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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
第七章
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第百十八話 急報


 ヘレナさんの所で働き出して一か月と少しが経った。もうこの頃は三月に入ってきていたが、依然として気温は上がる事無くずっと薄暗い天気が続いていて気が滅入りそうになっていた。

 そしてそんな曇天の空の下。僕が朝食前に軽く運動を終えストレッチをしていると、それを待っていたかのようにハインリヒが僕にタオルを投げかけてきた。


「よっおつかれさん」

「ん、ありがと」


 受け取ったタオルで体が冷えない様汗を拭きとる。タオルと言ってもあまり質の良い物じゃなく布に近いが、この状況下だと贅沢は言ってられない。


「もう敵すぐそこまで来てるんだっけ?」


 僕が湿った布を畳みながら、寒そうに両ポケットに手を突っ込むハインリヒにそう質問した。するとハインリヒは掛けた眼鏡を触りながら、南の空を見ると。


「三つ先の街は落ちたらしいな。まだ兄貴が頑張ってるらしいがどうにもならんらしい」


 ハインリヒは少し心配そうに空を仰いでフーっと白い気を吐いた。僕はそんなハインリヒを見てなんとなく聞いたことなかったなと、その兄の事を少しだけ深堀してみた。


「お兄さんも軍人なんだっけ?」

「あぁ。確か少将だったな」

「むっちゃ偉いじゃん」

「俺の尊敬する人で目標だからな」


 以前聞いたがとりあえず、そのハインリヒの兄に結局家督を継がせることになったらしい。それで兄弟仲が険悪になったのかと思ったが、この様子はそんな事は全くないらしかった。まぁその話を僕にした時も本人も家督に興味無さそうだったし、別にハインリヒはその辺割とどうでも良かったのだろうな。

 

 でもそれはそれで家族が戦争に行っていると心配になりそうなのだが、ハインリヒからはそんな感じを微塵も見せていないのが僕には気になった。


「心配じゃないの?しばらく会って無いでしょ?」

「ん?あぁ別に心配は無いな。兄貴は死なないからな」


 ハインリヒは二ッと笑ってそう言うと、流石に寒くて体が冷えてきたのか寒そうに体を震わせて肩をすぼめていた。

 どうやら僕のいらぬ気遣いだったらしいと反省しつつ、僕も寒くなってきたので上着を手に取るとハインリヒの肩を叩いた。


「ま、飯いこーぜ」


 僕がそうして庭から上がってぼろい廊下を歩き出すと、ハインリヒもそれに続いて隣に並んで歩いた。

 そしてハインリヒは両腕を伸ばすように上へと引っ張りながら、さっきと打って変わって間の抜けた声で。


「今日の飯なんだろな」

「白いパンが良いんだけどねぇ」

「もうしばらく食って無いしなぁ」


 そんなどうでもいい様な日常会話をしつつ暖房も付いて無く寒い本館内に入って食堂へと向かうと、いつもより僕が早くに来た事もあってか食事を取っている顔ぶれがいつもと違った。


「あ、おはようございます。中佐」

「うん?あぁおはようデューリング少尉にブリューゲル少尉」


 そこには相も変わらずクマにボサボサになった髪にと、明らか過労気味なヘレナさんの姿があった。最近は一緒の部屋で働いているから分かるけど、僕より先に仕事を終えた所を見た事がない。

 そんなヘレナさんの苦労を推し量ろうとしつつ、周りを見るがいつもいる人物がそこにはいなかった。


「今日はイリー、、、アーレンス中尉は居ないのですか?」

「あぁまだ寝てますよ。何か用件があるなら伝えましょうか?」


 ヘレナさんの階級呼び慣れてきたとはいえ、未だにイリーナの呼び方にはまだまだ慣れない。知らない内にギュンターさんの養子に入れられて苗字持ってるし、階級上がってるしで接し方がどうすればいいか難しくなってる。


「いや、気になっただけです。これで失礼します」


 それから僕とハインリヒはヘレナさんから一旦は慣れ、食事を受け取ると木製の少しガタつく椅子に腰を下ろした。そして朝食の白い湯気を昇らせるスープにありついたのだが。


「やっぱ具すくねぇな」

「だね・・・・」


 軍隊なんだからもっと栄養のある物を食べさせて欲しいと思うのだが、これは我儘なのだろうか。食事ってモロに士気とかに影響するだろうし、実際量足りなくて一日中腹が減るから何とかして欲しい。


「そーいやフェリクスっていつからフェレンツ中佐と知り合いなんだ?元々顔見知りなんだろ?」


 ふと気になったかさっきの会話から思い出したのか、ハインリヒは硬いパンをちぎりながら僕を見てきた。


「あーまぁ冒険者やってた時にちょっとね」

「へぇー世界って案外狭いんだな」


 そうパンを頬張るハインリヒの整った顔を見つつ、僕も一欠けらのパンを口に放り込んでいると、どうやら起きたらしいライサとアイリスが食事プレートを持って僕らの隣に腰を下ろした。


