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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
最終章
146/149

第百四十五話 夜戦


 谷での戦闘が終わり指揮官たちが慌ただしく編成をしている中。僕は傷の様子を確かめながら、戦闘後の谷へと足を運んでいた。


「・・・これはダメか」


 なぜこんな所に来たかと言えば敵の使っていた鉄砲に興味があったからだ。

 だけどもし敵の鉄砲とか使えればと思ってきたが、全部びしょびしょに濡れていてすぐには使えそうには無かった。火魔法が使えるから使いようによっては、あいつとの戦闘で活用できるのではと期待したんだが。


「な~鉄砲つったって石魔法の劣化版だろ?わざわざ探す価値あるか?」


 一緒に付いてきてくれたラースが地面に転がる剣や鉄砲を拾っては捨てながらそう呟いた。まぁ確かに鉄砲って言っても射程も大して無いし石魔法より連射も威力も自在性も無い。だが戦闘の経験値が僕とクソジジイで圧倒的な差がある以上、少しでも知識の優位性のある鉄砲を活かしておきたい。


「・・・・・お、これは使えそうか」


 地面に倒れる死体の手から鉄砲をはぎ取る。その時鉄砲を引っ張ると同時に、死体の服から何か紙の切れ端が出てきた。


「・・・・・」


 中身まではちゃんと読まなかったが恐らく家族からの手紙だった。これを僕が読んではいけない、そう少し心が軋む音が聞こえた気がした。そしてそっとその手紙を畳死体の手に握らせ、僕はその鉄砲を手に取った。


「使わせてもらいます」


 死に敏感になりすぎているのかもしれない。だがこの感覚だけは人としては無くしてはいけない、そう心にその感覚をそっとしまい鉄砲の様子を確かめた。


「使い方はと・・・」


 火縄銃しか知らないけど、確か火薬と弾丸を棒で突っつくんだよな確か。でも教科書で昔見たのと、形状が違って勝手が分からないな・・・。てか火縄銃の打ち方すらも知らないから捕虜とかに聞いた方が良いだろうか。


 そうその死体から頂いた弾丸と火薬袋を見比べながら色々構造を確かめるが、銃をいくら見ても使い方が理解できなかった。

 するとそんな時ラースとは別の足音が僕の元に近寄ってきていた。


「何してるんです?」


 この血なまぐさい戦場の臭いの中、シトラスの香りを漂わせて現れたのはヘレナさんだった。振り返ると思った以上に近くに顔が合って心臓が跳ねたが、それを隠すように平静を装って返事をした。


