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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
第八章
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第百二十八話 信念


 私の目の前には弟だった物が地面に寝転がされていた。

 こうして見ると、さっきまでこの腕に抱いててまだ暖かさが残っていたはずなのに改めて死を実感させられる。


「・・・・行くか」


 遠目に弟だった物を眺めているがこれ以上ここにいても意味は無い。

 視線の先ではその弟を恐らく友人であろう男の子が丁寧に弔っていてくれて、あいつにも友達がいたんだなと今更ながら思いつつ、そう私は弟に背を向けて歩き出した。


 慣れるしかない。忘れるしかない。

 軍人である以上他人の死を家族でも一々心を痛めて足を止めていたらきりがない。切り替えるしか無いのだから、私は私のやれる事をやるだけだ。そうしてより多くの人を救う事が、何よりもの手向けになるはずだと私は思う。

 それにそれが弟の望んだ兄である俺に求めていた姿なはずだから。

  

 そうしてしばらく私が歩き続けると何やら揉めているのか道の先で人だかりが出来ていていた。戦闘をしているようでは無いが、恐らくあの装備だとリュテス国の奴らだろうか。そう様子を伺いつつ真っ暗な街の中に灯が集まる先へと私は歩を進めた。


「何の騒ぎだ?」

 

 とりあえず近場にいた自軍の兵士に話しかけると、その時灯でやっと見えたがどうやらここは王城の前らしかった。こんな所で揉め事を起こすなよと思いつつ、その兵士の返事を待っていると。


「この方々が女王陛下に謁見したいとの事なんですが、王城側から出入口を塞がれてまして・・・・」

「もう敵軍は撤退しているのにか?」

「えぇ、どうやら女王陛下が面会を拒絶しているとかで」


 私は堪らず頭を抱えた。

 元々犬猿の仲とはいえ他国からはるばる援軍に来てくれた兵たちにそんな対応をするのかと。それにここで外交的な礼を失すれば、再びリュテス国との戦争に繋がりかねない。そもそもこんなボロボロな状態なのに、王城のやつらは例の一言も言えないような連中なのか。

 

 まぁどうせリュテス国の兵士が信用できないとか言って、頭の固いジジイ連中がごねているんだろうな。そうあって欲しくないが想像に容易いなと、どこか私は諦めつつため息をつくと、渦中の人物であるリュテス国の指揮官らしき男の元へ行った。


「お話聞かせてもらっても良いですか?」


 鎧の上から男の肩を叩くと、そこから振り返ってきた顔は思ったより若い顔で少し驚いた。三十ぐらいだろうが、その歳で外国への援軍指揮をさせられるなんて相当の人物なのだろう。


「・・・・あ、ブリューゲル少将ですね。武功の数々こちらまでよく伝わっています」

「っと、名乗る必要は無さそうですね。そちらこそお若いのに凄いですね」

「いえいえ家柄もありますので・・・あ、名乗りが遅れましたね。私の名前はニクラス・ベッセルです、以後お見知りおきください」


 そうニクラスと名乗った男が右手を差し出して来たので私もそのまま握り返す。ベッセルと言ったらあの人と同じ苗字で今はリュテス国にいるって話だし、もしかしたら親戚だろうか。

 だが今はそんな話ではないと思考を振り切って、握った手を離すと改めて本題に入った。


「それで何かご用件があるとの話ですが?」

「あ、そうですそうです。実は本国から親書を預かっていまして・・・・」


 差し出された新書らしく丁寧に認められた手紙を受け取る。

 中身を勝手に見る訳にはいかないが内容が気になるな。事前に援軍の件で使者は来ていたはずなのに、タイミングをずらさないといけない内容なのだろうか。


「内容は聞いても?」

「同盟の提案と伺ってます。流石に危機感を抱いたのか南の国に対抗しようと本国でも動きがありまして」

「・・・なるほど」


 最大限好意的に見れば助けてくれるって事だろうがまぁそんな事は無いだろうな。おおよそレーゲンス帝国が戦争で弱った所に有利な条件で同盟でも売り込もうとしているのだろう。親書の中身も恐らく対等な物では無いだろうし、それこそさっきいたエルシア様を擁立する事が条件とかだろうな。うちの女王なら乗り気になるだろうし、あのジジイ共を説き伏せれば現実的な条件ではあるしな。


