第百四十七話 空も飛べるはず
「・・・・倒しましょう」
僕はそう両隣に並ぶ二人に声をかけ、一足先に一歩目を踏み込んだ。
未だに僕は目の前の老人に傷一つ付ける事が出来ず、その上一方的に友人を失ってしまった。だからこそ僕はぐしゃぐしゃになりそうな感情をひっくるめて、剣を振り上げその老人のニヤけ面を見下ろした。
「三対一で勝てるかな?」
不利なんて微塵も思っていない、それどころかいいハンデぐらいだと認識してそうな余裕のある笑みだった。それが僕にとっては堪らなく不愉快で力づくで剣を振り下ろすのだが。
「感情的になったらダメってさっき言ったでしょ~」
僕の振り下ろした剣はそのニヤけ面に一切掠る事も無く、ただ空を切りそのまま地面へと突き刺さった。一対一の勝負ならここで僕の負けだったが、僕には二人の頼もしい援軍がいたのだった。
「少佐!」
「分かってますッ!」
アーレンス少佐が僕とクソジジイの間に割り込むように入って来て、その大剣を叩きつける様に振るっていた。そしてもう一人のヘレナさんは態勢の崩れた僕をカバーしつつ、石魔法を手元で準備し始めていた。
「お、また懐かしい顔」
「久しぶりです先輩」
どこか二人の関係性が透けるようなやり取りだったが、僕がその意味を知る前に少佐の大剣がクソジジイの体目掛けてぶつかろうとしてた。
「君そんな武器使ってたっけ?」
だがそのクソジジイは余裕でもあり気にそんな事を言いつつ、躱すのではなくその大剣を膝と肘で挟み込み受けてしまっていた。
「でもその老体には無理しすぎかな」
「何を知った口をッ!」
そう少佐が血管を浮かべ大剣を取り戻そうと引くが、クソジジイの挟む膝と肘からは大剣が離れる事が無く、それどころかその大剣を掴み逆に所有権を奪ってしまっていた。
「なッ!返せ━━」
だが既にクソジジイの手には大剣の柄が握られており、至近距離にいた少佐にその切先が向かおうとしていた。
でもその時に僕のすぐ近くでヘレナさんが叫んだ。
「頭下げてください!!」
どちらに向けられた言葉かは分からないが、僕は咄嗟に頭を低くするとそのすぐ上を石魔法が飛んでいったのであろう、風圧をいくつか感じた。そして僕の視線が地面を向いたまま、何かがぶつかり合う高い金属音が戦場に響いた。
「少佐!この剣を使ってください!!」
「助かる!!」
僕はラースの剣を手持ちの武器が無くなった無防備な少佐に投げた。ラースの剣を手放すのは正直心苦しいが、それでもこの目の前のクソジジイを殺すのが最優先目標だ。
そうしてクソジジイと向かい合う少佐。そして少しずれた所から突撃する僕に、それを後方から石魔法で支援するヘレナさん。そんな隊形で戦闘が始まって行ったのだが。
「今日は縁のある子とよく会えてなんだか嬉しいねぇ」
僕と少佐二人で挟んで攻撃をするのだが、クソジジイはナイフを持ったかと思えばすぐに投げ、剣を拾ったかと思えばそのまま振るってきて、時には二刀流なんてのもしつつ、僕らの攻撃はいなされ続けてしまっていた。その間ヘレナさんも支援はしてくれるのだが、僕と少佐が斜線上にいるようクソジジイが調整しているのか、中々その魔法を活かせないでいた。
「ほらほらほらぁ、まだまだそんなもんじゃないでしょ君は!」
僕の頭上目掛けけてクソジジイの剣の切先が迫る。少佐はさっき腹を蹴られすぐに僕の援護に来れない、それにヘレナさんも僕が邪魔で魔法を撃てない。
ならば僕がなんとかするしかないと自身の剣を掲げ受けるのだが、相手は老人だと言うのに鍔迫り合いが始まるとキリキリと剣が嫌な音を立てながら僕は押されていた。
「まだ傷一つ無いよ?まだ何か作戦あるんでしょ?隠してないで早く見せてよ」
十数センチのその先にクソジジイの顔が皺の一本まで詳しく見えるほど近くにあった。
そんな狂気じみたような目と顔に、僕は一瞬怯みつつも後ろを確認しつつ足の力を抜き左後ろへとスルッと鍔迫り合いから抜け出した。
「ヘレナさんッ!!」
「任されました!!」
