百三十三話 弔い
アイリスに肩を貸しつつ店に戻ると、ラースとライサは僕らに気を使ってか未だ届いた食事に手を付けていないようだった。
「食べてても良かったのに」
「いやぁ流石にな・・・・」
ラースはそう言って気まずそうに苦笑いを浮かべながら頭を掻いていた。本人的にも自身の行動がアイリスの体調不良を招いたと思っているからこその反応なのだろう。
そう思いつつもゆっくりとアイリスを椅子に座らせて、僕は改めて自身の椅子へと戻った。
「食欲戻ったら言って」
僕はそうアイリスに言いつつ先ほど肉を見て吐きそうになっていたのを思い出し、アイリスから見えずらい様端っこに置きつつ食事を再開し始めた。
それにつられてラースも恐る恐る食事を開始していたが、正面に座るライサはフォークを持ったまま固まってしまっていた。
「ライサも食欲無い?」
「・・・あっいや、そんな事ないから大丈夫」
何か考え事にふけっているように見えたライサだったけど、僕の言葉にハッとしてその小さな口に食事を運び始めた。
そんなライサを見て僕も食事の手を進めるが、やはりどこか皆気まずく感じているのか静かに食事が進んで行った。
カチャカチャとフォークやナイフが更に当たる音、木製のお椀がテーブルに置かれる音、他のお客さんの話声、それが全部BGMの様に流れ続けていた。
「・・・・これ食うか?」
「ん?あぁありがと。これ食べる?」
「おう」
散発的に僕とラースが会話をしていたけど、殆ど静かな食事は終わりに近づいて行き、テーブルの上には空になった皿ばかりになっていた。と言っても食べたのは殆どラースか僕で、ライサも自身の注文した料理以外にはあまり手を付けていなかった。
「アイリスはまだ食べれない?」
「・・・うん、ごめん」
「いいよいいよ。じゃあ代わりに食べるよ?」
僕はアイリスの注文したサラダを自身の手前に持ってきた。正直腹いっぱいで食べきれないのだが、こんな世相で残すのは気が引けるので、それを何とか胃の中に詰め込んだ。
そして空になった皿を机の上に戻すと、皆を待たせているので僕はすぐに立ち上がった。
「じゃあお会計してくるから先出てて」
「あ、金は・・・」
「後で渡してくれればいいから」
アイリスとか食べて無いのに自分の注文分払いそうだし、なあなあにして払わせないようにしておきたい。それに無理に連れだしたのは僕だしライサとアイリスに金を出させる訳にはいかないしな。
だから僕は三人を先に行かせつつ会計を済ませ、遅れて店の外へと出ると相変わらずの曇り模様の空だった。
「これからどうする?」
店の外へと出るなりそう皆に聞くがやはり要望は無いらしく、ただ気まずい沈黙が辺りに流れた。
皆も希望も無いって事だし、アイリスの体調もあるからと僕が帰ろうかと提案しようとした時、ライサが僕を見て言った。
「ちょっと行きたいとこある」
「ん?どこ?」
僕の視線をライサに合わせた。さっきから何か言おうとして引っ込めていたから、もしかしてやっと言う勇気を持ってくれたのか。
するとライサは大きく息を吸って吐いてと深呼吸をするとジッと僕を見上げた。
「イリーナのお墓行きたい」
「・・・・大丈夫なの?」
「うん、多分・・・」
イリーナの墓は戦闘が終わってから一週間で仮置きながらも街の外側に造られていた。だから一度ライサと一緒に墓参りに行こうとしたのだけど、その時は墓を見るなりライサは泣いて引き返してしまって行けず仕舞いになっていた。
そんな僕らに気を使ったのか黙っていたラースが言った。
「あーじゃあ俺がアイリスの奴連れて帰るわ」
「良いの?」
「まぁ俺が行ってもだし、アイリス連れまわす訳にも行かないだろ」
確かにアイリスのあの様子だとずっと外に居させるのも可哀そうか。
ならばラースのお言葉に甘えてそうしてもらおう。そうアイリスに大丈夫そうか確認すると、本人的にもそれで良いらしく小さく頷いてくれた。
「じゃあまた後で」
「おう後でな」
そうして僕らは一旦分かれて別々の道を歩き出した。
僕とライサはそのまま瓦礫の未だ転がる路地を進み、建物の間から見える曇った空を見上げていた。それからしばらく歩いた時ライサが再び口を開いた。
「フェリクスはさ」
「うん?」
さっきの飯屋で一度言いかけた時と同じ問いかけの始まり方だった。
そしてライサが伏せていた目を僕に見上げると言った。
