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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
第七章
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第百二十話 同期


 どうやら敵軍が来襲したらしいと伝令からの報告を受け、慌ただしくなった室内。僕はヘレナさんから士官を呼べとの指示を受けた為、その部屋には既におらず人の気配が少ないこの建物を走っていた。


「・・・あとはこっちか」


 建物の配置図を手に握りしめているけど、どうやらヘレナさんの下には小隊が三つあるらしく、各士官に伝言を伝えるのにそこまで時間がかかることは無かった。

 そして最後に別で仕事をしていたイリーナを呼ぶために、地図を睨みながら建物を歩き回ってある扉の前に立った。


「よしここだな」


 僕はそんな部屋の扉をノックして開けると、換気が悪いのかどこかどんよりとした空気が顔に当たった。そして中ではこの一か月恒例の後継だったが、ライサとラースがイリーナに教えられつつ勉強に励んでいた。これもヘレナさんの計らいで、二人は勉強が全く追いついておらず、流石に知識だけでも促成させるためこの部屋でしばらく缶詰をさせられている。


「緊急で招集なので良いですか?」


 僕はそうラースとライサに勉強を教えるイリーナの姿を見た。正直イリーナなんて教師ってガラじゃないだろうに、かなり勉強を頑張っていたのか二人の教育係を任せられていた。


「ん?あぁ分かった。じゃあ残りは自習でやっとけ」


 イリーナに言われてすぐに取り掛かるラースと、不満そうに僕に助けを求めるように視線を送るライサで、やる気の違いが見て取れていた。まぁ毎日この空気の部屋で十時間以上勉強してたらそりゃ気が滅入るか。

 そうライサの眠そうな目と視線が合っていると、それを遮る様にイリーナの顔が目の前にやってきていた。


「急ぎなんだろ?行くぞ」

「あ、はい。すみません」


 今の瞬間珍しくイリーナから良い匂いがした気がした。確か冒険者の時にエースイの街で買っていた石鹸まだ使っていたのだろうか。

 そんな事を思いながら僕がイリーナを連れて戻ると、既に部屋に士官は揃っているらしく僕らが最後の様だった。


「うん、じゃあ揃ったから始めるよ」


 そうヘレナさんは僕らを見ると、紙束を脇に避けてスペースを作った長机の上に地図を取り出して広げた。それを見るように僕含めて十二人が机を取り囲んだ。今まで見た事の無い顔の人も多いけど、そこにはアイリスやハインリヒの顔もあって少しだけだけど安心できた。


「まず最初に伝えますが、多く見積もっても五日で敵軍がこの帝都に来襲するとの事です」


 その言葉にハインリヒやアイリス、それに僕らと同じ学生から徴用されたのであろう男の子が、動揺を隠せないでいだ。だがそれとは対照的に古参らしき士官の人達は、やっぱりかとため息をつくだけで静かにヘレナさんの言葉の続きを待っていた。


「で、私達はここに布陣しろとの事でそれまでにこの中隊の編成を終え、陣地設営をしなければいけません」


 ヘレナさんが指を差したのは南門から少し離れた交差点だった。恐らく南門と帝都の城を結ぶ一つの主要道だから、後方とは言え戦闘は避けられそうにないとパッと見ではそう思った。

 

 すると一人の中年頃であろうか右肩の階級章を見るに大尉の男が手を上げた。


「もし仮に陣地構築出来ても中隊では敵の戦力からして防ぎきれませんよね?他に指令は無いのですか?」

「ない。恐らく捨て駒扱いなのだろうな。本営としては中央の城の橋を落として徹底抗戦しつつ、ブリューゲル少将の援軍待ちってところだろう」


 随分ばさっりとヘレナさんは断言していた。さっきの伝令の人はそこまで言ってなかったから、ヘレナさんの推測も含まれているのだろう。だが実際七千人相手に百五十人そこらの兵士で守り切れるわけないから、捨て駒って言う認識は僕も同意だった。


 だがそんな事実は他の士官の人たちは考えるまでも無く分かっていたのか、それ以上誰も口を開かず地図を見ているのか絶望しているのか、顔を落として下を見たまま沈黙が流れてしまった。

