第十三話 森の冒険
街に行ってから五ヶ月ほどが経った。時間の流れも速いもので、今月でもう僕の八歳の誕生日だ。つまりブレンダさんに転生者と打ち明けてから一年が経とうとしているのだ。
そしてそんな今僕はいつものようにブレンダさんの授業を受けていた。
「と、旧帝国領の国々では、基本的に金貨、銀貨、銅貨が使われており、それぞれ交換レートは1:100:1000となっていて、、、、」
今日も今日とて授業が続いていた。最近は専らお金や税金やらの勉強で頭の痛い内容ばかりになっていた。それに窓を開けていてもここ最近は暑くて集中できたものじゃなかった。
「・・・今日はここで終わりにしますか」
「はーーい」
ちょうど集中力が切れたタイミングで授業が終わってくれたので、椅子から立って全身を伸ばす。座りっぱなしだとやっぱり腰が痛くなって嫌だな。
「フェリクス様身長伸びましたね」
そうブレンダさんが嬉しそうにして、立ち上がった僕を見て言った。
「そうですかね?」
「そろそろ私も追い抜かれますかね」
「いやいや流石に無いですよー」
ブレンダさんの身長何気に百七十は確実にありそうだし、まだまだ抜かすのは先になりそうかな。
そんな会話をしつつ体を伸ばし終わった頃、何やら外から声が聞こえた。
「ん?ラースの声?」
僕とブレンダさんは互いに不思議そうにして顔を見合わせて、一緒に部屋の窓から外を覗くと、ラースが一人で家の前手を振っていた。
「お~い!フェリクス~!」
二人で窓の縁に手を付けラースを見る。
「どうなされたんでしょうね」
「・・・さぁ」
家に来るのも珍しいが、いつも兄妹で一緒にいるラースが一人でいるのを初めて見た気がする。
とりあえずラースを放置するわけにはいかないので、窓から今から行くと返事をしてから、ラースの元へと向かった。
「どうしたのラース?」
「やっと来たな!」
畑仕事終わりなのだろうか顔に泥を付け、元気そうに胸を張っていた。夏に似合うほどの眩しい笑顔だけど、大体ラースがこういう時って面倒くさい事言いだすんだよなぁ。
そしてそんな予感は当たってたらしくラースはエルムの木がある方を指差して言った。
「明日俺らだけでさ!!エルムの木の奥の森行こうって話してんだけど来るよな!?」
森か・・・。この言い方からして保護者が同伴するって訳でも無さそうか。僕も体は子供だしもしもがあったら、どうしようも出来ないかもしれないしちょっと考え物だな。
「ん~森じゃないとダメなの?」
「うんダメだ!」
「・・・そう」
これはどう言いくるめたものかと悩んでいると、ラースが意外なことを言った。
「エルシアとルーカスは行くって言ってるぞ!」
「・・・本当?」
「ほんとほんと!」
ラースが嘘をついているようには見えなかった。犬猿の仲のルーカスに加えて、しっかり者のエルシアまで行くって言ってるのが意外だった。
となると、僕が行かなかったとしても、あの三人だけで行くってなった時不安になってくるか。
ならせめて僕がついて行った方が安心ではあるか。まぁこの辺は治安良いらしいから大丈夫だとは思うが、治癒魔法だけは出来るように慣らしておかないとか。
「じゃあ明日の昼に集合で良い?」
僕は対策を色々考えながらラースにそう聞くと、元気に返事をしてスキップしながら帰って行ってしまった。余程楽しみにしていたらしい。
そんな嬉しそうな後ろ背中を微笑ましく見送りながら後ろで待機してもらっていたブレンダさんを見た。
「ブレンダさんお願いしてもいいですか?」
ラースがごねた時のためにブレンダさんにこっそり聞いてもらってて良かった。
「流石にフェリクス様はともかく、子供だけで森は行かせられませんし良いですよ」
