第百二十七話 ひとりじゃない(4)
一連の戦闘が終わった後、僕らは隊の宿舎へと戻っていた。
どうやら敵の追撃はリュテス国の兵に任せるらしく、僕らは隊の立て直しと傷ついた兵士の治療を優先するとの事だった。
そして僕はと言うと、治癒魔法をするほど魔力も残って無い、力仕事をするほど体力が残ってい無い。そうなってくると、僕はラース達と一緒に死体の身元確認の仕事をすることになっていた。
「これで三十二人目だ」
「うん、ありがと。何か名前分かる奴あったりする?」
「あーっと、あ、あった。隊員証」
ラース含め体力のある隊員が自分らの隊の兵士の死体をここに集めていた。それを僕が書類と照合するのだけど、あまり気分の良い仕事では無く今の僕のメンタルからしたら、中々きつい物があった。かといって僕だけ休める状況じゃないから頑張っているのだが。
「そう言えばさ。ライサとアイリスは大丈夫そうだった?」
「ん?あー大分堪えてるっぽかったな。今も部屋に籠ってるぞ」
ライサは目の前で人生の恩人と言ってもいいイリーナを失った。アイリスは体中に穴を空けて死にかけた。そうなるのも仕方ないけど、僕だって目の前で大事な人が何人も居なくなってしまって、何もかもから逃げて毛布に包まりたい。
でも何もしていないとイリーナにハインリヒの事を思い出してしまいそうになる。だからそれらを頭の片隅に追いやって思い出さない為、鞭打って頑張るしかないんだ。そうでもしないと心が折れてしまいそうな気がするから。
「これ、お願いします」
僕らは隊の宿舎がある庭先でこの作業をしていたが、その入り口付近にハインリヒの死体を抱えた男が現れた。
「・・・・はい。弟のハインリヒさんですね」
「そうだ。丁寧に頼む」
「勿論です」
そう首と体が離れてしまったハインリヒを預かる。この人が兄って話だけど僕らより先に戻っていたはず。それなのに時間の経った今ハインリヒの死体を届けたって事は、彼なりにお別れを済ませていたのは想像に容易い。やはりこの戦争で色んな人の大切な人が大勢居なくなったんだとしみじみと感じる。
そして僕はハインリヒの体を地面に置いて顔に布を被せ、機械的に死亡者リストにのハインリヒの名前を書いた。
「あぁ苗字ブリューゲルだったのか」
はじめて知った友人の苗字に喪失感と悲しみが湧いて来た。この時やっと死んだんだと心で理解したような気がしたけど、そんな感傷に浸る暇も無く数時間前まで血の通っていたはずの人達が次々と運ばれてきていた。
「ラースさ。エルシアとは会わなくて良いの?」
運ばれてくる死体達を丁寧に並べて置くラースに向かって僕はそう聞いた。今は居ないけどさっきはあのクソジジイと一緒に居たから、この街のどこかにはいるはずだから。
でもラースは作業しながらも少し気まずそうに言った。
「・・・いや、俺は良いや。今あいつにあって何話せばいいか分かんねぇし」
「?何かあったの?」
「いやそういうんじゃねぇんだけどな。なんかあいつ怖いんだよ」
妹想いのラースからはあまり考えられないような言葉だった。確かに僕もエルシアと再会した時は似たような感想を抱いた事もあったけど、家族として過ごしていたラースもそう思うのか。
まぁエルシアの事情からしてそう感じるのは当たり前なのかもしれないが、エルシアが少しだけ可哀そうに思えてしまう。
「後悔だけはしないようにね」
「わーってるよ」
話しながらも僕は淡々と死亡者リストに名前を書き足していく。軍人だとすぐに名前が分かるから、作業の様に僕のペン一つで人の死が確定していく。こうやって話でもしてないと気がおかしくなりそうだった。
「・・・・後悔か」
自分が後悔ばかりしているのに人に何言ってんだかな。結局イリーナを死なせハインリヒに守られて、あの時僕は何も出来なかったくせに。
いつになったら僕は変われるんだろうな。あの時から守られてばかり目の前で大切な人が死んでいっていく。そう沈む気持ちを誤魔化すように目の前の仕事に没頭していった。
