第百四十話 血と水と銃創
僕がヘレナさんとの会話を終え自分の持ち場に戻ると、変わらずラース達が木の裏に隠れ谷の先の敵をじっと見ていた。
「何か変化は?」
「変わらず定期的に撃ってくるな。それで何人かやられてる」
「そっか」
下手に顔出した奴が射抜かれているのか。敵まで百数メートルぐらいだけど、この距離で隠れているこっちに当てるって事は、相当敵も練度が高いって事だろう。
「多分弾込め一分行くか行かないかぐらいだな。いくつかの隊を交代しながら撃ってきてるから正確には分からんが」
「・・・へぇ」
思ったよりもラースが冷静に敵情を把握しているのに驚いた。ただボーっとして隠れていたって訳じゃないらしい。
僕はそれに感心しつつも自分も今からあそこに攻撃するならと、ラースの隣に腰を下ろし少しだけ顔を出して様子を伺った。
「大体二百人ぐらいかな」
「入れ替わるのいれると多分千人はいるぞ」
「まじか・・・」
敵が五千とかそんな話だったけどやっぱまとまった数の鉄砲を持ってきているのか。魔導士も後ろに控えているとなるといかに鉄砲を無力化出来るかだな。
それにこっちの突撃予定の戦力が二千もいかないからやっぱ初撃が大事か。その為に僕がヘレナさんに提案したわけだし。
そう考えていると空気を歪ませる異様な音と共に、僕らの隠れていた手前の木に敵の鉄砲玉が当たり、それで散った木の破片が目に飛んできた。
「っぶね」
僕らが見ているのバレているな。理由は分からないが余程あっちに目が良いのがいるのか、それとも偶々だろうか。
「しかしなんであんなずっと撃ち続けてるんだよ」
ラースは木の破片が目に入ったのか擦りながら不満げにそう言った。
でも言われて見れば確かにそうだった。敵はこっちに侵攻してきているのに、なぜか谷からは一歩も出ようとしない。でもずっとちまちまと攻撃だけはやってくる。
「何か目的があるのか?」
素直に考えれば時間稼ぎ。でもそれをする理由が良く分からないが、そう切り捨てれる程僕はあのクソジジイを過小評価していない。
そう僕は思考を続けたかったが、もうそれも終わりらしくどこからかやってきた伝令の子が僕らの傍に腰を下ろした。
「五分後に一斉攻撃だそうです。最初は第二第一中隊が突撃するので、貴官ら第三中隊は最初水魔法を放った後は、後方支援に努めてください」
エルシアがそんな前線にいるとは思えないが初撃で戦闘に巻き込まれないと良いのだが。だがそれを心配した所でどうしようも出来ないし、今は聞けることを聞いておかなければ。
「その第二第一中隊が潰走したら僕らも突撃ですか?」
「えぇそうです。状況次第で変わる可能性もあるとの事ですが」
「了解です」
「じゃあ私は他にも行くので。これで」
敵の鉄砲による攻撃を受けながらよく伝令ができると思う。あの子も僕とそこまで歳の差があるように思えなかったけど、学生だったんだろうか。
と、そんな思考をしつつ僕はラースとライサそれにアイリスに指示を出した。
「初撃の後は三人は出来るだけ魔法使わない様にしておいて」
「ん?なんでだ?」
「あのクソジジイは僕を狙ってくるはず。その時の為に魔力を温存して欲しいから」
視線をずらし茂みに隠れるラースらを見る。皆戦場だからかどこか表情が硬い。アイリスは戦争にトラウマがあるし、ライサも心が読めるが故に今の人の集まる状況は苦痛。やっぱ今考えても皆には安全な所にいて欲しかったのが本音な所だ。
するともう一人の友人であるラースは少しだけ考え込んだ後言った。
「・・・・・まぁわーったよ。でも味方が危なそうなら使うからな」
「うん、それでいいから」
そして次にアイリスの様子を伺おうとするが、そのアイリス当人はギュッと自身の胸のあたりに手をやり、何か覚悟を決めたようにゆっくりと頷いた。
「大丈夫だから」
無理をしているのは見え見えだったが本人がそう言うならと、僕はそのアイリスの覚悟に頷き返すだけだった。だがライサはニヤニヤしながらそんなアイリスを肘で小突くと。
「むっちゃ内心ビビってるじゃん」
「・・・・うっさい。あんただってさっき敵の攻撃にビビってたくせに」
「あ、あれはびっくりしただけだし」
「それをビビるって言うんでしょ」
なんか小声でコソコソ言い合っているけどやっぱりなんだかんだ二人は相性が良さそうだった。こんな事言ったら二人には否定されるだろうけど。
