第十一話 贈り物
微睡んだ意識の中瞼の裏が明るくなる感覚で目が覚めると、そこは宿のベットの上だった。
「あぁそういや家じゃないのか」
見慣れない天井を視界に入れつつ、まだ重い体を起こし窓を見ると丁度夕日が差し込んでいた。そんな夕日から目を背ける様に顔を横に向けると、隣のベットで仲良くラースとルーカスが寝息を立てていた。
「・・・とりあえずブレンダさんの部屋行くか」
二人を起こさないようにそーっと扉を開けて、隣の部屋をノックする。
「はい、どうぞ」
そうして扉を開けるとブレンダさんとエルシアが部屋の中にいた。どうやら父さんはまだ帰ってきていないらしい。
とりあえず備え付けの椅子に座り父さんの帰りを聞いてみる。
「父さんはまだですかね?」
「そろそろだと思うんですけどね。帰ってきたら夕飯に行きましょうか」
この宿に入った時は食堂っぽいの見えなかったから、夕飯は外食だろうか。
「フェリクス様は何か食べたいものありますか?」
「・・・・・魚とか?他のみんな次第ですけど」
この世界の料理とか知らないし、魚とか肉類なら外れは無いだろうと思ったからだ。そそしてブレンダさんは、ベットの上に腰掛けるエルシアにも同様の質問をしていたが、エルシアは興味無さそうにボソッと答えた。
「・・・私は何でもいいです」
頬杖を突いて興味無さそうに窓際に座り沈んでいく夕日を眺めていた。銀色の髪が夕日に照らされて神秘的だけど、その表情はつまらなさそうで退屈と言った感じだった。
すると風が窓から入りエルシアの髪が靡いたと思うと、ブレンダさんが僕を見て聞いてきた。
「ラース様とルーカス様はまだ寝てらっしゃるのですか?」
「え?あぁそうですね。起こしてきましょうか?」
僕がそう言い席から立ち上がろうとすると、ブレンダさんは父さんが帰ってきてからでいいと制止してきた。
そうして座り直した後も飯の候補を考えたけど思いつかなかったので、結局土地勘のあるブレンダさんのおすすめの飯屋にすることになった。
「宿に何泊する予定なんですか?」
話すことも無くなったので椅子を前後にカタカタ揺らしながら、なんとなく聞いてみる。
「今のところはニ泊ですね。買い出しと納税関係の都合で」
「納税ってそんな時間かかるんですか?ぱっと出して終わりかと思ってたんですけど」
「まぁ税って言っても、人頭税とかその辺なので確認にも時間かかりますしね」
思ったよりちゃんと制度化されているらしい。税金とかやった事ないしそういうの難しそうだから関わりたくないな。そう思ったのだが、ブレンダさんはそんな僕の心情を察したらしく窘めるように言った。
「フェリクス様も家を継ぐならそういうのにも慣れないといけませんよ」
という事らしい。確定申告すらまともにやった事ないのに出来るだろうか。
「・・・まぁ、その時はその時で頑張ります」
「今度勉強しましょうか。早いに越したことありませんし」
「いや、いやぁ・・・・まぁ頑張ります」
こんな異世界に来てまで書類仕事なんてしたくない。けど父さん達の家を継ぐとか大事な事だろうし、逃げられないのだろうなぁ・・・・。
そう仕方ないかぁと将来の仕事に辟易しながら、椅子の背に体重をかけていると突然後ろから声が聞こえてきた。その声に椅子から落ちそうになりつつも振り返ると、そこにはいつの間にか部屋に入っていたらしいルーカスが立っていた。
「あ、あの!」
崩れかけた体勢を戻しつつルーカスに視線をやる。頭に触覚みたいに寝ぐせついているのは気にならないのだろうか。
「どうしたのルーカス?」
僕とブレンダさんの視線がルーカスに集まる。すると自身の服の裾を掴んで下を向いたまま、ルーカスは絞り出すように言った。
「僕も勉強したいんですけど、一緒にやらせてくれませんか?」
そういえば馬車の中でも勉強したいとか言っていた事を思い出した。
僕としてはルーカスを応援してあげたいけど、ブレンダさん次第だし僕が勝手に決めれないしどうしようか。そうブレンダさんに確認するように視線をやってみる。
「僕はそれでもかまわないんですが、ブレンダさん的にはどうですか?」
だがブレンダさんの表情はあまりよろしいものではなかった。
