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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
第八章
131/149

第百三十話 昔話(1)

七月二十四日 最後の文章を修正


 それは今から四十年ほど前の事だっただろうか。

 今はベットで寝たきりな俺もその時は、一人の若者として夢を抱き将来を望みひたすらに走り続けていた頃。

 俺は意気揚々と足を踏み入れた学校であいつと出会った。


「私はアルノルト・ディークマン。君は?」

「エトヴィン・ベッセルです。あんまりこの辺じゃ聞かない苗字だね、どこから来たの?」


 確かそんな定型的な自己紹介からあいつとの長い長い関りが始まった。

 今でこそあんな戦争狂になってしまったが、この頃はまだ普通の好青年って感じで、学業体術剣術と何でもこなせていて周りからの信頼も厚かった。だからこそ俺もあいつと一緒に居れるのはどこか誇らしくも感じれていた。

 そして少しぎこちない初対面から俺らの付き合いは続き、学校での生活ではアルノルトと一緒に過ごす事が多かった。


 そして関係が動き出した、いや深く抜け出させてもらえなくなったのは、一か月ほど経ったある日の事だった。


「で、お前結局実家帰んねぇの?」

「いやぁその予定は無いかなぁ」

「・・・ふーん」


 普通の会話だと特になんても無い感じなのだけど、アルノルトは何故だか自分の家族の事を全く話したがろうとしなかった。学校と言っても所謂将来の人脈作りの為の社交場に近く、こうやって家の話をしないのはかなり違和感があった。

 それにわざわざ隠す意味も無いからと、じゃあなんで隠すんだと当時の俺は少しだけ気になってしまった。


 だから一度アルノルトの素性を探った事がある。丁度親が宰相補佐をやっていて、ある程度頼めば融通がきいたから割とあっさりアルノルトの家を知る事が出来た。出来たのだが・・・・。


「アルノルトの名前は・・・・・・・」


 書類をいくら捲っても、名前はおろかあいつと同じ年齢の男子すらいないようで、何もアルノルトという存在を示唆するものがそこに載っていなかった。

 だが今の学校に入れた時点で、何かしらの書類にあいつの存在が記載されているはず。そう思って探して探して探し続けたのだが結局あいつの名前は見つけられなかった。


 だがここまで来たら俺としても引けないというものだった。だから次の日俺は朝一番にアルノルトの寝泊りする宿舎へと向かい扉を叩いた。


「起きてるか?」

「あーはいはい。ちょっと待ってね~」


 いつもの間の抜けたような声が扉の向かい側から聞こえる。

 でもそんな普段通りのあいつの様子と違い俺の心臓の音はうるさかった。それもそうで公的な文章に名前が載っていないのに、貴族社会の中心部に堂々と潜り込めるなんてやばそうな理由があるとしか思えない。どこかの密偵だったりするのだろうか、扉の前で待ち続けそんな可能性をぐるぐると考え続け続けていた。

 でもそれが藪蛇であるのは分かっていた。分かっていたがやはり気になってしまうのはどうしようも出来なかった。


 そうしてアルノルトに招かれて部屋に入ると意外に広いその部屋に少し驚いた。そしてそのまま俺は招かれるままにテーブル傍の椅子に座らされ、向かいではアルノルトが肘を突いていた。


「で、どうしたの?」

「あ、いや、ちょっとね」


 なぜだかいつものアルノルトとは違う気がした。その違和感のせいか俺の言葉はどもってしまったが、ここまで来て逃げてたまるかと太腿を叩いて気合を入れると、真っすぐアルノルトを見た。


