第百三十四話 それぞれの展望
ガラガラガラガラと馬車の車輪が回る音。
もう何度目かの馬車の長旅で、暇な待ち時間ずっと頬杖を突き外をボーっと見て時間をただ潰していた。
「そういやあんたはフェリクス殺した後どうすんの」
暇だったからと私は正面に座り剣の手入れをし続けていたカーラへと視線をやった。すると私にとってはなんとなくの問いかけだったが、カーラにとっては思いの外の質問だったらしく顎に手をやって考え込んでしまった。
まぁ予想通りの反応ではあった。嫌でも一緒に行動し続けているから分かるけど、フェリクスを殺す事がゴールになっていてその先が全く見えない。あの最近やっと十一になった少女はどう考えているのだろうか。
すると手に持った剣を大事そうに抱えてその少女であるカーラが言った。
「・・・・・殺してから考える」
「あっそ」
つまり何も考えてないと。まぁ相手は子供だしそんな物か。
私はそう結論に至りすぐにカーラに対しての興味を失って、ただ木々が流れ続ける車窓へと視線を戻した。もう見慣れた景色だけど時間を潰す事なんて慣れっこだった。
そうして馬車が進んで行き段々と私の瞼も閉じようとしていた時、誰かが私の服の裾を引っ張った。
「・・・・・なに」
「どこいくの?」
どうやら私の裾を掴んだのはラウラだった。流石に最近は移動続きでストレスが溜まっている様で、明らか不安そうな表情で私を見上げていた。
「知らない。ジッとしてれば死なないから大人しくね」
どうせ教えてと言ってもあのクソジジイは教えてくれないだろうから。まぁ私はただついて行くだけだし、残りの人生もただの興味で続けているだけ。本来ならすぐ次の世界に移った方がよっぽど効率的だけど余興で残っている。
でもそう割り切ってこの生活を受け入れられるのは何度もやり直せる私だけで、ラウラは不満そうに唇を尖らせると。
「・・・もういやだ」
「嫌でもどうしようも無いから」
私は騒がないでくれよとラウラの頭に手を置いた。こうすれば一旦は落ち着いてくれるから、ぐずりそうになった時はいつもこうやっている。
「もうすぐ終わるから」
「ほんと?」
顔に対して大きな潤んだ瞳が私を見上げる。
「きっとね」
なんとなくの勘だけどもう終わりが近い気がしていた。多分次の戦いが最後になる。
そこでフェリクスの中に入ったやつの結末も、あいつが私の為に何をするかも全部分かる。それを知ってどうするのかって話ではあるけど、それはあいつと約束したから最後まで見届けるつもりでいる。
それにまぁもし生き残って自由の身になったのなら。私自身が何をするのか、あいつの言うように好きな事を出来るのか。それを知ってからでも遅くない、今は少なくともそう思ってはいる。
「まぁがんばれよ」
待ってるから。そんな誰かさんへの言葉が続いて出そうになったがこれは違うと引っ込めた。
そうして私達を乗せた馬車はガラガラと音を立てて進んで行ったのだった。
ーーーーー
「ブリューゲル少将、宰相殿から会議への出席要請です」
「はいはい、そこ置いておいて」
私はあの老人にある提案を持ちかけてからも、しばらくレーゲンス帝国の一室で職務に励んでいた。この一連の戦闘で軍はかなり損耗を受けてしまったが、上は早く体制を整える為かなり焦っているらしい。
「あ、この人員はうちの隊の補充に入れておいて」
「これは帝都守備隊への補充ですがよろしいので?」
「人事権は私にあるから良いよ。上も私に強く言えないだろうからね」
以前の戦闘では実態以上に私の活躍が大きく目立った。
それもそうでディリア含め上の連中はあくまでリュテス国援軍では無く、自力で敵を追い払ったと喧伝したいが為に私を救国の英雄に取り立てたいらしい。
「てかこの会議陛下も出るの?」
「そのようです。まぁリュテス国がエルシアを担ぎ上げたからでしょうね・・・・」
以前援軍として助けに来てくれたリュテス国。一時は国内でも同盟論は出たが、それもディリアの奴と珍しく結託した宰相がそれを棄却した。そしてそのせいかどうか分からないが、リュテス国でのエルシアの擁立が進んでいると情報が流れてきていた。戦争が終わったばかりだがまだ軍靴の音は遠のいていなかった。
