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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
第七章
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第百十六話 戦争


 まだ冬が終わる気配も見せず、暗く淀んだ灰色の空から白い雪がまばらに落ちている頃。

 そんな平和な上空とは裏腹に地面に積もった雪には、赤い血が沁み込み人のうめき声叫び声、それに剣と剣がぶつかる金属音が響いていた。


「梯子落とせッ!!!」


 私は今帝都からおおよそ数十キロ南に位置する城塞都市で指揮を取っていた。先の一か月は補給部隊への襲撃をしていたが、本隊があっさり敗走したせいで敵の進軍が早く尻ぬぐいをさせられている。

 だがそれも貧乏くじも貧乏くじで、援軍の無い籠城戦など意味も無く二週間ほどで城内に入り込まれ白兵線へと移行していた。


「南門から敵が来てます!!!」

「さっき下げさせた小隊に行かせろ!!ここが落ちると前線が崩れる!!!」


 それに戦況は最悪だった。彼我戦力三倍の敵相手で且つ魔導士の数も段違いに違う。いくら防衛側有利の籠城戦とはいえこうなってしまうのは必然とも言えた。現に私のいる東門は耐えているが、この街の領主の担当する南門は敗走してこちらにその兵が流れ始めている。


「・・・・潮時か」


 今の手持ちの兵は二千弱ほどでは今の戦況をひっくり返すのは無理そうか。なんとか戦線の維持はしてきたが、これ以上は私達が包囲されてしまうから今のうちに敵の薄い西門へと行くか。

 

 そう判断すると手早く近くにいた兵士の肩を掴んだ。


「おい、そこの君。伝令頼んで良いか」

「え?あっはい!!!」


 そうやって私は西門へと撤退すると伝令を伝えさせた。西門は切り立っていることからも敵の進行が少なく撤退するにはあそこしかない。

 そうして伝令が伝わり指揮下の各隊が撤退を始めると、東門とその周辺の家屋へと火を放った。


「あとその使わない馬車の軸は折っておけ。で、君の中隊は殿を頼む」


 もう南門から領主の敗残兵とそれを追いかける南門からの敵軍で、戦場が混沌とし始めていた。だがそれより早く撤退の判断が出来ていたお陰で、私の隊は挟撃をされる前に西門へと馬をは知らせれていた。

 すると隣で馬を走らせる中佐が何か伝令を受け取ったらしく、私に声を掛けてきた。


「領主が援護を求めてますが」

「送るとだけ言っておけ。私達が逃げる足止めぐらいにはなるだろう」


 まだ領主の奴は生きていたのか。そもそも前線にほど近い街の領主の癖に一兵も兵を出さなかった奴が、今更援軍を要求するなんて虫が良すぎる。

 そう領主の要求を切り捨てて、西門へと向かう馬上で私は各隊の損害状況を確認していた。


「魔導大隊の損害は?」

「三分の一ほどが死にました。それに殆どは負傷しているので一週間は戦闘は厳しそうです」

「そうか。他は?」


 そうやって隣で並走する馬上で報告する中佐の声を聞きながら、これからの事に思考を巡らせていた。

 今回の戦闘で主力の魔導大隊はかなりの数を減らして五百人弱か。その割に相手の魔導士はあまり殺せておらず、陣地防衛をするので精一杯だった。騎兵は後方に居させたから無事だが、歩兵はかなり損耗も激しいから補充を受けないと正面戦闘だとジリ貧か・・・・・。


「だから街に拘るなとあれほど・・・」


 そう呟くと報告を続けていた中佐が不思議そうな顔で私を伺ってきた。


「ブリューゲル少将?何かご不明な点でも?」

「いや何でもない」


 この肩には少佐を示す階級章がある。だがそれも言葉通り肩書だけで、軍の意志決定にはほとんど介入させてもらえず、未だに前線指揮を取らされている。こんな戦争を続ける中央の馬鹿どもを今にでも叩き潰したいが、今はそれすら許されない状況だった。


「とりあえず二つ先の街まで撤退する。確かその途中に川があるから橋を落とせば時間は稼げるはずだ」

「了解です。本国への連絡はいかように?」

「健闘むなしく敗走したとかでもいいだろう。どうせ戦況報告してもまともに読みやしないしな」


 そんな会話をしていると私の右耳のすぐそばを、恐らく魔法なのであろう石の槍が掠めた。


「思った以上に早な」


 振り返るとかなり遠いが騎乗した黒い外套を身にまとった魔導士集団が見えた。領主の残党も蹴散らされたって事らしい。相変わらず趣味の悪い集団だが、これだけ戦闘を続けても魔力が切れずこの距離での射撃精度の高さから厄介な存在だ。


「中佐。確か損耗率が五十を超えて残りも使い物にならない人員が殆どの隊があったな?」

「・・・・はい」

「どうせそれでは逃げきれん。残らせろ」


 足や腕を切断した兵士を養う余裕も無いしそれを守るために、他全員が死ぬリスクを負う訳には行かない。私は責任を負うものとしてその命を最大限有効活用するだけだ。

 