でもなんだかんだ落ち着けているようで安心した。僕が何もしなくても二人が互いに居れば大丈夫そうだと分かると、少し悲しいながらもこれからの戦いに対する覚悟が余計に固まった気がした。
「おい、もう始まるぞ」
そうラースの低い声と共に僕らは静かになりゆっくりと魔法の準備を始めた。僕は石魔法で敵の障壁をぶち壊すのが役目。僕がいかに壊すかで味方の突撃の難易度を決める。
「・・・・・・こんなもんか」
今準備した三割ぐらいの魔力を使えば、直径一メートルの石球を三つ用意できるはず。今すぐ魔法を出してしまうと石のでかさで敵にバレるかもだから、味方が水魔法を撃ってから遅れて撃つ事になる。慣れたとはいえ石魔法を撃つのに五秒ぐらい遅れてしまうが仕方ない。
そして合図は笛で行われるらしい。だからあとは集中を切らさないように耳を澄ませ、僕はジッと木の裏から谷に籠る敵を見ていた。その間軽装ながらも着込んだ金属の鎧の重さが嫌に感じる。
「・・・・・・」
異様に辺りが静かだった。敵の鉄砲もさっき撃ったばっかだから、本当に物音一つなくて色んな人の息を吐くのを感知できるほどだ。
「・・・・・・・・・」
自分の脈拍も段々と早くなり鼓膜を揺らし始めた。僕も自分で思う以上に緊張し続けていたらしい。
そうして自身の五感が過敏になるのを感じながら、その時を待ち続けた。
そして自分の感覚では五分以上経ったように感じられた頃。
やっとその笛の音は聞こえ、高く空気を抜けるような音が静かだった戦場に響いた。
それから一瞬の静寂の後。あちこちの茂みや木の裏から放たれた大量の水魔法が敵陣へと押し流れ、数秒後には、敵の姿は土を含みに濁りつつある水の向こうに見えなくなってしまった。
そしてその内に僕は自分の役目である石魔法を準備を終えていた。
「これで終わってくれッ!!」
そう僕の切実な願いと共に放った石魔法は、水魔法でも流れなかった敵の障壁へと轟音を立てながら突き刺さり、地響きに近い衝撃波を僕らにもたらした。
それからまた数秒が立ち土煙が薄れると、どうやら上手く壊せたようで僕がほっとしたのも束の間、それから間髪入れずにどこかの士官が叫んだ。
「突撃ッ!!!!!」
その声と共にこの森にこれだけの兵士がいたのかと驚愕するほどの、雄たけびがあちこちから聞こえてきた。そうして森のあちこちで立ち上がった味方は僕らの視界を埋め尽くさんばかりの量で、そのまま剣を抜き谷の入口へと突撃していた。
「僕らも行くよ!」
「おうよ!」「うんっ!」「分かった!」
僕らも先行した味方を押しすぎない様距離感を計りつつ歩きを早め、森を出るとヘレナさん達中隊の本隊と連携しつつ、そのまま谷の入り口へと足を踏み入れて行った。
谷の中だと、足元は水魔法のせいでぬかるんでいるし、先行した部隊と敵の戦闘で死んだ人の血が水と混ざって、まさに地獄と表現するのが適切な風景だった。
「味方大分押し込んでるな・・・」
「ありがたいね」
僕らが援護する暇も無くどんどんと奥深くへと突撃していっている。魔導士の多い僕ら第三中隊と第六中隊が後詰的な役回りだけど、先行部隊の突撃について行くので精一杯な進軍スピードだった。
そうして谷の内部へお進むにつれ増える死体に出来るだけ目をやらない様に進む事十五分。夕日が谷の入り口から入って来て進む僕らの背中を照らしていた。
「剣抜いて。そろそろ交代だ」
流石に先行部隊が息切れしたのか敵の後詰に押し返されだしている。流石にこんな狭い谷での戦闘だと勢いだけじゃ押し切れないか。
そう負傷し段々と交代の為撤退する味方兵士を横目に、父さんが昔買ってくれたショートソードを抜いた。いい加減体に対して小さいから買い替えようと思っても、いつまで経っても新しい剣を買う気になれなかった。
「ライサとアイリスは僕とラースの援護で。絶対に無理しない様に」
僕は心配で二人を確認するように振り返ると、大丈夫だとうんと頷いてくれた。そしてラースには出来るよなと試すように見ると、もちろんだと言いたげにラースはニッと笑って僕を見返して来た。
「援護すらいらねぇよ。俺が全員倒してやる」
「その息だ」
左拳を突き出すとラースも一瞬目を丸くして戸惑ったが、すぐに不敵な笑みに戻るとその右拳を合わせてきた。そして一言僕は。
「先に死ぬなよ」
「お前もな」