「イリーナ姐が死んだ時どう思った?」
「・・・・・どう思った?」
どう、と言われても悲しい悔しいとか所謂単純な感情が沢山湧いてこなかった記憶しかない。
僕はそれをそのまま答えても良い物かと思いつつ、ここは素直に言うべきだとライサの瞳を見てそう思った。
「まぁ当たり前かもだけど悲しかったかな」
こう言葉にしてしまうと薄っぺらくて全く深刻でないような事の様に感じてしまう。僕にとってあれだけ人生に影響を及ぼしてくれた人の死だと言うのに、この言葉を吐く自分を非情な物に感じてしまう。
するとライサはどこか引っ掛かっているのか、少し戸惑いながらも自身の胸に手を置いた。
「ほんとう?」
「・・・本当って?」
「いや、なんか・・悪い意味とかじゃないけど・・・・・そのっ・・・・なんだろう」
やけに歯切れの悪い様子だった。でも僕も焦らせる訳にはいかないと黙ってライサの言葉の続きを待っていた。
するとやっと纏まったらしくライサの泳いでいた瞳が再び僕へと向いた。
「本当に悲しかった・・・の?すぐに立ち直ってたし・・・・・あんまり悲しんでいるように私には見えなくて」
「あぁそういうことか・・・・」
確かに言われれば心でどう思っていてもすぐにイリーナの死を受け入れていたと思う。そんな僕の様子がライサにとって異様な物に見えたのだろう。かく言う僕自身こんなに簡単に受け入れてしまっているのが、自分を薄情な人間に感じてしまう事もある。
「べ、別に人それぞれなのは分かってるけどさ。私はフェリクスの心読めないから・・・・その、ちょっとだけ怖いなって・・・・」
ライサが立ち止まって服の裾を掴んでいた。僕は少し進んだ所から振り返ってライサを見るけど、僕と目を合わせる気が無いのかライサは俯いたままだった。
でも僕はそんなライサにどんな言葉をかければいいのか分からないでいた。事実僕は人の死に慣れつつあるし、イリーナやハインリヒが死んだ日には自分に色々言い聞かせて無理やりにでも前を向いていたから。悲しかったと言っても薄っぺらく感じられるかもしれない。
「・・・・・悲しいのは本当。でも今イリーナで泣けるかって言われたら泣けないかもしれない」
ライサにとってはやっぱり薄情な奴に見えるのだろうか。それともさっき本人が言ったように心が読めないから、僕の本心を計りかねているのだろうか。
するとゆっくりとライサは歩を進めて僕の隣に並んできた。
「・・・・やっぱフェリクスは強いんだね」
「強くなんかないよ。それどころか弱いぐらい」
イリーナもハインリヒも皆の死を受け入れられないからその死を直視する事が出来ないだけ。でもライサにとってはある意味僕の心の内が分かっているのだろうから、こうやって僕が無理しているのに気づいているのだろうな。
でも僕なんかよりよっぽどライサの方が強い、僕はそう思う。
「一か月もイリーナと向き合えてるライサの方が強いよ」
「・・・・私にとってイリーナ姐はイリーナ姐しかいないから」
そうライサは僕を越して歩き出した。それに遅れない様僕も足を動かし共に再び路地裏を進んだ。でも隣を見るとライサの瞳の形は、僕から見ると歪むほど潤んであふれ出しそうになっていた。
だからそっとライサの背中に手を置いた。
「ずっと悲しむのも悪い事じゃないんだよ」
「・・・でも、そうじゃないといつまでも私は・・・・・」
大事な人の死を悲しんで悪い事があるわけない。僕は前を向いてその人に報いたいそう思うだけで、その人の死を悲しみ続ける事だって間違っていないのだから。
「・・・ほらもう着いたよ」
僕らの目の前には乱雑に建てられた木の板が並んだ空間が広がっていた。まともな整備もされていないけど、これでもこの街を守るために死んだ人達の大事な墓地だ。
「足元気を付けて」
墓地に近づくにつれライサの涙は抑えきれなくなっていた。でも僕はそれに触れる事をせず優しく背を押して、暗い気持ちが集まっているからかどんよりとした墓地を進んで行った。
そして目の前に人にとってはただの木の板、でも僕らにとっては大事な大事な木の板それが目の前にあった。
でも僕にとては毎朝ここに通っているからもう見慣れたものになってしまっていた。そしていつもの様に僕は手を合わせて目を瞑った。
「・・・・・なにしてるの?」
「ん~お祈りかな。あっちでは元気ですかって」