「ありがとうございます」
ブレンダさんには負担をかけてしまうのは申し訳ないが、これも安全のためだと割り切った。
そうしてブレンダさんと色々相談して、一応ラースの機嫌を損ねないために、少し離れたところから追いかけてもらうことにした。
するとそうやって玄関外でブレンダさんと話していると、どうやら父さんが帰ってきたらしく、農繁期だからこちらも泥だらけな顔で不思議そうに僕らを見た。
「ん?何の話だ?」
一応父さんにも話しておいた方が良さそうか。わざわざ隠しても良い事無いだろうし。
「明日ラース達とエルムの木の所の森に行こうってなってて」
「あーあの森か。まぁそこまで深くないし良いんじゃないか?」
子供の目からだと大きな森に見えたがそこまでではないらしい。迷う心配がないならそれでいいのだが。
だけど何か言う事があるらしく父さんは、土のついた手で僕の頭を撫でてきた。
「あーでも丘は越えるなよ?あそこ超えると帰り道分かりずらくなるからな」
「まぁ一応ブレンダさんに付いてってもらうから大丈夫だと思うよ」
「ならいいか。楽しんで来いよ」
あまり父さんは心配しなかったようで、そのまま僕から手を離して家の中へと入って行った。僕は髪に付いた土を払いのけながらも、一抹の心配を残しつつ続いて家の中へと入って行ったのだった。
ーーーーーー
次の日、いつもの父さんとの剣の日課をやり昼食を取った後、ラースとの約束のために着替えていると父さんが部屋に入ってきた。
「最近せっかく剣術やってるし持っていくか?」
そう父さんは、前に街で買ってくれたショートソードをとり出した。確かに最近はそのショートソードで練習してるから使えないことはないけど・・・。
「いいんですか?」
「まぁお守りみたいなもんだ。絶対に必要な時以外抜くんじゃないぞ」
流石に遊びで振り回すほど自分の事を馬鹿ではないと思っている。それにそもそも、盗賊とか肉食獣が出たなんで話聞いたことないし、クラウスさんが言ってるようにお守り程度に思っとけばいいしな。
「はい!分かりました!」
服を着替え終えて、父さんから受け取ったショートソードを腰に掛ける。やっぱりまだこの体には重く感じたが、逆にその重さから安心感を得れた気がした。
そうやって一階に降りて玄関を出ようとすると母さんに呼び止められた。
「あんまり遠くに行かないようにね?危なかったら引き返すのよ?あとこれご飯だからどこかで食べるてね」
そう水筒とかパンとかの間食っぽい物の入った籠を渡してくれた。
母さんは僕に対してまだ複雑な感情を持っているんだろうけど、こうやって心配してくれて感謝しかない。
「ありがとう母さん。日が暮れる前には帰るから」
まだ少しぎこちなく感じる母さんとの会話を終え、家を出てラース達との集合場所の広場に向かった。
ーーーーーー
そうして少し小走りで広場につくと、どうやら僕以外の三人は既に集合していたらしかった。
「待たせてごめんね」
「遅いぞ!待ったぞ!」
ラースが頬を膨らませ仁王立ちで僕を見ていた。一応時間には遅れては無いと思うけど、それだけラースが随分楽しみにしていたって事なのだろう。
と、そんなラースの言葉が、またルーカスとラースの喧嘩の導火線に火をつけてしまったらしく、ルーカスが目尻を上げ突っかかった。
「ま、まだちょっとしか待ってないよ。すぐ嘘つかないのラース」
「待ったは待ったんだよ!嘘とか言うな!」
僕はため息を我慢しつつ過熱しつつあった二人の間に入った。
「あーはいはい、待たせてごめんね?早く行こうねぇー」
着いて早々いつもの喧嘩になりそうな二人の導火線を断ち切ると、ラースはすぐに切り替えたらしく早速歩き出してしまった。