 

 だがこれをされては困るな。

 おそらくだが南の国は今回の敗戦で一気に瓦解する。あいつのカリスマと力量で纏まっていただけの傭兵集団で、その上大帝国の元老院は残っているという話だ。ならば勝手に分裂して自滅していくと考えた方が自然になる。だがそれは良いのだが、リュテス国とレーゲンス帝国が同盟を結び失陥した領地を奪還するとなれば、レーゲンス帝国の国力が盛り返してしまう。

 

 そうなるとまたのジジイ共と女王をこの国から追い出しずらくなってしまう。あいつらがいる限りこの国は良くならないと言うのに、いつまでも邪魔になる存在だ。

 いやでも、ならばいっその事今弱っている内にまとめてやってしまえば、私の目標は達成できるのでは・・・・?


「ど、どうしました?」

「ん?あぁいや恐らく交渉は無理ですよ。私すら王城に入れて貰えませんでしたし」


 ニクラスには申し訳ないが私は同盟の橋渡し役に適任ではないようだ。やっと私に風が吹き始めたのだからこれを利用する以外の選択肢は無い。


 するとそんな私達の後ろからやけに間の抜けた声が聞こえてきた。


「じゃあ諦めるしかないねぇ」


 その声に振り返ると先ほど戦場にいた老人が、煤だらけの顔で肩に長筒を抱えて立っていた。こいつの装備からして、明らかリュテス国の兵士じゃ無さそうだがどういう存在なんだ。


「・・・では一度持ち帰るべきですかね?」


 二クラスが老人にそう相談を持ち掛けていた。どうやらこの見た目で外交担当の人間だったらしい。まぁどこにでもいる長老的な人間なのだろう。

 

 ん?でもこの人の顔どこかで・・・・・・。

 そう何か頭の中に引っ掛かる感覚を覚えていると、ふとその老人の顔が私を見た。


「相手が交渉のテーブルに立ってくれなきゃ意味無いからねぇ。君もそう思うよね?」

「え、あ、えぇ、そうですね。申し訳ないです」


 咄嗟に聞かれて口ごもってしまった。だがあの表情私が嘘をついているのに気付いているのか?いやでも確かめようが無いし、嘘に気付いているならわざわざ引く意味が分からない。

 そうどこか目の前の老人に不気味な物を感じていると、その老人はあれっと声を上げると私の肩を叩いた。


「あれもしかして君私の事覚えてない?」

「・・・は?」


 確かに見覚えはある気がする。見た目からしてアーレンス少佐と年齢が近いだろうが、その年の軍人なんて殆どくたばってるからなぁ。

 もしかしてどこかの戦場で会った事でもあるのだろうか。でもそれにしてはやけに引っ掛かる感覚があるのだが・・・。

 でも老人は私の顔を見て何か察したのか肩から手を離した。


「あーま、私が一方的に見てただけだしね。知らなくても当然かごめんごめん」


 そう自分で疑問を投げかけた癖に、勝手に自己解決した老人はどこかへと行くのか踵を返そうとしていた。

 だがその時、私はただの勘に頼ってその男の肩を叩いた。私の目標を果たすなら今動かなければ機を逸してしまう、そう感じ咄嗟に手が動いていた。


「・・・少し内密な話よろしいですか」

「ん~?まぁいいけど」


 その時振り返ってきた老人の顔が、私がこうする事を分かっていたのかのようにひどく歪んで口角を上げていた。それが酷く不気味に嫌に私の脳裏に焼き付いていた。


ーーーーーー


「フェレンツ中佐。死亡者の集計が出ました」


 そう百数人の命が数枚の紙切れに束ねられたのを机の上に置いた。私も少佐として戦闘指揮に加わっていたから、私のせいで失われた命のリストと言っても過言じゃない。


「アーレンス少佐ありがとうございます・・・・・・・百二人ですか」

「えぇ損耗率は七割越え、魔導士は五割の損耗になりました」


 もうこの先数年は立て直しが不可能な損害だ。これでもうちの隊が損耗が浅いぐらいだから、国として地方領主の反乱すら鎮圧できるか怪しい。

 だが目の前の若い中佐はそれに責任を感じすぎている様で、頭をかかえ死亡者リストの紙を強く握りしめていた。


「公文書ですのでおやめください。それに濡れたらまた書き直しになります」

「あ、あぁ、すまん」


 この人も幾らか戦場を経験しているはずだが、まだ人の死にそうなる感性が残っているのか。やはり常々思っていたがこの人には戦場は向いて無いな。

 

