第百四十二話 繋がり
谷での一連の戦闘に終わりが見え始めていた頃。
僕は左手の治癒を受け後方へと下がって、ラースとその戦闘の趨勢を眺めていた。
「もうだいぶ敵も撤退してるっぽいね」
「だな。クソジジイの姿が見えないのが不安だが」
僕と同様に後方に下げられ休んでいるラースが、不安そうに手を組んで谷の先をジッと見ていた。結局僕もラースも敵陣奥深くに行ったものの、どこにもクソジジイとエルシアの姿を見つける事が出来てなかった。あいつをどうにかしないとこの戦争は終わらないのに、どこにいるのかもすら検討が付いていない。
「てか本隊はいつまで森で待機してんだよ。結局俺ら任せだったじゃねぇか」
「ずっとあそこいるよね・・・」
僕らは谷から出てすぐの所でその先の森へと視線をやっていた。確かにこの谷に大勢人数を突っ込んでも仕方ないのは分かるが、僕ら分隊任せで結局何もしなかったってのは印象が悪い。
「まぁまだ戦闘が続くって考えてるんじゃない?」
とりあえずそう考える事にした。実際あのクソジジイの姿も見えないしこれで終わりとは思えないから、まだ余裕のある味方がいるのはありがたい。でもそんな理屈があってもラースは不満なようで口を尖らせていた。
「そうだけどよ・・・・結果俺らも損害少なかったけど不満なもんは不満だろ」
「聞こえたら懲罰食らうよ」
「じゃあでかい声で言ったろかな」
ラースは随分フラストレーションが溜まっているようだった。僕も全部を見ていたわけじゃないけど、ラースも大変だったのはその厳しい視線で良く分かった。
だけどそうして僕らが話している内にも谷から手負いの味方が下がってきており、段々と谷の出口は人であふれかえる様になってきた。
「ちょっと下がろうか」
僕はまだ寝ているライサは背負い立ち上がった。アイリスはまだ治癒魔法をかける為走り回っているから、声を掛けれないが僕とラースはもう大丈夫だから場所を開けておかねば。
「おう、じゃあ鎧持つぞ」
「うん、ありがと」
外していた鎧をラースに持ってもらい、僕らは本隊の居座る森手前の辺りを目指した。その途中に谷の奥を見たが、随分遠くにまで敵が撤退したのか既に殆ど敵兵の姿は見えてなかった。
「・・・・んん」
「あ、起きた?」
背中越しに聞こえたライサの声に返事をするが、ただ単に寝言の様な物だったのかそれ以上ライサの声は返ってこなかった。すると隣を歩くラースが、僕のライサを持つ手を見て言った。
「そーいやもう左手は大丈夫なのか?」
「ん?あぁアイリスのお陰でね」
大丈夫だと笑顔を浮かべ隣を歩くラースに心配をかけないようにする。でもラースにはまだ痛む左手と右肩の事を隠しているのを気付かれたのか、少し厳しめの表情を浮かべると。
「あんま無理しすぎんなよ」
昔のラースからは想像できない言葉。そんなラースに僕は感謝しつつどこか恥ずかしさから弄る様に言った。
「優しいじゃん」
「うっせ」
そうして僕らは腰を下ろすとそれと同時に本隊から、僕らの所属する隊の指揮官であるブリューゲル少将が姿を現した。そして僕らを見つけると、笑みを浮かべ屈んで聞いて来た。
「フェレンツ中佐の場所分かります?」
「あぁ・・・多分あそこだと思いますけど」
僕はライサを横にしつつ、そう谷の左壁付近を指差した。
「うんありがとう。助かるよ」
特に僕らに用があった訳では無いらしく、そのまま僕の指差した方へと少将は歩いて行った。相変わらず雰囲気のある人だと思うが、ここまで少将が出てくるなんて何かあったのだろうか。
その背中を眺めながらラースは何か思い出したかのように言った。
「そーいやライサが色んなとこから心の声が聞こえるとか言ってたな」
「あぁ・・・そういえばそんな事言ってたね」
戦闘前に言ってたけどあまり気に留めていなかった。でもそれが今の少将の動きと関係があるなら、もしかしてあのクソジジイも何かしているのかもしれない。
そう改めてライサに確認しようとするが、余程体力を使ったのか寝息を立てて寝てしまっている。
「もう日も暮れちまったし夜襲とか怖いけどな」
「だねぇ」
近くで焚火のパチパチとはじける音がする。ずっと地平線辺りで粘っていた太陽も顔を隠してしまい、空は段々と濃い青色になりつつある。
そう空を見上げていると、隣からぐぅっと腹の音が聞こえてきた。
「・・・これ食べる?」
