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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
最終章
138/149

第百三十七話 ラストゲーム


 私は一度目の死からずっと一人だった。


 手を差し伸べてくれる人もいたけど、それでも一度死ねば皆それを忘れてしまう。

 あれだけ仲が深くなったのに次会ったらまた他人行儀な自己紹介から始まる。

 あの時の笑みも涙も私だけが覚えていていつの日かそれが、本当い在った事だと自分自身の記憶すら証明できなくなっていた。


 それでも私はひたすらに一人で戦ってきた。

 いや戦わされてきた。


 そんな中私は心を守ろうと他人に無関心であろうとしていた。

 だけど何度もやってくる昔大好きだった人達の死に少しずつ心がすり減っていく。

 もう既に私の人生は私の物ではなくなってしまっていた。だから何度もやり直せる私の肩に皆の命がのしかかってしまっている。その負担に段々と私の心h耐え切れなくなっていた。


 そうしてやって何とか頑張っても残る物と言えば、楽しかった時の記憶では希釈しきれないほどの、血にまみれた汚い記憶ばかり。


 もう死にたい


 そう何度思った事か。でも死んでも次に瞼を開けばまた初めからやり直し。私にとっての死はやり直しを意味するだけで、私自身の存在の終わりを告げる物では無かった。

 

 だけどそんな永遠と思え宇程の繰り返しの中、ふとした時にその変化はやってきた。

 その変化は私にとって不愉快で歓迎すべきものじゃない物だった。でもその変化は私にとって知らない景色を否応なしに沢山見せてきた。借り物の癖に偽物の癖に無くなって久しいある種の希望を見出させてくれた。

 

 そして極めつけにはその変化は私を助けたいと手を差し伸ばして来た。


 偉そうにどの口がそんな不満はあったし今でもその気持ちはある。

 でもその言葉が贈られた時、私のすり減って無くなったはずの心を誰かが触った気がした。

 だけどその感覚を私は気のせいだと振り払い、どうせそれも口だけで皆次の世界ではすべて忘れてしまうのだから。そう心を閉ざして期待して裏切られる事から守ろうとした。

 

 それでもそうやって逃げる私をあの人は逃がしてくれなかった。最期まで私の事をまっすぐと見て手を差し伸ばしてくれた。ただの他人で大して深く関わった訳じゃないのに、私の為に戦うと言って本当にここに来てくれた。本当にバカで考え無しで意味の分からない奴だと思う。


 でも私が誰かに見られている、誰かにお願いされて人生をやり直す。そんな初めての感覚に私の胸は悲しさで溢れながら暖かくなっていた。

 

 だから私は段々と小さくなっていく背中にその送られた想いに答えた。


「託されたから」


ーーーーーーーーー


 帝都での防衛戦から二か月弱が経ったある日。

 僕らの待機する兵舎は慌ただしく動き回る靴裏の音で騒がしくなっていた。


「攻めてきたって本当ですか!?」


 僕は書類を手に隣を走るヘレナさんにさっき伝令の言葉から得た情報の真意を確かめる。


「らしいです。うちの隊にも出撃の下命が下ってます」


 この所の僕の仕事はこの中隊の長であるヘレナさんの付き人のような事をしていた。言ってしまえばイリーナの後釜的な役回りなのだが、事務作業ばかりで腰が痛くなっていたタイミングでこの戦争の急報だった。


「君は士官達を執務室に集めてください。私はブリューゲル少将に呼ばれたので行ってきます」

「了解です」


 その指示に従って僕は兵舎を走り回った。と言っても皆雰囲気を感じて既に執務室へと向かっている人も多かったが、まだ部屋で待機している士官もいる。

 

