第百十七話 日の出前
遅れました!すみません
イリーナ達に連れられるがまま僕らはそれなりの広さの部屋へと案内されていた。だが広いは広いのだが中央に鎮座する長机には書類の山が積んであり、かなり異様な雰囲気を漂わせていた。
「じゃあちょっとスペース開けるから待ってろ」
そうイリーナはそれが当たり前かの様に長机へと進んで行くと、机の上の書類の束を持ってそれを地面に置くのを何往復かしていた。
「じゃここで座って待ってろ。後であいつが来るからな」
「わ、分かりました・・・」
あの書類って大事な物じゃないんだろうか。しかも片付けるでもなく地面に置くって、面倒くさいから掃除と称してクローゼットに物押し込むのと大差ないぞ。
そう思いながらも僕に加えてライサとラースが長机の端っこに腰を下ろした。ここからだと書類で半分も窓が見えないし、この様子だと昼間でもかなり部屋暗そうに思える。こんなんで良いのかとソファーに足を広げて据わるイリーナを見るが、時間が時間なだけに既に眠いのか頭を揺らしていた。
そうして少しの時間僕らが待っていると部屋の扉が開けられた。
「すみません。最近忙しく散らかってて・・・・」
そう申し訳なさそうに部屋に入ってきたのはヘレナさんだった。やはり僕らは直接ヘレナさんの所で働く事になるらしく、そのままカツカツと足音を立てると背後から僕の肩を叩いた。
「まぁとりあえず一週間で色々詰め込んでもらいますから。頑張ってくださいね」
そう言うヘレナさんの顔を見上げると笑ってはいたが、ひどくやつれてクマもすごかった。そんな異様とも言える努力の跡が見えるヘレナさんに、僕は出来ないなんて言えるはずも無く。
「あ、はい。がんばります」
と、そうは言われた物の今日はもう夜遅いので、流石に今からという訳では無く明日からの様で今は軽い説明だけらしかった。
「で、まずフェリクス君は通達があったと思うけど階級は少尉ね。あと二人は士官じゃなくて兵卒だから、基本的な礼節は気を付けてね」
そうヘレナさんがゴソゴソと書類の山を掻き分けていると、お目当ての物を見つけたのか書類の束を僕らの前に音を立てて置いた。
「で、これは読んどいて。士官学校とは大差ないけど軍規についてとかそういう基本的な指針が書いてあるから」
「・・・全部ですか?」
「うん、全部」
一枚一枚裏面までびっしりと文字が敷き詰められていた。もはやこれを読むだけで一週間かかってしまいそうだけど、これは自主的に読めって事らしかった。
「時間が無いからお願いね。いつ無理やり前線に出されるか分からないしさ」
僕はそれに頷いて、隣で難しそうにその紙を眺めるライサとラースの様子を伺うけど、二人とも頑張っていたとはいえ勉強はかなり苦手だったし苦戦しそうだった。そもそも読める単語すら少ないだろうし僕が後で一緒に読んであげるか。
そしてヘレナさんが立ちあがると、もう今日はこれで終わりなのか部屋の扉を開けた。
「じゃ後は君らの寝泊りする部屋案内するから付いて来て」
僕はその言葉に従って椅子を立つが、その時にはイリーナは既にいびきをかいてソファーで寝てしまっていた。そんなイリーナをライサは少し困ったように笑うと落ちかけていた毛布を掛けていた。
「イリーナ姐風邪ひくって」
こうして二人を見ると案外姉妹みたいにも見えた。外見的には全くそうじゃないけど、やっぱり一緒に過ごして来た年月がそうさせるのかもしれない。
「ライサさん行きますよ」
「あっ!はーい!!」
そうして僕らは月明りだけが頼りな静かな廊下を歩いて行くと、一階に降りて別館に向かうらしく渡り廊下へと出ていた。
「ここって何の施設なんです?」
「あー元々は屯所だったらしいのですけど、いつの間にか多用途に使われるようになったらしいです。勿論本営は別にあるのですが」
ここがこの国の軍の中枢って訳では無いのか。まぁ確かに人も灯も少ないように感じるしそこまで建物も大きく無いから当たり前と言えば当たり前か。
そうして少しぼろい渡り廊下を歩いている内に別館らしき建物の入り口が目の前にやってきた。
「しばらく使って無かったので汚れてますが」
ヘレナさんがギィっと音を立てて扉を開けると、二段ベットが部屋の両脇に何個も並んでいるようだった。元々屯所だっただけあってか集団での生活を想定した部屋の造りなのだろう。
「あ、アイリスとハインリヒもいる」
中には先に入っていたらしい数名の同じクラスだった面子の顔があった。中は月明りだけが差し込んでいて、その光に沿うように空中に舞った埃の反射が見えていることから、その使われて無かった時間を物語っていた。