「こ、こんな所にいて良いんですか?」


 今は軍の再編成で指揮官は大忙しなはずだけどここにいて大丈夫なのだろうか。そんな意図で僕は聞いたのだけど、ヘレナさんは優しくでも少し叱る様に目つきを強めて言った。


「それはこっちの言葉なんですがね。それにフェリクス君が点呼に居ないから探しに来たんですよ?」


「え、あっ!・・・・すみません」


 そう言えばライサやアイリスの事で頭がいっぱいになっていて、すっかりその事を忘れてしまっていた。

 僕はそう焦りながらも頭を下げようとするが、ヘレナさんは口元を抑えて優しく笑うと何ともないように言った。


「まぁ大丈夫そうなら良かったです。で、何してたんです?」


「え?あぁ実はこの鉄砲なんですけど・・・・」


 僕はそう頂いた鉄砲をヘレナさんに見せる。ラースも興味があるのか近寄ってくるが、ヘレナさんは鉄砲をいろんな角度から眺めつつ暫く唸っていた。

 そしてあぁと納得したような声を漏らすと僕の手から火薬袋や鉄砲玉を持っていった。


「・・・・多分これなら使い方分かりますよ。帝都で使用された物と同一っぽいですし」


 そう言ってヘレナさんは、既に使った事があるのかなんてことの無いように鉄砲の中に火薬と弾丸を詰め始めた。


「で棒で押し込んで・・・・っとあと点火用の火薬をこっちに・・・・」


「もう既に撃った事あるんです?」


 僕が発射準備の整っていく鉄砲を眺めながらヘレナさんにそう尋ねた。すると鉄砲に挟まったゴミを払いながらヘレナさんは答えた。


「一応研究の為に少しね。まぁ撃ったのは数発しかないけど」


 そう僕が感心しながらヘレナさんの白い指を眺めていると、少し手こずりつつも発射準備が出来たらしかった。


「これで火をつけて引き金を引けば撃てます。まぁ威力は石魔法と比べると劣りますが、これを量産してすべての一般兵が持つのはかなりの脅威ですね」


 ラースとは違う鉄砲の評価の仕方だった。確かに実際今回の戦いも鉄砲でかなり痛手を負ったし、案外魔法の世界でも絶対的に魔法優位という訳では無さそうか。まだ過渡期だからか鉄砲という存在自体珍しく感じるが。


「これ何個か他の鉄砲で試しても良いですか?撃たないので」


 僕はやっぱり何か使い道がありそうだと改めてヘレナさんの顔を見た。すると仕方ないと言いたげにため息をつくと、呆れたように笑って僕を見返して来た。


「まぁ良いですよ。時間までには部隊に戻って来てくださいね」


 そう言うと鉄砲を僕の手に託して手を振って、そのまま部隊へと戻って行ってしまった。相変わらずヘレナさんには負担ばかり掛けさせてしまうから申し訳ない。


「じゃあラース。大丈夫そうな鉄砲集めるの手伝ってくれる?」


 僕は友人としてラースにお願いをした。するとラースも仕方ないと言いたげに笑って軽口を叩いてきた。


「じゃあ今度飯奢れよな」

「もちろん。戦勝祝いに皆で行こう」


 僕も心からの笑みをラースに返した。

 そうして空き時間で頑張ってなんとか三丁の鉄砲に弾込めする事が出来た。そしてそれをいつか使えるように森の中で覚えやすい位置に隠して置いておいた。流石に鉄砲を持って敵陣に突っ込むわけにはいかないし、もしこっちに撤退した時の保険になればいい。


「・・・・あとこれも持っておくか」


 そう僕は保険に保険を重ね敵の死体から拾った袋をポケットに入れた。

 そしてそれとタイミングを同じくして召集の声が聞こえてきたので、僕はラースと共に駆け足で部隊へと戻って行ったのだった。


ーーーーー


 そして僕らは日も暮れ足元も見にくくなった森の中を進軍していた。

 指揮官からの説明だと、既に援軍の二千の兵は敵五百の兵に撤退に追い込まれ、味方が布陣していた丘に敵が今も居座っているらしい。だから味方が今圧倒的な数で四千いるというのに、楽勝ムードは一切漂っておらず皆緊張の面持ちで松明の明りに照らされていた。


「・・・・俺らが先頭じゃないのかよ」

「仕方ないよ。流石に損耗してるからね」


 ラースは先陣を切れないのは不満らしいが僕はそうでも無かった。敵は既に四倍の兵をこの短時間で打ち破っている。その時点でこれから起こる戦いも損耗が激しいのは目に見えているのだから、言ってはあれだけど味方に出来るだけ敵を削って貰いたい。

 

 そして仲間が居なくなって味方との戦闘で損耗したクソジジイを僕らがぶっ潰してエルシアを救い出す。それにこの位置なら後方部隊のライサやアイリスにもしがあっても、助けに行けない距離じゃないのも丁度良かった。


 そう緊張を紛らわすように思考を巡らせていると、ふと木々の間から見える狭い夜空に視線が行った。


「今日は満月か」


 だから夜にしては人の顔が見えやすいと思った。でも最終決戦の夜が満月なんて随分と運命的な配置だな。

 そう僕が感心したように空を見上げていると、ふと木の根に足を引っかけ転びかけてしまった。なんとかそれで転ぶことは無かったが、隣を歩くラースには呆れたような目で見てきていた。