この世界に前世の世界の神様とか仏様がいるのか分からないけど、形式的な弔い形なんてこれぐらいしか知らない。それに形よりも心だと思うから、僕は毎朝これをやりに墓地に訪れていた。
そして薄目を開けて隣で膝を折って座るライサを盗み見ると、イリーナの名前だけが書かれた木の板をジッと見つめて涙を地面に零していた。
「・・・・・・」
僕は何も言わずに目を閉じた。今はライサがイリーナと二人で向き合う時間なのだろうから。
そして何分が経った頃だろうか。僕は最後に目を開く前に心の中で言った。
(すぐにそっち行くから)
そうして僕は目を開け隣のライサを見た。するとライサも僕を丁度見てきていたのか視線がぶつかり合った。
「もう良さそう?」
「・・・うん」
そんなライサに手を貸して立たせてあげた。
「毎朝ここに来てるけどこれからは一緒に来る?」
僕の提案にライサは小さく首を縦に振った。ライサなりに区切りを付けれたって事なのだろうけど、無理はさせないように気を付けないと。
「じゃあ帰ろうか」
そう歩き出した時チラッとイリーナの名前を見たけど何か起こる訳も無く、ただ生暖かい風が横切るだけだった。
ーーーーーー
そうしてライサを宿舎まで送った後僕はヘレナさんの元へと訪れていた。
「それで話ってなんですか?」
相変わらず顔色には疲れが濃く出ていたようで気が引けるけど、僕は今日改めてするべきだと思った事を言った。
「ライサとアイリスを戦場に出さないであげてくれませんか」
するとヘレナさんの疲れた顔が一層渋くなってしまった。
「・・・理由を聞いても良い?」
「あの二人は戦争に向いてないです。いつか心を壊します」
アイリスもあれだともう戦うのは無理だ。それにライサだって心が読める時点で戦場での負担が大きいし、イリーナの事もあるから無理をさせたくない。
でも自分でも薄々分かっていたがそんな我儘が通じる訳も無かった。
「ダメです。そんな人大勢いますしそんな中でも戦ってるんです。君の気持ちも分かりますがそれは出来ないです」
「・・・・そうですよね」
まぁ分かっていた事ではあった。でもヘレナさんならもしかしてと思ったけど、勝手に僕が期待してしまっていただけだった。僕の言っている事が我儘だと自分でも分かってしまっているから、自身の提案を正当化すら出来ない。
だから僕はそれ以上抵抗しようとせずに黙って背を向けようとすると、ヘレナさんがボソッと言った。
「でも後方勤務ならいけますよ。あの二人治癒魔法に長けてますし」
僕がその言葉に驚いて振り返るとヘレナさんは優しく微笑みかけてきてくれていた。
「・・・いいんですか?」
「良いも何も元々その予定でしたから。治癒魔導士が足りてないから人送れって上がうるさくて」
僕はそんなヘレナさんに深々とお辞儀をして感謝を示した。僕がやらなくても元々ヘレナさんが、あの二人をそうしていたのだとしても、だけど感謝だけは伝えたかった。
「ありがとうございます」
そう下げた僕の頭に向かってヘレナさんは言葉を続けた。
「君も後方勤務でも良いんですよ。子供を戦線に立たせる訳にはいかないですから」
「・・・・いや、僕は戦います。僕が戦わないと終わらないですから」
あのクソジジイは僕を狙っている。だから僕が逃げれば逃げるほど追いかけて関係ない人が巻き込まれ死んでいってしまう。ならば僕が僕自身があいつとケリを付けないといけない。
でもそんな僕から何か察したのかヘレナさんは。
「私は君を死なせませんからね」
「・・・・・死ぬつもりは無いです」
嘘をついた。
あいつと一度戦えば決着がつくまで終わる事は無い。僕が死ぬかあいつが死ぬかその二択だ。
でもそれでも僕は僕がいた為に死んでしまった人達に幸せに生きて欲しい。だからエルシアを助けて次の世界に託してもらう。それが僕のこの世界での役目だから。
「なら良いです。君は一人でいつも抱え込むので頼ってくださいね」
顔を上げるとヘレナさんは疲れた顔ながらもニコッと笑いかけてくれていた。やっぱりこの人は僕に優しすぎる。でもその優しさに甘えたくなる気持ちを僕は抑え込んだ。
「分かってますよ」
僕はヘレナさんと視線を合わせる事が出来ないまま背を向け部屋を後にした。
それから二か月後の夏の日。再び戦争がはじまり僕はまた戦場に立っていたのだった。




