第百二十六話 兵どもが夢の跡
遅れました。申し訳ないです。
目の前で流れて行く戦場は、僕らをまるでいない物の様に次々に変化していっていた。突然現れたどこかの国の兵士達。それら兵士たちによって取り出された恐らく銃であろう長い筒の様な物。
そしてその長い筒から放たれた大量の銃弾は、イリーナをハインリヒを殺したあの男をあっさりと無残に形も残さず殺してしまった。
僕はそれを唖然と見てただ何も出来なかった自分の無力さと、あれだけ暴れておきながらあっさりと退場してしまった敵の男への怒りだけが心の中に取り残されていた。
「おい!立てって!!」
でもそう僕の腕を無理やり持ち上げ立たそうとするラースに思考は遮断されてしまった。だけど腕だけ持ち上げられても、僕の体に立ちあがるだけの力も気力も残っていなかった。
「いいよもう。先行って」
ラースは目の前で友人と五年以上連れ添った大事な人が死んだ僕の気持ちは分かってくれないのだろうか。何回僕は大事な人を殺されなければならないんだろうか。本当にアイリスの言うように僕がいるせいで、皆不幸になって死んでいってしまうのだろうか。自分の存在で自分の大切な人が死んでしまう、僕の気持ちをラースは理解しているのだろうか。いや分かる訳も無いし勝手に同情だってされたくない。
でもラースはお構いなしに僕の心の中を踏み荒らすのか、強く僕の右腕を掴んだその手を更に持ち上げた。
「ここで死ぬ気か!!!アイリスもライサもエルシアもみーんな置きっぱなしで!?全部嫌になって逃げんのか!?」
「・・・・・・」
右肩の古傷がミシミシと痛んでいた。それにラースの掴む力でジンジンと二の腕が痛む。
「お前いつも偉そうに守るがなんだ言ってんだから立てよッ!!!」
「・・・・・痛いって」
うるさい。何も僕の前世の事も今までの苦労も知らないくせに何を偉そうに。盗賊の頃にいた時からラースは変わってない。いつもこうやって偉そうに理想論だけで僕を責める。
「こんな所で止まってんじゃねぇよッ!!!」
「だから痛いっつってんだろッッッ!!!!!!!」
やっと顔を上げて右腕を振り払おうとするが、ラースの手は一切びくつかずただ僕は叫んで睨む事しか出来なかった。そんな惨めな僕をラースは息を落ちつけながらも見下ろして言った。
「自分でも分かってんだろ。ここで自暴自棄になってどうすんだよ」
「だからお前に何が分かッ━━」
そう僕が更に吠えようとした時。ここにいるはずの無い人物の声が僕の鼓膜に響いた。
「いやぁ随分荒れてるねぇ。誰か死んだりした?」
僕はその嫌に脳裏にこびりついた声を、確かめる必要も無いのにゆっくりと首を回して見てしまった。
そしてそこにはやっぱりと、僕の記憶通りニヤた面で僕らを眺めるクソジジイの姿があった。
「ん~っあ、あの子死んじゃったのかお気の毒に」
地面に倒れるイリーナを見て、さも当たり前で何も思っていないような口ぶりだった。僕はそんな態度に再び怒りが湧き出しそうになるが、その前にクソジジイが言葉を続けた。
「せっかく最終決戦だと思って急いで準備したんだけどなぁ。君がその様子だとちょっとなぁ」
またしても意味の分からない言葉をほざいていた。どこまでも僕の癪に障る奴で気に食わない迷惑な人間であることは、昔から一切変わっていないようだった。
でもクソジジイは腰に手を当てて後ろを振り返ると、誰かを呼び寄せているのか手招きをしていた。
「あ、君らも来て良いよ。多分もう安全だからね」
その声に従って角から出てきたのはエルシアとカーラだった。エルシアは髪の長さ以外変わりは無かったが、見ない内にカーラは背が伸びていた。だがそのカーラは昔から変わらず僕を恨んでいるらしく、敵意で籠った眼で僕を睨みつけていた。
「う~ん、で、どうしようか。せっかくの再会だし何か言う事あったりする?」
「・・・・別に。なんかあいつ今取り込み中でしょ」
「そうだよねぇ。私としても計算外な展開でねぇ」
クソジジイとエルシアが僕らへの説明を全くせず二人で会話を進めていた。もしかして今回の戦争もこのクソジジイが仕組んだんじゃないか。それぐらいの事何も思わずやりそうだし、やるだけの力はある人物だから僕の疑念の芽は深まった。だからブレンダさんのナイフを握り直そうとするが、それを小声で語り掛けるラースによって止められてしまった。