「お前は誰だ」

「おぉ随分抽象的な問いかけだねぇ」


 ニコッと人の良さそうな笑みを浮かべるだけで、その笑顔の裏を俺に見せようとはしてくれなかった。

 だかどこかアルノルトは俺の次の言葉を待っているかのように、俺の事をジッと見てそれ以上何も言おうとしなかった。

 だから手を強く握り肺に空気を詰めた。


「アルノルトという名前の男児はディークマンの家にいない。だからお前は誰だと聞いてるんだ」

「ふぅん」


 興味深い。そう言いたげに自称アルノルトは口元で手を組んでニヤニヤしていた。

 その姿は俺の知る好青年なアルノルトでは無く、どこか幼稚とも表現できる今の状況を楽しんでいるように見えた。

 でもそんなアルノルトは組んだ手を解くと椅子の背もたれにもたれ掛かった。


「で、君はそれを知ってどう思ったの?」

「いや、どうって・・・」

「君は私の存在に違和感を持って調べた。結果私の存在は見つからなかった、後はどうするつもりなのかい?」


 俺にとってはこの事を聞く事がゴールだった。だから後の事なんて考えてなかったから、こんな事を言われても頭が真っ白になるだけだった。

 それに開き直ったようなこの焦りを一切見せない様子に、少なくとも俺自身動揺していたのもあると思う。


「ま、バレた以上は隠してもかな」


 そう言うとアルノルトは椅子から立って俺の肩を叩いた。そしてアルノルトの顔に影がかかって表情が読めなくなると、空気の重くなるような低い声で言ってきた。


「今から言う事他に言ったら君の身と家が危なくなるから黙っててね」


 俺はただゆっくり頷くだけだった。

 でも俺はもしかしたら藪蛇どころじゃない何かに手を突っ込んでしまったのでは、そう思うと背中を伝う冷や汗が止まらなかった。


「端的に言うと私は総督の息子でアルノルトも偽名。まぁ色々訳あって私の存在ごと無い事になってるけどね」

「・・・・・・・・は?」


 何か訳アリなのは考えたがまさか総督の息子とは考えつかなかった。総督って言うとこの辺り一帯の属州を取り仕切る名家だ。その男子がなぜこんな所にで身分を偽っているんだ。

 そんな俺の疑問なんて分かり切っているらしくアルノルトは、俺の肩から手を離した。


「質問がまだあるって顔だね」

「あ、あぁ」

「でももうダメ。これで我慢して口を塞いでてね」


 俺は相当要らない事に首を突っ込んでそのまま抜け出せなくなってしまったらしい。今まで友人として付き合ってきたこいつが、まさかそんな存在だったなんて思いもしなかった。

 だけど俺は案外流されやすい男なのか、アルノルトが振り返って言ってきた言葉にあっさりとこの状況を飲み込めてしまった。


「あ、でも友達は続けてくれると嬉しいかな。君が初めてだし」


 後から思うとこれも適当に言った言葉なのかもしれない。でもこの時の俺にはこいつが不遇な状況でも友達を作ろうとする健気な奴、というストーリーを勝手に想像してしまっていた。

 だから俺は急いで椅子から立ちあがると右手を差し出し握手をせがんだ。


「あ、あぁ!もちろん!」


 この時の俺は自分から首を突っ込んだ癖に、それ以上踏み込むのが怖かったんだと思う。だから都合の良い解釈をしてアルノルトから目を逸らしたかったんだ。


「うん、よろしくね」


 でも俺のそんな行動が、腐れ縁とも言える長い付き合いを決定づけた出来事だったと思う。そのせいでと言ったら他責すぎるかもしれないが、俺のこの時の行動でこいつが多くの人を殺す手助けをしてしまっていたのかもしれない。

 

 そうしてそれからはこの日の事を無かったように月日が流れていき、一年の間俺らは友達として日々を過ごしていた。

 そんな時に俺らの関係に再び変化が訪れようとしていた。


「ギュンター・アーレンスって言います!よろしくお願いします!」


 そう元気に敬礼をする男の子を前に、俺は説明を求めるようにアルノルトを見た。


「あぁなんか付き人って奴らしいよ。軍人になりたいって言ったらなんかこの子が送られてきた」

「なんかってそんな雑な・・・」


 この一年で分かったのはアルノルトはそんな良い血筋の癖して、今更貴族とかに戻るつもりは無いらしい事だった。今の自由に行動できる今の方が彼としては楽しいと思っているのからかもしれない。

 

 するとやる気満々なのかギュンターと名乗った男の子は、新調したのであろう服を見せびらかせるように胸を張った。


「軍人になるって事で今の内から身辺警護を任されました!」

「あぁはいはい。分かったから静かにして」


 まぁでも当たり前の話ではあるか。一応総督のご子息な訳で警護が付いていなかった今までがおかしかったぐらいだ。それにアーレンスって言ったら古株の家だしそこの人間が派遣されるって事は、それなりにアルノルトの存在は大事にされているのだろう。


