第百四十六話 友人
踏み荒らさた敵味方の死体が地面を形作り、その上を足を取られながらも僕らは駆けていた。もう既にこうやって走り出してから一時間ほどは経っただろうか。
そんな時間感覚すら信用出来なくなるような、混戦の中僕の隣を走り続けるのはもう十何年にもなる付き合いのラースだった。
「そっち左から敵二人!!」
「了解ッ!!後ろ頼んだ!!」
背中を預けられる味方がいるのはありがたい、そう思いつつ向かってくる敵兵に剣を構える為足を緩める。
だがこんなところで僕は止まっているわけにはいかない。すぐにでも敵兵を蹴散らして奥へと突破しないといけないのに、それが思った以上に上手くいっていなかった。
「こいつら魔力どんだけあんだよ・・・」
もうすでに半日敵は戦闘を続けているというのに、僕らの前に現れる敵は魔力がきれる気配を見せず魔法を放ってくる。それを出来るだけ交わして剣の切先を喉元に突き刺すが、少しづつ僕の体の傷は増えていた。
そうしてそんな体の悲鳴に耐えながら戦闘を続けるが、気づいた時にはラースが後ろにいなかった。僕は嫌な予感がして焦って周囲を見渡すと、少し進んだ先にその背中が見えた。
「ラース!!突っ込みすぎ!!」
僕はそう叫び、ラースと対峙している敵兵目掛けて石魔法を放つ。すでに魔力は残り四割で危険域に入っていたが、出し惜しみしている場合じゃ無い。
そうして僕の放った石魔法は敵兵に当たる事は無かったが、一瞬でも正面で対峙するラースから意識が逸れた事で、その隙を見逃さずにラースの剣が敵兵を貫いた。
「味方もっと前でろよ・・・・」
僕の忠告通り引いてきてくれたラースは不満げに顔に浴びた敵の血を拭った。だがそんなラースの不満も最もで、まわりをみても明らか味方が弱気になって勢いが落ち始めていた。
「そろそろ不味いかもね」
このままだと本当にこの戦い自体に負けかねない。戦力比八対一で負けるって相当な事だけど、やはり魔導士の量が影響したのだろうか。
「ラース魔力何割残ってる?」
「少なくとも七割は残ってるぜ」
じゃあ治癒魔法に必要な二割は最低限確保できそうか。僕はこの調子だと治癒魔法の魔力すら確保できなさそうだから、ちょっと戦い方を考えねば。流石に相手もそろそろ魔力が枯渇するだろうし、このアドバンテージをどうにか生かそう。
「敵も数は減ってるし損耗してる。それに少しずつだけど僕らは前進してる」
僕は襲いかかる敵兵を切り裂きながら状況把握に努める。と言っても戦闘中に考え事なんて難しいから、正確な判断かは確信を持てないが。
「それで?」
ラースが僕を頼るように見てくる。
「それで敵本陣の位置もここから分かってる」
貼り直されたであろう土でボロついた天幕が戦場の奥に見える。おおよそだけど直線距離だと三百メートルも無い。
そして次に僕が言葉を発そうとすると、先に理解したのかラースがやる気満々に白い歯を見せ言った。
「やっと突っ込むって事だな」
「そう言うこと。味方に合わせてたら勝てない」
このまま力の押し合いじゃ勝てるかも怪しい。なら少しでも僕らが戦場を掻き乱して流れを作る。
「じゃあラース援護頼んだ。僕が先頭で行く」
「おうよ任せとけ」
時間は有限だ。決まったならすぐに動き出さねば。
そう僕は地面を踏みしめ進行方向を確かめる。丘の頂上に敵本陣があるから少し登り気味になっている。だが敵側の兵も減っているからか、かなり隙間が空いていて全力疾走すれば抜けれそうだった。
「じゃあ行くよッ!!」
剣に付いた血を振り払い姿勢を低くして走り出す。敵も僕らに気付きはしているらしいが、やはり数が少ないだけあってか対応に回る人員は居ないようだった。
「あと二百」
この辺にも突出した味方が戦っているのがチラホラ見える。士気的にもうダメかと考えたが、思ったよりも頑張っている味方は多いらしい。
「あと百」
段々と非正規兵らしい敵兵の姿が増えてきた。だが恐らく治癒魔導士とかだろうから警戒は怠れないか。
