第百四十三話 日の入り
谷で鉄砲の射撃音が響き始めて一時間ほど経過したころ。
リュテス国軍の本陣で私はクソジジイの傍、何もすることなく歩きずらい白いドレスを着させられ座り続けていた。一応名目上のこの軍の指揮官だかららしいけど、こんな白いと汚れも目立つし動きずらいしで正直嫌だった。
そうため息をついて空を見上げても相変わらず両脇は谷で、青色は狭く息苦しかった。
「ん~これなら守れそうかな」
「動きますか?」
「うん、そうすることにするよ。魔導士貰っても良い?」
「まぁ五百ぐらいなら良いですよ。これなら鉄砲兵だけでもなんとかなるでしょうし」
名目上の指揮官である私は全く蚊帳の外だったけど、クソジジイとこの軍の実質的な指揮官が何か話していた。また何かするらしいがこんな戦争するならラウラを連れて来なければよかった。
そんな事を私は思っていたが、クソジジイは言葉通り早速動き出すようで私の元までそのニヤけ面で歩み寄ってきた。
「じゃあ登山するから頑張ろうね」
「・・・・・は?」
意味が分からなかった。でもその意味を私に説明する義理は無いらしく、こんな歩きずらいドレスだと言うのに私達は連れてかれ、ギリギリ人が昇れそうな崖を前にしていた。
「本当に言ってんの?」
明らか軍どころか人が通っていい様な角度の壁じゃないと思うんだけど。それにラウラとか五歳だし絶対登れないでしょこれ・・・・。
「本当だよ~、それにほら、鹿だって登れてるんだし行けるって」
「・・・・・・はぁ」
クソジジイが谷の急角度な壁面を登る鹿を指差しそう言っていた。何を根拠にしているんだと半ば冗談のように私は受け取ったが、その目は真面目に言っているようだった。
「という事で君も良いね?」
今度はリュテス国の士官に向かってそう確認していた。あまり気の強そうな男じゃないし、これではクソジジイに逆らえないだろうな。
そしてそんな私の予想はあっていたようで。
「え、えぇ・・・まぁ魔法で足場を確保しながらならなんとか・・・・」
歯切れの悪い言い方だったが、なんとかいけるらしい。らしいが他の魔導士の顔色を伺ってみると何度が高そうなのは分かった。
「じゃあ行こうか!」
でもクソジジイはお構いなしにそう言うとラウラと私を突然抱えてきた。
「え、ちょっなにを━━」
「君の服じゃ登れないでしょ」
「分かってんなら登るなよ・・・・」
そんな私の愚痴なんて聞こえない様に、女とは言え二人を抱えながらもクソジジイは軽々と壁を登って行っていた。私はもうただラウラが落ちないように掴むだけで精一杯だったけど、一分も経たない内に私は崖上から本隊を見下ろす事になっていた。
「・・・・まじ最悪」
私は崖上に到着すると共にクソジジイからすぐに離れドレスに就いた汚れを払っていた。てか戦場に行くのに白いドレスって汚れが目立つから嫌だったんだけど、案の定汚れたしほんと最悪。
「ちょっと時間がかかりそうかな」
クソジジイは崖下を覗き込むように必死に登る魔導士達を見ていた。私はその時なんとなく気になった事があったので、怖がるラウラを後ろにやりつつ話しかけた。
「なんでこんな事すんの?普通に谷から出て戦えば早くない?」
フェリクスと戦いたいならそっちの方が絶対に早いはず。こんな面倒くさい事をしてまで戦おうとする意味が分からない。
でもそんな合理的な理由を求めた私がバカだったようで、クソジジイは少し考える素振りを見せた後言った。
「ん~まぁなんとなくかな。思いもよらない所から出てきた方がびっくりするでしょ?つまりそう言う事」
「・・・・どういう事だよ」
やっぱこいつと真面目に話すだけ無駄か。まぁこんな奴だからこそ私が何しても殺せなかったんだけど、フェリクスはどうするつもりなのだろうか。
そうクソジジイから視線を外し安心させる様にラウラの頭を撫でていると、何か思い出したかのようにクソジジイが言った。
「ま、指揮官君には後方を突いて奇襲するって言ったけどね」
「・・・理由あんじゃん」
「後付けだけどね。こっちの方が自由に動けるってのが本命かな」
私は呆れつつそこで会話を打ち切り、そうになっているラウラを慰めながら、先頭で登ってくるカーラを見ていた。相変わらずフェリクスを殺すためにやる気満々なようで、あいつも戦場で会ったらビビるだろうな。
「・・・ここどこ?」
「ん?森だよ」
ラウラは相変わらず訳も分からないって感じでオドオドしている。まぁ五歳でこんな戦争に巻き込まれたらそうなるのも理解出来るが。
「これからどこいくの」
「私にも分かんないや」