僕を挟んでクソジジイから見て反対側にヘレナさんはいた、というよりクソジジイがそう誘導していた。だからこそ僕はとっさの判断で障害物である自身の体をどけ、一瞬でもヘレナさんの視界を確保させる事で奇襲効果を狙った。
「これぐらい避けれ━」
相変わらず腹の立つような事を言おうとすうクソジジイに向かって、僕も分かっていると大きさこそ小さいが数センチ単位の石魔法を数個で目を狙って放った。
「・・・当たった」
これが今日初めての僕の命中弾だった。意識がヘレナさんに行っていたお陰か、そもそも石魔法が小さくて認識できなかったのか、そんな理由はどうでも良く実際にクソジジイの両目の視界を奪う事に成功していた。
「・・・・・」
ずっと戦闘中饒舌だったクソジジイはその時は何も言葉を発していなかった。
そして僕はそんな光景を見つつ、視界端から飛んでくるヘレナさんの石魔法の着弾を見届けようとしていた。
「・・・・・使うかぁ」
何かクソジジイがそうボソッと呟いた。そして次の瞬間僕らの地面ごと地震が起きたかのように隆起し、立っているのが精いっぱいな程の地揺れが起こった。その時に僕も焦りと混乱からクソジジイを視界に入れるのを忘れてしまっていた。
「っぶねぇ」
僕はなんとか転ばずに凸凹になった地面に立つが、その土けむの先にはやはり攻撃を食らっていないらしいクソジジイの立ち姿があった。
「戦闘では魔法使わないのが拘りだったんだけどねぇ」
そう低くなった声で腕まくりをしながら、降り積もる土片の中僕らの元へと歩を進めてきていた。今のが魔法というのには規模が大きくて理解が出来ないが、そもそもそんな縛りをしてまで戦闘をする意味が理解出来なかった。
でもただ一人だけ動ける人がそこにはいた。
「私を忘れるなよ━ッ!!」
まだ土煙が多少立ち込める中クソジジイの背中を取った少佐が剣を首目掛けて切りかかっていた。僕もそれに合わせて石魔法を放とうとするが、その準備をするうちに何かが弾けるような音が戦場に響いた。
「おっと、久々で加減難しいな」
そこにあったはずの少佐の頭が半分綺麗に抉り取られていた。
だがそれでも少佐の目は生きていて、まだ剣を振り下ろそうとその柄を手放していなかった。
「これぐらいで諦めると思うなよッ」
それは少佐の意地なのだろう。その振り下ろされる剣は勢いを失う事が無く、クソジジイの右肩へと刃が深く切り込んでいた。でもそこで少佐は力尽きたのかその剣を残したまま、地面へと力なく落ちて行ってしまった。
そしてその傷を見たクソジジイは、少し嬉しそうに笑って出血を厭わず剣を抜くと。
「君初めて私に一本入れたねぇ」
そうやったクソジジイは少佐を見下ろしたが、その少佐の残った片方の眼球は何か言いたげに僕を見ていた。
そして何か僕に伝えたいのか口がかすかに動いていた。だがその声は僕には全く届く事は無く、この時の僕は咄嗟に今がチャンスだと思って走り出そうとした。でも多分だけどこの時の少佐は逃げろって言っていたかもしれない。
だがそんな意図すら見ていない僕を止めたのは、クソジジイでも敵でも無くヘレナさんの右手だった。
「ここまでです。味方が撤退を始めてしまってます」
僕はその言葉に反発しようと視野を広げると、確かに味方の旗印が遠く遠くへと行ってしまっていた。それに本陣の旗が見えないし、もしかして少将がやられたのかもしれなかった。
だがそんな事僕には関係ない。今肩に傷を負ってチャンスなんだ、刺し違えてでもあのクソジジイを殺さねばならない。
そう僕がヘレナさんの手を振り払おうとした時、ふと視界端に映るエルシアの姿が見えた。
「・・・・・」
違う。
本来の僕の第一の目的はエルシアを助け出す事だ。色々な人の想いや死がありすぎて、当初の目的を忘れかけていた。でもそれもどちらにせよあのクソジジイは殺さないとどうしようも出来ない・・・。
一瞬で方向の全く違う想いが溢れ体が固まってしまった僕に、ヘレナさんは更に強く肩を掴み言った。
「私が時間を稼ぎます。君はあの子を連れて逃げてください」
「い、いやでもそれは・・・」
「あの子がいなくなれば戦争の大義名分も無くなります。そうすればこの戦争も終わるんですよ」