そう考えながらも走っていると懸念通りその治癒魔導士らしき四人が、僕らの行く手を阻んだ。
「すぐ応援呼んで!俺らがこいつら対応する!!」
若い男の兵士が仕切っているようだった。男三人に女一人となると剣術もありそうで少し厄介か。
するとラースが僕の隣に並んで言った。
「俺がやる。フェリクスは止まるな」
その言葉に僕は二つ返事で言った。
「了解ッ!」
僕は剣を構える敵に向かって速度を落とすどころか、更に上げ突撃していった。敵側もそんな僕に動揺しているようだが、ラースが今からしようとしている事に感づき警戒を僕からラースに移した。
「魔法来るぞ!各自ばらついて囲め!!」
まとめて魔法で潰されるのを警戒したか。僕としては隙間が増えてありがたいが、ラースはどうするのだろうか。
振り返る訳にも行かず僕は聴覚に意識を巡らせながら、足を止めずに走り続けた。するとそのラースのひねり出すような声が聞こえた。
「なら全員にそれぞれ当てりゃぁいいだろがよッ!!!」
僕の両脇をラースが放ったであろう石魔法が飛んでいく。どうやら言葉通り、ばらけはじめる敵兵それぞれに魔法を放ったらしい。
そしてその石魔法が敵兵にぶつかるであろうタイミングで、僕はその敵兵の間を走り抜けた。だからその石魔法の行方を見る事が無かったが、グシャっと何かが潰れるような音でその成否は見なくても分かった。
「流石ラースだね」
すると独り言のつもりだったが、すぐ耳元でそのラースの自慢げな声が聞こえてきた。
「だろ?」
僕の方が先に走り出したのにもうラースは僕のすぐ後ろを走っていた。そんなラースに少しびっくりしつつも、僕は前を向き敵本陣へと駆けた。
そして段々と大きくなってくる敵本陣の天幕に、僕らに気付き包囲しようと集まってくる敵兵達。だが僕らはそれらを突破して走り抜けていた。
「・・・あと少し」
肺が痛いし心臓の音もうるさい。右肩も左手も動かしずらいし体中に出来た傷からは血が流れ出ている。でも後もう少し、もう少しで僕の目標に到着できる。
「そんなに急いでどこに行くんだい?」
何度も思い出し耳にへばりついた離れなかったその老人の声。
だがその声に懐かしさを覚える前に、勘で僕は体を捻ると、さっきまで頭があった空間にナイフが空を切っていた。
「お、流石に避けたね」
崩れかけた態勢を立て直しつつ突然現れた様に感じたその男を見据えて剣を構える。そしてその顔を見るが、記憶の中と違わず気持ち悪い笑みを浮かべナイフを器用に手で弄んでいた。
「おい大丈夫か」
「うん、大丈夫だから」
ラースも僕の隣に追いついて来たようだった。他の敵はと思ったけど少し離れて囲むだけで、僕らから一定距離を保ち続けていた。
そしてその敵兵の間から掻き分ける様にし、エルシアにカーラそれにどこか見覚えのある小さな女の子が出てきた。
「彼女がどうしても君と戦いたいって言うからね」
篝火に顔を反射させるクソジジイがそう言って、カーラの背中を押し僕の前に差し出した。
小さな体でその体には収まりそうにないぐらいの憎悪の籠った眼で、僕を見上げてきている。これも僕の行動の結果だと分かっているとは言え、ここまで人に嫌われると心に来るものがある。
「何か言う事あるんじゃないの」
久々に聞いたその声は思ったよりも低く感じた。でも僕はその声に最後まで責任を果たそうと、出来るだけ冷たく返した。
「何もないよ」
カーラの視線がより一層厳しくなって、その腰に差した体に対して大きな剣を抜いた。
でも僕はこの子に謝る訳にも殺される訳にも、殺す訳にもいかない。だがカーラはその剣を僕の喉元に向け、淡々と無機質に言葉を返してきた。
「そう。じゃあいいや死んで」
咄嗟に一歩引く。そしてそ瞬間、喉元に突きつけられてたカーラの剣が目と鼻の先を通り過ぎる。
「カーラ!いい加減にッ!!」
すぐにラースが助けてしようとするがそれを手で制した。ラースにとっての友人を殺す事に加担なんてさせたくない。
