第百十四話 旧交
ヘレナさんによって戦争という二文字が僕らにとって遠くないものとして認識された今日。僕はいつものように教育課程を済ませると、自主練を早々に切り上げ自室へと戻っていた。
「紙。来てたよ」
僕が部屋に入るなりアイリスはそう言って封のされた手紙を手渡して来た。恐らくヘレナさんが言っていた徴兵がどうのって言う手紙なのだろう。
「ありがと」
その手紙を受け取って封を開けると公式文書だから当たり前なのだが、普通の手紙と違い形式ばって固い言葉で埋め尽くされていた。
僕はその手紙を読むのに苦戦しつつも、途中椅子に座って僕を見るアイリスの方に少し視線をやった。
「もう読んだ?」
「うん」
「そっか」
僕が読んでいる所をアイリスにジッと見られている事に少しの気まずさを覚えながらも、なんとかそれを読み切る事が出来た。
端的に言えばどうやら僕はヘレナさんの下に配属されるらしい。僕としてもラースとライサが下に付くらしいから、上に頼れる大人がいるとありがたい。
そしてその手紙を仕舞うと僕は再びアイリスを見た。
「ヘレ、、アイリスのお姉さんの部隊だってさ」
「フェリクスも?」
どうやらアイリスも同じだったようで少し驚いたような反応を見せていた。。さっきから見ていたのは僕の配属が気になっていたという事なのかもしれない。
「らしいね。そっちは?」
「私も姉さんのとこ。多分うちのクラスはまとめて姉さんの所なんじゃない?」
「そっか~」
ならハインリヒとかも一緒なんだろうか。それなら嬉しいけど友達と同じ隊だと、死に目にすぐそばで会ってしまいそうでそれはそれで嫌だな。いやでも死に目に会えないのも悲しいからどうなんだろうか?
そう少し暗くなっていると手紙の最後の文が目に入った。
「あ、てかもう明日からなんだね」
「ね。だから荷物纏めよ」
なんだか急に日常が崩れた感じがする。心構えを作る前にどんどんと自分の周りの環境が作り変えられてしまっている。
そうは分かっていても今の僕が逆らう手段を持っている訳無いのは事実。だから僕は黙って必要な荷物を纏めるべく、この部屋と別れを告げるように整理を始めていったのだった。
ーーーーー
「これからどこ行くの?」
焦る様に異様な雰囲気を纏った街から出た私達は、行き先も知らされずパラパラと降り始めた雪の中馬車に揺られていた。
だからそうやって視線の先で馬に鞭打つクソジジイに問いかけをするが。
「ちょっと西にね。あと後ろの馬車に気を付けてね」
どうやらあのアウグストとか言う奴に付けられているらしい。あの場では私達はどうでもいいみたいな事を言っていたが、一応は警戒をしているって事か。
でもこの感じクソジジイもやっぱり焦ってそうだな。そう思うといつも私を苦しめるこのクソジジイが、余裕の笑みを崩して焦っているように見えて良い気分になってしまうのも仕方がなかった。
「なんでそんなに焦ってるの?もしかしてあれぐらいの事予想出来てなかったの?」
私は御者台にいるクソジジイに向かって煽る様にそう言ってはみたが、あまりそれには怒りを感じないのかクソジジイは私に視線を少しやるだけで無視されてしまった。
「・・・つまんな」
まぁでもこの辺りが潮時かもしれないって事かもしれないな。このクソジジイが焦るって事はそれだけレーゲンス帝国に勝ち目が無いって事だろうし、何とかするなんて無理か。
すると私の袖が引っ張られているのに気付いた。
「こ、これからどこいくんです・・か?」
ラウラは不安そうに私を見上げて問いかけてきていたが、それは私だって知りたい事だ。まぁそんな事子供に言っても仕方ないので、その小さな頭を撫でてあげた。
「大丈夫だから。大人しく寝てな」
今泣かれても面倒くさい事この上ない。カーラみたいに大人しくしていて欲しい。そう私はラウラを寝かしつけていると、いつの間にか自分自身の瞼も閉じてしまっていた。
そんな馬車の旅を続ける事一か月ほどが経った。道中雪で進め無くなったりとアクシデントが起きたとはいえ、かなりの長旅で地面に立つと馬車の様に揺れている感覚を覚えてしまう。