「じゃあ明日から頑張りましょう。私はもう寝ますので」
そうヘレナさんは欠伸と共に両腕を伸ばしながら来た道を帰ってしまっていた。ずっと目が死んでいたし今日はゆっくり休んでほしいと、その背中を見送って僕は扉を閉じた。
「暗すぎない?」
さっきから思っていたが月明りだけで蝋燭の灯が一切見当たらない。するとそんな暗闇の中からハインリヒの声が聞こえた。
「節約だってさ。色々物が欠乏してるからな」
「まじかぁ」
そう僕は足元に気を付けながら部屋の中を進んで、窓際の空いた二段ベットの下段部分に腰を下ろした。そしてそれに続いて二段目にはライサ、向かいの二段ベットにはラースが入った。丁度隣はアイリスとハインリヒもいて、顔見知りが近くに居てありがたい。
そして僕は寝る前に一つだけ言っておこうと、荷物を取り出していたラースに声を掛けた。
「ラースさ」
「ん?なんだ?」
「明日起こして」
「いや自分で起きろよ」
「ベット変わるとと寝つき悪くてさ念のため」
「・・・まぁわーったよ」
ラースなら普通に起こしてくれそうだから頼んだのだけど、そうして僕がベットに寝転がると上段からライサの顔が覗き込んできた。
「私が起こそうか?」
「・・・いやいいよ」
「そう?」
そもそもライサも朝弱いから起こしてもらう側だろうに。それに他もラースは朝強かったから頼んだんだけだし、アイリスはどうせ起こしてくれないからな。まぁそもそもこの歳なんだから朝ぐらい起きろって話だけど、どうも朝弱いからなぁ・・・。
「・・・・まぁねよ」
どちらにせよ早く寝て自分で起きればいい話だしな。しょっぱなから寝坊する訳には行かないから、ちゃんと寝よう。
そう月明りが瞼の裏に当たりながらも、少し埃っぽいベットの上で僕は意識を落としていったのだった。
ーーーーー
そして次の朝。朝と言っても窓からは太陽では無く僅かな星の光が差し込んでいる頃だったが。
そんな時に僕の肩を誰かが揺らしていた。
「・・・・・きて・・・・きて・・・・・・おきてって」
その声に段々と頭の中が現実世界に戻っていくが、まだまだ意識が半分夢の中に浸かっていた。でもそんな中でも随分僕を起こしたいのか、しばらく肩を揺らされてやっと僕は瞼を開けた。
「・・・・アイリス?」
まだぼやける視界を辺りにやると黒髪を垂らしたアイリスの姿に、他の皆はまだまだ皆寝ているようだった。そして何か僕に用があるのかそのアイリスは扉の方を指差した。
「ちょっと良い?」
「・・・あーうん。ちょっと待って」
もう少し寝たかったのが本音だけど早起きは三文の徳って言うし、このまま頑張って起きよう。二度寝したらそのまま寝坊しそうで怖いし。
そうして案外可愛らしいフワッとした寝間着なアイリスについて行って、建物から出てまだまだ冷え込む外へと繰り出した。
「その服買ったの?」
「・・・姉さんがくれた」
「へぇ~いいじゃん」
でも何か引っかかっているのかアイリスは少し俯いて、渡り廊下の途中で立ち止まってしまった。さっきは暗くて良く見えなくて分からなかったけど、仕立ての良さそうな寝間着で値段が張りそうだった。多分戦場に出たら寝間着も軍服になるから、このタイミングでしか着れなくて着たのだろうな。
そうアイリスの女の子らしい所に微笑ましく思っていると、どうやらそうでは無いらしいのかアイリスは少し不満そうに恥ずかしそうに服の裾を掴んだ。
「ちょっとフリフリ多すぎない?」
言う通りに確かにアイリスのキャラとは合って無い気がするけど、姉からしたらそんなイメージなのかもしれないと思わせるデザインだ。おじいちゃんが孫にずれたプレゼントするみたいな感じだろうか。
「良いんじゃない?可愛いと思うよ」
でも人から貰ったプレゼントだろうし外野からとやかく言うべきじゃないから、そんな無難な事しか言えなかった。だけどそれも本人的には求めている回答では無かったらしく、アイリスは更に顔を赤くすると顔を下を向いてしまった。
「・・・・うっさい」
やっぱり義理で姉の贈り物を着ているとは言え、嫌いな相手からの趣味じゃない服を着るのは恥ずかしいのだろうか。この感じヘレナさんもヘレナさんでちゃんとコミュニケーションをせずにプレゼントだけしたのだろうなと、容易に想像が出来てしまった。
「まあヘレナさんも仲良くしたいんじゃない?今度お返ししてあげたら?」
こんな世相だしいつ別れが来るかも分からない。だから出来うることなら家族とは真摯に向き合って欲しいと、僕はそう思う。