そんな会話をしている内にもクソジジイは落ちていく土煙の中を、鼻歌混じりで歩いてきていた。そんな短い時間の中僕はどうするべきか選択を迫られていた。
でもヘレナさんは諭すように少し背を伸ばし僕の頭を撫でると。
「君はこれからも沢山の命を救える人です。それにあの子助けたいんでしょ?」
ヘレナさんの視線が俯いているエルシアへと向く。確かに僕らの事情を話しているとは言え、そこまで心の内がお見通しなのか。
「私も死ぬ気は無いです。背中を任せて欲しいだけですから」
そう少し悲しそうな笑みを浮かべたヘレナさんに無理やり背中を押され、体勢を崩しつつもエルシアの元へと僕は走り出した。もうこの時にはクソジジイに気付かれていたと思うけど、僕の足は止まる事無くエルシアの元へと向かって行っていた。
そしてその俯くエルシアの左手を迷いながらも掴んだ。
「行こう」
逃げ切れる作戦も自信もない。自分の意思だけでこの左手を握ったわけでも無い。それでも心配を掛けない様僕は強がりで虚勢を張った。
するとそのエルシアは落としていた瞼を上げ、銀色の長いまつ毛と共に僕を見上げると。
「大丈夫なの?」
「大丈夫にするから」
既に僕が失った物は多い。今更僕の言葉に説得力はないかもしれないけど、やれる事をやるしかない。それをしないと受け取った物に僕は返せるものが無くなってしまう。
そう僕がエルシアの左手を握り連れて行こうとすると、そのエルシアの右手に女の子が握られているのに気づいた。
「・・・この子は?」
その時僕が動きかけた足を止めてしまったのがダメだったのだろうか。次の瞬間何かまずい事が起きたのか、ヘレナさんの鬼気迫った声が聞こえてきた。
「フェリクス君!!後ろ!!!」
僕は振り返る暇も無く何か攻撃が来ているのだと判断し、僕はエルシアの左手を引っ張った。その結果僕もエルシアも傷を受ける事は無かったが、エルシアの手に握られたその小さな女の子は別だった。
「え、あ、ラウラ・・・・」
エルシアの状況を掴めないのか困惑した細い声と、今日何度も聞いてしまい聞かされてきた肉の潰れる音。
だが今回はいつもと違いその寸前にその小さな女の子と目が合った。そしてその瞳と共に記憶がこの子の正体を教えてくれた。かつてあの街で会った子だと今更気付いてしまったのだ。だがそう気づいたところで時すでに遅しという言葉が僕に刺さっていた。
次の瞬間僕の中で言語化したくないようなむごい光景が広がり、エルシアの綺麗な銀色の髪は赤く染まり、僕の鈍く銀色に輝く鎧にもべっとりと彼女の血がへばりついてきた。
「逃げるのかい~?」
クソジジイが僕らへ向けて走り出してきている。逃がす気は無いと言う事らしいが、このままだとすぐに追いつかれてしまうしこれからどうするべきなんだ。エルシアも流石にショッキングだったのか固まってるし、僕も焦りから思考が上手くまとまらなかった。
でもただ一人この状況の中動けていたのはヘレナさんだった。
「走りなさいッ!!!」
その声に僕はハッとしとりあえず訳も分からないままエルシアの手を引き走り出した。
何度も何度も振り返りたくなった。段々と少なくなっていく味方に、いつまで経っても聞こえないヘレナさんの声。何度この悲しみを今日抱えないといけないんだ。そんな怒りすらも涙と共に湧いてくるが、僕は一度もその想いに裏切る事の無いように足を止めなかった。
そうして一度も僕は振り返らずに戦場を走り抜け森に行くまで、クソジジイが僕らの背中を触る事はただの一度も無かった。森の中は篝火も無くただ月明りだけが頼りの世界だった。
「森を抜けてそれから・・・・」
谷を抜けてもその先はリュテス国だ。簡単にクソジジイの手は伸びてくるのは想像に容易いし、本国に帰ろうにもそっちにクソジジイがいるしどこに逃げるべきか。すぐに港町に行って遠くどこかの街へといってしまうか。
そう何か方策は無いかと思考を巡らせながら走っていると、ふと視界端に入った黒髪に僕の目は吸い寄せられていた。
「ヘレナさん!!!」
