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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
最終章
139/149

第百三十八話 指揮官


 僕らが馬を走らせ目的地である谷の手前に到着してから三日目。

 慌ただしく準備で動き回っていた皆も、作業がひと段落した事で静かな朝を迎えていた。


「いつ来るんだろうな」

「ねー」


 辺りには霧が立ち込めまだ日も登っておらず、視界がかなり悪くなっていた。

 偵察からの情報だと今日か明日にでも敵はこの先の谷を抜けるって話だったが、その谷のある方を見ても霧と木の葉がそれを塞ぎやけに静まり返っていた。


 そんな中僕らは本陣すぐそばでただその時を待っていた。

 するとそんな緊張し張り詰めた空気感の中、隣で立つ男の子の腹の音が辺りに響いた。


「ラースは先飯貰ってきな。僕が見ておくから」

「おう、助かるわ」


 そうして小走りで去っていく背中を見送り僕は再び森の中へと視線を向ける。この辺りは事前情報よりも森が鬱蒼としていて、谷から続く一本道以外人が通れそうには見えなかった。

 するとラースが去った事で空いた僕の隣に、不機嫌そうに唇を尖らせたアイリスが歩み寄ってきた。


「さっむくない?」

「だね、毛布いる?」

「いる」


 アイリスはアイリスで今は普通にいられているようで安心した。やせ我慢かもしれないけどアイリスなりにトラウマを抑え込めているんだろう。

 そう少し安心しつつ僕は荷物から毛布を引っ張り出しアイリスに被せた。

 するとアイリスはその毛布に首元を包めたかと思うと、少し微笑んでから一言ボソッと呟いた。


「くさ」

「・・・・・・それ普通に傷つく」

「ごめん半分冗談」

「半分かよ」


 まぁ僕をからかう元気があるならいいか。でも臭いなら臭いで無理して毛布使わなくても良いのに、アイリスってそんなに冷え性だっけか。

 そう試しに息を吐いてみると、もう夏も近いと言うのにその息は少しだけ白くなって霧に消えて行った。やっぱここが日本とは季節感も違うんだなと感じさせる。


 すると毛布で半分顔を隠したアイリスが地面を見つめたまま言った。


「フェリクスはさ。怖く無いの?」


 アイリスの毛布を掴む手が小さく震え、それを隠すように毛布で包むのが見えた。やっぱり今の元気はやせ我慢の方だったか。

 

「アイリスは怖いの?」


 質問に質問で返す様に僕はアイリスの方を見た。ここしばらく切っていないのか肩まで伸び黒髪が包まった毛布で広がっていた。


「・・・・怖く無いって言ったら嘘になる・・・・かも」


 ギュッと毛布で口元を隠してしまった。自身の恐怖感情が動作に出たのだろうか。

 僕はそんなアイリスに対して半歩分近寄って、木の葉の間から見える濃い青色の空を見上げた。


「怖いなら怖いで良いんじゃない?僕だって怖いんだしさ」


 ほらと僕は自身の震える左手をアイリスに見せる様に差し出した。やせ我慢しているのはアイリスだけじゃないって事だ。

 するとそれを見たアイリスも毛布から自らの震えの止まらない右手を出すと、僕の左手に並ばすように差し出して来た。


「・・・だっさ」

「お互いにね」


 そんな他人が見たら意味の分からない僕らの行動だった。でも少しの沈黙の後、そんな僕らの姿が互いにおかしくなってフッと笑いが漏れた。

 そして僕は恥ずかしさからか差し出した左手を引っ込めると外套のポケットにしまって言った。

 

「何してんだろね」

「緊張でおかしくなったのかも」

 

 でもそうやって二人で笑い合う事でどこかあった恐怖心と緊張がほんの少しだけ和らいだ気がした。励まそうと話しかけたのに逆に僕が励まされたらしい。

 

 そうして五分程だろうか、ただ二人で静かにその場で並んで空を見上げていた。その静かな時間がこれから起こるであろう戦闘への心の準備の為の物だった。でもそんな中少し離れた天幕からわちゃわちゃと騒ぐ男女の声が聞こえてきた。


「・・・・何やってんだ」


 僕が呆れたように笑って首を傾けその二人を見ると、それに続いてアイリスも僕と同じ方向を見た。するとアイリスはあぁと納得したように言葉を漏らして言った。


「居ないと思ったら何してんの」


 そこには僕らの朝食であろう三人分の皿を一人で持つラースと、それを横取りしようとするライサの姿があった。ラースは自分で持つと言わんばかりに皿をその高い身長で上空に持ち上げているけど、それをどうにか取ろうとライサもピョンピョンと跳ねていいた。