そうして僕らは金属のぶつかり合う音、水魔法で潰せなかった鉄砲の発砲音、石魔法が地面にぶつかる音。そんな混沌とした戦場へと足を踏み入れて行ったのだった。
ーーーーー
それから僕らが剣を抜いてから三十分ほどが経った。
既に日は地平線に隠れかけ夜空は落ち着こうとしていたが、それとは反対に僕らの戦場は未だ混沌としたままだった。
「ラースッ!魔力は!?」
「まだ七割ある!!」
そうして僕とラースが背中合わせにして一旦落ち着くが、敵味方が入り乱れ地面は血と死体で溢れ状況を掴むのにも一苦労だった。
そしてアイリス達は大丈夫かと振り返ろうとした時。
「ライサとアイリスは・・・」
「大丈夫だから前見てッ!!!」
そんなアイリスの叫び声に再び視線を正面に戻すと、気付かぬうちに敵兵が今にも僕に剣を振り下ろそうとしている所だった。
「やばッ━━」
咄嗟に剣を構えようとしてもこれは間に合わない。避けるにもここからだと直撃は避けられないのなら、腕を盾にするしか・・・・。
そう対応しかけたその時、耳元を何かが掠ったかと思うとそれは敵兵の顔面を抉り、飛び散った血が僕の顔に降りかかってきた。
「助かったライサ!!!」
振り返ると肩で息をし今しがた僕を守ってくれたライサの姿があった。だからそう叫びつつ僕は、崩れかけた体勢を立て直し剣を構えた。
「・・・・いつまで続くんだよ」
ライサとアイリスも魔力を大分消耗している。ラースは相変わらず魔力と体力お化けだけど、このまま戦局が見えないと苦しいか。それに敵将もエルシアもクソジジイも未だに見つかっていない。
「ラース二人を頼んで良い?」
「あ?お前はどうすんだ?」
死んだ敵から剣を抜きつつ顔に付いた血をぬぐったラースが怪訝そうな表情を浮かべた。
「一回敵陣に突撃してくる。この混戦だと指揮官を討てるかもしれない」
するとラースは深くは理由を聞かないつもりなのかただ短く。
「出来るのか?」
「もちろん」
そう言うとラースは戦闘前の様にニッと笑うと親指を突き出した。
「行ってこいッ!!」
僕はそんなラースに背中を押されながら足を動かし始めた。
なんでこんな事をするのか説明する手間が省けて良かったけど、やっぱラースが一緒に居てくれてよかった。
・・・・・・いやこれ死亡フラグっぽいか。
そう僕は一度頭を振って思考を変えた。
「まぁこれで死ぬ気は無いけど」
いつまでもエルシアとあのクソジジイの姿が見えないのが異様だから確認するだけだ。ここまでしておいてあのクソジジイが、いつまで経っても僕に干渉しないのは明らかにおかしい。もしクソジジイがここにいないのなら、あのクソジジイが何かする前に敵将を討ってこの谷での戦闘を終わらせよう。
そんな思考を巡らせながら敵の攻撃を躱しつつ敵陣深く深くへと走り込んでいると、発砲音が聞こえると共に頬に血が流れる暖かい感覚があった。
「ぶっね」
少しでもずれてたらさっきの敵兵みたいに顔面がつぶれる所だった。流石に奥まで行くと、こっちの水魔法の被害を受けていない大丈夫な鉄砲兵が増えるって事か。
そんな軽微な傷を負いつつも足を止めずに進めていると、明らか敵兵が固まっている天幕があった。
「あそこか」
僕は方向転換をしつつ剣を下にしギアを入れ走り出した。丁度風が追い風になって勢いがついたせいかもしれない。
そしてそんな勢いが乗った僕に対して、その途中二人の敵兵が間に入ってきたが、鉄砲兵だったのか手応え無くあっさりと二人分の血しぶきを上げさせることが出来た。
「邪魔ッ!!」
だけどいくら敵兵を地面に伏せさせても伏せさせても、本陣が近いせいか敵兵が間に入ってくる。
でもそれに対応しようとして足を止めればまた敵が集まって囲まれかける。だから無理にでも敵の剣の隙間を縫って、自分の剣を敵の喉元に刺して突破するが、また敵兵に行く手を阻まれ囲まれるの繰り返しだった。
「魔力は半分は残したかったけど・・・・」
あのクソジジイと戦うには不安だけどここで死んだら元も子もない。
そう僕は石魔法をいくつも用意しつつ、緩めかけた足をまた回し正面の敵兵へと吶喊した。
「こいつどんだけ無茶すんだよっ!!」
新兵なのか明らか表情に恐怖の色を浮かべた男が僕に剣を振り下ろす。それは大振りで狙いも定まって無く、何もしなくても僕に傷を付けれそうな物では無かった。
「ごめんッ!!」