もう楽しみで仕方ないのか先頭を一人で先走り気味なのは気になるが、まぁ暴走しなければ大丈夫そうか。
そうして歩く事僕の家を通り過ぎたあたりで、ルーカスが寄ってきて小声で話しかけてきた。
「あんまりラースのこと甘やかしちゃだめだよ?ダメなものはダメって言わないと」
ルーカスが先頭を歩くラースを恨めしくじっと見ていた。
「まぁそれはそうだけどね。でもルーカスも人に話を聞いてほしいなら言い方気を付けないとね」
常々思っていたが、大体喧嘩の原因がラースの我儘とか減らず口で、油を注ぐのがルーカスの煽りとか嫌味なんだよな。善悪で言えばラースなんだけどルーカスも喧嘩を面倒くさくしている節がある。
「それは・・・・そうかもしれないけどさ。ラースだってさ」
不満気な表情を浮かべるルーカス。
「基本ルーカスの言うことは正しいよ。でも喧嘩腰で言ったらいくら正しくても聞いてもらえないこともあるんだよ?」
「それは、ラースだって喧嘩腰じゃん・・・」
ルーカスはそう言って、少しだけいじけてしまった。
流石にルーカスだけに二人の関係の責任を負わすのは可哀そうだろうか。でもこの関係を放置すると、将来こんな狭い村コミュニティだと拗れるのが目に見えてしまう。だから可哀そうだけど、まだラースよりも話が分かるルーカスにお願いするしかない。
「・・・・だって、僕悪くないじゃん・・・」
「うん、悪くないよ。でもラースとルーカスは相性が合わないのかもしれない」
一呼吸おいて、ルーカスをできるだけ刺激しないように言葉を選ぶ。
「だから上手な距離感で会話するのが大事だと思う。それはラースよりも大人なルーカス側じゃないと出来ないと思うんだけど。どう?」
「・・・・う、うん、・・・・・まぁ僕にしか出来ないなら分かった。頑張ってみる」
まだ不満の色が顔にあるが、ひとまずは納得してくれたらしい。まぁ自分が正しいはずなのに、注意されたらそりゃ思う所があるに決まっている。この子には我慢をさせてしまったので、少しでもフォローをしておく。
「また何か悩んだら言って。それにラースにも今度言っておくからさ」
「・・・ありがとう」
ちゃんと僕はルーカスの仲間だとそう伝えた。
で、次はラースにどう言うかと考えていると、どうやら僕とルーカスの歩くペースが遅くなっていたらしく、ラースとエルシアが少し先まで行ってしまっていた。
「おーい!二人ともおせーぞ!置いてっちまうぞー!」
その声を聴いてルーカスの方を振り返る。その時チラッと家から出るブレンダさんが見えた。
「じゃあルーカス行こ!」
「う、うん!」
ーーーーー
それからエルムの木を越えて森の手前まで来た。近くでせせらぎの音がしていて、その方を見ると小さな川が森から流れてきていた。
そして父さんの言葉を思い出して、予め丘を越えないように目標の共有だけしておくことにした。
「じゃあとりあえず丘を目標に行こうか」
「おう!じゃあ早速行こう!」
後ろのブレンダさんを目視で確認しつつ歩き出した。丁度つかず離れずの距離を保ってくれてて流石ブレンダさんだ。
「てかフェリクスお前剣持ってきてるじゃん!」
森の中へと歩き出したのも束の間で、ラースが僕の腰に掛けた剣を見て、興味が移ったようで興奮して目を輝かせていた。僕は森は良いのかと思いながらも、鞘から抜かない様にショートソードを持ち前に出した。
「今日初めて持たせてもらってね。お守り代わり」
「へぇーいいな!剣抜いてみてくれよ!」
僕の剣に触ろうとするラースを躱しつつ、うまく興味もそらせないか考える。
「父さんに必要以外で抜いちゃだめって言われてるからさ」
