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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
最終章
140/149

第百三十九話 戦闘開始


 空を切るような破裂音から始まった戦闘はすでに一時間ほど経過しようとしていた。

 その間僕らは本隊付な事もあってか遠目にそれを眺めるだけで何も出来ずにいた。僕としては今すぐにでもエルシアを助けに行きたいのだが、軍という組織の一員である以上勝手に動く訳も行かずソワソワと落ち着かないでいた。


「まだかよ・・・」


 腰にぶら下げた剣をずっと手で弄りながら森の中を立って戦闘の起こる谷の方をじっと見る。既に霧は晴れてきているけど木が邪魔で鉄砲の発射音と魔法のぶつかる音だけが良く聞こえていた。

 すると一緒の隊であるラースが少し不快そうに顔を顰めて注意してきた。


「ちょっとは落ち着けよ。気持ちは分かるけどよ」

「ん?あぁ・・・ごめん」


 せっかく戦うぞと息巻いても後方待機だと、何もしていない事に不安を抱いてしまう。こうしている内にエルシアが殺されていないか、もう僕の知らない内に前線の部隊が壊滅してしまっていないか。

 そんな事をグルグルグルグルと頭の中を回っていた。


 でも結局僕はただの兵士。多少階級があるとはいえ全体の情報を知れるほどの権限なんて無いから、ただ心配を募らせるだけで何も解決しなかった。

 そんな中ラースが気を使ったのか更に僕に話しかけてきた。


「そういやさ。あのクソジジイどこにいると思う?」


 その声に再び思考から意識を戻すと、隣ではラースが剣の柄に手を置いたまま戦場の方をじっと見ていた。この感じだと気を使ったというよりただ単に気になった事らしい。


「普通に今も戦ってるんじゃないの?」


 それはそうだろと、僕はさも当たり前かの様に答えたのだがラースは少し違う様で。


「だとしたら変化が無さすぎないか。多分敵谷の出口から出てきてないだろ?」

「ん~?あ~そうかも?」


 背伸びをしてどうにか谷の出口を見ようとするが木が邪魔でよく見えない。まぁでも本陣が落ち着いているから突破されていないって思ったのだろう。


「あいつなら何かしら仕掛けててもおかしく無いんだが・・・・」


 不安そうにラースが顎に手をやって悩んでいた。僕よりも一緒にいた時間が長いからこそ分かる感覚ってのがあるのだろうか。


「まぁでも何かするって言ってもあの山脈だと抜け道無いだろうし、正面から突破するしかないんじゃない?だからやるなら謀略とかそっち方面だけど」


 自分で言っててもそうとしか思えない。奇襲しようにもあの谷以外山の向こうからこっちに来る道は無いから、こっちの軍の寝返りとかそういう搦め手しかないと思うんだけど、確かに不安だなそれ。


「確かにあのクソジジイなら何かしてそうだね」

「だろ?」


 不安じゃないかと言われると不安になってくる。もしかしたら今も僕らの後ろにいてスッとナイフを突き立ててくるかもしれない。そういう事をしかねない不気味さを持っている奴だから。


 と、そんな会話をしている時にタイミング悪く誰かが僕の肩を叩いた。


「━━ッ!っと、あ、あぁライサか」

「?そんな驚かなくても・・・・」


 僕がオーバーに驚きすぎたせいかライサが少し悲しそうに目を伏せてしまった。あまりにタイミングが合いすぎてて、ありえないって分かってても焦ってしまった。今でも跳ね上がった心拍が落ち着く気配が全くない。

 そんな心拍を落ち着けながらも僕の肩を叩いたライサに向かった。


「で、ど、どうしたの?」


 するとライサは自分の頭をトントンと叩きながらも谷とは逆の方へと視線をやった。


「ずっと頭痛くて確実じゃないんだけど。なんかあちこちから心の声聞こえてくるの」


 僕は頭痛に顔の顰めるライサの視線を追って、反対方向に視線をやるがその言葉の意味が良く分からなかった。少しすれば平野に抜けはするが、ここからだと森で相変わらずよく見えないし後ろから人が来るって何だろうか。あっちは味方の領土だし敵になりそうなのも居ないと思うが・・・・。