そう僕は自己満足の言葉を吐きつつ数センチ幅の石魔法を放ちその男の喉元を貫通させた。その時見開かれる男の目と目が合ってしまい、少し心が痛んだが、すぐに頭を切り替え男の脇を通り過ぎた。
「あと十人ぐらい!!!」
今の所はエルシアは見えない。やっぱりエルシアもクソジジイもここにはいない可能性が高い。
「でもまだ確証には足りない」
天幕の中はまだ確認できていない。その中にいるのかもしれない。
そう欲を張ったせいだろうか。それとも僕の警戒が緩かったせいだろうか。またあの発砲音が聞こえたと思うと今度は、僕の左手にぽっかりと穴が開いて血がダラダラと流れ始めていた。
「ッッッ!!!ッ痛ってェェなァ!!!」
そんなどこに向かったとも分からない怒りを抱きながらも、僕はすぐに姿勢を低くし敵陣へと進む足を止めなかった。
「・・・やっぱいないか」
その敵本陣の天幕に入っても敵将らしき男はいたが、クソジジイとエルシアの姿は見えなかった。
「おいッ!護衛は何やってる!!!」
僕の姿を見るなり警戒に動き出す五人の士官らしき老人。それに近辺警護なのか長槍を持った兵士が二人。利き手じゃない左手がやられたのは不幸中の幸いだった、これなら敵将の首を取るのも難しくはない。
「早く兵を呼び戻せ!!」
そう喚く敵士官を置いて、僕は天幕内にあるテーブルに足を乗せその奥に座る敵将へと走り出す。テーブルの両脇にいた士官の老人は腰を抜かしているし警戒は要らない。だからあとはあの長槍兵を何とかすれば。
「お下がりくださいッ!!!」
長槍兵が敵将を椅子から立たせて下げさせ、自身らは僕と敵将の間に入って槍の切先を僕に向けてきていた。明らか敵愾心一杯という表情で、まるで僕が悪者みたいだった。
「いやそれも立場次第か」
あっちも自身の役目を全うしているだけ。どっちも利己的に自分の命を守りたいだけ悪も正しいも無い。
そうして僕はテーブルの上を土足で進み敵将へと踏み込もうとすると、その時敵長槍兵は持つ槍を僕と逆方向の横に振り払い、その勢いを使って反動で槍をしならせ僕にその切先をぶつけようとしてきた。槍って言ったら突き刺すものばかりと思っていたが、まるで叩くような使い方に一瞬気圧されたが。
「振りが大きいんだよッ!!」
ハサミの様に僕を両脇から挟んで叩こうとする長槍兵二人の攻撃を、僕は視界で追いつつ踏み込んだ足の力を上へとやって飛び上がった。
「なッ!!!」「まじかよ・・・」
驚く一人と唖然とする一人の長槍兵の顔を上空から眺める。僕がテーブルにいて長槍兵が地面に立っているから、槍の攻撃が僕の足元に向いていたのが助かった。これが腹とかだったら飛んでも避けれなかった。
そう自身の幸運を噛みしめながら、僕は再びテーブルに足裏を戻し数歩分僕から距離のある敵将の顔を見た。
「・・・・来いッ!!」
どうやら覚悟は済ませたらしく煌びやかな剣を構え僕をその目で見据えてきていた。これだけでもこの人が良い上官であるのはなんとなく分かった。
「でもこれは戦争だから」
そう自分に言い訳をしつつ僕はやっと到達したテーブル端から飛び出し、空中に浮いた体のまま剣を振り上げる。
そして敵将も僕の振り下ろそうとする剣を受けようと、頭上に自身の剣を構えるが、ここまで一度しか使わないでおいた石魔法の出番がやってきた。
「ッ!!!クッ・・・・!」
敵将の空いた腹に三発分の石魔法をぶつけ、その痛みでよろけた所に僕の振り下ろした剣が敵将の左肩に突き刺さる。でも安堵する暇も無く、視界端で長槍兵が再び僕に槍を向けようとしているのが見えたから、咄嗟に敵将の体を足場にして前方へと飛び避けた。
「流石にキッツイな・・・」
左手からの出血もバカにならないし、敵将を倒したとは言え今の一連の戦闘で敵兵が本陣付近に集まってきてしまっている。長槍兵はすぐに避けた僕に対して第二撃の準備を始めているし休める時間すらない。
「だけどこんな所で死ねるかよ」
まだクソジジイのあのニヤけ面に一発も入れれて無いし、エルシアだって助けれてない。何も残せずこんな所で死んでたまるかよ。約束だってなんも果たせてないじゃないか。
「やってやるよこれぐらい」
そう僕は数えるのすら諦めたくなる量の敵兵に右手だけで剣を構え、極度の緊張からかなぜか笑いを零していたのだった。
次の更新は八月九日(土曜)です。
最近毎日投稿で出来ず申し訳ないです。