「えー前約束したじゃん!いいじゃんそれぐらい」
あれそんな約束したっけ。まぁどっちにしても危ないし抜くわけにはいかないしどうしようか。
「あ、あのさ!」
僕が対応に困っているとルーカスが話に入ってきた。
それを見て僕は少しの不安を持ちつつ黙ってルーカスとラースの動向を注視していた。
「あん?なんだ?」
「今は、剣より早く冒険しようよ!剣はまた見せてもらえばいいじゃん!」
「・・・まぁそれもそうか!じゃあ行こう!」
僕の心配をよそにルーカスがラースを上手くいなしてくれた。この短時間で言われたことを実践出来るなんてすごいな。てかラースもラースでコロコロ興味が変わって忙しい子だな。
そう感心して先を行くラースから離れ、ルーカスに歩調を合わせてに小声で話しかけた。
「ありがとね。流石すぐに出来るなんてすごいね」
「そ、そう?うまく出来てた?」
「うまく手綱握れてたよ」
「手綱って動物じゃないんだから」
ルーカスがこうやって笑っているのを初めて見た気がする。いつもおどおどしてるイメージしかなかったけど、こういう風に笑う所を見るとやっぱまだ子供なんだなと思う。
すると今までも相変わらず黙っていたエルシアが、銀色の髪を揺らしその瞳が僕を見た。
「・・・何話してるの?」
「ん?いや特に?」
いつの間にか僕らに歩調を合わせていたエルシアが話に入ってきた。先頭にラースを一人にしていいのだろうか。
「いつも兄さんがごめんね。悪気はないと思うから」
どうやらエルシアに会話内容が聞こえてたらしい。てかいつもよりエルシアの雰囲気が柔らかい気がするな。
そんな事を思いつつ僕はルーカスに確認するような目線を送った。
「分かってるから大丈夫だよ。ね?ルーカス?」
「う、うん。別に悪いやつじゃないのは分かってるから」
そう僕らは大丈夫だと伝えると、エルシア側も何か言いたいことがあるようで、僕の隣を歩き続けた。
「あのさ、今日は迷わないように早めに帰りたいの。だからある程度進んだら、引き返すように説得しない?」
なんでエルシアが森に行くのを止めなかったのか気になっていたが、そういうつもりだったのか。多分だけどラースが森に行くって言って聞かなくてどうしようもないから、早い段階で引き揚げさせるつもりなのだろう。そう考えると妹も妹で大変だな。
「まぁ良いと思うんだけど、どうやってやるの?」
「兄さんバカだし、面白いものがあるって帰り道に誘導する」
もう兄への評価なんて無いとでも言わんばかりの言い草だった。まぁそれでもラースが釣られそうだから、あながち嘘では無さそうのが何とも言えないが。
「じゃあ僕らはどうすればいいの?」
「私が誘導するから、その時に合わせてほしい」
まぁ説明不足感はあるが妹なりの策があるのだろう。そう思いその提案を承諾するように僕は笑顔を作って頷いた。
「分かったよ。任せるね」
「・・・・・うん」
どこかエルシアから間があったけど、僕はそれを特に気に留める事をせず、先に一人で行ってしまっていたラースの元に急いだ。
そうしてラースに追いついて落ち着けると思ったら、僕が隣を歩くなりラースが何かを指さして興奮していた。
「お、おい!見てみろ!動物いるぞ!」
ラースの小さな指が差す方を辿ると、それなりの大きさの平べったい岩の上に鹿がいた。ちょうど日光が差し込んでいてとても幻想的というか森の主と言われても素直に頷く程だった。
「あの鹿って、ブラッツさんが持ってきた皮の奴と同じ奴だよ!」
「へぇそうなんだ」
そう言われてみれば、いつか父さんが狩ってきた鹿とも似ているような気がするし、この辺ではポピュラーな鹿なんだろうな。にしては記憶の中にいるカモシカよりでかく感じるのは、僕の体が小さいせいだろうか。