「じゃあとりあえずこの部屋で待ってて」
そう言ったクソジジイに私達は全く見覚えの無い街の、見た事も無い宿の中に待機させられていた。窓の外には港湾らしき物が見えるが、これまでの私の記憶の中にどれも合致するものが無い。
「そういえば西も南も行った事無かったな」
私は椅子に座ると、窓の縁に頬杖を突いてそう呟いていた。
今までやり直してもエルム村にいるか大抵洞窟の中で死ぬ。あと偶にレーゲンス帝国か付近の街で戦死だったりで、自分の意志でどこかに行った事が無い気がする。だからこの景色は私にとっては久々の新鮮さで、しばらく港湾を出入りする帆船を見送っていた。
「・・・・どこにいくんだろ」
私は膝の上で寝息を立てるラウラの頭を撫でた。
あの船はどこへ行って何を積んで帰ってくるのだろうか。向かった先にはどんな景色があるんだろうか。地平線に沈んでいく帆船のマストを眺めながらそう思っていると、ふと一か月前あいつが私に言った事を思い出した。
「何かしたい事か」
あいつの言いなりになるのは癪だけど、確かに見た事の無い景色は見てみたいと思うかもしれない。ただの飽きからくる興味なだけだけど、偶にはそんな目的も無い人生も良いかもと思ってしまった。
「ま、それも意味も無いけど」
どうせもし仮に幸せな人生を遅れた所で、やり直しになって何も無かったことになる。だからそんな事を思うだけ無駄な事だ。
そう私は意味も無い妄想を打ち切ると、ラウラを起こして自分はベットの中へと飛び込んでいったのだった。
ーーーーー
「もう撒けたかな」
随分と執拗に私達を付けていたようだったけど、流石に他国まで行けば追いかけてこなさそうかな。私はそう確認して腕を上空へと伸ばした。
「んーっと。やっぱ焦る演技も一か月となると疲れるねえ」
やっぱりアウグスト君って一人で国盗りをしただけあって用心深いね。これは早めに動かないと対策されちゃうかも。
私はそう凝った肩を抑えながらも約束していた人との面会の為街を歩いていた。するとやはり貿易港な事もあってか色々な店が並んでいた。
「お、ここにも薬草屋があるのか」
そういえばラインフルトの薬草屋のあの子はしっかりあれを渡してくれてたら嬉しいのだけど。あの子腹芸は苦手そうだから上手くやれたか不安だけどどうだろうかな。
と、そんな観光をしつつも私はある貴族の館の戸を叩いた。このリュテス国にはあまり知り合いは居ないけど、この貴族は昔からの馴染だから丁度良かった。
「どうぞお待ちしてました」
「お邪魔するよ~」
そうやって入った館は壁が厚く暖炉の薪がはじける音が良く聞こえていた。
そんな館内を案内されるままどの部屋に連れていかれるのかと思ったら、なんとその貴族の子の寝室の目の前に私は立っていた。
「いいの?」
「えぇ。ご当主様が」
そう言う事なら遠慮する義理も無さそうかな。私はドアノブを捻ってその部屋へと入ると病気にでも罹ったのか、ベットに転がるエトヴィン君の姿を見た。
「見ない内に顔の肉落ちたねぇ」
挨拶代わりに同期の懐かしい顔に私は片手を上げて嫌味を投げかけた。するとその老人はのっそりと起き上がって私の顔を見ると、困ったように笑っていた。
「乗り換えが相変わらず早いな。俺で何人目だ?」
「いやぁ皆自滅しちゃうからさぁ。困ったもんだよ」
やはり私の動向はある程度抑えているらしい。まぁ協力を取り付けるためにわざと情報を流させていたのもあるけど。
「で、私が来た目的は分かってるよね?」
「・・・・まぁ大方はな」
「じゃあ話は早いね。どう?」
どうやらエトヴィン君の寿命も近そうだし早めに動いて欲しいのだけど。それにどちらにせよアウグスト君の動きも早いのは事実だし。
そう私がベット脇の椅子に腰かけて、その老人の顔を伺っていた。
「だが我が国が介入した所で勝てるか分からんぞ」
「それはこっちで考えがあるからさ。とりあえず敵将を前線に引っ張りだせれば良いからさ」
