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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
第八章
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第百二十九話 向き合う


 エルシアが去ってから数時間が経とうとしていた。

 もう既に日は跨いで深夜と呼んでも差し支えの無い時間へと差し掛かっていて、僕は未だ入り口で夜番をしており、静かになった街を眺め続けていた。


「・・・・・・・・」


 流石にもう眠い。

 日の出前から起きていて戦闘してそして人が大勢死んでと色々ありすぎた。でも今の僕にはこれぐらいしか役立てる事が無いから頑張らないと。それに一人で寝ると何とか保っている気持ちが途切れそうになるから。


 そう曲がった背筋を伸ばして前を向くと、どこか遠くから人の足音が聞こえてきた。それも大量にジャラジャラと鎧の音を携えて。


「・・・・リュテス国のか」


 確か追撃に出ていたはずだけどもう戻ってきたらしい。それにこの道を通るって事はもう本国へと帰るのだろうけど、彼らも戦闘で疲れているだろうに何か急ぐ理由があるのだろうか。


 だがそう思う以上の事を僕がするはずも無く、ただ目の前を歩いて行く他国の軍人をジッと眺めてその場で立ち尽くしていた。

 すると指揮官らしき馬上の男が優しく笑ったかと思うと僕を見て軽く頭を下げてきた。


「お疲れ様です」

「・・・っす。どうも」


 どうやらただの労いだったらしくそう声を掛けるだけで、指揮官らしき男はさっさと先へと進んで行ってしまった。今の人若そうに見えたけど、もうあんなに出世しているなんてすごいな。

 そうして目の前の隊列が去っていくのをだた眺めているが、それが数分以上続いていてかなりの量の援軍が来ていたのが分かった。それにあの火縄銃っぽい物も全員装備してるし相当すごい部隊らしい。


「・・・なんで援軍に来たんだか」


 ありがたいしそのお陰で僕は助かった。でも数年前まで交戦していた国に、こんな貴重な装備を持った部隊を援軍に送ってくるなんてどういう意図があるんだろうか。でもあのクソジジイが居たって事は、何かしら今回の件も噛んでいるのは想像に容易い。


「・・・・・・あ」


 いた。僕が思い出すのと同時にあのニヤけ面が見えるなんてある意味間の良い奴だな。

 そう思いながら隊列の中心辺りにいるクソジジイとエルシア達の姿を捉えた。どうやらこちらには気づいてないようだけど、あいつは何が目的でこんな戦争にエルシアを巻き込んでいるのか。


「━━ッ!」


 だがそうやって視線を向けていると、後ろに目でもあるのかぐるっと首をひねったクソジジイと目が合った。だが何かしてくるわけも無くいつものニヤけ面のまま、すぐに他の兵士の陰に隠れてしまい、それ以降姿が見えなくなってしまった。

 でもその一瞬で体は心拍が大きく脈打って血が血管を流れる感覚をひどく味わっていた。あいつと会う度にどんどんと恐怖心を植え付けられているのだと実感させられる。


 でも僕はあいつに勝たないといけない。エルシアにあれだけ偉そうに言ったんだから、その言葉の責任を果たさないと、僕がこの世界で生きた意味を見失ってしまう。僕より権力も知識も力も何もかも上の相手だけど、あれは僕が倒さないといけない存在なんだ。

 それで最終的にエルシアが皆生き残る世界を見つけてくれることを願う、それがこの世界での僕の役目だ。


 するといつのまにか両手を強く握ってしまっていたのか、爪が深く食い込んで手のひらが赤くなっていた。その痛みに思考が一度終わり僕は視線を戻すと、既にリュテス国の兵士たちは目の前から去っていたようで、目の前の道はガランとしていた。