「時間制限三分ね~それ以上はダメだからね~」
最早煽っているんじゃないかと思えるほどの間の抜けたクソジジイの声が戦場に響く。カーラにとってこれは大事な事なはずなのに、まるで見世物のような言い方に腹が立ちもしたが、僕はすぐに目を赤くするカーラを視界に捉えた。
「僕は君を殺す気は無い」
「舐めた事をッ!!」
カーラが半ばその剣に振り回されるようにして剣を振るってくる。鍛錬を積んだのではあろうが、やはりまだ成長途上の子供で筋力は足りていないようだった。
僕はそう判断し一歩踏み込むと迫りくるカーラの大剣をなぞる様にして剣を当てた。そして力ずくでカーラの剣をいなし、その攻撃を躱すとカーラのつま先を思いっきり踏んだ。
「いッ━!!」
カーラが怯んだ隙に右手首を掴み思いっきり握りしめ、無理やりにカーラの手を開かせ剣を手放させる。
そうして見えたのは、まだまだ小さくて弱々しい手、だが手の平には痛々しいほどのマメと怪我の跡がありありとあった。
「これで終わりだよ」
右足でカーラの手放し地面に落ちた剣を踏む。そして左手も同時に掴みカーラの攻撃手段を全て無くした。これで戦意が折れてくれればと思ったが、カーラは依然として僕をキッと睨みつけてきた。
「私が死ぬまで私はあんたに負けないから」
これはどうやっても僕の声は届かなそうか。
何とかしたいが思考を巡らせたいのだが、クソジジイの間の抜けた声が思考を邪魔する。
「あと一分~」
僕の手から逃げ出そうとカーラが暴れ出している。だが流石に相手はせいぜい小学生高学年の女の子だ、力負けする事なんて無かった。
「ごめんね」
僕はこれ以上はダメだと諦め、膝をカーラの小さな薄い腹へと叩き込んだ。申し訳なさが心を支配するが、この子にこれ以上心をすり減らさせるわけにはいかない。
「・・・・か・・・クッ」
力なくカーラが僕に体重を預けてきた。最期まで僕の目を睨み続けていたけど、その瞼も痛みからか半開きになってしまっていた。
そんなカーラをゆっくりと地面に寝かせると、またクソジジイが間の抜けた声を発した。
「それが君の選択かぁ」
クソジジイは少しつまらなさそうに薄ら笑いを消し、珍しく真顔で僕をじっと見ていた。だが瞬きをするうちに口角を再び上げ、ナイフを手で弄るのを再開すると寝転がるカーラを見下ろした。
「ま、いいか。どうせ余興ついでだし」
この時からだろうか。段々と背中から感じる剣戟の音が近付いているように感じた。でもそれに希望を覚える前にクソジジイが、もう一本のナイフを抜き合計二本のナイフを構えた。
「じゃあ行こうか」
僕も剣を構え直し隣でラースが唾を呑み込む音が聞こえるほど聴覚が敏感になっていた。その時クソジジイの裏にいる小さな女の子の手を引いたエルシアの姿が見えたけど、表情が窺えない程に俯いてしまっていた。彼女は今どんな気持ちででここに立っているのだろうか。
「よそ見はダメだよ~」
一瞬視線を逸らした隙に目と鼻の先にクソジジイの顔があった。相変わらず滅茶苦茶な奴ではあるが、僕もそんな油断をしていたはずも無く。
「ラース!」
「おうよ!」
僕は刺し違え覚悟であらかじめ用意していた石魔法を至近距離から腹へ向かって放つ。そして僕の呼びかけを同時にしてラースの振るった剣が、クソジジイの首へと襲い掛かる。
これで傷ぐらいはつけれるだろうかと思っていたが、次の瞬間僕らの攻撃は何故か目の前にいるはずのクソジジイに当たっていなかった。
「そぉんなもんかい?」
僕の放った石魔法を素手で掴みラースの振るった剣を片手のナイフで受けていた。近接戦なら一発ぐらい入れれると思ったが、やはりそんな安易な相手では無いか。
そう思いつつ距離を取ろうとニ、三歩下がると背中が僕達を囲む敵兵にぶつかってしまった。
「あっすみませ━━」
癖で謝ってしまったが、振り返った先の敵兵は面倒くさそうに僕を見ると剣を抜いた。
「早くこいつ殺した方が良いよな?戦闘中にわざわざこんな事に付き合う意味もねぇし」