そんな思考もしながら書類作業を進めそば仕えに確認の終わった書類の束を渡すと、その男は不思議そうに首を傾げた。
「すぐ戦争が始まるのですか?」
「ん?どうしてそう思うの?」
私はペンから一度手を離し背もたれに体重をかけた。
「・・・・いやあまりに実戦部隊特に閣下の隊への補充が多いように感じて」
「まぁ人員が足りない以上は選択と集中をしないとだからね」
「・・・・そう・・・ですか」
明らか疑念を抱いているようだった。少しあからさま過ぎかとも思ったが、別に計画が無くとも裁量権があるなら自分の隊に人員を集めていた。だから疑われても私の過去の実績と栄光が正当性を持たせてくれる。この時の為にこんな腐った上層部に従って戦ってきたのだから当然のことだ。
そう私は椅子から立ち上がると、目の前で書類をジッと見て固まる学生上がりの急造士官の肩をポンポンと叩いた。
「じゃあ書類お願いね。コンラート君」
「・・・はい、分かりました」
そう疑念を抱きつつもコンラート君が部屋の外に出て行くのを見送った。
「まぁ監視役ってとこかな」
あの宰相の子だ。それなりに頭も器量もあるようだけど所詮は学生。私の監視役には適任ではないし、随分と舐められた物だ。
まぁそれもこれも私にとっては都合が良い事には変わりはない。あの老人に託すには掛け金が多すぎるが、これほどまで私にとって都合の良い機会を失う訳にはいかない。
「あと少し。あと少しなんだ」
期は近い。まだその時では無いがいつか動き出す。そうなったら堰を切ったように次々と政局が動き回るその時、この王宮で最後に私が立っていられれば私の勝だ。
「うし、やるか」
そう自信に気合を入れ直しまだ残っている書類仕事へと私は向かって行った。
ーーーーーー
フェリクス達と食事に行ってから一週間後。
私とライサは突然姉さんに呼ばれて、その姉さんの執務室の扉の前に立っていた。
「ノックするよ」
隣で私の袖をギュッと握るライサにそう一応の確認をした。そしてコクッと小さく頷いたのを確認すると、その姿見て一応言いたい事があったから入る前にと言ってやった。
「あんたあれだけフェリクスに優しくして貰ってるんだからいい加減立ち直りなよ」
毎朝一緒に墓参りに行って一日中介護でもされているのかってぐらい、フェリクスにべったりで少しだけ本当に少しだけ気に食わなかった。
「・・・・構って貰えないからって文句言わないでよ」
「うっさ。そういう時だけ喋るのかよ」
別に私はちゃんと自分で立ち直ったから良いんだし。フェリクスにあれだけ心配を掛けさせたままなのはなんか癪だったし、これは私なりに自分で納得を付けて今ここに立っているんだ。まだ大きい音に怯えるときもあるけどそれでも幾分かはましになったし・・・・。
するとライサはフッと笑って私を挑発するように見上げてきた。
「言い訳ばっか」
「勝手に心読むなし」
こいつと話しているとテンポが狂う。でもこうやって私と会話を出来る性格の悪い女は珍しいから、それなりに助かると言うか悪い気では無いのだけど・・・・・。
ライサのニヤけた顔がまた私に何か言いたげに見上げてきていた。最近暗いくせになんで私の時だけいつもの調子に戻るんだか。
それで自分の心が読まれている事を再度思い出し、私は少しだけ顔を逸らしてドアノブに手を掛けた。
「そんな元気そうなら開けるから」
「・・・うん」
扉を開けると久々に姉さんの顔が私達を出迎えた。傍にはアーレンス少佐もいるから、やっぱり個人的な話じゃなくて公的な話らしい。
まぁ今更姉さんが私に何かするなんて期待する方がバカなんだけど。そう頭を切り替え姉さんの座る席まで歩いて行った。
「外で何か話してました?」
「・・・世間話を少々」
いきなり何を話し出すかと思えばただの日常会話か。アイスブレイクのつもりだろうけど、私がそんな簡単に姉さんに心を開くとでもも割れているならそれはそれで不愉快だ。
「そうですか。で、今回呼び出した要件なのですが━━」
やっぱり。いつもの冷たい仕事をする姉に戻って行った。
そう何度目か分からない失望を覚えながらも上官である姉の話に耳を傾けていると、どうやら私達は転属されるらしかった。