そうして日が跨いだぐらいだろうか。宿舎周辺でも皆疲れて眠りに入る人や、まだ慌ただしく走り回人に分かれ始めていた。そして僕はというと死亡確認の仕事は一旦落ち着いたので、夜番を引き受け宿舎前でただ立っていた。
「さむ」
もう三月とは言え深夜となると未だに寒い。そう空に上がっていく自身の白い息を見送るが、仕事をしていても思い出してしまうのに、一人だと余計に色々思考が回ってしまう。
今日はずっとこんな感じで心に錘がぶらさがった感覚だった。
街を見ても市民は皆避難していて灯一つもない。遠くからはまだ戦闘が続いているのか、爆発音が散発的に聞こえるぐらいだった。でも鼻につく死体の臭いにはまだ慣れなかった。これが夏場じゃなくて良かったと心底思う。
「・・・・ん?」
そんな真っ暗な街の中に一つ橙色の灯が浮かんでいた。方角的には大通りの所だから、誰かが帰還してきたのだろうか。そう思いつつも一応の警戒として腰に掛けた剣に手を掛けた。
そしてその灯が段々と近づいてくるにつれ、その持ち主の端正に整った顔が暗闇の中に浮かび上がってきた。
「エルシア?」
僕がボソッとそう言うと、その暗闇に浮かび上がるエルシアの口元が緩んだ。
「そうだよ、さっき振りだね」
やけに柔らかい雰囲気だった。エルシアの事情からして僕に好意的な印象を抱く訳ないから、それが僕にとっては不気味にすら感じた。
「隣いい?」
「あ、うん」
現れたエルシアは戦場に見合わず可愛らしいカーディガンを羽織っていて、それが余計にに不気味さを煽った。でも彼女の銀色の髪に相まって暗い夜で一人だけ、どこか不気味ながらも神秘的な雰囲気を纏っていた。
「・・・で、どうしたの?」
僕は意を決して隣に立つエルシアを見る。その横顔からは意図も意思も推し量る事が出来なかった。
でもその長いまつ毛が一度沈むと、エルシアの綺麗な銀色の瞳が僕を見上げた。
「どんな気持ちかなって。イリーナ死んじゃったでしょ」
言葉だけ見れば煽っているように聞こえる。でもエルシアの顔は真剣そのもので僕を冷やかしに来たのではないとそれはすぐに分かった。
だから僕もそれに応えるように白い息を吐いた。
「・・・・悲しくない訳無いでしょ」
「まぁそうだよね」
エルシアは何が聞きたいんだろうか。これを確かめるためにわざわざ僕の元まで来たとでも言うのだろうか。
「やっぱあんたでも悲しい物は悲しいんだね」
「そりゃ人間だからね」
転生したとはいえそんな超人になれる訳がない。というか人の死に慣れたくなんてない。
でもそれは僕だけなのか、エルシアは表情の掴めなく空を見上げた。
「私はもう悲しいと思う事無いからさ。少しだけあんたが羨ましいかも」
「・・・・でもカーラちゃんの家族の時怒ってたじゃん」
僕は地雷かもと思いつつ、そう突っ込んだ。何故だかエルシアの事を知れる機会かもと思ったからかもしれない。
「あーあれね。今思えば私もあんなにならなくて良かったなって思ってる。どうせやり直せば皆生き返るんだし」
「・・・・・・」
そう言うエルシアの瞳は今僕らのいる世界を見ていないようだった。もう彼女にとってこの世界は失敗した世界で、捨てる事が決まった世界なのかもしれない。そう思うとそんなエルシアの言葉の意味が分かる気がする。
そしてそのエルシアは視線を僕に戻すとその小さな口を動かした。
「あんたは元々何してたの?」
「・・・・それは僕の前世って事?」
「うん」
今日のエルシアはやっぱり雰囲気というか何かが違った。だからその違和感を探る様に僕は質問に質問で返した。
「なんでそんな事聞くか尋ねても良い?」
するとエルシアはその場で膝を折って座り込むと、うーんと唸って自分の顎に手を当てていた。
「まぁなんとなくかな。もうあんたに話聞ける機会無さそうだし、最後ぐらい話しても損は無いかなって」
つまりどうせなら集めれる情報は集めきっておこうという感じか。本当に彼女にとっては周回ゲームの様な感覚なのかもしれないな。どこかエルシアが本当に別の生物って感じがしてしまう。
