り出す事ぐらいだから」
所詮この程度しか僕には出来ない。
でも僕のせいで死んだ人が生き残れる世界を掴めるのはエルシアだけだ。そしてそれを掴んだ時エルシアも笑っていれる世界を手に入れて欲しい。そこに僕は居ないのだとしても、それが僕の我儘でエルシアにとっては負担でしか無いのかもしれなくても。戦い続ける事を運命付けられたこの子のほんの少しでも助けになれたなら。
そう僕は今にも倒れそうなエルシアから視線を外し、何が面白いのか笑って僕らを見つめてくる老人を捉え手に持った鉄砲を構えた。
「一歩でも動いたら撃つ」
弾は事前に込めてある。威力は魔法より劣るが速度だけなら一歩早く相手に届く。
でもそんな事関係無いと言いたげに、僕の背中を流れる小川が作った河原に一歩踏み込んできた。
「何をするんだと待っていたんだけどねぇ。火が付い無いけどそれ使った事ある?そんな物が秘密兵器とかやめてよね」
森から一歩踏み出したそれは月明りに照らされ、その皺をひどく歪ませ口角を上げた老人の顔をはっきりと僕に見せてきた。
「ここまで君の為に準備してきたと言うのに。それなのに君は逃げてばっかりで残念だよ」
手にはラースの剣を持ち魔法を準備している気配は無かった。肩の傷を治してない事からも、もしかして魔力は残っていないのだろうか。
するとそんな僕の視線に気付いたのか、足を止め肩を触ってまるでなんて事の無いように言った。
「いやぁ久々に傷が出来てねぇ。せっかくだから残してるんだよ」
相変わらず意味の分からないを言う奴だった。
でもだからこそ今僕が勝てる可能性が少しでも感じられているのは事実だった。そう僕は鉄砲の火蓋を開き僅かな魔力を用意する。
「最後に聞くが」
「ん?なんだい?」
段々と温かくなる火蓋を抑える左人差し指。僕は一生聞く事が無いと思っていた事を口にしていた。
「名前は何だ」
「・・・へぇ」
興味深いそう言いたげに僕をジッとその細い目で見てきた。
そして少しの間考える素振りを見せた後、手に持ったラースの剣を弄びながら言った。
「一番呼ばれたのはアルノルトかな。本当の名前はあったけど使わなすぎて忘れちゃった」
で、それを聞いてどうするの。そう言いたげに僕の返事を待っているようだった。
だから僕はそれに答えるように鉄砲の照準を顔に向け、火魔法の用意をする。
「じゃあなクソジジイ」
「え、ひど━━」
何か言いかけたクソジジイの顔に向け、僕は鉄砲にかけた指先に火魔法を発動させる。一瞬で指先は感覚が無くなる程火傷を負い、白い煙と共に鉛玉はクソジジイの顔面目掛けて飛んでいった。
すると流石のクソジジイでも火魔法で撃つと思っていなかったらしく、一歩目の反応が遅れているのは僕でも分かった。だからこそ僕は鉄砲を衝撃のまま放り出し地面を蹴った。
「行くぞ」
父さんが昔教えてくれた剣の振り方。イリーナが作ってくれた戦い方。ラースやハインリヒと磨いた技。それもこれも全部血や魔力と違って今でも傍で僕と一緒に戦ってくれる。
そうして剣を振り上げようとする僕の視界には、弾丸が頬を掠め態勢を崩すクソジジイの姿があった。
「そんな無茶しちゃってぇ」
クソジジイの目がしっかりと僕を捉えていた。その目は全く僕を脅威と感じておらず、相変わらず興味対象の様な嫌に上からな目だった。
僕はそんな目を切り刻むように剣を振り下ろしその切先をクソジジイに向けた。すると楽しそうに笑みを浮かべるクソジジイは、倒れそうになる体勢のまま左手で持った河原の石を僕に投げつけてきた。
「ッ!」
あんな体勢からよく僕を狙って投げれる物だと感心しそうになるが、僕は顔を傾け避けようとしつつも剣を振り下ろす事を優先した
そして鈍い痛みと共に右目の視界が失われる代わりに、その剣は振り下ろされカツンと骨に当たる感覚があった。だが何かがおかしかった。
「っと、今日は根性据わってるらしいね」
もう使えない右腕はなんてどうでも良いと言いたげに、クソジジイは膝を折りその二の腕で僕の剣を受け止めていた。
「こいつ・・・・」
すぐに剣を抜こうとするが変な刺さり方をしたのか中々抜けない。そんな隙をクソジジイが見逃すはずも無く、その左拳が僕の腹に押し込まれた。
「剣なんて男の戦いには要らないよね?」