 例えば。


「ラース集まるよ」


 僕は二段ベットの下で腹を出しいびきをかくラースの頬を叩いた。非番だからと言って油断しすぎだ。

 そうして何度か頬を叩いてそれでも起きないので、頬をつねるとやっとその碧眼が瞼の裏から現れた。


「・・・あ?ん?なんだ?」

「招集だよ。早く着替えて」


 するとのそりのそりと動き出すラースを横目に僕は視線を他のベットへと移した。


「ライサとアイリスはちょっと待ってて」

「うんっ!」「早くしてよ」


 既に着替えを済ませ僕の後ろに二人は立っていた。

 なぜこの二人がいるのかと疑問に思うかもしれない。元々この二人は他の隊に異動となるはずだったのではと。

 その疑問に答えるためには一か月前に遡る事になる。


「指揮系統の整理だそうです」


 突然執務室に呼び出されたと思ったら開口一番ヘレナさんが言ったのがそれだった。そしてヘレナさんは通達された書類に目を通しながら言った。


「それによって私達の隊も配置換えになります。軍よりも上の政治的な判断だとしか聞かされてませんが」


 へぇと思いつつもわざわざ僕に伝える事なのだろうかと、それを聞いて思っているとヘレナさんが顔を暗く落として言った。


「で、一応アイリス達の異動の件も無くなりましたが、その代わり前線部隊に私達が配属となりました」

「・・・・・つまりアイリス達が配属される予定の場所に、僕ら隊ごと異動になったって事です?」


 僕のそんな確認にヘレナさんはゆっくりと首を縦に振った。ある意味ライサやアイリスは僕らと離れ離れにならずに済んだけど、僕らにとっては危険な場所に彼女らが異動になる事に変わりは無かった。まだ近くにいるから守れる利点はあるが、今戦争でも起きたらまた僕の周りで大勢が死んでしまう。


「嘆いても仕方ないので部隊の補充と訓練を急ぎましょう。戦争が直近で起こらない事を願って」

「そうっすね・・・・」


 でもそんな僕らの願いもあっさりとこの世相にかき消されてしまった。

 僕はそんな世相を恨みながらも、ラース達を連れ他数名の士官と共に執務室へと向かうと、ヘレナさん以外の十二人の士官が僕らが到着した事で揃っていた。


「まだ来てないか」


 執務室の重厚な木の扉を開け中を伺うけどまだヘレナさんは戻って来ていないようだった。だから僕らは部屋に入り開いていた椅子に腰かけ、中隊長であるヘレナさんの帰りを待っていた。


「なぁ」


 すると隣に座ったラースが何か心配そうに僕を見てきた。その視線に僕も視線を返して続きを促すと、ラースは声を抑えながら耳打ちしてきた。


「俺の妹は来ると思うか?」


 エルシアと名前を出すわけにはいかないからとそう遠回しに問いかけてきた。雰囲気から仲が悪くなったと思っていたが、それでも兄妹だから心配なのだろう。

 でも僕にはその問いに関しては絶対と言えるほどの確信があった。


「来るよ。確実に」


 あのクソジジイの事だ。絶対にエルシアは連れてくるし仮に僕の意図に気付いていてもそれは変わりが無いだろう。だからそんな油断にも近い傲慢さにエルシアを助けるチャンスがあるのだから。

 

 そんな僕の自信ありげな返答にラースは少し安心したような不安そうな表情を浮かべると小さく呟いた。


「・・・・そうか」


 僕は僕が居なかった間のラースとエルシアの関係を知らない。でもラースの今の表情でどんな想いを抱いているのかは想像に容易かった。

 だからラースを励ますように肩に手を回すと、強い意思を滲ませ僕は言った。


「一緒に救い出そう」


 その時のラースは瞳に迷いを残しつつもゆっくりとそして確実に頷いたのだった。


 そしてそれから十分ほどが経っただろうか。外で馬車の止まる音が聞こえると足音を立てて汗をかいたヘレナさんが扉から現れた。


「すみません、待たせました」


 そう髪を乱したヘレナさんの手には紙束が握られていた。遠目では作戦概要っぽいけど、この短時間でそのブリューゲル少将って人がよくそこまで策定出来たなと感心していた。


 そうしてからの僕らの会議は早かった。

 僕ら中隊の指揮権はどうせそのブリューゲル少将にある以上従う以外の選択肢が無く、ただその作戦概要の共有だけをすればよかったからだ。


 僕はヘレナさんの話を聞きつつ配られた手元の資料に視線を落として内容を確認するが、どうやら籠城では無く野戦で片を付ける算段らしかった。兵力的に優位で且つ敵が谷を通過するのを待ち構えれば、勝てると踏んでの事らしい。