「おはよ。ラースは?」

「おはよーっ!ラース君は走ってくるってさ!」


 こんな朝早いと言うのにもうスイッチが入っているのか元気そうに声を張るライサの返事を聞きつつ、ふーんと思いつつ僕は残ったスープの具を飲み込んだ。

 すると右前に座ったアイリスが珍しく眠いのか欠伸をしながら、目をショボショボさせていた。


「ラース君寝言うるさくない?昨日それで起きちゃったんだけど」

「え?そうなの?知らんかったけど」


 僕はハインリヒにもどうかと視線を送るが知らないと首を振っていた。だから僕は本当にラースなのかとアイリスに視線を戻すが、疑われたのが嫌だったのか少し不機嫌そうになってしまった。


「本当だって。絶対あれはラース君」


「ん?俺がどうかしたか?」


 その声にびっくりして振り返るとタイミングが良いのか悪いのか、運動したばかりなのか肩から湯気が昇っているラースの姿がった。そんなラースに僕はとりあえず事情を説明するようにアイリスを指差すと。


「寝言がうるさいと苦情だそうです」

「あ?そうだったか?すまん」


 ラースからしたら寝ている時の事だから言われてもって感じだろうけど、素直に申し訳なさそうに頭を下げていた。まぁ寝ている時の事なんて自分ではどうしようも出来ないし、誰も悪くないとはいえラースもちょっと可哀そうだな。

 そうラースを見ているとどうやら朝食のプレートを持っているが、このテーブルに席が空いていないのに気づいて、僕は空になったプレートを手に席を立った。


「あ、僕もう食べ終わったから座りな」

「お、ありがとな」


 するとハインリヒも呼応するように席を立つと、プレートを返しに行く僕の隣に並んだ。


「フェレンツさん随分丸くなったよね」

「え、そう?」


 細菌丸くなったのには賛同だがさっきの会話でそう思う要素あったのだろうか。そう思っているとどうやらハインリヒの中ではアイリスはもっとやばい奴だったらしく。


「普通にうるさかったら殴ってきそうじゃん。実際入学した時ルイスの奴腹パンされてたし」

「えぇ・・・・」


 初耳の話だったけどどこまで荒んでいたんだよアイリスは。しかもルイスって貴族の子供相手にそんな事してよく処分食らわなかったな。いや食らったけどあの感じを貫いていたのか。


「まぁ今は手綱握っている奴がいるお陰かな?」


 煽る様にハインリヒは眼鏡を光らせて僕を見てきた。


「あんまり言ってると目付けられるよ~」


 そう僕がカタンとプレートを置いて朝食の時間を終え仕事の時間になった。そしてそれからはいつものように、訓練に書類仕事をするという最近できた日常になって行ったのだが、その日は午後にある異変が起きた。


 それは一番最初にこの建物に来た時入った長机の上に書類が積んであった部屋で、これから僕に配属される名簿整理をしていた時の事だった。

 どうやら以前の戦闘の敗残兵らしく扱いが大変そうだと配属される人員の名簿に目を通して、頭を悩ませていると激しく部屋の扉がノックされた。


「あ、出まーす」


 この場にラースとライサはおらず別室で勉学を受けさせられているから、僕がこの部屋では一番階級が低いから当たり前の行動だった。

 そしていつか飯屋で会った事あるけどどこか話しかけれ無くて、気まずい関係性のアーレンス少佐の脇を通ってドアノブを握った。


「どうしました~?」


 そう僕が扉を開ける途中にそれを無理やりこじ開けるようにして、伝令らしき兵士が部屋の中に入りヘレナさんの机の元へと駆け寄った。


「急報です!ベッセル卿が開城降伏しました!!」

「・・・ッ!それで敵軍は今どこに?!」

「もうベッセル卿の領地は抜けて向かって来てます、多く見積もっても五日しか猶予が無く編成を急いでいただきたく!」


 知らない人の名前やらが出ていたけど、話の流れ的に予想以上に誰かがあっさり降伏しちゃったから、焦っている感じなのだろうか。前聞いた時は少なくとも一か月は余裕があるって事で、編成は段階を踏んで進めるって話だったけど、急に五日となるとかなり時間的猶予が無いように感じる。


「ブリューゲル少将はどこにいます?」


 だがヘレナさんはあくまでも冷静に努めている様で、情報を集めるために焦った伝令に質問攻めをしていた。


「まだ連絡は来てません!ですからとりあえず中佐には明後日までに編成をして南門へと向かってください!これは本営からの指令です!」


 今更だがあの伝令の階級章見るに少佐だし多分作戦畑の人間だろうな。あの焦りようから見てもかなり予想外の展開って事らしいし、これは本格的にまずそうって事なのか。


「ちなみに兵はどれほど集まってます?」

「・・・・・・・農兵なら一万程は」

「正規兵です。あと魔導士も」

「・・・・・・・・正規兵は三千で、魔導士は殆どが学生ですがなんとか大隊規模は」


 じゃあおおよそ一万四千ぐらい集まったのか。敵は七千から六千って話だから額面だけ見れば勝てそうだけど、相手が殆ど魔導士って話だし足りないのだろうな。確か教本だと訓練された魔導士一人相手に五~十はいないと正面戦闘は勝てないんだっけか。