 でもそんな時ヘレナさんは両手を地図の上に置いて前屈みになると、強い意思の籠った眼で全員の顔を見回した。


「だから私としては陣地は作るだけ作って放棄するつもりです。路地裏に潜み一撃離脱を繰り返し遅滞戦闘に努めます。壁内となればこちらのテリトリーですから」


 すると僕と同じ学生だったであろう士官の子が恐る恐る手を上げて発言した。


「え、で、でもそれは命令違反じゃ・・・」

「私達は陣地が防衛しきれず撤退するだけです。ただそのタイミングが早いと言うだけですから」


 ヘレナさんはそういう事にしておけと食い気味にその士官の子の指摘を抑え込んでいた。だがそれに反発する者は誰もおらず、その作戦は部隊総意の元受け入れられたらしかった。


「それで今回補充で来るのが、四分隊総勢四十八名です。その内の士官兼魔導士はここに揃っていますから、君らは編成を急いでください。それ以外は陣地構築及び周辺の詳細な地理把握に出ます」


 そうヘレナさんが僕やハインリヒを見た。四分隊で僕ら含んで四十八人って事は僕の下には十一人付くって計算になるか。ラースとライサ抜いても九人でそれだけの見ず知らずの他人の命を僕は責任を取らないといけない。


「では私は一度本営に行くので、後はアーレンス少佐に一任します」


 ヘレナさんは別で何かする事があるのか、顔を落とす僕らとは対照的に忙しそうにバタバタしながら扉を開けて走って行ってしまった。

 そして残った部屋の中でアーレンス少佐はしゃがれた声を張った。


「では各自指示通り動きましょうか」


 その命令に従ってそれぞれの士官が話し合いながら地図を手にぞろぞろと部屋から出て行く中、アーレンス少佐はイリーナの肩を叩いた。


「それでイリーナ中尉は彼らに集合場所まで連れて行ってあげてください」

「おう。わーったよ」


 そんなイリーナの返答にアーレンス少佐は何か言いたげだったが、結局それを引っ込めて他の士官たちに続いて部屋から出て行ってしまった。あの人少佐だからイリーナの言葉遣いが気になったのだろうか。

 と、そんな僕の思考を置いておいてイリーナが早速指示通り動き出した。


「じゃあ行くぞ。あ、それとお前らはあたしの小隊だからな」


 この始まりでイリーナが、集合場所に行くまである程度部隊編成について教えてくれた。どうやら分隊三つで一つの小隊らしくそれをイリーナが管轄して、その小隊を更に三つまとめて中隊で上にヘレナさんがいると。そしてそのイリーナの小隊には三つの分隊が僕、アイリス、ハインリヒで指揮をするらしくその辺は気を使った配備なのだろう。だけど実際の所ハインリヒはイリーナの隊で副指揮官的な役回りらしいが。


「で、お前は別小隊だから後で合流してくれ」

「あ、はい!わかりました!」


 そうして最後の男の子への伝達を終えイリーナが全員分の配備について教えてくれると、どうやら集合場所といっても建物の外正面だったらしく、玄関を出るとゾロっと鎧で固めた兵士達が並んでいて少し気圧されてしまった。

 そんな中イリーナは一歩前に出て胸を張ると、曇天の空に声を響かせた。


「突然の招集に従ってくれて感謝する!ではこれより配属先ごとに分かれるので指示に従うように!」

 

 いつものイリーナからは想像できないような、堅苦しい言い方に違和感を覚えつつも僕は急いで部隊の名簿表を取り出した。そして少しばらけるように端っこによって手を上げた。


「えーじゃあ僕のとこが第三小隊です。集まってください」


 するとどうやら一緒に並んでいたらしかったライサとラースの姿が真っ先に見えた。


「よっ。なんか大事になってきたな」

「だね」


 小隊ごとには魔導士が三人配備される。つまりこの小隊には実戦経験の無い魔導士が三人となってしまうが、僕が冒険者をやっていた事やラース達の出自を考慮したのかもしれない。だがどちらにせよ僕からしたら心配なのだが。

 