「援軍とかかな?」

「ん~~そうなのかも?」


 聞こえるってだけで個人それぞれの言葉が聞こえる訳じゃないんだろうな。人混みの中でうるさいって感覚だけがあるに近い感じだろうか。

 するとラースは少し有り得ないと自身でも思いつつ僕らと同じ方を見て言った。


「もしかしてあのクソジジイの軍だったりして」

「・・・・まさか」


 どうやって僕らの後ろに軍を送るって言うんだ。流石にあのクソジジイでもワープなんて使えないだろうし、流石にそんな事あるとは思いずらい。

 

 そうして三人そろって遠くを見ていても戦闘はお構いなしに続いていた。もう聞き慣れてしまったが鉄砲の爆発音は一定のリズムで聞こえてくる。ちゃんとまとまって聞こえてるから統制して斉射しているのだろう。


「ん、てかアイリスは?」


 さっきまで一緒に居たはずだけど辺りに見当たらない。

 するとその答えを知っているのかライサはあぁと思いだしたかのように。


「さっき中隊長に呼ばれてたよ」

「へぇ珍しいね」

「ね~」


 中隊長ってヘレナさんがアイリスと二人で会話か。戦闘前になってやっと姉妹で話す気になってくれたのか。そこで二人の仲が解決してくれれば僕が何かする必要も無くなってしまうと思うと、身勝手だけど少し寂しいな。


 そんな僕らから少し離れた森の中。二人の黒髪の姉妹が視線は合わない中も久々に向かい合っていた。


「で、何。急に呼び出して」


 アイリスはひどく不機嫌なように腕を組んで私を見下すように見てきていた。昔のこの子とは似ても似つかないほどの態度で、それが自身のせいであるのが余計に悲しくなる。


「・・・・アイリスは私の事嫌いでしょ?」

「うん。何を今更」


 全く迷いも見せずに即答してきた。一応私の呼び出しに従ってくれたからもしかしてって期待したけど、ただ単に私が上官だから従っただけかな・・・。

 

 それはともあれ私は今回の戦いに嫌な予感を感じていた。だから今アイリス相手に引く訳にはいかない。


 なぜ敵は明らか少ない兵力で私達を攻めたのか。なぜ突然私達が前線配備になったのか。そして敵にはフェリクス君達を狙う男がいると言う話。 

 どうにも偶然とは思えなかった。もちろんフェリクス君も同じ事を心配してはいたけど、本人は戦う気満々で私が言っても引いてくれない。

 

 だから情けないけど私はこの子に頭を下げるしかない。


「こんな私のお願いなんて聞きたくないかもだけどさ。アイリスはもしがあったらすぐに皆を連れて逃げて欲しいの」


 私は最期までフェリクス君との約束を果たさないといけないし、軍人として尻尾を撒いて部下を置いて逃げる訳にはいかない。でもそんな私の責務にアイリス達まで巻き込んで死なせるような事はしたくない。

 

 でもそんな私の気持ちをアイリスは分かってくれないのか、さらに不快そうに髪を揺らし私から目線を外すと。


「嫌だから。なんであんたにそんな事言われないといけないの」


 まぁ薄々そんな返事が返ってくるんじゃないかっていうのは予感していた。でもアイリスもフェリクス君もまだ人生に選択肢がある年齢だ。こんな所で死なせるにはあまりに早すぎる。


「フェリクス君もラース君もきっと最後まで戦おうとする。だからアイリスが連れ戻して欲しいの」


 その時に私が逃げるのを助ければいい。大人であって姉である私が犠牲になる分は何だって良い、それで皆がこれからも生きていけるのなら、喜んで私は私の大人としての責務を果たす。