昨日従軍商人から買っておいたパンを袋から出した。多めに買っておいたから一人分ぐらいは分ける余裕がある。
「良いのか?」
「今日助けてくれたお礼」
「じゃ、ありがたく貰うわ」
あまり美味しくないパンだが、それでもラースは美味しそうに笑顔で口の中にそれを詰め込んだ。僕はそんなに急がなくてもと思いつつ、自分の分をちぎって口の中に放り込んだ。
「・・・・なんか騒がしいね」
僕はそう言ってブリューゲル少佐の向かった先を見た。松明に照らされた影が何か慌ただしく動き回っているけど、何かあったのだろうか。
「俺らも準備した方が良さそうか」
「そうだね。ちゃっちゃと食べちゃおうか」
雰囲気的には夜襲を食らったとかそう言うのじゃないっぽいけど、何か想定外の事が起こった感じはする。だから僕らはパンを水で流し込み胃に収納すると、一度外していた鎧を着直し始めた。
するとそれとタイミングを同じくしてヘレナさんが僕ら隊員に召集をかける怒号が聞こえた。
「ライサは僕が運ぶからラースは先行ってきな」
「ん?良いのか?」
「すぐ他の隊員に任せるだけだから。気にしないで良いよ」
そんな会話を挟みつつ僕はライサを背負って、誰か任せる人が居ないか探している内にヘレナさんが話し始めた。だから僕は一旦探すのをやめ最後方列で、焚火に照らされるヘレナさんの顔を遠目に捉えその話に耳を傾けていた。
「良い知らせと悪い知らせの二つがあった!その上での命令内容を伝達する!」
近くにブリューゲル少将もいるけどヘレナさんが話すのか。まぁ階級的には殆ど指揮官だし問題は無いんだろうけど、この人数相手に声を張っているヘレナさんはちょっと違和感だな。
「まず良い知らせとして女王陛下ら援軍が到着されたとの事だ!!」
その言葉に集まった兵士達がざわつく。前回の戦争でも城に籠りっぱなしだったから、僕も意外に感じて同様に少し驚いていた。
「そして悪い知らせは、その陛下の軍に敵が奇襲をかけ劣勢に陥っているとの事だ!だから今から私達は森を抜け、陛下の救援に向かう!!!」
更に味方兵士たちのざわつきが大きくなる。僕もあのクソジジイが何もしないのは違和感に思っていたが、まさか僕らの隊では無く、かなり後方にいるはずの援軍に仕掛けているとは夢にも思わなかった。
「今から一時間以内に編成を終え行動を開始する!各隊の指揮官に従うように!!以上!!」
その言葉と共に焚火に映る沢山の兵士の人影が動き出した。僕も遅れないようにライサを背負ったまま、とりあえず判断を仰ごうとヘレナさんの元へと向かおうとするのだが。
「人多いな・・・」
一か所にこの周囲の兵士を集めたもんだから、かなり混んでいて一歩進むのも一苦労だった。一応それぞれの隊の指揮官が分かれて招集をかけているっぽいけど・・・・。
そう僕がもたつきながらもなんとか足を進めようとしていると、後ろから弱々しく声が漏れるのが聞こえた。
「・・・うるさい」
「ん?なんか言った?」
雑音で全く聞こえなかった僕は、背負うライサの表情を伺おうと首をひねると、予想以上に近くにライサの顔があり気まずくなってすぐ目線を逸らしてしまった。でもそんな僕とは関係なくライサは苦しそうに呟いた。
「頭痛い」
その言葉に僕は改めて振り返ると、ライサは目を開けているもののかなり苦しそうに眉をひそめて顔を暗くしていた。恐らく今ここに人が集まりすぎてて、心の声が大量に入ってきているせいなのだろう。
「急ぐからちょっとだけ我慢して」
僕はライサを背負い直してヘレナさんの姿を探した。とりあえずお願いして後方とかに下げさせてもらおう、そう僕は人混みを押し分けて辺りを見た。
「あ」
するとヘレナさんらしき黒髪の女の人らしき頭が見えた。
僕はそれを認識するとライサの事もあって、よく確認もせず急いでその黒髪を追った。そして人混みの中その黒髪に傍まで言って声を掛けた。
「フェレンツ中佐!ちょっ━━」
僕のそんな呼びかけに振り返った黒髪の女の人は、ヘレナさんでは無く妹の方であるアイリスの方だった。
姉嫌いであるアイリスにとってはやってはいけない間違いをしたのだと、僕は一瞬で把握したがアイリス側は苗字で呼んだ事もあってか気付いてないようで、不思議そうに首を傾げるだけだった。
「ん?どうしたの?また怪我でもした?」
「あ、あぁ、えっと・・ライサが見ての通りで・・・・」
僕は気づかれて無いのだと胸を撫で下ろしてとりあえず現状を説明した。