そう言って腹を守ろうと背中を丸めようとする僕の右手を掴み、父さんが贈ってくれたショートソードを奪い取ってエルシアのいる方へと投げ捨ててしまった。それがエルシアに当たりそうで焦ったが、とりあえずは大丈夫そうだった。
そしてその言葉通りにクソジジイが持っていたラースの剣までを捨て、一歩引いた僕と向かい合った。
「良いハンデかな」
クソジジイはそう言って右腕をぶらつかせ左腕だけで構えた。そしてまだ腹に残る衝撃も癒えぬ内に、僕の顔面に向かってクソジジイの左ストレートが飛んでくる。
それをよろめきながらも右ひざを折り無理やりそれを躱そうとするが、その左ストレートはそのまま僕の首を通り過ぎ巻き付いて来た。
「そぉ~っれ!」
僕の視界は一瞬空を見上げ背中に鈍い痛みが走る。それでもすぐに動き出そうとするが、クソジジイの拳が真上から僕の顔面に襲い掛かろうとしていた。
「━━ッ!」
間一髪で首を傾けその拳を避ける。そして視界の上部には反対側から僕を覗くクソジジイの顔がまだあった。それを狙って僕はとりあえず石を右手で握り叩きつけようとするが。
「よっと」
クソジジイの体がそれを避けようとしてのけぞる。でもその隙に僕は立ちあがりなんとか数歩分距離を取る。
その時に視界が広がると、川辺には既にエルシアが地面に座り込み出血がひどいのかお腹を抱えていた。もう時間が無い、そう焦りつつも僕はポケットから袋を取り出す。
「また何かする気だね?」
クソジジイが嬉しそうに笑って僕とエルシアの間を遮る様に立ち構える。
もう魔力なんてほんの少ししか残っていないが、まだ少しぐらいは魔法を使えるだけの余裕はあった。
そんな僕に向かってクソジジイが再び地面を蹴る。相変わらず楽しそうに笑っているが、流石に出血がひどいのか顔が白くなりつつあった。
「真正面で受けてやるものか」
僕は一歩引きその袋を僕とクソジジイの間に投げる。保険の保険として用意したものだったけど、こういう何もかも無くなってしまった時に使えるとは。
「・・・・?」
クソジジイも何か分からず不思議そうにしているが、それでも足を止めずに僕の元へと迫ってきていた。いや分からないからそれを知りたくてわざと受けに行っているのかもしれない。
その油断が僕にとっては助かる、そうなけなしの魔力をすべて使い火魔法を正面に向かって放った。
「そんな火で怯むとでも?」
クソジジイの言う通りこんな一瞬の火なんて当たっても火傷するかも怪しい。だがそれはこの火魔法がクソジジイ自身を狙った時の話だ。
そう僕は火魔法を放つと同時に顔を手で守り後ろへと飛んだ。
そして僕の投げた袋と火魔法をクソジジイが剣を持つ手で払いのけようとした時。その袋に火魔法が引火し、後は普通の袋ならただ燃えるだけだが、その袋の中身は普通では無かった。
「ッチ」
何かを察したのかクソジジイの舌打ちが聞こえると共に、袋からは白い煙が湧き上がりシューっと音を立てながら一気に勢いよく燃え上がった。
そしてその炎自体はそこまで長い物では無かったが、顔面近くで予想以上に燃え上がったそれに面を食らったクソジジイは、目を瞑り本能的に炎を手で振り払おうとしていた。
そんな隙を見逃すはずも無く僕は重心を前に向けイリーナのナイフを取り出し、クソジジイに向けて突き刺そうとしていた。
「仇だッ!」
イリーナの分だと僕の投げた火薬袋を超え剣の切先がクソジジイの喉元へと届こうとしていた。袋からあがる火はすでに勢いを失いつつあったが、未だにクソジジイは火から顔を守る様に目を瞑っていた。
「死んでしまえ!!!」
そして切先がクソジジイの喉元の皮膚を突破し後もう少しだと言う時。クソジジイの細い目が開き鈍く輝くと、ナイフの剣身を素手で掴みそれ以上僕が押し込もうとしてもビクともしなかった。
「危ない危ない。こんな猫騙しで終わる訳にはいかないからねぇ」
僕が力を込めナイフを押すがカタカタと震えるだけで、それ以上ナイフは動かずクソジジイの手から垂れる血がナイフを赤く染めていた。首にも少し刺さっているが、少しの血が垂れるだけで大きな血管にはあと少し届いて無かった。
「もう少しなのに・・・」
ならばもう片方のナイフを使えば。そう思い左手でブレンダさんのナイフを取り出し、再びクソジジイの喉元へと向けるが、それをただ見ているだけな相手なはずも無く。
「やっぱ君イイねぇ!!」