「ちょっとそれは私の一存では・・・。それにそちらの親御さんにも話を通さないと」
そうか双方の親御さんの許可もいるのか。うちの父さんなら許可してくれそうだけど、ルーカスの方は分かんないしな。
まぁダメと決まったわけじゃないし、ルーカスを落胆させないようフォローしておくか。
「お互い両親に話して許可もらえたらまた話そう。こっちも話しとくからさ」
この辺が今の落としどころだろうか。
だがそれでも嬉しかったのか、ルーカスは嬉しそうにして跳ねていた。
「じゃ、じゃあ!お二人は良いってことですよね!」
「いいと思うよ」 「え、えぇ」
「じゃあ今度両親に話すので、その時はお願いします!」
ずいぶん嬉しそうにしてくれて、その反応を見ただけでこっちも嬉しくなる。せっかくだし色々勉強して頑張ってほしいな、そう思っているとルーカスのまた後ろから声がした。
「えーお前らが勉強しだしたら、遊べなくなるじゃん」
そんな声の主のラースを見るとちょっと寂しそうな顔をしていた。いや寝起きで目が開いてないだけかもしれない。
まぁでも同年代の男の子は僕らしかいないし、疎外感を感じてしまったのだろうな。そう思うとクソガキ気質なラースも案外可愛い所あるんだな。
「いつも勉強するわけじゃないからさ、大丈夫だよ。それにまたチャンバラしようね」
「・・・ならいいけどよ」
それからはぼちぼち雑談していく内に部屋に入ってくる日光もだいぶ減ってきた。その間相変わらずエルシアは何も言葉を発していなかったが、ラースとルーカスが相変わらずうるさかったので沈黙が流れる事は無かった。
そうして部屋の中が暗くなり蝋燭に火をつけたタイミングで、疲れ顔の父さんが僕らの部屋の扉を開けた。
「待たせて悪いな。飯行こうか」
そう言って父さんはすぐに外に出てしまったので、僕らも追いかけるように宿の外に出た。余程お腹が空いているのだろう。
「どこ行くの?」
急いで追いついて、隣を歩く父さんにそう聞いてみる。外はまだ店の灯で眩しかったけど、昼よりかは活気が無くなっているように感じた。
「特に決めてなかったんだが、ブレンダこの辺の飯屋詳しかったりするか?」
父さんは後ろを振り返って、なぜかラースの手を引いているブレンダさんに聞いた。ブレンダさん的にもラースは要注意人物なのかもしれない。
「そうですね・・・。子連れとなると比較的治安の良い大通り沿いの店がいいでしょうし、魚料理で有名な店があるのですがどうですか?」
その提案に皆不満は無かったようで、満場一致でその魚料理屋に向かっていった。多分僕の魚を食べたいと言う要求を汲んでくれたのだろうと、僕は感謝を示すように軽く頭を下げた。
そうやって六人分の足音を敷石に鳴らしながら、夜の街を僕らは歩いて行った。その間皆それぞれぼちぼちと会話をしていたが、相変わらずエルシアは口を開こうとしなかった。だから少し気を使って僕はエルシアの隣を歩いて話しかけてみた。
「元気ないけどどうしたの?疲れた?」
「・・・・・・べつに」
そう言ったエルシアだけど何故か路地裏の方をチラチラと見てどこか落ち着きがなかった。でも結局その意図が分からず、十分ほど歩くとその目的地である魚料理屋の看板が見えた。
「じゃあ今日は俺が奢るから皆好きなの食えよ」
そんな父さんの気前の良い提案にラースとルーカスがはしゃぎつつ、僕らはその店へと足を踏み入れていった。
その店の見た目は普通の店だったけど、出された魚料理がかなりおいしかった。味付けが塩だけじゃなくて、オリーブオイルっぽいの使ってたり、ムニエルもちゃんとおいしくて大満足だった。このご飯を食べれただけで、この街に来れて良かったと思えたぐらいだった。まぁ現代日本の飯と比べたらって感じではあるけど、塩以外の味付けなだけで貧しくなった舌には十分だ。
そうやって魚料理に舌鼓を打ち店の外に出ると、もう沈んだ太陽の気配も無く空が暗い青色になっていた。
「じゃあ、宿戻るけどなんか買いたいものとかあるか?」
「お金大丈夫なの?」
父さんによると何か買ってもらえるらしいので、僕がそう聞くと父さんは広場の方を指さした。
「思ったより買い出しが安く済んだしな。それにせっかく今日は市場開いてるからな」
