第百十五話 打ち解け合い
遅れました!すみません!
僕とアイリスは荷物を纏めた後、迎えが来るらしいので寒空の下宿舎前で人並んでそれを待っていた。その頃にはもう夕暮れも過ぎているからお互いの顔も見えずらくなり始めていた。
今から本格的に軍隊に入れられるとなると緊張するのもあるが、突然の事すぎて実感が伴っていなくどこか事態を重く受け止めていない自分がいた。
でもそんな時アイリスが何気なく肩にかかった黒髪を揺らして僕を見た。
「そういえばフェリクスって人殺した事ある?」
そういえばで始まる質問には思えず一瞬ギョっとしたけど、多分僕が冒険者やってたって事からそう思ったのかもしれない。それに今から僕らは人を殺す事がある種正当化される組織の人間になる訳だし、気にする理由も分かった気がした。
「・・・・まぁ何人かは」
でもこの言葉を言うにはひどく喉がつっかえてしまった。僕はあの時はそれが最善だと思って、二人の首を落としてしまった。でもそれもエルシアが言うには回避方法もあって、本物のフェリクスはやってのけたと知ってしまうと、どうにも自分を正当化する事が出来ないでいた。
そんな僕の心情を察したのかただ顔に出てしまっていたのかアイリスは何か気まずそうに俯くと。
「そっか。まあ色々あるもんね」
と、それだけ言って僕に追及をする事は無かった。もしかしたら予想以上に感情が顔に出ていたのかもしれない。
そう僕も隣に立つアイリスの横顔を見るが、最初会った頃よりもかなりトゲトゲしさが消えたような気がする。最初なんて日常会話すらしないし、話しても罵詈雑言でストレスヤバかったのを覚えている。それは今ではこうやって気を使ったりしてくれて、後はこのまま姉のヘレナさんと仲直りして欲しい物だだが。
待ち時間が暇なせいでそうやって悪い癖である思考に入りすぎていると、気付いたらそのアイリスの瞳が僕を向いていた。
「なに?」
「あ、いや、なんでもない」
怪訝そうにアイリスにされてしまったが、僕は一旦そのアイリスから視線を外して目の前のグラウンドを見た。どんどんと徴用されて人の生徒の減ったせいか、もうグランドには誰もおらずどこか寂しさを漂わせていた。
そして僕の隣で白い息が紺色の夜空に上がった。
「誕生日っていつ?」
「ん?あぁ確か夏過ぎぐらいだよ」
「へぇ」
それだけ聞きたかったのかまたアイリスは黙ってしまった。でも僕も聞き返さないとダメな奴かと思い、同じく白い息を夜空に上げた。
「そっちはいつなの?」
「私は春の終わりぐらい。プレゼント期待してる」
その冗談に隣に視線を向けると、アイリスがいたずらっぽく笑って僕を見上げてきていた。どうやら罠だったらしく僕はプレゼントを用意しなくてはいけなくなったらしい。でも僕も意趣返しと言わんばかりに笑ってそのアイリスを見下ろした。
「じゃあお返し期待してるよ」
「それは物次第」
「え、ずる」
そんななんでもない様な会話をしていると他の生徒も用意が出来たのか、チラホラと宿舎前に荷物と共に現れ出していた。そしてその中にはラースとその少し後ろにはライサの姿もあって。
「よっ!フェリクス」
「うん。さっきぶりラース」
こちらはあまり気負いをしていないようで、いつも通りのラースって感じだった。まぁ元々あのクソジジイの所で戦ってたから、何を今更って感じなのかもしれないが。
するとラースは荷物を片手に背後の宿舎を見上げた。それを忘れ物でもしたのかと不思議そうに見ていると、ラースはしみじみとした感じで言葉を零した。
「なんかあっという間だったな。一、二か月しかいなかったから当たり前なんだけど」
「まだそれだけしか経ってなかったっけ?」
「そりゃなぁ。俺もなんか違和感あるけどよ」
ラース達が来る前から来てからも色々変化があって濃密だったせいだろうな。それにしてもラースとライサは二か月の訓練で戦場に出して良いのだろうか。その辺の考慮して士官採用ではないようだけど、どちらにせよだとは思ってしまう。
「そーいやフェリクスは階級何貰えるんだ?」
「あー確か少尉?だっけ一応士官候補生は皆そこかららしいよ」
「へぇすっげ」
まぁ階級を与えられてもそれに見合うだけの責任を負えるか別問題だが。少尉だと部下を持つ事になるだろうし僕の判断で人を殺す事だって沢山ある。だからちゃんと訓練して知識を蓄え実地での経験を積むっていう、プロセスを踏んでからその立場になるべきだとは思うのだけど、この世情がそれを許さない。