「あの人本当に年上なの?」

「ん~多分?」


 正直僕もライサとは年上として関わった事は無い気がする。まぁ前世も入れるとヘレナさんも年下になっちゃうし、その辺気にしたら負けな気はするが。

 

 と、そんな思考をしつつ僕らの朝食が零れたらまずいので手を上げて声を張った。


「ライサ~!ラース~!何してんの~!」


 森全体に僕の声が響いて少しだけ恥ずかしかったが、どうせ周りからは木で大して見えないと手を振った。するとライサ達二人はすぐに気づいたようで、何か喚くラースを置いてライサが子犬の様に走り寄ってきた。


「ねぇっ!今日スープにちゃんと具が入ってるよっ!」

「・・・そ、そう?良かったね?」


 そんな悲しい内容を嬉しそうに報告される日が来るなんて思わなかった。確かにこのところの配給分の飯はかなり貧相だったけど、あまりにその理由で喜ぶのは居たたまれなくなる。


「だから私がフェリクスの分運ぼうとしたんだけどラース君がさっ!」


 ライサはライサである意味元気っぽくて良かった。まぁイリーナの件からは大分立ち直っているし、戦闘自体にトラウマは無いっぽいからそれ自体に心配は無いのだけど・・・・。

 

 そう僕が考えているとライサに遅れてラースも呆れたように戻ってきた。


「いやお前が持つと零こぼすじゃねぇか。危ないから俺が持つって言ってんの分かんねぇかな」


 ラースが僕とアイリスにパンと、確かにお椀の野菜や肉の入ったスープを手渡して来た。それを受け取ると、白い湯気と共に良いコンソメの匂いがして食欲が湧いてくる感覚があった。


「ラースありがと」

「おうよ」


 僕はそう言ってパンを一口分ちぎって口に放り込んだ。

 ライサはまだぶつくさラースに文句を言っているけど、あぁでもしないと聞こえてくる他人の心の声に押しつぶされてしまうのだろう。実際この規模の軍だと心の声がうるさくて寝つきが悪いらしいから、彼女なりの空元気なのかもしれない。それかただ単に素なのかもしれないのがライサって子だけど。


「お、スープうま」


 そう考えならも朝食を取っていると、ラース達の来た天幕からヘレナさんがこっちに歩いてきているのが見えた。昨日はよく寝れたのかいつもより目つきが良い気がする。


「ちょっと会議あるから来てくれない?」


 明らか僕を見てヘレナさんが言ってきた。僕は確認の為自身を指差すがヘレナさんもそれに頷くから確かに僕宛の言葉なのだろう。

 だから勿体ないけどスープとパンを急いでかき込むと、ラースに皿の返却を頼んで立ち上がった。


「僕だけですか?」

「えぇ一応君に聞いといて貰いたくて」


 そう言われわざわざ断る理由も無いので、三人を持ち場に残してヘレナさんの背を追った。そしていくつかの天幕を超え本陣らしき所に到着すると、わざわざ運び込んだのか木製の長机がずらっと並んでいた。


「じゃあここに座ってください」

「は、はい」


 どこか重々しい空気感に気圧されながらも僕は端っこも端っこの席に腰を下ろし、ヘレナさんと会議とやらが始まるのを待っていた。

 その時間も幾人かの兵士や士官が出入りしていて忙しそうにしているし、奥には以前ハインリヒの兄と言っていたブリューゲル少将が座っている。やはり改めて見るとオーラがあるというか威圧感のある人だ。


 するとそんな時隣に座るヘレナさんが僕をからかうように笑って体を傾けてきた。こう見るとアイリスと髪の長さが同じぐらいになっているの気づいた。


「緊張してます?」

「いやだってこんな場に出た事無いですし・・・・」


 生きてきた時間だけは長いけど社会人経験なんて積んだ事も無い奴に、こんな堅苦しいちゃんとした場での身の振り方なんて分かるわけない。


「そんな肩の力入れなくても良いですよ。話聞くだけですから」


 そうは言っても自意識過剰かもしれないけど、視線を向けられている気がするから内心冷や冷やだった。周りからはまだ十七歳だしこんな若造がとか思われているんだろうか。


 ソワソワしながらも僕は手元の水をチビチビ飲んでいると、やっと始まるらしく全員が席に座ったようだった。そしてそれから作戦概要の説明とかをされたけど前半は殆ど以前聞いた内容と一緒だった。