あぁ確かに陽が沈んだ時間でもかなりで店が残っているように見える。まぁせっかく何か買ってくれるなら買ってほしいけど何かあるだろうか。
「買いたい物かぁ・・・」
そう考えながら遠目に市場を見渡すけど、ぱっと見欲しい物がない。
そんな中ふと一つ欲しいものを思いついた。
それは剣だ。剣なら今は使えなくても、将来的に普段使い出来るだろうし。あと単純にかっこいいから欲しいというのもあった。
そう思って父さんの顔を見ると、僕に言うように促して来たのでお言葉に甘えて言葉にしてみることにした。
「んーじゃあ剣が欲しい」
そんな僕の言葉に反応するようにラースも手を挙げて欲しがった。
「え!?剣?俺も欲しいです!」
「兄さんは関係ないでしょ。黙ってて」
そんないつものラースとエルシアの兄妹芸を見ていると、父さんがラースの頭を撫でて慰めてあげていた。
「いやまぁラース君も良い子にしてれば、ディルクさんに買ってもらえるかもしれないぞ?」
するとエルシアが呆れたように付け足した。
「らしいですよ?いい子にしてくださいね兄さん」
「・・・はいよ」
さっきもそうだけど、最近ラースが可哀そうに感じてしまう。実際我儘だけど、その我儘が通った所あんまり見たことないし、流石に子供なんだからもうちょっと優しくされてあげて欲しいと思った。
「んで、剣だが剣はさすがに買えないなぁ」
僕の方に向き直った父さんは申し訳なさそうに頭をかいていた。
まぁ仕方ないが僕の我儘もだめらしい。それにどうせそういのって高いだろうし無理だよなとは薄々思ってはいたが。
「・・・そう。じゃあまぁ特に欲しいものないかな」
あんま無理言って困らせるわけにはいけないしな。またいつか自分で金稼いで買えばいい。
と、遠慮したがそれだと父さんの気がおさまらなかったらしく、妥協案を提示してくれた。
「えーじゃあ、ナイフぐらいなら買えるから買うか?」
そう言いながら、お金の入っているのであろう袋を覗いて父さんは金勘定をしていた。
僕はせっかく買ってくれると言ってくれてるので、遠慮しすぎると失礼かなと思い、ご厚意に預かることにした。
「欲しいです!ありがとうございます!」
「おう。じゃあブレンダほかの子を宿まで送っておいてくれ」
つい敬語が出てしまったのは置いといて、ブレンダさんは指示通りルーカスとエルシアの手を引っ張って宿に連れてこうとしていたが、ラースが何やらごねていた。
「え、俺もついていきたい!」
「兄さん、帰るよ」
「え?おい引っ張んなって!おい!」
でも結局その抵抗も意味なく、エルシアに連れていかれてしまった。段々妹側の兄への抑え方が雑になってきている気がする。今度ちゃんとチャンバラしてあげよ。今まで危ないからなんだかんだやってなかったし。
そんな光景を見送って僕らも出発する。
「じゃあ行くぞ。あんま日が暮れると店しまっちまうぞ」
「は、はい!え、ちょっと置いてかないでって!」
そうやって何故か僕を置いて先に走っていった父さんになんとかついって行った。
息を切らしながら人が少し減ってきた広場を抜け、少し裏路地に入ったところにその武器屋があった。そこまで遠くにある武器屋じゃないなら猶更急ぐ必要が無いように感じるが。
そう少しの恨みを視線に混め飄々とする父さんを見上げた。
「はぁ・・はぁ・・・ちょっと・・・・早くないですか?」
僕は息を切らしつつ膝に手をついていて、今にも座り込みたかった。
「そうか?体力落ちたんじゃないのか?」
「そ、そんなことないって!毎日走ってたんだから!」
そんな息を切らして必死に訴える僕を横目に父さんは店の中に入っていった。僕はこれ以上不満を言っても仕方ないと、僕もなんとか息を整えつつ、父さんに付いて行って店の戸をくぐった。
「いらっしゃーい」
店内では職人って感じの見た目のおじさんが頬杖を立てて座っていた。武器とか飾ってあるけど、全部無骨な感じで煌びやかな物は全くなかった。
僕はその職人さんと父さんの会話を聞きつつ店の中を見回していた。鎧とか色々な武器が飾ってあって見てるだけも新鮮で面白かった。
「ショートソードとかナイフのそのあたりのやつあるか?」