するとアイリスは仕方ないなとため息をつきつつ僕の元へと歩み寄ってきた。
「私が世話しとくから寄越して。どうせ私は治癒担当だし」
「ありがとう助かる」
僕は話が早いと感謝しつつ背負っていたライサをアイリスに渡そうとするが、そのライサが僕の背中から離れようとしてくれなかった。
「ちょ、ちょっとライサ?離してくれない?首きついんだけど」
がっしりと腕を僕の首に回して離れてくれない。でも苦しそうに呻き声にも近い声で一言零した。
「・・・嫌」
「嫌って言われても、ここにいるとライサも大変でしょ?」
今だってこの混雑の中で大量の心の声を浴びて苦しいはず。
そうなんとかライサを引きはがそうと説得を試みるが、メンタルが弱っているせいか我儘を言って聞いてくれなかった。でもそんな時アイリスが僕の背中側に回ると。
「いい歳なんだからしっかりして。フェリクスに迷惑かけたいの?」
アイリスがそう言いながらライサを無理やり抱き寄せて僕から引き離してくれた。
そのお陰で僕は首元の感覚を確かめつつ身軽になった体で軽く頭を下げた。
「ありがと、あと任せるね」
「うん、任された」
ライサはまだ意識がしっかりしてないのかぐったりとアイリスに体重を預けていた。多分僕がというより誰かに一緒に居て欲しかっただけなのかもしれないな。
「やっぱ戦場には向いて無いな」
だからこそこの戦いでライサやアイリスそれにラースが、僕のせいで戦場に出なくてもいいようにあのクソジジイと決着を付けないといけない。
僕のこの世界での役目を果たさないといけない。
そしてエルシアに次を託して最終的に皆が幸せに生きられる世界を掴んでもらう。それが転生してきた僕なりのこの世界と人への責任の果たし方だ。
僕は腰に差した父さんからの送り物であるショートソードの存在を確かめつつ、人混みをかき分け進んで行ったのだった。
ーーーーー
「陛下。ブリューゲル少将からの使者が来ていますが」
「会いません。追い返しておいてください」
そう私は目の前で膝をつく兵士に向かって返事をした。
どうやらあちらも私達の存在に気付いたようだけど、この感じだと私達の目的までは勘づいてい無さそうだろうか。
「あちらとは連絡取れました?」
話したくも無いがこれもエルシアの為だと我慢し宰相に向かって質問をする。でもその宰相は相変わらずどこか私を見下したような視線で答えてきた。
「いえまだです。まぁですが私達がいなくても何とかなると思うので、お気になさる必要は無いかと」
私達はリュテス国と密約を結んでいる。と言っても私としては大手を振ってエルシアと一緒に居られるなら何でも良いから、宰相からの提案を受けたに過ぎないが。
だけど私達は帝都で大人しくしていれば良いなんて言われても素直に従えるわけがない。会えるならすぐにでも確実にエルシアと会いたいから、わざわざ帝都の防衛を捨ててまでここに来たんだから。まぁいつもの如く宰相が難色を示したけど、今回ばかりは押し通させてもらった。
「ですが戦闘が始まり次第私達も進軍しましょう」
宰相としてはブリューゲル少将が邪魔らしかった。私としては取り立ててあげてたから思う所はあるけど、まぁここぐらい宰相の要求を聞いても損はない。それに私はエルシアさえいればこの帝位だって譲っても良いのだから、他は割とどうでもいいのだし。
「早めにエルシアに関して連絡だけは取ってくださいね」
「分かってますから大人しくそこで座っててください」
「・・・・」
相変わらず失敬な奴だ、そう不満を示すように睨みつけるが何事も無かったように私を無視する。他はどうでもいいって思ったけど、こいつだけは権力の座から引きずり下ろしたかったかもしれない。
そうしてそんな険悪な雰囲気の中、すぐに戦闘が始まったとの報告が上がってきた。ここからだと森で阻まれてよく見えないけど、何やら聞き慣れないような大きな音が響いていた。それを疑問に思いつつも、私は逸る気持ちを抑えられないでいた。
「じゃあ行きましょうか」
私がそう言って立ち上がろうとするとまたもや、宰相が呆れ笑いと共もに私を見下ろして言った。
「まだ早いですよ。少将の軍の数が多いので削れてからでしょう」
「・・・・そっちがすぐ行くとか言ってたでしょ」
「言ってません。勝手に解釈しないで頂きたい」