「・・・・別に死ぬ気はないけど、それはそっちがやれば良いでしょ」

「私はこれでも中佐だからさ。アイリスやフェリクス君の為だけに戦う訳にはいかないの」


 そっとアイリスの頬を撫でようとしたけど、嫌そうな顔をされ心臓が縮む感覚と一緒にその手を引いた。

 でも私がこの子達を生かすという気持ちは一切変わらず引くことが無かった。


「だから私のお願いを聞いたからじゃなくてもいい。アイリスが皆を死なせない為に動いてくれない?」


 ここで私が守るからと言えるぐらい高尚な人間になりたかった。でも今私の背中に乗っている物を全て投げ捨ててそれを出来るほど、私は無責任にも自分勝手にもなれない。

 身近な人だけでも自分の力で守れる人間にとうとう最後までなれなかった。立場が上がればそれも出来ると思っていたけど、逆に上がる事で難しくなるなんて皮肉なものだ。


 だけどそんな私の気持ちを知る訳も無いアイリスは、私から一歩二歩と距離を取るとそのまま背を向けてしまった。


「私は私で勝手に動くから。あんたに言われたからとかじゃなく」


 そう言ってアイリスは最後まで私を見ようともせず目の前から去って行ってしまった。やっぱり駄目だったかと思いつつも、あの勝手に動くという言葉がフェリクス達を助けると言う意味なら良いのだけど、と期待を抱いた。それにどちらにせよ私はフェリクス君達を含めた部下を全員生かす事を優先することに変わりは無いから。


「・・・・私も仕事に戻りますか」


 結局は上官である私が部隊を危険にさらさなければければ、フェリクス君達も危なくならない。でもそれが出来るのなら、今の行動はアイリスに要らない重責を負わせてしまったのかもしれない・・・・。


「やっぱダメな姉だな私って」


 そう肩を落としつつもなんとか崩れそうな気持を抑え地面を踏みしめ、アイリスとは別方向に歩いて行ったのだった。私は私の出来うる力を持って責務と義務を果たすだけだ。


ーーーーーーー


 戦闘が始まってから三時間ほどが経った。途中アイリスは戻ってきたけど、どこか不機嫌そうで皆触れる事が出来ず話しかけられなかった。

 

 そしてそんな静かな時間すらももう終わりらしく、外していた鎧を着こんだヘレナさんの怒号が聞こえてきた。


「出撃準備ッ!!!」


 その声に僕ら他の隊員含め慌ただしく森の中を動き回りヘレナさんの周りへと集まった。

 そこで時間が無いからか簡易的な説明だったが、どうやら戦況の変化で僕らもとうとう戦線へと出ることになったらしい。そして僕らは周りに流されるまま装備整えて戦闘の準備を進めた。


「これから谷手前に待機する第五中隊に合流するぞ!」


 そうしてガシャガシャと鎧の金属がぶつかり合う音が大量に森に響きながら、僕らは道なき道である森の中を進んだ。谷へと直通の道は本隊がいるから仕方ないとは言え、起伏があって歩くだけでも体力を使う。


 でも行軍中は喋る事も許されないのでただ黙って歩き続ける。皆の息が上がるのを感じるが、どこか皆緊張した面持ちでジッと座った眼で前を向いて歩き続けていた。

 途中途中前線から撤退途中であろう味方の兵士たちが居たが、どの人も酷い怪我を負っていて血を流していない人を見つける方が難しいぐらいだった。


「・・・・まじかよ」


 隣を歩くラースが少し怯えたようにあの大人の兵士達を見て小さく呟いた。アイリスとライサはそもそも見ない様に足元をジッと見て歩いているし、戦闘前からどこか嫌な雰囲気を漂わせていた。