 一介の兵士としては不満は無いが、僕個人としてはあのクソジジイが何もしていないとは考えずらいし、この作戦通りに順調に行けるとはどうも思えなかった。そもそも鉄砲って言うこの世界にとっては未知数な部分の多い武器も相手は使う訳で、この作戦はそれを軽視しているように見えた。


「と、この作戦において私達は本隊つまりブリューゲル少将の護衛となります。二日後に出発となるので準備は怠らない様に」


 僕があれこれと考えている内にヘレナさんからの説明は終わり、一旦この会議はお開きとなってしまった。まぁ聞いた感じ本隊の護衛って事は負け戦にならない限りは、大丈夫って認識になるけど・・・・。


「あのクソジジイがどうするかだな」

「だね」


 ラースも資料を見て同じ事を思っていたらしくぽつりと呟いていた。僕もそれに同意をしたが、敵は谷つまり峻険な山を抜けてくる以上何か奇策ができる余地が無いように見えた。けどやっぱ鉄砲とあのクソジジイの存在があまりに不安要素過ぎる。

 

「それに近くが森なのが怖いね」


 僕が広げた地図を見てもそれなりの大きさの山脈の為麓まで広域に森が広がっている。谷の出口で食い止めればいいが、そこが突破されたら森の中での乱戦になってしまう。


「でも俺らは従うだけだな」

「まぁね」


 僕が色々考えた所で軍の意思決定には何も影響を及ぼせない。僕はその時やれる事をやるしかないし、それよりも僕はエルシアをどうにか助け出さないといけない。

 そう考えると逆に乱戦になった方が助けやすいかもしれないから、その時々で判断を誤らない様にしないと。


 そう思考を新たにすると僕は資料を片付け始めた。


「うし、じゃあ僕らも戻ろうか」

「お、じゃ飯いこーぜ」


 僕とラースは席を立って執務室の入り口を目指した。そしてその時僕は首をひねって未だに座っているアイリスへと声を掛けた。


「アイリスもご飯行こ」

「・・・うん」 


 アイリスが負った以前の戦闘でのトラウマはまだ消えてない。だからこそこの短期間での戦争というものはアイリスにとって負担でしかない。でも僕が出来るのは傍にいる事ぐらいだからやれる事はやろう。

 そして立ち上がるアイリスを見つつその先のヘレナさんを視界に入れるが、疲れたように目を瞑って天井に顔を向けていた。


「・・・・後で何か差し入れするか」


 疲れというよりストレスが酷いのだろうな。ここ一か月一緒に居て業務の疲れというより、中間管理職的なストレスが多そうに見えていた。皆いっぱいいっぱいになりながらなんとか頑張っているって事だ。


 だから僕も負けてられない。

 多分次が最後の戦いになる。ここで僕が決め切らないといつまでもこの世界は不幸を繰り返す、閉じた世界になってしまう。僕の利己的な感情かも知れないがエルシアには、エルシア自身も含めて皆幸せになる世界にたどり着いてもらわないといけない。だから少しでもそのアイリスの背中を、この世界にとって特異な僕が押さないといけない。それはエルシアにとって一度きりの変化な転生者である僕にしか出来ない事だ。


 そう決意を巡らせているとふと僕の背中をアイリスが押した。


「行かないの?」

「ん?あぁごめんごめん。行こうか」


 それにあのクソジジイを殺して今の僕らの世界も出来るだけ幸せな方向に持っていきたい。もしそれがリセットされる前提の世界だとしても、僕にとってはただ一つの世界だから。


