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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
第七章
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第百十九話 攻防戦


 時は少し戻って二月の中頃の話。

 少しづつ気温も上がり始め川の凍結も終わりを迎えていた頃、アウグストはその川の手前で立ち止まり考えていた。


「あれどれだけいるの?」

「おおよそ五千程の兵ですね。殆ど農兵ですし正面から押しつぶせるかと」

「なるほどね~」


 おおよそ川を挟んで二、三キロほど先にいるだろうか。確かにこいつの言うように正規兵らしき姿は見えないようだけど、どうも気になる事がある。


「相手の正規兵は居ないの?先の城で籠ってるとか?」

「分かりませんが、そこまで気にしなくても勝てるのでは?」


 そんな質問に答えず楽観的な推測する部下に、相変わらず使えない奴だとイラつきを覚えながらそれを問い詰めるように睨んだ。


「いや質問に答えてよ。そもそも農兵五千も集めれる貴族の軍に、正規兵一人も居ないなんておかしいの気づかないの?」


 するとしまったと言わんばかりに焦って冷や汗をかきながら部下は、馬上から近くの兵に何か話し始めた。今更そんな態度するなら最初からしておけば良いのに、やっぱこいつも処分かな。


「も、申し訳ありません!あ、い、今伝令走らせたので少々お待ちください!!」

「謝るなら最初からやってよね」


 やっぱ元々いた軍人処刑したのがまずかったのかな。あれ一々口出ししてくるから鬱陶しくて殺しちゃったけど、無能な奴が下にいるのも厄介だな。偵察もまともに出さないし戦い方雑で、そのせいで現に僕がここに来た時には、これだけの精鋭なのに既に千人ぐらい死んじゃってるし。


「あ、あと君。今日の夜に川の水位調べておいて」

「え、は?水位ですか?」

「そう水位。周辺環境から状況から下がってるか上がってるか分かるでしょ」

「わ、分かりました。やっておきます」


 それと後は何をしておくべきか。このまま突っ込んでも勝てるだろうけど、それだと質のお陰で勝ったみたいになって格好良くない。それなら相手の策を打ち破って完封した方が歴史に残りそうだからね。


「あ、それと第三と第四中隊は森の中から渡河させるから、深夜の内に待機させといて。詳細な指示は後で伝えるから」


 そう僕は右隣りにある山の麓に広がる森を指差した。恐らくあの山はディリア山脈の一部のだろうけど、あれのせいで敵の奇襲のリスクがあるし。

 それからも使えない部下を置いて細々と指示を出しつつ、今やれるべき事をやり終えたタイミングで、ずっと引き連れている物書きを見た。


「今の会話ちゃんと全部書いておいてね」

「既に書き終えてますよ」

「さっすが~」


 まぁ無能な部下に変わって僕が来た瞬間に損害少なく敵軍を打ち破ったってなったのなら、それはそれで僕の有能エピソードになりそうかな。ならあの部下の行動は脚色してより無能に書いてもらおっと。


「あともうちょっとで帝都だし皆頑張るよ~」


 そうして僕はもう眠いと馬から降りて、近くに控えさせた物書きと温かい馬車の中へと戻って行ったのだった。

 

 これが戦闘前日の僕の行動であった。


ーーーー


 俺の名前はエーリヒ・ベルネット。元々主様の身の回りの護衛の役を頂いていたが、段々と信頼を置いてもらい、今では一つの街の防衛部隊の隊長を任せてもらえるようになっていた。

 

 そしてその恩に報いる日が今日やっとやってきた。


「敵軍が手前の街を出たようです。あと二日ほどで例の川の手前に来るかと」

「ありがとう分かった。とりあえず騎士の人を皆呼んできて」


 本国の防衛隊なんている訳も無いから、俺たちは自前の軍隊でこの街を守らないといけない。まぁそもそも中央の奴らいても、編成からして違うしどうせあいつらに捨て駒にされるからそれで良いのだが。