「ん、てかお前軍人なるの?」

「あれ?言ってなかったっけ?」

「言ってない言ってない。なんでだ?」


 そういえば将来どうするのかとか聞いて来なかったけど、そんな目標があるとは思わなかった。というかそうなら、俺も軍人なるって言ってたんだから先に言ってくれればよかったのに。

 

「なんとなくだね。戦闘は得意だしせっかくなら楽しそうな事をしたいじゃん」

「楽しそう・・・・?」

「え、だって絶対楽しいでしょ」


 俺は四男だが貴族の家の人間として責務を果たしたい、だからその方法として軍人を選んだ。この平和な時代に貴族で軍人を志す物好きなんて俺みたいな奴ばかりかと思っていたが、こんな良く分からない理由で志す奴もいるのか。

 そんな驚きというか理解に苦しんでいる俺の肩にポンとアルノルトの手が乗った。


「まぁという事で学校卒業後もよろしくね」


 素性を知っている俺を逃がさない為では。一瞬そう思ったがこの時の俺はアルノルトを友人として信頼していたこともあって、そんな懐疑心をすぐに忘れてしまった。


「じゃあどっちが先に出世するか勝負だな!」


 そう俺はアルノルトに無理やり肩を組むと早速訓練へと向かった。やはり俺はこうやってアルノルトを直視しようとせずただ横目で眺めるだけで、何も本質を見る事は出来ていなかった。


 それからはとんとん拍子に話は進んで行った。俺の家柄はそれなりに良いしアルノルトは言わずもがな、だから当たり前のように学校を卒業すればすぐに軍のエリートコースに乗っていけた。

 でもそれは戦線で戦う軍人というより会議と書類作業ばかりの後方任務が多く、一年ほど経つとアルノルトは明らか現状に不満を零していた。


「つまんないねぇ~」

「後二年ぐらいすれば実地だから我慢しな」


 俺がそう言うとアルノルトは椅子の背もたれに体重をかけ、書類の一枚を手でつまんでひらひらとさせていた。


「それが長いんだよぉ。こんな紙ペラ弄るなら冒険者にでもなればよかったかなぁ」

「いや冒険者って職の無いあぶれ者の仕事じゃん」

「自由そうで良いじゃん?」

「また意味の分からない事を・・・」


 こんな会話をしながら俺らは隣同士で書類作業を進めているが、アルノルトの方がさっさと書類仕事を終え暇そうに天井を見上げてしまっていた。文句は言いいつも仕事は出来るから順調に出世をして、もう既に俺は置いてかれてしまっていた。だから俺も負けないように必死に頑張ろうと、目の前の書類に手をかけようとするのだが。


「人、殺してみたいんだけどねぇ」

「・・・・・・」


 アルノルトは偶にこうやって怖い事を呟く。本人としてはなんとなく出た言葉なのだろうけど、それが逆に本心で言っているように感じられた。だけど俺はそれを聞こえないふりをするように仕事に没頭していった。それがこの数年で学んだ俺なりに学んだアルノルトとの関り方だった。

 

 するとそんな静かになった瞬間、一緒に群馬で付いて来たギュンターの奴が書類の束を抱えてやってきていた。


「アルノルトさん!書類完成しました!」

「あぁはいはいそこに置いといて」


 なんだかんだギュンターもアルノルトに懐いているのか、いつも犬の様について回っている。もう護衛の役目というより本当に従者って感じだった。

 だがまぁこうやって三人でなぁなぁと仕事を続けれるのも悪くは無いと思える。どうせ数年後には戦場に出るのだから、こういう時間があってもいいだろう。それにあぁは言っているがアルノルトにとっても悪くは無い物だろう、そう当時の俺は思っていた。


 だがそんなある意味平和な時間は長く続かないのか、半年後に俺らは戦場へと駆り出されていた。どうやら今までは小競り合いで済んでいた異民族との戦闘が過激化し人が居ないからと、俺達は駆り出されてしまっていた。