「そして敵は恐らく昼前後に到着するとの事です。ですのでそれまでに第二中隊は陣の設営を急いでください」


 三日待ったけどとうとう今日が戦いの日って事らしかった。もうそろそろって話は聞いていたけどすぐそこまで迫っているとなると、どこか非現実感が増す。


「そして最後にだが」


 今まで会議を進めていた士官に変わって、ずっと沈黙を貫いていたブリューゲル少将が立ち上がった。


「今回の敵は油断ならない。だから各自最善を尽くしてくれ。褒賞はいかようにもとの事だ」


 そう言って以上だと会議を閉めると、それぞれの階級章の高い人達は高揚した表情と共にいそいそと天幕を出て行ってしまった。やはり軍人な以上褒賞とかそういうのがあるとモチベーションが上がるのか。


「じゃあ私達も行きましょうか」

「あ、はい」


 結局なぜヘレナさんがあの場に僕を連れて行ったのだろう。そんな分からなかった疑問を浮かべながらもヘレナさんに付いて行っていると、ふとヘレナさんが振り返った。


「いつか君も大勢の人を纏める立場になるかもしれません。だから経験しといても良いと思いまして」


 僕の心を読んだような言葉だった。でもその言葉は、ヘレナさんは僕のこれからのキャリアの事を考えてくれていたのが良く分かった。僕自身全くこの後の事を考えてなかったから思い至らなかった。

 まぁでもそうだよな。普通死ぬことを考えて戦う奴なんてそうそういないし当たり前か。なら今の僕がすべきなのはその想いに頭を深く下げる事だな。


「ありがとうございます」


 するとヘレナさんは恥ずかしそうに片手をヒラヒラさせると、天幕の奥を眺めながら言った。


「そんなありがたがらなくても。君ならあっさりと私より上に行きますよ」

「じゃあその時は沢山仕事振ってあげますよ」

「泣きますよ?」

「冗談ですって」


 ヘレナさんは流石だ。戦場慣れしているだけあってか全く緊張や恐怖と言ったそういう素振りが見えない。

 結局最期までこの人には気を使われてばっかりだったって事だ。最期ぐらい何か返したかったけど僕の力じゃ無理そうになってしまった。助ける頼ってくれって偉そうに言ったのに全く情けない話だな。


「ん?どうしました?」

「いや、なんでもないです」


 もし。もしの話だけど僕が生き残ったら、アイリスとヘレナさんで二人っきりの食事とかをセッティングしてあげよう。やっと打ち解け始めた二人の家族なのだからそのまま仲良くなって欲しい。


 そう僕は山の向こうから昇ってくる太陽を背にして森の中へと歩いて行ったのだった。


ーーーーーーー


 太陽も南の空に上がりそろそろだと戦場はピりつき始めていた。

 だがそんな中私一人はある報告を聞き別の意味での焦りを覚えていた。


「・・・・これは本当なのか?」

「え、えぇ。実際に使者は全員入城すらさせて貰えなかったと・・・・」


 数日前から帝都に送った使者が全員門前払いされていた。それに来るはずの補充部隊も来ていないしどうも後方がきな臭い。


「あのジジイ何かしたな」


 胡散臭いとは思っていたがやはり何か仕掛けているらしい。それが私にとって有利なものか不利なものかは判別できないが、私が知らないって事の時点でリスクがあまりに大きい。


「周囲に敵は伏せていないんだな?」

「入念に森の中探らせましたので大丈夫かと。やはり伝令はただの行き違いが起きたのでは?」

「・・・・・そうかもな」


 実際そう言う事はまれにある。だが私の計画が始まるというタイミングでそれが起こるとどうしても疑わずにはいられない。

 だがここまで来た以上進むしかない。あのジジイが何を考えていようが予定通り敵を打ち破って、帝都に凱旋すればそれだけで私の政治的な影響力は絶大になる。それから自力で政権を奪っても全く問題は無いはずだ。