 そうしている内にも僕の元に兵士達が集まってきていたらしく、気付くと目の前で握手を求めるように右手を差し出す僕より一回り年上の男の姿が見えた。


「デューリング少尉ですね。アルブレヒト・ラインフェルトです、よろしくお願いします。階級は見ての通り曹長なので少尉の補佐を務めさせていただきます」

「あ、丁寧にありがとうございます。フェリクス・デューリング少尉です。至らない所が多いかもしれませんがよろしくお願いします」


 そう僕は差し出された右手を握り返すが、その手の皮が厚く最早人間の手とは目を瞑っていたら分からない程だった。それほど戦歴の深い人に補佐に付いてもらえるなら安心だなと、握手した左手を引こうとするが、なぜかビクともせずラインフェルト軍曹の顔を見上げた。


「私達は貴官の為に死ぬつもりはありませんから。それは分かっておいてください」


 その言葉に軍曹の後ろが視界に入るが、どの兵士達も同じ気持ちなのかジッと怖い顔をして同意するように僕を見てきていた。やはり新任の一か月前まで学生だった人間に命を預けれないってことらしい。

 

 だが、そうは言っても一応僕は上官である以上組織としてのルールを崩す訳にはいかない。そう軍曹の顔にわざとらしく笑いかけた。


「勿論先達としての貴方の助言は参考にしますが、上官である自分の命令には従ってください」

「・・・・了解です」


 最初の挨拶とは打って変わって不機嫌そうな顔をされてしまったが大丈夫だろうか。そもそも僕らが入った事で、この分隊の指揮権がラインフェルト軍曹から僕に移ってしまった。だから不満も抱くだろうし、それに従っていた部下も僕には簡単についてくれない。それに彼らは履歴からして長年連れ添った戦友だから団結力もあるし反発されたら・・・・・・。


「・・いや今はそんな事じゃない」


 無駄な考えが回りすぎだ。そう僕は両頬を手で叩いて思考を切り替えると一歩前へと出た。何はともあれ僕がしっかりしないと、この人たちを死なせてしまう事になる。


「とりあえず三人づつで編成します。僕らはこの三人で魔導士で固めるのでラインフェルト曹長、貴方の判断で兵卒の皆さんを振り分けてください」


 心配をしてただ固まっていても仕方ない。僕は与えられた責任と預からないといけない命の分だけ働かなければ。


「そして歩兵兵科の皆さんの指揮自体も基本ラインフェルト軍曹に一任します。ですが先ほども言いましたように、自分からの指示には基本従って下さい」


 この辺りが譲歩ラインだろうか。あの歩兵達の指揮に軍曹の方が経験と関係値からして長けているのは事実だし、役割分担という体で上手く不満を抑え込めたら良いのだけど。

 そう僕が両手を握りしめて汗をかく感覚を覚えていると、軍曹がジャラっと鎧を鳴らして僕を見た。


「・・・・了解です。ですが不適格だと判断したらすぐに独断で行動するので」


 こんな僕を心配そうに遠目から見てきているイリーナを横目で視界に捉えつつ、これは僕がやらければいけない事だとグッと右手を引き締めもう一歩前へと出た。


「分かりました。では認めてもらえるよう頑張ります」

「・・・そうかい」


 それだけ言って軍曹は淡々と振り分けをしてくれて案外早く編成が進んで行った。

 そうしてからは特に波風が立つ事無く編成を終え、互いの顔だけ見合わせるだけで日も暮れてしまい、この日の業務は終わってしまった。どうやらイリーナによると僕らは小隊行動の習熟の為、陣地設営では無くあと四日で一緒に訓練をすると言う事になっているらしかった。


 そしてその日の深夜。どこか互いに寝付けなかったのか、宿舎の中で顔を見合わせた僕とハインリヒは、音を立てないように外に出てぼろい渡り廊下の下で会話をしていた。


「なんか一気に色々進んで現実感がねぇな」

「だね。本当に戦争するって感じがしない」


 二人並んで渡り廊下の手すりに体重をかけ夜空を見上げていた。このところは気温が上がってきたとはいえ、まだ夜だと寒くて重ね着が必要になる。

 するとハインリヒが思い出したかのように夜空から視線を逸らして、僕にそれを向けてきた。


「そーいやフェレンツさん。あ、妹の方な。見てたか?」

「ん?あー見てないかも。自分の事でいっぱいいっぱいだったし」


 僕がそう言うとあちゃーっと言いたげにハインリヒは、わざとらしく右手で頭を押さえた。


「あいつ色々やばそうだったぞ。いきなり同じ学生の魔導士と喧嘩してたし・・・・」

「・・・・・それは」


 なんともアイリスらしいとは思ったが、最近の比較的大人しかった彼女からはあまり想像出来ないような情景だった。いやまぁ僕の感覚がマヒしているだけで、未だにアイリスの態度がキツイ事もあったし、僕がおかしくなった可能性も大いにあるが。