「因みに敵の数は減ってる?」

「いくつか街を落とされてますが七千からは一切減ってないようです。逆に負傷兵が戻ってきて増えていると報告する伝令もいるぐらいです」

「・・・・なるほど」


 アーベルとか言う奴の指揮する本国の連隊?とかいう部隊が後方でごちゃごちゃしているらしいが、それじゃ意味がないじゃないか。散々援軍要請出す癖に自分らは帝都に引きこもって、出てきても決戦すらしない軟弱者共が。そのせいで俺らが割を食うんだ。


 そうしてしばらく待って主様の各領地から集められた騎士達が、軍議部屋に集合するのを確認してから簡易的な地図を机の上に出した。


「ここで我らが勝てば主様の立場も良くなるはずだ。それに量と地の利ではこっちに分があるから諦める必要もない」


 そう俺は敵軍と我が街の中間地点にある川を指した。この川はこの辺りには珍しくディリア山脈から注ぐ、かなり流れの早い川ですぐに増水することから毎年農民を困らせている。だから上流では流れを変えるために土木工事中なのだがこれが戦闘に使えそうと、以前からいじくっていたのだ。


「で、とりあえず集めた農兵六千を川の前に布陣させる。この軍の粘りが大事だがそれはデニスさん貴方に頼めるか?」

「おうよ!こんなでかい軍の大将なんざ断る理由なんて無いってもんよ!!!これだけであいつらなんて蹴散らしてやるさ!!!!」


 田舎者なだけあってか知識が無くて扱いやすいなこいつは。まぁ頑張ってくれるだけこちらとしては助かるから良いのだが。


「で、ここが大事だが。もう既に俺の子飼いの隊が川に堰をして水量を制限している。相手も魔導士とはいえ、こんな寒い中水に溺れれば耐えきれないだろうしな」


 そう俺が川の上流を指差していると、したり顔で分かったとでも言いたげに都会育ちの貴族が口を開いた。


「つまり敵が橋を渡ったタイミングで堰を切るという事で?」

「いや違う。俺達が狙うのはあくまで敵大将だ。敵大将が渡り切った所で橋を落として分断。少数になった大将の隊を一点突破で狙う」


 ピンポイントで敵大将が渡っているタイミングに堰を切って流せるとは限らない以上、安全策で渡り切った後に堰を切る。そうすれば更に数の優位を取れるから。


「ですが、分断と言っても千人だけでも敵大将の元に残るだけでも厄介では?」

「まぁそれはそうだがこれを見てくれ」


 そう俺は説明するように橋手前の街道沿いを指差した。


「この周囲は農耕地で最近続いた雪が解け始めてぬかるんでいる。それにそもそも行軍隊列を相手は取っているから、かなり縦に細長くなっているだろう。それを薄い側面を狙い森からの貴君ら騎士達の奇襲で首を取る」


 どちらにせよこの橋はそこまで大きなものじゃないから、隊列を細くしないと川は渡り切れない。その瞬間大将の護衛は薄くなる。それならばいくら質に差があったとしても勝ち目はあるはずだ。

 だがこれだけ説明しても何か口出しをしたいのか都会育ちの貴族は、俺に食って掛かってきた。


「それなら尚更相手は橋を使わず川を無理やり渡川するのでは?相手もその可能性は考慮するでしょうし」

「それはそれで堰を切れば相手の主力が流れてくれるから、最早ありがたいまであるが違うか?」


 そうしていくつかの質問に答え終わると、他に何かあるかと騎士たちを見回したがもうこれ以上は無いらしく反発する者は居なくなった。


「因みにこれに勝ったら主様から莫大な褒賞があるとの事だ。各自奮励努力するように」


 そして俺が方便で士気を上げると各自素早く行動を開始していった。かく言う俺も敵の首を狙うため森に潜むことになるから、急いで装備を整えないといけない。


 そうやって色々頭を悩まして立てたが、従軍経験など殆どなく盗賊狩りばかりしていた俺にしてはそれなりに良い作戦だったとは思う。

 

 でも実際に俺が戦場に立って川の向こうで何故か立ち止まる敵軍を見て、嫌に汗をかく感覚を覚えていた。


「なぜ渡ってこない。その為に弱い農兵だけを固めたというのに・・・」


 真夜中で森からうっすらと見える敵軍の灯は一切動こうとせず、何か異変を感じさせていた。誘いがあからさま過ぎただろうか、いやでも数が数だし警戒しているだけか?