 まぁ私としてもイリーナ中尉が死んだ事に何も思わない事も無いが、そう思うだけで士官が顔に出すような事をしてはいけない。士官の表情が兵士の指揮に関わるのだから職務中は個を殺さねばならない。


「もう時間も時間ですし残りの業務は明日に回しますか」

「そうですね」


 そう中佐は返事をするがリストを凝視したまま椅子から離れようとしてない無かった。


「「・・・・・・・」」


 あいつがいないだけでこの部屋も静かだな。いつも礼儀も知らんような軽口を言って仕事の妨害をしていたくせに、居ないと居ないで面倒くさい違和感を残しよって。

 

 だがまぁ良いタイミングだろうな。


「中佐はこれを機に軍をお辞めになったらどうです」

「・・・・・え?」


 ただの老人のお節介なのは分かっている。だがこう優しい人間が沈んでいくこの国と心中するのをただ見てはいられない。


「正直言って中佐には向いていないです。その内心も体も壊しますよ」

「え、いや、少佐・・・?何を急に言って━━」


 大方親父があれだから無理やりやらされているんだろうしな。


「他にも仕事はあります。なんならリュテス国につてがあるから紹介出来ますよ。金銭的な物なら今より待遇は良くなりますよ」


 昔にも中佐みたいに若者が前戦に立たされ夢を描いたまま死んでいっていた。それは私も例外じゃなく中佐の様に正義感を貫こうとし、結果何も残らなかった。

 だがまぁあの時に駆られた正義感に振り回された結果が、今の冷や飯食らいにつながったのだから自業自得だ。


 そうやっていくら中佐の返事を待っても帰ってくる事は無く、中佐はひたすら手に持った紙を見つめていた。


「二十年ほど前に異民族の侵入が活発になった時期を知ってますか?」

「え?あ、えぇ一応学校で」


 私が突然突拍子も無い話をし始めたからか、驚いたように目を開けて私を見上げてきた。まぁわざわざ誰にも話すつもりは無かったが、どうせもう老いい先も短いし良いだろう。


「あの時はまだ大帝国が健在でしたが、ディリア山脈を越えた東側は辺境も辺境で異民族との戦いが長期間続続いていました」

「・・・確かその時から子供を徴用したんですよね?」

「そうです。当時は軍学校は貴族だけでしたし、一般兵はそうやって根こそぎ集められました」


 嫌な思い出だ。本国はまともに援軍をよこさないし、軍内でも貴族同士の派閥争いに明け暮れまともに領民を守ろうとする奴なんて少数だった。その失態のツケが失った正規兵の代わりに成人もしていない子供の徴兵に繋がった。農民側も飢饉で口減らしだと喜んで子供を国に捧げる気持ちの悪い時代だった。