木々の間から見えるそれにかすかに希望を抱いて声を出そうとする。だが僕の声に振り返ったその月明りに照らされた黒髪は、ヘレナさんでは無く振り返ったアイリスのものだった。
「フェリクス!!」
嬉しい様な不安なような混じり合った感情を抱きつつ、僕は後ろを振り返り敵が追って来ていない事を確認する。チラホラと味方も敵も森の中にいるから奇襲だけは警戒しないといけない。
そうエルシアの手を引いたままそのアイリスの元へと足早に向かった。ヘレナさんじゃなかったとはいえ、既にこの戦いで失いすぎた僕にとって、まだ自分の友人が生きてくれてて嬉しかったんだと思う。
「大丈夫!?二人とも!?」
アイリスとライサが共に行動をしているはず、そんな確信があった。だからこそ木々の間に見えるアイリスにそう声をかけた。
そして声を掛けながら藪を掻き分けアイリスへと近づいていくと、地面に座るアイリスの手に乗せられたものが僕の視界に入ってきた。
「・・・・・・・・」
アイリスの膝の上に乗せられたよく見慣れた癖ッ毛の茶髪に小さな頭。なんだかんだ僕にとっては長い付き合いだったその女の子。
「治癒魔法かけたんだけど・・・・・」
アイリスの震える声に顔がかかった前髪で見えなくなっていた。
でもそのアイリスの顔を見なくても、その言葉の意味からおおよその事は察しがついてしまった。そして僕は最早こんな現状に怒りすわ湧いてきながらも、アイリス達のすぐそばまで足を運び静かに膝を折った。
「ライサ」
お腹には大きな穴が開きそこからはもう血が流れていなく、地面に赤いシミを広範囲に広げていた。でもライサの白い顔はまだ動き、僕を探そうと目が見えてないのか栗色の瞳がぐるぐると動き回っていた。
「・・・・どこ?」
弱々しい、あまりに弱々しい声だった。
僕の知らない目の届かない場所で大切な人が死の淵に立っている。なんでこんなにもあっさりと簡単に心の準備すら許さずに、大事な人がどんどんと死んでいってしまうのだろうか。とうに僕の心は受け入れきれずに壊れてしまっているというのに。
「ここにいるから大丈夫」
でもそれでも無理やり笑みを作り、エルシアから手を離し両手でライサの小さな冷たい手を握る。また僕は僕のせいで他人を失わせてしまうのだと、自責の念がどんどんと心の中を支配していくのを感じていた。
そして未だ僕と目の合わないライサは少しだけ口元を緩ませ、小さな小さな声で呟いた。
「・・・私と・・・・私の・・・・・・・」
零れる様にポツポツとライサの乾いた唇から言葉がゆっくりと僕に届く。だがそれすら辛いのか血を吐き出してしまっていた。
「良いから喋らなくても」
僕は出来るだけの事をしようと止血の為布を傷口に当てようとする。でもライサの唇は止まる事が無かった。
「・・・・人生に・・・・・・いてくれて」
擦れていてもその言葉に込められた感情は、とてつもなく大きくて僕に向けられていた。
そしてずっとどこか虚空を見回していたライサの栗色のの瞳が僕を見て、いつもの明るい笑みを作っていた。
「・・・・ありがとう」
ずっとライサらしくないとは言えばらしくなかった。いつもの我儘で明るい彼女じゃなく、ただ一人の寂しそうな女の子だった彼女が、最期にらしく笑って満足そうに瞳を瞼の裏に隠してしまった。
でも僕の心はそんな満足そうな顔を見たとしても耐えれそうには無かった。目の前で大事な人が死んでいき、僕を守ろうと死地に向かった恩人、それに僕が守るべきだった人を知らない所で死なせてしまった事。
一日でここまで人の死を色々な角度から押し付けられてしまった僕には、今発狂せずに喋れているのが不思議なぐらいだった。
「・・・大丈夫?」
苦しいはずのアイリスにも心配されるほど僕の顔は青かったんだと思う。
でも僕はなんとか、本当になんとか手から血が流れるほど強く拳を握りその場で立ち上がった。ここで座り込んでいたい気持ちが心を支配しているけど、それでも僕は走らないといけない。
「エルシア」
「なに?」