 ・・・それとも。


「もしかしてバレたか・・・・?いやでも川を渡らなければ森の中に潜伏するこちらの部隊は見えないはず・・・」


 だがそんな俺の心配も杞憂だったのか翌朝には、敵軍の旗が風に揺られながら行軍を始めていた。どうやら油断しているのか橋から渡るらしく、狙い通り隊列が長く伸び始めていた。


「あの旗が敵のアウグストのいる位置なんだよな?」

「えぇ。アーベル卿の報告ではそうです」

「なら後もう少しか・・・・・」


 おおよそ隊の中段前目にその旗があるから、川で分断しても二千人ほどは相手しないといけないか。そう慎重に敵軍の動きを見ていると、これまた何か異変を感じた。

 その異変を感じると士官学校という中央の学校の出身らしい貴族へと視線をやった。


「本当に敵に七千もいるか?俺の勘違いかもしれんが」

「伝令も完璧じゃありませんから。多少の数の前後は戦場では普通ですよ」

「そんなの物なのか」


 まぁこいつの方が戦争経験もあるからそうなのだろうな。俺は主様の信頼だけでこの地位にいるのだし、現場の意見も尊重しないとか。


「じゃあ堰を切る様指示を出してくれ。下流に水が行く頃には丁度いいはずだ」


 一番運が良ければ敵大将が渡っている時に増水した川水が行ってくれればいいが、それは望みすぎって奴だろうしな。後は天命では無く俺達の勇猛さだけが戦場を決めるはずだ。


「了解です。では騎士達にも臨戦態勢を取る様伝令を出します」

「おう、ありがとう」


 あいつも俺と同い年ぐらいだろうがやっぱり頼れるやつだな。それにこちらの士気も旺盛で作戦もバレていない。ならば勝ちの目は大いにあるはずだ。

 

 そして鼓膜が破れそうな程うるさい脈拍を感じながら、その旗が橋を渡るのをジッと見ているが何故か川の増水がしばらく経っても起きていなかった。


「おいもう一度伝令を出せ。間に合わなくなるぞ」

「了解です。今度は数名で行かせます」


 と、そんな会話をしている内にもあの旗が橋を渡り切り、こちら側の川岸へとたどり着いてしまっていた。するとその瞬間誰か騎士が指令を取り違えていたのか、声を張り上げ森から出てその旗へと突撃を始めてしまっていた。


 俺はそれを見て何をしているんだと近くにいた兵士に伝令をするよう怒鳴りつけた。


「農兵と敵先鋒が戦闘を始めたらって話しただろッ!!!今すぐ止めてこい!!!」


 そう怒りが吹き出し関係無い兵士に当たる俺を窘めるように、さっきから話していた士官に肩を叩かれた。


「もう今更です!!私たちも一緒に行くしかありませんって!!!」

「・・・・・ッ!クッソが。じゃあ全隊に指令出せ!!!農兵も前に出して敵を圧殺するぞ!!!」


 タイミングはどうあれ今動くしかない。丁度俺が敵陣に突撃する頃には川水も増水して敵退路を塞いでいるはず。奇襲のタイミングを誤った以上あとはそれを信じて俺らは戦うしかない。