 だがそれが分からないのかこんな状況だと言うのに中佐は渋っているようだった。


「ですが・・・・まだ距離もありますし何か手があるはず・・・・・」

「なら今すぐ言え。無いなら邪魔するな」

「・・・・・・」


 感情論で戦況が変わるなら指揮官なんていらない。夢見がちな冒険者にでも戦わせれば良いのだ。

 そう私は黙ってしまった中佐に変わって、後ろで徒歩ながら精一杯走り続けるその隊に振り返った。


「ハヴェル少佐!!行けるなッ!?」


 私がそう言葉をかけた先には、殆ど切れかけの左腕を垂らした老兵の姿があった。そしてその老兵は私の言葉を聞くと深くかぶった兜の奥から瞳を鈍く光らせた。


「全員まとめて蹴散らしてみせますよ!!!」


 その咆哮と共に老兵は反転しそれに従って周囲の兵もその場に留まってくれていた。死ねと言っているが一切迷いのない行動に私は称賛を送りたくなった。

 やはり私が軍に入った時から世話になった人なだけあって、最後まで頼れる人だった。そう会った時より丸く小さくなってしまった老兵の背中に、敬礼をしつつ手綱を握ると西門へと向かって馬を走らせたのだった。


 それから一週間程が経っただろうか。敵軍は相変わらず街を占領する度に市民を”選別”してくれているので一度立て直す時間を確保できるから助かる。

 だから時間的猶予が出来た私は一度逃げ込んだ街で魔導士の治療と食料の徴発を行っていた。


「良いのですか?ここはアーベル卿の領地ですし無許可にそんな事・・・」

「どうせここも落ちるからバレやしない。それにここに食料を放置して敵軍に渡ったらどうする」


 そもそも戦争でかなりの人間がこの国から逃げている。残っているのは土地に縛られた農民か老人ぐらいだ。申し訳ないが国の為に大を生かす為に小として死んでもらう。


「あと糞尿は井戸に入れておけ。それに魔導適正のある物は全員帝都に。何も敵軍に渡すな」

 

 これは前線の街を訪れる度にやっている事だ。どうやら敵軍は魔導適正のある人材を集めている節があるから、それならこちらが先に回収してしまおうと言う事だ。


「で、ですが領民の反発が・・・それこそ勝った後の領地経営にも影響が・・・・・」

「敵軍のそれに比べたら可愛い物だろう。それこそ戦後には解放者として崇められるんじゃないか?」


 別に私達は命を奪っている訳じゃない。生きるのに必要な物を奪ってあるだけで直接手を下していないが、敵は魔導適正が無いとなれば死ぬよりもキツイ奴隷として一生を強制される。ならば私達の方がまだマシというものだろう。それにどうせ殺されるのだから有用にその命を使った方がその人の為でもあろうに。

 

 だがそれを分からない頭では無いはずの中佐は、相変わらず両手を強く握って苦虫を噛み潰した顔をしていた。


「君は優しすぎるな。それはいつか身を亡ぼすぞ」


 そして私は他の将校に先ほどの指示を伝え街の荒廃に努めた。途中民衆の反発はあったが徴兵もされなかった貧弱な男か老人子供相手に苦戦する訳も無く、一日も経たずすぐに鎮圧を終えた。


「・・・ひどい匂い」


 そしてその鎮圧し終えたあとの詰まれた死体の山を見て、中佐はひどい顔をして鼻を抑えていた。だが私はその死体を指差して次の指示を出した。


「じゃあこれをそこの川に流しておけ。下流も敵の占領地だ」

「・・・・了解しました」


 どうやら反発する事を諦めたのか中佐は聞き分け良く、その指示に従って陣頭指揮を始めていてくれた。倫理に反してようが教えに背いていようが、使える物を使って生者を生かさなければいけない。そしてその生者も十人生かす為に九人殺す事を躊躇ってはいけない。そんな甘えが許される状況では無いのだから。


 それからしばらく分の食料を手に入れた私達は反転して逃げてきた方向へと向かった。と言っても街道沿いでは無く森や山などの外れを通っての隠密でだが。

 その時ぐらいに本国からは帝都で守りを固めろと言われたが、それをした所でなので当初の予定通り後方の補給線を叩くつもりだった。

 そして街道を使えなかった為一週間ほど時間を要してしまったが、先の戦闘をした街を見下ろせる丘付近へと到達出来ていた。


「あの街殆ど家が焼失したな」


 以前戦闘した町を離れた丘から年の為体を伏せて遠目で偵察しているが、あの時放った火が思ったより広がったらしく黒焦げになった建物の残骸ばかりだった。そしてそのせいか敵軍も補給に苦戦しているらしく、未だにその街で立ち往生していた。


「病気は魔法では治らないからな」


 やはり魔法に偏重した国なだけあって、その辺の事を考慮していなかったらしく何人もの魔導士が担架に運ばれているのが見えた。流した死体のせいか井戸の水のせいか何かしらの要因で病が広がっているらしい。