「フェリクス!あれ捕まえれないか!?あんな大きい鹿なら、お父さんも喜んでくれるし!」
ラースが目を輝かせながら僕に期待を寄せてくる。だが鹿と言っても成体だし、子供がどうにか出来るサイズではないだろうな。それに角あるしあれが刺さったらひとたまりもない。
そう思っていると、またもやルーカスがフォローに入ってくれた。
「今鹿捕まえたら冒険終わっちゃうよ?持って帰らないといけないし」
「・・・たしかにそれもそうか!じゃあ先進もう!」
子供だからかルーカスは呑み込みが早いな。お陰で大分助かっているからありがたい。
そうしてまたラースが意気揚々とどんどん進もうとしている時、エルシアの息が上がっているのに気づいた。確かさっきもラースに追いつくために走らせちゃったから、無理させすぎたのかもしれない。
「ちょ、ちょっとラース!先ご飯食べない?」
そう僕は母さんから預かった籠を掲げてラースに提案した。するとラースは自分の腹をさすりながら少し考え込むと。
「確かに腹減ったな!じゃあ食べようか!」
「じゃ、じゃああそこどう?」
ルーカスがさっき鹿がいたはずの平べったい岩を指さしていた。どうやら鹿はいつの間にかいなくなっていたらしい。
「お!いいな!そこにしよー!」
そうして皆で岩の所に行くと、下から見える木々の間から入る日光が差し込んできて、とても綺麗だった。・・・・いやちょっと直射日光で暑いかも。
だが他の皆は気にならない様で、ルーカスはパン、ラース達兄妹はナッツみたいな木の実を広げた布の上に並べていた。
「その木の実何?」
「これ、お母さんが育ててたやつなんだよ!俺の大好物!」
そのラースが大事そうに持つ木の実は、マカダミアナッツっぽい見た目をしていて普通においしそうだった。
「へぇ~いいね。おいしそう」
「あ、あげないからね!俺が特別にもらったやつだから!」
ラースが木の実を守るように手で囲ったが、結局妹のエルシアの裏切りでそれも意味をなさなかった。
「兄さんそんな言い方しないの。はい二人とも私のあげる」
そうやってエルシアから受け取ると、触り心地もナッツって感じで違和感はない。そしてその木の実を口に入れると、普通においしくてびっくりした。案内こういう食べ物も身近にあるんだなと、少しだけ感心してしまった。
それからはラースによる両親のすごい所エピソードを聞きながら、皆でパンとかを食べているとあっという間にすべて食べきってしまった。そしてお腹に食べ物が入ったのと降り注ぐ日光のお陰か、少し眠くなっていると、ラースは自分の食事が終わるなりすぐに立ち上がった。
「よし食い終わった!行こーっ!」
「え?ちょ、ちょっと待って!急いで食べるから!」
どうやらまだルーカスの手にはパンがあったらしい。それを急いで口の中に押し込んでいて危なそうだったので止めに入る。
「そんな急いで食べなくてもいいんだよ?」
「ん゛、う゛ん。ゲホッゲホッ」
案の定むせてしまっていた。僕は籠から母さんお手製の水筒をとり出して、ルーカスに飲ませる。
「・・・あ、ありがとう。助かった。ごめん迷惑かけて」
「これぐらい大丈夫だよ。落ち着いたら行こうか」
そう優しくルーカスの背中をさすってあげる。そうしていると少しラースも心配だったのか声をかけてあげていた。
「大丈夫か?置いてったりしないから安心しろよ?」
まぁラースっぽい心配の仕方だったけど、やっぱりルーカスの事を嫌いってわけでは無さそうだった。
「あ、ありがとう。もう行けるから大丈夫」
「そうか!じゃあ気を取り直して行こう!」