浅いとは言えナイフが喉に刺さっているのにそう喉仏を動かすと、僕のナイフを掴んだ手を血で流しつつも僕の側に押し込まれたせいで、ナイフがクソジジイの喉元から離されてしまった。
「クソがッ!!」
でもまだ左手に握るナイフはクソジジイへと向かっている。そうクソジジイに押し込まれたナイフを諦め手放すと、体勢が前のめりになったクソジジイの首へと向けた。
だがそのナイフが首元に届く前に僕を細い目でクソジジイが見上げてくると。
「ざぁんねん」
視界端で僕の手放したナイフをそのまま握ったかと思うと、瞬きをするうちに横腹に異常に熱く燃えるような感覚が走った。そしてそれを認識すると共に対照的に冷たいナイフの感覚が、腸を抉る様に奥へ奥へと入り込んできた。
でもそれでも僕は右手で握るナイフを振るったが無情にもそれは躱され空を切ってしまっていた。そしてその時に痛みのせいか力が抜け、振るったままナイフをどこかに手放してしまった。
「次は何をするのかな?」
それを見てなのかなぜか止めを刺さずに、クソジジイが僕からナイフを抜きつつ距離を取ってきた。
今の僕は脇腹からかなりの出血をし左人差し指の一部も使えず右目も見えない、それに魔力も武器も手元には無くなってしまっていた。そんな僕を見てのクソジジイの今の言葉だったのだろう。
だが僕だけでは無くクソジジイも右腕は既に使えず左足も動かしずらいのか変な立ち方で、喉からも血を流し続けていた。でも今の状況を楽しんでいるように見えるのは、僕とこいつの心の余裕の違いなのだろうな。
「でもまだ終わらねぇよ」
僕はまだ悲観する訳にはいかないとそう虚勢を張り、何でも良いと地面に落ちていた河原の丸い石を拾おうと屈んだ。するとその時ずっと蹲っていたエルシアが僕と目があった。
それは血は多く流れ弱々しくその瞼を開けているだけでも限界そうに見えた。でもそれでも僕の結末を見るためだと言いたげに、僕をまっすぐと見つめてきていた。そして言葉を発してはいないが口パクで何か僕に伝えてきていた。
「・・・・」
多分「信じて」だったと思う。確証は無いけどその自分の感覚とエルシアの銀色の瞳を信じ返し、頷きつつ石を手放し素手を構えてクソジジイを見た。
「じゃあ男同士の殴り合いといこうか」
クソジジイもイリーナのナイフを投げ飛ばし再び左手を構え僕と向かい合った。ここまでやっても僕が付けれた傷は喉に僅かに切り傷を作った程度。それでも僕は信じて立ち向かおう。
「・・・・・っし、これが最後なんだ。気合入れろ」
痛む横腹を無視して腹に力を入れる。それと同時に血が沢山流れて今にも倒れそうだが、あと一分だけこの体はもってほしい。そう願いつつ再び駆けた。
「最後まで諦めない君の目、やっぱ好きだねぇ」
そう気持ちの悪い笑みを作ったクソジジイの左拳が僕の顔面に迫りつつあった。僕も左拳をクソジジイの顔目掛けて向けていたが、クソジジイが僕に煽る様に言った。
「そんな拳で勝てるとでも思うのかい!?」
先にクソジジイの左拳が僕の右頬を抉る、でもそれと共にクソジジイの左わき腹の先にいるエルシアの姿を捉えた。その先ではエルシアの銀色の髪が揺れ、その振り上げた白い手には僕のショートソードが握られていた。
「フェリクスッ!!!」
エルシアの必死な声と共に、月明りで反射し綺麗に光りながら僕らの元へと飛んでくるそのショートソード。
「私らの戦い邪魔しないで貰えるかなぁ!?」
それに気づき明らか怒りの感情を見せクソジジイは振り返ろうとするが、その前に僕の左拳がクソジジイの右頬を抉り返した。
「・・・・いけ」
互いに殴り合い身動きのとりずらい状況。それでもショートソードはくるくると紫色になりつつある夜空を飛び、僕らの元に落ちてきていた。
「そんな攻撃が通じるとでも?」
クソジジイが笑みを崩さず体を捻りそのショートソードから逃れようとする。でも僕はそれを防ぐように、そのままクソジジイの体に飛び掛かった。
「一緒に死んでやるよッ!!」
だがそう飛び掛かったのは良いものの横腹の傷がある僕は踏ん張りが効かず、クソジジイに力負けし二歩分押されてしまっていた。
「気持ちは嬉しいけどお断りかな!」
そうクソジジイが僕の頭上で叫ぶと共に背中に拳が降り注ぎ、その衝撃で揺れた僕の視界ではあと少し飛距離が足りずショートソードが地面へと突き刺さった。