 するとその時一日中血と鉄の臭いで詰まっていた鼻にシトラスの香りがフワッと舞い込んできた。


「夜番交代しましょうか?」

「ん?あ、ヘレナさん・・・」


 振り返るとこんな時間まで仕事をしていたのかコートを羽織ったヘレナさんが立っていた。

 そんなヘレナさんはニコッと笑うと右手で僕の頭を小突いて来た。


「ちゃんと階級か役職で呼びなさい。いい加減怒りますよ」

「すみません・・・」


 そしてヘレナさんはそのまま僕の隣まで来ると一緒に並んで壁にもたれ掛かった。夜番は僕がやるから良いと言おうとするが、それを遮る様にヘレナさんが左手に握ったマグカップを僕に差し出して来た。


「差し入れです。それなりに良い茶葉ですから味わってくださいね」


 ヘレナさんのインクで汚れた手からマグカップを慎重に受け取る。やはりまだ寒いせいか白い湯気が顔を覆って、乾いた顔を潤してくる。

 僕はその湯気から顔をそむけるように視線を上げ隣を見た。


「こんな時間にどうしたんですか?」

「仕事が丁度終わったので、部下のメンタルケアにでもと」


 そう疲れた笑みを浮かべたヘレナさんの目元が、少しだけ赤くなっていたのを僕は見て見ぬふりをした。僕だけじゃなくて皆も色んなものを失ったんだ。それでもこうやって他人を気遣おうとする人がいる、ならば僕はそれに触れないのが正しい事だと思う。


「じゃあお願いさせていただきますか」


 僕はそう言ってマグカップに口を付けた。

 まだ熱くて味が良く分からないけど、それは戦場の匂いを一時的にでも忘れさせてくれた。


「イリーナ中尉の事は大丈夫ですか?」


 ヘレナさんが恐る恐る僕の様子を伺うようにそう聞いて来た。やっぱりその事で僕を心配してきてくれたのだろう。

 だから僕はマグカップから口を離して、フーっと白い息を夜空に吐いた。


「大丈夫では無いですね。でも今は自分に色々言い聞かせてなんとかって感じです」


 自分がやるべき事やらなければいけない事で頭を一杯にして、出来るだけ見たくない思い出したくない物から遠ざける。そうすれば直視せずにだましだまし前を向いていけるから。


 するとどうやらそれが上手く隠せていたのか、ヘレナさんは少し驚いたような反応を見せた。


「やっぱり君は強い子ですね」

「・・・・そんな事ないですよ」


 そんな褒められるほど僕は強くなんかない。それこそ弱いから今の現状を直視する事が出来ていないのだから。

 するとそんな僕の鼻腔に再びシトラスの香りがすると共に頭に優しい感覚があった。


「偶には私を頼ってくれても良いんですよ」

「・・・・・今頼ってますよ」

「じゃあもっと頼ってください」


 僕が顔を伏せた先には背伸びをしているヘレナさんの足元が見えた。

 

 さっきは上手く隠せていると思ったけどもしかしたら見透かされているのかもしれないな。少しだけそんな自分が情けなく思ってしまった。

 だから僕は頭の上にある優しい感覚を振り払おうとするけど、その前にヘレナさんが言葉を重ねた。


「貴方は自分でなんでもやろうとしすぎなんですよ。分不相応って奴です」

「分不相応?」

「えぇそうです。なんでもできる超人じゃないんですから、一人で頑張っててもいつか転びますよ」


 ふとそれを聞いて昔にブレンダさんにも同じような事を言われたのを思い出した。自分では成長したと思っていたけど、結局僕の本質は変わり続けていないって事なのか。

 そしてヘレナさんは背伸びを辞めて右手を下ろすと僕の目をジッと見上げてきた。


「前も同じこと言いましたよ?」

「そ、そうでしたっけ・・?」


 するとヘレナさんの人差し指が目の前に伸びてきた。


「と!に!か!く!今日ぐらいは休みなさい!そして何が起きてるか明日話してもらいますから!」

「え、あ、はい・・・」


 僕とエルシアの事もある程度察しがついているのだろうか。そう思えるような言い方をヘレナさんから感じた。どうやら僕が思っている以上にヘレナさんは僕を見てくれているのかもしれない。