そうやってどんどんと先に進もうとするラースに置いてかれないように、ルーカスを気遣いつつ籠を持ち急いで立ち上がった。すると先に歩き出していたエルシアの歩調がおかしいのに気づいた。
「エルシア足大丈夫?」
「うん、大丈夫。ちょっと擦りむいただけ」
「・・・一応傷口洗っとこうか」
傷口を見ると垂れた血が固まりかけていて、ケガをしてそれなりの時間放置していたのが分かった。
それを見て急いで籠の中らから水筒を出す。だが中を見ると水がほとんどなくなってしまっていた。
「・・・・じゃあ」
ブレンダさんと魔法の練習をしてきた成果が出す良い機会だった。最近は色々なものを魔法で出せるようにしてきたお陰で、それなりに水を魔法で作れるようになったのだ。
そうして練習通りに右手を擦り傷に向けて魔法を発動させ、蛇口を少しひねったぐらいの量だが水で患部を洗い流す。
「・・・魔法使えるようになったんですね」
「ん?まぁ教えてもらってね」
そしてハンカチで軽くふいて空、最後にまだまだ初級レベルだけど、使えるようになった治癒魔法で傷口を閉じて処置は終わった。ブレンダさんが絶対役に立つからと、熱心に治癒魔法を教えてくれたおかげだ。
そしてそのエルシアはすぐに立ち上がると軽く頭を下げた。
「とりあえずありがとう。兄さん待ってるし行こ」
そう少し先で待っていたラースとルーカスの所へ僕らは向かった。
隣を歩くエルシアは、やはり長時間歩いたせいかかなり疲れの色が見えていて大丈夫かと心配になる。
「大丈夫そう?ラースに言った方が良いんじゃない?」
「・・・大丈夫だから」
兄のために無理をしているのだろうが、日射病とかで倒れられたりしたら困るな・・・・。
まぁどちらにせよちょっと鬱陶しがられている気がしたので、僕はエルシアから離れてルーカスの隣に向かった。
「ルーカスは大丈夫そう?水飲んでる?」
「うん、大丈夫だよ。最近は畑仕事手伝ってるからね、まだまだいけるよ」
「そう?無理しないようにね」
ルーカスは言葉通りまだまだ大丈夫そうだった。先を歩くラースは・・・・聞かなくても大丈夫そうか。まだ元気そうに歩いてるし。
「てか今どのあたりなんだろうね」
「ど、どうだろうね」
もうニ、三時間ぐらいは歩いているよな気がする。森に入ってからは一応ブレンダさんがいるか確認し続けてるから、何があっても大丈夫だから良いんだけど、そろそろ潮時じゃなかろうか。
「そろそろ戻らないと日暮れ間に合わないかもね」
「そ、そうだよね。エルシアちゃんいつやるんだろう」
ラースの隣を歩くエルシアの方を見るが、未だにラースを帰らさそうとする動きは見えなかった。
「まぁ兄の事は妹が一番わかってるだろうから、任せようか」
やると言っていたんだから待ってればいいか。最悪ブレンダさんがいるし何とかなるし。
そう思っていると、ふとルーカスが僕の右にある木を指さした。
「あ、木の実」
「ん?そうだね。食べてみる?」
もちろん冗談だけど。
「いやだよ、毒あるかもしれないし」
それはそうなんだが、実際見た目はベリー系っぽいからおいしそうではある。その瞬間先を歩いていたはずのラースが突然割り込んできた。
「じゃあ、俺が食べてみる!」
「え、やめた方が‥‥」
ラースが僕らの見ていた木の実をプチっと取って口に入れてしまった。そしてそれをもぐもぐしているのを心配と共に眺めていると、ぱぁっと顔を明るくさせラースが言った。
「うん、甘い!これ美味しいぞ!」
そう言ってほかの実もパクパクと食べ始めてしまった。それを見たルーカスも興味を持ったのか一粒食べていたので、僕も恐る恐る口に入れてみる。
「お、おいしいね」
「確かにそうだね・・・」