ギュッと私のドレスを掴んでくる。皺になるからやめて欲しいけど、もうこのドレスも汚れてるし今更か。そう諦め西日に目を細めつつ時間を潰していると、相変わらず目つきの悪いカーラがここまで登ってきたらしく、金色の短髪が見えた。
「おつかれ」
「・・・・・」
無視か。余程緊張しているのか集中しているのか、どちらにせよ感じ悪くて気分悪いが。
そしてそのカーラは鎧の金属の擦れる音を鳴らしながら、私を通り過ぎてクソジジイの元へと向かった。
「フェリクスの奴はどこ」
「まだだって。ちゃんと引き合わせてあげるから大人しく待ってな」
「なんでも良いけど早くしてよ」
「分かってるから大人しくしてね」
こいつの事はどうしたらいいのだろうか。私としてはフェリクスがどうするのか見てみたい気持ちが今は大きいけど、そうなるとカーラの存在は絶対邪魔になる。でもカーラを殺したら殺したでフェリクスの奴キレそうだし面倒くさいしなぁ。殺しちゃった方が早いのはそうなんだけど。
「・・・・ッチ、なんで私が悩んでんだか」
別にこの世界は消化試合なんだから何でもいいはずなんだけどな。ちょっとだけあいつに期待してしまっているのだろうか。そんな期待も未来もあるはずがないのに、あいつと話したせいで少しだけ調子が狂ったのかもしれない。
そしてそうこうしている内にも段々と息を切らした魔導士達が、崖上に到着しだしていた。そんな重そうな鎧を付けたままご苦労様な事だ。
「じゃあ行こうか」
そうクソジジイがある程度魔導士が登り切ったのを見ると言ったが、さっきの気の弱そうな士官が口を挟んだ。
「少し休ませてやっても良いですかね?まだ到着してない隊員もいますし」
「え~まぁ良いけど早くにね。いつ突破されるか分かんないし」
クソジジイがそう言いながら谷の出口付近を見下ろした。相変わらず壁を作って鉄砲とやらで騒音をまき散らしている。これもクソジジイの指示らしいが、一国の軍に指示できるとか本当にこいつ何者なんだろうか。結局最後までそのからくりが分からなかったな。
そうして更に一時間ほど時間が経っただろうか。その間に気の弱そうな士官は部隊を纏めて休養をさせたりと、色々慌ただしく動いていたがクソジジイがもう我慢出来ないようで。
「もうあっちが痺れ切らすかもしれないから動こうか」
「・・・了解っす。じゃあ指示出してきます」
士官も士官で言いたい事があるなら言い返せばいいのに。
だがそういう訳にもいかないらしく、五百人らしい大勢の魔導士の休憩を終わらせ編成を始めた。私はその間にどうせ汚れるし動きずらいからと、ドレスの裾を千切って足元を軽くしておいた。なんかみすぼらしくて恥ずかしいけど、今そこに拘っても仕方ないか。それにクソジジイも何も言ってこなかったし良いって事なのだろう。
「それに逃げるならこっちの方が良いし」
そして編成を終えた私達は早速森の中を進んで行った。レーゲンス帝国軍側に行くには、また急こう配な下り坂を下りないと行けなかったが、幸いなのか敵と遭遇することなく敵の脇を通り抜けていく事に成功していた。
「どこから奇襲しますか?」
「もっと後方から突っつくよ。本体に直接奇襲かけるから」
そんな会話を聞いているとふと後方から人の雄たけびと戦闘音が聞こえてきた。どうやらやっと本格的に戦闘が始まったらしい。
「ちょっと急がないとだね」
そんなクソジジイの言葉通り私達の歩くスピードは速くなり、森の先にある平原が木々の間から見えるぐらいの距離にまで到達していた。途中ヒールで歩くのが無理過ぎたから靴を借りたけど、既に靴擦れしてて足が痛い。
「じゃあこの辺で仕掛けようか」
クソジジイが楽しいと感じているのか異様に口角を上げ敵本隊が待機する方を見た。でもクソジジイがその合図を出す前に、味方兵士の伝令が藪を掻き分け走り寄ってきた。
「敵援軍がここから少し先に布陣してます!おおよそ数は二千程ですがディアナ女王の旗印も確認できました!」
その言葉にクソジジイは上がった口角を一瞬で下げその伝令へと視線をやった。
「ん?ちょっと理解できないかも。もう一回言って?」
焦っている感じではないが、今まで見たことの無い様な感じを放っていた。そしてそれは周りにも伝播し、何とも言えない気まずい空気感が流れる中、伝令の兵士はもう一度同じ事を報告したのだが。
「・・・・・余分な事したねぇ」
珍しく怒っているようで近くにあった木に拳を叩きつけていた。普段は怒りの感情を見せるなんて滅多に無いのに、その言葉の棘からも怒りを滲ませていたと思う。