 そう思うと嬉しい様な恥ずかしい様な感覚が込み上げてきた。

 でもヘレナさんもヘレナさんで何か恥ずかしいのか、顔を逸らすようにして僕の背中側に回って押してて来た。


「だから早く宿舎戻ってください!」

「じ、自分で歩けますからっ!そんな押されたら転びますって!」


 そんな会話をしつつ僕が宿舎に戻るまでヘレナさんは付いてきてくれた。その間で手に持ったマグカップは軽くなって、僕の体は少しだけ温まっていた。


「じゃあ明日八時にいつもの部屋に来てくださいね」


 そうヘレナさんは僕を宿舎に押し込むとさっさと扉を閉めてしまった。随分今日はヘレナさんに気を使われてしまったのだと感じる。

 そう思いながら振り返って宿舎の二段ベットを視界に入れるけど、やっぱり空きばかりでどこかガランとしていた。


「・・・・・あの人ダメだったんだ」


 治療中だったはずの人のベットが空きになっているを見て、また助からなかった人が居たんだと感じさせられる。

 そうして自分のベットへと戻ると隣ではアイリスとライサが寝ているのが見えた。でも僕のベットの正面にはいつものハインリヒの姿は無かった。


「・・・・死ぬなって言ったろ」


 もう温かみの残っていないベットのシーツに手を付ける。夜中に起きてハインリヒと愚痴る事も無くなってしまった。朝に寝坊した時叩き起こされる事ももう無いし、一緒に飯も訓練も出来ない。

 

「お前の分も生きてやるからな」


 どうやら僕は色んな人に支えられて自分の想像以上に想われているらしい。僕がいつか同じように誰かにそれを返せるまで死ぬわけにはいかない。僕は僕に想いをかけてくれた人たちの為に生きるのだから。

 

「暫く時間はかかりそうだけどそっちで待ってろよ」


 そうハインリヒのシーツを綺麗に畳むと、自分のベットに沈むように眠りについたのだった。


ーーーーー


「ニクラスは戻ってきたか?」

「今朝方に政庁に戻ったと早馬が来ました」

「・・・そうか無事だったか」


 もう孫が戦場に出る歳になってしまった。昔は自分が戦場で戦い続け人を殺し、壊れていく同期を多く見送った。でも血は逆らえないのか子供も孫も何故か皆軍籍に入ってしまった。


「エトヴィン様、お食事はどうなさいます?」

「いや、今日はもう良い。君も休みなさい」


 そうして自分一人になった部屋で体を起こして窓を見た。相変わらずの海に曇った嫌気の差す天気だ。

 まるで何も出来なくなってしまった自分の心境の様だった。


「あいつをまた止められなかった」


 あいつが何を目的に動いているのか私には分からない。でもあいつは未だに戦場に囚われ続けて、今も戦いの中に身を置こうとしている。あいつも俺やアーレンスの奴とは違う壊れ方をしてしまったんだ。あの時俺が逃げなければ防げたかもしれないのにだ。


「もう逃げるのはやめるか」


 老人とはいえ世代の責任は世代で取るべきだ。もうこんな体だがあいつの好き勝手にやらせる訳にはいかない。いい加減俺も目をそらさず過去の清算をするべきだ。

 俺が今まで目を逸らして逃げた結果、あいつは友人だったはずの俺を使ってまで戦争を起こそうとしている。あいつなら次はきっとリュテス国とレーゲンス帝国を戦争でもさせる。

 ならば俺が止めるしかないし俺しか止める事が出来ない。


 そう筆を取りいくつもの手紙を認めた。

 それがあの時何もかもから逃げ出してしまった過去の自分の贖罪でもあるのだから。俺があの時逃げて見捨ててしまったあいつを今拾ってやらねばならない。


「お前の責任は俺が取るからな」




 



 


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