「やめとけ。今あいつらがリュテス国の人間なら殺すとまた戦争が長引くぞ」
するとその声すらも聞こえていたのかクソジジイがニコッと笑って、エルシアから視線をぐるっと戻して僕らにその細い目を向けてきた。
「お、君は成長したねぇ。良く分かってるじゃない」
「うるせぇ。お前に褒められたかねぇよ」
二人の会話を聞きつつ、僕はクソジジイの傍に立つエルシアと目を合わせていた。と言ってもあっちは僕にあまり興味が無さそうにしているのだが。そんなエルシアの肩をクソジジイが掴んだ。
「ま、仕切り直しかな。第二ラウンドってね」
そう言ってクソジジイは手を振って僕らの前から去ろうとしていた。でもカーラはその場に残って僕をジッと見続けていた。そしてざまぁみろとでも言いたげに嫌に笑うとゆっくりと口を開いた。
「私の気持ち分かった?」
「・・・・・・」
僕がカーラの父親と姉を殺した事を言っているのだろうな。自分で選択した結果だけど、今の状態で言われると大人げないが腹が立ってしまう。
でも反発した所で相手は子供だ。言った所で理解もしないだろうし正論があの子の求めている事ではない。だけどそう僕が黙ったのに対して今まで冷静だったラースが少し怒気を含ませて口を開いた。
「お前ちょっと言い方を考えろよ」
「なに?ラースさんだってこいつの事責めてたじゃん。今更裏切るの?」
僕の腕を掴んだままラースは代わりに反論してくれていた。昔は僕を責めていたラースが庇ってくれるのは嬉しくない訳では無いけど、今はそれをしても意味ないし死人の前でそんな言い争いをして欲しくない。
でも僕を置き去りにして二人の言い合いは加速していった。
「そう言う事じゃなくてだな。今のこいつの気持ち考えてやれよって話で」
「じゃあ私の気持ちはどうでも良いのッ!?あの時目の前で家族を殺された私はどうでもいいって事!?あの時こいつが悪いからって慰めてくれたよね!!!」
そう突然怒りの導火線に火が付いたのかカーラの人差し指が僕を向いた。あの時はラースも仲間になって悪口言ってたけど、急にラースが態度変えるから困惑してるのだろう。
でもこれ以上ここで言い合いを続けて欲しくない。だからまだ上手く力の入らない足を立たせて、ラースの肩を叩いた。
「もう良いよ。カーラだって被害者だから」
「だ、だけどよ・・・・」
「良いから。それよりも早くイリーナ達を弔ってあげたい」
「・・・・・・・お前がそう言うなら良いけどよ」
色々あって無理やり気持ちを整理させられた感じがする。と言っても悲しみも悔しさも怒りも消えたわけじゃないけど、上っ面ぐらいは取り繕えている・・・と思う。
それに今は僕の事じゃなくて次はカーラをこの場は納得させないといけない。でもカーラは一向に収まる気配も見せず今にも切りかかりそうな勢いだった。
「何お前らで納得してんだよッ!!私はまだッ━━」
その時また角から出てきたクソジジイがカーラの首根っこを掴んだ。
「君うるさいよ。ちょっと黙って」
そう言われた瞬間カーラが何かに怯えたように肩をすぼめて黙ってしまった。でも何はともあれやっとこの場が落ち着いてくれるならそれでいい。そう僕はそのクソジジイの動向をジッと見ていた。
「じゃ、ごめんね。またいつか会おうね」
クソジジイがそうまた角の向こうに消えようとした時、チラッ出てきたエルシアの顔が僕を見ていた気がした。でもそれもすぐに僕から顔を逸らすと、その場に一瞬残った銀色の毛先だけが靡いて消えて行ってしまった。
「・・・・なんなんだよあいつら。何が目的なんだよ」
ラースが腹が立っているのかクソジジイたちの消えた角を強く睨んでいた。妹であるエルシアと再会した事なんて忘れているのかと思うほどだった。
「とりあえず皆をちゃんと寝かせてあげよう」
僕はラースの手から離れるとよろける足をなんとか動かして、イリーナの元へと歩み寄って行った。
「こんな軽装してるからだよ」
イリーナは盗賊の頃から鎧の類は頑なに着ようとせず、身軽な装備を好んでいた。今回鎧を着ていれば結果が違ったのではと、今更な後悔が湧いてくる。でもそれももうどうしようも出来ない決まってしまった事実だ。
「らしくない顔で死にやがって」
真っ白に血の気の引いた顔。もうそこに誰も居ないと視覚だけで分かってしまう。
「もっと最後ぐらい話しとけばよかった」
手にかかるイリーナの体重は冷たく何の脈動も感じられなかった。