「敗戦時の撤退先は帝都から変更できるか?」

「まぁ近場ですとレイネの街がありますが、そこまで警戒なさっているのですか?」

「念のためだ。帝都で政変でもあったなら巻き込まれかねない」


 これで負けても一応の退路は大丈夫か。私が生き残ればまた立ち上がってこの国を変えられる。あんなジジイに利用されるだけの男じゃないと見せつけてやる。そしてその時にまた先生を呼び戻して正しい世の中にするんだ。

 

 そう計画の修正をしていると、空を切る破裂音つまり例の鉄砲とやらの音が静かだった森に響いた。


「・・・・・始まったか」


 私はすぐさま動き出した。もし敵やあのジジイが何かしているのだとしたら、臨機応変に行動できる態勢でいなければならない。だから少しでも前線に出て戦況を見極めなければ。


「馬はこれだけか」

「使える分は前線に出してますので・・・」

「まぁ仕方ない。行くぞ」


 敵は魔導士も少ないしあの鉄砲とやらも装填に随分時間がかかるらしい。だからこちらの勝ちは目に見えている様な物だが、あの威力を一般兵が使えるのは一応の警戒が必要だ。

 だから前線には下手に突っ込まず弾を浪費させるように指示を出していたのだが・・・・。


「第四、第五中隊潰走です!」


 戦闘が始まって五時間程経ち日が傾き出した頃。少し離れた所から谷の出口を見ていた私の目には、敵魔導士で作った石壁の裏に隠れた敵鉄砲兵が、突撃する味方に火を噴く光景があった。


 多少の予定外の敵作戦だったが、計画通り各自木の裏や地面の起伏を使って隠れさせていたはずだった。だがそれだというのに、全く敵の弾が切れる気配も無く痺れを切らした前線指揮官が勝手に突撃を指示してしまったが故の惨状だった。


「まだ敵は谷から出てきてないな?」

「えぇ亀の様に籠ってます」


 ならまだいい。数でも勝っているしあの惨状を見れば他の隊も迂闊に突っ込むバカな真似はしないはず。


「だがいつまであそこにいるつもりだ・・・・」


 敵はこちらの国を侵略するつもりで来ているはずなのに、あそこで固まっていてはいつまでたっても戦争には勝てない。


「・・・・他に何か目的が?」


 私がそう可能性を口にした時。その悪夢のような報告が飛んできた。


「後方から友軍です!」

「・・・・どこのだ」

「女王陛下の近衛と帝都防衛隊です!これで勝てます!」


 何か嫌な胸騒ぎがしていた。今朝まで使者すら拒んでいた帝都が突然の援軍?それに帝都からここまで一週間はかかると言うのに、私が知らない内に移動していたのも不審だ。しかももうすぐそこというとまるで、敵の来るタイミングが分かっていたかの様だった。


 だから私はまずその軍を味方とは認識しなかった。

 

「使者を出せ」

「ですが女王陛下の近衛ですよ?」


 こいつは黙って指示に従えばいいのに一々うるさい奴だな。


「いいから出せッ!!!」

「は、はいっ!」


 使者が殺されれば女王と宰相はクロだ。だがその可能性をもしかしたらと片付けられるほど小さい物ではない。あの宰相と仲良くしてこなかったのがここで効いてくる事になるとは思わなかった。


「・・・・挟み撃ちか」


 そんな最悪のシナリオを頭に描いてそれを否定しようとするが、どうしても私の直感と状況がそれを許さなかった。

 それに今思えばあの女王なんてエルシアがいれば釣れるに決まているじゃないか。それなのに視野が狭くなってこれをただの侵略戦争だと勘違いしてしまっていたのかもしれない。


「これは時間勝負か」


 引くか進むか。仮に引いて女王の軍を攻撃すれば、密約が無くとも正当な理由で私が逆賊として処刑される。だが進み敵軍を倒せば女王たちのあるかもしれない密約はご破算になる。

 

 ならば進む道は二つに一つだ。


「残った中隊に連絡しろ。総攻撃を開始する」


 そう指示を出し私は再び馬にまたがって準備を始めた。これもあのジジイの思惑通りだとしたら気に食わんが、戦場がそう簡単に思い通りに行かない事を教えてやる。


「・・・・・待ってろよ」


 私の理想が果たされるまでは弟の墓に花は手向けない。だからこの戦いを私は生き残ってお前の憧れた兄として、再びお前の所に戻ってやる。それが俺なりの弟に何も出来なかった事への贖罪だから。


 そう今はもういない家族に想いを馳せ私は馬を駆けた。


 





 

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