その言葉に隣に居た兵士も頷く。今この周囲にいる敵兵が全て襲い掛かってきたら、クソジジイに勝つなんて夢のまた夢だ。まだ友軍もここまで来ていないしその未来はかなりまずい。
そう僕は敵兵の顔を見つつ距離を取ろうとすると、耳元を鋭いナイフが掠めた。
「・・・え」
僕が視線に捉えていた敵兵は首から血しぶきを僕に当て、後ろ向きに倒れてしまっていた。
「邪魔しないでって言ったよねぇ~君らは敵軍がここに来ない様早く前線行きな~」
そう言ってクソジジイは更にナイフを投げ飛ばし、さっき頷いていた敵兵の喉元へと同じように突き刺さっていた。
僕はゆっくりとクソジジイの方へと振り返ると、ニコニコはしていたがやはりどこか機嫌が悪いのか貧乏ゆすりをしていた。
そして今のナイフ二本でその言葉の意味が分かったのか、僕らを囲んでいた敵兵は走り去り前線へと向かって行った。
「ナイフ投げのゲームがあったら優勝できそうだね」
クソジジイはそう意味のわからない事を言いつつ、地面に落ちていた至って普通の剣を拾った。
その隙に辺りの様子を伺うが、まだ遠巻きには敵兵がいるものの、僕の周囲をぽっかりと敵兵の姿が消えていた。相変わらずクソジジイも滅茶苦茶な事をするらしい。
「ま、もの悲しいけどこれはこれで邪魔が入らないからいいか」
ラースと僕は少しづつ互いに距離をとり、クソジジイを挟むように左右から睨んだ。エルシアも少し離れているから巻き込む心配は少ないけど、石魔法を撃つときは気を付けないとか。
「・・・・・・」
ラースと目が合う。あちらも準備万端なのだろう。
作戦だって殆どない。ここからは自力勝負の正面勝負だ。
「その目だよその目。私が求めているのは」
まるでラースの存在なんて見えていないかのように僕だけをクソジジイは見てくる。ラースを軽視しているのか僕を警戒しているのか知らないが、その油断は僕らにとっては助かる。
「じゃあ始めようか」
そうクソジジイが言った瞬間、そのすぐ後ろでラースが剣を振り下ろしているのがクソジジイの頭越しに見えた。そして僕もそれに合わせて足を動かしクソジジイの腰目掛けて剣を振るう。
「そんなものかい?」
スッと屈む事でラースの剣は空振り、僕の剣も左手のナイフ一本で止められてしまっていた。だが一撃で殺せるなんてさっきの戦闘から思っていない。
そう用意していた石魔法で作った石槍三本を、屈んですぐに動けないであろうクソジジイへと向けて放った。
「そぉんな攻撃━━」
そうクソジジイが立ち上がろうとした時、後ろで剣を空ぶらせたラースは空中で上手い事体を捻り、もう一撃と剣を上から振り下ろそうとしていた。
「っと、君は強くなったね」
そんなクソジジイの声が聞こえた気がしたが、すぐに僕の放った石魔法が轟音と共に着弾し土煙と砕けた石の破片が顔に飛んできて、二人の姿が一瞬見えなかった。
「ラース!!」
僕は油断せずそう叫んで土煙の中へと走り出そうとした。だがそれよりも先に土煙の中から、なぜかラースの剣が飛んできて僕の頬を掠めた。
そして僕の頬に血が垂れ始めるよりも早く、その土煙の中から何かを引きずるクソジジイの姿が現れた。
「いやぁ危ない危ない。丁度盾があって助かったよ」
ズリ・・・ズリ・・・と何か嫌な予感のする音がやけに鼓膜にへばりつく。
「これで正真正銘タイマンだね」
土煙も晴れ始め、篝火の明りに反射したのは全く無傷のクソジジイの姿と・・・・・腹に大きな穴を空け血をダラダラと流すラースの姿だった。
「ほら返すよ」
そうクソジジイに投げられたラースが僕の足元に転がる。近くで見るとラースの体には三つの大きな傷口があるのが見えた。
「やっぱ君の魔法は良いねぇ。瀕死だよ」
何が起きたかは聞くまでも無かった。
ラースをクソジジイが盾にして僕の石魔法を受けた。そして僕の石魔法がラースの体を貫いた。そんな事頭では理解できるが、それを心で理解できるほど僕の心は強く無かった。