だがここで諦めるほど僕の心は死んでいなかった。
そう痛みで視界がチカチカしながらも、根性と気力だけで一歩押し返すと、クソジジイの体越しにそのショートソードの柄を掴んだ。
「絶対に・・・・・やるんだ」
僕は声を絞り出し足に力を入れると、そのショートソードを地面から抜きクソジジイの背中に向けて刺した。ここまでやって、流石にこの近距離で体を掴まれた状態まで追い込んで、このクソジジイの体に剣を刺す事が出来た。
「いっやぁ流石にこれは・・・・」
僕のショートソードはクソジジイの体を貫きその血を滴らせていたが、それと同時に僕の左肩にまでその切先が貫通してしまっていたのは痛みで発狂しそうになるが。
そう自身のただでさえ足りない血が更に地面へと零れるのを眺めながらも、僕は手に持つショートソードに力を籠めクソジジイの体を切り刻もうと動かす。
「ヒヒッ」
鳴き声なのかクソジジイが変な笑い声を漏らしていた。でも僕はそれに気を留めずにクソジジイの体をかき乱し早く死んでくれと願い、その顔を見上げる。
「お前の顔なんざ二度と見たくないんだよ」
僕はそう言ってショートソードを捻った。するとやっと切先を心臓へとたどり着かせれたのか、開いた傷口から一気にあふれ出るようにして血が流れ出ていた。
でもクソジジイは笑いを止めることなく、口から血を流しながらも笑顔を作って僕を見下ろして来た。
「いやぁ満足満足」
そう言って口角を上げ僕をジッと見たままクソジジイは動かなくなってしまった。そして数秒後その体重が僕に乗りかかってきて、押しつぶされそうになりながらもなんとか抜け出した。
「・・・・やった」
肩の傷も酷い、それに横腹ももうダメそうだ。でも今僕が見下ろしている先には、クソジジイがショートソードが突き刺さったまま力なくうつ伏せで寝転がっていた。
案外終わって見ればあっけなかったかもしれない。あれだけ暴れた癖にあっさり死にやがって、どこか現実感も無い。
でも僕の失った物はあまりに多すぎた。だけど僕のこの世界での役目を果たせたんだと、そう思えるとどこか達成感が湧き上がってきた。
でもそれと同時に僕が忘れてはならない事を失念していたのに気づいた。
「エルシア・・・」
僕は血を河原に零しながら倒れ動かないエルシアの元へと歩いた。やっと倒したんだ、倒すのは不可能な相手じゃないんだ、そう教えるために希望を捨てさせないために僕は足を動かした。
「エルシア・・・・エルシア」
近くで座り込みエルシアを仰向けに寝かせる。まだ弱々しいながらも息はあるようで、その銀色の瞳が僕を見ていた。
「やったよ」
僕はエルシアの左手を握りそう伝える。まだ諦めずに挑戦する価値はあるんだと思ってくれるように。
でもエルシアは仕方なさそうに笑うと。
「参考になんないじゃん。どう真似しろって言うの」
「・・・・それは」
確かに僕のやり方はそうかもしれない。でもこのやり方以外にもきっとあるはずだ。それこそ本物のフェリクスなら上手いやり方を出来るかもしれない。
だけどそれでも分かってると、嬉しそうにエルシアは僕の手を握り返して来た。
「・・・・でも、ありがとね」
「うん」
段々とエルシアの手が冷たくなると共に、地平線の向こうから昇ってくる朝日が空に反射して辺りが明るくなってくる。
「あとちょっとだけ頑張るよ」
「・・・・うん、頑張って」
僕は彼女にどんな手向けの言葉を選べばいいだろうか。いつもこんな別れを経験して苦しんでいる彼女が、この先も戦い続けるには僕はどうしたらいいのか。
そう血の足りない頭を回しエルシアの手を強く握る。
「・・・・多分これからも大変だと思う」
「・・・そうだね」
「でもエルシアにしか皆を助ける事は出来ない。それは僕じゃ出来ない事」
「・・・・・・・・うん」
「僕にはこんな事しか出来ない。だって君にとって僕はこの世界限りの存在だから」
「・・・・・・・・・・」
考えるのではなく自然に言葉が溢れるように流れ始めていた。でもこれからまた一人で戦う彼女に送る言葉だけはしっかりしたいと頭を動かす。
「こんな事を押し付けられて苦しいと思う。でも皆がエルシア自身も幸せな未来を諦めないでほしい」