エルシアはライサの死を見慣れているからだろうか、ただ表情の無い顔で僕を見上げてきた。この子にそんな顔をさせてはいけない、人の死を現象だと受け入れれる状況から助け出すために。
そう崩れそうな自分の心を鼓舞し酸素を肺に送り込む。
「行くよ」
自分の役目と責務。果たせなかった責任から逃げる訳にはいかない、そう自分に言い聞かせ今日何度目か分からない虚勢を張った。
すると珍しくエルシアが表情を見せ僕を心配そうに見上げつつ、その差し出した手を握り返して来た。
「大丈夫なの?」
「大丈夫に見える?」
「見えない。昔の私みたい」
そうして次に僕はアイリスを見る。アイリスはまだぱっと見では怪我はしていないようだけど、やはりライサの事がショックなのかその場から立ててないでいた。
「アイリス」
一緒に行こうと視線を送る。今は少しでもこの手で拾える命を拾って行かないと。
そう空いた方の手でアイリスに差し出すけど、そのアイリスは細い指でライサの服や髪を整え始めていた。
「こいつを弔ってあげたいから。先に行ってて」
僕よりもアイリスの方が心は強いのだろうか、それとも僕と同じように虚勢を張っているだけなのだろうか。
そう僕は思いつつも、この辺りが戦場からは外れた位置なのを確認すると。
「谷を抜けた先に僕らはいるから。追いついてきてよ」
「・・・・うん」
最後までアイリスの顔はしっかりと見る事が出来なかった。
でも僕はそんなアイリスを置いてしまい、ただ彼女が無事である事を願いながら月明りの下を走り出した。
そうして針が刺されたかのように痛む肺を膨らませ、今にも千切れそうになる筋繊維を伸縮させ谷へと向かって走った。
「あ」
その時道端に事前に僕が置いておいた鉄砲があった。保険の為にと置いておいたけど、魔力が一割をきりかけている僕にとっては、渡りに船な武器だった。
そうしてそれを手に僕は再びエルシアの手を引き走りを再開した。段々と背中からは剣戟の音が近付いてくるのを感じながらも、ただの一度も振り返る事無く一心不乱に谷を目指した。
そうして心も足元もボロボロになりながらも谷を目指したはずだったか、中々そこに到着する事は無く今目の前には、小さな川がただ流れていた。
「・・・・谷はあっちか」
そこが少し開けていたお陰か正確な谷の方向が掴めた。距離もそこまで無いし後もう少しで行けそうか、そう僕が川を渡ろうと、川岸を進むと後ろの藪がガサっと動いた気がした。
「やぁっと見つけた」
僕はその声が聞こえると共に咄嗟に振り返り、エルシアを守るため背中に持っていこうとした。
するとそれが功を奏したのか、それともそのせいだったのかクソジジイの放った石魔法がエルシアの横腹を貫いた。
「━━ッ」
とりあえず僕はエルシアを背中に隠すが、エルシア自身もまだ立っているのが精いっぱいといった感じで横腹をおさえていた。
「外しちゃったか。魔法また練習しないとだなぁ」
僕はショートソードを改めて構える。この状態のエルシアを治すだけの魔力も無いし、逃がすだけの余裕もない。ここで僕が掴みうる最善の未来はこの目の前の老人を殺す事、ただそれだけだった。
「いやぁ皆強いよねぇ」
覚悟と後悔でいっぱいな僕と違い、目の前の老人はそう誇らしげに少佐の付けた右肩の傷に、誰かがやったのであろう左太ももの傷を僕に見せた。治癒魔法をかけていないのは僕を舐めているのか、それとも拘りとか言う奴だろうか。
「でも邪魔ももういないからね」
クソジジイがラースの物だった剣を抜いた。
それがどこまでも僕の神経を逆撫でし激昂を誘うが、それもこいつの思い通りなのかもしれないと、血が出るほど唇を噛みなんとか我慢する。
そしてそれの代わりにショートソードの切先をクソジジイの首に向け言った。
「これでもう終わりだ」
大事な人の死もこいつの悪事も僕の責任も役目も。
何もかもをここで清算しきってしまおう。今の色んな想いと感情で溢れ零れた僕の心にはその選択肢しかなかった。
「やっぱ君は良いねぇ」
そうして僕にとって最後の戦いが月明りの下始まろうとしていたのだった。
明日は二十時に投稿させていただきます。