「当初は帝都の守備隊の予定だったんですが、ブリューゲル少将隷下の小隊配属となりました。一応後方での治癒魔法任務なので危険度はそこまで高くないです」
それでもいいかと姉さんは確認したげに私とライサの顔を交互に見た。どうせ私達に拒否権は無いのだろうと私は諦め気味だったが、ライサの方は違ったようで。
「嫌です。絶対に嫌です」
一応温情で軍に置かせてもらっているのに良くもそこまで強情になれるなと思う。まぁこいつの事情からしたらフェリクスと離れたくない理由は分からなくも無いが。
「ですが決まった事です。今は貴女個人の要望を聞く場では無くただの通達の場です」
そう言われたとしてもライサはまだ納得していないようだった。
だがそんなライサを見てヘレナさんはため息をつくと、言いたくなかったけどと前置きしつつ零した。
「フェリ・・・・デューリング少尉の提言でもあるんです。貴女達に前線に出て欲しくないと」
私はその言葉にやっぱりなと思いつつ隣のライサの様子を伺った。一応こいつなら心を読めるから今の発言が本当か分かるから確かめるために見たのだが・・・・・。
「・・・・・・なんで」
今にも泣きそうになって拳を握りしめて俯く彼女の姿を見れば確かめるまでも無かった。あいつなりの優しさなのだろうけど、それはライサにとって求める物では無かったんだろう。
私としてもそう言う事情なら、フェリクスに気を使われて後方とか嫌だしお断りだ。私はあくまであいつと対等な存在で在りたい。
「ですがもう決定した事です。まだ配属まで一、ニか月はあるので受け入れてください。それに今生の別れという訳でも無いのですから」
だがまあここで文句を言っても姉さんに人事を変える事は出来ないだろう。だから私がライサの代わりに私達の意志を再表明した。
「私もその配属は嫌です」
すると姉さんはまた困ったように頭を抱えてため息をついた。でも私は言葉を止める事をせず続けて言った。
「申し訳ないですがもう一度人事に掛け合ってくれませんか」
「・・・・・・善処します。が無理だと思って覚悟は決めてくださいね」
案外あっさりとこっちの要望が通った。でもこの感じだと配属先変わらなさそうだし、その間にフェリクス側もなんとか説得して味方に付けるか。
「じゃあこれで失礼します。ほら行くよ」
私は肩をわなわなと震わせるライサを押して共に執務室を後にした。辛そうにぼさぼさになった頭を抱える姉に少しだけの同情を残して。
「どうします?断られてしまいましたが」
再び二人きりになった部屋でアーレンス少佐が同情するように優しい声色で問いかけてきた。
「配属先は変えれませんよ。後でフェリクス君にも説得を頼んでみます」
あの子は私の事を分かってくれているから味方をしてくれる。それにあの二人を死なせたくない想いは一緒だ。
するとアーレンス少佐がしみじみと言った感じで零した。
「彼も色々大変ですねぇ」
「・・・関わりありましたっけ?」
私は意外な交友にふと気になり伏せていた頭を上げてアーレンス少佐を見た。
「まぁ世界は狭いって奴ですよ。大事な人の教え子だったってだけです」
「へぇ教え子ですか」
意外な所にも関係があるものだな。
そしてアーレンス少佐は自身の大剣を懐かしむように撫でると言った。
「でも私は見守るだけです。彼女が今でも守ってますから」
「守ってる?」
守護霊的な物だろうか。大切な人って言ってたから死んだかどうか聞きずらいし意味がいまいち分からない。
「彼は物持ちが良い様でね。懐かしいナイフを持ってたんですよ」
「・・・はぁなるほど?」
ナイフと守る事の繋がりがあまり分からないけど、お守りみたいな話だろうか。そうどこかフワッとしたアーレンス少佐の話を流して、私は体を伸ばした。
「まぁとりあえず仕事しましょうか」
「まだまだ書類の山が残ってますからね・・・・」
そうアーレンス少佐と私はため息すら出ない程の疲れと共に、机の上に積まれた山を見上げた。士官が死んだせいで余計に業務が滞ってしまっている現状がこれだ。
「よし、やろう」
私はここで負けてられない。そう自身をを鼓舞すると席を立って書類の山へと向かって行ったのだった。