僕は深々と縋るように頭を下げた。結局僕はこの先エルシアと一緒に戦う事しか出来ない、こうやって次の人生でも苦しんで頑張ってくださいと、利己的なお願いをする事しか出来ない。想い出の中の存在になるだけで、実際にはエルシアが孤独に戦い続けるのを望むだけの存在。
でもそんな僕の願いを受け取ってくれたようにかすかに微笑むと、川のせせらぎが数秒間続いたのち、エルシアは今にも風で掻き消えそうな声で言った。
「じゃあさ、君が私を殺して。それで次に行けたら・・・・何か変わる気がするから」
僕の頬を冷たい手が触れる。
僕はその冷たい手の感覚を覚えながら静かに頷いた。
「託しても良い?」
顔を上げエルシアの銀色の瞳を見た。すでに声は出ないのかその代わりにエルシアは微笑んで頷いてくれた。
僕はその姿を見て全身の痛みを押して振り返りクソジジイの死体へと一歩ずつ歩いた。
「・・・・?」
そうして背を向け歩き出した時、何かエルシアが言った気がした。でもその言葉を僕の耳は聞き取れなかった。
だけど僕は足を止めずにクソジジイから父さんの贈ってくれたショートソードを抜き取り、血を流すように川の水に浸した。
「頭が・・・・」
フラフラして今にも倒れそうだし、意識も油断すればすぐに途切れてしまいそうだった。
でもこの世界で最後のエルシアの願いを叶えるために、ここで投げ出すわけにはいかないと僕は一歩ずつエルシアの元へと足を動かした。
「いくよ」
「・・・・・うん」
僕は仰向けになるエルシアの隣に座りショートソードを握る。もう僕もエルシアも呼吸も浅いしどちらが先に死んでもおかしく無かった。
するとエルシアが僕の膝に手を置いた。でもそれは今までと違って、ひどく寂しそうに怯えるような目だった。
「私頑張るから・・・・・どっかで私がまた投げ出したくなったら・・・・・・」
喋るのすら辛いのかそれ以上はエルシアの擦れ喉から出てこなかった。でも僕はその意味を察してエルシアの心臓に手を置いた。今初めてエルシアの本心が心か見えた気がした。この弱々しくて寂しがり屋な彼女が本当な姿なのかもしれない。
そう僕は慰めるように励ますように微笑んだ。
「その時は一緒に頑張ろう」
「・・・・・・うん」
エルシアが優しく嬉しそうに微笑みかえしてくれた。そんな未来が限りなく薄いのは互いに分かりつつも、この時は僕らは同じ未来を見ていた。
「だから今は」
僕はショートソードの切先をエルシアの心臓の上に置いた手に合わせた。今にも消え入りそうなぐらい弱々しい脈拍だった。
そしてタイミングが計ったかのように僕らの元に朝日が差し込む。
そんな中僕はこの小さな体の女の子に願って死んでもらう。これが正しいのかも分からないけど、そう信じてこの子を送り出す。
今まで受け取ってきた物も、これから僕が贈る物もまとめて。この先この子が一人で孤独に戦う事の無いように。
「託すよ」
自身の魂の火が消えゆくのを感じつつ、僕はゆっくりと手に力を入れエルシアの心臓へと差し込んだ。
そして止まった心臓を感じながら、僕は長い長い戦いへと旅立つ彼女に最後の言葉を贈った。
「全ての想いを君に」
これでこの物語は完結です。
ここまで書き続ける事が出来たのは読み続けてくださった皆様のお陰で、感謝の言葉しかありません。
私自身これが初めての投稿で、不出来な所や読みずらい点が多々あったかと思います。ですがそんな中でも読み続けてくれる皆様のお陰で、私の出来る最善を尽くして最終話までやり切る事が出来ました。本当に感謝してもしきれませんし、この作品が面白いと思っていただけたなら、なお嬉しいです。
そして今までブックマークや評価や感想などアクションをしてくれた方々もありがとうございます。それが特にモチベにも繋がりましたし、ただただ嬉しかったです。
最後に重ね重ねですがここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。そしてまた皆様が面白いと思える作品に出合えることを願っています。皆さんのそういった作品の内に、私も自分の書いた作品が入れるよう努力していこうと思いますので、また私の名前をどこかで見かけたら読んでくださると嬉しいです。
ではまたどこかで皆様と出会えることを楽しみにしています!
しつこいようですが何度も言わせてもらいます!!
今まで読んでくださった皆様!本当にありがとうございました!!!!