「・・・別に私は仲良くしたくない」
「んーそれはそうかぁ」
だけども僕の考えを押し付ける訳にも行かないから難しい。ヘレナさんはなアイリスの事気に掛けているけど、逆はそうじゃないんだろうか。見ていると本当に嫌いって感じはしないのだけど、難しい物だな。
「この服だって私の事いつまで子供だって思ってるんだか・・・・」
アイリスはまだ少し恥ずかしいのか顔を伏せたまま、不満げに口を尖らせていた。でもそうは言いつつ気を使っているのか着ている辺り、本当に嫌って訳では無さそうだった。嫌なら僕にわざわざ見せないだろうしな。
「姉からしたらいつまでも可愛い妹って事なんでしょ」
「なにそれうざ」
アイリスがそう言って珍しく微笑んでいた。その青白い月明りに照らされた横顔を見るとやっぱり姉の事は嫌いでは無いのだろうなと感じる。
するとアイリスは指先が赤くなった両手をこすり合わせながら、段々と紫になっていく空を見上げた。
「まぁ今度話してみようかな。またこんなの貰っても困るし」
「それ聞いたらヘレナさん泣くかもね」
「じゃあ次はもっとセンスのいい服買わせるから」
なんだかんだ柔らかい雰囲気になったアイリスとの談笑が続いていた。そしてそのぼろい渡り廊下で日の出まで話すのかと思われたその二人の時間は、再び開いた宿舎のギィっとした音で終わりを告げた。
「あ?居ないと思ったらもう起きてたのかよ」
薄っすらライサかと思って身構えたが、どうやらラースの様だった。そしてそのラースは寒いのに薄着のまま腹と頭を掻きながら、ゆっくりと僕らの元へと歩み寄ってきた。
そして僕に隠れていたアイリスに気付いたのか、ラースはあっと声を上げてよそよそしく頭を下げた。
「どうもっす」
「・・・どうも」
そういえばラースとアイリスはほとんど話した事が無いっけか。僕やライサは話すけど、まだラースと交流も無さそうだし相性も合うのかあまり良く分からないな。
でもこんな気まずい空気感が漂うのは嫌なので、僕はもうこの場は終わりだと両手を合わせた。
「まぁ寒いし部屋戻ろうか」
「まぁそうだな」「うん」
すると皆起き始める時間なのか、扉がまたまたギィっと開き始めるとそこからライサの小さな顔が姿を見せた。そして寝起きで呂律が回らないのか舌足らずながらも、ライサは質問してきた。
「もうおきたの?」
ライサは癖ッ毛な事もあってか余計に寝ぐせが酷く、顔に対しての髪のボリューム感がすごかった。そしてそのライサもまだ眠そうに眼を擦っていたが、僕の背後にいたアイリスを見ると露骨に嫌そうな顔をした。
「げ。なんでいるの」
「いたら悪いの?」
そんなさっきまでと大違いなアイリスの冷たい物言いに、ライサが僕の体越しにアイリスに顔を近づけた。
「別に~?あ、その服可愛いね~趣味?」
「そっちだって似たような私服着てたでしょ」
朝早い事もあってか空気も澄んで物音ひとつしないから、やけに二人の甲高い声が響いていた気がした。僕はこんな朝からキンキンと言い合いされても困るので、まぁまぁと顔を近づけて煽り合う二人を引き離した。
「いいから二人とも戻るよ」
なんだかんだ仲は良いのは結構だけどうるさいし終わらないから、周りからしたらたまった物じゃない。
そう僕は言い合いをする二人の背中を無理やり押して部屋へと押し込んだ。そしてそれに続いて僕も部屋に戻ろうとした時、ラースに呼び止められた。
「なぁ俺らこれからどうなると思う?」
「ん?急にどうしたの?」
僕は何か大事そうな話かと思い一度ドアノブから手を離してラースの方を見た。
「いや、なんかこの国やばいんだろ?このままで良いのかなってな」
「あーそれは僕に考えがあるよ」
僕の言葉にラースは意味が分からないのかキョトンとしていた。僕は自分の言葉足らずを謝りつつ言葉の真意をラースに伝えた。
「最悪僕が皆を逃がすって事。冒険者やってたし他の国でも生計を立てれるしね。これでも名前は売れた冒険者だったし!」
そう大丈夫だと力こぶを作って頼ってくれと笑った。そもそもラース達の境遇には僕の責任もあるんだから、これぐらいは同然なのだから。
するとラースはそんな僕が可笑しかったのか呆れたように笑うと。
「やっぱフェリクスって変だな」
「変とはなんだ変とは。ここまで優しい男はいないだろ」
「自分で言うかぁ?それ?」
「いやいや事実ですから」
そうして僕はラースと笑い合いながら部屋に戻って新しい生活の準備を始めていった。やっぱり友人というのは良い物だなと改めて実感できたいい朝になったのだった。
明日は投稿時間が遅くなります。