「その子が使うのですか?」
「まぁそうだな」
「予算は?」
「・・・これぐらい」
そんな会話の中父さんが職人さんに袋を見せていた。それを見た職人さんは頭を掻いて悩み唸ると。
「その予算だと・・・少々お待ちを」
そう言い残して、店主は裏に戻ってしまった。
その間少し時間が出来たから、改めて僕は父さんにお礼を言った。
「改めてありがとう」
「うん?まぁ最近は鍛錬頑張ってるしそれも含めたご褒美だな。ちゃんと頑張るんだぞ?」
「はい!頑張ります!」
そうやって父さんにまた敬語使ってるぞと指摘されつつ、雑談していると職人さんがいくつかの剣を持って戻ってきた。
「例えばこれでどうです?ショートソードの中では、比較的軽量だし最初に使うのなら丁度いいんじゃないすかね?」
机の上に置かれたその剣は僕の体にはまだ大きいが、シンプルな形の剣だった。剣の良し悪しとか全く分からないけど、素人目では良い物そうに見えた。
「お、いいなこれ。フェリクスどうだ?」
「いいですね!これがいいです!」
他にもナイフとか色々あったけど、最初におすすめされたのもあってか即決した。まぁナイフよりショートソードの方が長く使えそうってのもあったが。
「値段はちょっとまけて予算ぴったりだよ」
「いいのか?」
「いいんですよ。八歳の贈り物でしょう?それなら少しぐらい安くしますよ」
どうやら職人さんのご厚意で安くしてくれたらしい。まぁそれでも予算ぴったりなら父さんに無理をさせてしまったかもしれないな。
そう改めて僕が父さんに感謝の念を抱いていると、父さんは机にお金を出し、職人さんからショートソードを受け取っていた。
「はい確かに。坊主ちゃんと大事にするんだぞ?」
「はい!ありがとうございます!」
それからの帰り道は、行きとは違いゆっくりと歩きながら話しながら帰った。
「さっき店主が言ってたけど、一応それはおまえへの八歳の贈り物なんだ」
確かに職人さんがそんなことを言っていた気がする。
普段は誕生日の贈り物とかはないが、魔力量を測ったりなど、やはり八歳というのがこの世界の一つの区切りなのだろう。だから僕は受け取ったショートソードを大事に抱えて言った。
「ありがとう。大事にする」
「おう、大事にしてくれ。あと一つ伝えることがある」
そう言うと父さんは真面目そうな顔でこちら見た。たまに大事な話をする時の顔だ。
「分かっていると思うが、絶対にそれで遊んだり人を傷つけたりしちゃだめだぞ」
それはそうだ。一つの気の緩みで命が失われるかもしれないしな。
「ま、流石に大丈夫か。確か前は学生だったんだろ?」
前とは僕の前世の事だろう。七歳の誕生日の日に事情を話したとき以来、父さんはあまりそこを触れてこなかったから珍しかった。
だから僕も戸惑いつつも自身の紡としての頃の記憶を引っ張り出した。
「そうだね。二十歳だった」
「・・・そうか。ご両親はどうだった?」
やはり今日は珍しく色々突っ込んで聞いてくるらしい。でもこれもしっかりと向き合うためだと、僕は包み隠さず正直に言った。
「いい両親だったよ。いつも僕の事を想ってくれていて」
僕はそう言って恐る恐る父さんを見上げた。普通ならこんな事言われたら不愉快になるかもしれない、そんな心配をしたがそれも僕の心配しすぎだったらしく。
「じゃあ俺も負けないようにしないとな!」
父さんはそう言って僕の頭をワシャワシャと撫でた。髪の毛がぼさぼさになったけど、それがちょっと嬉しくもあった。
そうやって父さんにくしゃくしゃになった髪を整えていると、既に宿が見えてきた。その時隣を歩く父さんの方をチラッと見ると目が合った。
「じゃあこの剣が似合うように頑張れよ」
父さんは僕の持つショートソードを指で押し、また整えたばかりの僕の頭をポンと手を置いた。僕が見上げたその父さんの顔はとても穏やかで優しい表情だった。
そうして宿に向かい歩いて僕はその剣の重さを実感して思った。
まだ僕にはこの剣を持てるほどの技量も力もないけど、これに込められた想いに似合うだけの努力はしようと。そしていつか父さんにこの剣が似合うと言って貰えるような人間になろうと。