「━━ッ・・・・」
ラースの頭を抱える。この怪我では治癒魔法ではどうやっても治らない。
だけどまだラースの息はある様だった。
「・・・すまんヘマした」
力なくラースが自嘲気味に笑う。
こんなあっさりと長年一緒に居た奴がこうなるなんて思いたくなかった。どこかこいつは死なないと安心してただけに、それだけ僕の心へのダメージは計り知れない。
でもラースはその血で濡れた手で僕の頬を弱く叩いた。
「しっかりしろ。飯奢ってくれるんだろ?」
「・・・・・」
ラースの頭を持つ手が震える。今にも片手で持っている剣を落としてしまいそうになる程全身から力が抜けそうになる。あの時イリーナで一度味わった絶望感と喪失感がまた体を襲う。
そして今の僕にはラースがあの時のイリーナとどこか被って見えていた。
「なんか気の利いた事言えたらいいんだがな」
尋常じゃない痛みを感じているはずなのにラースは微笑み続けていた。そしてまるで僕を送り出すかのように優しい笑みで、僕の頬をもう一度叩いたような気がした。
「じゃあな。すまんがあとは任せるわ」
ラースの手が力を失い僕の頬から離れ、手にはずっすりとラースの頭の重さがかかってきた。こんなあっさりと、心の準備も無く人は死ぬのか。
そんな認めたくない別れを僕が受け入れるより先に近づく影と足音があった。
「もう良いかな?早く続きしようよ」
ニタニタともうラースなんて見えていないかのように、ただ僕を上から見下ろしてきていた。本当にどこまで行っても不愉快な奴で邪悪な存在だった。
僕はラースをゆっくりと地面に寝かせてあげ、僕の剣を握りクソジジイを見上げる。
「お前は絶対に殺す」
するとクソジジイは満足そうに笑い気持ち悪い事に頬を赤らめるとしみじみと言った。
「・・・・君で良かったよ」
僕はその瞬間目の前の仇の首に向かって剣を振り上げた。だがその雑に振り上げた剣はあっさりとクソジジイが一歩引く事で交わされてしまった。
「っと、雑だねぇ。感情は制御しなきゃダメだよ」
そう言ったクソジジイの靴先が僕の顔面を蹴り飛ばした。
僕は痛みやら涙やらで訳も分からなくなりながら、後方へと転がりなんとかチカチカする目を開くと、すぐそこにクソジジイが立っていた。
「こんなので諦めないでね」
また一発そして一発。クソジジイの足裏が僕の体に傷を付けていく。
なんとか立ち上がろうとしても、そこを蹴られ同時に意思も折られそうになる。だが僕はラースの体が視界端に入るたびに、足に力を入れ立ち上がる。
「これ使いなよ」
クソジジイは嬉しそうに笑って僕の足元に、ラースの剣を投げ捨ててきた。
偶然なのかわざとなのか知らないが、とことん人を逆撫でするのが趣味らしい。だが僕はそのラースの剣を握った。
「じゃあ今度こそ━━」
その時また違う足音が二人分あった。
この時の僕の耳には届いて無かったそれは、僕にとっては突然その場に現れたかのように視界からクソジジイのニヤケ面を覆い隠した。
「すみません待たせました。大丈夫ですか?」
そこには黒髪を揺らしたヘレナさん、それに大剣を携えたアーレンス少佐の背中があった。
「君一人の戦いじゃないんですよ」
ヘレナさんはそう僕に優しく笑いかけ、間から見えるクソジジイの顔はひどく不機嫌そうに皺を作っていた。
「次から次へと邪魔ばかり・・・・いい加減にして欲しいんだけど」
僕はゆっくりと足に力を入れその場に立つ。前には頼もしい二人の背中があるし、手には大事な友人と父親の剣が握られている。
体はボロボロで魔力も三割を切っている、でも気力と意思だけは人生で一番みなぎっていた。
「・・・倒しましょう」
僕はそう言って二人の間に立ち、正面にクソジジイの顔を捉えた。未だに傷一つ付けれていない相手、そんな奴を倒せるのかは分からない。でも引く理由なんて一つたりとも無いんだ。
そう僕は震える足を押さえつける様に地面に踏み込み、壊れてしまいそうな心を虚勢で隠したのだった。