そうやってラースとの会話を続けていると、その後ろでは重い荷物を引っ張るライサが少し息を切らしながら、僕らの元へとやってきた。
「なに詰めてるの?」
「ちょ、ちょっと色々・・・。せっかく買ったもの捨てるの勿体ないから・・・」
そうパンパンの鞄を重そうに小さな両手で必死にぶら下げているけど、確実にあっちで捨てられるのだろうなとは予想に容易かった。ライサにとっては大事なものでも軍隊では不必要な物ってのも沢山あるだろうし。でも放っておくわけにもいかず僕は左手を差し出した。
「持とうか?」
「い、いい。悪いし」
そうアイリスがドサンと鞄を地面に置いてしまっていて、どうやら手の限界が先に来てしまったらしい。
そんなアイリスの寒さも相まって真っ赤になった指先を眺めていると、宿舎内からハインリヒも丁度やって来ていてこれでうちのクラスの面子は殆ど揃ったようだった。
「随分軽装だね」
黒い外套に身を包んでその銀色の髪が引き立たされた服装をしていたが、手には本が数冊しか入らなさそうな手提げの鞄しか持っていないようだった。
「まぁここにはそんなに置いて無いしな。それに持って行っても仕方ないだろ」
そうハインリヒのまじかと引き気味に視線がライサのパンパンになった鞄に向いていたが、すぐにその視線を士官学校の入り口へと向けた。
「ちょうど来たっぽいな」
ガラガラと数台の馬車の車輪が回る音が空っぽなグラウンドに響いていた。僕としてはハインリヒが家督を継ぐって話がどうなったのか聞きたかったが、タイミングを失ってしまいそれは持ち越しになりそうだった。
でもそれよりも隣でミシミシと鞄の持ち手をいじめるライサに目線が行ってしまっていた。
「・・・ライサ本当に大丈夫?」
「・・・・・もって」
「はいはい」
そうライサの鞄を手に取るが見た目以上に物が詰まっているのか、かなりずっしりと重みを感じた。確かにライサの部屋に小物が多いイメージだったけど、もしかして全部入れてるんじゃないんだろうな。
そんな疑惑を抱きつつ目の前に複数台馬車が止まると、そこからヘレナさんの姿が現れた。
「こんな時間に集まってもらって申し訳ないです。じゃあ皆さん乗ってください」
その後ろにはこの暗さだと見えずらいが、部下らしき男の軍人の姿が見えた。でもイリーナの姿は見えず少し残念に思っていると、ヘレナさんが僕を見ているのに気づいた。
「君はこの馬車ね。ライサさんとラースさんも」
どうやらそれぞれの馬車は四人乗りらしく皆他の馬車に乗り込んでいるけど、僕らは何故か馬車を指定されているらしい。
「じゃあまた後でね」
「うんまた」
アイリスとは同じ隊だからまた会う機会はあるだろう。そうアイリスと別れを告げて招かれるようにその馬車に重い荷物と共に乗り込もうとその扉を開けた。
すると思った以上に物の良さそうな内装とその一席には、何故か気まずそうに笑顔を作るイリーナの姿があった。
「ひ、久しぶりだな」
「イリーナじゃん!なんでしばらく会ってくれなかったの!?」
「いやぁ・・・・まぁ忙しくてな・・・・」
どこか温度差のある会話を僕とイリーナがしていると馬車の外からヘレナさんの面白がっているのか、少しからかうような声が聞こえてきた。
「なんでしたっけ~?会えない理由があるんじゃないですか~?」
その声にイリーナは立ち上がると僕を挟んでヘレナさんにキレてしまっていた。
「うるせぇ!黙ってろッ!!!」
「上官への暴言で減給で~す」
「・・・ッチ、クソ上司が」
なんかいつの間にか仲良くなっていたのか僕が置いてかれている感覚を味わってしまった。ヘレナさんもしばらく疲れてるところしか見てなかったけど楽しそうだし、イリーナへの心配もいつもの調子みたいで良かった。
そう眉間に皺をよせ目尻上げるイリーナを微笑ましく見ていると、今度は僕に怒りが向いたのかその恨みの籠った視線が向いて来た。
「なんだよ」
「いや元気そうだなーって」
「お前もかよ・・てか良いから早く馬車は入れ寒いんだよ」
その言葉に後ろを振り返ると不満そうに僕を見るライサと目が合った。僕が入り口で話しているせいで、中に入れず寒い思いをさせてしまっていたらしい。
「ごめん」
「いいから入るよーっ。ほらほら」
そうライサに背中を押されてイリーナの向かいの席に座るが、見た目通り良い馬車らしく座り心地が良かった。そして隣にライサが座ると、遅れてラースも馬車に乗り込んで扉を閉めた。
この四人でいるだけでもかなり久々な感じがして懐かしさを感じてしまう。
「「「「・・・・・・・」」」」