あぁ本当にこいつ腹立つな。私がこの国の君主であるのを忘れているのだろうか。別にやりようによってはお前だって罷免できるのを忘れているのか、それともただ調子に乗っているのか。
そう不満が爆発寸前になりながらも私は椅子に座り直し、戦況の報告が上がってくるのを待ち続けた。だけどそして二時間ほど経っても、未だに互いに睨み合っているだけらしく私達は動けないでいた。
そんな中私は段々とイラつきが抑えられなくなってきていたが、それでも宰相の奴がまだ動きたがらないが故に、私は座り心地の悪い椅子に座り続けている羽目になっていた。
そうして更に一時間と少しだろうか。日が傾き出した頃にまた新たな報告が上がってきた。
「少将の軍がリュテス国軍の布陣する谷へと突撃を開始したとの事です」
私はその報告を聞くとすぐに立ち上がって宰相を見た。すると宰相はまた憎たらしい顔をして私を見ると、膝をついていた伝令に言った。
「分かってますよ。君、大将達に行動開始だと伝えてください」
一々言い方に腹が立つがやっと動き出した事に私はなんとかその溜飲を下げた。そしてまた少しの準備の後やっと動き出すらしく、率いた軍の一部が先行して動き出した。
「本陣は最後まで動かないのは納得してください」
「それぐらい分かってます」
別に私が戦いたいとかは思っていない。ただ早くエルシアと会いたいから行動して欲しいだけだから。
でも私のそんな想いを邪魔するのは宰相だけじゃないらしかった。
「火急の伝令ですッ!!!通してください!!!」
そんな誰か兵士の鬼気迫った声が私達のいる本陣にまで届いていた。何事かと思ってそれを座って待っていると、見るからに焦り困惑の表情を浮かべた大将が私達の天幕に現れた。
「大将がどうしたんですか。もう戦闘は始まりすよ」
宰相が私と同じ疑問を抱いていたようでそう質問をしていた。大将ともあろう人間がそんなに焦って、下士官に任せられる仕事をするとは何事か、そう言いたげな表情を浮かべていた。
それは宰相と同じく私も思っていたのだが、次に大将が言葉にした事は私達にとっては寝耳に水どころの話では無かった。
「リュ、リュテス国の兵が森から奇襲を・・・・・」
その言葉に私や宰相含めた近習に供回りの近衛たちも全員黙ってしまった。
私はあちらから内通の連絡が来たのではと確認するように、宰相を睨みつけるがこいつ自身も知らないのかありありとその動揺を見て取れた。
「え、い、いや、そんなはずは・・・・一度使者を出してみれば誤解だと・・・・」
こんな焦る宰相を見て笑ってやりたいが、私としてもリュテス国との密約が反故となればエルシアの件も立ち消えてしまう。それは私にとっては到底許容できるものでは無かった。だからこそ焦りが私の中を支配していくのだが。
大将は続けて私達の可能性を打ち切る事を言った。
「使者も全部首になって帰ってきました・・・・・」
つまり私達は利用されるだけされたて用済みという事らしい。意図は分からないがそう言う事だと理解するしか出来ない状況だった。
だがそれならば実力行使でエルシアを取り返すだけ。どちらにせよ我が帝国を統治するにはエルシアの血統が不可欠。ならばこの戦場のどこかにいるはずだ。そう動揺して口をパクパクさせる宰相を置いて、私は立ちあがり膝を折る大将に指示を出した。
「では今からブリューゲル少将との共闘で行きましょう。まずその裏切り者を排除して少将の援軍に行きます」
ありえないありえないと同じ事を呟く宰相は何も私に口答えをしてこなかった。いやする余裕も無いのだろう。
「で、ですが少将も当方の動きは察しがついているものかと・・・」
「ですが決定的な事はしてません。あちらとしても今私達と敵対する意味もないでしょうし」
ここで私達と敵対すればそれこそ少将も挟み撃ちに合ってしまうからな。
「反論が無いならすぐ動きますよ。森に入った部隊を戻してリュテス国軍に注力します。あと少将にも使者を出してください」
今日は良く頭も口も回る。それもこれもエルシアがすぐ手を伸ばせば届きうる場所にいるからだろうか。
私にとってたった一人の大事な家族。金も地位も関係なく理由のいらない確かな関係がそこにある唯一の他人。私にはそれしか必要じゃないし他は求めない。どうせこんな帝位もお飾りで祭り上げられた仮初の物。後は私の生きたい人生を選ばせてもらう。
「待っててねエルシア」
そう私は過剰な装飾品のついた、まるで今の私の様な剣の柄を掴んだのだった。