僕はそんな体をそっと地面に置きボロ布を顔にかけた。でもこれをすると本当に死んでしまったのだという実感が湧いてくる。
僕が溢れそうになる物を何とか引っ込めながら立ち上がると、地面に横たわるイリーナに手を置くライサの姿が視界に入った。
「場所移動しようか。まだここ戦場だから」
「・・・・・うん」
ライサは僕より先に心の整理が出来ていたらしく、名残惜しそうながらも手をそっと離した。ラースもライサも僕より強く成長したんだな。
人生二回目だというのに一番僕が小さい人間なのかもしれない。でも自分がまだ死に慣れていない事にどこか安心する事も無いと言えば嘘になる。
「大丈夫ですか?」
その声に僕は顔を上げると、血まみれになったヘレナさんの姿がそこにあった。でも僕がその問いに答える前に、ヘレナさんは何かを見て顔を一気に青ざめさせて僕らの脇を走り抜けた。
「アイリス!?大丈夫!?!?怪我はどこ!?痛い所は━━」
僕はそんな焦るヘレナさんの背中越しに言った。
「治癒魔法はかけてあります。さっきも意識はあったので大丈夫ですよ」
「そ、そうですか・・・・良かったです」
ヘレナさんは大事な人が生き残っていたんだな。何もヘレナさんが悪くないはずなのに少しだけ妬んでしまう。
そしてそのヘレナさんは割れ物を触る様にアイリスを背負うと、ぞろぞろと建物から出てきた部下を見つつ言った。
「すみません取り乱しました。この子は私が医療班へと届けます。皆さんも一緒に行きましょう」
ヘレナさん達の隊もかなり減ったらしく二十人もいないように見えた。どこも厳しい戦いだったのは、生き残った兵士の損耗具合から分かった。
「ライサ。立てる?」
手を離したとは言え、イリーナの傍にじっとい続けるライサに立つよう左手を差し出した。
「・・・あ、うん・・・・そうだね」
ギュッと僕の左手をライサの小さな手が掴むが、足に力が入らないのかその場でじたばたしてしまっていた。
「あ、あれ?立てない・・・」
その姿とライサの今の顔で思った。
なんだ。イリーナの為に泣いてくれる奴は僕以外にいたじゃないか。最後にイリーナはこれだけ想ってくれた子を置いて行ってしまったのか。あいつも最期まで周りが見えてなかったんだな。
僕はそんなライサの小さな手を握り返し力を籠めると、持ち上げよろついたライサの腰に手を回して立たせた。
「行くよ。頑張ろう」
「う、うん」
そっとライサの背中を押してヘレナさん達の背中を追った。ラースも途中よろける僕の背中を支えてくれて、なんだかんだ三人で手を取り合って荒廃し真っ暗になった街並みの中を歩いた。
今まで僕のせいで死んだ人達、僕がいたから苦しんだ人達。今回も僕の存在があのクソジジイを動かしてこんな戦争になって死んだ人達。
それなのに元凶である僕は生き残り続けている。こんな自分を僕自身が認めれる気はしない。
でもここで死ぬことは簡単だけどそれは無責任だ。なら最後まで誰かの為に自分の存在で失った物へ償うためにこの命を使わないと。
「最後まで僕は戦い続けないとダメなんだ」
そうブレンダさんとイリーナのナイフを大事にしまった。今の僕は皆の命の上に立っているんだから、僕もいつかは誰かの命の下に居ないといけない。その時がいつか分からないけど、僕が僕としての存在を認められるようにそう生きよう。
そうすれば死ぬ時に自分が生きて良かったと思えるかもしれないから。
ここで第七章は終わりです。
いつものことながら読んでくださる皆様には感謝しかありません。本当にありがとうございます。
そして次は展開次第で分けるかもしれませんが、今の所は最終章のつもりです。ですので最後までお付き合いしていただけると幸いです。
追記 七月二十九日 結果的に章は分けることになりました
それで次話以降ですが恐らく今週の日曜(七月二十日)になると思います。そしてその間これまでの話の誤字修正や、加筆等する予定です(もちろん本筋は変えません)。自己満足的な面も強いですがちゃんとやり切りたいので、特に一章二章辺りは表現の変更やストーリーの加筆をすると思います。大幅に加筆した際は前書きにその旨を書かせていただきます。しばらく話の編集による更新通知がすると思いますが、ご容赦いただけると幸いです。
では!最終章も面白いと思ってもらえるよう最後までやり切るので、次話以降も読んでいただけると嬉しいです!!