 でも僕らは声かけすらする事が出来ずただ森の中を進むと、やっとその谷が木々の間から見えてきた。


 だがその谷が見えた瞬間に一斉に爆発音が聞こえ僕の頬を何かが掠めた。


「総員伏せろッ!!」


 一瞬遅れてヘレナさんの怒号が響いた。

 僕もそれに従って簡易的に掘られたであろう窪みに体を入れた。すると頬に出来た傷から温かい血が流れ出る感覚があった。


 それを放置して谷を見ようと顔を上げようとすると、その前に僕の傷に手を当て焦ったようにライサが治癒魔法をかけてきた。


「だ、大丈夫!?」

「大丈夫だから治癒魔法は良いよ。魔力温存して」

「いいから大人しくして!」


 そうライサの真剣そのものの表情に僕は口を噤んだ。まぁこれぐらいの傷なら魔力もそんな消費しないし、今言い合いする方が時間の無駄だから素直に厚意を受け取っておこう。

 そう思考を切り替え次はどうするのかと少し離れた所にいるはずの、ヘレナさんの方を見るがまだ次の指示は無かった。僕らの正面にまだ他の味方の隊がいるからそれを待ちだろうか。


「なぁあれが敵か?」


 治癒魔法が終わったタイミングで後ろから僕の隣に来たラースが先を見た。


「っぽいね」


 石の壁っぽいのが谷を塞いでいる。多分敵が魔法で作った障壁なのだろう。その手前に大勢の味方の死体が並んでいるから一度突撃が失敗しているのだろう。

 そしてその死体を作ったのであろう鉄砲を持った兵士が、奥から定期的に顔を出して斉射をしているけど、あれは中々突破するには難易度が高いな。

 

「雨でも降ったらなぁ・・・」

「ん?なんで雨なんだ?」

「え、いや火薬が湿気るとか言わない?」

「・・・・?」


 あ、そもそも鉄砲自体がメジャーな武器じゃないんだった。最近出てきた武器って話だしうちの軍で使っている話聞かないから、そういう弱点知らないのか。


「・・・・というか」


 水魔法でなんとかならないだろうか。そこまであの谷は広くは無いし前衛だけなら僕一人の魔力で水を被せる事ができる。それで種火を消すなり火薬を湿気らせるなりすれば、突撃が容易になるのではないか。詳しい仕組みとか知らないけど火が無ければ撃てないはずだし。


 なら思い立ったらすぐに行動だ。このまま鉄砲でハチの巣にされながら突撃させられたらたまった物じゃないし。そう僕はさっきヘレナさんの声がした方へと体を低くしながら向かった。

 途中二回ぐらい敵の砲弾が当たりそうになったけど、流石にまだ精度は良くないのか当たらずに済み、少し探し回った後ヘレナさんの姿を見つけた。


「ヘレ・・・フェレンツ中佐ちょっと良いですか」


 そうしてやっと声の届く所まで着くとヘレナさんに僕は声を掛けた。本来は勝手に持ち場を離れたらダメだけど、今回ばかりは許して欲しい。


「どうしました?」

「敵の鉄砲なんですが火を使う武器なんですよね?」

「えぇそう聞いてますが」


 その情報があるなら納得させやすいか。


「あら水魔法で攻撃してから突撃はどうです?それなら敵はすぐに鉄砲を撃てないでしょうし」

「・・・・・なるほど」


 ヘレナさんはジッとその場で固まって考え込んでしまった。僕はその光景を固唾を飲んで待っていたが、数秒も経てばヘレナさんは顔を上げすぐに周りの兵士に声を掛けた。どうやら話が早くて助かった。


「今から言う事を他の隊にも伝達お願いします」


 そうヘレナさんは各魔導士による水魔法での攻撃を合図に突撃をする旨の事を、伝令に伝え始めてくれた。どうやら僕の作戦を信用してくれたらしかった。

 そしてそれらを終えたヘレナさんは僕に向き直ると別の指示を出して来た。


「君は石魔法であの障壁を破壊してください。出来ますよね?」


 僕の右肩にヘレナさんの思ったよりも小さな手が乗った。いつもの優しいヘレナさんというより、上官としてのフェレンツ中佐という表情だった。

 だから僕はその期待に応える様に強く頷くと。


「出来ます」


 そうして僕らの戦いがやっと始まったのだった。

 



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