するとそんなエルシアの人形の様な小さな顔が僕を見て首を傾げた。
「あんまり話す気にはならない感じ?」
「・・・・まぁ減るもんじゃないし良いよ」
話さなくても良いけどその理由も特にはない。僕にとってはこの世界が一回きりの人生なんだろうから、エルシアの存在を知る事は役に立つはずだ。そう僕の事を話せばエルシア側ももっと何か話してくれることに期待しつつ、僕はゆっくりと喋り出した。
「まぁ人が聞いても特に面白みのない人生ではあるんだけどね」
それでも僕にとってはずっと忘れない大事な記憶なのだけど。そう思いつつ僕は懐かしくて暖かい記憶を引っ張り出した。
「産まれたのは・・・そうだなぁこの世界より技術も生活も格段に良い時代に産まれたんだ。まぁと言っても僕は田舎育ちだけど」
もう地元の景色にはモヤがかかったようにぼんやりとしか思い出せない。でも死ぬまで忘れる事の無い記憶。
僕はそんな記憶達を話すごとに段々と思い出す事もあり、それからどれぐらい話しただろうか。なんだかんだ三十分ぐらいは話続けたかもしれない。
保育園から高校までの地元での話。友達と怒られたことから親子喧嘩した事。好きだったゲームや遊びにと、エルシアに分かる様かみ砕いで説明した。
そして大学からの事も。と言っても一回生以降は病気でほとんど通っていないのだけど、ありのまま隠さず病気の事を話した。
そしてそれが治らずにそのまま死んでしまった事も。今思い出しても父さん母さんの優しさがありがたく思える。でもそんな二人を置いて僕はここにいる。あの二人が僕が死んだ後悲しんでいると思うと心が痛むが、立ち直っているとなるとそれはそれで悲しい自分もいる。
でもそれも含めて僕が紡という名前で生きた人生の話だった。
「と、まぁエルシアみたいに大きな動きのある人生じゃなかったね」
そう自嘲気味に僕は僕の人生を締めくくった。他人に聞かせてもあまり気分の良い物では無かったかもしれないと、申し訳なさからこう言ったのだと思う。
そして僕は恐る恐る隣でずっと黙って話を聞いていたエルシアを見た。するとエルシアは座り込んだまま足を抱えて空を見上げていた。
「よくこの世界で頑張ろうと思えたね」
「・・・まぁブレンダさんがいてクラウスさんとニーナさんの二人が親だったからかな。一人じゃ多分なんともならなかったと思う」
「ふーん」
エルシアは興味が無いように見えるし何か思索にふけっているよにも見えた。僕はなんとなくそんなエルシアと同じ様に膝を折って座った。
「エルシアは僕にどうなって欲しいの」
ジッとエルシアの横顔を見た。前は殺したいと面と向かって言われたけど、今はどうなのだろうか。そんな単純な疑問から出た言葉だった。
「私は・・・・まぁどうでも良いかな。それにあんたが助けてくれるんでしょ?それまでは殺さないよ」
そうエルシアは嫌味たらしくニッと歳相応に笑っていた。僕の見た事のないエルシアであるのは確かで、少し不思議な感覚だった。
「じゃあ僕はすぐ殺されちゃうかな。まだあのクソジジイいるんでしょ」
「あ~でもあいつ今回は何もしないっぽいよ。てかあんたに直接言ってたじゃん」
「え、そうだっけ?」
今日は色々ありすぎて記憶が混濁しているのかもしれない。確かにあのクソジジイと話していたけど、ストレスで色々こんがらがったのかな。
「ま、私は何でも良いけどあんたにとっては一度きりの人生だから頑張りな。それだけ言いたかった」
エルシアはそう言って立ち上がり、長い銀色の髪が揺れた。相変わらず手入れのされた綺麗な髪だ。
でも僕はそうやって去ろうとするエルシアの手を立ちあがって掴んだ。
「エルシアにとっても大事な人生でしょ」
「・・・・いや、私はもう人生が大事とか無いから。慣れたんだよ」
そう言って振り返るエルシアの顔はどこか寂しそうに見えた。
「でも一人で何十回も人生やり直すのは辛い事には変わりないでしょ。捨ててばかりだと拾い零すのも沢山あると思う」