「何やってんだお前」

「・・・面目ない」


 なんだか現実感が無いな。一度戦闘が終わってアドレナリンが切れたせいだろうか。

 だが僕の戦いはこれから本番なんだから、気合を入れ直さないと。そう腰に差したショートソードの柄を掴んだ。


 父さんが贈ってくれた大事なプレゼント。父さんには人を傷つける為に使うなと言われた物。でも僕は人を自分を守るために、これからもこの剣で人を傷つける。

 この剣を贈ってくれた父さんの想いとは違うかもしれない。でも僕は自分が正しいと思ったこの使い方で父さんと僕自身の想いを叶える。


 そうしてどこか肩に力が入った僕は、森を抜けその先に布陣する月下に照らされる敵軍を視界に入れたのだった。


「各員抜刀ッ!!」


 どこかの男指揮官の怒号が四千人の友軍に響く。敵はここから見ても数は少ないように見えるが、魔導士が多いって話だ。だがここからは障害物も無く満月で視界も良いとなれば、正面から突撃して数の差で圧倒するしかない、そういう結論に至ったらしい。だが敵魔導士の量からして敵陣に到着する前に魔法でかなり損害は受けるだろうな。


「ラース頭低くして。あと石魔法で防御の準備も」

「おうよ。わーってるよ」


 流石ラースも同じ事には気づいているようだった。やっぱり昔に比べて頼りになりすぎる様になったな。

 そうして僕は周囲を見渡すと少し離れた位置にヘレナさんとアーレンス少佐の姿も見えた。皆生き残って欲しいけど、離れているとどうしても僕の手は届かない。だからどうか無事であってくれと願う事しか出来ない。


 そして緊張の中静まり返った戦場に再び男の怒号が響いた。


「突撃ッ!!!!」


ーーーーーー


 敵は堂々と平原の丘付近に布陣していた。そこまでの大きさの丘ではないが、やはり事前の連絡通り魔導士が多いらしく、僕らが突撃を開始すると前世の戦争映画の砲撃のように石魔法が降り注いでいた。


 そんな中僕らも松明と月明りを頼りに平原を走るが、石魔法のぶつかった衝撃で空中に舞った土や小石が降り注ぎ、その轟音で耳がおかしくなりそうだった。それに地面にはこの突撃で死んだのか、それとも援軍の兵士だったのか分からない死体がいくつも転がっていて、何度も転びそうになってしまう。


「これ運悪いとどうしようもなく死ぬな」

「だね」


 ラースとそんな会話をしつつ足を止めない様突撃するが、目視ではそこまで距離の感じなかった敵陣が今はかなり遠く感じる。敵の篝火からしても大して数は居ない様に感じるけど、この石魔法の規模と威力だと全員が魔導士なんじゃないかと感じてしまう。


「ッと・・・あぶね」


 至近弾。と言っても数メートルは離れているが、衝撃と砕けた石魔法の破片が飛んでくるから油断ならない。今の所はラースもヘレナさんもアーレンス少佐も大丈夫だけど、後方にいるライサとアイリスの様子を伺えないのは心配だった。


 そうして気が抜けないまま体感では十分程も走っただろうか。味方もかなり倒れてしまったように感じるが、依然として敵よりは数的優位は獲得できていたと思う。そんな中やっと先頭集団が敵陣に到着したらしく剣戟の音がここまで響いてきていた。


「暫く待機だね」


 僕とラースはこれ以上詰めるなとの命令通り足を止め、味方兵士の間からかすかに見える戦闘の推移を眺めていた。

 するとラースは少し悔しそうに拳を握りしめながらも言った。


「むず痒いな。こうやって何も出来ずに見るだけって」

「でもいつか僕らの出番は来るから」


 あのクソジジイが簡単に死ぬわけがない、死んでもらっては困る。それにこっちも多分千人かぐらいは敵魔法で既に負傷か死亡してそうな感じだから、割と油断の出来ない戦力差になってきてしまっている。 

 やっぱ石魔法って言う鉄砲と大砲の間の武器がある中、障害物の無い平原で突撃は無謀過ぎたって事らしい。


「あ、左右に展開してる」


 少し視野を広げて見ると味方の後方部隊が左右に動いて敵陣の包囲に動いていた。多分ライサ達の治癒部隊では無さそうだから良いけど、うちの指揮官は一気に決めるつもりらしい。