舌がひりつく感じは無いし、味もいたって普通のベリーだから大丈夫だと思いたいけど・・・・。
まぁブレンダさんがいるし毒でもなんとかなるか!そう何とかなると、何粒か僕も食べた後さらに森の奥へ進んでいった。
それから更にニ、三十分ぐらい森を進んだ頃、やっとラースの隣で歩いていたエルシアが口を開いた。
「兄さん。ちょっといい?」
「うん?どうした?疲れたか?」
「あっちに動物が見えた」
「あっち?」
「・・・うん」
後ろからそんな会話をする二人をルーカスと眺めていた。だがこの時には僕も疲れていて、エルシアの指さした方向が帰り道と全く違うのに気づかず、やっと動いたかぐらいにしかこの時は思っていなかった。
「じゃあ行ってみるかっ!」
そう言ってラースはエルシアの指さす方へ走って行ってしまった。どこからあの元気が出るのだろうか。
そう思いつつ、なんとか僕らもラースを追いかかけた。だが動物なんてエルシアの嘘なのでどこにも見つからず、ラースは少し不満そうに辺りを探し続けていた。
「おーい?動物どこにいるんだー?」
「もう少し先ー!」
そうエルシアに言われると、どんどんとラースが先に奥へと進んでいってしまった。
「本当に方角あってるの?」
通った記憶のない道な気がして心配になりエルシアに聞いてみるが「分かってるから大丈夫」と言わてしまった。とりあえず今はその言葉を信用して先に進んだが、ラースと僕らの距離が開いて行くばかりだった。
「ちょっとラースに待ってもらうよう言ってくるね」
流石に一人でいかせるのは危ないので、そう僕はルーカスとエルシアに言い残してラースの元へ走った。
「・・・はぁ、はぁ、ラースちょっと待って」
すぐに追いつけはしたが、少し坂道になっていた事もあって息切れしてしまっていた。まぁ半日歩いているしそもそもの疲労もあるし仕方ないのだが。
だがラースは全く疲れの色を見せず僕を上から見下ろした。
「なんでお前そんな疲れてんだ?」
「それはラースがどんどん行っちゃうから・・・。二人を待ってあげて」
そう振り返って後ろを歩くルーカスとエルシアの方を指差す。ブレンダさんはルーカス達の方に付いているのか、ここからでは姿は見えなかった。
「うん?あ、ほんとだ。おーい!早くしろー!」
そんなラースの姿を見ていると、つくづくその元気はどこから出てくるのかが気になってしまう。
そう思っていると何やら煙臭くなってきた。その森では嗅ぎたくない臭いを感じた瞬間、咄嗟に僕の頭の中で山火事の可能性が頭によぎった。
「ラース一回戻ろう。火事かも」
「え、なんで?俺まだ丘のてっぺん行ってないよ」
ここで言い合いしている時間はないと判断して、言葉での説得を諦めラースの手を引っ張り降ろうとした時、何も知らないルーカスとエルシアが僕らに追いついてしまっていた。
「あれ二人ともどうしたの?」
不思議そうにこちらを見上げるルーカス。あとまだ後ろにブレンダさんが見えないが大丈夫だろうか。
だが僕がそうやって周囲を確認している内にルーカスとラースも煙に気付いたらしく、口元を抑えむせていた。
「これ何?煙?」
僕はハンカチを取り出し自身の口元につけた。
「じゃあ布を口と鼻に当ててゆっくり降りるよ」
ラースが余分なことしないようにその手を引っ張り下り始めた。ラースも流石に何か察したのか大人しくしてくれて助かった。
だがこの時別の問題が僕らの周辺で起こっていた。
後ろで何かが動く音が不穏に不気味に僕の鼓膜をゆらしていた。
それが鹿だったなら良かったが、現実はそうもうまくいかないらしい。
僕は振り返る勇気もないまま、今この現状が相当にまずいらしく楽しい森の冒険は終わったのだと、直感でそう感じていたのだった。