 そう俺達が立ちあがって森から敵へと駆けようとした時。丁度俺の後ろで何かが弾けるような音がして振り返ると、そこには頭の無い体が力なく倒れる所だった。


「・・・は?」


 一瞬状況が掴めなかった。だがそうぼんやりとしている内にも、対岸の森からいくつもの魔法が飛んできて俺の首を狙ってきていた。


「バレてたのかよ・・・・ッ」


 飛んでくる魔法を避けるように木の陰に隠れるが、かなりの人数がいるようで相手するのはきつそうに思えた。

 それにこの量ならば堰を切る隊も抑えられているかもしれない。色々当初の作戦は崩れたかもしれないが、もうここまで来たら俺が橋を落として敵大将を包囲して潰すしかない。


 そう覚悟を決めた俺は敵の攻撃に負けない様、突然の敵襲に浮足立つ隊に私は声を張り上げた。


「狼狽えるなッ!!!!このまま敵将目掛けて走るぞ!!!!!あの魔導士共は無視だ!!!!」


 俺はそう叫んで我に続けと先頭を走り出した。すると他の騎士共も雄たけびを上げて続いて走り出してくれて、その際何人かが敵魔導士にやられたが怯む事無く森を抜けた。


 そうしてやっと見えた敵陣へと吶喊を始めようとしたのだが・・・・。


「・・・・いない」


 六千もいた農兵も、先走った騎士共も。何もかもいるはずの仲間がおらずそこにいたのは、ただ俺達を待ち構えていたのであろう半円で囲む魔導士達の姿だけだった。


「じゃあ死んでね~」


 そんな間の抜けた声だけが俺の最期の耳に届いた言葉だった。


ーーーーーー


「ふぅ。一応森の中に増援送っておいて。残党に後方でごちゃごちゃされると迷惑だし」


 そう一仕事終えた僕は魔導士の一斉掃射で人とも言えない肉塊になった物を見た。色々頑張ったらしいけど、こっちの損害はほぼ皆無で僕の歴史書の厚みになってもらった。


「ま、思ったより骨無かったな。ブリューゲルかなって期待したけど違いそう」


 そうして僕はワクワクしながら馬車内に待機させていた物書きに話しかけようと、その馬車の扉を開けた。


「どういい感じに書けそうじゃない?」

「えぇ!!これは良いですよ!!!やはり陛下は歴史に残る御方ですよ!!!」

「いやぁそうでしょ~」


 やっぱり相手がどうあれ勝った時は気持ちい物だった。そうして僕が気分よく馬車に乗り込んで、戦場の処理を待っている内に、どうやら物書きが僕の戦記が書けたらしかった。

 それを受け取って食い入るように読むが、やっぱり相変わらず素晴らしい物だった。


「やっぱ君文才あるよねぇ。君を見つけれたのが僕の最大の功績かもね」

「陛下の功績はこれからも積み上がってくのですから、私にお使いになられるには勿体なさすぎる言葉です」


 僕がそんな物書きと気分よく話していると、どうやら処理が終わったらしく再び行軍を再開するとの報告が入った。

 そしてその後は馬車に揺られて次は攻城戦かと思っていると、数日後どうやら敵はあの野戦の敗北で諦めたのか降伏するらしくあっさりとその城門をくぐる事が出来た。


「これも陛下の威光の賜物ですね。ちなみに選別はするので?」

「ん?めんどいからやらないよ。後詰にやらせといて僕たちは帝都目指すよ」


 別に僕は市民の選別とかどうでもいいし。ただ単に魔導士の不満のはけ口だったり団結の為として使えるからやってるだけで、やらなくていいならやらない。時間勿体ないし後からの統治面倒くさくなるからね。

 そうしてあっさりと敵の帝都前の重要都市を殆ど無傷で抜けると、二週間ほどした頃にはやっとその帝都の城門が僕の目に入っていた。


「おぉ!案外大きいねぇ!これは落としたら書く事増えそうだねぇ!!」

「左様ですね~。やはり華々しい経歴が陛下にお似合いですから」


 北に進軍するほど気温は寒くなっていたが、それと裏腹に僕の期待と自信は上昇していき、もうあと少しで達成できる自らの行いに興奮を隠せないでいた。


「じゃあ最終決戦ってやつかな?手早く落としてまた僕の歴史書を熱くしようか」


 僕はそして各隊に指示を出して配置に付かせると、その翌日には曇天の空の下城門へと攻撃指示を出したのだった。



明日の投稿はお休みします。すみません

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