 だけど俺も自身の産まれた地とそこに住む民を守るため志願したのだから、やる気がないなんてことは全くなかった。だがそれとは違う方向でやる気をみなぎらせる人物がいた。


「やっと戦争だねぇ」


 そう明らかワクワクしたような表情を浮かべるアルノルトとそれに付くギュンター、それに俺を含めた三人を乗せた馬車は何もない平原を進んでいた。

 でもこの先では俺の見たことの無い戦場というものが広がっている。既にこの方面の軍は半壊しいくつもの都市が占領されている。そんな劣勢な場所に俺らは赴くのだから、アルノルトと違って俺はやる気がありながらも愚痴が零れてしまっていた。


「飢饉が起きてそれどころじゃないのに攻めてきやがってな」

「あーまぁ寒かったからねぇ」


 去年からずっと気温が上がらず夏場である今でも寒いと感じるほどだった。

 そのせいか農作物も取れなくなり沢山の餓死者が出たが、それは他地域からの支援で何とか持ち直した。のだが、今度は異民族が攻めてきてまた食料が不足がちになり、今年の収穫も駄目だとまた大勢が死んでしまう。


 でもそんな状況を分かっているのか怪しいギュンターは俺らを励まそうと声を弾ませた。


「ま、そんな事言ってても仕方ないっすよ!俺らが敵全員倒せば良いんすから!」

「お、良い事言うねぇ!!」


 そんな意気投合して騒ぐ二人を見て頭を抱えた俺は、心配になりつつも外に視線をやり目的地への到着を待っていたのだった。

 でもそれがこれから五年も続く戦争だとは、少なくとも俺は思っていなかった。


 そしてその戦争は早速やって来て俺らの初陣は、目的地に到着したその時だった。


「おいおいもう城門突破されてるじゃねぇか!」

 

 馬車から飛び降りるなり城塞都市の内壁に敵が取りついているのが見えた。この街エースイとか言ったけど、ここが落ちたら東側地域の主導権を完全に失ってしまう。

 

 だからすぐに味方と合流すべく走りだそうとするのだが、字面にへばりついたかのように俺の足は動かなかった。でもそんな俺を置いてアルノルトは脇を通り抜けてしまっていた。


「先行ってるよ~」


 そう振り返ってきたアルノルトはこれから戦場に行くとは思えない程の笑顔だった。でもあれだけ大言壮語していたギュンターも俺と一緒で足が動いていないのを見ると、俺がおかしいわけでは無さそうだった。


「と、とにかく行くぞ!」

「は、はい!」


 そうなんとか二人で足を動かしアルノルトの背を追いかけようとするが、みるみるうちにその背が小さくなり見えなくなってしまった。


「あいつ足早すぎだろ・・・・」


 あれだけの城壁が崩されているというのになぜそこまで死に急ぐような真似が出来るのか、それが俺には全く理解が出来なかった。

 そんな状況に少しイライラを感じ始めていると、焦った様子のギュンターが今にも敵に乗りかかられそうな内壁を指差した。


「ど、どうします?城壁落ちてたら!?」

「知らねぇよ!落ちたらあいつ引っ張って逃げるだけだよ!!」


 こんな所で死ぬわけにはいかない。何も成せていないのに死ぬなんて男として貴族の人間として、自分が許せない。だから弱気な心を押し込んで今は戦うぞ。


 そう意気込んて敵兵で溢れかえっていたはずの内壁の城門前へと到着したのだが・・・・・。


「あれ敵居ないっすね」


 遠目では梯子を掛けられ今にも陥落寸前と言った感じだった城壁が、今はやけに静まり返っていてその地面には見慣れない服装の死体が数百もの数で斃れていた。


「これ異民族の服装っすか!もしかしたら城兵が押し返したのかもですね!」

「・・・・そうだな」


 俺もここに到着した最初はそう思った。ギュンターが良かったと安堵して調子に乗ってペラペラと喋りたい気持ちも分かる。

 でもそれを俺が出来ない理由があった。

 

 そう、俺の視線の先には友人であるはずの男が、物の数分で血まみれになってただ一人そこに立っていたのだ。


 すると俺達に気付いたのかアルノルトは手に掴んでいた一人の兵士を無造作に投げると、いつものようにニコッと笑いかけてきた。


「ん?あぁ遅いじゃん」

 

 俺はこの時初めてアルノルトの本性を無理やりにも直視させられたのだった。




 

 

 


 


 


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