 と、そんな思考はヘレナさんも当たり前にしていたらしく、深くため息をつくと指先をコツコツと机の上に叩いて言った。


「周辺の領主は?」

「アーベル卿は千程の援軍を帝都に来させているそうですが他は・・・・」

「・・・・そうか」


 随分と重い空気が部屋の中に漂ってヘレナさんの指の音だけが響いていた。それだけ今敵に来られるのは絶望的な状況って事らしいけど、下っ端の僕が口を挟むわけにもいかずドアノブを握ったまま、その会話の推移を眺めていた。


「それに離反する領主も多くあの大臣のご子息も・・・・」


 それからいくつかの貴族の名前が挙がっていたがその中にルイスの名前もあった。どうやらうまい具合に敵側に乗り換える事が出来たらしいが、完全に裏切り者だし敵って事になってしまったらしい。


「それはいいですけど、結局方針はどうなんです?籠城です?決戦です?」


 段々とイライラし始めているのかヘレナさんはその話を遮る様に、言葉を強くして伝令に向かって問い詰めていた。


「とりあえずは籠城して、各地の領主の援軍まで耐える方針で・・・・」

「ですがその領主が切り崩されて離反されてるのですよね?援軍が望み薄で籠城しても市民がただ巻き込まれるだけでは?ならいっそ奇襲なり決戦なりをですし、それが無理なら条件付きの降伏を模索するとかありま、、、、、、、」


 そう長々と強い語尾で言い詰めるヘレナさんに対して、その時伝令の何かに触れたのか突然弱々しかった彼が声を張り上げた。


「降伏は絶対にありえません!かの国の所業は知っているでしょう!」

「ですが籠城戦をすれば民衆が巻き込まれます。もう勝ち目が無いと仰るならその方が国を再起する機会が巡ってくるのではないですか?」

「だから籠城戦をして耐えれば勝ち目があるという中央の判断と言っているでしょう!!貴方は軍人な以上指令には従ってください!」


 そう伝令の手紙らしき物を士官が机の上に叩きつけると、荒っぽく足音を立てて部屋から出て行ってしまった。どうやら降伏って単語がかなり許せなかったらしいが、あれは組織の人間としては良いのだろうか。


「あの人に伝令やらせちゃダメだろ・・・・」


 僕はそう零しつつ扉をゆっくりと締めてヘレナさんの方を伺うが、やはり状況は芳しく無いのか荒っぽく前髪を掻き分けて何か悩む素振りを見せていた。


「住民を逃がすなら人手がいるけどそんな人員集めれないし、、、、、」


 そう何やら色々ブツブツ呟いて意外にも爪を噛んでいるヘレナさんの姿を、少しの驚きと一緒に眺めているとアーレンス少佐が席を立った。


「彼に賛同する訳じゃありませんが、どうしようも出来ないなら少しの可能性に懸けて戦うしかありませんよ。まだ戦って無いのですし敵だって長い行軍で疲れてますしね」


 そうアーレンス少佐はどこからか出したのか、帝都の南地区の地図を取り出してヘレナさんの机の上に置いた。


「私達は軍人です。貴女の考えている事は政治家やもっと上の者の役目です。今は与えられた責務を果たしましょう」


「・・・・・そうですね」


 不満げというか納得がいっていない様子だったけど、アーレンス少佐の言葉に逆らうことなく、ヘレナさんは冷静になったのか爪を噛むのを辞めて地図を手に取った。


「私達の配備は七十二番地ですか・・・一応後方待機扱いではあるようですが」

「城門を突破されたらまず敵の衝撃力を受ける陣取りでもありますな」


 そんな恐らく少尉である自分では関係ない会話を眺めていると、同じく言っている意味が分からないのであろう不思議そうな顔をしたイリーナが僕の隣に並んだ。


「なんかやばそうだな?」

「ですね。生き残れると良いですけど」

「最悪私が逃がすからな」


 そう二人に聞こえないよう小さい声で囁いてきたイリーナの顔を見るが、いたって真面目な様だった。

 でも僕はもう一度必死に思考を巡らせるヘレナさんへと視線を向けると、そのイリーナの提案を受ける気にはなれなかった。


「ラースとライサはお願いします。でも僕はいきなり逃げるような不義理はしたくないですから、状況を見つつです」


 ヘレナさんにはかなり助けられてきたし返しきれない程恩も借りもある。でもラースとライサだって生き残って欲しい。だから僕はすぐに逃げ出すような事はしたくなくて、こう言うのが正解だと思ってイリーナの提案に答えた。


「・・・・そか。まぁお前が何を言おうがヤバそうなら私が連れてくからな」

「誘拐じゃないですかそれ」

「まぁ手慣れてるからな」


 そんなイリーナの反応しにくい冗談を受け流しつつ、ヘレナさん達の会話が終わるまでそれを眺めていると十数分後にそのヘレナさんの荒んだ顔が僕を見た。


「とりあえずデューリング少尉は士官全員集めてください。それにイリーナ中尉は隊に配属予定の兵達を呼んできてください」

 

 そうしてしばらく続いた平和とも思えた日常は、その急報によって明確に音を立てて崩れ去って行ったのだった。

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