「ですが一般市民も大勢・・・・」


 確かに道端に放置されるように市民らしき人が地面に伏している。だがあれも衛生の悪化を招いて更に病気を拡散させるから、私達にとっては都合が良いのだがやはり中佐は気難しいらしい。


「助けに行けない以上仕方がない事だ諦めろ」


 意外にも敵軍の息切れが見え始めてきたせっかくのタイミングだ。このまま病気が広まって自滅してくれれば都合が良いし、弱った所を追撃して敵大将を討ち取れば万々歳だ。

 

 だがそんな時敵も黙って死ぬつもりは無いのか、城内で動きがあった。


「出陣か。流石に病人に付き合ってられなくなったか」


 おそらく先刻補給で来た農兵たちに世話をさせるのだろうな。それで健康な人員で帝都を目指すとなるのだろうが、思ったより数が減っていないらしいな・・・・。


「七千程でしょうか・・・」

「だが全員魔導士だ」


 額面の数字を見れば勝てなくも無いように見えるが、魔導士があの数残っているだけでもかなり苦しい。五千ぐらいまで減っていていれば、帝都での防衛線もやりようがあったがそこまで私に運は無いらしい。だがそんな時今までは見えなかった物が私の視界にはあった。


「・・・あれはアウグストか」


 顔は見えないがあの旗印は恐らくそうだ。目立ちたがり屋なだけあってか遠目からでも分かりやすくて助かるが、あいつが前線に立つとなると厄介だな・・・・。


「知り合いだったんです?」

「奴が傭兵団を率いてた時に少しな」


 一言で言えばあいつは幼稚だ。だがそれに見合わないぐらいにはカリスマ性と戦闘力が高いから、なおの事厄介なのだが。

 だがそんな愚痴を叩いていても仕方ないので、私は一度作戦を練り直す事にした。そしてそれを共有するように敵軍を見ながら隣の中佐に質問を投げかけた。


「敵はどこを目指していると思うか?」

「それは・・・・帝都では?」

「ではなぜここまで一点突破で帝都を目指している?もう少し地盤を固めつつでも良いのにだ」


 街道沿いに一直線に敵軍は進んできている。そのせいで我が国の帝都が予想以上に危うくなっているのだが、逆に残党処理や占領を戦闘経験の無い後詰の農兵に任せているから、後方かく乱をしやすくて助かっている側面もある。

 

 するとしばらく考え込んでいた中佐が口を開いた。


「何か急ぐ理由があるとか?」

「そうだな。理由は分からんがあの無理の仕方はそうだろうな」


 もしかしたら我が国の市民を選別している事も何か関係しているのかもしれないが、そこまではまだ分からない。

 それに敵はまともに偵察も出さないし補給部隊の魔導士の護衛を減らしてまで本隊に主力を固めている。だがアウグストは戦歴も長いからこんな打撃力に偏重した作戦が危ういのは分かっているはず。その上でわざわざ実行すると言う事は、何かしらそれを強いられる状況に追い込まれているって事だ。


「だからあいつらが去ったら一度街を再占領する。出来るだけ補給の妨害をするぞ」

「ですがすぐに本隊が戻って来て挟み撃ちにあうのではないですか?」

「敵が急いでいると仮定するしかない。そうすれば私達を処理する時間は無いだろうから、増援の農兵にだけ警戒するぞ」


 この予想が外れたら私達は全員死ぬが、どちらにせよ今細い糸を手繰らないと負けるのだからつべこべ言ってられない。焦土作戦をして補給線をいじめ最後に帝都の防衛隊に弱った所を叩いてもらう。更に上手く行って私達が後方から挟み撃ち出来れば、勝利が絵画の中の物だけじゃなくなる。


 やっと薄いながらも勝ち筋が見えてきた気がした私は、久々に体に活力が戻ってきたように感じていた。やはり希望というのは大事らしい。


「明後日に夜襲をかける。それまでは各自休むように」


 そう私は指示を出した頃。もう二月も終わりが近付いてはいたが未だに雪が降りやむ事はなかった。だが私の中では僅かな可能性から、心の中は少しだけ晴れやかな気分でもあれたのだった。


ーーーーー


「病人はどうします?」

「放っておきな。ここで死ぬならそれまでの人間だったって事だし」


 やっと前線に来れたと思ったらこれだ。やはり人に任せると碌な事にならないし、全部自分がやった方が上手く行くな。


「あと帝都まで二か月ぐらいかな」


 まぁ四か月でレーゲンス帝国を屈服させたとなれば、歴史書に書く私の偉業が増えそうかな。本来なら一か月が良かったけどそれは部下が無能なせいだし。

 

 そう僕はその部下だった物を足蹴にした。


「じゃお疲れ様」


 そうして僕は更なる偉業の為に先へと進んで行ったのだった。






 

7月4日「良いのですか?ここはコンラート卿の領地ですし無許可にそんな事・・・」のコンラートをアーベルに修正。ミスですすみません。

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