「お前以外に懐いて無いからなぁ。お前からなんか言っておいてやれよ」

「あれで懐かれてるのか」

「だってお前かライサさんとしか話してる所見た事ねえぞ」

「えーそうだっけ?」


 なんだかんだ最近は周りと話しているように思っていたが勘違いだっただろうか。だけどハインリヒには何か感じる事があるらしかった。


「お前はあいつにとっては特別なんだとだと思うぞ」

「・・・・?」


 と、そんな事を話しているとこういう時に限って、その話の当人がやってくるものなのか僕らの背後で、宿舎の扉がギィっと開けられる音がした。


「私の話してたでしょ」


 寝起きで瞼が開いていないだけだと思いたいが、明らか表情が不機嫌そうなアイリスの姿が青白い月明りに照らされていた。

 でも僕は咄嗟に思考を切り替えてそのアイリスを真面目な顔を作って見た。


「分隊の人とはちゃんとやれてるの?」

「・・・別にあんたに関係ないでしょ」

「仲良くしろとは言わないけど、意思疎通が出来ないとどうしようもないよ」


 拗ねているのかいじけているのかアイリスはその場で下を向いて黙りこくってしまった。久々にこういうアイリスを見た気がするが、一方的に責めるのは可哀そうかと思い事情を聴いてみた。

 するとアイリスは小さい歩幅で僕の隣まで歩いてくると、手すりに手をかけた。


「だってあんな舐めた態度取られたら・・・・」


 僕はその言葉を聞いてすぐに察しハインリヒと顔を見合わせた。だがハインリヒはピンと来ていない感じだったから、イリーナが何とかしたのかもしれない。だがこの感じアイリスは僕と同じで部下に反発されたのかもしれない。それで反発し返しちゃって喧嘩とそう言う感じだろうな。

 なら僕がやれる事は少ないけど、アイリスの為に少しでもフォローしてあげよう。そう手すりに前屈みにもたれ掛かってアイリスに言葉を投げかけた。


「でもそれでもやるしかないよ。愚痴は僕らが聞くからさ」

 

 そう再びハインリヒに「ねっ」と同意を求めるように視線を送ると、ハインリヒは優しく笑うと僕の肩に手を置いた。

 だがその優しい顔からは僕の望む回答が出てこなかった。


「毎晩フェリクスがここで聞いてくれるらしいですよ。俺は眠いから寝ますけど」

「え?そこで裏切る?」

「いやだってフェレンツさんが話したいのは俺じゃなくてフェリクスだろ。そう思いますよね?」


 会話のボールを唐突に向けられて混乱したのか、下を向いて暗かったアイリスの顔がアワアワと困惑の色を浮かべ視線が泳いでいた。


「・・・別にどっちでもいいけど」


 そうやっと答えてくれたアイリスが口を尖らせて明らか不満そうに拗ねてしまった。そしてそれ以上喋ろうとしてくれなくなってしまった。

 そんなアイリスを見て責めるようにハインリヒを見るが、何が面白いのか笑いながらごめんごめんと謝るだけだった。僕はそんなハインリヒに呆れながらも時間も時間なせいか自然と欠伸が出てしまっていた。

 

「・・・はぁ。もう僕は寝るから明日にでも困った事あったら相談して」

「お、じゃあ俺も寝るか」


 僕とハインリヒがそう歩き出して、少ししてから付いてくるようにアイリスも歩き出した。やはりあーは言っていたけど、誰かに愚痴りたかったのかもしれないな。そう風で揺れる髪を抑えるアイリスを見た。

 

 なぜかこの時、アイリスの黒髪が風で揺れ青白い月明かりに照らされるのが、僕の中で特に印象に残ったのを覚えている。

 そんなもう雪解けの季節が始まった頃の、非現実的な出来事の中でのただ何でもないような同期同士の会話だった。


 


 


 






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