「ど、どうします?」
士官がクソジジイにひどくビビりながらもそう問いかける。私はただその会話を聞きつつ何も出来ないので、怯えるラウラを抱き寄せるだけだ。
「これは密約を反故にされたって事で良いよね」
「・・・・・一般的に考えればそうです」
西日が森の木々を抜け兵士達の鎧に反射している。
「なら今奇襲をかけても逆に私達は挟み撃ちになる」
「・・・・ですね」
士官は負けの匂いを感じているのか肩を落とし始めていた。でもクソジジイは違う様で、顔を照らす西日と共に、再び口角を上げ楽しそうに声を弾ませると。
「なら女王を先に始末すれば全部解決って事だね」
「え?あ、え?はい?」
私も意味が理解できなかったけど、それは当たり前に士官も同じらしく全く理解が追い付いていないようだった。
「こっちは魔導士五百人だよ?四倍の兵力ならギリ行けるって」
「いやでも相手にも魔導士は居るはずですし・・・」
「ならここで撤退する?きっと帰ったら敗軍の将として出世は無いだろうねぇ」
「・・・・・それは、そうですけど・・・・・」
畳みかける様にクソジジイが言葉を重ねる。そして士官はそれ以上言い返す事が出来ないのか、肩と顔
を落として黙ってしまった。
そしてそんな士官を見たクソジジイは両手を合わせて、今からピクニックにでも行くようなテンションで言った。
「じゃという事で目標は女王ディアナの首で!各自、十分以内に準備済ませてね!」
そう自分で仕切りだしてしまったが、誰一人それに抵抗する事無く淡々と準備を始めていった。やはり共通認識としてこのクソジジイが、それなりの権力者であるとなっているのだろう。
そうして少し騒がしくなった森の中私はクソジジイの隣に並んだ。
「本当に知らなかったの?」
「ん?何のこと?」
「ディアナがここに来てる事」
「それはぁ本当だよ、ちゃんと想定外ね」
にしては深刻そうな感じは全く感じさせなかったし、この感じさっきの怒りすら演技に思えてしまう。
「でもこのままだとこっちが楽勝になりそうだったし、良い不利要素が出てきてくれて嬉しいかもね」
戦闘の難易度が上がって喜ぶのはこいつぐらいだろうな。この感じさっきの怒ったのも演技って事だろうし、どこまでも他人を利用するつもりらしい。しかも気持ち悪い事にさっきより機嫌良くなっているの本当に意味が分からない。
「ま、あちらとしては裏切ったつもりなんて無くて、まだ私達の味方のつもりなのだろうけどね」
「え、は?」
そんな意味の分からない言葉に私は戸惑ったが、その時会話を遮る様に更に伝令の兵士が藪から出てきた。
「ディリア女王から使者が来ていますが・・・」
私はゆっくりとクソジジイの方を見る。もしかしてこいつ全部分かっててさっきの指示を出していたのではないかと疑念を抱きつつ。
「良いよ全部切り捨てな。裏切り者の言葉は聞かないよ」
「了解です。そのように対処させていただきます」
やっぱりだ。
そう私はこいつ本当にそんな事をするのかと侮蔑の視線を送るが、クソジジイは気にしないようで。
「ま、約束をほ反故にしたのは事実だし。こっちの数を減らすのに利用させてもらうよ」
「・・・・・本当にやばい奴だな」
「でしょ~よく言われるんだよねぇそれ」
そんな気持ち悪い反応をするクソジジイを無視して森の先を見る。
ディアナもつくづく可哀そうだな。良かれと思って援軍に来たら内通した相手から攻撃されるなんて、夢にも思っていないだろう。しかもそれが手違いとかなんでも無く、ただの遊興の為にそれも意図的だなんて知ったら死んでも死にきれないな。
「ま、こっちが圧倒的不利ぐらいじゃないと私が勝っちゃうからね」
「・・・・・あっそ」
その過剰とも言える自信が私のこれまでのやり直しの経験が補強する。実際こいつなら一つの軍を相手にしても飄々と生きてそうに思てしまうのが、本当に良くない所だ。しかも毎回色々策を巡らせて追い詰めても、こいつ不利であればある程楽しそうにしてるし、どんな趣向してんだが気持ち悪い。
そしてそんなクソジジイは私を見下ろすように首をひねり言った。
「だからもう少しだけ付き合ってもらうよ。女王陛下?」
取ってつけたようなそんな言葉に腹立ちを覚えつつ、私はクソジジイから視線を外し傾いた西日を視界に入れた。
多分これがこの世界で最後に見る太陽だ、今の私にはそんな実感があった。
そして次この太陽が見れたなら凝り固まった私が変わるのかもしれない。そんな暖かな感情をわずかに心の隅に抱いていたのだった。
明日の投稿はお休みさせていただきます。