今の戦力でレーゲンス帝国が戦争を継続しても万が一にも勝てない。継戦能力、軍量、軍質、指揮官の能力どれを考慮しても勝てる見込みは無い。だからそれを補わせて拮抗にはならなくても、戦争を長期化させたい。そうすればあのタイプの人間は焦って前線に出たがるからな。
「だがしばらく国交も無いのに我が国の援軍を受け入れるのか?」
「それは大丈夫!既に書簡預かってるからさ」
私はそう待ってましたと鞄からその書簡を取り出した。やっぱりあの宰相君みたいな権力者と知り合いだと、物事をスムーズに動かせるから便利だね。
そして私から受け取った書簡をエトヴィン君は眼鏡を掛けてその文を読み出した。すると文の途中だと言うのに、その眼鏡のレンズ越しに私を呆れたように見てきた。
「相変わらずお前何がしたくてこんな事してるんだ?こんな大掛かりなことまでして・・・」
「私は私が楽しかったらいいからね。どうせ死ぬ人生なんだからやれる事は何でもしたいでしょ」
だから数年前まで戦争していたレーゲンス帝国とリュテス国の同盟案を持ってきたんだ。条件として帝位に正当な血筋のエルシアの即位はあるけど、それは宰相君が嫌がるから私が勝手に付け足しておいた。
そもそもリュテス国がレーゲンス帝国に攻め込んだのも、ディアナを帝位に据えて大帝国から離反したのが理由だし、これぐらいの事しないと受け入れてもらえないからね。
「エルシア様は生きてらっしゃるのか・・・」
「まぁね。元気にやってるよ」
それにこのエトヴィン君はエルシアの擁立していた派閥で、負けてからはリュテス国に造反したから、猶更この条件は嬉しいはず。それに一応リュテス国はまだ大帝国の属州って名乗っているしで、大帝国を滅ぼした南の国を攻める正統性もあるから、何から何まで断る理由がない。
そうなはずなのだけど目の前の男はなぜか即答をせず、その書簡を一度脇に置いて枕に後頭部を落とした。
「だがもう戦争は良いだろう。元老院があの反乱者を認めた以上大帝国の正当な継承者である事は変わりないだろう。この国内でもあ奴らに恭順しようとする勢力も強くなっているしな」
「はぁ・・?」
歳と共に情熱まで抜けてしまったのだろうか。そんなつまらない事を言うようになった、友人だった者に私は失望を隠せないでいた。
「お前もいい加減現実見たらどうだ。いつまでガキのままなんだ」
「・・・・君はつまらなくなったんだね」
「この歳でやっと大人になったんだよ」
これは本格的に重症らしい。こうはなりたくは無いなと思いつつ、私は仕方ないとナイフを鞘から出した。
「脅しのつもりか?」
「そうだね」
だが老い先短い老人は自分の寿命すらに執着をなくしてしまったのか、ナイフの切先を目の前にしてもその萎んだ瞳を動かす事は無かった。
「殺してみなよ。その時点で君の我儘も終わりだがね」
だけど私と違ってこいつは弱点を多く抱えすぎている。
「そういえば君の家族は随分増えたみたいだね。孫が軍団長になったんだっけ?」
すると目の前の老人の濁った眼が私をギラりと見てきた。
「・・・・・そう言う事か」
友人だった私にそんな目を向けないでくれよ。先に裏切ったのは君なんだから私だってこうするしかあるまいて。
「・・・・・・・はぁ。なら私の家族は誰も殺すな。それが条件だ」
「いいよ。せっかくの友人の頼みだからね」
物分かりの良い所は変わってないで安心した。私はそう右手を差し出したが、その手を握り返す友人はもういないらしく空ぶってしまった。
私はその空を切った感触に何か感情を覚えるのかと思ったけど、どうやらそんな物は無かったらしくその手をあっさり引いた。
「じゃあ頼んだよ。破ったら分かってるね?」
「分かったから。早く出てってくれ」
随分と部屋に入った時と様子が変わってしまったが、私はそうやって見送られて病人の部屋を後にした。何はともあれ予定通り物事は進んでいるようだし、あとはこちらの動きがバレないよう攪乱をすることに徹するとしようか。
「さぁここからが勝負所かな」
やっと楽しみが近付いて来たと笑みを隠すことなく私は外套を身にまとって、石畳の上を歩いて行ったのだった。
明日は投稿遅れます。最近遅くなりがちで申し訳ないです。