 そして僕が執務室の扉をくぐって二週間後。戦争の始まりを合図する破裂音が僕の鼓膜を響かせたのだった。


「これが最後の戦いだ」


ーーーーーー


「敵の動向はどう?」

「指示した通りに動いているそうです」

「ふぅん、彼も素直だねぇ」


 谷に馬車が進み日光が入らず松明の音がパチパチと軍靴の音と共に響いていた。そしてもうすぐ始まると私の心拍もかつてないほどに脈打ち、全身の骨を響かせているのを感じていた。


「本当に負けるつもりで?」

「あぁ作戦の事?」

「内通しているとは言え指示に従いますかね?」


 指揮官様は随分と不安がっているようだった。

 まあその心配も分からないでもないけど、別にそれが本当の作戦じゃないんだけどね。こっちがわざと負けてその戦果を引っ提げて彼が政権を握るってのも、あの子を言いくるめて戦線に引っ張るための方便だし。

 

 それももう戦闘も近いし言ってあげても良いかな。私はそう一枚の紙を取り出して渡してあげた。


「これは?」

「レーゲンス帝国の宰相宛ての手紙」


 その手紙を指揮官君が読むのを隣で手綱を握りながら待っていた。 

 その内容はリュテス国の形式上君主となったエルシアに、レーゲンス帝国の帝位を与える事を条件に和解する。つまり形式上でもリュテス国にレーゲンス帝国が属することになるが、見込み通り宰相と女王はそれを受け入れた。他貴族らにとってもエルシアを受け入れれば国内の大帝国派閥も抑えられるし、あっちも女王が従う以上断る理由がない。


「だから後は民衆と軍の支持も厚いブリューゲル少将を潰せば、あちらにとっては統治基盤も固まって大満足な結果って訳」


 だからこそこちらの劣勢な兵力でも勝てる見込みが高い。なにせ彼の本国が彼にとって敵になった以上彼の軍はただ孤立して援軍も逃げ場所も無い。

 だからこそ私にとってはフェリクス君との邂逅を邪魔されなくなるしで、関わる人皆幸せになる完璧な作戦って奴だね。


「・・・・・ですが我が軍が負けたら?」

「ん?負けないよ」

「いやでも予測だと兵力差二倍で魔導士の数も・・・・」

「だから負けないよ」


 この子は鉄砲の強さを見くびっているようだ。少なくともこの武器のお陰で魔導士と非魔導士の実力差は大きく縮まったってのに。


「何を根拠にそんな事・・・・」


 後は負けない理由として挙げるならそうだなぁ・・・・。


「私がいるからかな」

「いや根拠になっていないっすよ・・・・」


 その言葉を聞いて場違いながらも私は腹を抱えて笑ってしまった。

 そりゃこの子にとっては私は意味の分からない老人だからその反応も不思議じゃないか。それに敵軍は援軍が来ないとはいえ、全く数を削れてないから次の戦闘が有利にはなって無いからね。いやぁ私の説明不足だったかな。


「でも心配はいらないよ」


 だけどこれぐらい不利が無いとフェアじゃないし楽しくない。不利であればある程苦痛であればある程、達成した時の喜びは計り知れないからね。

 あ、あとそれに出来ればフェリクス君とはタイマンで決着を付けたいし、こっちの軍にも数を減らして欲しいし。


「君は歴史に名の残る戦いの勝利者となるから期待して座ってな」


 私がそう言うと共に谷の先で破裂音に近い空を切る音が響いた。どうやら楽しい時間は早く過ぎてしまうらしく、もうその戦闘が始まってしまったようだった。


 私はその音に血沸き肉踊るの感じながら剣を眼前で抜いた。


「さて最後の戦いと行こうじゃないか」


 


 

 


 

 

 

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