「いや何知った口を━━」
僕は言い返そうとするエルシアに被せて言った。
「君はそれだけ頑張った。だからどうせこの世界を捨てるなら、一回ぐらい自分の為に生きても良いと思う」
以前僕がエルシアに言った言葉とほぼ同じ内容だった。でも今ならエルシアに伝わるんじゃないかと思って改めて目を見て言った。今のエルシアはあまりに自分というものを軽視しているように感じるから。
「いや私にそんな権利無いし・・・」
「それは誰が決めたの?」
「え、いや、それは私はこの力があるから頑張らないといけないし今更だよ」
段々と普段のエルシアと違い自身が無くなっていっていた。この子も自分の存在というものに振り回されて自分が見えていないのかもしれない。それがまるでブレンダさんに打ち明ける前の僕の様に見えた。
「エルシアは自分自身を助ける事も考えないとダメだよ。誰にも見られず覚えて貰えず一人頑張ったんだから、一番幸せにならないと。君はそうなる権利がある」
エルシアの左手を握る手が強くなる。不気味に不思議に見えたこの子も人並みな女の子で、それを押し殺して頑張ってきたんだ。それこそ僕の今日の悲しみを幾回も幾十回も感情がマヒするほどに繰り返しながら。
「そんなんしてどうすんの。やり直したら何にも残らないじゃん。いくら楽しかったって記憶しか残らないし・・・」
「じゃあエルシアは今なんのために頑張ってるの?その記憶の中にいる人達を守るためじゃないの?
エルシアの手を引いて体を僕に向けさせた。そして僕を向いたそのエルシアの顔は下を向いて垂れた前髪で顔は良く見えてなかった。
「だから言ってるじゃん。どうせ終わった世界なら自分の好きなように生きてみればって。僕も手伝うからさ」
「・・・・フェリクスの偽物のくせに」
「でも偽物なら気を使わなくて良いでしょ?」
僕は意趣返しと言わんばかりに二ッと笑い返したが、エルシアは前髪を垂らしたまま黙り込んでしまった。
もしかして無理に僕の考えを押し付けすぎてしまっただろうか。
でも僕がそう思っている内に、そのエルシアは顔を上げ大きく深呼吸をすると、自身の両頬をパチンと叩いた。
「じゃあ言葉に責任取って貰って一生私が死ぬまで尽くしてもらう。先に死んだりしたら殺すから」
「先に死んだら殺されないじゃん」
「それぐらいの覚悟持てって事!」
僕の知るエルシアらしくは無かった。でもこれが本来の彼女なのかもしれない、目の前の叩いた頬が赤くなった彼女を見ると思った。
するとそんなエルシアはジト目になりながらも僕から目を逸らすと。
「何笑ってんの気持ち悪い」
「エルシアってこんな感じなんだって思って」
「・・・・うっさい」
この時初めてエルシアと素で話せている気がした。
この子が人並な子でそれ以上の力に翻弄されて心を押し殺して来た子だと知れて良かった。もしかしたら僕はこの子を助けるために、転生してきたのかもしれない。そう僕が思えるほどだった。
するとエルシアはもう時間なのか僕の手から離れると後ろで手を組んだ。
「・・・・じゃあ私帰るから。くれぐれも死なないでね」
「もちろん」
エルシアにとって記憶に残る人物になれるだろうか。彼女がこの先何十回とやり直した時に少しでも支えに慣れるような存在になれていたら良いと思う。彼女にとって終わる世界で僕の存在が意味を成せたなら。
失った物も多い一日だったけどそれ以上に自分のやる事それに覚悟を得れた。後悔も不甲斐なさもあるけど前を向いて行こう。そう去っていくエルシアの背中を見送った。
まだ星も見えないような暗い暗い真夜中、一時間にも満たない様な一瞬の出来事の話だった。
思ったより一話からの加筆修正時間かかりそうなので、時間見つけ次第進めます。勿論ですが最新話の投稿を優先します。
それと前書きに記載の無い加筆修正は、誤字と表現修正だけなので承知していただけるとありがたいです。展開や内容が変更した場合はしっかり記載します。当たり前ですが後に影響する内容は絶対に変えないです。