でも皆どこか気まずさがあるのか目線が合わず誰も会話を始めようとしてなかった。そして沈黙が続いて余計に言葉を発しにくくなったタイミングで、馬車がゆっくりと動き出した。
窓の外ではいつにもなく灯の少なくなった街の姿がゆっくりと流れて行っていていた。そしてそんな景色を見ながら沈黙に耐え切れなくなり正面のイリーナに声を掛けた。
「これまで何してたの?盗賊の所にいたのは知ってるけど」
「あーいや。うん。なんもねぇよ気にすんな」
明らか何かあったような言いぶりだったけど、あまり掘り返してほしくなさそうな雰囲気があった。まぁ今は大丈夫っぽいし今更傷口を突っつかなくてもいいか。
そう僕は会話を途切れさせるわけにも行かず、話題を変えようと別の話を始めた。
「僕らってこれから何するの?」
僕のそんな質問にイリーナはうーんと唸ってしばらく悩むと、しばらくしてようやく頭の中でまとまったのか話し出した。
「えーっとな。とりあえずこの街の防衛任務をしつつ訓練してもらうはず・・・だ。で、その後は前線で戦うから・・・・ってまぁフェリクスは心配いらないか」
「なんでだよ」
真面目な雰囲気だったけどつい言葉が出てしまった。冒険者やってたとは言えまだ体は十七の子供にそこまで信頼を寄せられても困るのだが、いたってイリーナは真面目なようだった。
「だってお前私より強いだろ」
「いやいやそんな事・・・・」
どうなんだろうか。実際直接戦った事は無いからその辺良く分かっていなかった気がする。まぁでもイリーナから見てそう思うのならそうなのかもしれないが、あまり慢心はしない方が良いな。実力は過小評価しているって自分が思うぐらいが丁度いいし。
そしてイリーナは話を戻すように説明口調で続けて言った。
「と、まぁ話は逸れたが半年以内には確実に戦争に行く事になる。ここの面子は人を殺した事あるから大丈夫かもしれんが、他は違うからフォローはしてあげてくれ」
なんか見ない内にイリーナがちゃんと上司をやっていて感動してしまう。冒険者の時の粗暴さとは大違いだと思っていると、それはライサ達も同じようで。
「お前誰だ?」「ほんとにイリーナ姐?」
こちらも冗談では無く本当に心配するように言われてしまっていた。ライサに関しては心読めるのにその反応だから、相当って事だろうしな。
でもそんな視線が恥ずかしいのか腹が立つのか、振り払うように右手を揺らすと少し顔を赤くしていた。
「んだよお前ら揃いも揃ってよ。一応先輩だから敬えっての」
「あ、イリーナになった」
「だな」「だね」
そんな昔とは少し関係性が変わってしまってはいたけど、同窓会をしている様な楽しさを味わえていい想い出になった馬車の時間になった。イリーナも様子変わって無くて良かったし、いつの間にかラースとも和解出来ている様で、周りが険悪じゃなくなったのは喜ばしい事だった。
そして三十分ほどだろうか石畳の上を馬車が進み続けると、丁度以前エルシアが立っていた処刑台の前を通って川沿いに立つ大きな建物の前に到着していた。
「一週間は最低限の知識をここで教えるらしいってさ。あ、あと上官に挨拶はしっかりしろよ。それで何回か私が干されかけたから気を付けろ」
普通そんなミスしないと思うが、そう言う所はやっぱりイリーナらしいとも感じた。それから僕らは説明を受けつつ馬車に降りると、どうやらアイリスやハインリヒも一緒な様で同様に馬車から降りているようだった。もしかしたら配属はクラス一緒とか気を使ってもらったのかもしれない。
そんな疑問を隣を歩くイリーナにぶつけた。
「他の子は別に行ったりしてるの?」
「あぁそれぞれの上官の勤務地にな。あとお前らに部下が付くのはしばらく先だな」
「へぇ~」
流石に即戦線という訳ではなさそうで良かった。でも将来的に部下が付くってのも不安だし、アイリスがそういうマネジメントを出来るのか甚だ心配になってしまう。
そう後ろに少し離れて歩くアイリスを見ていると、あちらも気付いたのか小さく手を振ってきていた。 あと暗いから見間違いかもしれないが少し笑っている様にも見える。
でもそんなアイリスには珍しすぎる女の子って感じのリアクションをされて、戸惑っているとその間を遮る様にライサの顔が入ってきた。
「ねぇ!鞄地面に擦ってる!」
「ん?あ、あぁごめんごめん」
と、そんな会話をしている内にも僕らは、気づかぬうちに新しい職場の敷居を跨いでいたらしかった。
そして僕らの生活が時代の激流に飲まれだすのもこの時からだったのかもしれない。