 

 だがやはりいくら時間が経っても前線は中々動かなかった。月明りの下敵の動向をなんとか探っていたが、突撃の勢いはとうになくなり、もう日は跨いだと思うぐらいの時間までずっと同じところで戦い続けている。既に半包囲の形が取れてるのに余程相手が強いのかこちらが弱いのか。


「ッチ、何やってんだよ。どんだけ待ちゃ良いんだよ」

「随分苦戦してっぽいよね」


 ラースはいら立ちを明らか隠せないでいた。僕も焦りというかこのままこっちの数だけ一方的に削られたら、そもそもこの戦闘に勝てるのかすら不安になっていた。魔導士なら魔力が無くなれば殆ど歩兵と一緒なはずなのに、なんでこんな長期間戦闘で崩れないのか不思議でならない。


「なぁやっぱ俺らだけで行かね?このままだとジリ貧だぞ」

「・・・・流石に辞めとこう。命令違反でもっと後ろに下げられたらたまったもんじゃないし」

「そうだけどよ・・・こっちの正面も崩れかかってるじゃねぇか」


 ラースの視線を追って視線を動かすと、確かに松明の動き方からして、少し右中央ぐらいの味方が潰走しているように見えた。

 あれでは後続とぶつかり合って更に混乱してしまいそうで危険だな。


「・・・・あれはまずそうだね」

「だろ?」


 いやそんな自信ありげに「だろ?」とか言われても僕らが勝手に行くわけにはいかない。僕らが勝手に動けばそれこそ混乱のもとになりうるし。

 だから僕はラースの肩に手を置いて窘めた。


「とりあえず我慢ね。今は少しでも魔力回復させないと」


 僕はそう言って明日の朝食用の携帯食を取り出した。これが最後の手元の食料だけど、夜食代わりに今食べといたほうが良い。そう言う判断でラースにも半分分けてあげた。

 するとラースは渋い顔をしつつも僕から食料を受け取り口に入れた。


「じゃあもうちょっとだけ我慢するけどよ。俺は味方が撤退しても俺一人で行くからな」

「・・・・・分かったよ」


 その時は僕がラースを気絶させるなりして無理やりにでも撤退させるから。ラースまでこの戦場で心中させるわけにはいかないし、エルシアが解放された時血のつながりがないとは言え、家族は居た方が良いはずだから。

 

 そうして更に戦闘を眺める事二時間程が経っただろうか。もう深夜も深夜と言ってもいい時間で、最初見上げた月の空の位置もかなり変わってしまっていた。

 

 そして戦況も同じように変わっていたのだが、それは悪い方向へと戦場は変化していた。

 僕はそう目の前まで迫る剣戟の音を確かめつつ、父さんの贈り物であるショートソードを抜いて、ブレンダさんとイリーナのナイフ二本の感触を確かめた。


「ラース行こうか」

「おうよ。俺らで巻き返すぞ」


 僕らの前にいた数千の味方は既に地面に転がりもう動いていない。まだ味方の方が敵よりも数が多いとは言え、こんな劣勢となれば士気は最低で既に逃亡し始める兵が増えてきた。

 だが僕らはまだ前を向き敵陣にいるであろうあの老人を見ようとしていた。そしてそこにいるであろうエルシアの姿も。


 僕はそんな緊張を振り払うように隣で並んでくれているラースに笑いかけた。


「じゃあ帰ったら飯奢らせてくれよ」


 僕が剣を持った手で柄頭をラースに向けた。するとラースも緊張した顔を緩めニヤッと笑うと、自身の剣の柄頭を合わせてきてカチッと小さな音が鳴った。


「たっぷり奢ってもらうからな」


 その場で踏ん張る味方より、勝手に撤退しだす味方の方が増えだした戦場。そんな中、僕らは強く前へと戦場の土を踏みしめて行ったのだった。







明日は16時投稿が難しそうなので、投稿時間が遅くなると思います。時間はまだ分かりませんが完成し次第投稿します。

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