「その時に大勢の人が死ぬ中私は一軍を率いていました。といっても子供ばかりの軍隊で名ばかりの物ですが」


 それからこの国はずっと人不足だ。永遠と呪われたように戦災に見舞われ続けて人はどんどんと死に、消えた都市は数知れず。まともで優しい奴から消えて壊れていく。


「その時私は子供を三千人戦地に送って全員死なせました。比べるつもりはありませんが中佐よりも沢山の命を私は奪ったのです」

「いや、でもそれは上の命令ですよね・・・?」


 今更言い訳するつもりもないが、当時はそう自分を納得させていたと思う。だがそれでは私の心は持たなかった。


「それで納得できるのなら、なぜ中佐はそのリストを握りしめているのです。理屈では納得できないからでしょう」

「・・・・・・」


 中には感覚がマヒして人の死を数字でしか認識しない奴もいる。だがそれもそいつなりの自身の心の守り方だと思う。

 だが私はそんな器用じゃ無かった。


「ですが結局私はその後戦場に出る事は無くなりました」

「・・・・・戦闘で負けたとか?」


 生憎と戦闘では一度しか負けていない。恐らくその功績のせいで軍も私を除籍しずらかったのだろうな。


「独断で子供を逃がしたんですよ。まぁ結果は私の自己満足で終わって意味を成さなかったんですがね」


「・・・・・・それが今の私になんの関係が?」


 あぁそういえば随分話が逸れたな。これも悪い癖というか私が老人になったからだろうか。


「その時の私と中佐は同じです。自身にため込んだ罪悪感と義務感を背負いきれずいずれ自滅します。もしかしたらそれが私の様に他人を巻き込む事だってありえる」


 一度下に付く前に中佐の経歴やらを色々を調べた事がある。

 すると死んだ隊員の遺族年金を負担していたり、命日に全員の遺族に花を贈っていたりと明らかに異常な行動で、戦争に向いていない人間であるのは会う前から分かっていた。

 だからずっとなぜ軍にいるのか謎だったが、中佐も中佐で何かを背負っているのだろうと私はこの暫くの期間で判断した。


 でもそう判断した上で中佐はここが限界だとした。このままでは心がなんとか持っても体が先に壊れる。

 だがそんな私の考えを分かった上でなのか、中佐は死亡者リストを大事に持ち私の顔を見上げた。そしてその目は折れそうな人間の物に、私には見えなかった。


「・・・私はやめません。放り出すには守るものが多すぎますから」

「それは足枷と言うのではないですか」

「そうかもしれないです。でも私はそういう生き方しか知りませんから」


 やけに悲しい笑い方をすると思った。だがその笑顔に後悔の色は全くと言っていいほど見えなかった。

 

「やはり中佐に軍は向いてないです」

「そうかもしれないですね」


 だが私の考えを押し付ける訳にはいかない。彼女なりの意志と意地があるならそれを尊重するまで。


「なら私は部下として最後までついて行くまでです。ではまだ仕事が残っているのでこれで」

「はい、お話ありがとうございました」


 やはり老人のいらぬお節介だったか。

 私が出来なかったすべての死を受け入れてそれを錘に歩いて行く事、それが彼女の生き方なのだろう。それを失敗者である私が足を引っ張る訳にはいかない。やるべき事は彼女は同じ轍を踏まない様失敗者として見守るだけだ。

 そう久々にらしくない事をしたと思いながらドアノブを捻った。



 アーレンス少佐の姿が扉で隠れた瞬間私は深く椅子に座り込んだ。


「・・・・・やっぱいつの時代もか」


 アーレンス少佐の提案に迷っていないと言えば嘘になる。でも私は私の手の届く範囲で人が死ぬことを許容できる人間でない事は自分で良く分かっている。

 だから恨むなら産まれた時代って思ってきたけど、あの様子だといつ産まれてもこうやって苦しんでいたのだと思う。


 それにアーレンス少佐の話もどこか自分の事の様に聞いてしまった。というか私もその立場なら同じ事をしていたと思う、だからある意味でアーレンス少佐の私の評価は間違っていない。


「・・・・でも私よりも色んな物を抱えてる子がいる」


 私よりも年下で沢山の大事な人の死を経験してきたのに、それでも自分より誰かを守ろうと必死にもがいている子がいる。

 私はその子に頼ってくれと言ったんだ。だからあの子が倒れそうなときに支えれるだけの、大人として傍に居てあげたい。


「それにあの子にはすごい人って尊敬されていたい」


 背伸びをしているのは分かっている。私はそんな高尚な人間でもなければ実力があるわけでも無い。でもあの子の前では、少しでも頼れる大人を演じていたい。そうしてあの子が救われる事で私もどこか救われるような気がするから。


 だからあの子が頑張る内は私が先に折れる訳にはいかないんだ。

 

 私は黒髪のあの子に会いに行こうと椅子を立ったのだった。





 




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